憶断のオーバーロード   作:wash I/O

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第6話 神殺し大作戦

「お、お待ち下さい!」

 

 制止されても彼女の歩みはまったく止まらない。そもそもここに、彼女を押し止めることが出来る者など居ないのだから。

 

 スレイン法国(ほうこく)神都(しんと)大神殿の最奥、六大神官長が集う大広間に前触れもなく姿を現した番外席次は、神官長らが自身を睥睨する一段高いところへ向かってつかつかと歩み寄っていった。その両の手には、本来は大神殿内での装備は許されぬ得物の戦鎌(ウォーサイス)

 

 神官長たちは困惑する。

 

 法国からカッツェ平野に向けて展開していた中継員を通じて、<伝言(メッセージ)>に<伝言>を継いで半日前にもたらされた報によれば、ド・クロサマー王国に対しておこなわれた隠密作戦は失敗、番外席次は何者かに連れ去られて行方不明ということになっていたはずだが、今、目前にはその番外席次がある。

 

 無論、アインズに命じられたシャルティアが<転移門(ゲート)>で彼女を一気にスレイン法国へ送り届けたためであるが、そんなことは当の本人を除けばこの場の誰も知る由もないことだ。

 

 常ならば跪礼を執って止まる場所を通過してなおも番外席次は突き進み、遂に壇上に登る。

 

()(もの)が!神の威を何と心得る?」

 

 誰かがそう息巻いたが彼女はそれを気にするでもなく、戦鎌を振り上げるやその()(ほう)で一息に六神官を薙ぎ払い、階下へと突き落とした。

 

「乱心したか、絶死絶命!」

 

 別の誰かが彼女に与えられた名を呼んで問うたが、

 

「黙れ、その名は捨てた。」

 

 涼しげに彼女は応える。

 

「本日只今よりスレイン法国の(おさ)はこの私、シロクロ。

 よろしく。」

 

 馬鹿な!神を恐れぬ不信心者め!と口々に抗議の声が挙がるが、シロクロは一向に構わず、戦鎌の()を床にズン、と突き立ててそれを制した。

 

 腰を抜かしたままの神官長たちの視線が改めて自身に集まったことを確認したシロクロは、(ふところ)から何かを取り出し、壇上の中央にあった卓台(テーブル)の上にそれをコトリ、と置く。

 

 見れば、見紛うことなき髑髏(しゃれこうべ)

 

「神は死んだ。

 ()()った私がその座をいただく。

 ……よろしい?」

 

 そして沈黙。

 

 

                    *

 

 

 少し時間は遡って、アインズは絶死絶命改めシロクロに何を吹き込んだのか。

 

「名付けて、神殺(かみごろ)し大作戦だ!」

 

 アインズは楽しげにそう言うと、手近から呼び寄せた自然湧き(ポップ)骸骨(スケルトン)から頭をもぎ取ってポイとシロクロに投げ与えた。シロクロは咄嗟にそれを受け止める。

 

「それを持ち帰って宣言しろ。

 神は死んだ、私が王だ、とな。」

 

「……はぁ?

 そんなこと出来るわけ……」

 

「あるだろう!

 死も恐れないんじゃなかったのか、あーん?」

 

「はぁ?」

 

「死は恐れないのに、王になるのは怖いか?

 

 あー、怖いか?

 おまえは()()こそ立派だがおつむはお子様だものなぁ!」

 

「……怖くなんかないわよ!」

 

「では決まりだ。ほにゃらら法国の王は今日からおまえ、シロクロだ。

 即位、おめでとう!」

 

 唐突に訪れたわけのわからぬ事態に、シロクロは、文字通り目を白黒させた。

 

「……でも、一体どうやって?」

 

「まだわからんのか、馬鹿者(ばかもの)め。

 おまえの国の連中はな、神の威とやらを騙って実のところは好き勝手にやってきたのだろう。その神の位置におまえが置き換わるだけのことじゃないか。おまえはふんぞり返って、そいつらに今まで(どお)りやらせればいい。で、こいつは駄目だ、と思うやつは得意の鎌で刈ってやれ。()もしない神の威を振り翳してきた連中は、おまえに肝を冷やして少しはましなことをするようになるだろうさ。」

 

 アインズはここまでのやり取りから、シロクロがいささか頭脳の明晰さには欠けるものの、欲深な馬鹿どもの阿りに容易に呑まれるような者ではないことを見抜いている。当地においては向かうところ敵なしに見えるこいつが、国の現状に納得していたわけでもあるまいに何故今の今まで自ら謀反(クーデター)を試みなかったのかは疑問だが、おそらくは、そういう発想の柔軟さを根本的に欠いているのだろう。

 

