「絶対悪」役令嬢は善に手を染めない 作:TSは悪役令嬢もあり
「……」
「…ラグノードさん?」
ピシりと固まるエイシャに少女は訝しむ。
「ラグノードさん? あ、あれ、ラグノードさんで合っていますよね?」
くりっとした目で心配そうに見つめる少女をエイシャは眺める。様々な思考が脳裏を駆け巡り、数瞬の果てに結論へと導いた彼女は静かに動き出す。それ即ち、
「ッスー……失礼」
彼女は全てを見なかったことにした。
「え? あっちょ、ちょっと待って扉を閉めないでください!!」
閉まる直前の扉の隙間に少女の足がするりと挟み込まれる。
「深淵に潜む物怪よ 内に蠢く慟哭よ この崩来に」
「待ってください!! 私同じクラスのハル・アマミヤです!!」
「存じ上げませんね、そんな不審者」
「ええええ不審者確定なんですか!? あ、ちょっと足踏まないでください!痛い!!痛いですから!!」
全力で足を踏んでいるにも関わらず、ハルは足を引っ込めようとしない。何故、彼女はそんなに必死なのだろうか。そもそも、どうして眼前の少女はこうも執拗に会話をしようと試みているのか。
(そんなの考えるまでもなく、厄介ごとに決まってますわあああ!!)
彼女はエイシャにとって超警戒人物にあたる。それは名前があからさまに日本人のものだからだ。ヨーロッパを土台としている文化、それも時代としては中世から近世を参考にされている世界でどうしてジャパニーズが出てこようか。
もちろん史実上、ジャポネーゼが登場しないわけではない。異国の地で数々の功績を成し遂げたモノは僅かながらに存在した。世帯を持ち、永住したモノもいた。それならば、ジャッポーネの名前が受け継がれることもあるだろう。遺伝によって、同年代より幼い雰囲気なのも頷ける。日本人は全体的に童顔だからだ。
だが、美少女属性が追加されるのならば話は別である。
この舞台において日本に類するモノが美少女の皮を被って出てくるのならば、それはキーマンに他ならない。しかも、深窓の令嬢タイプであるエイシャとは別方面、透明感満載のミディアムボブに平均より一回り小さめの体躯ときた。高嶺の花vs幼馴染系の構造は最早鉄板であろう。
ここまでくれば、逆ハーレムや悪役令嬢物語を聞きかじった程度の馬鹿でも分かる。これは主人公級のキャラだと。こいつ多分聖女だと。いつか人の男をNTRするやばい奴だと。
そんな危険な輩がドア越しに迫ってきて、恐怖しない悪役令嬢はいないだろう。
「敬虔な群青が舞い戻る 陰に埋もれた祷りは此処に────」
「さっきから詠唱が不穏過ぎません!? 私は別にラグノードさんになにかしようとか思って来たわけじゃないんです! 信じてください!」
「信じます。ええ、信じますから、さっさとその足を抜いて目の前から消えてください」
「それ信じてるって言わなくないですか!? いやせめて、せめて私の話だけでも聞いてくださいってうわっ!」
勢いよくハルは尻もちをついた。引っ張り合っていたドアノブをエイシャが突如離したのだ。
そうして、薄そうな尻をさする少女を見下ろしながら、エイシャは凍土の如く冷え切った目で魔術を向ける。
「それで、話とはなんです?」
「いててて……。あの、先日助けていただいたお礼を言いたくて来たんです」
「お礼……?」
エイシャはどうにか記憶を探る。それは長いようで短い入学から現在に至るまでの数か月である。しかし、思い返せども人助けの記憶なぞなく、あるのは厄介ごとばかり。度々絡んでくる不良を張り倒したことや謎の敵対意識だけ燃やして決闘を挑んできた雑魚を叩き落としたこと、あとは生徒会を弾き飛ばしたくらいだろうか。
「ふむ。分かりましたわ」
「思い出してくれたんですか!」
少女はひまわりの如く嬉しそうな笑顔を放つ。
「ええ、私に嘘をついたことを地獄で後悔なさい」
エイシャの手のひらから光も通さない漆黒の球体が生成されていく。悪役令嬢特権を活かした万理絶対殺す玉である。
「いやいや待ってください、嘘じゃないんです本当なんですなのでその危なそうなものを近づけないでヒッ」
「なら、ぼやかしてないで早く言いなさい」
「三日前、校舎裏で女子に囲まれていた私を助けてくれたと思うのですが、その心底不思議そうな顔はいったい」
「え、まさかただ喧嘩しただけ? 喧嘩番長の噂はもしかして本当だった……?」と小声で呟く彼女にチンピラの如く凶器を押し付けつつ、エイシャは当時を振り返る。
三日前と言えば、ちょうど生徒会の会長と副会長を五メートルくらい吹き飛ばした日である。何故、生徒会とバトることになったのかはエイシャも覚えていない。ただ、六人くらいの女子生徒に絡まれ、あまりの怖さに手を出しすぎたことが発端なのは確かである。
「確かに私は三日前に校舎裏を通りましたし、喧嘩番長ではないですけど、そこで喧嘩を売ってきた人に売る相手を間違えたことを後悔させてやりましたことだけは……いや、そういえば一人だけ端にいたような」
制服のまま水遊びでもしたかのようにずぶ濡れた人が視界の端で地べたに座っていたことを彼女は思い出す。当時は何故そこにいるのかなど気にもせず、オブジェクト程度に捉えていたが、状況を鑑みればおおよその答えは見えてくる。
(主人公を虐める役割は悪役令嬢のモノじゃないんですの!? 私一ミリも関わっていないんですけど!!)
