Q.2 友人だと思っていた人が、自分の匂いフェチだった場合どうすればよいかを述べよ
………
……
…
受け入れてあげるべきなんじゃないでしょうか。…………尤もその気概があれば、ですが。
「な、なんで此処にヒカゲくんがいるんですか!?」
あれから数分程、ヒメミヤさんは体操服の匂いを堪能した後、僕の存在に気づく。
少し現実逃避でもしてみれば、夕焼けに照らされたヒメミヤさんはとても綺麗で、太陽こそが彼女にとっての最高のスポットライトだ。なんてクサい言葉が出てきた。
しかし現実。現実を直視すると、本人を目の前にしても、僕の体操服を手からは離さず、それどころか体操服に顔を埋める女の子がいる。
ヒメミヤさんだ。
「あの、そんな風に僕の体操服で顔を隠してももう見ちゃったので…。だから、返してはくれませんか?」
思い切って自分から切り込んで行く。前にも言ったが、今日の僕は何かと変だった。
「いえ、顔を隠しているというわけではなくてですね、嗅いでいるんですよ?」
「えぇ…。もうどうでも良くなってない?」
「あれ?え、今引きましたか?私のことを心底軽蔑するような目で見ましたよね?あのヒカゲくんが?」
「あ、そうだ。これは夢なんだ。だからヒカゲくんが私にそんな目を向けるんだ。そういう目絶対しないもん。わかっちゃった。私は天才だ。天才♪天才〜♪」
「現実逃避したいのは僕なんだけど…。」
とうとう、溜め息が漏れてしまった。
「友達だと思ってたのに、ヒメミヤさんがこんな事するなんて…。前に無くなった体操服も ヒメミヤさんが持って行ったでしょ?」
「え!?ヒカゲくんと、両思い❤︎❤︎❤︎」
「だ、だって仕方ないじゃないですか!!こんなけしからん匂いさせて、周りの野獣のようなむさ苦しい男子とは全く違うヒカゲくんが悪いんですよ!中学校三年間も、高校に入ってからも一緒のクラスだったのに二年生になった途端離れるなんて無理なことなんですよ!ていうか私達、中学校からの仲で高校も一緒、四年間もクラスが一緒ってこれもう幼馴染って言ってもいいんじゃないですか!?」
ヒメミヤさんは、僕にとんでもない理論で逆ギレしてきているみたいだ。
「それなら僕は友人として会いに来て欲しかったよ…。」
「…………は?萌えるんだが?で、でも……私が行くと全然知らない変な人達が群がって来るしヒカゲくんに迷惑だと思ってたんです…。」
「それでもやっぱり、我慢出来なくて今日みたいに放課後に忍びこんだり?ちょっと魔がさして持って帰っちゃったりしたけど、ヒカゲくんを虐めている女に擦りつければいいかな〜〜?なんて………。」
「その事も知ってたんだ…。」
「もう学年の中では有名な話になっていますよ。女の子みたいな見た目の子が虐められてるってことは。ヒカゲくんが傷物になったらどうするんだ。本当に許せないですよ、あのヒダカとかいう女。許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せなぃ…。」
ヒメミヤさんが僕のことなど忘れて、何か黒い場所に行ってしまわれたので少し思考に耽る。
そうか…。もう学年中にも知れ渡っているのか。どんどんこの学校に居場所が無くなっていくんだな、と悲しい気持ちになる。
そこで、昼間ヒメミヤさんの友人らしき人物が僕の話をしていたことを思い出して、より気持ちが濃くなった。
———『あの子、クラスで虐められてる子でしょ。関わんない方がいいよ』
あぁ…。なんだか明日は学校行きたくないな…。
「ごめん、家のことがあるから今日はもう帰るね…。」
そろそろ帰らないと夕飯が間に合わなくなるということを今、思い出す。こんな現状である ヒメミヤさんではあるが、放っては帰れないので一声かける。
「あ、あの………今日のことはお互い忘れて、また幼馴染として過ごしていくというのはどうでしょうか…?」
「………………無理そうかも。」
そうして学校を後にした。
それからは、今日のことなど全て頭の片隅に追いやって、家ではいつも通りの日常を過ごした。朝、先生に言われたことや、学校であったことなどは態々食卓まで持ち込む必要もないことだ。僕さえ我慢していればいいのだ、と考えて陰鬱とした気分で眠りにつくことで、今日という日を終える。
(………このまま明日が来なければいいのに。)
そんな思いも束の間、比較的快眠の果てに目を覚ました。あんな一日を過ごした後でも寝覚めは悪くなかった。一つ特技を挙げるとすれば、この寝覚めの良さだろうか。
