憶断のオーバーロード   作:wash I/O

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第5話 銘々の転換点(ターニングポイント)

「ふぁー?」

 

としかアインズは言えなかった。

 

 件の伝言(でんごん)ゲームで自身とスレイン法国との因縁……百年と少し前、魔樹ザイトルクワエとの決戦に挑む途上にあった漆黒聖典と偶然邂逅し、彼らが所持していた世界級(ワールド)アイテム二点を取り上げたこと、際して漆黒聖典に柄でもないお説教をかましたこと……を改めて把握した後、アインズは番外席次から今回の事の次第を訊き出した。

 

 曰く、番外席次自身は深い関心を(いだ)いてはいないものの、スレイン法国の政治は明らかに行き詰まっており、そこに危機感を抱いた闇の神官長……ツアーとの因縁浅からぬユグドラシルプレイヤー、スルシャーナを至高神と崇める一派であるらしい……は、ド・クロサマー王国に再臨したと噂される髑髏(どくろ)様こそがかつて漆黒聖典に啓示を与えたプレイヤーであるとの確信を(いだ)き、番外席次をして髑髏様をスレイン法国に招くことで現状の打破を図った、ということであるらしい。

 そして、よくよく話を聞いてみれば、現在に至るスレイン法国の混乱状況を引き起こしたのは、突き詰めれば百年前に気まぐれでやったあのお説教なのだ、ということがわからぬほどアインズは無能ではなかった。

 

 たった五人……元は六人だったか?……で人類滅亡の危機と(もく)された魔樹に、よりによって決戦自爆兵器(ロンギヌス)なんぞを手に立ち向かわされた漆黒聖典の境遇に、かつての被酷使(ブラック)会社員としての自身の悲哀を重ね合わせて義憤に駆られたのであろうことは、事の次第をすっかり失念している今のアインズにも理解は出来る。

 一方で、当時もそして今も、アインズが強いてそんな連中の待遇改善など求めようはずもないのではあるが、さりとて、スルシャーナを始めとするユグドラシルプレイヤーを神と崇める彼らが、アインズの何気ない言葉を()に受けて変容を迫られた、という話は言われて見れば腑に落ちた。

 

 そして、まさかあの日のあの出来事が……思えば同じ日に、ツアーとも初めて出会っているのだ!……百年の時を経てこのような形で自身に降り掛かってこようとは。

 

「ふぁー?」

 

 で、思わず口から出たのがこれだ。

 

 背後でデミウルゴスがまたぞろ何か熱心にメモをしているのが気にならないでもないが、今はそんなことはどうでもいい。

 

「……今の話、アルベドはどう考える?」

 

 何となくここまでに至る理路はわかったが、どうにも政治の話となるとピンと来ないアインズは、一家言ありそうなアルベドに助け舟を求めた。

 

「思いますに、その闇の神官長なる人物が求めているものは、御身(おんみ)そのものではなく、御身を自身の(もと)に招くことで得られる権威、で御座いましょう。」

 

とアルベド。いろいろと問題の多い女(ヒドイン)な彼女ではあるが、こういうときは頼り甲斐(がい)があるよなぁ、とアインズは深く感じ入る。

 

「スレイン法国なる国は、自分たちで思っているほど信仰心があるとは思えません。彼らは六大神と呼ばれたプレイヤーたちが身罷ってのち、自分たちの我儘勝手を六大神に仮託して正当化してきたに過ぎないように思います。その列に、我らが至高の(あるじ)たる御身が加わるなど言語道断。この際、超位魔法を以て(くに)ごと殲滅なさるがよろしいかと存じます。」

 

 過剰極まりない結論はともかく、アルベドの言っていることは至極もっともだ。と言うか、アルベドも気遣ってアインズの名を口にしなかったのに、オレはまたアルベドの名を安易に呼んでしまったな、とペカりつつ反省。

 

「……さて、シロクロ。」

 

 既にシロクロはアインズの中では彼女の名として定着しつつある。

 番外席次自身も、そこには取り立てて異議はないようで黙ってアインズの言葉に耳を傾けている。

 

「おまえは……んー、ほにゃほにゃ法国から放たれた一本の矢に過ぎず、その矢と事の是非を論じても(じつ)はない。そうだな?」

 

 うまいこと言おうとしつつも、どうしても馴染めない固有名詞をすっ飛ばして誤魔化すアインズの真意を知ってか知らずか、シロクロは沈黙で是と応えた。

 

「一方で、だ。

 おまえも手ぶらでは帰れまいし、さりとて、オレが乗り込んで説教ぶちかましてやったとしても、それだと同じことの繰り返しだ。」

 

「同じこと?」

 

 番外席次はたちまちにその意が()せぬ様子。

 デミウルゴスがスッと片手を挙げ、私から説明致しましょう、と役を代わる。

 

「いいかねシロクロ。キミたちスレイン法国は、神を(あが)(たてまつ)るかに見えて、実際には神に依存するという不敬を犯しているのだよ。しかもその神、キミたちが六大神と(うやうや)しく呼ぶ連中は六百年もの昔に死んでしまってもういない。キミたちが神の言葉だと思っているのはキミたち自身の言葉であり、結局のところキミたちは、キミたちの好き勝手をおこないながらその責任を自ら負うことなく神に投げつけているだけなのだ。」

