憶断のオーバーロード   作:wash I/O

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第4話 ナザリック地下大墳墓急襲さる

「で、どちらが髑髏(どくろ)様なのかしら?」

 

 自ら斬り倒した壁の上に立つ黒衣長身の女は、愉快げにそう言った。

 

「まぁ、見ればわかるよね。」

 

 キーノもデイバーノックも共に無闇に長い生涯を過ごしてきた存在ではあるが、その彼らをしてもまったく覚えのない強者の気配と、それにも増して事も無げな軽口に、たちまちに身動きを取ることが叶わない。

 

 否、キーノは、ツアーやアインズ、シャルティアに比べれば……と思わないでもなかったが、それはそもそも比べる相手が間違っている。こんな閑村に現れる存在としては破格も破格であることは疑いないだろう。

 

 女は戦鎌(ウォーサイス)をぶんっとデイバーノックの鼻先に振り下ろした。

 

「<プレイヤー>様と聞いて期待していたのだけれど、大したことはないのね。」

 

 言っていることの意味はまったく理解できないが、そのあまりに横柄な態度はデイバーノックを苛立たせた。確かにこいつは強い。それは認めなくもない。が、さりとて突然現れた相手にそんな物言いをされる()われはない。

 

「……では、試してみるか?」

「よせ!」

 

 キーノは思わずデイバーノックを()めようと声を挙げたが、デイバーノックは既に<無詠唱化(サイレント)>で魔法を発動させていた。間髪置かず女の戦鎌がデイバーノックを薙ぎ払おうとするが、刃はその体を捉えることはなくデイバーノックの姿が霧のように散っていく。

 

幽体化(ミストライズ)?」

 

 必殺の一撃を無効化されてなお女は愉快げに笑った。キーノはその(さま)に恐怖を覚え、対峙する二人から距離を取るべく後退(あとずさ)る。

 

 女は開口一番「お迎えにあがった」と言わなかったか。であるのに、敢えて戦おうとする意図がわからない。そして、目的の如何(いかん)に関わらず、戦いそのものに魅入られている者ほど厄介な者はいない。

 彼女もまたデイバーノックをアリンス・ウール・ゴーン、すなわちかの傲岸不遜な骸骨アインズ・ウール・ゴウンと勘違いしているのは明らかだが、これで仕掛けた相手がまかり間違えて本物のアインズだったら、いったい全体どうなっていたことか。

 

「容赦はせんぞ。

 <魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)>!」

 

 続けてのデイバーノックの魔法強化(エンハンスメント)の詠唱にキーノは息を呑む。戦いに魅入られているという点ではデイバーノックも同じ穴の(むじな)。キーノも達成していない魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)を成し遂げた、というのははったり(ブラフ)ではなかったか!

 

「<火球(ファイアボール)>!」

 

 透けたデイバーノックの体から立て続けに三発の火球が放たれる。

 あの女とてこの至近距離では回避は叶うまい。

 

 と言うか……私だって(ただ)では済まないじゃないか!

 

 次の瞬間、閃光と爆風にキーノの体は木の葉のように宙を舞った。デイバーノックの潜んでいた家屋が爆散するのを視界の片隅に認めつつ、慌てて<損傷移行(トランスロケーション・ダメージ)>で自身の被害を最小に(とど)め、合わせて<飛行(フライ)>で空中に位置を取る。

 

「<星幽界の研ぎ(アストラル・シャーペン)>。」

 

 轟爆の中から、あの女の<武器強化(エンチャント)>魔法の詠唱がはっきりと聞こえた。声の方向へ視線を向けてみれば、流石に纏っていた黒い外套は吹き飛ばされたと見え、隠されていた女の顔が(あら)わになっている。

 

 白と黒の二色(ツートーン)の長髪。

 流れる髪から垣間見える森妖精(エルフ)の長耳。

 左右で異なる瞳の色(オッドアイ)

 

 そして、再び振り上げられた戦鎌は、<武器強化>の魔力を受けて妖しく青白色の輝きを放っている。

 

 これは……デイバーノックはヤられるな。

 

 果たせるかな、再び女が横薙ぎに鎌を振えば、ぐわっ、と叫ぶデイバーノックの声がしたかと思うと実体化したその体が爆散した家屋の残骸の上にどさっと落ちた。通常の物理的な攻撃を無効化する<幽体化(ミストライズ)>を、更に突破する魔法で迎撃したのは明らかだ。

 

 続いて女が、まだ立ち上がることの出来ないデイバーノックの傍らに歩み寄り、侮りの声を投げかける。

 

「本当にあなたはプレイヤー様なのかしら?」

 

 だが、瓦礫に埋もれたデイバーノックがその言葉に応じるよりも前に、女の背後から(おぞ)ましくも気高い雄叫び声がかかった。

 

「「(むら)デノ()勝手(かって)(ゆる)サン!」」

 

 上空にあるキーノが声の方向に目をやると、そこには二人の堂々たる妖巨人(トロール)の姿。

 

 一方は剣と呼ぶにはあまりに分厚い両手剣(バスタードソード)を軽々と片手で扱う!

