ポイズンウルフ騒動から一ヶ月。
「もう少し、服が欲しいかも」
「服かあ……」
「うん。一着ね、カレーとか油の染みが取れなくなってきちゃって……」
「そうやなあ。店の作業用に一着買うて来る?」
「それでもいいんだけど、売り上げを考えるとちょっともったいないかも、って」
そろそろ三人も生活基盤がしっかりしてきた。
最も大きな変化は、2DKとは名ばかりの広さの、ウルスでは最低ランクと言える小さな部屋を借りたことであろう。
これから長丁場になるのは分かりきっているのだから、いつまでも宿暮らしというのは流石にコストパフォーマンスが悪すぎる。
それに、宿の部屋で調味料の開発というのは、いろいろ空しいものがあった。
この国の食事に不満がある訳ではないが、砂糖と塩と香辛料が主体の全体的に大雑把な味付けには、そういつまでも耐えられるとは思えない。
そのため、彼等は職人と家庭の知恵を結集して調味料の類を再現することにした。
しかし、宿暮らしのままでは完成させたところで使い道がない。宿で使ってもらうにしても、まだまだそこまでの量は作れない。
そんな、割と本道からズレた理由もあって、早々に小さな部屋を借りることに落ち着いたのである。
他には、資金調達の一環として、依頼の空き時間に屋台を始めた。
メインの売り物はカレーパンとアメリカンドッグ。作りすぎたカレー粉の処分と、新しい調味料の普及活動も兼ねている。
たまにレベル上げのために錬が討伐してきた魔物の肉や、依頼で外に出た時に仕留めた野牛などの肉を、串カツとしてカラッと揚げて売ることもあり、醸造に成功したとんかつソースとトマトケチャップが大活躍している。
カレーパンは一個三十五チロルとかなり吹っかけ気味な値段だが、最近では定番商品としてとてもよく売れており、だんだん本業が冒険者なのか屋台なのかが分からなくなりつつある。
「せやなあ。店の売り上げは最高で丸一日やった日の百クローネやもんなあ」
「材料費とか屋台の登録料とか引くと、せいぜい利益は平均五十クローネだもんねえ」
「大体、五万円か。服の値段を考えると確かに少し抵抗があるな」
衣服の値段は上下合わせると平均で十五クローネほど。三人分を購入すれば、それだけで一日の利益が消し飛んでしまう。
それでも、冒険者としての仕事の合間にやっている屋台の売り上げとしては、かなり上出来な方であろう。他の冒険者が同じことをすれば、丸一日やっても、よくて七十クローネ程度の売り上げが普通である。
街に来て最初の二日間で稼いだ二万クローネという金額が、如何に破格の収入かよく分かる。
三人の屋台が盛況になっている理由の一つに、これまでなかった、衣を付けて油で揚げる、という調理方法を取っていることがある。
この国の調理方法は基本的に煮るか焼くしかなかった。揚げる、という概念が全く無かった訳ではないのだが、長い間液状の油が貴重品であり、食材全体が浸かるほどたっぷり油を使って調理できるほど液体の調理油が手に入りやすくなったのはここ数年の話であるため、当然、揚げ物の類は殆ど存在していなかった。
これはファーレーンだけでなく、この世界全体で言えることであり、何処の国でも調理用の油と言えば、一般的には獣脂やバターのような脂のことを指している。
ラードのようなタイプの脂も存在するが、これもまた最近まで生産量が少なかったため、揚げ物の発達を助けることはなかった。
宏達が始めたことで、当然真似しようとする料理人や屋台も相当数居るのだが、これまで揚げ物というのは貴族の食卓でも滅多に見ることがなかったものだ。故に、中華鍋に近い種類の底の深いフライパンをはじめとした、揚げ物に向いた調理器具も殆ど開発されていない。
一度耳目を集めればその内一般的になるだろうとはいえ、一般家庭まで調理方法が浸透するにはまだまだ時間がかかりそうだ。
因みに、蒸し料理に至っては、そもそもファーレーンには概念自体がまだ存在せず、辛うじて鉄の国・フォーレで具のない蒸しパンを作って食べるようになったところだ。そして、そのフォーレでも、屋台で使えるような蒸し器はない。
そのことを知った宏と春菜は、もう少し寒くなったら肉まんでも屋台で売ってみようか、などと話していたりする。
「それで話を戻すけど、東君、服は作れるんでしょ?」
「そらまあ、問題なく作れるけど」
「汚れに強い服とか、できない?」
「できるで。服に汚れ防止のエンチャントをかければええだけやから」
「そんな便利な物があるんだ……」
「……ブラッドクリーンコーティングみたいなものか」
ブラッドクリーンコーティングとは、剣の異世界に存在していた技術の一つであり、血糊で切れ味が落ちないようになるコーティングのことだ。
汚れ防止、と聞いて最初に血液の汚れを想像する錬はあまりにも殺伐としている。
「まあ、完成品にかけるのはちょっとやりにくいんやけどな。それに、ゲームではそんなに人気のあるエンチャントでも無かったみたいやし」
「そりゃ、貴重なエンチャント枠を一つ食い潰すんだし、しょうがないよ」
「確か、NPCにやらせた場合、三個ぐらいが限界やったっけ?」
「それぐらい。最初からエンチャントが付いてる場合は、それは数に入らないみたいだから、そういう装備はすごく人気があったよ。プレイヤーがやると違うの?」
「単純に成功率だけの問題やけど、その気になったら、ごっつ複雑なやつを五つぐらいまでは行けたはずやで。多分、一個に同時に付けられる数には、特に上限はないと思う」
「そうなんだ」
「まあ、無駄に難易度上がる上に装備の破損確率も跳ね上がるから、初級エンチャントは兎も角、上級エンチャントはやって三つぐらいまでやなあ。やろう思えば、五個が六個ぐらいまでは現実的な成功率でできるけど」
宏の説明に感心しつつ、春菜は、気になったことを聞く。
「ドロップ装備みたいに、最初からエンチャントが付いた物って作れるの?」
「作れる、というか、藤堂さんのレイピアがまさにそれやねんけど?」
「へっ?」