 

 返って難しくないか?とアインズは危惧するが、シロクロはこれまでになく熱い視線をデミウルゴスに向けており、何がそうなのかはよくわからないが、ともかく刺さってはいるようだ。

 

「この上、我らが至高の主がキミたちの国を訪れこうした義を説いたとしても、キミたちはその真意を(かい)することが出来ず、またも神の再臨こそが自分たちが正しい何よりの(あか)しだ、と思い上がるのだろうね。」

 

 シロクロが唇を噛んだ。この男の言うことはまったく真理であり、彼女が自身を今世最強と誇りつつもどこかで無力感を覚えていた理由は、まさに今この男が語ったことそのままだ。

 

「そして、我々だよ。」

 

と言葉を切るデミウルゴス。

 

「キミたちが六大神とやらを()にして言葉遊びをしながらゆるやかに滅びていく分には好きにしてくれてもちろん構わない。我々も暇ではないのでね、そんなことに関わってなどいられないのだ。」

 

 いや、十分に暇だけどな。

 

「が、キミたちが我らが至高の主をそこに加えよう、と言うのであれば話は別だ。そんなことを我々が歓迎するなどと、シロクロ、キミは思うかね?」

 

 番外席次が首を振って(いな)と応える。

 

「その通りだ、よくわかっているじゃないか。では、どうなるかね?

 もちろん答えは鏖殺(みなごろし)だ。我々は我らが至高の主に対する不敬を決して許しはしない。キミらと違って、我々の(あるじ)に対する忠誠心(ちゅうせいしん)……これはキミたちの流儀に(なぞら)えて信仰心、と呼んでくれても構わないのだが、それは一点の曇りもない本物……なのだからね。」

 

(もう、おまえがナザリックの主人になってくれよ。)

 

と内心ボヤくアインズであったが、理屈としてはまったく以てデミウルゴスの言う通りだと得心がいった。

 

 問題は、ではどうするか、だ。

 

 そもそも、アインズにはスレイン法国の前途を気にかけてやる理由なぞない。自分はこの世界の所有者でも支配者でも守護者でもないのだから。

 が、このまま捨て置けば遅かれ早かれこの連中は再び同じ騒ぎを起こすだろう。そして元を糺せばそもそもの原因はアインズ自身の気まぐれの説教に帰着するのだから、まったく放置するのもどうかとは思うし、それ以上にこいつらに付き纏われるなんて御免(こうむ)りたい。自覚のない狂信者、というのは、まっことたちの悪い傍迷惑(はためいわく)なものだ。

 

 何か抜本的な解決をもたらす妙案はないものか……。

 

「私としては、なぜキミたちが六大神が死に絶えた時点で、この連中は神などではなかった、と気づかなかったのか理解に苦しむよ。」

 

「それだ!」

 

 愉快げにデミウルゴスが語る言葉の中に光明を見出したアインズは思わず叫んだ。

 そして、シロクロにこう問うたのである。

 

「死など恐れぬ、と言った言葉に偽りはないな?

 ないんだよなー!」

 

 パカリと口を(ひら)いて楽しげに(わら)う骸骨に、シロクロは改めて戦慄を覚えた。

 

 

                    *

 

 

「アズスの玄孫(やしゃご)?」

 

 キーノはギンからリキウスを紹介されて素っ頓狂な声を挙げた。

 

 アズス・アインドラは、キーノが仮面の魔法詠唱者(マジックキャスター)イビルアイとして加入した冒険者集団(チーム)<(あお)薔薇(ばら)>のリーダーであったラキュース・アインドラの叔父にあたり、自身、<蒼の薔薇>に並ぶ金剛(アダマンタイト)級冒険者として勇名を馳せた<(あけ)(しずく)>のリーダーだった人物だ。

 

「アインドラ一門(いちもん)司令塔(リーダー)(もと)メタノハ私ノ(こだわ)リダ。リキウスガ十代ノ(すえ)時分(じぶん)出会(であ)ッテ以来(いらい)十年ト(すこ)シ、(そだ)テノ(おや)(かね)ネツツ(とも)冒険(ぼうけん)ヲシテイル。」

 

「ギンさん、もう親ってことはないだろう?」

 

 リキウスが抗議の声を上げるが「(おや)何時(いつ)マデモ()(あん)ジルモノダ」と言われてしまえば返す言葉もない。

 

「クゥイア、ト、クゥイナ、ハ、リキウスニ出会(であ)(すこ)(まえ)武者修行(むしゃしゅぎょう)(たび)途中(とちゅう)ニ、()ガツケバ私ノ(りょう)(かた)()ッテイテ、ソレ以来(いらい)()()イダ。元来(がんらい)何者(なにもの)デアルカハ、正直(しょうじき)()ラン。」

 

「はぁ?」

 

 なおまして理解不能な双子忍者についての説明に、キーノは驚きを通り越してただただ溜息をついた。あの只ならぬ女傑ガガーランが、只ならぬ相手(ゴ・ギン)を選んで得た只ならぬ息子だけあって、只者ではないことは確かだ。

