憶断のオーバーロード   作:wash I/O

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第2話 偽アインズ・ウール・ゴウン現る

「この世界は、現実(リアル)で申しますところの<天動説>の摂理に従っておるように見えますな。」

 

 最古図書館(アッシュールバニパル)司書長ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスのその言葉に、

 

「……え?」

 

 アインズは骸骨の口をパカリと開いてそう応じることしか出来なかった。

 

 

 

 没入型仮想現実遊戯(DMMO RPG)ユグドラシルのサービス終了日、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンはその拠点ナザリック地下大墳墓と諸共に異世界へ転移した。

 

 ゲームの設定そのままの力とフレーバーテキストに応じた人格を得て顕現したNPCたち。そしてその(あるじ)として君臨するは、ログインしたままサービス終了を迎えたユグドラシル非公式ラスボスとまで呼ばれたモモンガの体に、ユグドラシルの隠し機能<日誌(ログブック)>が蓄えた至高の四十一人の記憶を上書き(オーバーロード)された死の支配者(オーバーロード)アインズ・ウール・ゴウン。

 

 転移者の宿命として短期記憶を維持することが叶わない彼らは、種族特性から定期的に(せい)ある者を屠ることを欲するアインズを満足させつつ、知っては忘れ、知っては忘れを繰り返しながら、この百年の間ナザリック地下大墳墓を維持し続けてきた。

 

 今から三年ほど前、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンが<百年の揺り返し>と呼ぶユグドラシルからの新たな来訪者を迎え撃ったアインズは、その関心の行方を変化させつつある。

 

 

 

 二本(つの)骸骨の魔法使い(スケルトンメイジ)ティトゥスは、知性のパラメータの比較のみで言えば三賢者(トリニティ)と称されるアルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターには劣るものの、ナザリックの知識の座である最古図書館の司書長を任されているだけあって聡明な下僕(しもべ)である。

 

 そもそも彼は、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの穏健的知性派と称され最古図書館の創造にも深く関わったベルリバー、死獣天朱雀、ブループラネットらによって合作されたNPCであり、その性向も創造者達のそれを色濃く引き継いでいる。アルベドが組織運営、デミウルゴスが権謀術策、パンドラズ・アクターが財務経営にそれぞれ秀でているように、ティトゥスは学術探求の才を与えられていた。

 

 であるがゆえに、ここしばらくのアインズは、しばしば最古図書館を訪れてティトゥスを相手に議論することが多い。

 

 その主題は、<百年の揺り返し>のメカニズムである。

 

 実際にユグドラシルプレイヤーを迎え撃つまでは、アインズの関心はいずれ訪れる新たな来訪者とどのような関係を結び得るか、敵対したとして……実際、一時的にとは言えそうなったのだが……どのような戦略、戦術で立ち向かうかに向けられていた。

 が、ひとたびそれを乗り越えるや、ツアーの言葉通りに現れたユグドラシルプレイヤーは、如何なる論理でこの世界に顕現したのか、それがおよそ百年の周期を有するのは何故なのか、の方に関心の矛先が転じた。

 

 それは取りも直さず、アインズ自身の来歴にも関わる話である。

 

 ナザリックの下僕(しもべ)たちの大半は、ユグドラシル末期のアインズ、かつてのモモンガがナザリック地下大墳墓の維持費を稼ぎ出すべく独り戦っていたことに強く影響を受けたパンドラズ・アクターを例外に、基本的にはかつてのユグドラシル、さらにはその外側にあった現実(リアル)に対する関心が薄いか、あるいはまったくない。

 その中にあって、司書長ティトゥスだけが、その職責上最古図書館に所蔵された現実(リアル)から持ち込まれた自然科学哲学系の書物に触れる機会が多いこともあって、必ずしも実態を伴ったものでこそないものの、現実のそれに通じた知識や思考方法を身につけている。

 

 これが、アインズがこの主題を共に考える相手にティトゥスを選んだ直接の理由になるが、そのティトゥスが、アインズの主題設定に対して最初に着手したのが天体観測だった。

 

 曰く、

 

「百年、という周期は天体の運行以外にありますまい。」

 

という、いささか根拠薄弱な着想ではあったのだが、最古図書館に所蔵されていた天文学関連書籍……主にブループラネットの蒐集品(コレクション)である……から借りた知識で間に合せの観測器具を錬成し、ナザリック地上部に即席の天文台を建造して観測することおよそ二年と少し、思いもよらなかったことがいろいろと判明し始めたのである。

 

 その最たるものが、

 

「この世界は、現実(リアル)で申しますところの<天動説>の摂理に従っておるように見えますな。」

 

とのティトゥスの報告であった。

 

「野外での観測の結果、この世界の星々の位置関係からは光行差、年周視差が検出されませんでした。これは、我々から見てこれらの星々が日周運動する仮想の天球に固定された等距離の点光源であることを意味し、これを最も素直に説明し得るのは、我々がその中心に位置している、すなわち天動説、という考え方になりましょう。」

 

「おまえの仕事を疑って訊くわけではないが……観測方法や機器の精度の問題、ではないのだな?」

 

