「———どうしたんだ、キミ。何か悩んでるようならお姉さんに話してみないか?」
そんな声が頭上から聞こえた。どうも、僕に向けて話し掛けてきている人物がいるようだ。
上を向く。頭を上げる。涙が頬を伝い、落ちていく。今日、初めて目にした空だった。何にもない快晴の青々とした澄み渡る広い空。そんな空を背景に、僕に声を掛けて来た人物を捉えた。
上はタンクトップで、下はパンツスタイル。
地毛ではないということが窺えるような、燻んだ金髪をした女性。そんな髪の上にさらに、真っ赤なイヤリングカラーを入れていた。
首にはベルト型のチョーカーをしており、口元や耳にはイヤーロブやインダストリアルといった種類の無数のピアスが光る。ギターを弾くのだろうか、ギターケースを大切そうに肩から掛けていた。
「………うわ、綺麗な顔。お嬢さん、折角の綺麗な顔がクシャクシャになってて台無しだぜ?あー、ほら涙なんか流しちゃって。あれ、でもこれ学ランか……?」
「………いや、僕は……。」
すぐに否定の言葉を入れようとしたが、涙を流していたからか声が上ずってしまう。未だに丈の余る袖で、涙を拭う。
「ゆっくりでいいんだ。アタシに話したくなければ一言『要らない』って言ってくれ。———ただアタシ、ちょっとばかしお節介だからさ」
目の前の女性は、僕が落ち着くまで待ってくれた。この人になら話してもいいかもしれない、なんだかそう思える。
「……あ、あの有り難うございました。それでなんですけど、僕は男なんです」
ようやく話せるようになった口で否定する。こんなに髪を長くしているんだし、勘違いされるのは自分のせいだとも思っている。
「…………………………え、男の子?あー、いやそうか。最近はそういうのも、あるか………」
「………困らせてしまって申し訳ないです。」
「いや、好きで髪伸ばしてんでしょ?アタシにどう思われようと謝るべきじゃないぜ、少年」
「………この髪は、僕の自慢なんです。だから、こんなに伸ばして綺麗に整えたりして……。だけど、こんな僕だったから………。」
つい、彼女に口を漏らしてしまう。話を聞いてくれる彼女に、どうにも縋ってしまう。今日あったことを聞いて欲しい。なんだか心からそう思えた。
「………それが誇りなんだな。それならアタシと同じだな!他人にどう思われようが気にする事ないぜ、少年!」
そのように彼女は口にして、ハハハッと笑う。
きっと目の前の人は強い人なんだな。僕とは違って強く生きている、そんな女性。
「アタシの格好だってさ、よく馬鹿にされるよ。口調だってガサツだし、もっと女の子らしくするべきだって。」
「その度に言ってやんのさ。『この格好こそがアタシの信じるロックで、ロックこそがアタシのモットーなんだ』って、な。」
「………モットー。そんな風に言えれば、かっこいいなって思います」
なんだか彼女と話すのは悪くなかった。というのも、彼女との会話は、すごく心が落ち着く。
「お、そうだろ?少年ももっと大きく生きてみればいいさ。他人なんて関係ねぇ!!ってな。そうだ、少年はどうして泣いてたんだ?お姉さん、愚痴相手くらいにはなるかもよ〜?」
「あぁ、そうだ。名前教えてなかったな。アタシの名前、
「…………僕の名前は、
あ、あのヒキガタリさん、僕の話聞いてもらってもいいですか。」
やっと言えた。途方に暮れていた僕に話掛けてくれて、話を聞いてくれると言ってくれた。優しくて格好良くてこの人、ヒキガタリさんに我儘だけれど全てを聞いて欲しい。
「———カナデでいいよ?なんなら、姉さんとか姐さんとかでもいいんだぜ?そうだ、ヒカゲお腹空いてないか?お姉さん奢っちゃうよ〜?」
「そんなの悪いですよ!お金はちゃんと払います!」
「………あ、でも荷物置いて来ちゃったんだった………。」
「アタシがお腹空いてんだよ。ここは甘えてお姉さんに奢られときなよ?」
「………そ、それじゃあヒ…カナデさん。お願いしてもいいですか?」
それでいいんだよ、と言って、僕の手を引いてカナデさんは歩き出す。
カナデさんの行きつけだと言うお店で今日あった事を聞いてもらう。カナデさんは僕なんかの話を最後まで真剣に聞いてくれた。
(……今日カナデさんと会えてよかったな。こんな良い人が話を聞いてくれるって話掛けてくれるなんて…。)
