憶断のオーバーロード   作:wash I/O

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第1話 彷徨う群像

 今夜は星の配列がよい。

 

 何となしに彼はそう思っている。実際のところ、位階魔法の発動に星の配置が影響を与える、などということはないのではないか、と思わないでもないが、さりとて、新しい試みに際してはこういった験担ぎも必要だ。

 

 目前の森に気配を感じた彼は、より正確を期すべく実験台の位置関係の把握を試みた。

 

「<生命感知(ディテクト・ライフ)>。」

 

 本当に今夜はツイている。

 

 森の中を駆け足でこちらへ向かってくる最初の相手は小物に過ぎないが、それを追って奥から出て来る相手は実験台としてもってこいの相手だ。

 

「<飛行(フライ)>。」

 

 実験をより確実なものとするため、彼は自身の身を宙に浮かせて間もなく視界に飛び込んで来るであろう獲物との間の射線(しゃせん)を確保する。とほぼ同時に、目前で途切れる森と続いた茂みの低木がガサゴソと揺れた。

 

 飛び出して来たのは野伏(レンジャー)風の人間だ。既に矢を射って弛緩した(ボウガン)を右手に持ち、軽装の革鎧を着込んでいる。微かに感じた甘い薫りからおそらく女だろう、と彼は判断するが、それはどうでもよいことだ。

 

 後ろから迫りつつある脅威に気を取られてか、ちらちらと背後を振り返りつつ走ってくるので、女は進行方向頭上に浮かぶ彼の存在には気づかぬ様子。あるいは、彼の漆黒の道服(ローブ)が夜陰に紛れて視認できないのかも知れない。今しがた女は彼の足元を通過し、同時に女が通り抜けて来た藪の辺りが俄に騒がしくなる。

 

 よろしい……では実験だ。

 

「<魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)>!」

 

 これまでに成就したことのない魔法強化(エンハンスメント)への接続を試みる。確かに何かに繋がった感触を覚え彼は安堵するが、油断するのはまだ早い。攻撃魔法は、発動し、確かに相手を捉え、抵抗を突破し、そして効果を現してこその攻撃魔法だ。

 

 一瞬沈黙があって、次の瞬間巨大な獣が茂みの中から飛び出した。

 思った通り、巨大(ギガント)毒蜥蜴(バジリスク)だ。

 

 今一度、魔法強化が有効であることを確認し(タイミング)を伺う。

 

 そこだ!

 

「<火球(ファイアボール)>!」

 

 決断された意思が世界へと波及する心地よい反動(フィードバック)を感じつつ、彼は自然に右手を前に突き出し、骨と皮の手の平を開いた。放った自身にも感じられる強い熱波を残し、ぽぅ、ぽぅ、ぽぅ、と三連射された火の玉が毒蜥蜴の巨体へと向かう。

 一発目は正しくその顔面を捉えて炸裂し、驚いた蜥蜴は後ろ足で立ち上がって無防備な腹面(ふくめん)を曝け出した。二発目はその表皮で炸裂して穴を穿ち、三発目はその穴から内部へ侵入して大爆発する。

 

 さしもの巨大毒蜥蜴も自身の体内からの轟爆には抗しようもなく、余勢でそのままズシン、と仰向けに倒れ伏した。たちまちに体中の穴という穴から悪臭漂う毒液が流れ出すが、そんなものは既に生者の肉体を失って久しい彼には何を為すものでもない。

 

「……大成功だ!」

 

 不死者(アンデッド)の特性で感情の動きの乏しい彼ではあるが、流石にこのときばかりはこれまでに感じたことのない充足感が全身を駆け巡るのを感じていた。

 随分と回り道をしてしまったような気がしなくもない。だがしかし、これでようやく彼も、身罷って久しいとされる伝説の大魔法詠唱者(マジックキャスター)に肩を並べる三重魔法詠唱者(トライアッド)の仲間入りだ。

 

 まだ確度には難ありやも知れぬ、と彼は独りごちる。

 

 確かに三重最強化(トリプレットマキシマイズ)した魔法の発動には成功し、その効果は疑いなく眼前に証明された。が、まだそれが何であるかは(ばく)と知れぬが、魔法力への接続感にそこはかとなく不安を覚えているのは確かだ。今回は完全有利な体勢で的を待ち受けたがために成功したが、実戦の場において同じことが再現出来るかについては、正直なところまだ絶対の確信があるわけではない。

 

今少(いますこ)しの精進が必要やも知れん……」

 

 <飛行(フライ)>の効果時間を終え静かに草地へと接地した彼は、そう呟くと足早にその場を去ろうとした。

 

「お待ち下さい!」

 

 そんな彼を呼び止める声がある。

 結果的に彼に窮地を救われた(てい)となった女野伏(レンジャー)だ。彼の魔法が放った爆音に逃げ足を止め、振り返ってようやくその姿に気づいたらしい。

 

「窮地をお救いいただき、ありがとうございました。」

 

 女がそう言いながら歩み寄ってくる気配を感じ、彼もまたそちらを振り返る。

 別にこの女を救おうとしてやったことではない。後ろから毒蜥蜴が追って来ていたのでなければ、実験台はこの女であっても一向に構わなかったのだから。

 