 もう一方は、かつての彼女の仲間、ガガーランが愛用したのと同じ戦槌(ウォーハンマー)を、やはり軽々と片手で振り翳す!

 

 状況を俯瞰しながら、キーノは軽いパニックに陥っていた。

 

 シャルティアに突如投げ込まれた何処だか皆目見当もつかない村。

 言われるままに不死者(アンデッド)を訪ねてみれば、かつてリ・エスティーゼ王国の裏社会を牛耳っていた犯罪組織<八本指>の用心棒だったデイバーノック。

 それを突然連れ去ろうとした破格の強さを誇る森妖精(エルフ)

 そしてその前に立ちはだかる二人の妖巨人(トロール)

 

 いったい何がどうなっているんだ!

 

 デイバーノックを守ってやる義理なぞないのは明らかだが、さりとて村で問答無用に暴れまわる森妖精をこのまま放置してよいものか。事実、妖巨人はそれが許せない様子だが、一見して人間の村であるここを、妖巨人たちが敢えてあの化け物女に立ち向かってまで守ろうとする動機がわからない。

 

 嗚呼、ここでも私は()()()()()()()()()()を迷うのか!

 

 まともに当たれば妖巨人には力量的に勝ち目がないように見えるが、存外二人は息が合っていて構えに隙がないばかりか、妙に不規則な読み難い動きが混じっていて……まさか酔っ払っているわけでもあるまいに……さしもの森妖精も焦った仕掛けはせずにじっくり攻撃の機会を伺っているようだ。

 

 そのとき。

 

 キーノは、視野の片隅に建物の影から妖巨人を背後から狙う複数の魔法詠唱者(マジックキャスター)があるのを捉えた。装束から察するに、ここしばらく鳴りを潜めていたスレイン法国の特殊部隊、六色聖典のいずれかだが、とすれば、この森妖精もその筋の者か?

 

 法国にも義理はないが、一方で連中が狂信者でありつつも理由なく暴力を振るう(たぐい)(やから)ではないこともキーノは承知している。彼らの行動の合理非合理を判じる資格が果たして自分にあるだろうか。ひょっとすると対峙するこの二人の妖巨人が凶状持ちのお尋ね者で、連中はそれを捕縛せんとしていることだってあり得るじゃないか。

 

 とキーノが意を決せずにいるうちに、妖巨人の背後にさらに三人の人間が飛び込むように姿を現した。

 

 一人は神官戦士(パラディン)だろうか。素早く<対魔法障壁(アンチ・マジック・シールド)>を展開し、まさに森妖精と対峙する妖巨人の背中を狙って放たれた初弾を見事に防いだ。

 残る二人は、まるで自身のかつての仲間であったティア、ティナ同様に双子に見える忍者だ。神官戦士の左右を的確に固め、素早く苦無(くない)を放って魔法詠唱者の次の動きを阻んでいる。

 

 キーノの脳裏を稲妻が走る!

 

 百年、忘れていたこの感覚……

 この間合いに阿吽の呼吸!

 

 まるで<(あお)薔薇(ばら)>の生まれ変わりじゃないか、この連中は!

 

 理由も理屈も要らない。

 私が守るべきはこいつらだ!

 

 ……だが、どうやって?

 

 自分の力量を以てしても、あの森妖精を()めるのは叶うまい。

 さりとて、今、手を打たねば遅かれ早かれ少なくとも妖巨人の一方が首無し死体になるのは必定だ。それはとりもなおさず<蒼の薔薇>を想起させた神官戦士と双子忍者の敗北を意味する。

 

 どうする!

 

 待てよ……アレを使えば……

 ……できるか?

 

 さらに事態をややこしくしそうな気がしないでもないが……

 今、出来る最善はそれしかない!

 

 遂に意を決したキーノは、シャルティアから託された淡く光る玉を森妖精に投げつけた。

 

「児戯ね。」

 

 それまでキーノを伺う様子すら見せていなかった森妖精ではあるが、そう言い捨てると戦鎌の刃先は妖巨人に向けたまま、容易く反対側の()で飛来した玉を(はじ)き割った。

 

 途端!

 

 丁度光る玉が割れ砕けた辺りを中心に禍々しい気配を発しながら<転移門(ゲート)>が開くや、そこから伸び出た白い手が森妖精の首根っこをむんずと捉えて漆黒の闇の中へと引き摺り込み……消えた。

 

 沈黙。

 

 そして……

 

「……馬鹿だ、馬鹿だ、とは思っていたが、まさかシャルティアがここまで馬鹿だったとは。」

 

 キーノは深い、安堵とも(あき)れともつかぬ溜息をついた。

 

 

                    *

 

 

 ナザリック地下大墳墓第二階層の石造りの廊下を、女の首根っこを掴んだシャルティアがバタバタと駆ける。キーノの私室の扉を開くや、ぽい、と女を投げ入れ、

 

「ちょっと別件で忙しいので話は後で聞くでありんす!」

 

と言い残し、またもバタバタと駆け去って行った。

 

「……何が起こったの?」

 

 見覚えのない玄室に独り残されたスレイン法国漆黒聖典番外席次は、我が身に突如起こったわけのわからない事態に困惑している。

 