「……はー、酷い話だな。校則にだって引っかかってないんだろ?他人がとやかく言うべきことじゃないだろ」
「最初は染めてんのかな?って思ってたんだけど、髪色だって母親譲りだって話だし…………。こんな綺麗な子と一緒のクラスだなんて誇らしいと思うんだけどなぁ…?」
髪、触ってもいいか?と断りを入れてから、毛先の方を割れ物に触れるような手つきでマジマジと見ている。僕も頷き、了承の意を伝えた身ではあるのだが、なんだか凄くくすぐったい。
「………うわ、すごい真っ直ぐ。枝毛だってないし、キューティクルがすっごい。アタシなんかとは大違いだな…。もはや、芸術の域か!?」
「これを傷つけようとするなんて、そのヒダカって奴らも酷い事考えるもんだな」
も、もしかしてこのまま話が続くのだろうか…。
「流行りのファッションで揃えたりとか、周りの空気に流されてそのまま染まっちゃうとか。そうして量産型人間に成り下がる。それこそダサいってアタシは思うんだけどなぁ…。」
僕の髪を撫でる手は変わらないけれど、カナデさんは自分の信念を話してくれる。僕は、この際だからずっと気になっていたことを訊いた。
「……ずっと気になっていたんです。どうして見ず知らずの僕に優しくしてくれるんですか?」
「———それがアタシの思う『ロック』だと思ったから。さっきも言っただろ?モットーだって。自分もそうだったから、どうにも困ってる青少年のこと放っとけないんだよなぁ…。」
「そりゃ、我存ぜぬと知らんぷりして通り過ぎることだって出来るさ。でもそれじゃあ、後から後悔するしアタシ自身の『ロック』に反することになっちゃうだろ?」
「———それにヒカゲ、誰かに救けて欲しそうだったから。そんな奴、放っとけないよ」
「……………………………………うっ…。」
自然と涙が溢れた。だけど、さっきまでのモノとは違う。頬を伝う涙は、どうにもあったかくて、わんわんと泣いてしまう。今日は何だか泣いてばかりの日だ。僕の目指す男らしさとはかけ離れているが、今くらいは泣かせてほしい。
「え!?ご、ごめん…。アタシなんか悪いこと言っちゃったかな…?やっぱりお節介だったか…?」
カナデさんは、身振り手振りを加えてあたふたとしている。どうやら困らせてしまったようだ。
「い、いえ…。これは違くて…何だか嬉しくって…。僕、誰かに救けて欲しかったんだなって……。」
「そうだ!アタシ、これからもヒカゲの相談に乗るよ。嫌なことあったらいつでも訊いてやる。」
「これはきっと、見ようによっては自己満足の偽善的行為だからソンナ奴を逆に利用してやる気持ちで呼びつけてくれて構わないから」
「………だ、だからその…泣き止んではくれないかねヒカゲ?」
「……ごめんなさい。カナデさん、迷惑でなければこれからもどうか頼らせて下さい…。」
それからはカナデさんと連絡先を交換し、別れた。別れる寸前まで僕のことを気にかけてくれて、励ましの言葉を投げ掛けてくれた。
別れた頃には辺りはもう既に薄暗くなってきており、急いで学校に向かう。幸いにして、まだ教室の鍵は閉まっておらずこっそりと荷物を取って帰ることが出来た。
(…………そういえば、今日一日は無断欠席になっているのかな?お父さんにまで連絡がいってないといいんだけど…。)
今日の夕飯を考えながら帰路を歩く。もう夕焼け空となっており、周辺の家から夕食の匂いが漂って来た。そうして、今日のことを振り返った。
(………学校では色々あったけど、カナデさんに出会えて、話まで訊いてもらって連絡先まで交換してしまった。それにいつでも頼ってくれって…。)
彼女との時間を思い出すと自然と笑みが溢れる。自分のモットーを曲げないカッコ良い大人の女性。僕も彼女のようになれるだろうか、なりたいなとそんな風に思った。
そんなことを考えている間に家の前まで辿り着いていたようだ。なんだか時間が早く感じる。それも全てカナデさんのおかげだろう、なんてことを考えながら少し晴れた心で玄関の扉を潜る。
(……明日からは少しだけ頑張れそうだな)
浮かれ気分であるヒカゲは気付いていない。教室での問題は何も解決したわけではないということを。
———そして、視界の隅の電柱の影に身を隠し、此方を窺う存在のことを…………。
読み易さを求めて編集を加えまくってます。もし読み辛くなっていると感じた場合は、こっそり教えて下さい。