ヒトミミウマ娘たちとのラブコメ概念 作:よわよわヒトミミ
「…ま、こんなもんか。」
取り敢えずサクッとゴミを集めて一旦は完了、と。
散らばったポップコーンやら埃やら紙切れやらといったゴミの集まりを見てふっと一息を吐く。
高校入学に際して上京してきて1ヶ月、ゲーセンでのバイトを始めて2週間といったところではあるが、作業時間も大分短縮できたわけだし、まあ大分慣れてきたといって差し支えがないだろう。
足元を見てみると、外では雨が降っているからか大分濡れている。
…これは、まだまだ仕事が残っていそうだな、と。
若干ため息を吐きつつ、一旦裏に戻ろうとした時だった。
ゲーセンの一角…こと、音ゲーコーナーにかなり人が集まっていることに俺は気がついた。
例え、バイト中と言えども人間、好奇心にはそう簡単に抗えないものだ。
幸い作業時間には大分余裕があるわけだし、ちょっとぐらい様子を見てもバチは当たらんだろう、と。
掃除をしているふりをして、少しずつ近づいてみる。
…取り敢えず、近くまで来て分かったことではあるが…どうやら大半が女性客のようだ。
体を動かすタイプの筐体を囲むようにして出来上がった女性の集団、観察してみると、カメラを持っている人も多い。
彼女たちはギャラリーなのだろうか。
しかし、ここまで女性のギャラリーを集めるとは…。
俄然、この中心にいるのがどんな人なのかが気になってくる。
さぞかし、イケメンなんだろうなぁ…とばかりに、勝手にその正体を予想しつつ、従業員の特権だとばかりに人混みをかき分け、前に出る。
しかして、俺の目に映ったものは先ほどまでの予想を裏切るものだった。
まず真っ先に視界に入ったのは激しく揺れる茶色いポニーテール、だろうか。
「たっ、たっ、たんっと!」
次いで耳が若干甲高いとも言える可愛らしい声を拾う、と同時にひらりと、丈の長いスカートが彼女のターンに合わせて宙を舞う。
要するに、ここまで女性のギャラリーを沸かせていた人物の正体はイケメン…とかでは決してなく、一人の女の子だったというわけだ。
その姿に意外性を感じつつ、彼女の姿を見ているうちに、俺は気がついた。
…あれ、この制服、見覚えないか?と。
急いで記憶をまさぐる…までもなかった。瞬時に弾き出される答え。
——『私立
府中にある、かなり知名度の高い中高一貫校だ。
元々女子校だったことも相まって、特徴的な水色のセーラー服が有名である。
…で、彼女が着ているのはそこの制服。
でもって、何を隠そうか、俺も今年の春でここの生徒になる、と。
——バイト中に、同じ学校になる予定の女子に遭遇、か。
結構気まずいイベントだな、うん。
…いや、待て?そもそもこのゲーセン自体が学校に近いわけだ。そんなに意外性のあることじゃないはず。
そもそも、校則でバイトが禁止されているわけでもない。
別に、後ろめたいことなんか何もないだろう。
とはいえ、ギャラリーの一人として長時間ここにいるのも、精神的に気まずい。
さっさと退散するか、とばかりに、背を向けた時である。
一際大きな声がギャラリーからあがった。
いや、これはちょっとね、野次馬根性も働きますよ?
己の野次馬根性に対する忠実さも中々なもんだな、と考えつつ再び彼女の方を向いた時だった。
次の瞬間に視界に飛び込んできたのは、高々とピースサインを掲げる先ほどの少女と、そのバックにあった筐体に映る、『全国スコア1位 TEIO』という文字。
『TEIO』…は彼女のハンドルネーム、だろうか?