 

「イビルアイさんには烏滸がましく思われるかも知れませんが、俺たちの源流(ルーツ)を示す名として<(あけ)薔薇(ばら)>を名乗らせてもらってます。事後承諾になりますが、どうぞお許しを。」

 

 もちろんキーノにはそこに異議を申し立てるつもりはないし、むしろその名、それ以上に思いを継いでくれた者たちがいることは喜ばしい限りだ。と思いきや、続けてリキウスが際どいところを無邪気に突いてきた。

 

「しかし、イビルアイさんが吸血鬼(ヴァンパイア)だったとは存じませんでした。昔のリ・エスティーゼ王国は、そういった辺りに融通が利かなかったと思ってたんですが、意外に(ゆる)かったんですかね?」

 

 言われてようやくキーノは<不死者(アンデッド)の気配封じの指輪>を、デイバーノックを訪ねたとき以来外したままだったことに気づいた。信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)であるリキウスは、目ざとくキーノの正体を見抜いたらしい。にしては、怯えも狼狽えもしないのは疑問だが。

 

「そ、そんなわけあるか。コレが答えだ。」

 

と指輪を嵌める。リキウスは「なるほど!」と得心しつつも、

 

「そんなものが必要だったなんて、面倒な時代だったんですね。」

 

とさらりと言い放った。

 

「いや今だって……決して不要ではないだろう?」

 

「だって、ウチにゃギンさんが居るんですよ。」

 

「私ダッテ()(つか)ッテハイルノダゾ。」

 

 ギンは室内にも関わらず掛けたままの日除け眼鏡(サングラス)を跳ね上げた。見れば真っ赤な瞳があって、それが人々を威圧してしまうことを気遣ってのことなのは想像がつく。

 

(むら)(そと)色々(いろいろ)面倒(めんどう)ナンダナ。」

 

 そう言いながら、今やギンの義兄弟となったゲが、二人の人間の女性を伴って天幕(テント)に戻って来た。

 <朱の薔薇>とキーノ、そして、隅の方で見るからに恐ろしげな外見に似合わずどこか申し訳なさそうにしているデイバーノック、縛られたままの風花聖典隊員を自身の住処に残して、彼女らを迎えに()っていたものだ。払暁近くとは言えまだ宵闇のこの時間にも関わらず、思ったよりも戻って来たのは早かった。

 

 血を分けた姉妹だろうか、銘々に随分と漂わせる雰囲気は異なるが顔の造作はよく似た女性で、一方は一見して野伏(レンジャー)とわかる引き締まった肉体の持ち主、もう一方はふわりと柔らかい極普通(ごくふつう)の村娘の(てい)だが瞳だけが意思の強さを伝えてくる人物だ。年の頃はいずれも三十路に入ったか入らないか、だろうか。

 

「皆さんには大変なことに巻き込んでしまったようで。

 村長をしているトゥリア・エモットです。こちらは姉のニモ・エモット。一番大きいのが村一番の戦士、ゲさんです……って、こちらは皆さん既にご存知でしたよね?」

 

 挨拶をしてきたのはふわりと柔らかい(ほう)の女性だった。村長、と名乗ってはいるが、対外的には彼女がド・クロサマー王国四代目女王トゥリア・エモット、ということになるのだろう。

 

「こんな時間にご足労いただき申し訳ありません。」

 

 彼女に対してはやはり王族に対する礼法を用いるべきなのだろうか、と一瞬考えたリキウスだが、そもそも自分にそんな礼法なんて無理じゃないか、と気づいて、常識の範囲で淑女(レディ)に対する最低限の作法は守ろうと決める。

 

 まずは我々の立場を説明させて欲しい、と断ってリキウスは話し始めた。

 

「ゲさんからお聞きになっているかと思いますが、我々は帝国自由都市エ・レエブルに本拠を構える冒険者(ヴェンチャー)で<(あけ)薔薇(ばら)>と名乗っています。

 今回は、エ・ランテルを中心に手広く商いをしているロフーレ商会からの依頼で、ド・クロサマー王国との間に主にトブの大森林に産する薬草の商いを取りまとめたく参上した次第です。」

 

 ここまではゲも承知していて、おそらく既に伝わっている話だ。

 

「加えて、こちらは依頼者の名前を明かすことが出来ませんが、合わせて、こちらの建国に関わり近日再臨されたとの噂が流れている髑髏(どくろ)様なる御方について、どのような御方なのか、そもそも本当に再臨なさったのか、これから何をしようとお考えなのか見定めて来て欲しい、との依頼も承って参りました。」

 

 言うなればこれは間諜(スパイ)にやって来たことを自白したようなものだが、聞いているエモット姉妹、ゲ共に、特に何とも思っていない様子。あるいはこちらの油断を誘う演技だろうか。

 

「うちの斬り込み隊長ガ・ギンとそちらのゲさんが義兄弟になった(よしみ)で一宿一飯の恩義を受けておりましたが、夜半になって俄に近隣で騒ぎがあることに気づき、駆けつけてみれば家屋が一軒全損しており、こちらの死者の大魔法使い(エルダーリッチ)殿(どの)が瓦礫に埋もれていた次第です。」

 

 デイバーノックがそう言われて視線を逸らす。

 

 リキウスとしては、先にイビルアイのとてつもない吸血鬼(ヴァンパイア)の気配に気づいてしまい、それに比して一段格が下がるがために真の力量を計り損ねているのかも知れない……さりとてリキウスが一対一(サシ)でどうにかできるような生易しい相手でないのは明らかだ……とは思いつつも、この妙に憎めない不死者(アンデッド)のさきほどからの様子が()せない。

 

 人間の街での出来事ならばともかく、この村の住民であるなら彼だって今回の件では被害者であろうに。ましてや彼が噂の髑髏様、などということがあり得ようか?

