「絶対悪」役令嬢は善に手を染めない 作:TSは悪役令嬢もあり
自分の好きな作品に転生したら、人はどんな行動を取るだろうか。
もう一人の主人公となるか。それとも主人公をサポートする立場となるか。はたまた、主人公と関わることなく、ひたすらに第二の人生を勤勉に歩むか。
どんな生を謳歌しようとも、そこに正解はない。
場所が違えば。立場が違えば。性別が違えば。年が違えば。あらゆる違いによって導ける答えは変わるし、答えが同じでも解法が違うこともある。
そして当然、解法が同じでも答えが異なることだってある。
なにせ、人生だ。
思っている通りに物事が進むことなんてほとんどない。
ただ、豊かな転生人生を歩んでいる一人の先輩として、これから転生道を行く同士へ助言をすることはできる。
なに、簡単なことだ。何一つ難しいことはない。寧ろ、これを難しいという人はいないだろう。だから、幸せで楽な人生をちゃんと真面目に送りたいのなら、これだけは絶対に守ってほしい。
――――決して、主人公に成り代わろうと思うな。
「――――などと言われましたが、私は決して成り代わろうだなんて思っておりません。なにせ、私は悪役令嬢。絶対悪である私がどうして光となれましょうか。そうは思いませんか?地面を愛する皆様方」
濡羽色の長髪を後ろへと流しながら、少女は眼前で倒れ伏す者たちを眺める。
少女の問いに答えるものはいない。否、答えられるものはいない。
それもそのはず、惨めに倒れたままの彼らは、立ち上がる気力どころか声を発する気さえ無い。理不尽な暴力と圧倒的な格差が彼らの希望を余すことなく押し潰したのだ。
「はぁ、また外れですか。ここ、本当に国一番を決める大会なんです?」
彼女は更地と化した周囲一帯を見渡す。
観客一人いない大会。それはいつものことだ。彼女が参加する催しには一度も、一度たりとも、観客と呼ばれる存在が周囲を囲んだことはない。
そもそも毎度客席ごと吹き飛ばすような奴が参加する催しに客など来るはずもない。これほどまで客に殺意を放つ者などいるだろうか。
だが、これが彼女のやり方であり、ルーティーンである。例えいないと分かっていたとしても、確認せずにはいられない。
そして今日も分かりきった無駄に期待してしまった自分に、過分な後悔と多少の苛立ちを覚えるのだ。
「まだ来ない。やはり、学園に入らなければ物語は始まらないということかしら? 聖女もいないし、神もあの日から顔すら見せない」
その表情はまるで、意中の殿方が迎えに来ないことを怒る乙女のようだ。ただ、それを彼女が知ることはないし、見ている者もいない。
「ここは勝ち上がった上位十名の猛者なのでしょう? 一人くらいいないのですか。別タイトルオリ主でも現地転生者でも成り代り転生者でも良いのです。この物語の顛末を、いえ、本当にこの物語に顛末があるのかだけでも教えてくれれば良いのです」
少女は問う。されども、返ってきたのは静寂だけであった。
至極当然の結果だ。まさか、自分は外から来た転生者であるなどと世迷言を述べる奴に真っ当な返しを行える者などいるまい。
少女もそれを知っていた。
だから、微量の諦観と若干の震えを織り交ぜて、彼女はため息を吐く。
「はぁ、私としたことが焦り過ぎましたね」
最早、ここに価値はないと少女は踵を返す。
その背中は余りにも勝利から程遠く、尊大な態度からは考えられないほどに小さい。
だがしかし、彼女の歩みが止まることはない。それが彼女の役目。それが悪役としての運命。
そうして今日もまた、彼女の経歴に箔が一つ付いた――――。
〇×〇×〇×〇×
「というのがプロローグじゃ」
「え、今のがプロローグ?」
「プロローグじゃ」
「唐突に呼ばれてちょっとだけ説明するとか言って、十数年分も再生速度等倍で見せつけられたものがプロローグ? あんた、プロローグの意味分かって言ってんの?」
果ての無い真白の世界――――にポツンと置いてあるブラウン管テレビ。
色褪せた画面を見ながら、青年と自称神様は壮絶な議論を交わしていた。
「知っているわそんなもん。それにたった十数年なんて、あっという間だったじゃろ?」
「あんたが呼んだ人間まだ二十余年しか人生経験歩んでいないんだが????」
まさか何の説明もなく、歩んできた人生の半分以上を時代錯誤な箱を見ながら無為に過ごすとは思わなかったと、青年は画面に映る少女のごとくため息を吐いた。
「とりあえず、プロローグであることは分かったんで、もう帰ってもいいですか? 知らん少女の半生を眺めることよりも大事なことがあるんですよ、暇な神様と違って」
「刺々しいなぁ。というか、どこに帰るんじゃ?」
「家だが!?!?」
「君、もう死んでるのに?」
「はい????」
死んだ記憶など青年にはない。交通事故に会ったこともなく、直前まで体調も悪くはなかったはずである。そもそも、在宅ワーカーである彼には事故など無縁であり、毎日健康的な食事を三食かつ八時間の睡眠時間を取っていた体が不調で急死するのは想像しがたい。
