男の娘って生き辛そう   作:ウジ虫以下

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第四話『男の娘と人気者の養護教諭』

 

Q.3結局のところ、問題は何一つ解決していなかった場合の最適解を述べよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………

……

 逃げてみるのも手かも知れませんね。

……………最適解なら、どうにか解決の手立てを見つけるべきだと僕は思います……。

 

 

 

 

 

 昨日はカナデさんと出会えたおかげか、家に帰った後も浮ついた気持ちが続いていた。しかし、心は少し軽くなってもクラスでの問題は何一つとして解決してはいない。状況は芳しくない。

 

 

(………お父さん、お母さん。僕は女の子をヒダカさんを突き飛ばしてしまった。……怪我を負わせたかもしれない)

 

 

その事を謝るのなら、どうにかして教室に赴くべきだろう。しかし、現在のヒカゲの立ち位置は危うい。

 

 

 ヒダカさんには謝りたい。だが、もしも皆の前で謝罪しようものなら、自分は屈したことになるだろう。コイツは罪のある人間だから、虐めてもイイ、仕方ないことなのだと考えられてやもしれない。

 

 

 謝るのなら一対一が望ましい。その時が来れば、僕は誠心誠意詫言を述べよう。それでも今、飄々とした装いで登校するようなことを僕には出来そうにもない。

 

 

 浮かれていた心は、すっかり冷め切り、頭を抱える。カナデさんには他人なんて気にせずに生きて行けばいい、と言われたが今の僕にそんな風に図太く生きれる程のメンタルは持ち合わせていなかった。

 

 

 結局解決策も思いつかないままに、床に就いてしまう。明日は頑張って登校して、それから………。

 

 

 

 全然寝覚めが良くなかった。どうやら僕の特技は発揮されなかったらしい。魘されていたような記憶すらある。そんな僕は少しゲッソリしていた。

 

 

 余裕も無くて、有り合わせの朝食と有り合わせのお弁当を作ったが、父はそんな僕が気掛かりだったらしい。

 

 

「どうにも体調が悪いように見えるが、今日は学校休むか?」

 

 

優しい口調でそんな提案をしてくれた父だったが、授業料を払って貰っている身でズル休みは出来ない。体調が悪いわけでは無いのだから、行けるはずではあるんだ。……そう、行けるはずではある。

 

 

 だけど、どうにも動き出すことも出来なくて休みの連絡を入れてもらうことにした。「チヒロが体調を崩すなんて珍しいな」という父の言葉が心に突き刺さる。

 

 

「それじゃあ、父さん仕事に行くから安静にしとけよ。今日の夜は父さんが作るからチヒロは無理するなよ」

 

 

 そういう言葉を投げ掛けてくれた父に対して、僕は生返事を返した。そのままソファに倒れ込み、腕で目を覆った。何もかもから目を背けるように。

 

 

 何をするでもなく、そんな事を続けていた。気を取り直して起き上がった時には、2限目が終わりを告げるような時間になっていて、僕は驚いた。どうしてこうも、休んだ日の時間経過というのは早く感じるのだろうか。

 

 

(…………なんにも解決してないじゃないか。僕は逃げただけだ)

 

 

この時間にも、何か有効な手立てを考える事だって出来た。それなのに、僕は…。酷く自責の念に苛まれる。本当に自分は弱い人間なのだ、と自覚させられる。

 

 

 何もしてないからお腹も空かなくて、そのまま下校時刻に値するような時間まで来ていた事に焦らされた。

 

 

「嘘!?もうこんな時間!?これじゃあ本当に何もしてないじゃないか……。」

 

 

 やる気が出ないのも全て心が弱いからだろうか。もっと強く、もっと格好良く生きれたらこんなことにもならなかったんじゃ………。そんな事を考えもしたが、嘆く暇なんてないことに気づく。

 

 