 振り返って我が姿を見れば、恐れをなして再びまた逃げ去るだろう。

 

 だが、彼が振り返り目線が合うや、女はたちまちにその場に恭しく跪いて最伏礼を執った。

 その様子を彼は訝しく思う。

 

「……何の真似だ?」

 

「よもや……よもや、あなた様とは思いも致しませんでした!」

 

 女の声が喜色に溢れていることがさらに彼を困惑させる。

 生者を屠ることを常とするこの死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の姿を目にして、この女は何故恐れもせず喜びの声を上げるのか、と。

 

「私の家系にあなた様の御名(みな)を知らぬものはおりません。」

 

 そんなことを()われる憶えはない。

 

「……オレの名前を言ってみろ。」

 

 彼は、そう言いながら最早完全に肉も皮も残らぬ髑髏(どくろ)となり、相手には伝わらなくなった視線を女に向ける。

 

 女はまったき笑顔を上げてこう応じた。

 

「アリンス・ウール・ゴーン様万歳、死の支配者(オーバーロード)に栄光あれ!」

 

 

                    *

 

 

「ギンさん、お茶が入ったよ。

 勉強熱心なのも結構だが、一息ついたらどうだい?」

 

 彼専用の、普通の人間からすれば(どんぶり)ほどの大きさの茶碗……実際にそれは丼なのであるが……に並々と注がれた茶を給仕(ギャルソン)が運んで来た。

 

 混血(ハーフ)武妖巨人(ウォートロール)のガ・ギンは、帝国自由都市エ・レエブルの定宿一階食堂いつものCの字の席で、独り読書をしている。

 

「アア、()マンナ。()(つか)ワセテ。」

 

 一旦本を食台(テーブル)に置き、会釈して茶碗を受け取る。決して高級な茶葉ではないが、淹れたもののまごころが伝わる芳しい薫りにギンの頬が緩む。

 

 それでもその表情が、彼の内面を知らぬものからすれば空恐ろしいものであることには一向に変わりはないのではあるが。特に、彼の(まなこ)一杯に広がる真っ赤な角膜を隠すべく、常にかけている日除け眼鏡(サングラス)が読書のために外されている今であれば。

 

「……面白いのかい?」

 

 他に客の居ない昼下がり、暇を持て余す給仕は何となしにギンに尋ねる。彼はギンを含む冒険者(チーム)<(あけ)薔薇(ばら)>とはもう長い付き合いで、もちろんギンのことを無闇に恐れたりはしない。

 

 まったく怖くない、わけでもないが。

 

面白(おもしろ)……クハナイナ。」

 

とギン。

 茶を一口啜ってから、指先で本を(つま)んで表紙を給仕に示す。

 

「<神隠(かみかく)シ>ニツイテノ研究書ダガ……イササカ内容ガイイ加減(かげん)ダ。」

 

 給仕は字が読めないが、ギンの言葉には興味を掻き立てられる。

 

「いい加減?」

 

 ウム、とギンは再び一口(ひとくち)茶を啜り、読書の内容を咀嚼するように語る。

 

 本は『神隠しの真相と帝国の陰謀』と題されており、リ・エスティーゼの在野の研究家によって書かれたものだ。

 曰く、大陸西部でこの百年言われている神隠し……度を逸して私利私欲の悪行をおこなう者を問答無用に屠る化け物、の正体は百年前のバハルス帝国主席宮廷魔術師にして三重魔法詠唱者(トライアッド)としても名高いかのフールーダ・パラダインが転生した死者の大魔法使い(エルダーリッチ)である、とのこと。

 

「違うのかい?」

 

と給仕。

 

「ソコハワカラン。」

 

 ギンは正直に言う。

 

「自慢デハナイガ、私ハオマエ(たち)ヨリハ随分ト長生(ながい)キシテイルシ、(おさな)時分(じぶん)ハ帝都デ()ラシテイタカラ、パラダイン(おう)ニハ実際ニ()ッタコトガアル。」

 

「そいつは凄い!」

 

 給仕が目を丸くする。

 

「ギンさんとしては、そのパラなんとかさんはそんな不死者(アンデッド)になるような御人(おひと)じゃない、ってことなのかい?」

 

「イヤ、アノ御仁(ごじん)ナラバ()イトハ()エン。」

「え?」

 

 ギンは、まだ帝都アーウィンタールの父母の元で養育されていた幼い時分に引き会わされた大魔法詠唱者(マジックキャスター)をはっきりと憶えている。その時点で既に裕に齢二百歳を越えていたという触れ込みだったが、実際のところは確かめようもない。だが、そのどこか遠くを見透かしたような瞳の奥底に揺蕩(たゆた)っていた狂気を思えば、魔法の深淵を覗き見るべく人外の道へ踏み入れたとしても、まったく驚くに当たらないことだけは確かだ。

 