 何者かに首根っこを掴まれ、引き摺られるままに<転移門(ゲート)>を潜り、この部屋に放り込まれたこと、まではもちろんわかっている。

 

 わからないのは……当世最強と自他ともに認めるこの絶死絶命が何ら抗う(すべ)なくそうなったこと。

 

「ここ、何処?」

 

「おや、貴女(あなた)はキーノではありませんな。」

 

 思わず漏らした声に応じるように、何処からともなく気品を備えた男性の声がかかった。

 

「何者?」

 

 番外席次はただ声色のみから大した相手ではない、と判断して得物の刃先は床に向かって下げたまま問うた。

 

 一方、問われた側の紳士的、とすら言ってよかった柔らかな声色は、じわじわと冷たくも静かな(いか)りに満ちた恐ろしげな何かへと変貌していく。

 

「それはこちらの台詞ですぞ。

 我らが居城への不法な侵入者には然るべく対処せざるを得ませんな、お覚悟を。」

 

 番外席次は、直前の謎体験を棚上げして私に何か出来る者などこの世にいるものか、と内心嘯いたが、次の瞬間自身の認識の甘さを呪いつつ悲鳴を上げる羽目になった。

 

 突如、無数のゴキブリが波のように彼女に向かって飛びかかって来たからだ!

 

 

 

最大警戒(フェイタルアラーム)

 第二階層に侵入者、(かず)1、魔法戦士、推定レベル80乃至90、脅威度中。

 恐怖公とその眷属が初動迎撃中。)

 

「はぁ……?」

 

 アインズは思わず口をパカリと開けて漏らした。

 

「……侵入経路は?」

 

 ニグレドの復命は意味明瞭かつ意味不明なものだった。

 

(直前にシャルティアの<転移門(ゲート)>発動を確認しましたので、それかと。)

 

 (なん)じゃそりゃ!

 

 ナザリック地下大墳墓が直接敵の急襲を受ける事態については種々模擬演習(シミュレーション)を行っては来たが、これは……起こってしまえばいかにもありそうだが、さりとて実際に起こることを想定はしていなかった形態(パターン)だな、とアインズは(わら)う。

 

「シャルティアは今どこに?」

(ナザリック内にはおりません。最後の転移の方角から、デミウルゴスの下知の(もと)、アウラとマーレの支援中かと。)

 

 うーむ、正直頭が痛い。

 

「コキュートスに第三階層まで上がって要撃の準備をさせろ。

 シャルティアは状況が許せば第二階層へ即時帰投。

 あとは……そうだな。パンドラズ・アクターに、玉座の間にいるデミウルゴスとナーベラルを十分後に第二階層に連れて来るよう伝えてくれ。」

了解(コピー)。)

 

「迎撃にはオレとアルベドで当たる。

 ニグレド、的確な警告(アラーム)に感謝するぞ。」

(恐れ入ります、どうぞご武運を。)

 

 さて、打てる手は打った。

 

 後はどうやって現状を脱出するか、だが、記憶にはないがこれから何をすべきかわかっている、ということは、多分以前にも同じことをやってうまくいっているはずだ。そして、これを()()()()()()()()()もそれに期待していることだろう。

 

 であれば、期待には応えねばならん!

 

「<伝言(メッセージ)>。

 

 起きろ!アルベドォッ!

 

 

 

 番外席次はひたすらゴキブリの(うず)から逃げていた。

 

 無論、一匹ずつは彼女の力からすれば屁でもない相手でしかないが、如何せん数が多過ぎる。それは最早虫の群れ、ではなく、黒い濁流として視覚されていた。十匹も仕留めている間に体に取り付かれるのは確実で、そんな事態は考えたくもない。

 ここが何処の地下迷宮(ダンジョン)であるかは未だ判然としないが、ともかく一旦外へ出ることだ。広い場所に出てしまいさえすれば、(あと)は何とでもなる。

 

 だが。

 

 番外席次は長く続く通路の先に、<転移門(ゲート)>すら使わず突如姿を現した二人の影に()()くその足を止めた。とてつもない強者であることがすぐにわかったからだ。背後からゴキブリに呑み込まれることを覚悟の上で改めて戦鎌(ウォーサイス)を構え直す。

 

 対するところの、情事にひとしきり満足していつものように愛する(あるじ)を身動き一つ許さぬ怪力で抱きしめたまますやすやと眠るアルベドを、脳直撃の<伝言(メッセージ)>目覚まし通話(モーニングコール)で叩き起こし彼女を伴って取り急ぎ転移してきたアインズは、まず侵入者ではなくアルベドの表情にちらりと目をやった。

 さきほどまでの痴態はどこへやら、敵を目前にしていることから冷静さを失わぬよう努めていることはわかる。わかるのだが、常の彼女に比してやや大きく開き気味の瞬き一つしない瞼、その奥の金の瞳もまた凍りついたかの如くブレ一つしないことが、侵入者の背後に迫るゴキブリの山にドン()きしていることを雄弁に語っていたので、こちらに手を打つのが先決と判断する。

 

「恐怖公とその眷属たちよ、ご苦労だった。

 (あと)はオレが引き受けるから一旦下がってよい!」

 