 一方、シロクロは正座した膝の上で左右の拳を握り締めたまま思い悩んでいる様子。

 

「シロクロ。」

 

と、今度はデミウルゴスが語りかける。その視線を感じ、アインズは頷いて続きを促した。

 

「いいかね。今感じているその感情こそが、真の恐怖なのだよ。」

 

「え?」

 

 すっと、その視線が真っ直ぐにデミウルゴスを捉えた。

 

「キミは今思い悩んでいる。スレイン法国首脳陣が腐りきっていることなど疾うの昔にわかっていたことだ。そこから自分が権力を奪取して、果たしてやっていけるのか、とね。」

 

 シロクロは黙って頷いた。

 

「その、やっていけるのか?自分がそんなことをして許されるのか?責任が取れるのか?という迷いこそが、真の恐怖さ。キミはそれを経験したこともないのに、死など怖くない、と言葉の上で強がっていたに過ぎないのだよ。」

 

 シロクロの目が大きく見開かれる。

 

「我らが至高の(あるじ)を見給え。この御方は一騎当千の我らすべてを率い導き、守り安んじ給う。それが、ただただ強者(つわもの)である、というのみで容易に成し得ることだと思うかね?

 否、我らが至高の主は、恐れ多くももったいないことに、常に億劫(おくごう)の心労を重ねて我ら下僕(しもべ)のためにお心を砕いて下さっているのだ。それを承知しているからこそ、我ら下僕もまた、その思いに僅かばかりともお報いせんと粉骨砕身するのだよ。」

 

 うーん、ちょっと美化し過ぎな気がしないこともないが、やっぱりデミはうまいこと言うなー。

 

「翻ってキミは、キミの力を以てすればその首を狩り飛ばすのに小指の先ほどしか用いずにすむ人間どもの統率を勧められているに過ぎないにも関わらず、そこに逡巡している。

 これを恐怖と呼ばずして、何を恐怖と呼ぶのかね?」

 

 遂にシロクロの瞳に涙が浮かんだ。

 

「そして、我らが至高の主がそれをキミにお勧めあったということは、キミには少なくともその恐怖を乗り越え得る力がある、ともったいなくも我らが至高の主がご判断なされたからだ。」

 

 ここまで淡々と語っていたデミウルゴスが不意にニヤリと笑う。

 

「受けるも逃げるもキミの自由だが、私としては賢明な選択を期待したいところだね。」

 

 ヤバいよ、デミ。おまえ、本当に悪魔の中の悪魔だね!

 

「シロクロよ。」

 

 と、アインズは再び役割を代わった。

 

「オレがおまえに期待するのはただ一つ、法国の既存の価値観の破壊、ただそれだけだ。」

 

 シロクロは滂沱の涙を流しながらこくこくと頷いている。こちらの動機は金輪際この狂信者の巣窟から関わりをもたれたくないだけなので、なんだか悪いことをしている気すらしてくるが、もうこうなったら行けるところまで行くのみだ。

 

「神を語り、神を騙り、神に(たか)る……それらすべてを否定し、おまえがそこに()って代われ!」

 

 すべての面倒事はおまえが引き受けるのだぁ!

 

「あの……」

 

 ややあってシロクロが口を開く。

 

「なんだ……やっぱり怖いか?」

 

「いえ、そうじゃなくて。一つお願いが……」

 

 ん?とアインズはシロクロのこれまでと違う様子に内心で首を傾げる。

 なんだ、その妙に色っぽい目つきは。頬も若干上気して薄く紅色(べにいろ)に染まっているじゃないか。

 

「そんなに頻繁でなくていいので、そちらの……お名前は知りませんが……」

 

と熱い視線がデミウルゴスへと向かう。

 

「やってみよう、とは思うけど、至らないところもあると思うので……ときどき指導に来てもらえないかと。」

 

 言っていることは真っ当だ。突然国を丸投げされて、ばっち()ーい、なんて態度で応じる馬鹿はいないし、そんな馬鹿であればそもそもこんな話は振らない。僅かな時間ながら対峙した経験から、少なくともそういう(たぐい)の馬鹿でないことは見抜いている。

 そして人選も妥当だ。この場にいる面々から政治の相談相手に今なお隣で正座したままのシャルティアを選ぶ者がいるとすれば、脳味噌に虫でも湧いてんのか、キーノに殺虫してもらえ!と思うところだが、デミウルゴスかアルベドに目をつけるのであれば正常な判断だ。ましてや、アルベドが虫も殺さぬ涼しい顔で法国なんざ超位魔法で吹っ飛ばせなどとのたまった直後であれば、デミウルゴス一択(いったく)以外あるまい。

 

 が、言っていることと態度が繋がらない。

 