 納得がいかないのは、当時の、そしてフールーダが最後に補佐した帝国皇帝、ジルクニフ・エル・ニクスについて、世に言われる『鮮血帝(せんけつてい)』の諢名から想起される猟奇的な逸話(エピソード)……自身に逆らった者は敵味方関係なく逆さ串刺しにして陣前(じんぜん)に並べたであるとか、敵兵を搾血機(さっけつき)に掛けてその生き血を呑んだであるとか、が臆面もなく書き散らかされていることに対してだ。

 

 ギンは晩年のジルクニフにも面識がある。

 

 まだ三十になるかならないかの少年だったギンにとって、確かに鮮血帝は空恐ろしい存在ではあった。が、それはあくまでも陶冶された皇帝の人格に対して受けた印象であって、決して巷間言われるような殺戮を好む暴君には見えなかった。

 

 仮にそのような人物であったとしたら、義侠心(ぎきょうしん)に溢れた父母が自分を引き会わせたはずもない。

 

「コノ著者ハ、ドウニモ私怨ニ()()ラレテイル()()()ガアル。」

 

 著者の曽祖父は、現在の第二帝都が不死者(アンデッド)の大群に呑み込まれた<死都エ・ランテル事件>で落命しているらしい。著者はこの事件の背後にもフールーダ、およびそれを命じたジルクニフが居たと確信しているようで、そのことが殊更彼らを悪く書かせているのだろう、とギンは考えている。表紙にはプッシュグラム・アインザックと署名されているが、曽祖父(プルトン)はエ・ランテルで何をしていた人物なのだろうか。

 

 一方でギンは、著者アインザックが思い込みのみで本書を物したのではない、とも理解している。

 

 たとえば、紙面ではフールーダが以前から不死者に関心を持っていた証拠として、ジルクニフ帝下で帝国四騎士と称されていた勇者の一人、バジウッド・ペシュメルが晩年に記した回想録『雷光伝』全四巻から、フールーダがカッツェ平野にて捕獲した驚異的な力を有する不死者を帝国魔法省の地下において鎖に繋いで飼っていた、との証言が引かれている。これは当時帝国で暮らしていたギンも知らなかった話だ。

 

 ギンの知る限り、フールーダの死亡は公知はされていない。ギンが知っているのはおよそ七十年前、リ・エスティーゼ王国崩壊の直接のきっかけとなった城塞都市エ・ペスペル殲滅戦での活躍を最後に消息が聞こえなくなったこと、前後して帝国魔法省長官と主席宮廷魔術師の肩書をフールーダの弟子が後継したらしいという噂が流れたことまで、となり、この点についてはアインザックも同様であるようだ。

 

 給仕が興味深げに続く言葉を待っていることに気づいたギンは、自身がもっとも危惧していることに話題を転じた。

 

「私ガ()ニシテイルノハ、コノ本ガ帝国ヘノ反感ヲ(あお)ルコトヲ目的ニ()カレテイルコトダ。

 <神隠(かみかく)シ>ヲ不安ニ(かん)ジテイナイ旧王国民ナド()ナイノダカラ、効果的(こうかてき)扇動(せんどう)()()ル。」

 

「……ギンさんは、やはりご出身の帝国の肩をお持ちなんですかい?」

 

 給仕に怪訝そうな様子でそう尋ねられ、ギンは内心嘆息する。

 

 この男は、生まれたときから帝国自由都市民であり準帝国市民権を認められていて、決して貧困に喘いでいるわけでも抑圧を受けているわけでもないし、ヴァイセルフ王家に特別な縁故や思い入れがあるわけでもない。にもかかわらず、その意識の奥底では自身は旧王国民であり被支配者である、という考えを捨てきれずにいる。

 

 かくも、国、というものに対する帰属意識は人々の心に根深い。

 

「私ハ、タダ……」

 

 言いかけてギンは言い澱む。

 自分は何を危惧しているのだろうか、と。

 

 この給仕のように、自分は帝国の()()()支配を受けているのだ、と極自然に考えている者たちからすれば、<神隠し>の正体が不死者化したフールーダであろうがなかろうが、潜在的な反感が先鋭化し無辜の人々が災厄に見舞われる可能性は常にあり続けるのではないか。

 

 だが、漠然とした支配への不満と、<神隠し>という都市伝説でありながらも実存的な問題として帝国自由都市民の日々の決断や行動にまで影響を与えている事象をも帝国が裏で糸引いていた、という陰謀論とではやはり意味合いが異なってくるような気がしないでもない。

 

 幼少の時分を暮らした帝都に限って言えば、比較的識字率が高かったこともあり、こういった書籍はむしろ口伝えされる風説の類を抑止する力を有していた。対して識字率が低く、また、経済的な勃興が著しい帝国自由都市群にあっては、書籍から仕入れた上っ面の知識を検証もせずに拡散する手合が多く、またそれを喜んで受け入れる人々がそれ以上に数多(あまた)あることも事実だ。

 

 だが、自分にそれを苦々しく思い、ましてやそこに何某(なにがし)かの介入を企てる義務や権利があるものだろうか。

 

「……フフ、ソウダナ。私ハイササカ帝国贔屓(びいき)()ギルヤモ()レン。」

 

とギンは自嘲する。

 

「仮に……ですよ。」

 