 アインズが両の手を挙げてそう呼びかけると、ゴキブリの波は番外席次の背後僅か数十センチ、のところでピタリと止まった。

 

 白黒二色(ツートーン)の流れる長髪の隙間から、冷たい汗がすーっと落ちる。

 

「「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!」」

「「ご尊顔を拝し恐悦至極!」」

「「死の支配者(オーバーロード)に栄光あれ!」」

「「殺虫魔法断固反対!」」

「「我らにもお狩りになった遺体のお裾分けを!」」

 

 恐怖公の眷属たちが、口々にわーわー言いながら去っていくのを眺めつつ、アインズは自身に戦意のかけらも沸かないことに呆れていた。

 

 この緊迫感をまったく欠く緊迫の状況……何とかならんもんか?

 

 一方の番外席次は、背後のゴキブリの気配が消え去るのを悟って、ようやく冷静な判断能力を取り戻し、改めて前方に現れた相手の姿を観察する。

 

 こちらに近いのは女。純白の装束(ドレス)に身を包んでいてその容姿は絶世の美女と言っていい。頭上(ずじょう)(つの)と腰から生えた翼が飾りでないのであれば人間ではあるまい。

 

 そしてその奥に控えるは、金糸銀糸をあしらった豪奢な漆黒の上衣(ローブ)を纏った……骸骨!

 

「あなたが本物の髑髏(どくろ)様ね。」

 

「はっ?」

 

 知らんがな。というか、今日はやたらとドクロサマーが話題に(のぼ)る日だな。

 

「お迎えにあがったの。同道いただけるかしら。」

 

「おまえ、馬鹿なのか?」

 

 行動と態度と発した言葉のあまりの乖離に、思わずアインズは率直な感想を口にしたが、刹那、番外席次が一息に戦鎌を横薙ぎに振るいつつ一直線に踏み込んで来た。

 

 が。

 

 その渾身の一撃は、アルベドがいつのまにやら取り出した得物の<三日月斧(バルディッシュ)>で難なく弾き返される。

 涼やかな金色の猫の目は余裕を浮かべてすらいるが、刹那、番外席次のやや後方に<転移門(ゲート)>が開き、そこから姿を現したシャルティアがアルベドの瞳に映り込んだ。

 

 その身に纏う中華服(チャイナドレス)は、最早法国で実物を見知る者は他ならぬ番外席次以外にはいなくなった失われた至宝<傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)>!

 利き腕に収まるは、一見して尋常ならざる武器であることがわかる<吸血槍(スポイトランス)>!

 

 そして、アルベドの背後にあって、番外席次に対しては警戒する様子すら伺わせない死の支配者(オーバーロード)

 

 三者三様いずれ劣らぬ比類なき強者の気配(オーラ)に、流石の番外席次も進退窮まったことを悟った。

 法国、どころかこの大陸にあっては向かうところ敵なしの自身を、圧倒するような敵に相見(あいまみ)えてみたい、干戈を交え、叶うものならば()()()()()()()()、とは常日頃から乞い願ってきたところであり、<プレイヤー>を法国にお招きせよ、と命じられた今回の任務に密かに心を踊らせた理由でもある。

 さりとて、これほど格の差を感じる相手が、しかも同時に三人も現れようとはまったく思いもよらなかったことで、今この瞬間も目前の想像の埒外の存在たちの実在を俄に信じることが出来ない。

 

 戦って討ち死にするも一興。

 だが……長く夢見つつ(いま)だ実現できていない希望もある。

 

 ここは不本意ながら降伏の一手か。

 

 だがしかし、素直に(くだ)っていればよいものを、いささか向こう見ずで勝ち気な番外席次は、言わずともよい余計な一言を口にした……してしまった!

 

「……<プレイヤー>様ともあろうお方が、女の影に隠れるのね。」

 

「あ!……ご愁傷様。」

 

 この後何が起こるかを察知したアインズはそう呟いたが、果たせるかな憤怒の表情のアルベドとシャルティアに番外席次がボコられる(さま)は、最早アインズを以てしても()めることが出来ない見るも無惨に苛烈なものとなったのである。

 

 

                    *

 

 

(なん)……ダッタンダ?」

 

 決死の覚悟で立ち向かった難敵が突如として姿を消し、緊張の糸が途切れたギンは大きく息を吐いた。

 

 即席の相方(バディ)となったゲも同様だったようで、すぐ隣で、ほぼ同じ調子で深く息が吐かれ、どちらともなくそのことに気がついて、互いに肩を叩き合いながらガハハハと笑った。

 

 ふと、リキウスたちのことが気になり、守ってくれていたであろう背後に視線を向けると、クゥイア、クゥイナと共にスレイン法国の者と思われる隠密装束姿の魔法詠唱者(マジックキャスター)一名を縛り上げているのが見えた。ひとまず事情はアレから訊けるだろう。

 

 リ・ロベルの<千里眼>使いのユグドラシルNPC……もっとも<朱の薔薇>の面々は未だその正体を知る由もないのではあるが……トマス・リーマンから即時撤退を勧める<伝言(メッセージ)>を受けた直後、リキウスはゲを含む(みな)にその内容を真正直(ましょうじき)に伝えた上で、トマスの助言はもっともだと思うがそれでも俺はこの村を守るべく行動したい、と賛同を求めた。

