今夜は星の配列がよい。
何となしに彼はそう思っている。実際のところ、位階魔法の発動に星の配置が影響を与える、などということはないのではないか、と思わないでもないが、さりとて、新しい試みに際してはこういった験担ぎも必要だ。
目前の森に気配を感じた彼は、より正確を期すべく実験台の位置関係の把握を試みた。
「<
本当に今夜はツイている。
森の中を駆け足でこちらへ向かってくる最初の相手は小物に過ぎないが、それを追って奥から出て来る相手は実験台としてもってこいの相手だ。
「<
実験をより確実なものとするため、彼は自身の身を宙に浮かせて間もなく視界に飛び込んで来るであろう獲物との間の
飛び出して来たのは
後ろから迫りつつある脅威に気を取られてか、ちらちらと背後を振り返りつつ走ってくるので、女は進行方向頭上に浮かぶ彼の存在には気づかぬ様子。あるいは、彼の漆黒の
よろしい……では実験だ。
「<
これまでに成就したことのない
一瞬沈黙があって、次の瞬間巨大な獣が茂みの中から飛び出した。
思った通り、
今一度、魔法強化が有効であることを確認し
そこだ!
「<
決断された意思が世界へと波及する心地よい
一発目は正しくその顔面を捉えて炸裂し、驚いた蜥蜴は後ろ足で立ち上がって無防備な
さしもの巨大毒蜥蜴も自身の体内からの轟爆には抗しようもなく、余勢でそのままズシン、と仰向けに倒れ伏した。たちまちに体中の穴という穴から悪臭漂う毒液が流れ出すが、そんなものは既に生者の肉体を失って久しい彼には何を為すものでもない。
「……大成功だ!」
随分と回り道をしてしまったような気がしなくもない。だがしかし、これでようやく彼も、身罷って久しいとされる伝説の大
まだ確度には難ありやも知れぬ、と彼は独りごちる。
確かに
「
<
「お待ち下さい!」
そんな彼を呼び止める声がある。
結果的に彼に窮地を救われた
「窮地をお救いいただき、ありがとうございました。」
女がそう言いながら歩み寄ってくる気配を感じ、彼もまたそちらを振り返る。
別にこの女を救おうとしてやったことではない。後ろから毒蜥蜴が追って来ていたのでなければ、実験台はこの女であっても一向に構わなかったのだから。
振り返って我が姿を見れば、恐れをなして再びまた逃げ去るだろう。
だが、彼が振り返り目線が合うや、女はたちまちにその場に恭しく跪いて最伏礼を執った。
その様子を彼は訝しく思う。
「……何の真似だ?」
「よもや……よもや、あなた様とは思いも致しませんでした!」
女の声が喜色に溢れていることがさらに彼を困惑させる。
生者を屠ることを常とするこの
「私の家系にあなた様の
そんなことを
「……オレの名前を言ってみろ。」
彼は、そう言いながら最早完全に肉も皮も残らぬ
女はまったき笑顔を上げてこう応じた。
「アリンス・ウール・ゴーン様万歳、
*
「ギンさん、お茶が入ったよ。
勉強熱心なのも結構だが、一息ついたらどうだい?」
彼専用の、普通の人間からすれば
「アア、
一旦本を
それでもその表情が、彼の内面を知らぬものからすれば空恐ろしいものであることには一向に変わりはないのではあるが。特に、彼の
「……面白いのかい?」
他に客の居ない昼下がり、暇を持て余す給仕は何となしにギンに尋ねる。彼はギンを含む
まったく怖くない、わけでもないが。
「
とギン。
茶を一口啜ってから、指先で本を
「<
給仕は字が読めないが、ギンの言葉には興味を掻き立てられる。
「いい加減?」
ウム、とギンは再び
本は『神隠しの真相と帝国の陰謀』と題されており、リ・エスティーゼの在野の研究家によって書かれたものだ。
曰く、大陸西部でこの百年言われている神隠し……度を逸して私利私欲の悪行をおこなう者を問答無用に屠る化け物、の正体は百年前のバハルス帝国主席宮廷魔術師にして
「違うのかい?」
と給仕。
「ソコハワカラン。」
ギンは正直に言う。
「自慢デハナイガ、私ハオマエ
「そいつは凄い!」
給仕が目を丸くする。
「ギンさんとしては、そのパラなんとかさんはそんな
「イヤ、アノ
「え?」
ギンは、まだ帝都アーウィンタールの父母の元で養育されていた幼い時分に引き会わされた大
納得がいかないのは、当時の、そしてフールーダが最後に補佐した帝国皇帝、ジルクニフ・エル・ニクスについて、世に言われる『
