男の娘って生き辛そう   作:ウジ虫以下

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第十一話『男の娘と言葉足らずなツンデレ?少女』

 

 

 

 

「——いいから!!ちょっと着いて来て!!」

 

 

 

 僕の手を引く彼女は、街の舗装されたタイルをズカズカと進んで行く。荒い足取り。強引に、それでも確かな目的を持って進む彼女は、僕の手を離すことはない。

 

 

 もしも、着いて行く気が無いのであれば、彼女の手が緩んだ隙に逃げることも出来るだろう。しかし、今現在僕は、逃げ出す程の抵抗力も持ち合わせていなかったのだ。それに、彼女が掴む力は決して僕の手を離すまいとしているようであった。

 

 

 未だに視界は明けず、ただ続く闇の中を彼女に連れられるままに雛鳥のように歩いていた。

 

 

 手を引いていた彼女の足が止まる。それが当然のように自分も立ち止まった。此処が目的地なのだろうか。目的地に着いた頃には、建物の輪郭程度なら掴むことが出来るようになっていた。見上げた先には、何処にでもあるような普通の建物があった。おそらく、マンションだ。

 

 

「………………ワタシん()、此処だから」

 

 

 聞き覚えのある声ではあった。それでも、今の頭では思考に耽り、答えに辿り着くような高度なことは出来そうにもない。

 

 

「……………あぁ………あっ……っ………」

 

 

 どうして、何のために。目的を聞こうと思い声を出して見るが、声にすらならず、嗄れた音が漏れ出るだけだった。

 

 

「………いいから、行くよ。」

 

 

 その声を皮切りに、再び僕の手を引き歩き始め、マンションの中に連れられて進む。これから彼女の家に上げられるという事なのだろうか。なぜ彼女が、そこまでしてくれるのか分からなかった。思考も覚束無い頭で精一杯に考えても、答えを得られそうにもない。

 

 

 今はただ、温かな手に引かれ、光へ、光へと進むような錯覚に襲われるだけだった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 彼女に手を引かれ、連れられるままにやって来たのはマンションの一室。その中の浴槽だった。

 

 

 濡れ鼠だった僕は、彼女の家に通されるなり、そのまま風呂場を借りることになったのだ。

 

 

(………………………温かい。)

 

 

 肩まで浸かるほどに張られた湯に、包まれる。冷え切った身体が解けていき、やがて一体化したような心地良さすら感じられた。

 

 

『お兄ちゃん!!古くなったのでいいから着替え貸して!!……下着の新品とかないわけ!?』

 

 

 外からは彼女の忙しない声が聞こえて来る。急にお邪魔したのは自分だというのに、彼女は僕の着替えを用意してくれているようであった。今まで着ていたずぶ濡れのシャツでもよかった、それでそのまま御暇する。それが理想ではあったというのに、彼女の世話になってしまっている。

 

 

『着替え、此処に置いとくから。……ねぇ、どうして、あんな所に……。やっぱいいや。扉の前で待ってるから、着替えたら出てきて…。』

 

 

 浴室の扉を仕切りに、彼女が声を掛けてくれる。………彼女。この頃になると、彼女が誰なのか何だか察してしまっていた。それでも、その真実を受け入れられなくて、信じられなくて見ないフリをしている。それが現状。

 

 

 待たせてしまっても悪いと思って、言われたままに用意された着替えに手を伸ばす。聞こえた会話の内容からして、彼女の兄の物だろう。自分の物より大きなシャツを借りることにする。

 

 

 少しダボつくものの、全然着れるサイズだった。丁寧に管理されていたのだろうか、皺もなく、柔軟剤の香りが鼻を抜けていく。アイロンもされているのだから、彼女の兄、もしくは母は几帳面な人なのだと分かった。

 

 

