ワタシ、
だから、あんな罪を犯してしまった。決して許されることのない、裁かれるべき大罪。
ワタシは罰を待っているのだ。
いつか訪れるはずの罰を夢見て、恋い焦がれるように狂ったように、待ち続けている。
——心優しい彼に限って、そんな事をするわけがないというのに……。
◆◆◆
中学生の頃のワタシは、ジンベイザメに貼り付くコバンザメ。
俗に言う、スクールカースト上位のグループに混じれてはいるけれど、クラスのリーダーではない。誰かの機嫌を窺って、誰かの作った空気に混じる。舵取りに任せて頷くだけのイエスマンな船員。
そんな自分が嫌いで嫌いで堪らなかった。
だから、高校入学と共に雰囲気をガラリと変えて、尻尾を振っていた華々しい彼女らの立ち居振る舞いを真似、高校デビューに洒落込んだ。
結果は、驚く程に上手くいった。
自己紹介を終えると、クラスの華やかで煌びやかな少女がワタシに話しかけてくれる。一人は二人に。二人が輪となり、ワタシを入れたグループが完成する。
ご機嫌窺いじゃない、本物の友人。
嬉しかった。報われたと思った。春休みの努力が無駄じゃ無かったのだと調子に乗った。
それでも確かに、ワタシの高校一年生の一年間は、煌びやかな青春と呼べるモノだったのだ。
◆◆◆
二年生になると、環境が一変した。
まず、ワタシのクラスにはリーダーを務めるようなタイプの人間が存在しなかったのだ。
学校のクラスという集団には、各々のリーダーが必ず存在する。直接的な学級委員という括りでなくとも、クラスの代表を務めてくれるような人種。そういう人間の性格がその集団の雰囲気を、空気を変える。掌握すると言っても過言ではない。
———正義感に満ち溢れた人間であれば、時には一丸となって何かに打ち込めるようなクラスに。
———悪意に満ちた人間がクラスの中心であれば、誰も彼もが流される。勿論、全員が全員そうだと言うわけではないが、人間という生き物は空気に逆らえないモノだということを知っていた。
ワタシが……そうだったのだから……。
少し自惚れた話をしようと思う。一年生の頃のワタシは、周りの彼女達のおかげもあって、それはもう目立つような人間だった。学年の中でも一位二位を争う程のトップグループに所属することになったワタシは、その名前が学年中に広まっていたのだ。
「知らない人がいるならば、それはアンタが世間知らず……いや学年知らずだからだ!」なんて、少し冗談めいて言っても馬鹿にされない程には名が売れていたと思っていい。それは、確信寄りの自信だった。
だから、このクラスのリーダーは日高茜な筈だという雰囲気に突き動かされたのか、すぐにワタシの元に所謂イケてる女子な少女達が集ったのだ。
少しばかり気分が良くなって、神輿のように担がれてみた。
休み時間になる度に、ワタシの元に集まっては、ワタシを中心に談笑するクラスメイト。
(……ワタシが、リーダー。)
仮面を付けたリーダー気質じゃない人間が指揮棒を振り、リーダー気質じゃない人間の指揮を取る。
担任は、やる気がないのか碌に纏まりもしないクラスの雰囲気を咎めることもない。
その結果、ワタシが完全にクラスの雰囲気を掌握することになってしまった。
だけど、愚かなワタシがクラスのリーダーなんて調子に乗ったせいで、言葉足らずな発言は火と化し、全ての過ちの元凶となってしまったのだ。
◆◆◆
まず初めに、話しておかなければならないことがある。
ワタシがリーダーに担ぎ上げられた二年のクラスには、何者にも穢すことの許されない程に綺麗な"少年"がいる。
———
その名前はきっと、ワタシの名前なんかよりある意味では有名なモノだった。
青みを帯びた白い髪は、まるで少女の様に長く、それでありながら綺麗に保たれて結ばれている。普通であれば不似合いになるはずの髪型は、その端正な顔立ちも相まって驚く程に様になっていた。ルビーのような真紅の瞳は何物にも変え難いような宝石だ。
ポニーテールをしていながら、大きめの学ランに身を包んだ女顔の少年。
一目見た時、もはやレベルが違うなんてモノじゃない程の差を感じたのだ。どんなに綺麗な人間であっても、この芸術には遠く及ばない。比べることすら烏滸がましく、聳え立つ壁は果てしなく続いている。
ワタシにとっての緋影千尋という少年は、周囲から浮いた存在であっても憧れの対象だったのだ。
そんな彼と同じクラスになれて、本当に良かった。そう、嬉しかった……はずなのだ。
◆◆◆
「……緋影千尋くん?ってさ、女の子みたいだよね。なんであんな髪伸ばしてんだろ。ワタシには意味わかんない。なんか意味、あんのかな……」
女の子みたいだという率直な感想。ワタシには知り得ないけれど、あんな風に髪を伸ばしているのには何か意味があるのだろうかという疑問。