「あれのやり方は簡単で、要するに素材の時点と加工の時点で付与をやればええねん。それ作った時は、高位精製のやり方として、魔力を使った品質向上法をやりながら、ついでに素材そのものに自動修復のエンチャントをかけといてん。で、炉から取り出した時点で耐久性向上をつけて、加工しながら『属性攻撃適性(全)』と『パリィ強化+75%』を練り込んだんがそいつや」
「『属性攻撃適性(全)』に『パリィ強化+75%』って、無茶苦茶高価なエンチャントじゃない!」
「レイピアやから、どうせ後で付けるやろう思ってな。材質の問題で、加工段階での付与をそれ以上練り込むんはきつかったから、基礎攻撃力向上とか能力値ボーナスとかは乗っけてへん」
十分すぎる、と思わずツッコミを入れそうになる。
春菜は、ゲーム内では義賊アルヴァンが落とすレイピア『スターライト』を使用していた。この義賊アルヴァンは人型のユニークボスであり、ゲーム全体で一度しか発生しない、所謂ユニーククエストのボスであった。
このクエストがまたユニークなものであり、よく分からない内にダールの貴族に目を付けられ、その貴族とアルヴァンが彼女を巡って勝負し、挙句の果てに勝者の権利だから嫁になれ、という意味の分からない理由で迫ってきた、というものだ。
アルヴァン自体はユニークボスだけあって途轍もなく強かったが、ダールの貴族との戦闘で攻撃パターンや手札をほぼ見せてくれていたことが幸いし、相手の攻撃にカウンターを取る形でゴリ押しして、辛うじてギリギリ押し切ることができた。
それだけ苦労して手に入れたスターライトを基礎スペックの時点で超えているというのに、初期エンチャントが四つも付いているなど廃装備以外の何物でもない。むしろ、二つでも十分すぎるぐらいである。
これほど優秀な性能を持つ武器なのに、ただの間に合わせに過ぎないのが恐ろしいところだ。
或いは、この辺りが、宏に限らず何かしらの上級生産を極め、エクストラスキルにまで至った職人達の倉庫が、ゲームバランスを崩壊させる魔窟となっていると評判になっている所以なのかもしれない。
「それにしても、気になるんだけど……」
「何?」
「どうして、製造段階でかけたエンチャントは、後でエンチャントをかける時に干渉しないの?」
「上級を教えてくれたNPCの話やとな、詳しい理屈は知らへんけど、エンチャントがかかった素材を加工すると、エンチャントやなくて材質が持つ特性に化けるらしいわ。だから、あれはエンチャントが付いてるんやなくて、固有能力を持ってる、言うんが正しいねんて」
逆に言えば、普通の方法では特性を消すことはできないため、こういう武器を溶かして再利用するのは難しいのだが、それも一応は方法があるらしい。
とはいえ、滅多にやる機会があるようなことではないのだが。
「でまあ、話を戻して、汚れ防止のエンチャントやけど」
「うん」
「服にかけるより、布地か糸にかけた方がかかりやすいねんわ。同じ理屈なんが、自動修復と破損防止あたりやな」
「ってことは?」
「いっそ、糸の材料から集めた方が、後々コストかからへんで」
「またこのパターンか」
と言いつつも、錬の表情は明らかにやる気に満ちていた。
未知の素材を入手するということは、新しい剣を解放できるということだ。
また、道中で魔物と遭遇すれば、その素材と経験値を獲得できる。
目的の素材と合わせて、素材収集に赴くことは一石何鳥にもなる魅力的な提案だ。
そして、この提案が魅力的に映っているのは春菜も同じである。
着た切り雀になる危険性もなくはないが、どうせそれほど沢山の服は持ち歩けない。
ならば、少しでも良い物を持ち歩けるだけ確保するのが最善だろう。
現状、服の痛みの問題で材料を取りに行けず、鎧を用意できないのも、冒険者としての仕事をあまりこなせない理由の一つなのだから。
それに、宏には悪いが、職人なんて材料がなければただの人だ。
宏の場合、完成品が高性能すぎるため、材料があっても迂闊に作らせる訳にはいかない。
そして、冒険者として見た宏は、能力値は極端に高いが所有するスキルが足を引っ張っており、どうあってもただの壁にしかなり得ない。ゲーム中ではという注釈は付くが、冒険者の平均を見るのであれば彼はただの人以下である。
屋台にしても、宏の料理スキルは三ツ星レストラン級ではあるが、春菜に比べるとはっきり差が分かるレベルで劣るし、そもそも致命的なレベルの女性恐怖症があるため、売り子もまともにできない。こうしてみると、地味に使えない男だ。
もっとも、屋台やキッチンで使う器具は全部彼が作った物であり、一般に出回っている物はおろか、元の世界にある調理器具よりも使いやすかったりするあたりは、流石は道具制作のエクストラスキル保持者、と言うべきだろう。
彼方此方を駆け回って集めた廃材を利用して、低コストに抑えているのもポイントが高い。
もし宏がいなければ、もっと沢山のお金を掻き集めて、もっと使いにくい調理器具を手に入れる羽目になっていたことだろう。
準備段階では役に立つが、実行段階では使い物にならない男。
流石に、春菜達はそんな酷いことを考えていないが、それが客観的に見た現状の東宏である。
「因みに、どの程度のエンチャントがかけられるの?」
「せやなあ。温度調整、自動修復、汚れ防止、サイズ自動調整、あせも・ただれ防止、耐熱、耐酸、耐久向上なんかはいけるかな」
「……なんで、エンチャントの中にあせも・ただれ防止なんてあるんだ?」
「それが『フェアクロ』なんよ。無駄なところでリアリティを追求するゲームだったんや」
宏が挙げたエンチャントを聞いて、何とも言えない表情になる錬。
本当に、変なところでリアリティを追求しているゲームだ。とはいえ、現実である今となっては、そのリアリティがプラスに働くことになるのだが。
事実、錬とは対照的に、エンチャントの内容を聞いた春菜は目の色を変えた。
「あせも防止? それ、下着にはかけられる?」
「いけるけど、下着作りに関しては、致命的な問題があるねん」
「……何?」
「下着には、何でかサイズ自動調整がかけられへんねん」
「あ~……」
確かに致命的だ。少なくとも、宏が作業する上では大問題であろう。