「君、窓から大ジャンプしたの覚えてないの?」
「知らん知らん知らん知らん怖い怖い怖い怖い」
「ほら、なんだっけ。これが俺の自由だー!とかなんとか言ってたじゃん」
「ストップストップこれ聞いちゃいけないやつな気がする」
「まったく……。こら、目を開けい」
自称神様がテレビに付いたダイヤルをくるくると回すと、そこには部屋の中で謎の舞を踊っている青年の姿が映った。画面の中にいる青年は目を瞑りながら、十数秒の奇妙な踊りを見せたあと、窓を開けて何かを叫び盛大なジャンプを見せて――――
「ほれ、言った通りじゃろ」
「ほれじゃないが!? なにこれ夢遊病!? え、元カノから宗教勧誘お断りって振られたのそういう意味!? 翌朝にやつれた彼女がいたのってそういうことだったの!?」
「その彼女よくお主みたいな奴と付き合ってくれたよね。あまりにも健気でな、その子に思わず加護与えちゃったもの」
「こんなときに新ワード出すのやめろ!!」
ぐるぐると回る思考が行き場なくさまよう。自称神様は「まったく、手のかかる子じゃ……」とそんな青年の小さな背中を優しい目で見て、
「それで、本題なんじゃが」
「今、慰めてくれたり、俺が死を受け入れるまで待ってくれるシーンじゃなかった??」
「なんじゃ。チラチラ見てくるから、てっきり早く話を進めてくれと催促しているものかと」
「意味不明な理由で人生閉じてる奴が、ジジイの暇つぶしを聞きたがるわけねぇだろ」
「これだから人の子は……」と神様ムーブをかます老人を前に、少年はこの世の終わりを感じた。
こんな老いぼれが世界を運営しているのなら、自分がこんな形で死んでもその原因はこのクソジジイにあるのだろう。まともな人生を生きれないほどのバグは、神の責任に他ならない。
「今、馬鹿にした?」
「いーや、それより本題ってなんだよ?」
「急に調子戻って、わしびっくりなんじゃが」
青年にとって、自称神様への評価は地に落ちている。会って十秒経たずに十数年のプロローグ見せてきた時点で、過去最低レベルの評価だ。人間と接点を持つのやめた方がいいと彼は切に思う。
「まあ良い。それで君にはこの少女に転生して悪逆非道の人生を歩んでもらう」
「え、確定なの? そこはお願いしたいとかじゃなくて?」
「うん、確定。だってお願いしても、君断るじゃろ?」
「断るに決まってんだろ、アホか????」
どうして悪役にならなきゃいけないのか。魔法少女になりたいとは思えども、悪役側に憧れたことは一度たりとも無い。
悪役令嬢などまさにそれだ。悪役になる利点もなくて、どうしてヒロインを虐めなくてはならないのか。貴族としての責務があり、更には力までもあるというのに見栄を張る必要がどこにあろうか。
数々の非道は全て未遂となり、全ての反動が最後に自身の首を狩るなど笑いもの以外の何者でもない。
「死んでるんなら素直に眠らせてくれ。俺がやらなくても、こんなのやりたがる奴はごまんといるだろおい待てなにこの光」
「いや喋るの疲れちゃって」
「は!? しかも何だこの壁! おい出せ!!」
透明の壁は蹴ろうが殴ろうがびくともしない。幾何学模様が浮き始め、青年の体が足元から消えていく。
「それじゃ時間もないし、話させてもらおうかな。まずはこれから君が行く世界は、悪役令嬢の存在が許される剣と魔法と中途半端に都合よく発展したところじゃ」
「説明が雑っっ!!」
「そこで君に行って欲しいことは、先の映像の少女となって悪役令嬢を貫いてもらうこと。あっ、ゴミ箱蹴り倒せば悪役になれるとかじゃなくて、きちんと悪役になって非道の限りを尽くしてね。そうそう、属性に絶対悪付けとくから」
「おいさらっとやばいもん付けんな!!」
「あとは……まあこれくらいでも大丈夫か」
「ふぅ……」と自称神様はやり切った表情で、どこからか取り出した椅子に座った。
「いやいやいやいや、まだ終わってないだろ!? 悪役になった先のゴールは!? 悪役の基準は!? というか何で男の俺なの!?」
「質問が多いなぁ。とりあえず、一つ目の質問じゃが、ゴールは追放じゃ。本当は斬首刑での断罪だったんじゃが、昨今は色々と世間が厳しくてのぅ。」
「こいつ頭湧いてんのか?」
ゴールだからとわざわざ死に行こうとする奴がいると思っているのだろうか。悪魔より天使のほうが人を殺しているという話は真実だったと青年は世界の残酷さを嘆く。
「あ、ちゃんと達成したら報酬はあるから。何でも一つだけ願いを叶えてあげよう」
「ざっけんな! せめて三つにしろ!いや、五つ!!」
「しっかり要求してくるのね。よかろう。君が全力で悪役を演じきれるのなら、それくらいは飲もう。んじゃ、喋り疲れたし、あとは頑張っておくれ」
緩やかに動いていた模様が、勢いよく青年の体を消し始める。
「おま、あと二つの質問に────」
――――答えろ。と言い切る間もなく、青年の意識は体と共に消えた。