 

「我々としても前後の事情はわかりませんが、家屋爆破の犯人である容疑が濃厚な人物を一人捕縛しました。

 本人はスレイン法国風花聖典の所属と名乗っておりますが、真偽のほどはわかりません。聞きますところ、彼らも髑髏様を、出来れば法国にお迎えしたいとやって参ったようです。」

 

 ギンはリキウスを頼もしく感じて眺めていた。この若者は、神官戦士(パラディン)としてはどうしてまだまだ至らぬところも多々あるが、交渉人(ネゴシエイター)としては天性の何かを持っている。

 

 一方でキーノもまた、リキウスの語りにかつての自分たちの司令塔(リーダー)であったラキュース・アインドラの姿を重ね見ていた。第一印象こそ生意気な若造、といった感じだったが、なかなかどうしてアインドラの血筋というのは争えないものなのか、と。

 

「なるほど、お話はわかりました。」

 

 トゥリアはすっと背筋を伸ばして一瞬思案する様子を見せたが、たちまちに意を決したようで第一声にまずこう言った。

 

「結論から申し上げますと、そちらにおられる不死者(アンデッド)さんは……我々の髑髏様ではありません。」

 

「……え?」

 

 いきなりの身も蓋もない明言に、デイバーノックは思わず声を漏らした。

 

「すいません、不死者(アンデッド)さん。

 姉があなたを髑髏様だと思い込んだのは事実ですが、お会いしてすぐに髑髏様でないことには姉共々気づいていたんです。今まで黙っていたことは申し訳なく思います。」

 

 トゥリアは本当に申し訳なさそうに、でありながら、威儀を正したままにそう告げた。

 

「では、どうして……?」

 

とデイバーノック。

 

「失礼な物言いになるかも知れませんが、あなたがとても快く過ごしておられるようでしたので、このままここで髑髏様としてお暮らしいただいてもよいのではないか、と思っていたんです。」

 

 その真意を測りかねて、デイバーノックは自分らしくない、とは思いつつもこう問うた。

 

「髑髏様は建国の恩人なのだろう?

 その恩人の偽者であっても構わないというのか。」

 

「そこです!」

 

 対してトゥリアが人差し指を立てて力強く応え、デイバーノックは思わず背筋が伸びる。

 

「髑髏様には初代ネム・エモット、その姉の覇王エンリ・エモットが言葉に尽くせぬ恩義を頂いたものと伝えられております。が、私たちは当の髑髏様に恩をお返しする(すべ)を持ちません。

 ですので、同じ不死者(アンデッド)に連なるあなたをもてなすことで、少しでも御恩(ごおん)に報じられればと考えたのです。結果的に不死者(アンデッド)さんをこうした事件に巻き込んでしまったのは申し訳なく思います。」

 

「すまん……オレだ。」

 

 ん?と皆の視線がデイバーノックに集まる。

 

「突然……自身化け物のオレが言うのもおかしいが、わけのわからぬ化け物に襲われて、無我夢中で<三重化(トリプレット)>した<火球(ファイアボール)>を、住まわせてもらっている家の中でぶっ(ぱな)してしまった。面目ない。」

 

 なるほど、爆発の犯人はこいつだったか!とリキウスは得心する。被害者であるにも関わらず随分とバツが悪そうにしていたのはそのためか、と。

 

 一方、詫びられたトゥリアはそれを気にする様子もない。

 

「家なんて建て直せば済むものですから。力ある(かた)がその力で以て反撃するのは当然のことです。

 この村では、自分で身を守れる者は自分で身を守り、自分で身を守れない者は守ってくれる者を支え、それを当たり前のこととはせず、日頃からお互いあってのものだと感謝の気持ちを伝え合うことこそが、初代以来受け継がれて来た生き方です。暴漢に反撃した不死者さんに感謝こそすれ、文句なんか申しませんよ。」

 

「……デイバーノックだ。」

 

「はい?」

 

 突如聞き慣れない()が現れて、トゥリアはそれが何であるかわからぬ様子。

 

「オレの本当の名前。

 もう百年近く自ら名乗ることのなかった名前だが、そう呼んでくれると……嬉しい。」

 

「では……デイバーノックさん。」

 

 にこりとトゥリアは微笑み、デイバーノックもニヤリと笑って応える。

 かくしてデイバーノックは、名実共にド・クロサマー王国々民(こくみん)となった。

 

 次にトゥリアは縛られたままの風花聖典隊員に目を向ける。

 