と給仕。

 

「仮に<神隠し>の正体がそのパラなんとかさんだったとして……その御方は不死者(アンデッド)に身を()としてまで、何をなさろうとしてるんですかね?」

 

 その言葉に、ギンは不意を衝かれた思いがする。

 

 アインザックは、とにかく<神隠し>は帝国の陰謀に違いないからけしからんのだ、という立ち位置で、その傍証をあちらこちらに執拗に求めてこの本を書いたように思われる。

 

 だが、今給仕が素朴な疑問を呈して見せたように、<神隠し>の正体がフールーダであれそうでなかれ、帝国自由都市民の誰しもが明日は我が身やもとの不安を覚えつつも、決して(まと)にされた者に誰も同情しない相手ばかりが狙われている、その真の動機はわからないままだ。

 

 しかも、あまり大っぴらにこそなってはいないものの、<神隠し>の()()は帝国領内でも、旧王国領内ほどではないもののそこそこある……らしい。

 

 フールーダは、死して帝国およびその周辺の正義の守護神(しゅごしん)にでもなったのだろうか?

 

 少なくとも、ギンの記憶に残るフールーダ・パラダインは、人当たりこそ悪くはなかったが本質的には魔法の探求にのみ執着する狂人であり、世人の正義や安寧などに興味関心がある人物とは思えなかった。ゆえにフールーダが<神隠し>の正体であるはずはない、とまでギンは言い切るつもりはなかったが、むしろ真に関心を持つべきは、<神隠し>の正体ではなくその動機の方ではないか、という思いが強まる。

 

 だが、何故だ?

 何故、自分はそこに強く惹かれるのだろうか?

 

 今は亡き父母も、自分と同様に<神隠し>に魅入られ、でありながら、触れ得ざる者、との思いから黙殺していたのだろうか?

 

「ソレガワカレバ……」

 

「わかれば……何です?」

 

「ソノ正体モワカルノダロウナ。」

 

「……そりゃ、そうでしょうよ!」

 

 給仕はギンが一気に謎解きをしてくれるかのように短兵急な期待を(いだ)いていたようで、あまりに当たり前な返しに気を削がれた様子だ。それは期待する方がおかしいだろう、とギンはもう一言(ひとこと)付け加えようとするが、宿の入り口に人影が現れたため、給仕がそちらに反応し遂に機会を逸した。

 

「おや、おかえりなさいまし!」

 

 入ってきたのはギンを除いた<朱の薔薇>の面々。

 名目上のリーダーであるリキウス・アインドラと双子の忍者、クゥイアとクゥイナだ。

 

「やぁ、変わりはなかったかい?」

 

 陽気にリキウスが応じる。

 いつもの席にギンの姿を認め、足取りも軽く近づいてくる。

 

「ギンさんも、読書は捗ったかい?」

 

 リキウスたちは商売の周旋のため、大陸西端リ・ロベルから戻ったところだ。

 

 リ・ロベルは旧王国時代から地勢的な理由から亜人やその混血に対する風当たりのいささか悪い土地柄で、荒事にならない仕事に際してはギンはこうして留守番になることがしばしばある。そうしたときは決まってギンが読書をして過ごすことは、(みな)承知している。

 

「オ陰様(かげさま)デナ。ソチラノ首尾(しゅび)ハ?」

 

「上々さ!また商いが大きくなるぜ。」

 

 旧王国時代、都市間の物品のやり取りには常に貴族階級が介在し、税だの上納だのの名目で上前を撥ねつつ、直接相見会(あいまみ)える機会の少ない異都市の商人間の信用保証をおこなっていた。その是非はともかく、商人の立場からすれば然るべきみかじめ料さえ惜しまずにいれば、何か問題が起こった際には貴族階級がその面子(めんつ)をかけて介入してくれる、という安心感があったことは否めない。

 

 王国崩壊に伴って貴族階級は、消滅こそはしなかったがかつて有していた権威を失い、ひいては信用保証するに足る実力を失った。王国の裏経済を支配し、良かれ悪かれ一線を越えた商人に私的制裁を加えていた犯罪組織<八本指>も失われて久しい。

 

 だが、()()()()()()()へのニーズは時代を越えて常に存在する。かくして帝国自由都市においては、これを冒険者(ベンチャー)が請け負うようになった。

 

 一般的な手順としては、まず交易を望む商人が自都市の冒険者を雇って相手先に種々の条件を託して使いに出す。冒険者は交渉を代行して首尾よく話がまとまれば、冒険者も連名の上で血判が交わされ契約成立となる。この血判状には、どちらか一方が相手の信用を裏切る行為を働くことはすなわち(あいだ)を取り持った冒険者の顔に泥を塗る行為であると規定され、冒険者からの実力による報復を被るもの、とされるのが普通だ。

 以降は、都市間を行き交う旅人に託して商品だけが小口でやりとりされる。こうすることで、強奪による損失(ロス)や現金盗難の危険(リスク)が回避される一方、数年に一度交わされた商品の差し引きの代金が再び信用保証をおこなった冒険者に託されて決算され、これが契約更新の交渉を兼ねる。