「やっぱり下着は諦めるか……」
「そうしてくれると助かるわ。一応、服の方にはかけとくけど」
「それはお願い。しかし、サイズ自動調整か……」
「ん?」
「ゲームの頃は、ドロップ装備に付いてたらメガクラスのレアだったんだよね」
その言葉に、宏は微妙に怪訝な顔をする。
「サイズ自動調整なんざ、普通にどんな防具にもかかるやろ?」
「かかるけどさ、エンチャント枠を一個食い潰すじゃない」
「それやったら、普通にサイズ調整してもろたらええやん」
「ドロップ防具って、NPCが扱えないことが多いんだよ?」
「そうなん?」
「うん」
余計なところでリアルな『フェアリーテイル・クロニクル』では、武器はバランスを取り直さなければ、防具はサイズを調整し直さなければ使い物にならない。
武器の方は少々使い難くても装備できない訳ではないため、何とかだましだまし使っている人間も多いが、防具に関してはそうはいかない。装備条件が緩いローブや衣服でも、身長や体型にある程度の制限があり、小さい物は着られないぐらいだ。
これが革鎧や金属鎧になると、本人の体型に合わせて調整し直してもらわないと、そもそも装備する事自体ができない上、一度調整してしまうと他の人間が身に付ける場合は再度調整し直す必要が出てくる。
その上、調整の仕方によっては不可逆になる物もあるため、普通にサイズ調整をするのは決して小さくはないリスクを負うことになる。
しかも、ドロップ装備を扱えるNPCは限られており、特に上級ダンジョンで手に入る装備は低ランクの精製強化以外はまず不可能だったりと融通が利かない。
上級生産まで辿り着いているプレイヤーなら、煉獄と呼ばれる最上級のダンジョンで手に入る最強クラスの装備であろうが余裕で調整できるが、残念ながら彼等は引き籠もっていて、一般プレイヤーの前には出て来ない。
結果的に、レアドロップの防具は、装備するためにサイズ自動調整と自動修復のエンチャントが必須になってしまっているのである。
「まあ、それは置いといて、や。材料をどうするかやな」
「心当たりは?」
「まず、植物系はアウト。このあたりには麻の群生地はなかったと思うし、綿は今花がついてるかどうか分からへん。動物系も、羊とウサギはやめといた方がええやろうな」
「その理由は?」
「野生の羊はこの辺にはおらへんし、服一着分の糸集めよう思ったら、この辺りのウサギを狩り尽くす羽目になるで」
「納得だな。流石に生態系を崩すような真似をする訳にはいかないからな」
こうして考えると、服を一着作るのも中世では大変である。
「じゃあ、どうするの?」
「せやな。一般人にはお勧めできへんけど、蜘蛛の糸を使う、いう手はあるで」
「蜘蛛?」
「うん。スパイダーシルク、言うてな」
宏の言葉に納得する春菜。シルク、つまり絹は虫の糸である。
普通は蚕を使うが、蜘蛛の糸でも作れなくはない、というのは聞いたことがある。
「だが、蜘蛛の糸を集めるのも大変じゃないか?」
「そこは当てがあるから安心して。ただ、ある程度以上強い冒険者がおらんとできへん手段やから、一般人には本気でお勧めできへんねんけどな」
「ということは、その蜘蛛の糸の供給元は魔物なんだな?」
「ものすごく嫌な予感がするけど、ある程度以上って、具体的にはどのぐらい?」
「もしものことを考えるんやったら、バーサークベアをタイマンで秒殺できるぐらいが望ましい、っちゅうとこや」
予想していたよりはかなり低いハードルではあるが、仮にもフィールドボスであるバーサークベアを秒殺というのは、簡単に言っていいような内容ではない。
少なくとも、ウルスに案内してくれたランディやクルトでは微妙なラインだろう。
「……大体予想はできるけど、もしもの時って、一体何?」
「フィールドボスの大蜘蛛・ピアノラークが居るんやけど、こいつが普通にバーサークベアの倍は強い上に、毒こそ持ってへんけど面倒な特殊能力もあるから、熊秒殺できるぐらいでないと厳しいねん。まあ、自然治癒以外での回復はせえへんし、時間かければ普通に倒せるんやけどな」
「……言われなくても分かってるんだけど、一応確認しておくね。何処に行くの?」
「バーサークベアの居る森の奥の方にな、ジャイアントスパイダーの群生地があるねん。昆虫系のモブの宝庫やから、ついでに薬の材料と珍味の類も集めよか」
「それはいい。以前、解放した薬の中級調合レシピの中に殺虫剤があったはずだ。念の為にそれも作っておくことにするか」
剣の装備ボーナスの中には中級調合レシピというものが存在する。
これは文字通り、薬の中級レシピを解放するボーナスであり、幾つかの段階に分かれて薬の中級レシピが解放されていくことになる。
解毒剤、除草剤、ヒール軟膏、治療薬、栄養剤、火薬、強酸水、魔力水、魂癒薬、殺虫剤。
以上が中級の基礎であり、材料によって薬の効果の上下が変わることになる。
これらの薬を製作するための材料は大量に吸わせてあるため、この世界で代用品を見つけずとも問題なく作り出すことができる。
但し、素材そのものを取り出すことはできない。
武器の中から取り出すことができるのは、魔物を吸収することで獲得したドロップアイテムと、武器のシステムで作り出した各種アイテムのみである。
「昆虫系って、本気で嫌な予感しかしない……」
子供の頃なら兎も角、十七にもなって虫が好きな日本人はそうはいない。
八分の三がイギリス人とはいえ、その辺りは春菜も変わらない。流石に直視できないほど苦手ではないものの、好き好んでデカイ虫など見に行きたくはない。
「まあ、わざわざ見に行きたいもんでもないしなあ。嫌やったら市販の糸を買い込んで、布織るところからやるけど」
「……でも、絹なんだよね?」
「うん。それも普通より数倍丈夫なやつやで」
「……具体的には?」
「そうやなあ……衣料品はエンチャント一つごとに少しずつ防御力補正が付くから、ええ素材使って素材段階から沢山エンチャントかけたら、防御力向上系をかけんでも、下手な鎧より防御力高くなったりするで」
「……たまには、冒険者らしい活動も必要だよね?」
