へんしん(ある朝気がかりな夢から目覚めるとなんかちいさくてかわいいやつに変わっていた男の話) 作:酢酢酢豆腐
ある朝、大猩猩 武が気がかりな夢から目覚めた時、自分がベッドの上で一匹のデフォルメ化されたゴリラに変わってしまっているのに気付いた。手脚は太く、全身の肉に力が充実しているのがはっきりとわかる。
彼は、ふわふわでお日様の匂いがする藁やら干し草を積み上げたベッドに横になっていることに気付いた。頭を少し上げると、コンプレックスだった色白の肌に汚らしいもじゃもじゃの体毛は無く、毛艶が良くもふもふとした漆黒の体毛に包まれている自身の身体が目に入った。
寝る前に掛けた布団などはどこかに消えて無くなってしまったようだ。
「本性ではコンプレックス意識から他人と関わることを可能な限り避け、自分の巣穴を整えることにのみ執心し、自分の縄張りに立ち入る者を威嚇していたその尊大な羞恥心と臆病な自尊心によって、ほんとうにけだものになっちゃった…ってコト!?」と彼は思った。
夢ではなかった。ここまでリアルな夢ならば覚めないでほしかった。
自分の部屋では無い。やや手狭だが快適な、あの「巣穴」ではない。今のじぶんの体格であればあと二人か三人は余裕で入れる洞窟があった。
大猩猩 武は不動産のセールスマンであった。恵まれた体格と少しの運、身体の強さと精神の鈍さ。それによって手に入れたやや手狭だが一等地にある快適なあの「巣穴」もなんとかいう家具も何もかもがそこには無かった。ただ、洞窟があった。あと寝床も。
「ごりら」は次に洞窟の出入り口に目を向けた。
青々とした松の枝葉で出入り口は覆い隠されている。この熊の身体の自分も、どうやら臆病な人間、いや、いきものだったらしい。
せっかくの寝起きなのに、洞窟の外は雨模様のようだった。もう少し寝てやろうかと思ってみたが、あの下らない、ずっしりと重い数字を背負い込んで、「巣穴」を売る現実に目覚めるのは嫌だったのでやめた。
彼が松の枝葉をどかし、そのまま雨が降っているさまを眺めていると足音と独り言が聞こえてきた。
「わっ、わっ、雨いっぱい降ってきちゃった!」
青いハチワレ模様の猫めいた生き物がこちらに向かって走ってきていた。手に持ったカゴには卵状の物体が複数入っている。
「あっ!すみませーん!すこし雨宿りさせてくださーい!」
「オッス」
彼はこの不思議な夢の住人と話してみたかったので、どうぞ、と言いたかったのだが、喉から出たものは言葉ではなく鳴き声だった。
それでも意図は伝わったようで、ハチワレ柄の猫めいた生き物、「ハチワレ」は洞窟の中に入ってくると彼の側にこしかけた。
「向こうのほうに何か卵が湧いてくる場所があって、いっぱい拾ってこれたんだけど雨でちょっとぬれちゃった!知ってる?卵」
「オッス…?」
「なんかしろあんが白いチョコでコーティングされててね、甘くて美味しい」
「オッスオッス」
「分けてあげるねっ!」
ハチワレはカゴの中から卵なるお菓子を取り出すと真っ二つにわり、一つを彼に差し出した。甘いあんの匂いをかぐと腹が、減った。
空腹にまかせて齧り付くと、ハチワレの言う通り、ホワイトチョコでコーティングされたしろあんがふわりと口の中でほどけた。
「ウオーッ!」
「分かる!美味しいよねっ!卵!」
正直なところ何個でもいけそうだった。ホワイトチョコ、カステラ生地、しろあんが絶妙に調和し、シンプルだが奥深い味わいとなっているのだ。うンまい。
「コッカラッス?」
「いっぱいあるよ!はい、どうぞ!」
「アッス」
こうしてしばらく一人と一匹は卵を食べながら、雨が降り止むのを待った。
「今度さぁ、卵一緒に取り行く?」
「オッス!」
「いいね!他にもデカくておいしいの見かけたら教えるね!」
気付くと雨は止んで、虹が出ていた。
うさぎが一番好きです。