 

 今回、<朱の薔薇>がリ・ロベルまで赴いたのもまさにそれで、特に今回はリキウスの計らいで、交易商品差額の与信枠(クレジット)を従来の五倍に拡張するという取り決めが加わっていた。

 

 これは取りも直さず、その手数料を食い扶持の一つとする彼らの増収を意味している。

 

 ギンは、神官戦士(パラディン)としても戦闘集団(チーム)司令塔(リーダー)としてもまだまだ青いところのあるリキウスが、存外商才に恵まれていることに驚きを隠さない。

 

「ホォ、ソレハ景気ノイイ(はなし)ダナ。」

 

「駄目ボス、抜け目なし。」とクゥイア。

 指で(ぜに)のジェスチャーをするクゥイナ。

 

「ソレデ……()エタノカ?」

 

 ギンが尋ねたのは、リ・ロベルを訪れたもう一つの目的についてだ。

 

「あぁ。聞いていた通り、トマスって死にかけの元気な爺さんが一人だった。」

 

 三年ほど前、ウロヴァーナ伯国までの道案内を引き受けて知り合ったダラム、デルカ、ピー、ケイトの四人組……彼らは自分たちをエリュシオンと名乗ったが、彼らとの連絡窓口になるという話のトマス・リーマンが現地に本当に存在するのかの確認、を今回のリ・ロベル訪問は兼ねていた。

 

(なん)ダ、ソレハ?」

 

 死にかけと元気、という矛盾した形容にギンは首を傾げる。

 対するリキウスは特に疑問に感じる様子もなく、

 

「言葉通りさ。俺たちが宿を訪ねても寝台(ベッド)に横になったままでな。でもやたらと陽気で愉快な爺さんだった。ダラムから俺たちのことを聞いてたようで、大喜びで歓迎してくれたよ。」

 

と返すが、すかさず双子からツッコミが入る。

 

「駄目ボス、目が節穴。」とクゥイア。

 両手を横に広げるクゥイナの呆れ仕草(ジェスチャー)

 

 ギンは目線で双子に何に気づいたのか報告を促す。

 

「ヤバい爺さん、千里眼。」とクゥイア。

 拳骨を二つ重ねて望遠鏡を覗く(さま)を真似るクゥイナ。

 

「「千里眼?」」

 

 ギンとリキウスが同時にそう尋ねる。

 ギンは(オマエハ(じか)()ッテ()タンジャナイノカ?)と疑問に思うが口には出さない。

 

「なんでその場で教えてくれないんだよ!」

 

とリキウスは抗議の声を上げるが、それを説明する必要があるか?という三人の冷たい視線に沈黙を強いられた。

 

 双子は忍者の能力で、トマス老人の隠された異能(タレント)を看破したものらしい。

 

「そりゃ凄い!」

 

 と、横で話を聞いていた給仕が口を挟む。

 

「どうだろうギンさん。その爺さんにひとつ<神隠し>を覗いてもらえば、正体がパラなんとかさんかどうか、わかるんじゃないかい?」

 

 だが、しかし。

 

「駄目ボスより間抜け。」とクゥイア。

 人差し指を立てて横に二回振り、口を噤め、首掻っ切るぞと告げるクゥイナ。

 

 たちまち給仕は不満を(あら)わにするが、ギンに窘められる。

 

(なんじ)ガ深淵ヲ覗見(のぞきみ)ルトキ、深淵モマタ(なんじ)覗見(のぞきみ)ルダロウ……ト()ッタノハ(だれ)ダッタカ。」

 

「……確かに、そんな(ヤバ)いことをあの御老体(ごろうたい)にやらせるわけにはいかないよな。」

 

 彼らは既にトマスがそれを試みており、結果、鉄拳執事(セバス)の突入を受けて一つ間違えれば頭部爆砕されかねなかったことを知らない。

 

「しかし……なんで藪から棒に<神隠し>なんだ?」

 

とリキウスが、双子の身も蓋もない突っ込みに悄気(しょげ)ている給仕に尋ねた。

 

 答えたのはギンだ。

 再び食卓から『神隠しの真相と帝国の陰謀』と題された本を摘み上げる。

 

「ソレハ、コレダナ。」

 

「はーん、なるほど。

 なら、ギンさんはこの話には興味があるかもな?」

 

 意味ありげにリキウスが怪しい笑みを浮かべる。

 ギンは顎を振って続きを促した。

 

 返ってきた答えはこうだ。

 

「妙な噂が流れてる。

 ド・クロサマー王国に、百年ぶりに髑髏(どくろ)様がご帰還なすったらしいぜ。」

 

 

                    *

 

「キーノ、仕事でありんすえ。」

 

 ナザリック地下大墳墓第二階層に私室となる自室を与えられた真祖吸血鬼(トゥルー・ヴァンパイア)キーノ・インベルンのもとに、同じく真祖吸血鬼(トゥルー・ヴァンパイア)の……(レベル)は倍ほど違うが……シャルティア・ブラッドフォールンが扉叩(ノック)もせずに嵐のような勢いで踏み込んだかと思いきや、キーノの首根っこをわっしと掴み、そのまま<転移門(ゲート)>へと引き込んだ。