悪役令嬢と主人公にある王道の関係とは『虐める側』と『虐められる側』である。そもそも、悪役令嬢が懇意にしている男と主人公の間に漂う甘い雰囲気に嫉妬した悪役令嬢が主人公を落とすために行うこと、それが『虐め』なのだ。
しかし、当の本人であるエイシャに好きな男がいなければ、主人公からできる限り離れていたため、彼女が学校で誰と仲良くしているのかも知らない。極め付けに、何か起きても一緒に行動してくれる取り巻きという名のお友達すら一人もいない。それ故に、そういったことは本来起こりえない事象とエイシャは考えていた。
だが事実として悪役の親玉が動かずして、世界はしっかりと物語を進めている。神によるテコ入れがあったか、はたまた元から悪役が出てこなくとも、主人公は虐められる運命であったか。
考えられる要素はいくらかあるが、それは仮定の範囲を超えない。それならば、今はこの機会をどう生かすべきかである。つまるところ、
(どうやって彼女を虐めている立場になるか、ですか)
「あの、急に静かになってどう」
「お静かに」
「ハ、ハイ」
虐めを行っていたモブの親玉になれれば万事解決であったが、彼女たちと関係を持っていないことは先ほどの発言でバレてしまっている。そうでなくとも、当の主人公、ハル・アマミヤがお礼を言うためだけに訪ねてきている時点で、そちらの軌道修正は非常に厳しいだろう。
前提として、エイシャが虐めるための大層な理由を持っていないのも非常に厄介な問題だ。格式高く、意識も胴上げレベルで高い高いをしていれば、適当な理由をこじつける手腕があったはずである。だが、この悪役令嬢、問題ごとは拳で解決してきた蛮族である。
立派な令嬢であれば、制服の着崩しや廊下を走ったなど校則破り一つからどこまでも追い詰めることができたのであろうが、初日から校則を無視して特注制服で登校し、誰よりも早く問題事を引き起こしたのは何を言おうこのエイシャ・ラグノードである。誰かに何かを言った日には特大ブーメランが返ってくるのは間違いない。
エイシャはちらりとハルを見やる。不安そうで、されどもその眼には確かにエイシャが善人であることを信じようという意志が感じられる。
(これはもう仕方がないことですね)
助ける側となってしまったこと、そしてエイシャが虐める理由がないこと、これは覆しようのないモノである。前者はともかく、後者は誇り高き悪役令嬢としてのプライドが許さない。ならば、そこを逆に利用するしかない。
「これが悪役令嬢善悪追放ルートですか」
「はい?」
「コホン、分かりました。私はあくまで火の粉を振り払っただけですが、感謝しにきたというのでしたら、受け取りましょう」
エイシャは尻もちをついたままハルの手を取り、立ち上がらせる。
「手荒いことをして申し訳ないですわ。普段こういうことがないので少し焦ってしまいました。怪我はありませんか?」
「い、いえ大丈夫です」
「ではせめて、足だけは少し診させてもらえませんか? 強く踏んだ自覚はありますので念のために。そうですね。丁度玄関ですし、一度部屋に戻りましょうか」
絶対に断らせない。たった今彼女が定めた追放ルートには、彼女との親密な関係が必要となる。それも負債と損得と情で解けなくなるほどの複雑で濃密な関係。これはその第一歩、物語としての本当の一話となる重要な瞬間である。さしあたって、行うことはただ一つ─────、
「色々と過程が飛びましたが、改めて自己紹介させていただきますわ。私はラグノード公爵家の長女、エイシャと申します。これからよろしくお願いしますね、ハルさん」
────────────自己紹介だろう。
まだ来週の範囲ですので、投稿しても問題なし!!
誤字等は明日以降修正予定!!
次回の話は考えていますが、書く時間は残業次第!
しおりとかお気に入りとかめちゃくちゃ助かります!
ありがとうございます!!!!