「まったく同じ方法でナザリック地下大墳墓第六階層(ジャングル)の天空についても観測いたしました。こちらについては光行差、年周視差について現実(リアル)で言われていた通りの(あたい)が検出され、これを簡潔に説明する枠組みとしては、ナザリックが太陽の周囲を一年かけて公転し、かつ、その太陽もまた星々の中を移動している……すなわち地動説、ということになりましょうな。」

 

 アインズはティトゥスの説明に激しい眩暈を覚えた。

 

 そもそもこの二年間の天体観測は、天球から百年周期の動きが検出されれば<百年の揺り返し>を引き起こしている特定の地点が割り出せるのではないか、という発想に基づいていた。

 つまり、この世界が漂う宇宙のどこかにユグドラシル、あるいはその背後にあった現実(リアル)と最接近する場所があって、そこを世界が通過する都度、なんらかの作用により物騒な来訪者を迎えているのではないか、という仮説である。

 ところが、その予備観測としておこなわれた、およそ五千ほどの目立つ星を選んで実施した相対位置の経時変化(けいじへんか)の記録は、惑星や彗星と思われる見た目上不規則に移動する一部のそれを除いて皆無だった。

 一方、同じ観測手段を第六階層の夜空……至高の四十一人が一人、ブループラネットによって構築された天象儀(プラネタリウム)が生み出す光景……に適用すると、その算出基盤になっている論理が現実(リアル)の天文学であるがゆえに、地球の公転速度に対応する光行差、既知の恒星への距離に応じた年周視差……いずれも大地の公転運動の証拠となる……が正しく検出されるのだと言う。

 

 ティトゥスはこの発見を、単に興味深い事実が判明したという(てい)で淡々と語った。むしろ、自身の創造者の一人であるブループラネットの御業(みわざ)がこの世界の天空よりも数理的に複雑で優れたものだ、と無邪気に喜んでいるきらいすらある。

 

 が、自身が元を辿れば現実(リアル)の生身の人間であった鈴木悟であるという認識を僅かばかりとはいえ残すアインズは、この発見の示唆するところに複雑な思いを巡らさずにはいられない。

 

 今の今までは転移後のこの世界も、アインズから見て現実(リアル)に感じられるからにはきっと<かつての現実>と同じような世界なのだろう、と漠然と考えていた。が、それが実のところ思考の惰性であったことを思い知らされた(てい)になる。

 単純に考えれば、天動説は今立っているこの大地が唯一無二の特別な世界であることを示唆し、同時に、それを設計創造した神的な存在をも想起させるからだ。現実(リアル)と異なり、まるで知性的な存在の計算の都合に合わせたかのように、こちらの世界の一日がぴたり二十四時間すなわち八万六千四百秒、一年が同じく三百六十日である、という作為性もその考えを支持する。

 

 余談になるが、第六階層の天象儀(プラネタリウム)はユグドラシル時代に有していた外部(リアル)の現実時間の時計に対する時刻同期機能(タイムシンクロナイゼーション)が、どのような原理によるものか今も生きているようであり、昼夜と四季が基本的にはナザリックの外と同期していた。

 しかも同期が極力目立たぬよう……おそらくはブループラネットのこだわりによるのだろう……日の出を調整することでおこなわれるため、よほど意識して注目していない限り目視でその実施に気づくのは困難であった。

 これが、ティトゥスによる精密観測がおこなわれるまでの百年と少しの間、誰一人これらの事実に気づくどころか予期すらしなかった一因になっている。

 

 一方で、第六階層の夜空が観測に対してナザリックの()()公転運動を示唆したことは、こうした観測結果が必ずしも世界の実相を説明し尽くすわけではないこともまた証明している。この夜空がそのように挙動するよう設計された紛い物(フェイク)であることは明らかなのだから。

 もし、アインズがブループラネットに由来する一切の記憶をまったく継承せずに……つまり第六階層の天空が天象儀(プラネタリウム)であるとは知らずに……この世界に顕現し同じ観測をおこなっていたとしたら、ナザリック地下大墳墓第六階層こそが太陽の周囲を公転する真の世界であり、それ以外は付随して存在する仮想世界(ヴァーチャル)だ、と結論していたとしても話は矛盾しないことになる。

 

 彼自身は既に失念しているが、この世界にやって来た当初は、シャルティアを何らかの方法で宇宙空間へと打ち上げ、手頃な小惑星から換金箱(エクスチェンジボックス)に向かって<転移門(ゲート)>を開かせて鉱物資源を採集し、以てギルド運営資金問題を解決しようと夢想したこともあったアインズだけに、さらなる探査計画(プロジェクト)を立ち上げてこの世界の真相に迫るべきではないか、という思いが募らないでもない。

 

 が、それはどこまでおこなえば終わるのか、という疑問もつきまとう。

 

 第六階層に限って言えば、少し飛翔してみれば目に見えない壁に移動を阻まれることで、目に見える天空が擬似的なものであって目に見える通りの遠方(えんぽう)に存在するのではないことはすぐに判明する。

 だが、この世界ではどこまで行けるのだろうか。どこまでいけばこの世界の実相に迫ったと言えるのだろうか。そもそも第六階層にしても、星々は実際には超遠方に存在はしているが我々の能力限界がそこへの到達を阻んでいるのだ、という説明だって成り立つではないか。

 

 だとすれば、そのような探求に意義があると言えるだろうか?