結局、物欲に負けた春菜は蜘蛛の群生地に行くことにした。
途中で確実に一泊する必要が出てくるから、などと言われて野営道具も揃えたのだが、まあ大丈夫だろうというポジティブシンキングが甘かったことは、現地の生命の営みを直視した時に思い知らされるのであった。
☆
スーパー英雄大戦 F
第5話 アクティブ・スパイダー
☆
「うわあ……」
目の前のかなり嫌な光景に、思わず春菜は呻いてしまう。
三人は今、人程のサイズがある巨大蜘蛛の群生地帯を訪れていた。初日にバーサークベアと遭遇したところから、更に冒険者の足で半日ほど茂みを突破したあたりだ。
「東君、これはちょっと……」
「大丈夫。あいつらは見た目とちごてさほど攻撃性はないから、巣に引っかからん限りは襲ってけえへん」
「いや、問題なのはそこじゃないだろう」
宏の言葉に、錬は呆れたような顔をして、目の前の光景を嫌そうに見つめた。
「うわあ……」
「あ、藤堂さん。あんまりそっち行ったら、巣に引っかかって反応しおるで」
「え? 本当? どこに?」
「あのへん」
「うわ、危ない……」
すぐ近くにあった巣にビビって、そそくさとその場を離れる春菜。
そして、再び状況を確認して、思わず絶句する。
「うわあ……」
「ん? どないしたん?」
天敵相手に身を守るコツは、違和感を覚えたところは頭の片隅に留めておくこと。
その発言に偽りなく、先程までの、目の前で起きていることに対してドン引きしての呻き声とは声色が違うことに気が付いた宏は、怪訝そうに問いかける。
「目が合っちゃった……」
「大丈夫や。そいつらは視覚で攻撃対象を決めるタイプやあらへん」
「攻撃されるされない以前に、ぶっちゃけ洒落にならないほど気持ち悪いんだけど……」
「そう言われてもなあ……」
「蜘蛛って、大きくなるとここまで気色悪いんだ……」
春菜の言葉を気にもとめず、武器兼伐採用具の手斧を握る宏。
その顔は明らかに、如何にして素材を効率よく集めるか、その障害をどうやって効率よく排除するか、それしか考えていない顔だ。
ぶっちゃけ、春菜の気分など知ったことではない、ということだろう。
「頑張れ」
「……うん」
春菜の反応に強い共感を覚えた錬は、励ますようにポンポンと彼女の肩を叩く。
そんな三人の目の前では、今まさに巨大なスズメバチが蜘蛛の巣に引っかかり、捕食するための繭に閉じ込められているところであった。
「それで、どうやって糸を集めるの?」
「それはな」
春菜の問いかけに、こそこそと蜘蛛の巣に引っかからない範囲に移動して、手頃な石を投げつけて巨大なバッタを追い立てる宏。
嫌な予感を覚えた春菜がツッコミを入れる前に、バッタを蜘蛛の巣に誘導する。
見事に巣に引っかかり、藻掻いて絡まって身動きが取れなくなったバッタを、巣の主である大蜘蛛が繭玉に加工する。
「とまあ、こうやって沢山繭玉を作ってな」
巣を張り直している蜘蛛を放置し、別の蜘蛛の巣にカマキリを引っかける。
そうやって次々と虫を巣に誘導して繭玉を作っていき、その数が二十を超えたあたりで行動を変える。
「十分な数が揃ったら、蜘蛛を排除して糸を紡ぐねん」
「うわあ……」
「ついでに、閉じ込められて窒息死した連中を解体していろいろ剥ぎ取れば、お金になって一石二鳥やで」
そんなことを嘯きながら、シュー! と殺虫剤を振りかける。錬の剣のシステムによって作成された殺虫剤は、この森の魔物程度ならば十分に処理できる。
蜘蛛を全滅されたりしないのか、と心配してしまうほどのペースで始末していくが、群生地だけあって、数えるのも嫌気が差すほどの数だ。
残念なことに、この程度の駆除作業では全滅することはないようだ。
「さて、先に始末した蜘蛛をバラそうか」
「なるほどな。繭の中身が息絶えるまで放置するというわけか」
「そういうことや」
繭玉に加工された中身の死因は、基本的に窒息死か繭に圧迫されての圧死である。
昆虫系の魔物は他の系統の魔物と比較してタフな傾向にあるため、少しだけ時間を置いて中身が確実に死んだ状態で解体するのがベストである。
時折よく分からない部位を取り出して妙な処理をしているが、何かの素材になるのだろう。実にいい笑顔をした宏は気にせず、残りの二人も始末した蜘蛛を解体する。
大方の解体を終えたあたりで、とりあえず邪魔になるので素材だけ選り分けて鞄に入れて、残りの何の役にも立たない部位は錬の剣に吸収させる。
ジャイアントスパイダーソードの条件が解放されました。
ジャイアントワスプソードの条件が解放されました。
ジャイアントホッパーソードの条件が解放されました。
ジャイアントマンティスソードの条件が解放されました。
ジャイアントスパイダーソード
能力未解放……装備ボーナス、敏捷2
ジャイアントワスプソード
能力未解放……装備ボーナス、攻撃1
ジャイアントホッパーソード
能力未解放……装備ボーナス、敏捷1
ジャイアントマンティスソード
能力未解放……装備ボーナス、攻撃2
触媒が少々手痛い出費にはなったが、事前に容量拡大と重量軽減、腐敗防止のエンチャントを付与してあるので、結構な分量を詰め込んでもまた余裕がある。
「さて、そろそろ本命行こうか」
「流石に、そこからは私、手伝えることないよね」
「せやなあ。携帯用の機材で糸を紡ぐんは、藤堂さんの技量では厳しいやろうなあ」
「俺も、流石に糸を紡ぐのを補助するような技能は持ってないな」
伝説武器の解放できる技能の幅の広さを考えると、紡織技能が存在していたとしてもおかしくはないが、少なくとも錬はこれまで紡織技能を見たことがない。
「そもそも、私紡織は取ってないんだ。次の機会までに、頑張って覚えるよ」
「了解。また今度教えるから、ファーラビットの毛で練習しよか」
「お願い」
やはり、何事もできないよりはできた方がいい。
なんだかんだと手伝っているので、採取系と製薬は多少技量が上がっているが、今の春菜の力量では精々独力で練習用ポーションが辛うじて作れる程度、それもちゃんとしたポーションとしての効力を持つのは、よくて三割というレベルである。