 

(もう、この扱いにも慣れた。)

 

 キーノは無駄な(あらが)いはせずに身を任せる。

 どうせ行き先はわかっている。トブの大森林の何処かだ。

 

 アインズ・ウール・ゴウンを名乗る骸骨の化け物にこの地下墳墓に連れ込まれてどのくらい経っただろうか。

 

 キーノは決して自身が今置かれている境遇に不満があるわけではない。

 しばしばこうしてかき乱されるとは言え、まがりなりにも私的(プライベート)な空間を与えられ、吸血を(かたく)なに(こば)みつつも飲食不要(サスティナブル)系アイテムへの依存も潔しとしない彼女のためにと日に二度の食事が届けられ、しかもそれは人間の街で供されたどんなものよりも美味かった。

 

 ただ、自分以外のすべての者がひたすら「アインズ様の御為(おんため)に!」と燃え上がるこの暑苦しい狂気の集団に、未だに馴染めずにいるのも事実ではある。

 

 <転移門>を抜けると、思った通りそこはトブの大森林の果樹園だった。

 

 詳しい経緯はキーノも聞かされてはいないが、地下墳墓の化け物たちはトブの大森林となんらかの盟約を結んでいるらしく、森を護るのと引き換えに特別な実りを約束されているらしい。ただ、それは特別な果実であるがゆえに、しばしば突発的に発生する害虫の群れに悩まされていた。

 

 大は小を兼ねる、という成句に相当する言い回しはこちらの世界にも存在するが、それは常に成り立つものではない、とキーノは思う。ナザリックの連中を見ていると特にそうだ。

 

 彼女をここへ連れて来たシャルティアは当然として、今回の害虫発生をシャルティアに知らせたであろう闇妖精(ダークエルフ)双子(ツインズ)……余談になるがキーノは一時(いっとき)その片割れ、常に何故か女物の衣服を纏っている長身の美青年(マーレ)に恋をしそうになったことがあるが、何かのきっかけに初めて声をかけたとき、路傍の石でも見るかのようなあまりに冷淡かつ無関心な視線を投げかけられて危うく(われ)に返った経験を持つ……も、そしておそらく他の化け物どもも漏れなくそうであろうと確信しているが、あまりにも馬鹿げた力を有している。

 そして、そうした馬鹿げた力は害虫の大量発生といったような、小さな個が集団で発揮する災厄に対してときとして無力である場合がある。無論、シャルティアも双子妖精(アウラとマーレ)もその気になれば害虫を根こそぎ駆除することは容易い。が、それは彼らの能力効果範囲の果実を含むすべての殲滅と同義であり、そんなことをしても何の意味もないのは明らかだ。

 

 だから、当初害虫発生に対処していたのは、双子の助手を務めることが多い蟲使(むしつか)いの戦闘メイド(プレアデス)エントマ・ヴァシリッサ・ゼータだった。

 

 キーノは、彼女相手であれば何とか差しであれば制することも出来るのではないか、と考えたこともあったが、今はそういった不遜な考えは放棄している。ナザリックにおいては、キーノがようやく五分五分の勝負が出来ようかと思う彼女が、三下扱いを受けていることに早い段階で気づいたからだ。

 仮にエントマを倒し得たとして、その報復に一瞬で消滅させられるのであればまだ幸いだが、あらゆることが常識外れなこの連中にいったいぜんたい何をされるのかわかったものではなく、今ほど無駄に丈夫な自身の肉体を恨めしく思ったことはない。

 

 とまれ、害虫問題が顕在化した折、害虫同様に群個体を操るエントマが迎撃に当たったのだが、これがあまりうまくはなかった。

 もちろん害虫駆除自体には成功したのだが、今度はエントマの眷属、それ以上にエントマ本人による摘み食いの被害が、害虫のそれに勝るとも劣らないことが明らかになったがゆえである。

 

 かくして、害虫対策は第二段階の停滞期へ移行し、ハエ叩き(フラッパー)を装備した骸骨(スケルトン)が果樹園中を駆け回るという百鬼夜行(トブのデスマーチ)以上に滑稽な光景を現出するに至ったのであるが、丁度この時分(じぶん)にキーノは、紆余曲折あってナザリック地下大墳墓に食客として迎えられた。

 そして何かの拍子に、向かう所敵なしに思われたこの化け物たちが意外な相手に苦戦していることを知った彼女は、衣食住の恩を返すべく助力を申し出たのである。

 

「<魔法最強化(マキシマイズマジック)>、<蟲殺し(ヴァーミンベイン)>!」

 

 当時暮らしていた自宅に住み着いたゴキブリ(にく)しのあまりこの殺虫魔法を自ら開発した際は、よもやこんな用途に使うことになろうなど思いもよらなかった彼女ではあったが、溶け込めない化け物の集団とはいえ長く世話になっているのは紛れもない事実であり、飼い殺しにされるよりはこうして自分も何かの役に立つことが出来たのは幸いであったとは思っている。

 

 だがしかし。

 

「キーノ、おんしのような雑魚(ざこ)吸血鬼(ヴァンパイア)でも、アインズ様のお役に立つことが出来て良かったでありんすなぁ!」

 

 シャルティアを含め、ここの連中は皆これだ。

 

 アインズ様のお役に!アインズ様の御為(おんため)に!