 こういう時、カナデさんに頼りたいとも思ったけれど、昨日の今日のことであったし、コレは自分が招いたことであるのだ。おんぶに抱っこで解決策を提示してもらうのではダメだ。自分で解決しなければいけなかった。

 

 

 気が滅入っていると、身体も弱ってしまうのか、夜には起き上がる事すら出来なかった。父には夕飯が食べれそうにないことを伝えると、その直後に意識は途切れてしまっていた。

 

 

 それから意識が浮上してきて、起き上がるとカーテンの隙間から朝日が漏れ出していて青褪めてしまう。僕は本当にズル休みをしただけだったようだ。それも、究極に無駄な一日を過ごした。

 

 

 ハッとして、キッチンのほうへ向かう。こんな時間だと朝食は間に合わないかもしれない。扉を開いてすぐに、リビングにいるはずの父に向かって詫びを入れる。

 

 

「ごめん!起きられなくて。すぐに何か用意を……」

 

 

そう言いかけた時、鼻腔をくすぐったのは温かな朝食の香りだった。それは、自分と作っている時には感じ取れないような感覚だった。

 

 

「———作っておいたよ。どうにもチヒロに無理をさせ過ぎていたようだな。体調を崩すほどだとは気づかなかったよ。これからは出来る限りは父さんも協力しよう」

 

 

「………い、いや。……そんな事はないよ。」

 

 

「ブランクがあるもんだから、あんまり美味しくないかもしれないけれど今日は我慢してくれないか?そうだ、弁当も詰めてみたんだ。今日行けそうな持って行ってくれ」

 

 

父の手から弁当箱が渡される。それから、久しぶりに誰かが作ってくれた朝食を口にする。いつぶりだろうか。こんなに暖かいと感じる朝食は。

 

 

「安心しろ。チヒロは毎日頑張ってるよ。父さんが補償してやる。」

 

さあ、飯にしようか。と振る舞われた父の料理は少し不恰好ではあったが、とても美味しかった。何だか許された気分になる。近くに自分のことを許してくれる存在がいる。それだけで心が軽くなる。……自分は話せていないことばかりだと言うのに。

 

 

(…………いつか、絶対に。お父さんには打ち明けるべきだ。こんなにも自分のことを思ってくれる、たった一人の家族なんだから…。)

 

 

そう決心し、父の作ってくれたお弁当を持って学校へと向かう。こんな所で立ち止まっているわけには居られなかった。だいぶ早い時間の登校であったが、クラスメイトが出揃った教室で謝罪するよりはマシだと思う。

 

 

 

 

 

 そのように考えていたのだが、学校が近づくにつれて足取りが重くなっていることに気づく。どこか、自分の心に逃げてしまおうという考えがある。自分で連絡を入れて、何処かで時間でも潰していればいい、と。

 

 

 誰にも見つかりたくない。そんな風に考えているからか、ビクビクと怯えたような動作をする。もう校門にまで差し掛かったが、踵を返そうとしたその時、確かに自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 

 その声に反応して、僕の身体は跳ね上がった。自分の名前を呼ぶ声に心当たりがあるとしたら、ヒダカさん達が来待ちをしていたとかくらいだ…‥…。

 

 

 

 

「おはよう、ヒカゲくん。キミが来るのを待っていたよ」

 

 

 

 

 自分を呼んでいた声の主。あまり知りはしないが、思い出したくないような身体測定の時にお世話になったことがある。

 

 

「昨日は休んでいたようだけど、やっと来れるようになったみたいで良かったよ。これでも、心配していたんだ」

「…………あれ?あんまり反応が良くないな。もしかして、覚えて貰えていなかったのかな……」

 

 

「い、いえ!そうではなくて。ちょっと呆けていただけです。……養護教諭の聖川 涼夏(ヒジリカワ リョウカ)先生ですよね?」

 

 

 聖川 涼夏(ヒジリカワ リョウカ)、彼女は保健室に駐在している養護教諭だった。

 

 