緩んでいた仮面の隙間から、つい口に出してしまった日々の疑問。皆なら分かってくれるなんて思っていたのかも知れないけれど、全ての元凶はワタシの言葉足らずで、明らかにニュアンスの異なる発言だったのだ。
しまった、と思った頃にはもう遅かった
「私もなんか普通じゃないなって思ってた!」
グループの少女が声を上げて賛同する。誤解を解こうとしても、ワタシの言葉は既に火となり人々の疑心を燃え上がらせた。
「はっきり言って気持ち悪いよね」
「トランスジェンダー?とかいうやつなら女子制服着ればいいのにね。それも意味わかんないけど」
「あーあこれから一年、男女?女男?と一緒の空間か」
火は燃え移り、広がり、火力を増して、炎となる。
彼女達が抱いていた所感は汚い言葉で塗り固められて、彼を貶しめる罵詈雑言と化した。
「……い、いや! そういう意味じゃ———」
必死になって自分の発言を訂正しようとしても、一度口から出た言葉は飲み込めはしない。
「———アカネもそう思ってたんだ。良かった。アタシだけかと思ってたんだよ」
「アカネがそう言うんだし、やっぱ普通じゃないんだよ」
「………………。」
もはや、口を閉ざすしかなかった。口は災いの元とは、よく言ったもので既に取り返しのつく様なモノではなくなっていた。
そして同時に、ワタシは逃げたのだ。あまりにも愚かな道を選んでしまったのだ。
まだ、声を張り上げて誤解だと叫んでしまうことも出来るはずだったというのに逃げたのだ。今なら誤解を解ける筈だというのに、自分の地位が脅かされるのを恐れて、押し黙ることで愚かな道を選んでしまったのだ。
沈黙は、肯定を意味していた。
この日からワタシは、緋影千尋という少年を陥れる、イジメ主犯格となったのだった。
◆◆◆
皆の日高茜像を崩さないように、皆と同じように彼を——緋影千尋を虐める。
最初のうちは陰口や悪口でも、過激を求める少年少女達にとって共通悪という存在は、まるで自分がヒーローにでもなったかのように、正当な理由で排除できる存在。
より過激に、より惨たらしく、より惨めに陥れる。その行為の先陣を切るのは……ワタシ。
「アカネだって、そう思うでしょ?」
「アカネがやっていいよ」
誰も自分の手を直接汚すのは嫌で、発端は茜だからと最初はワタシ。自分が思うことは一番憎んで嫌悪している茜も思っている筈のことで、ワタシの言葉を待っている。行動を待っている。
ワタシが先立てば、彼女達も続いて手を汚し、聞こえるように悪口を述べた。
まるで、昔のワタシのように……。このクラスにはリーダー気質の人間は存在しなかったから、ワタシなんかが全てを変えてしまったのだ……。
◆◆◆
日に日に過激さを増す悍ましい行為。
何よりも、その発端は自分で、今もなおズブズブと続けてしまっている自分に自己嫌悪する。あまりにも非人道的とも言える行為に及ぶ惨め過ぎる自分。
日々募る罪悪感が、心を蝕み、夜も眠れなくなっていた。本当に辛いのは彼だというのに、被害者面をしてしまうような卑しい自分が嫌で嫌で誰かに罰して欲しくて堪らない。
(全部、全部……ワタシが背負って行くべき罪なんだ。)
たとえ罰を受けたとしても、ワタシの罪は許されないのだ。ワタシは一生背負って行かねばならないのだ。これはワタシの、業だ。
◆◆◆
その日は、嫌に彼女達の気が立っていた。
どんなに虐げても、心の芯を折ることのない玩具に苛立ちを覚えていたのかも知れない。
そして、そんな日に限って彼は彼女達を気にも留めないで教室で歩みを進める。
自分達を無視する態度が気に入らなかったのか彼女達は、彼を裁くことにした。いや、正義の鉄槌とでも勘違いしている自分達の手で遂に壊してしまおうと決めたのだ。
「ほい、ハサミ。」
やはり、実行するのはワタシ。彼女達は、茜が一番やってやりたい筈なのだと本気で思っている。しかし、ここまでの過激さを増してしまったのは自分の落ち度。背負うべき罪を重ねるしかない。
手渡された鋏を睨む。
——髪を切る。簡単なことではあるけれど、彼の綺麗な髪が只ならぬ意味を持っていることなど、当に想像が付いていた。
「あ、あの……それだけは流石に困るんだけど……。」
青褪めた彼は、言葉で最大限の抵抗を述べる。
やはり、そうだったのだ。彼の髪は意図して伸ばされているモノだ。それを他人が穢す。ワタシ自身の手で断ち切る……。
「悪く、思わないでよね……。」
眼前の絶望に満ちた顔。この顔は一生フラッシュバックするんだろうな、なんて呑気に考えていると口から本心が漏れ出てしまう。
少しでも許されたくて、罪から逃れるように悪く思うなと口にする。こんな時まで自分の身可愛さに走ってしまう、自分が本当に嫌いで嫌いで堪らない。