ギンは晩年のジルクニフにも面識がある。
まだ三十になるかならないかの少年だったギンにとって、確かに鮮血帝は空恐ろしい存在ではあった。が、それはあくまでも陶冶された皇帝の人格に対して受けた印象であって、決して巷間言われるような殺戮を好む暴君には見えなかった。
仮にそのような人物であったとしたら、
「コノ著者ハ、ドウニモ私怨ニ
著者の曽祖父は、現在の第二帝都が
一方でギンは、著者アインザックが思い込みのみで本書を物したのではない、とも理解している。
たとえば、紙面ではフールーダが以前から不死者に関心を持っていた証拠として、ジルクニフ帝下で帝国四騎士と称されていた勇者の一人、バジウッド・ペシュメルが晩年に記した回想録『雷光伝』全四巻から、フールーダがカッツェ平野にて捕獲した驚異的な力を有する不死者を帝国魔法省の地下において鎖に繋いで飼っていた、との証言が引かれている。これは当時帝国で暮らしていたギンも知らなかった話だ。
ギンの知る限り、フールーダの死亡は公知はされていない。ギンが知っているのはおよそ七十年前、リ・エスティーゼ王国崩壊の直接のきっかけとなった城塞都市エ・ペスペル殲滅戦での活躍を最後に消息が聞こえなくなったこと、前後して帝国魔法省長官と主席宮廷魔術師の肩書をフールーダの弟子が後継したらしいという噂が流れたことまで、となり、この点についてはアインザックも同様であるようだ。
給仕が興味深げに続く言葉を待っていることに気づいたギンは、自身がもっとも危惧していることに話題を転じた。
「私ガ
<
「……ギンさんは、やはりご出身の帝国の肩をお持ちなんですかい?」
給仕に怪訝そうな様子でそう尋ねられ、ギンは内心嘆息する。
この男は、生まれたときから帝国自由都市民であり準帝国市民権を認められていて、決して貧困に喘いでいるわけでも抑圧を受けているわけでもないし、ヴァイセルフ王家に特別な縁故や思い入れがあるわけでもない。にもかかわらず、その意識の奥底では自身は旧王国民であり被支配者である、という考えを捨てきれずにいる。
かくも、国、というものに対する帰属意識は人々の心に根深い。
「私ハ、タダ……」
言いかけてギンは言い澱む。
自分は何を危惧しているのだろうか、と。
この給仕のように、自分は帝国の
だが、漠然とした支配への不満と、<神隠し>という都市伝説でありながらも実存的な問題として帝国自由都市民の日々の決断や行動にまで影響を与えている事象をも帝国が裏で糸引いていた、という陰謀論とではやはり意味合いが異なってくるような気がしないでもない。
幼少の時分を暮らした帝都に限って言えば、比較的識字率が高かったこともあり、こういった書籍はむしろ口伝えされる風説の類を抑止する力を有していた。対して識字率が低く、また、経済的な勃興が著しい帝国自由都市群にあっては、書籍から仕入れた上っ面の知識を検証もせずに拡散する手合が多く、またそれを喜んで受け入れる人々がそれ以上に
だが、自分にそれを苦々しく思い、ましてやそこに
「……フフ、ソウダナ。私ハイササカ帝国
とギンは自嘲する。
「仮に……ですよ。」
と給仕。
「仮に<神隠し>の正体がそのパラなんとかさんだったとして……その御方は
その言葉に、ギンは不意を衝かれた思いがする。
アインザックは、とにかく<神隠し>は帝国の陰謀に違いないからけしからんのだ、という立ち位置で、その傍証をあちらこちらに執拗に求めてこの本を書いたように思われる。
だが、今給仕が素朴な疑問を呈して見せたように、<神隠し>の正体がフールーダであれそうでなかれ、帝国自由都市民の誰しもが明日は我が身やもとの不安を覚えつつも、決して
しかも、あまり大っぴらにこそなってはいないものの、<神隠し>の
フールーダは、死して帝国およびその周辺の正義の
少なくとも、ギンの記憶に残るフールーダ・パラダインは、人当たりこそ悪くはなかったが本質的には魔法の探求にのみ執着する狂人であり、世人の正義や安寧などに興味関心がある人物とは思えなかった。ゆえにフールーダが<神隠し>の正体であるはずはない、とまでギンは言い切るつもりはなかったが、むしろ真に関心を持つべきは、<神隠し>の正体ではなくその動機の方ではないか、という思いが強まる。
だが、何故だ?