 

「それで……ティトゥスはどう考える?」

 

「どう……とおっしゃいますと?」

 

 何事につけ、事実をどう解釈しどのように対処するかの決断については、ナザリック地下大墳墓の支配者たる自身にその責任がある、とアインズは考えているが、意を決するに際しては下僕(しもべ)たちの考えや思いを漏れなく拾い上げるのはこの百年貫かれてきた大方針だ。

 

 が、問われたティトゥスは今ひとつピンとはこない様子。

 

 アルベドやデミウルゴスであれば、どのような報告であれ、得られた新たな知見を自身がどう考えるのか、その背後にはどのような意味が隠れているのか、ナザリックの利益とすべくどのように活用し得るのか、について二言三言(ふたことみこと)加わってくるのが常であるが、司書長にはそのような感性は備わっていないらしい。

 

「そうだな。

 たとえば、この世界が観測通り天動説に従って運行しているとして、それがオレたちにとってどのような意味を持つか……といったことだが。」

 

 自分で問いながらアインズは、これは無茶振りかも知れない、と自嘲する。

 が、応じるティトゥスはあっけらかんとした調子で、

 

「観測結果は観測結果、推測される事実は推測される事実以上の何物でも御座いますまい。

 ただ言えますことは、この世界が何を中心に回っていたとしても、我々ナザリックの者にとっては、アインズ様こそが絶対不動の中心であることは変わらない、ただそれだけで御座います。」

 

「なるほど……その通りだな。」

 

 その辺りは折を見てこの結果を三賢者会議(トリニティ)に諮るのが妥当だろう、とアインズは独りごちる。

 

「極秘事項、というわけでもないが、この話についてはしばらくおまえの胸ひとつに納めておいてくれ。

 あとは、おまえの裁量の許す範囲で研究、観測を如何様(いかよう)にも進めてもらって構わない。引き続き、デミウルゴス、パンドラズ・アクターの課題(ミッション)を阻害しない限りにおいてシズの計算能力を利用することも許可する。戦闘メイド(プレアデス)以上の人員を必要とする何かを企図する場合はアルベドに相談だ。いいな?」

 

「ははっ。仰せのままに。」

 

「あとは……そうだな。

 何か判断に迷うことがあれば、己の心に訊くといい。」

 

「己の心……で御座いますか?」

 

 ティトゥスはたちまちにはアインズの意図がわからぬ様子。

 

「おまえの報告を聞いて、おまえにも確かにブループラネットさん、ベルリバーさん、死獣天朱雀さんの思いが継承されていることを痛感した。だから、何か迷うことがあれば、おまえの中に住まう彼らに尋ねるといい。そういうことだ。」

 

 アインズの言葉を聞き終わるや、ティトゥスは着座していた椅子から飛び跳ねるように引き退いて平伏し、

 

「この身に余る有難きお言葉を頂戴し、恐悦至極に御座います!」

 

と最敬礼を執った。

 

「では、またな。

 何か面白い気づきがあれば、いつでも知らせてくれ。」

 

 アインズは敢えて平伏するティトゥスをそのままに、鷹揚に最古図書館を後にした。

 

 さて、次回の三賢者会議はいつの予定だったか。もし重要議題が提起されていないようであれば、忘れてしまわないうちにこの話題についてあいつらと議論してみたいところだ。などとアインズは考えているが、それは終に果たされなかった。

 

 (にせ)アインズ・ウール・ゴウン(あらわ)る、の報がナザリックにもたらされたからである。

 

 

                    *

 

 

「見えてきたな。」

 

とリキウスが、平原(へいげん)の彼方に微かに姿を現した城塞都市を指差す。

 

 バハルス帝国第二帝都、エ・ランテルだ。

 

 ここはかつて、今は亡きリ・エスティーゼ王国の東の要衝であった。この都市が、その住民諸共に一夜にして不死者(アンデッド)に呑み込まれた通称<死都エ・ランテル事件>で一旦壊滅した後、軍を以て再び生者の手へと奪還した鮮血帝ジルクニフ・エル・ニクスによりバハルス帝国による領有を宣言されたのが百年と少し前。以来当地は帝国の西端にあって旧リ・エスティーゼ王国残党、帝国自由都市群、スレイン法国に睨みを効かせる橋頭堡であり続け、現在では帝国副帝が住まい四個軍団が常駐する第二帝都と呼ばれるに至っている。

 

 帝国自由都市エ・レエブルの真銀(ミスリル)冒険者(ヴェンチャー)<(あけ)薔薇(ばら)>の一行は、陸路六日ほどの旅で今回の目的地へ至る中継地へと辿り着きつつあった。

 

 リキウスらがリ・ロベルから戻った翌日、それを待っていたかのようにエ・レエブル市参事会にも議席を持つ老舗商会ロフーレから声がかかった。ロフーレ商会は旧王国領内で二百年近い歴史を有する主に穀物を扱う商会で、本店はエ・ランテルにあり、各帝国自由都市にも支店があってそれぞれにおいて市議会に議席を有し一定の政治力をも発揮している存在だ。