 

 もちろん、誰も異を唱えるはずはない、と思っていたし、実際誰も異を唱えることなどなかった。

 

 とまれ、トマスの話を素直に信じれば、異変は北に十分歩いたところで起きるはずだと睨んで身支度を整え、駆け出してしばらくすると進行方向から数件先の家屋が三連続の大爆発を起こして吹き飛んだ。駆けつけてみれば犯人と思しき白黒頭の女が独り佇んでいる。しかも、ギンもゲも、一目見るだけで「コレハ……()目無(めな)シ?」とドン()きするほどヤバそうな相手だ。

 さりとて、ゲは当然として、ギンも逃げ出す選択肢などまったくなく、むしろ、初めて得た妖巨人(トロール)の友と共にここで戦死するもこれまた()()()()()()ではなかろうか、とまで思い詰めて得物を構えたのであるが、白黒女は突然中空に生じた黒い穴から伸びて来た白い手に、引き込まれて消えてしまった。

 

 とにかくすべてが一瞬のことであったし、二人共少なからず酒が残っていたので、

 

 ワケガワカラナイ……

 

が、正直な感想だった。リキウスたちが捕らえたスレイン法国の特殊部隊員から少しでも事情が聞き出せれば重畳といったところだろう。

 

()マンガ()ヨ、()(つづ)天幕(テント)拝借(はいしゃく)シテ(かま)ワナイカ?」

 

水臭(みずくさ)(こと)()ウナ、兄弟(きょうだい)!」

 

 再びゲの大きな手がばちん、とギンの肩を叩く。

 

「……兄弟?」

 

()(にが)シタトハ()エ、一時(いっとき)()ヲモ覚悟(かくご)シタ相手(あいて)ニ、(とも)()()カッタ(なか)デハナイカ。

 俺ト貴様ハ最早(もはや)兄弟(きょうだい)不服(ふふく)カ?」

 

とゲがニヤリと(わら)ったので、ギンは拳骨をつくってゲの大きな団子鼻の先をツンと突いた。

 

「おまえたち、大丈夫だったか?」

 

 そんな二人に上空から声がかかったのはまさにそのときだった。

 二人がその声に応じる前に、

 

「おまえがオレの身を案じてくれるとは……」

 

と瓦礫の中からうめき声が聞こえたが、それに対しキーノは、

 

「おまえなんぞ知るか!」

 

一言(ひとこと)で切って捨てた。

 

 対してギンは、何処か懐かしさを感じるその声色にそちらへと視線を返したが、直後絶句した。

 

「ドウシタ、兄弟?」

 

 ゲも中空に浮かんだ不死者(アンデッド)の気配を放つ魔法詠唱者(マジックキャスター)には既に気づいていて、こうして声をかけてくるからには敵ではないのだろう、程度に考えていたのだが、ギンがその魔法詠唱者を見たまま体を硬直させているので、ひょっとしてさっきの白黒女よりもさらにヤバい相手なのか?と自身も再び体に緊張を走らせた。

 

 が。

 

 ようやく発せられたギンの言葉で拍子抜けとなる。

 

邪眼(イビルアイ)小母(おば)サン……何故此処(なぜここ)ニ?」

 

 ……小母(おば)サン?

 

 このちっこい女の子が……小母(おば)サン?

 

 ゲは大きな頭をこれでもか、と傾げた。

 

 言われたキーノも混乱している。

 

 ……小母(おば)さん?

 

 この可愛らしい私が……よりによって、小母(おば)さん?

 

 しかし、イビルアイの名を知っているとは……

 

 まさか!

 

「おまえ、ガガーリンか?」

 

「ソウダヨ、邪眼(イビルアイ)小母(おば)サン!」

 

 問われたギンは、懐かしさのあまり口調が子供時分に帰っている。

 

(なん)ダ……ガガーリン、トイウノハ?」

 

 妖巨人(トロール)の伝統に従って短い名を至上とするゲが横から茶化したが、

 

「ハハハッ、(わら)ッテクレルナ兄弟(きょうだい)ヨ!

 (はは)()ハ、ガガーラン、ト()ッテナ。(はは)ガ私ニ(あた)エテクレタ()ガ、ガガーリン。(ちち)(あた)エテクレタ()ガ、()、ナノダ。」

 

 ギンはそれを笑い話として流した。

 よもやそんなこととは、と、ゲは申し訳無さそうに頭を掻きながら、

 

「イヤ、ソレハ失敬(しっけい)シタ。

 ウム、ガガーリン……モ(わる)クハナイ、(つよ)()ダ!」

 

と埋め合わせた。

 

「イヤ(かま)ワン。ダガ、私ノコトハ()()ンデクレ、兄弟(きょうだい)!」

 

 ここではっきりと言っておかねば、双子忍者の二の舞いだ。

 

「こいつ、スレイン法国の風花(ふうか)聖典だと名乗ってるが。」

 

 ギンたちを背後から狙っていた魔法詠唱者(マジックキャスター)の一人をふん縛ったリキウスが、双子忍者と共に引き連れて合流してきた。他の五人は既に逃げ散り、リキウスたちも無理に追いはしなかった。

 

 キーノが口を挟む。

 

「無理に聞き出そうとするなよ、自害されるぞ。」

 

 だが、これに対しては風花聖典を名乗る男から反論があった。

 

「それはもう百年も前に廃れた野蛮な慣習で、今は作戦失敗時には投降が認められている。」

 

 そうなのか?