小さな本音は、彼以外には聞こえていなかっただろう。やるしかないと手を伸ばした時、衝撃によって尻餅を着いてしまう。突き飛ばされたのだ。
彼はそのままの足で教室から出て行っていまった。
正直に言えば、良かったと安堵した。彼を穢さないで済んだことは上々だった。ワタシを跳ね除けて、武力による抵抗によって彼がこの場から逃げられて良かったと安心したのだ。
「逃げちゃったよ。どこ行くんだろ」
「アカネ〜、大丈夫〜?」
手を差し伸べる、彼を嘲笑う彼女達の声は当に耳には届いていなかった。
◆◆◆
もう、謝ってしまうしかない。
クラスの地位なんてどうだっていい。許してもらえるとは思わないけれど、少しでも軽くなってしまいたいと自分の心が悲鳴を上げている。
何よりも、未遂に終わったとは言えあんな事をしてしまったのだから、謝らなければならない。
翌日の朝、待てど暮らせど彼が学校に来る事はなかった。
わかっていた。何となくだけどわかっていた。わかっていたのに目を背けていた。謝る機会がある筈だなんてメルヘンチックな考えだったのだ。
……ワタシは、取り返しのつかないことをしてしまったのだ。
それを自覚してしまった時、猛烈な吐き気に襲われて、堪らずに悪意に満ちた邪悪な教室から逃げてしまう。ワタシは絶対に、この場から逃げちゃいけない筈だというのに……。
◆◆◆
次の日も、その次の日も彼は教室に姿を現すことはなかった。
クラスメイト達も目的を完遂したとばかりに、もはや口に出すこともせず、各々の青春を謳歌している。
ポツンと空いたままの彼の座席を眺めては、とめどなく襲う罪悪感に身を蝕まれた。
ただひたすらに、空虚な日々が続く。
◆◆◆
来ない、来ない、来ない。
居ない、居ない、居ない。
胃液だけを吐き続け、やがて疲れて眠る。そんな風に疲れ果てでもしない限り、眠りにつくことが出来なくなってしまった。
それでも、絶望の明日が怖くて怖くて、すぐに浅い眠りから覚めてしまう。
限界だと思ったけれど、これが自分への罰だと思って甘んじて受け入れるしかなかった。
こんなことで許される筈もないのに……。
◆◆◆
夜は、すっかり嫌いになってしまった。
夜になるとどうにも体調が優れない。最近は家族に合わせる顔もなくて、フラフラと幽鬼みたいに出歩く毎日。家族に今の顔を見られてしまえば、すぐに咎められると思ったからだ。
それでもワタシには帰れる家があって、頃合いを見て帰路に着く。
それは奇跡だった。幸運だった。神が齎した天啓だったとも言えるだろう。
酷い雨の夜。降り頻る雨粒が鬱陶しくて、早々に徘徊を切り上げて、帰ることにしたワタシ。
普段は通ることもない近道になる公園。この日だけ、何となく本当に前触れもなく近道を選んだおかげだった。
公園のベンチに何かが見えた。豪雨を凌ぐわけでもなく、傘を刺しているわけでもない。打たれるままに野晒しにされ、ぐったりと寝込む人影。こんな事をしていては風邪を引くどころの話じゃないと危機感に駆られて、一声掛けるべく歩み寄る。
雨に濡れた白い髪。虚な眼差しは闇だけを映していて、既に正気を感じられない。温もりを失った身体は絶望感を与える。
———こんな事があり得るのか。
偶々近道をした先で、闇に紛れて見逃した可能性すらある場所に、ずっとずっと会いたくて謝りたくて焦がれていた人物——緋影千尋と再会を果たすだなんて……。
「——いいから!!ちょっと着いて来て!!」
強引に引き上げた彼の手の脈動が、確かに彼が生きているという証拠で、雪みたいに冷え切った手先が少しでも遅ければ死んでいたのかも知れないのだという恐怖感として身を襲う。
何があって、どうして彼があんな所で、あんな事をしていたのかは知らない。それでも確かな事実があるとすれば、原因の一端はワタシ、なのだろう……。
けれど、また出会えた。自分の手で彼を救うことが出来た。それだけで良かった。浮かばれた気持ちだった
図々しいことをしてしまったのかも知れない。もしかしたら、彼は死にたがっていたのかも知れない。彼の目は、間違いなく死を見据えていた。目前にまで迫った死を受け入れていたのだ。
———それでも、それでもワタシは……。
彼の手を引き、向かう先はワタシの家。
まずは其処で話をしよう。
———やっと、キミに会えたのだから……。
8月中一回も更新してない作品があるらしい……。
滅茶苦茶久しぶりの執筆で文体を忘れてしまいました。
シザーマン日高茜。いつも通り下手なラフ。見なくてもいいです。
【挿絵表示】
Extreme Heartsめっちゃ面白いのにハメにも渋にも二次小説なくて泣きました。誰か書いてください……。