他の生産スキルに浮気する形になるが、宏も経験した道なので、製薬をサボる形になっても気にしない。
そもそも役割分担が違うので、文句を言うのは野暮である。第一、宏一人ではまともに売り子もできなかったのだから、春菜に何かを言えるような立場ではない。
「とりあえず、適当に薬の材料を集めてくるね」
「ピアノラークがおるかもしれへんから、気ぃ付けてや」
「うん。蜘蛛の巣に引っかからないようにすれば大丈夫だよね?」
「いや、ピアノラークは普通のアクティブと同じや。巣も索敵に使いおるけど、温度とか嗅覚とか視覚でも判断して襲って来よる。仕留めた獲物を繭玉に閉じ込める以外は、基本的に普通の肉食系アクティブと同じ行動原理で動くと思ってええで」
「それなら俺も一緒に行った方がいいか?」
「そうやな。藤堂さんだったら、普通に勝てるとは思うけど、念には念を入れておくべきや」
分かった、と了承の意を伝える錬。元々、所在がないところだったので丁度いい。
「詳しいけど、やり合ったことあるの?」
「三回ぐらいかな? 正直、そこまで強くはないけど、倒すとなると普通のダンジョンボスより面倒臭いで。行動原理はその辺のと変わらんくせに、動きとか蜘蛛のそれやから」
「……もしかして、
「糸をつこてな。正直、場所が場所やから、三次元的に動いて襲ってくると思ってええで。ワイヤーアクションをする高さ一メートル、全長五メートルの蜘蛛とかいうふざけた生き物や」
面倒臭い解説を受け、うへえ、という顔をしてしまう春菜。
バーサークベアとは違って、この辺りは初心者はおろか、中級以上のプレイヤーでもわざわざ来る機会のない場所である。
そのため、初心者殺しのフィールドボスという扱いにはなっていないが、ウルスに割と近い土地に、そんな面倒なモンスターが集中しているのはどういうことか。
「まあ、そういうわけやから、注意してな」
「うん」
流石に、そんな面倒な相手とまともにやり合いたくない。
「とはいえ、こういう話をしてると遭遇するのが、世の定めだったりするんだよね……」
「分かる」
春菜の呟きに、ものすごく実感のこもった表情で深々と頷く錬。
その様子に宏は苦笑しているが、お約束というものは確かに実在している。
これだけ話をして、影も形も無いなどというのは現実にも有り得ない。
「……やっぱり、ああいう話はするもんじゃないよね……」
「……ああ、同意見だ。見事にフラグを回収したな……」
そして、今回もお約束は見事に発動した。
幾つか薬の材料になる草を集めたところで、巨大な繭を沢山抱え込んだ大きな巣。
その中心に鎮座する、二人と大差ない高さを持つ巨大蜘蛛。
ピアノラークとばっちり、目が合ってしまった。
『東君、東君』
『出た?』
『うん。目が合っちゃった』
『すぐそっち行くわ』
冒険者カードの通信機能を使って業務連絡を終え、ピアノラークを宏が来る方に誘導する。
他の蜘蛛を刺激しないように、ルート選定もしなければいけない。
二人は、ゆっくりと後退を始めた。
☆
いやあ…ピアノラークは強敵でしたね。
「春菜さん、そっち行ったで!」
「了解!」
空を舞う巨大な蜘蛛。
その異様な光景に気を取られることなく、着地地点に魔法で罠を仕掛けて飛び退く春菜。
相手が着地した瞬間、大きな火柱が立ち、巨大蜘蛛をこんがり焼き上げる。
「スイッチ! エアストバッシュⅡ!」
ぎちぎちと音を立てながら、全身で怒りを表現して突っ込んでくる蜘蛛を、春菜と入れ替わるようにして前に飛び出した錬が輝きを放つ剣で弾き飛ばす。
バランスを崩されながらも、糸を飛ばして動きを封じようとするピアノラーク。
そこに割り込んだ宏が更にスマッシュを叩き込み、相手の行動を完全に潰す。
「今の内に追撃や!」
「了解!」
「任せろ!」
相手を牽制する役を宏に譲り、飛び道具タイプの光の魔法剣・オーラバードを飛ばして叩き込む。
出の速さが売りの、比較的攻撃力に劣る初級魔法剣だが、春菜自身の技量とレイピアの性能、そして何より付加された特性『属性攻撃適性(全)』による増幅が合わさり、ピアノラークの外殻を貫通するだけの威力は十分に発揮する。
「重力剣Ⅲ!」
続けて、半透明の黒い刀身でピアノラークの顔面を斬りつける。
ここ一ヶ月、レベル上げをしてきた錬は、既にLvにして30を超えている。
無論、レベル百を超える二人にはまだまだ及ばないが、装備ボーナスや各種武器の強化方法によりLv以上に能力値が高い彼は、並の冒険者では歯が立たないほどのスペックを持っている。
特に、この世界の武器の熟練度を溜めることができたのが大きいだろう。
剣の強化方法は三つ。
一 熟練度 同じ武器を使用すると熟練度が溜まり、ステータスボーナス。
二 エネルギー付与 熟練度リセットから手に入るエネルギーを注入することで、武器に秘められた力を解放することができる。その他、武器に吸わせたアイテムをエネルギーに変換できる。
三 レアリティ増加 エネルギーを注入することによってその武器のレアリティを引き上げることができる。総合的な能力が向上。
初期装備の剣の熟練度をリセットすることでエネルギーを確保した錬は、そのエネルギーを使ってエネルギー付与やレアリティ増加を施した、春菜のレイピアのコピー品を使用している。
そのおかげで、百以上のレベル差のある春菜にも見劣りしない一撃を繰り出した。
重力剣は、霊亀という重力操作の能力を持つ魔物の素材で作られた霊亀剣に内包されたスキルであり、斬りつけた敵の動きを重力で阻害する効果がある。
「往生せいやあ!!」
その縦横無尽な動きこそが最大の武器であるピアノラークにとって行動を阻害されるというのは致命的であり、その隙を逃すほど宏は冒険者として未熟ではない。
震える腕を抑えながら、ピアノラークの顔面に、全力で斧を叩き込む。
「もう一丁!」
怒りの声を上げて前足を振り下ろそうとしたピアノラークの土手っ腹に、スマッシュを叩き込むことでその図体をひっくり返す。
「二人共!」
「ブラッディ・フラッシュ!」
「スイッチ! 紅蓮剣Ⅱ!」
気合の乗った掛け声と共に、レイピア系の中級連撃で巨大蜘蛛の腹を切り裂く。