吸い込まれるような黒い髪の持ち主だった。闇夜を思う程の漆黒であるが、決して光を失わない。艶やかさを残した漆塗りされたような印象を相手に与える。

 

 

 そんな綺麗な黒髪であったが、クセ毛なのか単純に整えられていないからか、所々ツンツンてした纏まりになって跳ねていた。

 

 

 養護教諭の特徴であろうか、白衣を見に纏っているが、前ボタンを止めておらず、中から彼女の髪よりは淡い色をした黒いスーツが覗かせていた。ご丁寧に赤いネクタイを締めている。

 

 

「……あぁ、そうだ。私が聖川 涼夏(ヒジリカワ リョウカ)だよ。君とは身体測定ぶりくらいかな?別口で通された子がいたもんだから驚いたもんだよ」

 

 

「………えぇと、僕を待っていたって言われてたと思うんですけど……。どうしてでしょうか?」

 

 

思い出したくない身体測定の話題になりそうだったので、無理矢理に話を変える。

 

 

 

「昨日も待っていたんだ。一昨日、キミが問題を起こして教室を飛び出して行った、って聞かされてね」

 

 

ドキリとする。ヒジリカワ先生は、昨日から僕を待っていたんだ。問題を起こした自分を待っていたということは彼女が叱責するということだろうか。

 

 

「………ここじゃあ目立ちそうだな。保健室にでも場所を変えようか。安心してくれ、キミの行為を咎めようというわけではない。キミに少し話があるだけなんだ」

 

 

そう言ったヒジリカワ先生は保健室の方へと歩き出した。言われた通りに、僕もその後を着いて行く。ヒヨコが親の後ろを着いて行くみたいに。

 

 

 そうしているうちに保健室に辿り着いた。この学校に二年通ってはいるが、あまり来たことはない。

 

 

「———ようこそ、保健室へ。キミはあまり来てくれないけれど、他の生徒と同じように遊びに来るように来てもらって構わない。いつでも歓迎するよ。忙しい時は、別だけどね?」

 

 

ヒジリカワ先生は、此処が自分の根城だと言わんばかりの言葉を尽くす。もっとも、その通りであるのだが。

 

 

 彼女、聖川涼夏は生徒からも厚く慕われる養護教諭だった。相談役や話し相手としての仕事もある彼女は、その的確な言葉や話し相手な所から赴任してすぐに人気者となっていた。

 

 

 歳も若く、生徒とそう変わらない為か、どちらかと言えば生徒とは友人関係のような距離感で接してくれるのだと、予々からウワサは耳にしている。

 

 

「………何処から話せばいいかな?そうだ、日高茜という生徒のその後なんてどうだい?」

 

「!?」

 

 

どうやら喰いつきはいいようだと踏んだヒジリカワは、話を続ける。

 

 

「キミが突き飛ばしたヒダカさんは無事だったよ。何ともない、怪我もない。いたって健康体だと言えるだろうね」

 

 

「………ど、どうしてそんな話を僕にするんですか」

 

 

「キミは優しい子だと思っていたから、自分が突き飛ばした女の子のことが心配なんじゃないかと思ったんだけど。……違ったかな?」

 

 

「……いえ、合ってます。ヒダカさんが無事で良かったと思います。………出来ることならヒダカさんに謝りたいです。」

 

 

 僕は、自分の心を言い当てたヒジリカワ先生のことを素直に尊敬する。彼女はこうして生徒からの信頼を得て来たのだろうか。だからこそ、本心を打ち明ける。

 

 

「今はまだ無理だ。だけどいつか、その時が来ると思う。………でも、キミは自分を虐めていた生徒のことを心配するような子なんだね」

 

 

「……………そのことを、知ってるんですね。」

 

 

うん、と頷くとヒジリカワ先生は言葉を続ける。

 

 

「——————前々からキミのことを心配していた。はっきり言うと、キミの容姿は集団から浮いている。人気者になれるか疎まれるかは五分五分と言ったところだろうか。そんな子のことをどうして放っておけようか。」