 外へと続く扉に手を掛ける。脱衣所を出た先の廊下に、彼女が待っている。この先に彼女がいる。自分を家へと導いた彼女、ある意味命の恩人とも言える彼女がいるのだ。スゥッと深呼吸をして、ゴクリと喉を鳴らして心を落ち着かせる。

 

 

 もはや視界もクリアになった。頭の痛みは残っているが、今はもう見て見ぬフリなど出来ない。この目は真実を映すだろう。

 

 

 覚悟の末に、バッと扉を開く。廊下の暖色の光に照らされて、彼女の姿が露わになった。

 

 

「……………どう、して……。」

 

 

「……………全部、ワタシの部屋で話すから。着いて来て……。」

 

 

 そう言うものだから、彼女の"桃色の髪"に着いて行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「…………………入って。」

 

 

 

 迎えられた部屋。それは歳頃の女の子然とした部屋ではあるが、綺麗に整えられているシンプルな部屋だった。

 

 

 彼女に促されるままにクッションに座らせれた。そして向かい合うようにして彼女が腰掛ける。数分程、二人とも何も言わない重苦しい空気が流れる。初めに話し始めたのは、彼女だった。

 

 

「———————ごめん、なさい………。」

 

 

 そんな謝罪の言葉を口にした、対面の彼女の瞳から涙が溢れ始める。

 

 

(………………どうして、どうして彼女が。)

 

 

 理解出来なかった。今現在、僕に謝罪をし、涙する彼女のことが分からなかった。そう、僕を家へと引き入れた彼女———ヒダカさんの言動が何も分からなかったのだ。

 

 

 日高 茜(ヒダカ アカネ)。クラスメイトだった彼女。僕のことを虐めていたクラスのリーダー。自分の手を引き、剰え家にまで迎え入れた彼女は、本当に意外な人物で、考えもよらない人だったのだ。

 

 

「……きっかけは本当に言葉足らずだったワタシのせいだった。少し口にした疑問で、皆示し合わせたように貴方を虐め始めた。初めに口にしたワタシがリーダーとして担がれた。そんな気じゃなかったのに、止めることも出来ないで我が身可愛さに同調圧力に屈するしか無かった。……ワタシは本当に最低で愚かな人間だった。——–そしてあの日……。」

 

 

「……あの日から貴方は教室にも来なくなって、ワタシが一人の人生を変えちゃったんだって、ワタシのせいだってずっと不安だった。…もしかしたら、このまま謝る機会も得られずに一生背負って生きていくんだと覚悟してた。"先生"は教えてくれなくて、もしかしたらもしかしたら、って最悪の可能性ばかり考えて、毎日ビクビク過ごしてた。」

 

 

「……そんな時だった。本当に偶然だった。近道するために通った公園で貴方を見つけた。久しぶりに見た貴方は、今にも死にそうな、人生を諦めたような姿だったから、咄嗟に家まで連れて来てしまった。」

 

 

「……許して欲しいだなんて考えてない。ワタシ、本当に最低なことをした。……ごめん、なさい。……ごめなさい。自分だけ軽くなろうとしてるワタシを恨んでもらっていい。」

 

 

「……それでも——本当に生きていてくれて良かった。」

 

 

 赤裸々に語られた彼女の思い。目の前のヒダカさんは、酷く狼狽えていて小心者で臆病な、クラスで見た強気な彼女とは正反対だと思った。もしかすると、これが彼女自身だったのかもしれない。いつも他人の顔ばかりを伺って、気丈に振る舞っていたのかも知れない。

 

 

 許す許さないは置いておいて、彼女の話を聞きたいと思った。彼女のことを知りたいだなんて思ってしまったのだ。

 

 

『どうしよう、先生。ワタシ、間違えてしまったかもしれない』

 

 

 いつかヒジリカワ先生が語ってくれた、クラスメイトの相談者。どうしてなのかは、わからない。けれど、何だか嫌という程に今のヒダカさんの姿と重なるような気がした。

 

 