「そのような次第で、スレイン法国の(かた)には無駄足を運ばせたことになります。あなた方にも無法に村に踏み込んだ咎がありますので敢えてお詫びは申しませんが、早々にお引取りいただき、今後このようなことがないようにしていただければ幸いです。」

 

 自身、何の力も持たないように見えるトゥリアの態度は堂々としたものだった。

 否、これこそが創業以来エモット家の子女に代々継承されてきた力、そのものなのかも知れない。

 

 一方、言われた風花聖典隊員は、トゥリアの醸す雰囲気に呑まれつつも異議を申し立てた。

 

「我々が非合法の侵入者であることは認めよう。だが、我らの切り札たる番外席次が<転移>で連れ去られたのは動かざる事実(じじつ)だ。このままでは私は国に帰ることが出来ん。」

 

「<転移>?」

 

「おまえたちが()()()髑髏様とやらにあれをやらせたのであれば、即刻番外席次の身柄を引き渡してもらいたい。さもなければ……」

 

 風花聖典隊員は、言外に国対国(くにたいくに)の剣呑な事態に至ることを仄めかすが、トゥリアには事情がまったくわからない。

 

「我々ハ……」

 

とギンが割って入った。

 

「我々ハ、()()ウ<神隠(かみかく)シ>ヲ目撃(もくげき)シタノヤモ()レン。」

 

(くろ)(あな)カラ、(しろ)()()ビテ()テ……アット()()ダッタナ。」

 

とゲも同意する。

 

 リキウス自身はギンの後背を守っていたため、その瞬間は目撃してはいない。が、ギンとゲがかなり酔っ払っていたのは確かで、その目撃証言に如何程の説得力があるかは微妙だ。しかも、都市伝説の類とは言え<神隠し>と言えば第一に骸骨、続いて爆砕執事に御蟲様と相場が決まっている。ここに来て黒い穴に引き込む白い手、と言われて信じろという方が無理がある。

 

「……それはだな。」

 

とここまで黙って聞いていたキーノが口を開いた。

 

「こちらの御方は<朱の薔薇>のお仲間ですか?」

 

 トゥリアが不思議そうに問うた。

 

 そもそも<朱の薔薇>の四人も共に行動しているようには見えない不思議な組み合わせだ。やや粋がった感のある青年に、妖巨人(トロール)の血が入っていると思しき巨人。加えてまったく見分けのつかない双子の少年。

 それにしても、ここにさらにこのあどけなさすら感じさせる……にしては喋り口は随分と老成して感じられるが……少女が加わるのはなおまして不自然だ。

 

「厳密に言えば連れではありませんが、こちらのガ・ギンの旧知で、決して怪しい者……(吸血鬼だもの、十分怪しいよな)……でないことは、我々が保証します。」

 

とリキウスが大見得を切ったが、今ひとつ響いてはいないようだ。

 

「ソウ()エバ、小母(おば)サンガ何故(なぜ)此処(ここ)()ルノカ、ハ、マダ()イテイナカッタナ。」

 

「その()()()()……はやめてくれないか!」

 

 このやり取りをトゥリアは興味深げに眺めている。なるほど、見た目通りの存在ではない、ということなのだろう。

 

 キーノはどうしたものか、と思い悩む。

 

 この場に集う人々にナザリックの連中について話すのは憚られる。もちろん、ナザリックに義理立てしてのことではない。連中は秘密保持のためならこの村の殲滅くらいお手のもので、そこになんの躊躇もしない折り紙付きの化け物どもだ。そんなことにこの村や<朱の薔薇>を巻き込むわけにはいかない。

 が、どうやってこの場を切り抜けたらよいものか。自分がこういう場面でしれっと見て来たような嘘をつける人間……じゃないけど……でないことには十二分に自覚がある。

 

 誠実、という意味でなく、単に不器用だ、という話になるが。

 

(キーノ。)

 

 ん?

 

 ……<伝言(メッセージ)>か!

 

(オレだ。黙って聞け。取り敢えず手洗いに立て……おっと、吸血鬼(ヴァンパイア)がそんな事するか!なんてのはなしだぞ。おまえがそう言って席を立てば、そんな無粋な申し立てをするやつはその場にはいないはずだ。)

 

「……すまない、詳しい話をする前に少しお手洗いに行かせてもらって構わないか?」

 

 とりあえずキーノは<伝言>の声の言われるままに従った。

 

「北の(ほう)へ真っ直ぐ()っていただければ見つかりますよ、ご案内しましょうか?」

 

 姉のニモがそう言うが、謝絶してキーノは席を立った。

 その姿が天幕を出てから、リキウスは小声でデイバーノックに、

 

不死者(アンデッド)でもトイレに行くものなのか?」

 

と問うたが、返ってきた返事は、

 

「オレは()かんが吸血鬼(ヴァンパイア)のことは知らん。」

 

だった。

 

 

 

「アインズ……様。とりあえず席は立ったぞ。」

 

 繋がったままだろう、とキーノは小声で遠慮がちにアインズに呼びかけた。

 

(毎度のことながらまたも面白いことを仕出かしてくれたな。)

 