 そのロフーレから<朱の薔薇>名指しで届いた依頼は、ド・クロサマー王国へ赴きトブの大森林から産出される高効能の薬草を長期的かつ安定的に仕入れる商いを取りまとめて欲しい、というものだった。依頼内容自体はしばしば彼らが請け負う信用保証業務そのものであり、そこに疑義はない。

 

 が、二点、常ならぬことがある。

 

 第一に、ド・クロサマー王国は、その民と思しき個人が時折エ・ランテルへ小口の商いに訪れることを除けば、帝国と正式に国交を取り交わしているわけではない。また、人口の大半が亜人であるという特殊性ゆえに帝国側が伝統的に同国を亜人国家と見做し、自身の統制の枠外の存在と位置づけていることもあって、これはなかなかに冒険的な試みになることが予想された。

 そして第二に、ロフーレ商会ともなればお抱えの真鍮(オリハルコン)級冒険者がいるはずで、仮に彼らが何らかの事情で動けないのだとしても、であれば支配階級向けの自由契約冒険者(フリーランス)である金剛(アダマンタイト)級冒険者に声を掛けるのが普通であるにもかかわらず、市井の中産階級以下を相手に仕事をしている<朱の薔薇>を敢えて指名した点だ。

 

 とまれロフーレ商会からの依頼実績を得ることは彼らにとっては悪いことでは決してないので、話だけでも聞いてみようと乗り込んでみれば、第一の点に対してはまさにロフーレ商会としても一世一代の冒険としてこの商いを考えているのであり、第二の点については<朱の薔薇>にその名の聞こえた混血(ハーフ)武妖巨人(ウォートロール)ガ・ギンの人徳に王国の亜人達との繋ぎを期待してのことだ、と応じられた。

 

 そう言われれば断る筋はないし、それに丁度、百年ぶりに王国に姿を現したと噂の髑髏(どくろ)様の話も気になっていたところだ。仮にそれが単なる噂に過ぎず何の実態も伴わなかったのだとしても、大森林を越えた彼方から空想を逞しくしているよりは現地を訪れることで()のある情報が得られるかも知れない。

 リキウスはそのように考えてたちまちに依頼を受諾したのだが、人徳を期待された当のギンは、むしろあまりに時宜の整った話を訝しくも感じていた。が、それは冒険を求めるリキウス、それ以上に彼自身を押し(とど)めるほどのものではない。

 

 危険(リスク)のない冒険など、ありはしないのだから。

 

「今夜はご馳走にありつけるかな?」

 

 リキウスは懐に忍ばせた紹介状を取り出し北叟笑む。エ・レエブルのロフーレ商会で依頼を請け負った際に受け取った、エ・ランテル本店への紹介状だ。当地での宿泊と、ささやかな饗応が約束されていると聞いた。

 

「サテ、ゴ馳走(ちそう)……デアレバイイガナ。」

 

 予想された通り、エ・ランテルへの入市(にゅうし)に際してはギンの人並み外れた体格が災いして一悶着(ひともんちゃく)はあったが、かつて帝都で名を馳せた武王(ぶおう)ゴ・ギンの息子であることが伝わると……ギン自身は敢えてそれを口にするつもりはなかったのだが、リキウスが得意気に話してしまった……警備兵の態度が一変し、ロフーレ商会本店まで案内が付く身分になってしまった。

 ゴ・ギンが闘技場の闘士を引退して半世紀、身罷ってからも十五年は経とうかというのに、その勇名は遠く離れた第二帝都においても未だ偲ばれているらしい。ギンは誇らしいような、こそばゆいような複雑な気分を感じていた。

 

 かくして<朱の薔薇>一行は無事ロフーレ商会本店に辿り着き、今夜充てがわれた部屋に荷を解いた後、ささやかな晩餐が催されるという離れの一角に赴いたのであるが、着座して少しもせぬ()にギンがおもむろに口を開いた。

 

「コノ(けん)ハココマデダナ。

 撤収ダ。」

 

と立ち上がる。

 

「どうしたんだい、ギンさん?」

 

 リキウスはご馳走に未練があるのか、着座したままギンを振り返って声をかけた。

 

「駄目ボス、鈍感。」とクゥイア。

 参ったねポーズのクゥイナ。

 

 双子忍者はたちまちにギンの意を察したと見える。

 

「私タチト(こと)(かま)エルツモリデナイノハ殺気(さっき)(かん)ジヌユエ(わか)ッテハイルガ、夕餉(ゆうげ)(まね)イテオイテ(かく)レテ観察サレルノハ(のぞ)ムトコロデハナイゾ。」

 

 ダン、とギンは足を踏み鳴らし、一際大きな声で言い放った。ここに至ってリキウスも、壁一つ隔てた部屋から、ギンの言う通り敵意こそ感じないものの、自身の存在を悟られぬようこちらを伺う何者かの気配を感じ、慌てて席から立った。

 

 しばしの沈黙。

 

「これは失礼を致しました。」

 

 それまで壁だと思っていた一角が突如扉となって開き、中から恰幅のよい人好きのする笑顔を称えた中年男性が姿を現した。

 

「現ロフーレ商会頭取、ボルド・ロフーレで御座います。ひとつ、お見知りおきを。」

 