 あぁ、本当に嫌になるな。

 

 

 こんなにも謝る彼女を前にして、何にも出来ない自分のことが嫌になる。どうでもいいとすら思えてしまう卑しい心が嫌になる。彼女のことを許せなくて、ただ傍観している自分が嫌になる。自分は、こんな人間だったのかと嫌という程に痛感させられる。目の前で泣く少女すら止められないで、天国の母に縋ろうとしていただなんて、本当に嫌になる。

 

 

 ティッシュでゴシゴシと目を擦り、どうにかして涙を抑えたヒダカさんが此方に向き直る。

 

 

「……ワタシの話は、これでおしまい。」

 

 

「………それで、どうしてあんな所で雨に打たれてたのかは教えてくれるの?アンタ、後一足遅ければ死んでたよ………。」

 

 

 ………どうして、どうしてか。当然の疑問だ。公園のベンチで死に掛けていたような人間の事情。知りたがって当然のことではあったのだ。

 

 

 本当なら話すべきではなかったのだろう。だけど、もうどうでもよくなって、彼女に全て話すことにした。吐き出すように、懺悔するように。

 

 

 家のこと。父のこと。カナデさんのこと。学校でのこと。そして、母のこと。自分のこと。これまでのこと、全部を話した。

 

 

 憎さすら感じていた彼女に、話してしまった。どうしてなのかは分からない。全てぶち撒けてしまいたかったのかも知れない。今もまだ、誰かに縋りたいと思ってしまったのかも知れない。まだ、生きたいと思ってしまったのかも知れない。

 

 

 ただ一つ、解ることがあるとすれば、何だか彼女に聞いて欲しかったのだ。他でもない彼女に話したいと思ってしまったのだ。

 

 

「……そんなことが。本当に、本当にごめなさい。きっとワタシのせいだ。ワタシのせいで何もかも歯車が狂ったみたいに、貴方の人生を滅茶苦茶にしちゃった。」

 

 

 ごめんなさい、とまた謝って涙を流すヒダカさん。弱々しく身を縮め、肩を震わせ涙する彼女。本当に、どうしてだろう。こんな僕に弱さを見せる同情したのか。いや、重ねてしまったのだ。弱い自分と、目の前の彼女の姿を。自分と似ていると思ってしまったのだ。だから——

 

 

「………もう、泣かないで下さい。この話はヒダカのせいじゃないですよ。そんな筈あるわけがない。あんまり女の子が泣いちゃうと、目元が腫れちゃいます」

 

 

 許したいと思う。ちょっとずつでもいい。彼女のことを知っていきたい。

 

 

 酷い事をされた。時には恨むこともあった。でも、結局のところ僕が弱かったから彼女に辛い思いをさせてしまった。女の子を泣かせているようでは、天国の母に顔向けもできない。死んでも死に切れないと思ったのだ。

 

 

「……行く場所がないなら。もし、行く場所がないならワタシの家に居てくれていいから。と言うより、居て欲しい。…今のアンタを放って置いたら、今度こそ会えなくなるって思うの」

 

 

「……そんなこと———」

 

 

 そんな事まで世話になれないと言おうと思った。また誰かに甘えるような生活は嫌だった。だから、有難い誘いでも断ろうと思った。

 

 

「———いいの。これは、せめてもの償い。ワタシなんかと一緒に居たくないって言われても家には居て欲しい。逃げたって離さないから」

 

 

 しかし、彼女の意志は堅そうだった。その真っ直ぐな瞳は、先程まで見せていた弱い彼女の面影もない。

 

 

「………ヒダカさんの家族にも迷惑掛けちゃうと思いますよ」

 

 

「いいの。ママには全部話すから。きっと酷く怒られると思うけど、事情を知ったら貴方のことを放って置いたりしないと思う。」

 

 

「………それでも、きっと断られたりしますよ。」

 

 