何故、自分はそこに強く惹かれるのだろうか?
今は亡き父母も、自分と同様に<神隠し>に魅入られ、でありながら、触れ得ざる者、との思いから黙殺していたのだろうか?
「ソレガワカレバ……」
「わかれば……何です?」
「ソノ正体モワカルノダロウナ。」
「……そりゃ、そうでしょうよ!」
給仕はギンが一気に謎解きをしてくれるかのように短兵急な期待を
「おや、おかえりなさいまし!」
入ってきたのはギンを除いた<朱の薔薇>の面々。
名目上のリーダーであるリキウス・アインドラと双子の忍者、クゥイアとクゥイナだ。
「やぁ、変わりはなかったかい?」
陽気にリキウスが応じる。
いつもの席にギンの姿を認め、足取りも軽く近づいてくる。
「ギンさんも、読書は捗ったかい?」
リキウスたちは商売の周旋のため、大陸西端リ・ロベルから戻ったところだ。
リ・ロベルは旧王国時代から地勢的な理由から亜人やその混血に対する風当たりのいささか悪い土地柄で、荒事にならない仕事に際してはギンはこうして留守番になることがしばしばある。そうしたときは決まってギンが読書をして過ごすことは、
「オ
「上々さ!また商いが大きくなるぜ。」
旧王国時代、都市間の物品のやり取りには常に貴族階級が介在し、税だの上納だのの名目で上前を撥ねつつ、直接
王国崩壊に伴って貴族階級は、消滅こそはしなかったがかつて有していた権威を失い、ひいては信用保証するに足る実力を失った。王国の裏経済を支配し、良かれ悪かれ一線を越えた商人に私的制裁を加えていた犯罪組織<八本指>も失われて久しい。
だが、
一般的な手順としては、まず交易を望む商人が自都市の冒険者を雇って相手先に種々の条件を託して使いに出す。冒険者は交渉を代行して首尾よく話がまとまれば、冒険者も連名の上で血判が交わされ契約成立となる。この血判状には、どちらか一方が相手の信用を裏切る行為を働くことはすなわち
以降は、都市間を行き交う旅人に託して商品だけが小口でやりとりされる。こうすることで、強奪による
今回、<朱の薔薇>がリ・ロベルまで赴いたのもまさにそれで、特に今回はリキウスの計らいで、交易商品差額の
これは取りも直さず、その手数料を食い扶持の一つとする彼らの増収を意味している。
ギンは、
「ホォ、ソレハ景気ノイイ
「駄目ボス、抜け目なし。」とクゥイア。
指で
「ソレデ……
ギンが尋ねたのは、リ・ロベルを訪れたもう一つの目的についてだ。
「あぁ。聞いていた通り、トマスって死にかけの元気な爺さんが一人だった。」
三年ほど前、ウロヴァーナ伯国までの道案内を引き受けて知り合ったダラム、デルカ、ピー、ケイトの四人組……彼らは自分たちをエリュシオンと名乗ったが、彼らとの連絡窓口になるという話のトマス・リーマンが現地に本当に存在するのかの確認、を今回のリ・ロベル訪問は兼ねていた。
「
死にかけと元気、という矛盾した形容にギンは首を傾げる。
対するリキウスは特に疑問に感じる様子もなく、
「言葉通りさ。俺たちが宿を訪ねても
と返すが、すかさず双子からツッコミが入る。
「駄目ボス、目が節穴。」とクゥイア。
両手を横に広げるクゥイナの呆れ
ギンは目線で双子に何に気づいたのか報告を促す。
「ヤバい爺さん、千里眼。」とクゥイア。
拳骨を二つ重ねて望遠鏡を覗く
「「千里眼?」」