「既にあんたがこちらの信頼を裏切っているからには、素直にその挨拶は受けられないね。」

 

 初動で遅れを取ったリキウスではあったが、こうした修羅場への対応は手慣れたもので、真に本人であるかはともかく、帝国経済界の大物を自称する男に一歩も引くことなく対峙した。

 

「オマエダケデハナイダロウ。コノ(さい)姿(すがた)()セテハドウダ。」

 

 ギンはボルドと名乗った男には目もくれず、ただひたすらに開かれたままの隠し扉の奥の闇へと視線を向けている。いつの間にやら双子はギンの左右一歩下がったところで、何かあればたちまちに応戦する構えを取っていた。

 

 ややあって。

 

「流石、ゴの息子ガガーリン。」

 

 か細いが、強い意思を感じさせる女の声。

 しかもギンの、母から受け継いだ真名(まな)を知っているのはただごとではない。

 

 待つことしばし。

 

 ボルドの礼を受けつつ奥から姿を現したのは、帝国魔法省の制服を纏った二人の男を左右に伴った、極めて小柄な女性だった。質素だが質の良いものだと一目でわかる真っ白な装束(ローブ)を頭からすっぽり(かぶ)っているので顔まではわからないが、かなりの老齢であるのは間違いない。

 

 しかも驚いたことに、その両の足は床から随分と浮き上がっている。

 

「歩けなくなって久しいの。」

 

 <朱の薔薇>の視線が自身の足元に向かったことを素早く察した女から、問われるまでもなく答えが返される。そして、

 

「非礼があったことは詫びる。ひとまずは席に。」

 

と幼児のようにも見える小さな手が差し出された。

 続いてボルドも執り成すように四人の前をうろうろしながら、彼らが立った椅子を整え改めて席を勧めた。

 

 リキウスは一瞬ギンの表情を伺おうとしたが、強いて自身の方を見ないようにしているのを察して、

 

「では、仕切り直しだ。

 話を伺う前に、何か飲み物でも供していただきたいところだが。」

 

と敢えて横柄に応じた。

 ボルドが微笑みながら両手を高く上げてパンパンと叩くと、廊下からガヤガヤと声が聞こえてくる。

 

 こうして、改めて<朱の薔薇>の四人と、ボルド、宙に浮かんでいた老婆は向かい合って着座した。供の二人は、老婆の席の後ろに立って控えたままだ。

 

「先に言っておくと、私が誰であるかは聞かぬが互いのため。」

 

 これについてはまったく妥協するつもりはない、との強い意思を込めた口調でまず老婆がそう言った。

 

「こちらのお方が身分卑しからぬお方であることは、この(わたくし)めが保証いたします。」

 

とボルド。

 この()に及んでそんな保証に何の意味があるのか、とリキウスは思うが、交渉決裂に繋がり兼ねないことを開口一番告げるのは、これに折れないのであれば話は終わりだという意思表示なのだろう、と理解する。

 

「では、その点は()()にしておいても構わない。」

 

 リキウスもあくまで強気だ。

 招いておいて隠れて待ち構えた相手に非があるのは明らかだが、さりとてここで相手の正体を明かすことに(こだわ)ると、そもそもこの茶番が何であったのかを知る機会を逸することになることがわからぬリキウスではない。

 

 供された飲み物を半分ほどゴクリと飲み干し、

 

「……で、改めてこれがどういう趣向なのか、説明してもらえるのかな?」

 

 リキウスは(わざ)とらしく足を組み、両肘を食台(テーブル)について相手の出方を待った。そのあまりにあからさまな、ない余裕をあるように見せようとする態度に、隣でギンの口元が僅かに歪むがリキウスがそれに気づく様子はない。

 

「あなたたちにはロフーレ商会の使いとしてド・クロサマー王国へ向かってもらい、再臨したという髑髏(どくろ)様と呼ばれる不死者(アンデッド)の動向を掴んでもらう。」

 

 抜け抜けと老婆はそう言った。

 

 平然とそれを言ってのける人を人とも思わぬ態度に驚きとも(いか)りともつかぬ感情が湧き上がるリキウスではあったが、極力それが(おもて)に出ぬよう抑えて平静を装いつつ切り返す。

 

「だったらなぜ最初から素直にそう頼まない?」

「愚問。」

 

 老婆の身も蓋もない切り返しにたまらずギンが割って入る。

 

「帝国ハ(あず)カリ()ラヌ(こと)、トイウコトダナ。」

 

 返答はないが図星なのだろう。

 

「私モ個人的ニ髑髏様ニハ関心ガアル。

 (ゆえ)ニコノ依頼……()ケナイデモナイガ、ソチラガ承知シテイルコトヲ今少(いますこ)()カシテモラッテモ()イヨウニ(おも)ウガ……ドウカ?」

 

 交渉事はリキウスに極力任せるギンだが、この老獪な女相手にはいささか荷が重かろうと片手でリキウスを制しつつそう切り出した。老婆は沈思黙考して答えない。

 

「髑髏様トヤラガ、<神隠(かみかく)シ>ニ(かか)ワリアルヤモ()レヌノハ……ワカッタ(うえ)デノ(はなし)ナノダロウ?」

 

 ようやくにして老婆は重い口を開いた。

 

「髑髏様は……鮮血帝と(えにし)があったと聞いている。」

 

 なんと!

