頭が働かない。
今自分がしている行動の意味がわからない。
いや、そもそも意味があるのか。
何もわからない。
己が誰なのか、ここがどこなのか、自分が今何をしているのか、わからない。
それより何より、うるさい。
どこからともなく声が聞こえる。
一つや二つじゃない、何十何百どころか数え切れないほどの数の声が。
無数の声が混じり合っていて、意味の見出だせる言葉になっていない。
そんな雑音のような声が絶え間なく聞こえる。
それだけではない、今まで知らなかった、聞いたこともなかったような知識が頭に流れ込んでくる。
自分の脳ではとても処理などし切れないほどの情報量を無理やりに詰め込んでくる。
遮る術もないというのに、これらの声を聞いているとどうにも意識が曖昧になる。
何も考えられなくなってくる。
自分というものが曖昧になって、まるで己も周りに響く無数の声の一つになって溶けてしまいそうだ。
そんな雑音の中でどれだけの時間を過ごしたのか。
長かったのか短かったのか、時間の感覚さえはっきりとしない。
とにかく突然に、ある声が聞こえた。
他の意味を成さない雑音とは違う。
はっきりと意志を持って、こちらに呼びかける声が。
何もかもが曖昧な中、唯一明確な意味を持って聞こえたそれに耳を傾ける。
(リユニオン)
(黒マテリアを手に入れろ)
(私のもとに)
リユ…ニオン…。
黒…マテリア。
星の支配者…。
セフィロス。
歩く。
平原を、山を、川をひたすら歩く。
黒いボロ切れを身に纏って、ある物を探して世界中を歩き回る。
あの声を聞いてから、己の行動に、存在に意味が生まれた。
古代種の遺産。
究極の破壊魔法“メテオ”を呼ぶ宝珠。
黒マテリアを見つけ出すのだ。
そしてそれをセフィロスの下へ送り届ける。
細胞の再集結、“リユニオン”。
セフィロスは傷ついている。
故に我々を呼んでいるのだ。
黒マテリアの場所はわからないが、セフィロスの居場所はわかる。
感じるのだ、セフィロスが呼んでいる。
黒マテリアを持ってこいと言っている。
他に理解できるものが存在しない自分には、明確に聞こえるその命令は何よりも尊いものに思えた。
使命を果たして、我々のあるべきところへ、セフィロスと一つになるのだ。
使命を帯びて世界中に散らばった、己と同じようなボロを纏った同胞たち。
日々何かを通して感じる彼らの反応が消えていく。
道を踏み外して事故死したのか、それともモンスターに襲われ命を落としてしまったのか。
いずれにしても同胞たちの数が減ってきている。
だがわたしに探索を辞めるという選択肢はない。
セフィロスが我々を待っているのだから。
モンスターと遭遇してしまった。
邪魔だ、どいてくれ。
わたしは黒マテリアを手に入れ、セフィロスの下へ向かわなければならないのだ。
しかし当然ながらモンスターが去ることはない。
緑色の牛とゴリラが混ざったようなそれは刺だらけの大きな拳をわたしに振り降ろそうとしている。
このままあの拳に殴られれば間違いなくわたしは死ぬだろう。
避けなくてはならない。
しかしわたしの身体はそのように素早く動くことはできない。
ここまでくるのにも身体を引き摺るように歩いてきたのだ。
どうやらわたしは使命を果たせないようだ。
申し訳ありません、セフィロス。
わたしは己の生命の終わりを当然のように受け入れた。
ただ自らの主人の望みを果たせないことへの心苦しさだけがあった。
その瞬間、頭の中に主人の声が響いた。
(これ以上、数少ない手足を失うわけにもいかんか)
(仕方あるまい、私が処理してやる)
わたしの中に存在する何かを通して主人の情報が入ってくる。
わたしの細胞一つ一つが、わたしとは違う存在のものに変化していくのを感じる。
視点が高くなる。
身に纏っていた黒いボロ切れが、黒いコートに変わる。
風になびく銀色が見える。
左の掌に何かを握る感触を覚える。
そして先ほどまでのノロマな亀のような動きとは比べるべくもない素早く、そして洗練された動きで左手に握ったソレを凪ぐ。
そのあまりにも鮮やかな一閃に、モンスターは己に何が起こったのかを認識できていなかった。
振り降ろしかけていた拳を目標に叩きつけようとして、上半身だけが勢いをつけて地面に落ちた。
モンスターは胴体を横一文字に両断されて息絶え、緑色の粒子となって消滅した。
「たかがモンスターごときが私の道行を阻むな」
身の丈を越えるほど長い刀を振るってモンスターの血を払い落とす。
強い。
圧倒的だ。
これがわたしの主人、セフィロス。
何者も並ぶ者のない最強の存在。
この星を統べるべき者。
黒マテリアを手に入れメテオを呼び、この星を流れる生命エネルギー、ライフストリームの全てを吸収して神とも呼べる存在へと至る。
それがセフィロス。
………。
……本当にそうだったろうか?
わたしは知っている。
セフィロスは生まれたときから特別ではあったが、親の愛を知らず孤独を感じていた。
わたしは知っている。
セフィロスにも親友は居た。
会社に隠れてシミュレータを破壊するほど一緒になってはしゃいでいた。
彼らが姿を消したときには、やつれるほどの心労を抱えるほどには繊細で友達思いであった。
おれは知っている。
危機に落ち入った部下を助け、訓練に付き合ってやり、気を利かせて任務よりも心情を優先させてやっていた。
意外ではあるが時にはジョークだって飛ばしていた。
おれは英雄としてのセフィロスを知っている。
自らの出自を知ってアイデンティティの崩壊を起こし、自身を古代種であると勘違いをして、最後には狂気に落ちて世に仇成す者となってしまったが。
本当の彼はプライドが高くて意外と繊細だが、他人を思いやる優しさがある。
人間としての弱さと英雄の名に恥ない強さを併せ持った、そんな男なのではないか。
そうだ…。
やはりセフィロスは星を破壊する厄災などではない、英雄だ。
思考と共に今まで曖昧だった自己が浮上するのを感じる。
自分の中に入ってきたセフィロスという存在をトリガーに意識と前世の記憶がわいてくる。
そしてわき上がるおれという存在と未だ自分の中にあるセフィロスの情報、さらに体内に注入されたらしいジェノバ細胞が反応し、混ざり合い始めた。
「…?」
「……っ!?」
「ぐっ…、うぉぉぁ!」
突然激しい頭痛に襲われる。
「何だ…!?これは!!?」
急速に何かが書き変わっていく。
「ぐぅぅ…!私は…!」
「私、いや…、俺…は!」
「俺は…」
「そうか…、俺はセフィロス」
「ソルジャー・クラス1stであり英雄」
「セフィロスだ」
そうして、本来のおれとも、厄災としてのセフィロスとも違う。
俺という新しい自己が誕生した。
セフィロスに斬られた主人公は案の定、宝珠の実験体の1人として黒マントの男ことセフィロス・コピーの一員となりました。
ですがソルジャーほどではないにしても、転生しても記憶を失わなかった程度には自我が強かったのが幸いしてほぼ完全な廃人となった他の黒マントたちと違い、僅かに思考を残していました。
セフィロスが主人公をモンスターから救ったのは、そこそこいた動けない自分の手足代わりとなる黒マントたちが黒マテリアを発見できずにポンポン死んで数が減ってしまい、無事目的を達成できるか不安になりこれ以上数を減らさないよう保護してくれました。
優しい。
やはり英雄。