おれは世界を愛している。
この世界に生を受けたときはそうでもなかった。
おれはいわゆる転生者である。今生で生まれた村にはテレビもゲームもネットもない、前世の世界ほど物に溢れているわけでもなく食事は素朴だ。
電気だってあまり通っていないし、挙げ句の果てに村の外にはモンスターと呼ばれる化け物がいるらしく非常に危険だ。
有り体に言えばこの世界のことが嫌いですらあった。
前世基準で言えば娯楽が少ないくせに危険度は比べものにならない。
モンスターに襲われないように外には出ず、生きるための仕事だけしてつまらない村の中で完結する人生を生きていくことになる。
そう思っていた、あの日までは。
ある日村では見かけない格好の者たちが村にやってきた。彼らは“神羅グループ”と名乗った。
『ここに魔晄炉を建設したい』
『魔晄によってあなた方の暮らしも豊かになる』
『周辺のモンスターの駆除も請け負い、安全を保証しよう』
村は魔晄炉の建設を受け入れた。
建設作業員や彼らを相手にした宿や食事所などの仕事が発生し、魔晄を変換した電力により村の暮らしは便利になり生活は豊かになった。
やはりゲームやネットはなかったが…。
しかし村が豊かになるだとかは彼にはどうでもよかった。
それよりもおれは“神羅グループ”、“魔晄炉”というワードに衝撃を受けた。
前世の少年時代を彩った名作、大人になってからも派生作品が生まれ多くの人を惹き付けてやまなかった世界観。
「この世界、FF7だったんだ…」
この世界に転生して、物心がついてから現在までこの世界をよく見る冒険者だとかモンスターがいるただのファンタジーな世界なのだと思っていた。
しかしそうではなかった。
久しく刺激のなかった彼の心に激しい熱が起こった。
見たい。ミッドガルが、ゴールドソーサーが、北の大空洞が、ニブルヘイムが、この世界にあるあらゆる聖地が!したい!聖地巡礼!!
おれは前世においてオタクと言われる人種であり、ファイナルファンタジーVII及びその派生作品群にことさらに熱を上げていた。
それからはまるで生まれ変わったように活動的になった。
聖地巡礼のためには外に出なければならない。
モンスターの跋扈する危険な領域を旅することになるのだ、当然戦闘は避けられないだろう。
ならば鍛えねばならぬ。
何も主人公たちと一緒になって世界を救うほど強くなる必要はない。
最低限自分の身を守れるだけの力をつけられれば良いのだ。
村に派遣された神羅の兵士と親しくなり、彼の仕事の傍らではあるが個人的な訓練をつけてもらった。
自主的に筋トレと木の棒の素振り、ランニングを繰り返して、たまに兵士に成果を見てもらう。
どうやら才能はある方だったらしく村周辺のモンスター相手ならどうにか勝利、もしくは安定して逃走できるくらいの実力は身につけた。
しかし正直な話をすればここいらのモンスターなどこの世界では大したものではない。
それにどうにか勝てる程度の自身もまた。
予想はしていたが、やはり原作で描写されていた主要キャラクターたちは化け物と言って差し支えないと思わざるを得ない。
我ながら厳しい訓練をしたとは思うし、強くなったとも実感する。
実際に今では自他共に認める村一番の強者となった。
だが数メートル以上もジャンプしたり、拳でモンスターを撲殺などできないし、剣一本で街の構造物を叩き斬ることなどとてもできないし、これから先できるようになるとも思えない。
クラウドやヴィンセントなどは特殊な処置を受けた存在であるためまだ理解できなくもないが、ティファやシド、タークスのレノやルードたちは純人間であるはずなのだ。
なのに彼らは当然のようにクラウドと遜色ないほど強い。
ゲーム的なステータスで見るなら、一部上回ってすらいる。
やはり持っている才能から違うのだろうか。
正直可能なら原作知識を活かして彼らを助け、あわよくば俺TUEEEEというやつもしてみたかったが、無理だ。
彼らメインキャラクターたちの戦いは神話の域であり、そこらのモンスターに四苦八苦するような一般人が首を突っ込んでよいものではないだろう。
(そもそもおれが助けなくても世界は救われるし、むしろ下手に手を出したら、それこそメテオが落ちて世界終了になるんじゃね?)