 <朱の薔薇>の四人に緊張が走る。

 

 鮮血帝ジルクニフ・エル・ニクスといえば現在の東西バハルス帝国の礎を築いた皇帝で、今では第一帝都アーウィンタールに住まう正帝が代々引き継ぐ称号にその名を残す大人物だ。現正帝はジルクニフⅣ世を名乗っている。

 

「リ・エスティーゼ辺りでは、<神隠し>はおたくのフールーダとかいう魔法使いの成れの果てだ、と専らの噂だが?」

 

 エ・ランテルへの道中、ギンからプッシュグラム・アインザック著『神隠しの真相と帝国の陰謀』を借り受けて読んでいたリキウスが口を挟んだが、老婆はたちまちに、

 

「馬鹿なことを。」

 

と失笑した。

 なおもリキウスは食い下がる。

 

「そうかな?

 今回の一件だって、不死者(アンデッド)と化したフールーダが何らかの理由であんたらの手に余るようになって、その処分を俺たちに押し付けようとしてる……と解釈することだって出来るんじゃないか?」

 

 だが、老婆はただ、

 

「ありえない。」

 

一言(ひとこと)返すのみ。

 

「私トテ、ソンナ(はなし)(けっ)シテ鵜呑(うの)ミニハシテイナイガ、貴女(あなた)ガソコマデ()()ルカラニハ、(なに)根拠(こんきょ)ガアルノカ?」

 

 ギンの言葉に老婆は再び沈黙したが、やおら自身の胸元に向かって小声で何か話し出した。少し開かれた装束の隙間から、何やら大層な幾何学模様状の形をした金細工の大きな首飾りがちらりと見える。

 

 ややあって、

 

「お許しがあったので、証拠を見せる。」

 

と老婆が顔を上げると、青かったその瞳が突如真紅に染まり、それまで無表情といってよかった顔は俄に愉快げに緩み始めた。

 思わず<朱の薔薇>の四人は息を呑んだが、次の瞬間、老婆は、それまでとはまったく異なる野太い男性の声でこう言った。

 

「久しいの。ゴ・ギンの息子、ガガーリン。

 あの腕白坊主が、随分と大きくなったじゃないか。」

 

 それはギンには遥か昔に、確かに聞き覚えのある声色だった。

 

 

                    *

 

 

「オレの偽者(にせもの)?」

 

 最も信頼する部下の想定外の報告に、アインズは素っ頓狂な驚きの声をあげた。

 

「左様で御座います。

 恐れ多くもアインズ様の名を騙る不届き者。ご下命いただければたちまちに成敗して……」

「いや、待て待て!」

 

 デミウルゴスの踊る声をアインズは慌てて制した。

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。デミウルゴスから緊急の報告があると招集がかかったため、主だった階層守護者(みな)(つど)っている。既に、直情傾向の強いシャルティア、アウラ、比較的情緒の安定して見えるコキュートスまでもが「今すぐ()って出るべし!」といった構えで、アインズはいつものように眩暈を感じていた。

 

「おまえたちの気持ちはわからんでもないが……その、なんだ。

 成敗だ!()って出ろ!という前に、いろいろと確かめねばならんことがあるんじゃないか?」

 

 アインズとしては疑問が山程ある。

 

 この世界の現地人でアインズのことを知っている者など極限られている……はずだ。アインズのことをまったく知らない者がアインズを騙る、などということがあり得るのだろうか。アインズを騙って、何か得になることなどあるだろうか。それ以前に、そもそも何をすればアインズを騙ったことになるというのだろう。

 デミウルゴスが……今思えばやけに楽しそうに……「アインズ様の名を騙る不届き者が現れました!」などと話し始めたものだから誰も彼もが俄に色めき立ってしまったが、前提が狂った状態から話を始めるのはよろしくない、と妙なところでアインズは生真面目だ。

 

「デミウルゴス。改めて(みな)に、何がどうなってそういう話になるのか、わかるように説明してやってくれ。」

 

 最も説明を必要としているのは他ならぬ自分なのだが、そうとは言い出せないのは相変わらずである。それを知ってか知らずか、デミウルゴスは改めて威儀を(ただ)し一歩前に出て「それではご説明させていただきます」と話し始めた。

 

「人間と亜人が混じり合って暮らす、ド・クロサマー王国なる国がトブの大森林南端、このナザリックからもほど近い場所に御座います。」

 

「……ひょっとして、そのドクロサマーってオレのこと?」

 

 素直な疑問を思わず口に出してしまってから、きっと以前にも自分はまったく同じことを尋ねているに違いない、とアインズは気づく。

 

 が、対するデミウルゴスも手慣れたものだ。

 

「先にお答えしておきますと三度目です。さて、そのド・クロサマー王国において……」

「いや、待て待て!」

 

「はっ!

 いかが致しましたでしょうか、アインズ様?」

 

「……いや、今の流れ。

 ちょっとおかしくないか?」

 

「そうで……御座いましょうか?」

 

「その……何だ、三度目です、というのは?