「大丈夫。ワタシが絶対に説得してみせるから。——だから、お願い。……ワタシの家に居てくれないかな」

 

 

 ヒダカさんの気圧されたとも言うべきか。ノーと言わせない彼女の気迫に選択肢を一つにさせられてしまっている。

 

 

「………あの、その………。」

 

 

「そうと決まれば、アンタのこと家族に言っておきたいから。………アンタはないか。えっと……チヒロ!!暫くの間はワタシの家で我慢してよ、チヒロ。」

 

 

 そう言って、彼女の手によって引き上げられる。

 

 

 あぁ、またこの感覚だ。光へ、光へと進んでいく感覚。彼女の温かい手に触れられると、心が落ち着いて行く。

 

 

「………それじゃあ、少しの間だけ御世話にならせて下さい」

 

 

「———うん、お願い。」

 

 

 ヒダカさんの満面の笑みに、ドキッとしてしまう。数日前なら、彼女のこんな一面も知らなかっただろう。彼女が罪悪感に押し潰されそうになりながら生きていたことも知らなかっただろう。

 

 

 最早、死ぬことすら考えた。ヒダカさんによって掬い上げられた命。もしも、叶うことならば自分のせいで辛抱させてしまった彼女のために尽くせるのならば。もしも、自分に似た彼女のために生きられるのならば、どんなに良いことか。………誰かの為に生きられたのなら。

 

 

 そうしたらきっと、母も許してくれるだろうか。愚かな僕を叱ってくれるだろうか。

 

 

 ———自分を救ってくれた一人の少女の助けになりたい。今はただ、それだけが胸にあった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「じゃあ、チヒロのこと家族に話すから。今の時間なら皆リビングに居ると思う。」

 

 

 

 着いて来て、そう言ってヒダカさんが先導してくれる。自分でも話せるよう心の準備をしておく。スゥッと呼吸をすると、未だに蝕む頭痛に襲われた。

 

 

「学校での事は、ワタシが打ち明けるよ。チヒロの今までの話はしなくてもいい。初対面の人間に話していい程の身の上話じゃないと思う。まだ二人だけの秘密にしておこうよ。」

 

 

 僕にとっても好都合の申し出であった。自分の話は吹聴するような事ではないだろう。他人に知られて、奇異の目で見られることは特に気にもしないが、聞いて気分の良くなる話でもない。そんな話を黙って聞いてくれたヒダカさんには感謝しかない。他人に吐き出せた事で、幾分か心も軽くなっていた。彼女は聞き上手でもあったのだ。

 

 

「ある程度説明したらドア開けるから、その時に入って来て。チヒロのこと、紹介するから」

 

 

「……本当に大丈夫でしょうか」

 

 

「———大丈夫。チヒロは優しい人だから、ママ達も受け入れてくれると思う。」

 

 

 ………ワタシと違って、と小さく呟いたヒダカさんの顔が一瞬曇る。聞こえなかった事にしたほうが良いとも思った。それでも僕は、先程見せた笑みの方が、彼女には似合っていると思うのだ。出来ることなら、彼女には笑っていてほしいと思う。

 

 

「そんなことないですよ。ヒダカさん、僕に打ち明けてくれたじゃないですか。見て見ぬ振りも出来た、黙っていることも出来た。それなのに僕に全部を話してくれた。それだけで、ヒダカさんが悪い人じゃないってわかります」

 

 

「…………………………馬鹿。もう一回泣かせる気?もしかして、チヒロって女の子の泣き顔が好みなの?」

 

 

 少し赤みがかった顔に、頬を膨らませるヒダカさん。あんまり直接的に言ってしまったものだから、機嫌を損ねてしまったのだろうか。彼女は外方を向いてしまった。

 

 

「……………………でも、ありがとう。ちょっと自信でたよ」

 

 

「…………………えっ?」

 

 

 まさか礼を言われるなんて思わなかったから、間抜けな声を出して、ハッと驚いてしまう。

 

 

「—————〜〜〜っ!?も、もう知らない!