 スレイン法国もえらく軟化したものだな、とキーノは感心する。

 

「で、ギンさん……こちらは?」

 

 キーノの存在に気づいたリキウスが、どうやら既に事情を承知しているように見えるギンに声をかけた。見たところ随分と可愛らしい女の子だが、この修羅場で行き合う相手が見た目のままの存在であろうはずもない。

 

 そして、返ってきた言葉に皆が驚愕することになる。

 

「私ガ子供(こども)時分(じぶん)大好(だいす)キダッタ邪眼(イビルアイ)小母(おば)サンダ。」

 

「イビルアイ!」

小母(おば)さん!」

「大好き!」

 

 リキウス、クゥイア、クゥイナ、三者三様に驚いた急所は微妙に異なっていた。

 クゥイナが言葉を発したのは、リキウスの知る限りはこれが最初で最後だった。

 

 

                    *

 

 

「……事情を説明してもらおうか。」

 

 本当に毎々度々のことながらトンデモない絵面になっているな、と思いつつアインズは口を開いた。

 

 手頃な部屋がなかったので、第二階層のキーノの私室が即席の取調室になっている。両手を組んでふんぞり返って立つアインズの両脇には、守護者統括アルベドと、追って合流した参謀デミウルゴスに助手のナーベラル・ガンマ。

 

 デミウルゴスとナーベラルを連れてきたパンドラズ・アクターは、アルベドとシャルティアが放つ異様な毒気に当てられてそそくさと退散済みだ。これ以上話が拗れるのを避けたかったので、アインズも無理には引き止めなかった。

 

 そして四人の前で正座させられているのが、ナザリック地下大墳墓への不法侵入の罪を問われている漆黒聖典番外席次……端正な顔は最早痣だらけでアインズですら哀れを感じている……と、同()()を問われているシャルティアだ。

 

「まずシャルティア!

 何の騒ぎなんだ、コレは?」

 

 番外席次をアルベド共々タコ殴りしている間、シャルティアは第二階層の守護者は自分でありその責務を果たしているのだ、という顔をしていたが、自分がボコっている侵入者を連れ込んだのが他ならぬ自分らしい、ということをアインズから指摘され、途端に顔色を失い正座の列に加わったものである。

 

「キーノと……間違えたのでありんす。」

 

「キーノ?

 何だソレは!」

 

 勝手なもので、既にアインズの短期記憶においては自らツアーの元から連れ帰ったキーノ・インベルンに関する情報は、キーノという()がそもそも人名であることすらわからぬほどきれいに押し流され済みである。

 それに気づいたデミウルゴスがナーベラルに何か耳打ちし、ナーベラルは口元を隠して何かごにょごにょする。ややあって今度はナーベラルがデミウルゴスに耳打ちし、そしてデミウルゴスがアインズに耳打ちする。

 

 アインズが、デミウルゴスとナーベラルに遅れて合流するよう命じた理由がこれだ。

 

 デミウルゴスが日記の形で百年と少し、延べ二千五百巻以上記録し続けているこちらの世界に渡って来て以降のナザリックの記憶は、最古図書館(アッシュールバニパル)に控え日記に最適化された索引(インデックス)を加え続けているシズ・デルタに問い合わせることで、たちまちに検索することができる。

 すなわち、デミウルゴスの日記がデータベース層、シズの検索がアプリケーション層、<伝言(メッセージ)>が使えるナーベラルはプレゼンテーション層をそれぞれ担当している、といったところか。

 

「ああ、そういうことか。

 キーノ・インベルン。真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)……だったか?」

 

 デミウルゴスに「アインズ様はツアーのとき同様、個人的なメモをお残しのはず」と言われて所持品(インベントリ)を探ってみると、確かに「キーノ、ツアーの舎弟、生意気な馬鹿」を筆頭にいくらかの書付のある、何の参考にもならないメモが出て来た。後で読もう。

 

「で、どうしてシャルティアがそのキーノとこの白黒(番外席次)を取り違えるんだ?」

 

 アインズはたちまちにキーノの容姿までを思い出すことが出来ないが、今しがたデミウルゴスを通して聞いたキーノはもっと小さいぺったんこな女の子で、こんなスラリと背が高く引き締まった肉体の女戦士であろうはずがない。女以外、共通点がまったくないじゃないか、と。

 

「プルチネッラの新兵器でありんす。」

 

 駄目だ……まったくわけがわからん。

 

 再びデミウルゴス、ナーベラル、最古図書館(アッシュールバニパル)のシズ、と往復する伝言(でんごん)ゲームの末、それがデミウルゴス配下の道化師プルチネッラが最近……と言っても短期記憶から除去(パージ)されるには十分なくらい以前に……開発した、<伝言(メッセージ)>が使えない下僕(しもべ)向けの緊急連絡用装備<お助け玉(レスキューボール)>の話であることをアインズは理解した。