背丈と言い、どちらかと言えば、可愛らしいといった印象を受ける彼女にしては厳つい名前ではあったが…。
その隣に映る『全国スコア 1位』という数字が、彼女の実力が名前に対して引けを取らないものであることを証明していた。
…しかしまあ、なるほど、と。
確かに全国一位を取るぐらいの実力者ならば、ここまでギャラリーを集めているのも納得だ。
まあ、良いものを見させてもらった…のだろうか。
取り敢えず、野次馬もこれぐらいにしておかないと、流石にそろそろ先輩にドヤされる頃合いだ。
今度こそ、とこの場から立ち去ろうとした時だった。
「——というわけで、ボクにエスコートされたい子、手を挙げて!」
突然、彼女が声をあげると同時に、一斉に手を挙げるギャラリー。
パフォーマンスの一環なのか、満足そうに「ふふん」と喉を鳴らし、一旦彼女が筐体から降りようとした時だった。
彼女の足元が濡れていることに俺は気がついた。
そも、筐体自体が滑りやすいというのに、濡れているとあらば尚更。
「あぶな…っ!」
“危ないですよ、気をつけてください”と声をかけようとするも、間に合わなかったようで。
つるり、と嫌な音を立てて崩れる彼女のバランス。
咄嗟に床を踏み込み、ステップを踏むようにして前に出つつ。
腕を掴むようにして、引き上げる。
幸いにも、タイミングは合っていたようで、間一髪のところで、バランスを整えることに成功する。
安否確認のために彼女の顔を覗くと、少々呆然としているようだった。
まあ、無理もあるまい。というかこっちも内心ビクビクだったし。
とは言え、特に怪我などはないようだ。
ほっと一息つきつつ、手を離そうとした時だった。
——解けない。
…うん、なんでだろうね、と考える間もなく。
次の瞬間、彼女に引っ張られ、俺の手が高々と挙げられていることに気がつく。
「…キミ、ボクの手を取ったよね?」
そっと耳元で囁き、次に彼女は大きく声を上げた。
「——というわけで、今日、ボクがエスコートするのはこの人でーすっ!」
“…いや、今、バイト中なんです”と、軽く返せば良かったはずなのに。
気づけば、ギャラリーの視線は俺に注がれている。
ついでに思い出すのは、自分が『ノーと言えない日本人』ということ。
詰みを覚悟しつつ、俺はなされるがままに、肩から力を抜いた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「…ごめんね?まさか、バイト中だって思ってなくて…」
いや、バイト中だって制服見りゃわかるだろ、と吐き出しかけるも、彼女の伏せられた青い瞳を見て、慌てて抑え込む。
「…いや、気にしなくていいよ。どうせもう終わるとこだったし。」
結局、あの後断れぬまま、彼女から音ゲーのレクチャーを受けていたら先輩にみつかり、追放されたという流れではあったが…。
断れなかった俺にも非があるわけだ。
見えすいた嘘ではあるが、吐かないよりはマシだろう。
「…そ、そう?…だったら良いんだけど…」
…もしかして、チョロい?
心なしか声音が明るくなっているところを見るに、もしかして、普通に騙されている…のだろうか?
まあ、それはそれで良いか、と。
先ほどよりは、少し綻んだ彼女の表情を見ていると思えてくる。
「ところでキミ、名前は?」
その時、唐突に彼女が名前を聞いてきた。
果たして答えて良いのか、よくわからず、一瞬フリーズする。
「…なーんてね、
「おい待て、なんで知ってるんだよ?」
「だって、キミ、名札つけっぱなしじゃん。」
その声に釣られて、慌てて胸元を見てみると、しっかりと名札がついていた。
何だか、してやられたような気分だ。
…思わず言い返したくなってくる。
「…で、そっちは?」
「ん?ボク…?」
「ああ、一応名乗ったんだから、そっちも名乗るのが筋だろ?」
なんとか噛まずに全部言えたぜ!とばかりに、思わず心の中で決めたガッツポーズと、呆気に取られたような表情をする少女。
思わず勝ちを確信した時だった。
「…あははっ!キミ、面白いこと言うねっ!」
…あろうことか、彼女は腹を抱えて笑い出したのである。
どんな反応をすれば良いのかわからずに。
今度はこちらが呆気にとられる番だった。
そんな状態が十数秒ほど続いただろうか。
息も切れ切れといった具合で、ようやく笑いが止まった彼女は目元を拭うと、こちらを指差し、
「…ま、“最強無敵のテイオーさま“とでも覚えておいてよ!」
と宣言すると、軽やかにステップを踏んで立ち去っていった。
…結局は、してやられたか。
遠ざかっていく水色のセーラー服と揺れるポニーテールを眺めつつ、そんなことを考える。
——とはいえ、だ。
彼女には伝えていないが、そもそも同じ学校なのである。
…何だか、高校生活は随分と面白いものになりそうだ、と。
なんの根拠もないわけではあったが…。
湧いてくる予感に、俺は思わず身を震わせるのだった。