「絶対悪」役令嬢は善に手を染めない   作:TSは悪役令嬢もあり

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知らない本編ほど怖いものはない

 ――――失敗した失敗した失敗した失敗した

 

 崩れ落ちる校舎を眺めながら、彼女は静かに死を悟った。

 

 死を悟ったなどと言うが、正確には死ぬことなどない。降り注ぐ瓦礫は彼女に当たる直前で消え失せ、傷どころか埃一つ付いていない。

 他の生徒にいたっても、彼女の見える範囲で瓦礫に潰されたものなどいない。だがしかし、彼女が自身の死を悟ったのには逃れることの出来ない運命というものを知っていたからだった。

 なにせ

 

「損害賠償……!!」

 

 このあと送られてくるだろう請求書の金額を計算できてしまった彼女は長い長いため息を吐いた。

 それは漆黒と呼ぶに相応しい少女だ。腰を覆い隠すほどの濡羽色の長髪に、やや高めの身長。すらりと伸びた手足は見惚れるほどに美しく、されども指先まで素肌を一切晒さない黒一色の制服が彼女の特異性を表している。

 切れ長の赤い目が特徴的だが、今はその目も酷く淀んでいた。

 

 この場を見た者がいれば、誰もが同じことを思うだろう。それ即ち――――

 

「ひっ、殺されるっ」

 

 漆黒の少女とたまたま目が合った青年が恐怖を零した。膝が震え、まともに後ずさることも出来ず、しかし、這うように少しずつ逃げようとする。

 

「う、これどの強さとは」

「力量を見誤っていた。まさか我々生徒会が追い詰められるとは」

 

 まさにそれっぽい発言をして少女の注意を引こうとする生徒会の面々。いや、生徒会長と副生徒会長も混じっていることからして、生徒会本部の面々と述べた方が適切といえるだろう。

 

 まるで殺人犯と相対しているかのような目で見つめてくる彼らを前に、少女は納得するしかない。

 

「はぁ、そういうことですか」

 

 崩壊した天井から降り注ぐ太陽の光に目を細めながら、

 

「私の箔が足りないと、まだ貴方は言うのですね」

 

 少女、エイシャ・ラグノードは静かに証拠隠滅を始めた。

 

 

 

 〇×〇×〇×〇×〇×〇×

 

 

 

 王立学園の朝は早い。

 まだ日も明けない薄明かりの中で鍛錬を始める少年、魔術を学ぶ少女。既にほとんどの教室には明かりがつき、訓練場では人でごった返す。

 

 そこには誰一人として、ふざける者はいない。皆、それぞれの夢を叶えるために弛まぬ努力を重ねている。

 

 それは何故か。その答えは、王立学園にはあらゆる夢の一旦が存在するからだ。そしてここにも一人。夢を叶えるために、机と向き合っている少女がいた。

 

「始末書の量!!!!」

 

 漆黒を身に纏う少女、エイシャ・ラグノードは積み重なった書類の束を嘆いていた。

 

「いや、おかしくね?? 請求書が来なかったのはありがたいけど、なんでこんなに書かなきゃならんの? 吹っ掛けてきたあっちが悪いだろ絶対」

 

 先日の生徒会とバトった際に起きた訓練場の倒壊。本来ならば壊した張本人たるエイシャが損害を支払わなければならない状況であったが、あっさりとそれは無かったことになった。

 

 理由としては簡単だ。生徒会が一人の生徒、それも新入生をリンチしようとして逆にボコボコにされたのだ。しかもその中に、生徒会長などという全生徒の模範となる存在が入っていた。

 

 学園側としては、どれだけそこに理由があろうが公表することはできない。できるはずもない。だから表上としては、『訓練場の老朽化による崩壊』として処理された。そして、そのときにたまたま一人で自主訓練をしていたエイシャは倒壊させた要因の一つとして、状況の報告と反省文の提出を強要されているのだ。

 

 若くして借金を背負うことになると怯えていた身としては不幸中の幸いである。あくまで、書類の端々で訳の分からない契約書が含まれていなければだが。

 

「これはどこ向けの報告書だ? あ? 誰だよこの伯爵、倒壊させた責任として婚約を求めるとか潰すぞ」

 

 家名を覚えた彼女は紙を破り捨て、ゴミ箱に投げ入れる。これで何通目の詐称文書だろうか。凝り固まった体を伸ばしながら、エイシャは自身の立場を恨んだ。

 

「うわ、もう朝じゃん。徹夜する気はなかったんだけど」

 

 カーテンの隙間から零れる日差しに思わず呻く。集中すると朝日を迎えてしまうのは彼女の前世からだったが、生まれ変わってもやってしまうのは悪い癖である。特に少女であるこの体には良くない。

 

「時間もアレだし、あとは休日にやるか」

 