じゃあ、言った通りにお願いね!!」

 

 

 そう言うと、リビングに繋がるだろう扉の向こうに消えていってしまう。

 

 

 もしかして、ヒダカさんは照れていたのだろうか。今日一日で、彼女の知らない一面。可愛らしい一面を知ることが出来たように思う。初めから、こんな人だと知る事が出来ていたなら、もっと違う形で仲良くなれていたかも知れない。和解ではなく、親交を結ぶように。

 

 

 部屋の中から、ヒダカさんが話す声が漏れている。そんな声に耳を傾けてみると、僕と話している時とは、また一味違う彼女の声音が聞こえてきた。誰しもが使い分けるような、家族と話している時の落ち着いたトーンであった。

 

 

『……さっき家にあげた友、友達。今日泊まらせてあげたいの。って言うより、暫くになるかな。お願い!!何にも言わずに頷いて欲しい』

 

 

 ヒダカさんが自分のことを友人と紹介してくれたものだから、驚いてしまう。そんな気持ちも一瞬で、嬉しいと思う気持ちに塗り替えられた。

 

 

 どうやら彼女は、僕を泊める理由を後回しににして、とりあえず僕を泊められるように説得してくれているらしい。

 

 

『だいぶ急な話ね。外は土砂降りだから今日だけという話なら全然歓迎するのだけど、暫くって話になると。………何か事情があるの?』

 

 

『まあまあ、いいじゃないか母さん。今まで、アカネが友達を連れて来ることなんて無かったんだ。自分達の娘を信用しようじゃないか。取り敢えずは、その娘と話してみたいな』

 

 

『………そうよね。今その友達は、アカネの部屋にいるの?』

 

 

 声の感じからすると、ヒダカさんのお母さんとお父さんのようだ。顔は合わせていないが、優しい声の持ち主という印象だった。きっと、その印象通りに彼女の両親は、優しい人だと思う。何となくそう思うだけではあるが、会話の内容からも強ち間違えてはいないと思った。

 

 

 彼女の両親は、ヒダカさんに絶対的な信用を置いて、顔も見ていない自分のことを泊まらせてくれると言ってくれていた。

 

 

『………ありがとう、パパ、ママ。扉の前で待たせちゃってるから、紹介するよ』

 

 

『えー!!私、知らない人に会いたくないんだけど。お姉ちゃんの友達って気強そうだし嫌なんだけど!!』

 

 

 ヒダカさんのことを、姉と呼ぶ人物。ヒダカさんには妹がいるらしい。妹さんは僕と会うことには、あまり良い反応ではなかった。当然と言えば当然である。僕でも、見ず知らずの歳上の人と会うとなると気乗りはしない。

 

 

『じゃあヒナは会わなきゃいいじゃん。俺はアカネの女友達に興味あるな』

 

 

『…………お兄ちゃん、歳下趣味なの?』

 

 

 …………女、友達。お風呂を借りている時に、ヒダカさんに兄がいることは知ったのだが、彼女のお兄さんは僕を女友達と思っているようだ。お兄さんから、男モノの服を借りたわけだが、彼女の友人となると女の子と考えるのも仕方ない事ではあった。

 

 

『———お兄ちゃんもヒナも煩い!!もう入れちゃうから』

 

 

『チヒロ、入って来ていいよ。』

 

 

 そのように呼びかけられて、扉が開け放たれる。視界が広がる。扉の向こうには広い部屋が待ち受けていた。

 

 

「……妹と兄貴のこと、気にしなくていいから」

 

 

 気遣いだったのかも知れない。特に気にしてはいなかったが、彼女が気に掛けてくれたことを嬉しく思った。

 

 