 案の定戻って来た返事は、字面(じづら)では面白い、と言いつつもその声色にそれらしい感情は一切含まれてはいない。

 思えばキーノは白黒髪の化け物の後始末をナザリックに押し付けたのだ。連中がこれを面白かろうはずはない。生きたまま生皮を剥がれるだろうか。氷漬けにして晒されるだろうか。

 

「咄嗟のことでどうしようもなかった。

 おまえたちならば、あの程度の奴は……屁でもなかろうと。」

 

 らしからぬ阿りを含めつつキーノは弁明する。

 

(苛立たしく思わなかった……と言えば嘘になるが、結果的におまえの機転は正しかった。だからそのことはとやかく言うまい。ただし、もう一度同じことをやったら楽に消滅出来るとは思わないことだ。)

 

 意外に話がわかるじゃないか、アインズ……様は。

 だが、タダでは終わるまいなぁ……。

 

(だいたいのそちらの顛末は覗いていたのでわかっている。おまえには幕引きに少々協力してもらいたい。)

 

 そら来た!

 

「……何をさせるつもりだ?」

 

(ちょっとした芝居だ。)

 

「芝居?」

 

(何なら不可視の者をおまえの隣につけて逐一台詞を伝えてもいいが、幼児でもあるまいしそこまでされてはおまえも矜持(きょうじ)に触るだろう?)

 

 いちいちムカつく骸骨だ、こいつは!

 だが、まさに自分が行き詰まっていた隘路に助け舟を出してくれているのは事実だ。

 

「ひとまず聞こう。」

 

(まず、おまえは<神隠し>の真相を追っていたのだ、ということにしろ。)

 

「ふむ。」

 

(そして<神隠し>がアリンス・ウール・ゴーンという不死者(アンデッド)によって為されていることを突き止めたのだ、と。そして今宵、その名を騙る別人を成敗すべく当地に現れることを予想したおまえはこの村にやって来た、というわけだ。うまく出来た話だろう?)

 

 なるほど、確かに筋は(とお)っている。

 

(そこへシロクロが乱入しました、と。)

 

「シロクロ?」

 

(あ、すまん……と言うか、どう言えば伝わるんだ?

 ……そう、おまえがナザリックに押し付けたアレだ!)

 

 ああ、白黒髪だからシロクロか!

 

(アリンス・ウール・ゴーンは乱入者に立腹し連れ去りました。めでたしめでたし、だ。)

 

「しかし……スレイン法国の連中がそれで納得するかな?」

 

(心配は無用だ、シロクロは間もなく帰国する。)

 

「は?」

 

(おまえは、シロクロほどの者ならアリンス・ウール・ゴーンに殺されはしないだろう、とでも言っておけ。)

 

「……はぁ?」

 

(……納得がいかないなら、自分で何か別の筋立てを考えるか?)

 

 またそんな無茶を!

 

(あと)な。)

 

 まだ何かあるのか?

 

(オレを騙っていた不死者(アンデッド)が居たろ?)

 

「あぁ、デイバーノックのことだな。別にあいつ自身が騙ってたわけじゃないぞ、勘違いされてただけで。」

 

(そんなことはどうでもいい。そいつがそのまま村に居座ると辻褄が合わなくなる。適当に始末しろ。)

 

「……はっ?」

 

(手段は任せる。村に不死者は居ない、になればそれでいい。)

 

「……非道(ひど)いなぁ。」

 

(一つ間違えれば死人が出ていてもおかしくなかった化け物を他人の家に押し付けたおまえが言うか?)

 

 それはごもっとも。

 

「とりあえず……わかった。善処はしてみる。」

 

(よろしく、健闘を祈る。)

 

 そこで<伝言>は途切れた。

 こんなの、本当にうまく行くのかなぁ?

 

 

 

 キーノが天幕に戻ると、丁度リキウスとトゥリアが通商について結論に達したところだった。

 

「残念ではありますが、先方にはご意向を伝えます。ですが、エ・ランテルにおいてこちらで採れる良質な薬草類が渇望されているのは事実ですので、今後エ・ランテルに行商においでの(かた)にはその点に配慮いただけると、我々としても顔が立ちます。」

 

 トゥリアは、ロフーレ商会の商談を謝絶した。

 

 彼女たちは村の自給自足の経済が絶妙な均衡(バランス)の上に成り立っていることを重々承知しており、ここに利を求めての市場経済の論理が持ち込まれることに強い忌避感を(いだ)いていた。ゆえに、どうしても手に入らないものを求めてエ・ランテルを訪ねる以上の交流を、少なくとも現時点ではおこなうつもりはない、と。

 

「思いますに、髑髏様の動向見定めを依頼なさった方は帝国の関係者なのでしょう。私たちはバハルス帝国が私たちを基本的には無視しつつも、エ・ランテルにおける最小限の交易を認めてくださっている現在の政策には感謝しています。その旨をお伝えいただいた上で、旅人として私たちをお訪ねいただく分には歓迎する旨をお取次ぎいただければ幸いです。」

 