いつも通りに父と朝食を食べ終え、少し息を吐く時間が訪れた。何度も繰り返すが、この家において家事は僕の仕事であった。本来であれば、朝食で使った食器を洗っておくべきだった。しかし、どうにもやる気が出ない。登校時間になるまではソファーで、ぐでっとすることにした。
(……………制服に皺ができちゃうな。折角お父さんが買ってくれたのに…。)
それからも、普段であれば起こり得なかったようなことが続く。まず、玄関のドアを開けられない。外に出るのだ、ということを考えるとどうにも尻込みしてしまう。やっとの思いで外へ出て通学路を歩く。
(…………靴紐が解けてる。)
いつもは家を出る前に硬く結ぶのだが、どうにも頭から抜け落ちていた。いつものルーティンすら忘れてしまう程にヌボーっとしてしまう。考えることすら放棄してしまっているような、そんな感覚に陥った。
そうこうしているうちに、学校に着いてしまった。
なんだか今日の登校は狭々とした景色しか目に入って来なかった。それもそのはず、俯いていたからか下しか見ておらず、自分の履いているスニーカーしか見えてなかったからだ。
教室の扉を開き、中へと入る。クラスメート達が仲の良い友人と集まり、数個のグループが点在していた。各々が談笑していたところであったが、誰が教室に入って来たのか伺うために
幾つもの瞳が僕を捉えた。
既に興味が失せてしまった人達は、すぐにグループでの会話を再開する。
「今日も来たんだ。」という声を漏らしたのは、ヒダカさんのいるグループのイケイケな女の子であった。今までしていた他愛のない会話から一転して、僕の悪口合戦となっているようだ。
正直、もう気にも留める気にすらならなかったのでズカズカと進んで、そのまま席に着いた。
席で考えるのは、ヒメミヤさんのこと。彼女は今日学校に来ているだろうか。昨日は心に余裕が無かったけれど、今なら話し合うことも出来るはずだ。うん、そう思う。………いや、無理かも…。彼女のことが、今では怖くてしょうがないし。
「なにアイツ、今日なんかウチらのこと無視してない?いつもなら顔青くして、『今僕、我慢してます!』って感じなのに。聞こえるように悪口言ってやってんだけど?」
そんなことを言っているのは誰だったか。ヒダカさんのグループの人というのは分かるんだけど、名前が思い出せない。というより、2年に進級してから同じクラスの人の名前を覚えようとしてすらいなかった。1年生の頃は皆の名前覚えたんだけどなぁ…。
「なんか調子乗ってんでしょ、理解らせてやらなきゃダメかもね」
「そうだ、あの長い髪。あれ切ってやればちょっとはマシになんじゃね?本人だっていつでもスカート履いてこないし、そんな気なさそうじゃん。」
「あー、いいかもねソレ。ショートの女だっていんだし、どっちでもイケんでしょ。ヒダカ、切ってやんなよ。」
「———え!?アタシ…?」
「ほい、ハサミ。」っと誰かさんが、ヒダカさんに鋏を渡す。ヒダカさんは、渡された鋏をマジマジと見ると周りに囃し立てられて此方に歩いて来た。
髪を切られるのは困る。悪口を言われるのも、物が無くなるのも耐えられる。それでも、この髪だけは、この自慢の髪だけは誰かに汚される訳にはいかない。
冷や汗が止まらない。動悸すらする。鼓動が速すぎて、吐き気だってする。ビクビクと怯える僕を見て笑う声が耳に入る。
「あ、あの。それだけは流石に困るんだけど……………。」
精一杯振り絞った否定の言葉。今できる唯一の抵抗。どうか分かってほしい。もう恐怖感で、目頭が熱い。
「悪く、思わないでよね………。」
そんな言葉を小さく口にしたヒダカさん。その言葉はきっと、他の誰にも聞こえてはいなかった。鋏を向けられている僕以外には。
もう、この恐怖に耐えられなかった。既に頭にまでハサミを伸ばし、ポニーテールの結び目に狙いを定めたヒダカさんを押し飛ばし、走って教室から逃げ出した。
学校の何処にも居場所なんてない。そのままの足で、学校すらも飛び出してしまう。
やがて途方に暮れて、近くにあった公園へと足を進め、ベンチに腰を下ろした。
(…………これからどうしよう。)
もう教室に居場所はない。学校にだって居場所があるかは、わからない。それに女の子を突き飛ばしてしまった。いつか謝れればいいんだけど、その時が来るかもわからない。
そういえば、勢いで飛び出して来たから、荷物すら置きっぱなしだ。放課後にでも取りに行ければいいだけど。
なんて事を思って、俯く。頭を悩ませる。今日という日は、下ばかりを向いている。どうにも情けなくなって、涙が止め処なく溢れ出す。そうして地面に点々としたシミが出来ていく。
「———どうしたんだ、キミ。何か悩んでるようなら、お姉さんに話してみないか?」