「———ちょっと、お姉ちゃん!!まだ私いるんだけど!!居なくなってからに………………綺麗。すっっっっっっっっごい綺麗ですね!こんなに綺麗な人なら最初から言っといてくれたら良かったのに。お姉ちゃんも意地悪だよ〜。」

 

 

「……本当に綺麗な子だな。その髪、地毛なの…………いや、地毛なんですか?」

 

 

 ヒダカさんの兄妹と思われる人達に、綺麗と言われてしまった。確かに自慢の髪ではあるが、こんなにも大袈裟に持て囃されると気分が良い。

 しかし、この髪は遺伝であって自分の功績など一つもないのだから、胸を張ることではない。それでも、母譲りの髪を褒められると大変に気分が良くなるのも事実であった。

 

 

「何か勘違いしてるだろうから、事前に言っとく。——————この子、男だから。」

 

 

「…………………………え?」

 

 

 ヒダカさんの妹が間の抜けた声を漏らす。自分から言うのは気恥ずかしいので、ヒダカさんが言ってくれた良かったと思った。

 

 

 本来であれば、女の子と間違えられのは気落ちする。男モノの服を着て、髪は纏めてボーイッシュに振る舞っているつもりなのだ。

 けれど、今現在は、お風呂上がりのため、いつものように髪も括っておらず、伸ばしっぱなしの髪を流していたのだ。自分でも女の子のように見えることだろう。

 

 

「……あの、緋影 千尋(ヒカゲ チヒロ)っていいます。急で、図々しい申し出だと思うのですが、御願いします。僕を暫く泊めて頂けませんか!!」

 

 

 名乗り、そして願い出る。深々と頭を下げて、泊めて頂けるように御願いする。これは自分からではないといけないと思っていた。ヒダカさんに、おんぶに抱っこで話を進めてもらう訳にはいかないと思ったのだ。

 

 

「貴方がチヒロくんね。……何か事情がありそうね。うん、構わないわ。貴方の問題が解決するまで、決して見放したりしない。」

 

 

 それに、こんな子を突っ撥ねたりしたら、それこそ寝覚めが悪くなってしまうわ。

 そう言うヒダカさんの母は、優しげな表情を浮かべて微笑んでくれる。その笑みが、あまりにもヒダカさんと似ていたものだから彼女の母親なのだと再確認した。

 

 

「チヒロくんと言ったかな。いつまで居てくれても良い。望んでくれるのなら、僕達も出来る限りのサポートに徹するよ。事情は、いつか話してくれたら良い。話してくれなくたって別に構わない。」

 

 

「困っている子供が居たら、手を差し伸べてあげる。それも大人の役目だと思うんだ。それが、娘の友人ともなれば特に、ね?」

 

 

 自分の父よりも、壮年な男性。微笑むと、目尻に優しげな皺が浮かぶ男性が、ヒダカの父親なのだろう。彼の掛けてくれた言葉が、胸に突き刺さった。

 

 

 周りの大人からは好奇の目に晒されることが常であった。最初は壊れ物を扱うように、少女のように扱われる。性別を知った彼らは、少し戸惑ってから、心底気持ちの悪いモノを見たと言わんばかりに苦い顔を浮かべるのだった。

 それがテンプレート。もう慣れてしまった。疲れていた。

 

 

 だから、優しい大人に慣れていなかったのだ。

 

 

 だけど、最近知ったこともある。大人にだって、良い人は溢れんばかりにいるのだということ。

 

 

 ヒジリカワ先生は、僕に逃げ場所を示してくれた。その後も僕のことを気にかけてくれる、優しい先生だった。今まで会って来た先生達とは違う、優しい大人。

 

 

 そして、目の前のヒダカさんの両親。彼らは事情も話していない僕を、いつでも良いと言ってくれた。素性も分からない僕に対して、家に居てくれて良いと言ってくれた。困っている子供を放って置けないと言ってくれた。

 

 

 嬉しかった。それと同時に、羨ましかった。こんなにも優しい家族と暮らす、ヒダカさんのことが。

 