 実のところ、今の今までトゥリアを含む村の人々は、村以外の世界はただただこの村に良くも悪くも関心などないのだ、ということを前提に暮らしてきた。彼ら自身からしても、特に彼らにとって長くトブの大森林に潜在する危険であった亜人勢力のほとんどを吸収してしまった今日(こんにち)では、そこに含まれない村の外の世界などというものは存在しないも同じことだ。

 これは現在に至るそもそもの起点となる、創業の覇王エンリ・エモットの「自分の力で生き抜いていかなきゃならない」「誰かを勝手に頼みにして生きていくなんて馬鹿げてる」との決意にまで遡る、村伝統の哲学であると言ってよい。

 なのでトゥリアは、リキウスの話の端々に表れたバハルス帝国のド・クロサマー王国に対する思ってもみなかった警戒感に、正直なところ戸惑いを隠せなかった。その警戒感の源泉が髑髏(どくろ)様であるのは明らかだが、村からしてみればそれは最早百年前に彼らの始祖を救ったと聞く伝説、御伽噺でしかない。さりとて、その認識をそのまま帝国に伝えて(なに)(じつ)があるものだろうか。彼ら自身とて、髑髏様が何者であり何を考え今どうしているかなど知る由もないのに。

 

「その上で……髑髏様については何も申し上げることはありません。私共自身わからぬことを、わかっているふりをしても詮の無いことで御座いましょう。」

 

 その堂々たる態度にリキウスはひたすら感心していた。

 まさにこれは王の采配だ、と。

 

「あ、すまん。戻って来た時宜(タイミング)が悪かったかな?」

 

 敢えて軽口を叩きながらキーノは天幕の中に入った。

 

「いえ、構いませんよ。丁度こちらの話は済んだところです。」

 

とリキウス。改めてキーノを座に迎え、話題は<神隠し>へと移る。

 

 キーノは、自分自身でも胡散臭いな、と思いつつも、懸命にアインズに吹き込まれた筋を(みな)に語った。長くに渡って単身<神隠し>の真相を追い続けて来たこと。その正体が、かつてド・クロサマー王国創業に関わった少女たちを救ったアリンス・ウール・ゴーンであるらしいこと。デイバーノックがその名を騙ったことを受けてアリンス・ウール・ゴーンが当地を再び訪ねることが予想されたこと。

 

「……予想外だったのは、スレイン法国が工作員を送り込んで来たことで、流石に彼らがどのような事情からそうしたのかは私にもわからん。おそらくやたら滅法強かったあの森妖精(エルフ)の女を連れ去ったのはアリンス・ウール・ゴーンの眷属か何かだと思う。」

 

 さらに、世に知られる爆砕執事(セバス)御蟲様(コキュートス)はアリンス・ウール・ゴーンの眷属のほんの一部に過ぎず、自身の名を騙る偽者の登場に知られざる新たな眷属が駆り出されたこともさほど驚くには当たらないだろう……と虚実入り交じった説明を加えてみる。

 

 どうかな……と不安げに周囲を見回してみたが、今のところは特に誰も怪しんでいる様子はなく、むしろリキウスは「伝説のイビルアイさん!」と深く感じ入った様子だし、ギンに至っては繰り返し「流石小母(おば)サン!」と頷いている。だから小母(おば)さんはやめろってば。

 一方エモット家のトゥリアとニモ姉妹は、村でも自分たちの家系にしか伝わらない……実際には誤って伝わっているのだが……髑髏様の真名がキーノの口から出てきたことに驚きを隠せず、とりもなおさずそれはキーノの発言の信憑性に転じた。よもや裏で当の本人(アインズ)が糸引いているなどと、疑えと言うほうが無理筋だ。

 

「で、連れ去られた森妖精(エルフ)だが……」

 

 キーノは、アリンス・ウール・ゴーンの偽者ではなく番外席次が連れ去られた真意は自分にはわからない、としつつ、

 

「確信があって言うわけではないが、彼女ほどの猛者であれば心配せずとも自身で生還するんじゃないか、と私は考えている。なのでおまえは……」

 

と、キーノは既に縛りを解かれて共に着座している風花聖典隊員に目を向けた。

 

「……とりあえず帰国して、彼女の帰還を待った方がいい。」

 

 言われた本人は最後まで納得がいかない様子ではあったが、ここで一人「どうにかしろ!」と要求し続けたところで、それに応じられる者がここにいないことは誰の目にも明らかだ。

 遂には折れて、ともかく帰国しド・クロサマー王国の意向を本国に伝えることを約した。

 

 

 

 後の細々したことは一休みしてからにしよう、と一旦散会になって、キーノは、

 

「ちょっといいか。」

 

と、互いに休息を必要としないデイバーノックを天幕の外に連れ出した。

 

「なんだ、藪から棒に?」

 

 こいつとも妙な縁で繋がったものだな、と思いつつ、キーノは尋ねる。

 

「おまえ……今後もここで暮らすつもりなのか?」

 

 しばらくデイバーノックは黙っていたが、ややあって口を開いた。

 

「八本指の配下にあったオレを、おまえが気にいらんのはわからんでもない。六腕の連中と今はなき王国で随分と(あく)どいことをやったのも事実だ。」

 

 キーノは、ひとまず彼の言い分を一通り聞いてみよう、と沈黙で続きを促す。

 