 <お助け玉>は<伝言>の劣化版で、淡く光る硝子玉の形状をしており、割ることで事前に決めた相手に位置情報のみが伝達される魔法の道具(マジックアイテム)だ。緊急脱出(エヴァキュエイト)が想定される作戦において、従来のナーベラル、またはエントマを介した連絡体制では間に合わない局面(ケース)に対応すべく開発されたものである。

 つまり、伝達相手は基本的にシャルティアが設定されており、誰かが<お助け玉>を割ると即座に彼女はその位置情報を知ることが出来る。後はシャルティアがその位置に向かって<転移門(ゲート)>を(ひら)けば、<伝言(メッセージ)>が使えない者であっても緊急脱出が叶う、という寸法だ。

 

「で……どうしてキーノが<お助け玉>を使うことになるんだ?

 と言うか、キーノは今何処に居る?」

 

「アリンス・ウール・ゴーンなる不届き者の正体を探らせるべく送り出したのでありんす。」

 

「……はぁ?

 あの話は終わりにしなかったか!」

 

 少なくともアインズ自身は、アリンス・ウール・ゴーンの名を騙る者がいたとてそれが何事ぞ、と下僕(しもべ)たちに宣じたつもりでいたが、言われた下僕側の受け取り方は様々であったようだ。

 

「アインズ様は、あちきが怒るならともかく、と仰せになったでありんす。じゃによって、あちきが正体を突き止めねばなりんせん、と思ったのでありんすが、間違っておりましたでありんしょうか?」

 

 なるほどそういうことか、とようやくアインズは腑に落ちる。我ながら、慣れから下僕たちへの言葉遣いに油断があったことは否めない。

 

 いや、それくらいわかってくれよ!

 

と思わないでもないのではあるが、相手がシャルティアであれば、それは我儘な期待と言うものだ。そういうことにしておこう。でないとやっとれんわ!

 

 アインズ自身は自分の知恵はデミウルゴスには遠く及ばない、と思い込んでいるが、こうして断片的であれ情報さえ出揃えば……そもそもデミウルゴスに比してアインズに不足しているのは知恵ではなく、足りぬ欠片(ピース)を良かれ悪かれ集め尽くさんとする貪欲さ、であるように思われなくもないのではあるが……至高の四十一人の記憶を引き継ぐその推理能力は伊達ではない。

 

 シャルティアが、アリンス・ウール・ゴーンの正体を探る(せき)を負ったと勘違いしたとして、自身で現地人への接触を堅く禁じられている身なれば、その(ルール)の抜け穴にキーノを使ったことは納得がいくし、むしろそれをシャルティアが自ら考え出したことには驚きを禁じ得ないほどだ。

 並行してアウラ、マーレと何かをやっていた……件のトブの大森林の果樹園が野良妖巨人(トロール)の襲撃を受けたのだとか……シャルティアとしては、キーノの帰路のために<お助け玉>を与えたのも妥当な判断と言えよう。

 そのキーノだが、出先でこの現地人としてはツアーに次ぐと思われる化け物(番外席次)と必然か偶然かはともかく戦闘状態となり、後先考えない行動はいつものことながら、おそらくは周囲の何者かを守らねばならんと追い込まれて、<お助け玉>を使って白黒(番外席次)自身(キーノ)と誤認させれば、シャルティアは相手が誰であるか確認もせずに<転移門(ゲート)>に引き込むに違いないのでひとまず急場を凌げる、と考えての確信犯に間違いあるまい。

 ナザリックの防衛体制(セキュリティ)一穴(いっけつ)を穿たれたことは苛立たしくもあるが、キーノの機転自体は称賛に値するし、本質的にはこういった事態を想定から漏らしていたのはアインズ自身の責任だ。

 加えて、<お助け玉>に戦術上こういう利用方法がある、という気づきはなかなかどうして価値ある発見と言えよう。この一事を以て今回の件は十二分に採算が合う。

 

 さて、問題はこの白黒をどうするか、だが。

 

 殺してしまうのは簡単だが、頭を冷やして考えればこいつはシャルティアとキーノに巻き込まれた被害者でもある。ひとまずは事情を訊き出してから……だよな。

 

「次に……名前がわからんから仮にシロクロ、と呼ぶが。

 シロクロ、おまえは何なんだ?」

 

 問われた本人からしてみれば、わけもわからぬうちに何処(どこ)ぞとも知れぬ地下迷宮に連れ込まれ、一万匹のゴキブリに追い回された挙げ句、腕に覚えがないわけでもあるまいに自身のそれを軽く凌駕する美女二人にボコられた上、骸骨から「おまえは何だ」と問い糾されたらどう答えたものかわからんだろうな、とアインズは哀れに思わないでもなかったが、意外なことにシロクロはさらりと答えた。

 

「私はスレイン法国漆黒聖典所属番外席次。」

 

 訊いておいて何だが……やっぱりわけがわからん。

 

「デミウルゴス!」

「はっ。」

 

 先程から繰り返されるこの冗長なやりとりを番外席次は興味深く観察していたが、どうやら目前の骸骨は何事につけても知識を欠いており、自身のわからぬ言葉が会話に表れる都度、こうして部下に下問して答えを得ているようだと当たりをつける。

 

「ひとつ訊いていい?」

 

「……なんだ?」

 

 番外席次の問いに思わずアインズが応じると、発せられた質問は命知らずにもほどがあるものだった。

 

「あなた、馬鹿なの?」

 

 ……死なずに済むように気をつかってやっているのに、どうして死に急ぐんだ、このシロクロは!