ギンとリキウスが同時にそう尋ねる。
ギンは(オマエハ
「なんでその場で教えてくれないんだよ!」
とリキウスは抗議の声を上げるが、それを説明する必要があるか?という三人の冷たい視線に沈黙を強いられた。
双子は忍者の能力で、トマス老人の隠された
「そりゃ凄い!」
と、横で話を聞いていた給仕が口を挟む。
「どうだろうギンさん。その爺さんにひとつ<神隠し>を覗いてもらえば、正体がパラなんとかさんかどうか、わかるんじゃないかい?」
だが、しかし。
「駄目ボスより間抜け。」とクゥイア。
人差し指を立てて横に二回振り、口を噤め、首掻っ切るぞと告げるクゥイナ。
たちまち給仕は不満を
「
「……確かに、そんな
彼らは既にトマスがそれを試みており、結果、
「しかし……なんで藪から棒に<神隠し>なんだ?」
とリキウスが、双子の身も蓋もない突っ込みに
答えたのはギンだ。
再び食卓から『神隠しの真相と帝国の陰謀』と題された本を摘み上げる。
「ソレハ、コレダナ。」
「はーん、なるほど。
なら、ギンさんはこの話には興味があるかもな?」
意味ありげにリキウスが怪しい笑みを浮かべる。
ギンは顎を振って続きを促した。
返ってきた答えはこうだ。
「妙な噂が流れてる。
ド・クロサマー王国に、百年ぶりに
*
「キーノ、仕事でありんすえ。」
ナザリック地下大墳墓第二階層に私室となる自室を与えられた
(もう、この扱いにも慣れた。)
キーノは無駄な
どうせ行き先はわかっている。トブの大森林の何処かだ。
アインズ・ウール・ゴウンを名乗る骸骨の化け物にこの地下墳墓に連れ込まれてどのくらい経っただろうか。
キーノは決して自身が今置かれている境遇に不満があるわけではない。
しばしばこうしてかき乱されるとは言え、まがりなりにも
ただ、自分以外のすべての者がひたすら「アインズ様の
<転移門>を抜けると、思った通りそこはトブの大森林の果樹園だった。
詳しい経緯はキーノも聞かされてはいないが、地下墳墓の化け物たちはトブの大森林となんらかの盟約を結んでいるらしく、森を護るのと引き換えに特別な実りを約束されているらしい。ただ、それは特別な果実であるがゆえに、しばしば突発的に発生する害虫の群れに悩まされていた。
大は小を兼ねる、という成句に相当する言い回しはこちらの世界にも存在するが、それは常に成り立つものではない、とキーノは思う。ナザリックの連中を見ていると特にそうだ。
彼女をここへ連れて来たシャルティアは当然として、今回の害虫発生をシャルティアに知らせたであろう
そして、そうした馬鹿げた力は害虫の大量発生といったような、小さな個が集団で発揮する災厄に対してときとして無力である場合がある。無論、シャルティアも
だから、当初害虫発生に対処していたのは、双子の助手を務めることが多い
キーノは、彼女相手であれば何とか差しであれば制することも出来るのではないか、と考えたこともあったが、今はそういった不遜な考えは放棄している。ナザリックにおいては、キーノがようやく五分五分の勝負が出来ようかと思う彼女が、三下扱いを受けていることに早い段階で気づいたからだ。
仮にエントマを倒し得たとして、その報復に一瞬で消滅させられるのであればまだ幸いだが、あらゆることが常識外れなこの連中にいったいぜんたい何をされるのかわかったものではなく、今ほど無駄に丈夫な自身の肉体を恨めしく思ったことはない。