 それに、どうしてそんなことを即答できる!」

 

 ユグドラシルから転移してきた者の宿命として、こちらの世界に来て以降の記憶を長期にわたって保持できないのは、アインズはもちろん、智者デミウルゴスとてもその例外ではない。

 

「あぁ、そういうことで御座いますか。てっきりアインズ様にはご承知のことかと。」

 

 ……またこのパターンだ。

 どうしてこいつは(かたく)なにオレが何でもお見通しだと思いたがるのだろう。

 

 もう百年も付き合ってるんだから、いい加減気付けよ!

 

「……あのな、デミウルゴス。この際だから言っておくが、おまえはオレを買い被り過ぎだ。有り体に言えばオレはおまえほど頭の血の巡りが良くはない……流れてもないしな。」

 

 しかし言われたデミウルゴスは、(あるじ)の思い切った告白を冗談か何かだと受け取ったようで、

 

「御冗談を、アインズ様。

 ド・クロサマー王国の名を出せば、おそらくアインズ様が『それってオレのこと?』とお尋ねになり、その上で過去に何度同じことをお尋ねになられたかについてもお尋ねになるだろう、と予測しておりましたので、即答できるよう前以て調べておりましただけのことで御座います。」

 

と、極めて異常なことをさも当然のように復命する。

 

 そんなことまで予測できるのなら……オレ、ここに要らなくないか?

 

 などと例によってペカりながらアインズが考え込んでいる間にもデミウルゴスの説明は続いた。

 

 ド・クロサマー王国は百年ほど前、ナザリック地下大墳墓がこちらの世界へ転移した直後にアインズが救った二人の少女と、彼女らに与えた魔法の品(マジックアイテム)に端を発した国家であり、未だその規模は村落の範疇こそ超えてはいないものの、人間と複数種の亜人が対等な関係を結びつつトブの大森林南端を含む領域を実効支配し続けており、他の人間国家からは警戒されつつも距離を置いて扱われてきたものだ。

 アインズがモモンガの名を捨ててアインズ・ウール・ゴウンを名乗るようになったのはこの少女たちとの出会いの直後であり、その真意までは(おもんぱか)ることは(かな)わぬものの、そこには重々なる意義があるもの、とデミウルゴスは理解している。

 その証拠に、ド・クロサマー王国がこの百年間良かれ悪かれ他の人間国家の耳目を引き続けたことにより、地理的にはほぼ隣接していると言って良いナザリック地下大墳墓の存在は、定期的にアインズとマーレによって施される欺瞞工作の効果もあって、稀に迷い込む旅人が番犬(シャルティア)の手にかかって不帰路(ふきじ)につくことを除けば人間たちに未だ認知されていない。

 これが我らが至高の(あるじ)、アインズ・ウール・ゴウンの深慮遠謀の為せる(わざ)でなくて何であろうか!

 

 と、両手を左右に大きく広げ感極まった様子で語るデミウルゴスに、アインズは再び神々しき緑の光を放たざるを得ない。百年経っても、慣れないものは慣れないものだ。

 

「アインズ様におかれては既にご記憶でない、とは存じますが、アインズ様はその尊き御名(みな)を子孫へ語り継ぐことを建国の少女たちにお許しになりました。彼女らの子孫、すなわち名目上のド・クロサマー王国の王家であるエモットなる家系が、今なお御名を語り継いでおる由に御座います。」

 

 デミウルゴスの調査によれば、旧カルネ村がド・クロサマー王国を僭称するようになったのはバハルス帝国がリ・エスティーゼ王国を崩壊させた七十年ほど前からで、デミウルゴスの考えるところ、帝国の攻勢が自分たちにも()りかかるかも知れないという危機感が、体裁だけでも国を名乗る決断を彼女たちに強いたのだろう、とのことだ。

 一方、それはあくまでも体裁のみのことで、外部にはあまり知られていないようではあるが同国の運営実態は未だ村落共同体の域を出ておらず、エモット家も人間、亜人の統合の象徴、実質的には村長あるいは村の相談役、といった位置づけであるらしい。

 だが、当初小鬼(ゴブリン)人食い鬼(オーガ)のみから成っていた亜人勢へ、トブの大森林にかつてから暮らしていた妖巨人(トロール)蜥蜴人(リザードマン)蛇人(ナーガ)巨大絹毛鼠(ギガントハムスター)などが続々と傘下に加わった結果、対外膨張を目論む気配こそないものの、仮に戦乱となればバハルス帝国数個軍団と差しで渡り合える戦力は十二分に保持しており、むしろそれを管理するに見合う国家機構が未整備なままであることを思えば、他の人間国家から見ればさぞや不気味な存在であろう、とデミウルゴスは愉快げに笑う。

 

「その王国が、近頃、一般国民の間では<髑髏(どくろ)様>の名で親しまれているかつてのアインズ様、の再臨を受けたと噂になっております。」

 

「……ほぅ?」

 

 ここに至ってようやくアインズは関心を惹かれた。少なくとも自分自身は長く同地を訪れたことはない……はずだから、それがアインズの偽者だ、と言われれば確かにそうかも知れない。

 

「もっとも、百年はエモット家にとっても随分と長い時間であったようで御名が伝わるうちに誤謬が加わり、数年前の調査では<アリンス・ウール・ゴーン>に変化してしまっていることが確認されております。」

 

 俄に他の下僕(しもべ)たちから「なんと不敬な!」「許すまじ!」「殲滅あって然るべき!」と荒々しい声が異口同音に挙がる。

 

 一方のアインズは、逆に急速に関心が()めるのを感じていた。

 

「……オレじゃない。」

 

「はっ?」

 

「いや……それ、もうオレじゃないだろ?

