男の娘って生き辛そう   作:ウジ虫以下

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第十話『オーバードーズ』

 

 

 

「———アタシと一緒に死んでくれないか?」

 

 

 

 …………死ぬ。一緒に死ぬって。なにを言っているのか理解できない。

 

 

 暫く呆けた顔をして、放たれた言葉の意味を咀嚼する。そうして漸く理解する。カナデさんは自分と共に死ぬ気なんだ、と。

 

 

 最初はカナデさんが酔っているのだと考えた。当然だ。彼女は今、お酒を口にしているのだし、酔った末の世迷言なんだと思った。

 

 

 でも、そうじゃない。そうじゃないのだと分かる。カナデさんと過ごして来た日々が、僕に告げる。彼女はチューハイの350ml缶二本、その程度で酔うような人ではなかったのだ。

 

 

 なによりも、彼女の黒い瞳が真剣な眼差しで僕を射さしているのだ。嘘偽りを言っているとは思えなかった。

 

 

———死ぬ気、なのだろうか。本当に、僕と一緒に。

 

 

 死という言葉。心中という行為。浮かんでは消えていくソレが、ガンガンと頭を痛めつけていく。

 

 

「な、何か悩んでることがあるなら聞きますよ。僕に出来る事なら手伝います。…だから」

 

 

 死ぬだなんて言ってほしくなかった。出来ることなら、僕は彼女と共に生きていきたい。これまで辛いこともあったけれど、カナデさんとなら支え合って生きて行けるのだと。本気で思っていたのだ。共依存のような何かを、感じていたのだ。

 

 

「……そう、か。」

 

 

 カナデさんは小さくそう言う。

 

 

 彼女の瞳が虚ろな物に変わると、また再びニュースに目を向けた。僕はただ、眩いばかりのテレビの光、それに照らされた彼女の横顔に少し寂しさを覚えるだけだった。

 

 

 きっと間違いだったのだ。カナデさんは強い人だから、自分で解決する道を選んだのだろう。それならそれでいいのだと思う。しかし、自分に頼って欲しかったという気持ちを捨て切れないのも事実だった。

 

 

 何か自分に出来ることはないかと考えて、美味しい物でも作ってあげようと考える。酒の当てを作ろうと、キッチンへと足を向けた。

 

 

「………なぁ、ヒカゲ」

 

 

 立ち上がった僕に、カナデさんが声を掛ける。後方へと振り返ると、彼女が一気に酒を煽る姿を見た。

 

 

 その刹那、此方との間を詰めたカナデさんと再び目が合う。そして————————。

 

 

「———————————————あむっ。」

 

 

 カナデさんによって口が塞がれる。口と口が繋がっている。というより、これは………。

 

 

 

(—————————キス!?)

 

 

 キス。接吻。今行われている行為は、恋人達が行うようなそれであった。視界にはカナデさんの顔がいっぱいいっぱいに埋められている。彼女の熱すら感じられる距離は随分近く感じる。

 

 

 キスなど、したことがあっただろうか。幼い頃に母からされたような記憶もない。赤子の頃なら、頬にくらいされた可能性もある。それでも物心ついてからなどは初めてだった。つまり、ファーストキスだったのだ。

 

 

「………………………んむっ。」

 

 

 ねじ込まれた舌によって、突如として口内に濁流が流れ込む。口一杯に流れ込んだ液体の中に、数個の固形物があることに気がついた。

 

 

 何だか不味いと思った。これを飲み込んでしまうのは不味いのだと思った。なにがそう告げたのかは定かではないが、野生の本能とも言うべき危機察知能力が警鐘を鳴らす。

 

 

 吐き出そうにも彼女によって塞がれた口では、どうすることも出来ない。僕の身を抱くカナデさんの身体を、必死に剥がそうと試みるが結果は乏しい物に終わる。抗おうにも息苦しさで力が抜ける感覚を覚えた。

 

 

 そして、飲み込んでしまった。

 

 

 喉を、食道を、幾つかの固形物と共に灼熱の液体が焼き付けていく。率直に言えば、美味しいとは思えなかった。チープな味のする飲料。カナデさんによって僕が飲まされた液体、それは———お酒だった。

 

 

 僕が飲み込んだのを確認したのか、カナデさんは漸く口を離してくれる。二人とも肩で息をしている状態だった。ぽかりと開けられた口には、二人を繋ぐ銀糸が伸びていた。

 

 

「——————————っ!?」

 

 

 呼吸をすると、頭に痛烈な痛みが走った。今飲み込んだお酒のせいかも知れない、そうも思った。確かにそれも一因だったのかも知れない。しかし、原因は別にあったのだ。お酒と共に飲み込んだ固形物。それこそが今、我が身に痛みを齎した悪魔だったのだ。

 

 

 板上に置かれたPTPシートの残骸。つまり、薬を包装するために使われていたシートの空きガラが、自分が飲んだ固形物の正体を明かした。お酒と共に飲み込んだ固形物は——錠剤、だったのだ。

 

 

 大量の錠剤を摂取したことによるオーバードーズ。そして、アルコールと一緒に摂取したことによる相互作用は語るまでもない。二つの危険は身の破滅を齎すことだろう。

 

 

 怖い。待ち受ける危機が怖い。死が、怖い。

 

 

 自分が口にした薬物が、何だったのかは知るところではない。それでも、自分が飲み込んだ量は注意すら促される量だった。

 

 

 顔は上気し、頭はガンガンと痛む。喉は焼けるようにひりつき、視界がグワングワンと揺れる。手は震えが治らず、精神がズタズタに裂かれる。目には涙が溜まりだし、歯がガクガクと音を立てた。

 

 