 

 あの尊大な骸骨の何がそんなに素晴らしいと言うのだろうか。

 

 確かに。あのアインズ・ウール・ゴウンを名乗る不死者(アンデッド)が、世界最強の白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ですら一目置く破格の強者であることは承知している。それは認めないでもない。

 が、問答無用に彼女をこの地へ幽閉し、以降は忘れ去ったかのように放置しているあの化け物に対して、その他の化け物たちが捧げる絶対の忠誠心はキーノの理解を超えていた。

 

 このシャルティア・ブラッドフォールンという自分と同じ真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)……彼女もまた引き比べるのも烏滸がましく感じられるほどの破格の化け物ではあるが……との馴れ初めもそうだった。

 あの日……突如連れ込まれたツアーの居城から再び慌ただしく幾度かの<転移>を経てナザリック地下大墳墓第二階層に用意された私室へ運び込まれ、シャルティアと初めて引き会わされたとき、骸骨にシャルティアを紹介されたキーノは、同じ真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)()()()()可愛らしい女の子、ということもあっていささか油断していたことも否めないのではあるが、これからしばらく世話になるのだからとシャルティアに対し、

 

「お世話になります、シャルティア……様。」

 

と形だけの礼を執ったのであるが、刹那、

 

「不埒者!」

 

と張り飛ばされて意識を失った。

 

 シャルティアの続く言葉が「ナザリックにおいて尊称を捧げられる御方(おかた)はアインズ様以外にはありんせん!」だったことを知ったのは一週間も経ってからのことだ。飛ばされた勢いで石壁に頭から突き刺さったキーノが、そのまましばし放置されたがためである。

 

 そして今もまた、役目を終えた彼女の首根っこを問答無用に掴んだシャルティアはそのまま<転移門>へ引き込み、キーノを与えられた自室に放り込むと、

 

「では、ごきげんよろしゅう。」

 

と、また嵐のように去っていった。

 

 抗う(すべ)なく延々と繰り返され続けてきた日常だ。

 

 よろしいわけないだろ!と思わないでもないが、最早言い返す気力も尽きた。ただただ、こんなことをしていてよいのだろうか、という思いだけが募ってはいくが、さりとて他にどうする当てがあるわけでもなし。

 

「おや、キーノ。お役目ご苦労様でしたな。」

 

と不意にどこからか声がする。

 

「あぁ、キョーフ公か。ただいま。」

 

 キョーフ公、というのはここに暮らすようになってしばらくしてから、しばしばキーノに声をかけいろいろと気遣ってくれるようになった存在で、その姿を見たことはないがおそらくはこの地下迷宮(ダンジョン)の守護を命じられた亡霊(ゴースト)か何かなのだろう、と彼女は考えている。

 粗雑な存在が大半のナザリックにおいては例外的に紳士的な人物で、既にキーノはキョーフ公に対し一定の信を置いていた。それゆえに、キョーフ公が本来「恐怖公」であるなどということは、キーノの思いの及ぶところではない。

 

「どのような形であれ、アインズ様の、ナザリックのお役に立てることは素晴らしいことです。」

 

 またこれだ。(かたく)なに骸骨と地下墳墓への忠誠を誇らしげに語る点は、キョーフ公と言えども例外ではない。そして、そこに異議を申し立てることが当地において最大の禁忌(タブー)であることは、もちろんキーノは既に承知しているので、これについて何か言い返すことは基本的にはしない。

 

 のだが。

 

「……もっとも、キーノはナザリックの下僕(しもべ)ではないのですから、そこに喜びを感じることが出来ないのも仕方のないことでは御座いますな。」

 

とキョーフ公。

 意外な発言に興味を惹かれたキーノは、どうせ他にやることもないのだから、と会話に乗ることにする。

 

「いいのかい、キョーフ公、そんなことを言っても?

 他の下僕(しもべ)たちに聞かれでもしたら、あなたの忠誠心(ちゅうせいしん)が疑われたりはしないのか?」

 

 だが、キーノの問いかけは的外れであったらしい。

 

「キーノは何か誤解をしているようですが、私は貴女(あなた)を憐れんで申し上げたのですよ。」

 

 ん?

 今の境遇に対してならばともかく、何故(なにゆえ)骸骨と地下墳墓への奉仕を喜べないことを憐れまねばならんのか!