 書類整理を諦めて、学校へ行くための支度を始める。前世の男であったならば顔を洗って髪をセットすれば終わりだったが、女性となった現在はそうはいかない。面倒やらだるいやら文句を言いながら、彼女は服を脱ぎ捨てて風呂へと入る。

 

「一日に二度も風呂入る人生を送るとは思わなかったなぁ」

 

 前世のときとは何もかもが違う状況に、最初は彼女も大いに苦戦をした。長い髪を洗うのが大変なことは想定していたが、まさか普通のボディーソープで肌荒れを起こすなど誰が思うだろうか。

 

 様々な製品を取り寄せて検証した末にどうにか合うものを見つけられたが、輸入製品故に値段が高い。実家が太くなかったらどうなっていたことか。

 

 風呂にあがったあともやらなければならないことは沢山ある。ドライヤーの代わりに魔術で丁寧に髪を乾かし、前世の自分が聞いたら顔色が悪くなりそうな異世界由来の天然オイルで手入れを行う。櫛でとかすのも勿論、肌の手入れも欠かさない。余念が残らないよう一時間以上かけてしっかりと体の調整を行っていく。そうして朝日がすっかり昇りきった頃にようやく全ての支度が終わった。

 

 最後に姿見で自身の身なりをチェックする。特注した黒の制服に、八十デニールのタイツ、首まで覆うインナーに革の手袋をした姿は端的にいって不審者。だが、陰を残した妖艶な表情がその姿を艶めかしいものに変えていく、とエイシャの中身は勝手に思っている。

 

「よし、そろそろ行くとしますか。んん、あーあー。……今日もしっかり演じるのよ、私」

 

 一瞬でスイッチが切り替わる。たったそれだけで表情も雰囲気も喋り方も、その全てがエイシャという存在に成り代わった。

 

「……切り替わりがスムーズになってしまっているのは果たして良いことなんですかね」

 

 彼女がエイシャであり続けるための変化。彼女としては非常に不服な変化だが、それは自称神様に強要されてやっているものではない。

 

 単純に、エイシャの設定と見た目的に元の喋り方と圧倒的に似合わなかったのだ。幼少期はそのせいでよく教育係から叱られたものだ。だから彼女としては仕方なく、それはそれは仕方なく演技している。決して、自称神様の遊びに付き合っていたり、思わぬ性癖が開花して女の子ごっこしているわけではない。

 

 自分へ言い訳を述べながら、今日も玄関へと向かう。新品のように綺麗な革靴を履き、横に置いてある鏡で顔周りの最終チェック。

 

「いつ見ても綺麗だな……コホン、いつ見ても綺麗ですわね、まあ当然ですが」

 

 アホみたいな自画自賛をしているが、それが出来るようになったのは、ほんのつい最近である。

 

 なにせ毎日が命がけだ。悪役とは常日頃から他人のヘイトを買うもの。常にマウントを取りに行ったせいで、暗殺者と何回バトルすることになったか。入浴中にすら敵襲を想定しなければならないのは苦痛でしかない。

 

 両親の教育とエイシャ自身の能力の高さのおかげで優秀な敵くらいなら反撃できるが、もし疲れすぎて爆睡した日にはそのまま朝日を拝めない可能性が高い。さらにここは十数年のクソ長いプロローグとは違い、未知の領域である本編である。鬼のメンタルを持つわけでもない人間がそんなとこに行ったらどうなるかなど言うまでもないだろう。

 

 だがそれも、生徒会をボコってからは少しだけリラックスして過ごせている。やはり、上級生が彼女の思惑よりも三割増しで弱かったのが要因だろう。今まで張り倒してきた敵はどいつもこいつもかませ犬感が凄かった故に自信が持てなかったが、インテリ最強枠の生徒会長を秒でKO出来たのなら少しくらいは持っても良いはずである。

 

(大丈夫、大丈夫よエイシャ。あなたは出来る子。今日も悪役令嬢として人を踏みしめ、茨の道を歩める存在よ。まあ、やる気は一ミリもないけれど)

 

 覚悟を決めるというには些か適当な自己暗示。だが、ここより外に彼女の休まる領域はない。誰一人として味方である存在はいなく、全てが彼女の敵となる。そんな中で張り詰めるよりかはマシである。

 

 再三となるが、学園の一角である生徒会を相手に単騎で勝ったのだ。本物の馬鹿でも当分は直接ちょっかいをかけには来ないはずである。

 

 ならば何も問題はない。深呼吸を三回繰り返し、決意を固めて彼女はドアを開くと――――、

 

「おはようございます、ラグノードさん」

 

 そこには天使のような少女がいた。

 

 




次の投稿は明日か日曜日に続きが書ければ、書けれなければ来週に。。。
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