とまれ、害虫問題が顕在化した折、害虫同様に群個体を操るエントマが迎撃に当たったのだが、これがあまりうまくはなかった。
もちろん害虫駆除自体には成功したのだが、今度はエントマの眷属、それ以上にエントマ本人による摘み食いの被害が、害虫のそれに勝るとも劣らないことが明らかになったがゆえである。
かくして、害虫対策は第二段階の停滞期へ移行し、
そして何かの拍子に、向かう所敵なしに思われたこの化け物たちが意外な相手に苦戦していることを知った彼女は、衣食住の恩を返すべく助力を申し出たのである。
「<
当時暮らしていた自宅に住み着いたゴキブリ
だがしかし。
「キーノ、おんしのような
シャルティアを含め、ここの連中は皆これだ。
アインズ様のお役に!アインズ様の
あの尊大な骸骨の何がそんなに素晴らしいと言うのだろうか。
確かに。あのアインズ・ウール・ゴウンを名乗る
が、問答無用に彼女をこの地へ幽閉し、以降は忘れ去ったかのように放置しているあの化け物に対して、その他の化け物たちが捧げる絶対の忠誠心はキーノの理解を超えていた。
このシャルティア・ブラッドフォールンという自分と同じ
あの日……突如連れ込まれたツアーの居城から再び慌ただしく幾度かの<転移>を経てナザリック地下大墳墓第二階層に用意された私室へ運び込まれ、シャルティアと初めて引き会わされたとき、骸骨にシャルティアを紹介されたキーノは、同じ
「お世話になります、シャルティア……様。」
と形だけの礼を執ったのであるが、刹那、
「不埒者!」
と張り飛ばされて意識を失った。
シャルティアの続く言葉が「ナザリックにおいて尊称を捧げられる
そして今もまた、役目を終えた彼女の首根っこを問答無用に掴んだシャルティアはそのまま<転移門>へ引き込み、キーノを与えられた自室に放り込むと、
「では、ごきげんよろしゅう。」
と、また嵐のように去っていった。
抗う
よろしいわけないだろ!と思わないでもないが、最早言い返す気力も尽きた。ただただ、こんなことをしていてよいのだろうか、という思いだけが募ってはいくが、さりとて他にどうする当てがあるわけでもなし。
「おや、キーノ。お役目ご苦労様でしたな。」
と不意にどこからか声がする。
「あぁ、キョーフ公か。ただいま。」
キョーフ公、というのはここに暮らすようになってしばらくしてから、しばしばキーノに声をかけいろいろと気遣ってくれるようになった存在で、その姿を見たことはないがおそらくはこの
粗雑な存在が大半のナザリックにおいては例外的に紳士的な人物で、既にキーノはキョーフ公に対し一定の信を置いていた。それゆえに、キョーフ公が本来「恐怖公」であるなどということは、キーノの思いの及ぶところではない。
「どのような形であれ、アインズ様の、ナザリックのお役に立てることは素晴らしいことです。」
またこれだ。
のだが。
「……もっとも、キーノはナザリックの
とキョーフ公。
意外な発言に興味を惹かれたキーノは、どうせ他にやることもないのだから、と会話に乗ることにする。
「いいのかい、キョーフ公、そんなことを言っても?
他の
だが、キーノの問いかけは的外れであったらしい。
「キーノは何か誤解をしているようですが、私は
ん?