 

「私に言わせれば、アインズとか言う化け物に付き従うオマエたちの方が余程憐れだぞ!」

 

 壁に耳あり障子に目あり。

 やや危険な発言か、と思わないでもないが、それでも思わずキーノはそう口にしてしまう。

 

 だがしかし。

 対するキョーフ公は特に感情的になるでもなく、いつものように淡々と、諭すように応じた。

 

「よろしいですか、キーノ。

 この世に存在するすべての者は、漏れなく何某(なにがし)かの借りを負っているのですよ。」

 

 しばしばキョーフ公は、キーノに対して問わず語りにこうした禅問答めいた言葉を発する。憤るでもなく蔑むでもなく、ただ淡々と優しく噛み砕くようなその口調が、キーノは嫌いではなかった。

 

「この私とて、どなた様かが養った体を美味しくいただかなければあり続けることが叶わぬ身。キーノも、よもや自分が誰の世話にもなっていない、奪ったことも迷惑をかけたこともない、などと思い上がってはおりませんでしょう?」

 

 おや、とキーノは思う。

 てっきりキョーフ公は亡霊か何かで、ものを食べたりすることはないと思い込んでいたが、違うのだろうか。

 

「それはわかる。

 が、それと私が憐れだ、という話はどう繋がるんだ?」

 

「借りは返さねばなりません。しかし、美味しくいただいてしまった相手に対しては、もはや何も返すことは出来ませんでしょう?」

 

 それはその通りだ。昨夜美味しく頂戴したステーキは元は水嫌牛(イグノニック)だったかと思うが、自分が直接手を下したわけではないものの、その命を頂いた事実に変わりはない。そして、屠られた水嫌牛(イグノニック)に対していくら感謝の祈りを捧げてみたところで、それが自己満足に過ぎないことくらいはキーノもわかっている。

 

「ゆえにすべての存在は、自分以外の誰かのお役に立つことによって借りを返さねばならないのです。そのことによってのみ、存在し続けることが許されるのですよ。おわかりですかな?」

 

 それもわからないではない。いや、自分もそう考えたからこそ、正体を隠して人間の中に暮らし明に暗に彼らを助けようと生きてきた……つもりだ。

 

「その点、我々ナザリックの者は恵まれている。」

 

 骸骨の化け物の奴隷が、恵まれている?

 

「我々は、創造されながらにして、ナザリック地下大墳墓の、そしてその(あるじ)であらせられる偉大かつ聡明にして慈悲深きアインズ・ウール・ゴウン様のお役に立てと定められた存在。すなわち、自身が存在し続ける上でどちら様に借りを返すべきであるのか、迷うことがないのです。」

 

 それは……幸せなことなのだろうか?

 

「キーノは……どちら様に借りを返すべきか、ずっと悩んでいるのでしょう?」

 

 うっ。

 

 痛いところを衝かれたことを、キーノは認めざるを得なかった。

 

 キョーフ公の言う通り、十三英雄と呼ばれた仲間たちと無我夢中に魔神に立ち向かった時代を除けば、以降の二百余年はまさにそのことに迷い続けた時間だったと言ってよい。自分では誠心誠意周囲の人々に尽くすことで呪われた我が身の罪を贖わんともがき続けてきたつもりではあるが、その大半は空回りであったような気もするし、挙げ句の果てに不用意に眷属を生み出して、友であるツアーにとんでもない迷惑までかけてしまった。

 

「残念なことではありますが、アインズ様は我らナザリックの者の(あるじ)であって、キーノの(あるじ)には成り得ません。ただいまの庇護の恩義に報いることは大変結構なことで、私としてもナザリックを支える果実を護るキーノの活躍には感謝しておりますが、それは貴女(あなた)自身にとっては仮初(かりそめ)の場所であって、本来あるべきところではないでしょうからな。」

 

 まったくもってキョーフ公の言う通りだ、とキーノはしみじみと感じる。

 

 現在の待遇にいろいろと不満を感じつつも、一方で、ここが自分の新たな居場所となりナザリックの面々が新たな仲間となることを、夢想したことがなかったわけではない。が、それは、自身の真の姿を隠して人間たちの社会に紛れ込み、遂にはその脇の甘さを衝かれて失態を犯した過去二百年と何か違うだろうか。

 

「まぁ、私はキーノのことは嫌いではありませんから、貴女がここに居て下さることは歓迎いたしますよ。ですが、貴女が本来あるべき場所へと旅立つ日がやって来たときは、決して引き止めたりはしないことも忘れないでいていただきたいですな。」

 

 嗚呼、この亡霊は何と心に染み入る優しい言葉をかけてくれるのだろう。

 

「では、私は仕事がありますれば本日のところはこれにて。」

 

 カサコソ、カサコソ。

 

「ありがとう、キョーフ公。お仕事、頑張って。」

 

 何故かキョーフ公の立ち去り際にいつも聞こえる不思議な音を名残惜しく感じつつ、再び独りになったキーノは、石壁に穿たれたままのシャルティアに跳ね飛ばされて自身の頭が開けた穴をじっと見つめる。眠りも必要としないこの身には考える時間だけは腐るほどあるが、一向に答えは見出(みい)だせそうにない。

 





<次回予告>

 真銀(ミスリル)級冒険者<(あけ)薔薇(ばら)>を第二帝都エ・ランテルで待ち受ける驚愕の出会い。そしてナザリック地下大墳墓には忌まわしい凶報がもたらされる。

「アインズ様の名を騙る不届き者が現れました!」

 憶断のオーバーロード第2話『偽アインズ・ウール・ゴウン現る』に乞うご期待!

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