 シャルティアが怒るならともかく。」

 

 何を思ってか、名を出されたシャルティアは嬉しそうに頬を赤らめており、アルベドとアウラがそこに苦々しい視線を向けている。その様子を余所に、アインズはしばし考え込んだ。

 

 ナザリックの記憶はその大半を、デミウルゴスが生真面目に物し続けている日記とシズの検索能力に依っている。そこには、自分たちが何をして来たのかが記録されてはいるものの、下僕たちに諮って決した場合を除き、そのときのアインズが何を思って決を下したか、は含まれていないのが常だ。

 ド・クロサマー王国の創業に限って言えば、発端が二人の少女を救ったことであることから、自分の中に住まうペロロンチーノの気まぐれか、やまいこ、あるいは死獣天朱雀の教育者としての思いであることは……実際には自然愛好家ブループラネットのそれなのだが……想像はつく。

 

 だが、そのアインズの思いと、受け取った側の少女たちのそれとは別物であるはずだ。

 

 以降、王国がナザリックと没交渉であったことを思えば、彼女たちが一時(いっとき)の僥倖に感謝したことはあったとしても、自主独立の道を選んで進んだことは明らかで、ましてや世代交代を経て百年も経った今となっては、その思いはアインズのそれとは別物であって当然だ。

 彼女たちは、ド・クロサマー、あるいは髑髏様、あるいはアリンス・ウール・ゴーンの名に、何らかの自身の理想を託して語り継いで来たものだろうが、それがアインズの当初の思いと異なっていたとして、そこに口出す権利や義務があるだろうか。その、もはやアインズとは無関係と言って差し支えない名が示す座に、他の何者かが収まったからと言ってどうだというのか。

 

 自分はこの世界の所有者でも守護者でもなく、ただただナザリック地下大墳墓の主人なのであって、それ以外については背負い込むつもりは毛頭ないのだから、下僕たちが「アインズ様の偽者だ!」と色めき立つ気持ちはわからないではないものの、そもそもこの話は自分には無関係なこととしか思えない。

 

「……デミウルゴス、たとえば、だが。」

「はっ!」

 

「たとえば……そうだな。

 たまたま、だ。たまたま、この世界のどこかに、アイン・ズウー・ルゴウンと名乗る、人間でも亜人でも、まぁ、何でもいいんだが、そういうやつが現れたとしようじゃないか。」

 

「はぁ?」

 

「おまえはソイツをどうこうしようと思うか?」

 

 問われたデミウルゴスはしばしそのまま考え込んでいたが、たちまちにニヤリと口元に怪しげな笑みを浮かべ、

 

「なるほど……そういうことで御座いますね、アインズ様!」

 

と、どうにもアインズの意図とは異なる方向を向いているような気がしないでもないが、とまれ何か納得した様子。

 

「他の(みな)にも言っておく。

 このアインズ・ウール・ゴウンは、ナザリックのアインズ・ウール・ゴウンであって、他の何者のためにあるものでもない。この世界の住民をオレが狩ることがあったとしても、それはオレが狩りたいから狩るのであって、この世界の住民のために狩るわけでは決してない。」

 

「おぉ!」と下僕たちは居住まいを正す。

 

「アインズ・ウール・ゴウンの偽者などありえない話だ。なぜなら、おまえたちがオレと偽者を見誤ることなどないからだ。この世界の住民が、誰かをオレだと勘違いしたからといって、そんなことにオレたちが手を取られる理由はないし、むしろそれを逆手に取られて何かを仕掛けられることの方が害があるだろう。」

 

 ふと気になってアルベドに視線を向けると、いつものように涼しげながらも愛情を湛えた金色の瞳で優しくアインズを見つめている。アルベドがこの発言に違和感を覚えていないのであれば、方向性としては間違ってはいないはずだ、とアインズは確信する。

 

「そういうわけだから、この話はここまでとする。」

 

「「ははっ!アインズ・ウール・ゴウン様万歳!

  死の支配者(オーバーロード)に栄光あれ!」」

 

 はぁ、これで面倒事に巻き込まれずに済んだ、とアインズは一息ついた。

 

 が、もちろんそんなわけはないのである。

 





<次回予告>

 あの人やこの人までも!
 ここに至る百年間に何があったのか、次々と明かされる驚きの過去。そして混血武妖巨人(ハーフウォートロール)ガ・ギンは宿命の強敵(とも)と邂逅を果たす。

「ココハ私ニ任セテモラオウ。」

 憶断のオーバーロード第3話『ド・クロサマー王国へ集え』

 ギンの戦槌(ウォーハンマー)が、妖巨人(トロール)の剣をガキン、と払って火花を散らす。


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