更に続けて、入れ替わりで前に出た錬が先の連撃で切り裂いた傷を正確になぞるように、炎の斬撃を放つことでピアノラークの内蔵を燃やす。
「スイッチ!」
苦悶の声を上げながら藻掻き、前足を錬に向かって力一杯叩きつけるピアノラークだが、錬と位置を交代した春菜の正確な剣さばきで綺麗に受け流される。
「これなら、もう一撃いける!」
今の受け流しで姿勢を崩され、体勢を立て直しきれなかったピアノラークに向かって踏み込み、光の魔法剣・セイントブレイドを大きく振りかぶる。
この時、春菜は失念していた。
相手は蜘蛛であり、足以外にも移動手段を持っていることを。
「藤堂さん、それはまずい!」
宏の声は一歩遅く、ブロックした前足を切り落としたところで、剣を振り抜いた体勢で大蜘蛛のぶちかましを受けてしまう。
ピアノラークは、糸を気に括り付け、その力で大きく飛び上がったのだ。
「きゃあ!」
「ぐっ!?」
可愛らしい悲鳴を上げて、大きく弾き飛ばされる春菜。咄嗟にレイピアで受け流したため直撃は避けたが、後方にいた錬を巻き込みながら地べたに転がされてしまう。
そのまま、ピアノラークは七本になってしまった足で二人を抑え込もうとする。
ここで捕まってしまえば、後は容赦無く繭に閉じ込められることになるだろう。下手に抵抗すれば、全身の骨を砕かれかねない。そうなってしまえばおしまいである。
「させるかい!」
飛びかかろうとした蜘蛛の胴体、先程春菜が切り裂き錬が燃やした腹と胸の継ぎ目のあたりに斧を叩き込み、正確に大蜘蛛を吹っ飛ばす。
自分の手数が少ない自覚がある宏は、防御と時間稼ぎに徹すると決めていた。
二人が体勢を取り戻し、自分の身を守れる状態になるまでは、下手な真似はできない。
此処を抜かれてしまえば終わりなのだ。
「来いやあ!」
足の震えを必死に抑えながら、注意を引くために腹の底から大声を上げる。
正直な話、先程までのジャイアントスパイダーとは違い、目の前のピアノラークを相手にするのは心の底から恐怖を感じる。
サイズによる威圧感もさることながら、兎に角手数が多く、しかも一発一発が痛い。
食らったところで打ち身にもならないとはいえ、痛いものは痛いのだ。
「東君!」
「宏!」
「藤堂さん、錬さん、大丈夫か!」
「うん!」
「ああ!」
数発の攻撃をブロックし、足の一本に反撃を叩き込んだところで、ようやく体勢を立て直せたらしい二人が声をかけてくる。
「東君。この蜘蛛って、レア素材は?」
攻撃しやすいようにスマッシュで蜘蛛をひっくり返していると、春菜からそんな質問が。
「一応腹のところにあるけど、そんなに気にせんでもええで」
「お腹ってことは、足を全部切り落として、頭を落とせば素材回収はいい感じ?」
「まあ、そうなるわな」
宏の言葉に頷くと、マナポーションとスタミナポーションを立て続けに飲み干し、レイピアを立てて魔力を通し始める。
「大技行くから、もうちょっとだけ時間を稼いで」
「……了解や」
春菜の気迫に押された宏は一つ頷くと、起き上がって突撃してきたピアノラークを掬い上げるような斧の一撃で怯ませ、先程斬りつけてダメージを与えた前足を全力の一撃で切り落とす。
「ここだ! ハンドレッドソードⅣ!」
更に、巨大蜘蛛の動きを封じるように何本もの剣が降り注ぐ。直接、蜘蛛に大ダメージを与えるようなことはできないが、元の世界に強制送還されてから複数の剣を同時に制御する技術を磨き上げた錬の展開した護封剣は、前足という攻撃手段を失ったピアノラークが容易に突破できるものではない。
脱出経路は上。誘導されるままに上に逃れようとするピアノラークを、宏はナイフを用いて糸を切断することで地べたへと叩き落とす。
「二人共、準備完了!」
「分かった! 無茶はせんといてや!」
「大丈夫!」
宏の言葉に元気よく返事をすると、並列処理を行っていた魔法を同時に発動させる。
複数の春菜が出現し、起き上がろうとしていたピアノラークの足元が派手に崩れる。
「行くよ! エレメンタルダンス!」
春菜達の声がハモり、時間差をつけて次々とピアノラークに飛びかかっていく。
一人目が炎の魔法剣で一本目の足を切り落とし、二人目が氷の魔法剣で傷口を凍結させる。三人目が風の刃を振るい、四人目が大地の牙で足をへし折る。
そうやって次々に魔法剣で蜘蛛を切り裂いていき、全ての足を切り落としたところで全員が重なり、一人になる。
「フィニッシュ!」
全ての属性を重ね合わせるという無茶を実現した刃が、ピアノラークの腹を付け根で綺麗に二つに切断する。ジャイアントスパイダーの王といえども、流石にここまでされて命を維持できるほど生物の枠組みを飛び出してはいない。
一分ほど痙攣しており、切り落とされた足の付け根が蠢いていたが、ほどなく力を失い動きを止めた。
「あ~、疲れた~……」
「大丈夫なん?」
「……大丈夫大丈夫……」
指一本動かせません、という態度で春菜は適当な木の幹にもたれかかる。
――上級魔法剣 エレメンタルダンス
無属性以外の相手には百パーセント弱点属性を突くことができ、更に耐性のある属性攻撃でも減衰なしでダメージが通ることもあり、攻撃系エクストラスキルを除けば、単体相手には最強の攻撃力を持つと言われているスキル。
しかし、このスキルには三つの欠点があり、威力に反して使い手はそう多くない。
第一の欠点として、習得条件が厳しく、煩雑であること。
最低でも百五十の敏捷性が必要であり、全ての属性の初級魔法剣二種と中級魔法剣一種をマスターした上で、更に一種類ずつ熟練度五十以上のものを習得、そして中級の無属性連撃スキルを二種と分身系魔法もしくはスキルを一種、熟練度七十五以上にしていることが要求される。
第二の欠点として、発動前に必ず分身を出しておかなければならないこと。
この動作は、スキルの一連の流れに含まれていないため、どうしても攻撃までに余計な間が開いてしまい、パーティプレイで相手の体勢が崩れた時、即座にこの大技を叩き込むというやり方が少々厳しくなる。
そして、最後にして最大の欠点が、MPとスタミナの消費が半端ではないこと。