 

 

 黙ってその言葉を聞く。味わうようにじっくりと。

 

 

「———結果は悪い方に転んだ。もっと早く気づいてあげるべきだった。毎日様子を見に行くべきだった。私から接触すべきだったとも思う。」

 

「———私がソレを知ることになったのは、キミのクラスの生徒が相談に来た時だった。『どうしよう、先生。ワタシ、間違えてしまったかもしれない』って、クラスで虐めが起きてしまっている。そんなことを赤裸々と告げた。」

「………その時に私が無理矢理にでも接触しておくべきだったんだ。キミの担任が解決しておくと押し通したとしても。」

 

 

僕の状況をクラスの誰かが問題視してくれていた。それだけで少しだけ心が救われる。そんな彼女も、きっと周りの空気から逃げ出せていないだけなのだろう。加担してしまうのは仕方のないことだと思う。

 

 

「今回の一件も、その子が知らせてくれたんだ。ヒカゲくんが飛び出して行って帰って来ない、とね」

 

 

「………その人にお礼が言いたいです。誰なんですか?」

 

 

ヒジリカワ先生に相談してくれた彼女のことが知りたいと心から強く思う。そして、お礼を言いたい。気にかけてくれてありがとうって。僕は大丈夫だよって。

 

 

「………その子には伏せていて欲しいと頼まれていてね。教えることは出来ないんだけど、近いうちに会えるかもしれない、とだけは言っておくよ」

 

 

「……会えるんですか!?」

 

 

「………あぁ。彼女に勇気があれば、きっと会いに来てくれると思うよ」

 

 

僕のことを気にかけてくれていた、そんな人に会えるんだ。彼女が僕に会いに来てくれる時を待とうと思う。

 

 

 

 

「それで本題。———ヒカゲくん。暫くの間、保健室登校に変えて見る気はないかな?」

 

「今、あのクラスにキミを混ぜるようなことはしたくないんだ。」

 

 

 突然の提案。保健室登校といえば、教室ではなく保健室に通うということ。クラスで皆と一緒に授業を受けたり、過ごしたりすることもない。今現在、教室での状況が芳しくない僕にとっては考えてみるべきことだ。

 

 

「一人にはなってしまうし、授業を受けられるわけではないけれど、提出物をキチンと出して、テストの結果次第では単位を貰えるようになっている。キミさえ良ければ、今日からでも大丈夫だ」

 

 

渡りに船とも言うべきことなのだろうが、これでは父に迷惑を掛けてしまう。まだ自分の状況を知られるわけにはいなかった。

 

 

「………まだ、今の状況をお父さんを言えてないんです」

 

 

「親御さんには伝えない。キミの口から言えるようになる時を待とう。言えなくたっても仕方ない。」

 

 

「……………逃げて、いいんでしょうか」

 

 

「———()()()()()。立ち向かう必要もない。たかだか一年のクラス、たかだか40人程度のクラスメイトと馬が合わなかっただけだ。そんな事でキミだけが学校を辞めるような割に合わない結果に終わる必要はない。」

 

 

「………………まだ、この学校に居てもいいんでしょうか」

 

 

「———()()()()()。居場所は私が用意してあげるよ。キミだって入試に合格したから今此処にいるだろう?そんな事で奪われていいわけがない。」

 

「だから、どうだろうか。今はほんの少しだけ我慢してくれないかな?」

 

 

 ヒジリカワ先生の魅力が分かった気がする。彼女は全てを許してくれた。居場所がないなら用意してくれるとも言ってくれた。それなら、後は僕がお願いする番だろう。

 

 

 

「……………あの、これからお願いします」

 

 

「———私なんかの提案を受け入れてくれて、ありがとう。歓迎するよ。これからは此処が、この学校でのキミの居場所だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして僕、緋影 千尋(ヒカゲ チヒロ)は保健室登校という選択を取ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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