 怖かった。死よりも何よりも、自分にこんな状況を齎した存在が。カナデさんの存在が。

 

 

 視界も定まらない、思考すら覚束無い頭をフル回転させて考える。そうして辿り着いた精一杯の答えは、もう逃げるしかないというものだった。

 

 

 逃げる。カナデさんの前から逃げる。御世話になりっぱなしの、この人の前から逃げる。恩人の前から逃げる。またしても、過酷な現実から逃げる。それが———答だった。

 

 

 思い立てば行動に移すしかない。この後、カナデさんが何をするかすら分からないのだから早い方が良かった。

 

 

 フラフラの足取りで外へと飛び出す。荷物も何もかも置いて。あの日と同じように。扉を抜ける瞬間、カナデさんの寂しげな表情が横目に映ったのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「…………………ハァ…………ハァ。」

 

 

 辿り着いた先は、いつかの公園。初めてカナデさんと出会った、あの公園だった。無意識のうちに求めていたのかも知れない、あの人を。

 

 

 彼女は僕の後を追いかけて来ることはなかった。

 

 

 降り頻る雨と、ただただ深い夜の闇が火照った身体を冷やしていく。それでも内側は熱く、痛みは果てしない。雨によって衣服が水分を吸って重くなり、体に張り付いて寒いけれど、身体は熱くて滅茶苦茶だった。

 

 

 公園の街灯の白い光。それが、今にも身の破滅が待っている僕を照らすスポットライトだった。終幕を告げる純白の灯り。

 

 

 ベンチに腰掛けて、雨に打たれる。身体を冷やすそれに、雨を凌ぐ屋根を探すまでもなく、ただ打たれるままに。

 

 

 俯いた顔に、濡れた髪が張り付く。そんなものも気にしないで項垂れている。

 

 

 もう、どうでもよかった。このまま死んでしまってもいいと思えた。

 

 

 僕にはもう行く場所もない。頼れる人もいない。

 

 

 それとも、ヒジリカワ先生にでも頼るのか。ヒロミさんにでも泣きつくのか。いや、違うだろう。これまで関わった人間を皆不幸にして来た。また、誰かを不幸にするのは嫌だった。結局のところ、僕がいなければ、僕さえいなければ今も彼女達は普通に生活出来ていたのだ。自分が原因だったのだ。不幸を呼んでいるのは僕、だったのだ。

 

 

 もう、疲れてしまった。このままいけば、低体温症による死も、薬物過剰摂取による死でも何でも死に繋がるはずだ。ただその時を待つだけでいい。

 

 

 生きたいって思っていた。カナデさんに「一緒に死んでくれないか」と提案された時も生きたいと考えていた。生きていれば救われるのだと本気で思っていた。彼女となら、いつか幸せになれると信じていた。彼女———カナデさん。僕を救ってくれた大好きだった人。僕が壊してしまった愛しい人。

 

 

 姿勢を保っているのも億劫になって、冷たい濡れたベンチに横たわる。靄のかかった視界は、一滴、また一滴と降り注ぐ雨を捉えては離れていく。

 

 

 意識が落ちていく。頭の痛みは尋常ではないが、いずれ楽になる。そう、確信出来る何かがある。やがて雨音は消えていき、闇だけが目立ち始めていく。自殺頭痛ってこんな感じなんだろうか、とすら考えていた頭痛ももう慣れてきた。このままいけば、終われそうだ。

 

 

 十中八九、天国の母の所へは行けないだろう。自分という人間は、良い行いも碌に出来ていない。それでも、ただ一目だけ母の姿を目にできるのなら、この人生における愚行を許してほしい。そしてまた、その温かな抱擁を味わいたいと切に願った。

 

 

 終わりの時は近い。もう手足も自分で動かすことすらままならず、自分のものではないみたいだった。暗い瞳は遠い闇を見据えている。だがしかし、確かに近くにまで訪れている闇でもあった。

 

 口元からだらりと垂れた涎は、雨粒と溶けて消えていく。僅かなアルコールの香りが鼻を刺す。痛みはもう、何処にもない。待ち受ける死を少しだけ期待して、大雨の中孤独に晒され、瞳を閉ざす。

 

 

 最後に考える。自分は何をしたかったのか、と。

 

 

 ただ普通に生きたかった。ただ平和に過ごしたかった。幸せが羨ましかった。誰かに心の底から愛して欲しかった。

 

 

 今となっては手に入りもしなかった夢を抱いて、母に会えるかも知れないという期待だけを胸に一人、死んでいく。

 

 

 ———終焉の中に、月下美人を見たような気がした。

 

 

 

 

 

 

「———ちょっと、何して………………っ!?」

 

 

 …………………。誰かの声で、意識が浮上した。夜の闇と、定まらない視界では自分に声を掛けた人物の姿すら映らない。でもそれは、女の人の声だったのだ。見えない瞳が自分の偶像を映した。

 

 

「………………………………お母、さん?」

 

 

 絶対違うというのに、救いの手を差し伸べた誰かの声に亡き母の姿が重なった。

 

 

「——いいから!!ちょっと着いて来て!!」

 

 

 強引に掴まれた手によって、引き起こされる。朧げな足取りで、少しふらついた。

 

 

 自分の手を覆う誰かの手は、とても温かかった。優しい温もりをしていた。死体のように冷えた手を、すっと解かしていく温もり。僕の手を掴んだ彼女は、しっかりとした足取りで、僕を連れて何処かへと歩き始めた。

 

 

 

 

 今宵の雨は、まだ止む気配もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※薬物過剰摂取、アルコールとの同時摂取などは危険ですので絶対にしないで下さい。

シリアスは終わりかも。
更新出来なさすぎて申し訳ないです。
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