分身が使用する魔法剣のコストを全て本体が払うため、ただでさえ事前準備で消費しているMPとスタミナを、根こそぎ持って行く勢いで消耗してしまう。
トップクラスの廃人でもMPとスタミナの問題で、一度の戦闘で三発は撃てないという、まさに切り札のような技だ。
「あれ、ものすごくスタミナとか食うんだ……」
「あ~、そんな感じの技やなあ、確かに……」
「でも、最近東君のお手伝いしてるからかな? MPもスタミナも全快じゃなかったのに、前よりは撃った後が楽になってる」
「そうかもしれへんなあ」
この森には、ピアノラークほどではなくとも攻撃的な虫はそれなりにいる。
そのため、動くことができない春菜の傍、女性恐怖症が悪さをしないギリギリの距離に立ち、その更に内側に立つ錬と共に周囲を警戒しながら彼女の回復を待つ。
「……せっかくだし、そろそろ解体しよっか……」
「もう大丈夫なのか?」
「まだだるいけど、ジャイアントマンティスぐらいなら普通にあしらえるよ」
「それならいいんだが……一応、気を付けておくか」
「そうやな。胴体の方は僕が解体するから、二人は足の解体をしてくれへんか?」
胴体周りはいろいろと薬やら触媒やらに使える物があり、それなりに知識がないと回収できない部位が多い。
そのため、特にこれといったもののない足の解体を二人に任せることにした。
「とりあえず、胴体の方は終わったから、先にこいつの巣の繭を糸にしてくるわ」
「了解。足が終わったらそっちに行くよ」
「頼むわ。あの繭、何ぞあんまりええ予感はせえへんし」
「職人の勘か?」
「いや、これは……僕の生存本能が訴えかけておる」
生存本能? と訝しげな顔をしつつ、春菜は三本目の足を解体しに行く。
彼方此方に分散しているため、探すだけでも一苦労である。切り落とすにしてももう少し考えておけばよかった、と悔やんでも後の祭りだ。
二人が全ての足の解体を終えたところで、宏の呼ぶ声が聞こえる。
売り物になる素材を回収して鞄に詰めた二人は、宏がいるはずであるピアノラークの巣へ急ぐのだった。
☆
「どうしたの?」
「何があった?」
「予想通り、厄介事や」
そう言って、一つ目の繭の中から出てきたという、プラチナブロンドの髪の少女を示す。
年の頃は十一、二歳ぐらいだろう。発育がいい傾向にあるファーレン人の例に漏れず、身長百六十センチの春菜より若干低い程度の身長はある。上品で手の込んだ、明らかに高級品と分かるドレスを着ており、彼女がそれなり以上の財産と身分を持つ家の出身であることは疑いようがない。
殆ど呼吸をしていないため、僅かに膨らみが見て取れる胸はほぼ上下していない。
「……なるほど。まだ生きてるの?」
「まあ、生きてる、言うても、いわゆる仮死状態ってやつだけど」
「……確かに、生きているみたいだな」
剣の解析機能が少女の生存を教えてくれる。
「うん。でも、なんだろう? よく分からない魔力がヴェールみたいにこの子を包み込んでる」
「多分やけど、この魔力がこの子を守ってたんちゃうか?」
少女の体をよく分からない種類の魔力がヴェールとなって包み込んでいる。
恐らくはこの魔力を解除すれば、少女は仮死状態から復活するであろうと思われるが、残念ながら春菜の解除系魔法では、触媒なしではこのクラスの複雑な特殊魔法を解除するのは難しい。
これが支援を専門にしているプレイヤーならどうとでもなるのだが……。
「触媒が手元にないから、私の技量じゃ、この場で生き返らせるのは無理」
「僕の方も同じや。こういうのをチャラにできるアイテムは作れるけど、材料は兎も角、機材が今の手持ちやと心許ない」
「材料はあるの?」
「ここらの昆虫系ので、ある程度代用できる」
宏の言葉に一つ頷く。
「ウルスに帰れば、機材はどうにかなるの?」
「手持ちやと足らんけど、協会で売ってるやつで行けるで」
「そっか。じゃあ、今回はもう引き上げる?」
「いや、明らかにこの子は貴族の令嬢だ。他の繭に彼女の護衛がいる可能性が高い」
「そうやな。ただ、ここでバラして、何人も生存者がおったらいろいろまずいから、向こうの繭と一緒に野営地まで運んで、夜通しで全部糸にしてまおうかと思ってる」
「了解。じゃあ、この子を野営地まで運べばいいんだよね?」
「頼むわ。僕は繭をできるだけ回収して来るから」
「なら、俺が野営地までの護衛を受け持つ。背負いながらじゃ戦えないだろう?」
「うん。それなら頼りにさせてもらうね」
錬の言葉に頷くと、鞄を腕からぶら下げ、少女を背負って群生地を出る。
此処に来る途中にあった、割と開けた池のほとり。
野生動物はそれなりにいるが、全体的に攻撃性の低いものばかりが生息する一帯。
宏特製の結界具を起き、ちゃんと火を熾しておけば襲われる心配はまずないという、理想的な野営地である。
「なんか、きな臭くなってきたなあ……」
嫌な予感がひしひしとする。正直なところ、宏ではないが、ピアノラークが抱え込んでいた繭には、ぶっちゃけ最初からいい予感はしなかった。
「貴族とかその類の噂、どんなのがあったかな?」
屋台の売り子や歌姫をする傍らで集めた噂話を思い出しながら野営地を目指す。
とはいえ、どれも噂止まりで裏が取れているものはない。今の王家の家族構成すら、子供の人数と性別以外は噂の域を出ないほどだ。
貴族に関する噂など、一庶民に過ぎない彼等が確かめられるようなものではない。
もしかしたら自分達に関わりができるかもしれない噂として、王太子の姉に当たる第二王女が病に臥せっており、治療できる薬がなくて衰弱してきているらしい、という話を聞いたことはあるが、流石に今回の状況に直接関わりがあるとは思えない。
正室の子である第五王女とこの少女の年格好は近いが、仮に第二王女の治療に使う薬の材料がこの辺りにあったとしても、順位が低いとはいえ継承権を持っている王女様が、わざわざこんなところに直接危険を冒してくるとは思えない。
「詳細は、本人を起こして聞くしかないか……」
情報が足りなすぎて、推測すらできない。こんな年端も行かない子供の生存を忌々しく思う気はないが、状況が状況だけに手放しで喜べない。それが無性に悔しかった。