今の境遇に対してならばともかく、
「私に言わせれば、アインズとか言う化け物に付き従うオマエたちの方が余程憐れだぞ!」
壁に耳あり障子に目あり。
やや危険な発言か、と思わないでもないが、それでも思わずキーノはそう口にしてしまう。
だがしかし。
対するキョーフ公は特に感情的になるでもなく、いつものように淡々と、諭すように応じた。
「よろしいですか、キーノ。
この世に存在するすべての者は、漏れなく
しばしばキョーフ公は、キーノに対して問わず語りにこうした禅問答めいた言葉を発する。憤るでもなく蔑むでもなく、ただ淡々と優しく噛み砕くようなその口調が、キーノは嫌いではなかった。
「この私とて、どなた様かが養った体を美味しくいただかなければあり続けることが叶わぬ身。キーノも、よもや自分が誰の世話にもなっていない、奪ったことも迷惑をかけたこともない、などと思い上がってはおりませんでしょう?」
おや、とキーノは思う。
てっきりキョーフ公は亡霊か何かで、ものを食べたりすることはないと思い込んでいたが、違うのだろうか。
「それはわかる。
が、それと私が憐れだ、という話はどう繋がるんだ?」
「借りは返さねばなりません。しかし、美味しくいただいてしまった相手に対しては、もはや何も返すことは出来ませんでしょう?」
それはその通りだ。昨夜美味しく頂戴したステーキは元は
「ゆえにすべての存在は、自分以外の誰かのお役に立つことによって借りを返さねばならないのです。そのことによってのみ、存在し続けることが許されるのですよ。おわかりですかな?」
それもわからないではない。いや、自分もそう考えたからこそ、正体を隠して人間の中に暮らし明に暗に彼らを助けようと生きてきた……つもりだ。
「その点、我々ナザリックの者は恵まれている。」
骸骨の化け物の奴隷が、恵まれている?
「我々は、創造されながらにして、ナザリック地下大墳墓の、そしてその
それは……幸せなことなのだろうか?
「キーノは……どちら様に借りを返すべきか、ずっと悩んでいるのでしょう?」
うっ。
痛いところを衝かれたことを、キーノは認めざるを得なかった。
キョーフ公の言う通り、十三英雄と呼ばれた仲間たちと無我夢中に魔神に立ち向かった時代を除けば、以降の二百余年はまさにそのことに迷い続けた時間だったと言ってよい。自分では誠心誠意周囲の人々に尽くすことで呪われた我が身の罪を贖わんともがき続けてきたつもりではあるが、その大半は空回りであったような気もするし、挙げ句の果てに不用意に眷属を生み出して、友であるツアーにとんでもない迷惑までかけてしまった。
「残念なことではありますが、アインズ様は我らナザリックの者の
まったくもってキョーフ公の言う通りだ、とキーノはしみじみと感じる。
現在の待遇にいろいろと不満を感じつつも、一方で、ここが自分の新たな居場所となりナザリックの面々が新たな仲間となることを、夢想したことがなかったわけではない。が、それは、自身の真の姿を隠して人間たちの社会に紛れ込み、遂にはその脇の甘さを衝かれて失態を犯した過去二百年と何か違うだろうか。
「まぁ、私はキーノのことは嫌いではありませんから、貴女がここに居て下さることは歓迎いたしますよ。ですが、貴女が本来あるべき場所へと旅立つ日がやって来たときは、決して引き止めたりはしないことも忘れないでいていただきたいですな。」
嗚呼、この亡霊は何と心に染み入る優しい言葉をかけてくれるのだろう。
「では、私は仕事がありますれば本日のところはこれにて。」
カサコソ、カサコソ。
「ありがとう、キョーフ公。お仕事、頑張って。」
何故かキョーフ公の立ち去り際にいつも聞こえる不思議な音を名残惜しく感じつつ、再び独りになったキーノは、石壁に穿たれたままのシャルティアに跳ね飛ばされて自身の頭が開けた穴をじっと見つめる。眠りも必要としないこの身には考える時間だけは腐るほどあるが、一向に答えは
<次回予告>
「アインズ様の名を騙る不届き者が現れました!」
憶断のオーバーロード第2話『偽アインズ・ウール・ゴウン現る』に乞うご期待!