「が、六腕の連中とて、他に生きる(すべ)もなく、かの国にあって突き抜けた力を持ちつつもそれを真っ当に評価されない以上、他の生き方が出来たとも思えん。まぁ、この村の連中の生き方を身を以て知った今となっては、それは身勝手で無思慮な甘えだった、と思わんでもないが、それで六腕の連中を責めるのも酷だろうよ。」

 

「それは……あぁ、その通りだな。」

 

 キーノは一瞬躊躇しつつも、心から同意を示した。

 

 八本指、六腕に罪があったのは確かだ。が、正しく評価されない力を抱えて道に迷い続けていたのは自分もまったく同じで、ひとつ間違えればキーノも同じ道に陥らなかった保証はない。たまたま自分にはツアーや死者使いリグリットとの縁があり、<蒼の薔薇>という素晴らしい仲間との出会いへと導かれたがために運命が分岐しただけのことで、そしてそれは自らの努力で勝ち取ったものではなく、ただただ幸いにして与えられたものでしかなかったのだ、ということは、今なればこそ痛いほど(わか)る。

 

「実はな……。

 おまえのことだから疾うに調べはつけているんだろうが、エモット姉妹やおまえの言うアリンス・ウール・ゴーン、だったか?……一度出食わしたことがあるんだよ。」

 

 思いもよらぬ告白にキーノは面食らったが、デイバーノックの買い被りをこれ幸いに、

 

「え……ああ、まあな。」

 

と話を合わせた。彼女の困惑に気づいてか気づかずか、デイバーノックは百年前の記憶を語る。

 

「オレ自身、ようやく話が繋がったんだがな。六腕の連中を一瞬で片付けたのがそいつと、執事姿の化け物だったんだ。恥ずかしい話だが、オレは曲がりなりにも共に過ごしていた仲間が一方的に屠られていくにも関わらず、何もできなかったんだ。」

 

「そう……だったのか。

 おまえはどうやってその危機を脱したんだ?」

 

「何もしちゃいない。無視されたのさ、路傍の石のようにな。」

 

 百年前、八本指の主だった面々と六腕が突如消息を経った件が当時の王都リ・エスティーゼの支配層を混乱に陥れたのはキーノも記憶している。まだまともだった……のかどうか今となってはわからないが……ラナー王女の肝入(きもいり)で<蒼の薔薇>がやろうとしていたことの先を越された形となり、以降はすっかり忘れ去っていたが、まさかあれもアインズたちの仕業だったとは。

 

「よもや自分がそいつと勘違いされていたなんて……笑っちまうよな。」

 

 確かに、デイバーノックからしてみれば、突然現れて仲間たちを殲滅した化け物と、ド・クロサマー王国の創業に導きを与えた存在が、同一人物とは夢にも思うまい。一方キーノからすると、驚くべきことであるが、大局的に見てみればそれらの動機が共通して無辜の民草を救わんとしてなされたのであろうことは想像がつく。

 

 あの……あの傲慢で比類なき化け物の、アインズ・ウール・ゴウンが、だ。

 

 とすればアインズは、今デイバーノックがこうして改心を口にし、今後はおそらくド・クロサマー王国の(まも)()の一人として暮らしていくことまで見通した上で、彼だけは見逃したのだろうか。

 

 そんなことが、ありえるだろうか?

 

 そのアインズが、自分にデイバーノックを()()しろとは……

 

 ……であれば、自分は今、すべきことをしなければならない!

 

 前触れなくキーノはすっと左右の手を重ねた。今更キーノを警戒などしていなかったデイバーノックも流石に何か仕掛けてくるのかと思ったようで一歩下がって身構えたが、キーノがやったことは再び左手薬指の指輪を抜き取ることだった。

 

「おまえにやる。」

 

 キーノは木訥と指輪をデイバーノックに突き出した。対するデイバーノックはたちまちに意図がわからず立ち尽くしている。

 

「いろいろ事情があってな。この村に不死者(アンデッド)が……本人であれ偽者であれ髑髏(どくろ)様が居るのはちょっとマズいんだ。コレを嵌めておけば、見た目はともかく誰もおまえを不死者だとは思わない。ほとぼりが冷めるまでは大人しくしているに越したことはないと思うが……外見は追って何とかしろ。」

 

「……どうして?」

 

「何でだろうな。

 自分でもよくわからんのだが……そう、私も誰かに受けた恩義を返しているんだ、と思ってくれればいい。」

 

「恩に着る。

 で……おまえはどうする?

 これがないと困るんじゃないか。」

 

 キーノはふーっと息を吐くと、いささか困惑の色を交えつつも敢えてにっこりと笑ってこう答えた。

 

「もう要らないんだ、多分。」

 





<次回予告>

 スレイン法国終焉のとき来たる。死の支配者(オーバーロード)アインズ・ウール・ゴウンの下した無慈悲な裁定はこの世界に何をもたらすのか?

「神を語り、神を騙り、神に(たか)る……それらすべてを否定し、おまえがそこに獲って代われ!」

 憶断のオーバーロード第6話『神殺し大作戦』

 そしてキーノは自身のあるべき場所へと新たな一歩を踏み出す……


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