(全く。もし何かの陰謀でこの子がこんなことになってたんだったら、黒幕はただじゃ済まさないんだから……)
どうあっても関わり合いになることが避けられないなら、ポジティブに相手をしばくことを考えた方がいいだろう。
どうせこのパターンは、十中八九何かの陰謀劇に巻き込まれるのだ。
ならば、精々自分達を巻き込んだことを後悔させてやろう。
そう決意して、春菜は歩みを進めるのだった。
☆
「全部で三人か……」
「ピアノラークに捕食されて、八人中三人も生きとったんやったら運がええ方やで」
生存者の少なさに沈んだ顔を見せる春菜に対し、これまたため息交じりに答えるしかない宏。
死亡者の内訳は、戦士風の男性が三人に文官風の男性が一人、侍女らしき女性が一人。全員生きているとは最初から思っていなかったが、それでも、実際に死体を見てしまうと気落ちしてしまう。
両手を合わせ、彼等の冥福を祈った錬は、ピアノラークの巣の方角を睨みつける。
「本当に八人だけ?」
「分からんけど、繭があったんはこんだけやった」
ピアノラークが抱え込んでいた繭。その中から出てきた八人の内、仮死状態で生きていたのは、最初の少女を含めて三人だけだった。
残りの二人の生存者は、見た目二十歳前後の女性と壮年の男性で、どちらもがっしりした金属鎧を身に纏っている。
「……陰謀の臭いがするな」
「陰謀の臭い?」
「ああ、二人も分かってるだろうが、今回の件には不可解な点が幾つもある」
錬は、金属鎧を身に纏う二人の生存者に視線を向ける。
「この二人は、間違いなく騎士の類だ。それもかなりの実力者なのは間違いない」
「うん。少なくとも、ピアノラークに一方的にやられたりはしないだろうね」
「装備の質とか筋肉の付き方とかから考えて、金で位を買ったとかそういう人種やなさそうやし、この国でも上澄みに入る実力者やろうな」
実際に立ち会ってみなければ正確な実力は分からないが、装備がまるでない自分達でもどうにかなったのだから、実力で騎士になった人間が破れるとは考え難い。
「罠にかけられた、と見るべきだろうな」
「せやな。前衛の連中って、状態異常魔法に対する抵抗力は結構低いことが多いからなあ。麻痺とかバインドとか食らったら、一方的に捕食される可能性はある」
「そっか。それなら特に抵抗した痕跡もなく捕まっててもおかしくないか……」
「それもあるが、恐らくは転移系の術で飛ばされたんだろう。こんな場所に文官や侍女を引き連れてやってくるとは考え難いからな」
そう言って、既に息を引き取っている侍女らしい女性と文官らしい男性に目を向ける。どちらも、間違ってもこんな場所に来るような人材ではない。
「問題は、彼女達の事情だが……それは目を覚ましてから聞くしかないな」
「そうやな」
「この人達の出自は置いておくとして、どうやって帰る?」
「それが問題や。亡くなった人については、運ぶにしてもここで処理するにしても、形見と身元を証明するもんだけ回収して、浄化した上で埋葬するしかないとして、や」
「生きているこの三人を、どうやって運ぶか、だよね?」
「一応、俺には最大六名まで登録した場所に転送することができるポータルソードという転移スキルがあるが……できれば、亡くなった人も連れて帰りたい」
錬の言葉に宏は頷く。
「まあ、手がないわけでもない」
「あるのか!?」
「ピアノラークの巣に、喰われた冒険者のものらしい荷物があってな。殆ど魔力が切れかかっとるけど、転送石が二つほど残っとってん」
「それを使えば?」
「魔力を充填したれば、とりあえず亡くなった人も一緒にウルスには戻れると思うで」
その言葉に、錬は安堵の息を吐いた。たとえ既に死人だとしても、こんな森の中に彼等を置いて行くことに抵抗があったのだ。
「とりあえず、残りの繭を解体してまおうか」
そう言って、残りの虫を閉じ込めた繭を糸に変え始める宏。
それは、余計なことを考えないための、ある種の現実逃避ではあったが、生産スキルによって鍛え上げられた、既に人間の領域を超えた精神力パラメーターも、この切り替えに一役買っているのは間違いないであろう。
「虫は解体しておけばいい?」
「スズメバチだけ置いといて。あれは薬の材料になるから」
方針を決めると、あっさり平常運転に戻ってしまう宏。
その様子に苦笑しながら、自分達も気分を切り替えるために、言われた通り中身の虫を解体し始める春菜と錬であった。
☆
■ジャイアントスパイダーソードが解放されました。
■ジャイアントワスプソードが解放されました。
■ジャイアントホッパーソードが解放されました。
■ジャイアントマンティスソードが解放されました。
ユニット名:東宏
サイズ :M
移動力 :5
地形適応 :空A 陸A 海B
タイプ :空、陸
登場作品 :フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~
モデル :コン・バトラーV(超電磁ロボ コン・バトラーV)
武器
・基本攻撃
・スマッシュ
ユニット名:藤堂春菜
サイズ :M
移動力 :7
地形適応 :空A 陸A 海A
タイプ :空、陸
登場作品 :フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~
モデル :炎神レイアース(魔法騎士レイアース)
武器
・剣
・魔法剣
・エレメンタル・ダンス
その他
・光の魔法剣 オーラバード
・無属性中級連撃 ブラッディ・フラッシュ
・光の魔法剣 セイントブレイド
・炎の中級魔法剣 フレイムダンス
ユニット名:天木錬
サイズ :M
移動力 :7
地形適応 :空A 陸A 海B
タイプ :空、陸
登場作品 :魔獣戦記ブレイブスター(仮)
モデル :ランスロット・アルビオンゼロ(コードギアス 反逆のルルーシュⅢ皇道)
武器
・ハンドレッドソード
・流星剣
・流星剣[MAP]
・エアストバッシュ
・二刀流
その他
・アサッシングソード
・ベルセルク
・紅蓮剣
・重力剣