 

 我ながら馬鹿だと思った。醜く嫉妬してしまっている。母は自分の自慢だったというのに、こんな普通の家族に憧れてしまう。優しい温もりに包まれることを望んでしまう。自分にはもう、手に入りもしない理想に焦がれて狂いそうになっている。僕の心は化け物のようだ。

 

 

「……あの、いつか話せるようになったら全部話させて下さい。いえ、絶対に話します。その時には、御世話になった間のお金も全部、返せるようにしておきます。」

 

 

「…………だから、だから。ありがとうございます。こんな僕を置いてくれるって言ってくれて。嬉しかった、嬉しかったです。優しい言葉を掛けて貰った経験なんて、少なかったから」

 

 

 想いを、ぶち撒けた。本当に嬉しかったから、この想いは素直に話すべきだと思ったのだ。嬉しく思ったら嬉しいと、そう告げるべきだと思う。

 

 

「……辛い思いをして来たんだね。自分のタイミングで構わないんだ。お金だって望みやしない。見返りを求めているわけじゃない。それでも、キミが納得してくれないと言うのなら、どうかこの先も娘と仲良くしてあげてほしい。不器用な娘だから、友人を家に呼ぶことなんて無かったんだ。それが望みじゃダメだろうか?」

 

 

 そんな、彼女の父の言葉で全てが決壊した。涙が止められなくなって、初対面の彼らの前で惨めな泣き顔を晒してしまう。醜態を見られたくなくて、顔を手で覆っては彼女の父の問いかけに首を頷かせる。

 

 

「さぁ、今日はもう遅いわ。アカネ、貴女の部屋で寝るんでしょう?後でお布団持っていくわね。チヒロくん、今日からよろしくね。」

 

 

 貴方達もよ。と言ってヒダカさんの兄妹にも促す。

 

 

「じゃあチヒロ、行こ。」

 

 

「———はい。」

 

 

 上手く、笑えただろうか。涙に濡れたクシャクシャの顔を、ぎこちない笑顔に変えて微笑んでみた。この家に、暗い顔は似合わないと思ったから。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「敷布団だと、床が硬いと思うんだけど大丈夫?それに部屋だって、今からでも変えられるけど。ワタシとなんて居たくないでしょ?」

 

 

 来客用だという敷布団。彼女の兄の服と同じで、いつでも使えるように丁寧に管理されていたことが窺える物だ。掛け布団が身体を覆うと、優しい温もりに包まれた。

 

 

「………そんなことないです。ヒダカさんには感謝しかないですよ。勿論、ヒダカさんの家族にも」

 

 

 今日は、散々な日だった。死ぬことすらも受け入れた、そんな折にヒダカさんに救けられて、彼女の事を知った。思っていたよりも優しい人で、恨みなんてすぐに消えてしまった。だから、僕は何処までも不器用な彼女のことを………。

 

 

「……ワタシのこと、恨んでるでしょ?本当の事言ってよ。………ワタシ、恨まれて当然のことをしたんだから」

 

 

「………ヒダカさんのこと、恨んだりしてませんよ。それよりも、今日ヒダカさんと会えて、話せて、貴女の事を知れて良かった。それが本心です。おやすみなさい。」

 

 

「…………………………ふぇっ!?」

 

 

 辛うじて、おやすみなさい、と口には出来たが、そのまま意識が落ちていく。ヒダカさんが何か話しているようではあったのだが、もう疲れてしまって目も開けられない。

 

 

 そして、僕はヒダカさんの家での初めての夜を終えた。

 

 

 

 

 

 長く降り続いた雨は、今はもう、その影も形もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





キリのいい所まで書いたら、ちょっと長くなりました。

アンタ呼び→強気に振る舞っている時


日高茜の泣き顔を描きました。此処とキャラクター設定の方に載せて置きます。見なくてもいいです。

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