そう考えたのもあり、当初の予定通り聖地巡礼の旅に専念しようと心を新たにした。
そして青年と呼べる年齢になるまで旅費と力を蓄え、彼は村を出た。
旅費を節約するために基本は自分の足で歩き、たまに遭遇するモンスターをかわし、乗り合いのチョコボ車を見かければ乗せてもらい、村や町を見つけて休む。
旅の途中では見覚えのある風景やモンスターなどとも遭遇した。
ゲームのように数秒で踏破できるような容易い地形ではないし、実際に現実として見るモンスターたちはずっと恐ろしかった。
だが彼はそれさえ楽しかった。
大すきだった世界の一部として生きているのだと実感できたから。
見知った村や町だって訪れた。
チョコボファームではチョコボに野菜をあげて乗せてもらえたし、カームで寝泊まりもした。
ミッドガルに到着し、見たこともない数の人の群れと腐ったピザ、そして8つの魔晄炉とそこから立ち昇る緑の光を見た。
(あれが魔晄、神羅は無尽蔵のエネルギーとか言っているが原作知識を持つおれは知っている。あの光は星の血液、ライフストリームだ)
(この先ずっとあれを吸い上げればいずれは星が死ぬ。が、おれにできることはないし、しばらくすればクラウドたちが諸々の問題も解決してくれる)
(何の心配もない、おれはこの世界を見て回るだけだ)
船に乗り大陸を渡る。
青い海、白い砂浜、晴れ渡る空、コスタ・デル・ソルに着いた。
人と物で溢れていたミッドガルとはまた別種の活気を感じる。
目に入る人の多くが開放的で、素肌を晒している。
生まれてこの方田舎で生きてきた自分には水着の美女たちは目に毒だった。
(おれもバカンスを満喫してみたいけど懐が…、諦めるしかないか)
自分だって男だ。
肌が褐色になるまで焼いて、サーフボードに格好よく乗って、かわいい娘たちに声かけたりしたい。
が、観光地はカネがかかるのだ。
のんびりするには懐が苦しい、無念だ…。
旅を続ける。
もうこの辺りで遭遇するモンスターを相手にするには実力が不足しているのか苦しくなってきている。
最近は逃げ一手だ。
村を出た当初は約束の地こと“北の大空洞”にも行ってみたいなんて思っていたが、これでは到底無理だろう。
この辺りのモンスターならまだ遭遇してもすぐに逃げを打つことでなんとかなっているが、彼処に出現するモンスターはダメだ。
おそらくレベルで言えば20にも満たないだろう己のような輩が近づいていい場所ではないのだ、ラストダンジョンは。
コレルからゴールドソーサーへと伸びるロープウェイに未練を感じつつも通り過ぎる。
(ゴールドソーサーか、ff7のファンとしては是非とも行ってみたかった。観覧車に乗りたいし、チョコボレースだってしたかった。前世から久しいゲームも恋しいし、闘技場は…ダメだ絶対実力足りねえや。クソ…カネがあればな、ハァ…)
その後も各所を巡り、ついに目的地にたどり着いた。
「ここがニブルヘイム…」
主人公が生まれ、英雄が狂って人類の敵へと変貌する因縁の場所。
村の奥、ニブル山の頂上にある魔晄炉には宇宙から襲来した厄災、ジェノバが保管されている。
いろいろと厄ネタが詰まっている村だが、せっかくFF7の世界に転生したからには是非とも一目見ておきたかった。
例の事件に巻き込まれる心配はあるが、まあ一泊二日の観光くらいなら大丈夫だろう。
到着したのは日も暮れ辺りが薄暗くなったころであり、疲労も眠気もあったが村の入り口のアーチを目にしてにわかかに気分が高揚する。
ニブルヘイムは確かに魔晄炉以外には取り立てて特色のある村ではなかったが、原作ファンが夢中になるには十分なものがあった。
村の広場の中央に給水塔を発見し、意味もなく登ってみたりもした。
童心に返った気分であったが、さすがに疲労がピークを迎えたので宿を取ることにした。
(神羅屋敷はまた明日にでも見るとしよう。)
そう考えて眠りについた。
次に彼が目を覚ましたとき、村の様子は一変していた。
燃えている。
先ほどまで静かで、長閑な村であったニブルヘイムが真っ赤に燃えている。
悲鳴が聞こえる。
「神羅が!ソルジャーが火をつけた!!」
「セフィロスが村人を斬り殺した!!」
(しまった!よりによって今!こんなタイミングで事件が起きるなんて!!)
(このままここに居たらセフィロスに殺されるか、宝条の実験体行きだ!とにかく村を出なければ!)
神羅の英雄と戦ってどうにかなるわけもないし、もし奇跡的に生き残ってもジェノバ細胞と魔晄漬けにされてセフィロスコピーの一人になる。
自分にソルジャーの素質があるとは思えない。
魔晄中毒になり、ジェノバに乗っ取られて廃人まったなしだろう。
そしてリユニオンのためにだけ生きて、最後にはセフィロスに用済みとして始末される。
(そんなのはゴメンだ!)
急いで村を出ようとしたが、周囲の建物から苦しむ人たちの声が聞こえた。
(…っ!これでもそこらの一般人よりは強いって自負はある、せめて数人くらいなら!)
良心の呵責を感じて、見捨てることができずに焼け崩れた建物の瓦礫を押し除けて人命の救助に取りかかったそのとき、見えた。
真っ赤な炎に照らされる滑らかな銀色。
本人も長身でありながら、その身の丈すら超える長さの刀。
その刀で罪も無い村人を容赦なく斬り殺す英雄を。
目があった。
緑色。
あの日、ミッドガルを訪れて目にした魔晄炉、そこから吹き上がるライフストリーム。
それと同じ色。
魔晄を浴びた者、ソルジャーの瞳。
だが普通のソルジャーとは違う、爬虫類のような縦に割れた瞳孔。
それが強い憎悪を込めて、こちらを見つめている。
ハッとしたときには既に目の前に立ち、刀を振りかぶっていた。
(長え、こんな長い刀とか絶対使い難いよな。)
死の直前ゆえか引き延ばされた意識の中、そんな場違いな感想を抱いた。
そして、袈裟斬りに振り降ろされた刀によっておれの意識は途絶えた。