 

「騒々しい、静かにせよ!」

 

 アルベドとシャルティアから再び放たれた壮絶な殺気が頂点に達するよりも前に、アインズはその気勢を削いだ。これでシロクロが瞬殺されることはあるまい。いや、別に死んでも困りはしないが、何が起こっていたのかわからなくなってしまうのだけは真っ平御免だ。

 

「……シロクロよ、馬鹿はおまえの方だ。」

 

 アインズは、敢えて諭すように優しく話しかけた。

 

「おそらく、おまえは自分より強い者に出会ったことがほとんどないのだろう。」

 

 番外席次の目線が微かに泳ぐ。どうやら図星のようだ。

 

「だが、此処に居る誰もが、おまえ(ごと)きは瞬殺できる力を持っている。それがわからぬおまえでもあるまいに、弱気を見せぬその心意気は褒めてやらんでもないが、勇敢さと無謀さを吐き(ちが)えんことだな。」

 

「私は死など恐れない。」

 

 思った以上に幼い馬鹿だな、とアインズは思う。

 

「では……」

 

 アインズは所持品(インベントリ)から手頃な刀剣を取り出し、得物の戦鎌(ウォーサイス)を既に取り上げられて徒手空拳の番外席次の目前に放り投げた。

 

「おまえを傷つけるに十分なデータ量をもった武器をくれてやる。

 死ね。」

 

「……はぁ?」

 

「こちらは別におまえには何の興味もない。何が起こったのか知りたいだけだ。が、説明するつもりもなく死も恐れないと言うのであれば、とっとと死ね。手間が省けて助かる。」

 

「……」

 

「なぜ死なない?」

 

「……」

 

「どうした、死など恐れないんじゃなかったのかぁ?

 さぁ、首を割くも、胸を突くも、(はらわた)を引き摺り出すも自由勝手だ。死んで見せろ!」

 

「口出す無礼をお許し下さい。」

 

とデミウルゴス。

 

 気づいてくれるとは思っていた。

 本来は追い込むのがおまえ(ウルベルト)で宥めるのがオレ(モモンガ)だけどな!

 

 アインズの黙礼を受けてデミウルゴスが話し始める。

 

「さて、お許しがでたので……シロクロ、と言ったかね?」

 

 いや、それはオレが適当に付けた渾名(あだな)でこいつの名前じゃないぞ。

 

「我らが至高の主はご覧の通り見た目は恐ろしい御方だが、同時に広大無辺の慈悲に溢れる御方でもある。(ほしいまま)に屠り恣に救うことの出来るその御方を前にして、キミがまだそのくだらない(せい)を享受し得ているのは、偏にその慈悲を受けているからだ。」

 

 番外席次は黙ったままデミウルゴスを見つめている。

 

「その、筆舌に尽くし難い僥倖を受けているキミがだよ。拾いたくとも拾うこと能わぬ命も多いこの世界で、命を拾われたキミ自身が、自身の命を拾わんとせぬことが、如何ほどに愚かで罪深いことかわかるかね?」

 

 いささか難渋な表現でこの馬鹿が真に理解出来ているか不安に思わないでもないアインズではあったが、流石は我が懐刀(ふところがたな)たるデミウルゴスである、と感心する。と言うか、デミウルゴスはこの場においてもアインズの真名を口にせぬよう気遣ってくれているのに、肝心のアインズ自身は能天気にシャルティアやデミウルゴスの名を口にしてしまっていたな、とペカる。

 

 ま、こいつは馬鹿(ばか)っぽいから大丈夫だろう!

 

 一方の番外席次は遂に心を折られたものか、涙こそ落とさぬものの正座した膝の上に置いた両の手を硬く握り締めたまま言葉を失っていた。

 

「……わかってくれたようで何よりだよ。

 では、素直に我が至高の主のご下問にお答えするように。いいね?」

 

 黙ったまま頷く番外席次を見て、アインズは心の中で「やったねデミ!」とガッツポーズを取った。そして遠からずこの出来事を忘却するアインズには、この能天気な自身の対応を後悔する機会すら与えられないのである。

 





<次回予告>

「死など恐れぬ、と言った言葉に偽りはないな?
 ないんだよなー!」

 パカリと口を開いて楽しげに嗤う骸骨に、シロクロ、キーノ、そしてデイバーノックまでもが己の在り様の変容を迫られる。

 憶断のオーバーロード第5話『銘々の転換点(ターニングポイント)

「もう要らないんだ、多分。」

 呟くキーノの微笑みを見よ!


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