 シロクロは今なお潤んだ瞳で頬を赤らめデミウルゴスをまっすぐ見つめていて、これではまるで……

 

「えっ?」

 

「?」

 

 思わず口に出てしまったアインズに気づいたデミウルゴスが、不思議そうに(あるじ)の様子を見ている。自然とアインズの視線もデミウルゴスに向かうが、よもやあのデミウルゴスがシロクロのこれに気づいていないはずはないと思うが、本人は涼しい顔だ。

 

「……お、おまえは……どうだ?」

 

「はっ?」

 

 問われたデミウルゴスは、何がでしょう?と言いたげな顔をしている。

 

 ふと気になって周りを見渡すと、アルベドも、必ずしもおつむの具合が宜しくなさげなナーベラルやシャルティアまでもが、極めて控え目にではあるが三者三様にその視線をデミウルゴスとシロクロを()ったり()たりさせていて、おそらくは同じ驚きを感じているのは間違いなさそうだ。

 

 ただデミウルゴスだけが、普段と何ら変わらぬまま。

 

 え、マジかおまえ。おまえほどのキレ(もの)が、本当に気づいてないのか……とまで考えて、ふとアインズは思い当たる。

 

 そうだ、かつての自分、モモンガと、ペロロンチーノ、そしてデミウルゴスの創造主、というかほとんど本人のウルベルトと言えば、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの非モテ同盟、朴念仁(ぼくねんじん)三羽烏(トリオ)ではないか!

 

 アインズ自身は、妻帯者もいた至高の四十一人の記憶を引き継いでいるがゆえに、今でこそアルベドをあんな(ふう)に弄んだりこんな(ふう)に悦ばせたり出来る身分になったが、かつてのモモンガ、鈴木悟には思いも及ばぬことだ。それを思えば、ウルベルトをそっくりそのまま再現したかの如きデミウルゴスが、シロクロのまったく隠そうともしていない熱い思いにこれっぽっちも気づかない、というのは大いにあり得る。

 

 と言うか、それ以外考えられない!

 

「至高の主のお望みとあれば、是非もなく。」

 

 アインズの考えを知ってか知らずか、デミウルゴスは相変わらず涼しい顔でそう応える。その目には、ただただアインズがそれを望むのであればそれを叶えるのは望外の喜び、といった感情しかまったく見えない。

 それはそれで大変結構でアインズにとってはありがたいことこの上ない話であるが、この際、それはいくら何でもないだろう、という気がしないでもない。

 

 こうしている間にも、シロクロの熱い眼差しはデミウルゴスに釘付けではないか。流石にデミウルゴスにそんな修羅場を押し付けるのは……

 

 うふ、それも面白いかも!

 

「……シロクロ。おまえの願いは聞き届けよう。我が右腕(みぎうで)たる下僕デミウルゴスを、非常勤政治顧問としておまえの元に不定期に派遣することを約す。それで……よいかにゃ?」

 

 何か楽しくなってき過ぎて、か、噛んだ!

 

「ありがとうございます、至高の主に深く感謝申し上げます!」

 

 え、ここに至って敬語?

 

 かくして、アインズの神殺(かみごろ)し大作戦は極めて軽いノリで発動するに至った。

 

 これが(のち)に、(わる)ノリしたデミウルゴスとそれに純朴なまでに従うシロクロの相性の良さもあいまって、ジョージ・オーウェルも真っ青の超々管理社会、新生スレイン()国を生じせしめることを、この時点のアインズは知る由もない。

 

 

                    *

 

 

 眠ることのないキーノは、ゲの天幕(テント)の屋根に乗って、ぼーっと日の出を待っている。

 

 流石に昨夜の疲れからか(みな)寝入っていて、同じく眠る必要のないデイバーノックは「後片付けぐらいしないと申し訳が立たない」と、元犯罪組織の一員とは俄に思えないことを言い出して自分で吹き飛ばした家屋残骸の片付けを一人でやっていた。

 

「これから……どうしよう?」

 

 無論、既に意は決している。

 

 が、少なくとも今の自分はツアーからアインズ・ウール・ゴウンに身柄を預けられた身分だ。ナザリックの連中の目を掠めて逃げるなんてことは出来ようはずもないし、仮にそんなことが叶ったとしても、今度はツアーに顔向けが出来なくなるだろう。

 

(ようキーノ!いい朝だな。)

 

 朝っぱらから能天気な骸骨だな、こいつは!

 

 アインズからの再びの<伝言(メッセージ)>に一瞬キーノは苛立つが、一連の事件を通してアインズに対する印象が随分と変わったのは認めざるを得ない。

 

 ツアーの元から連れ去られナザリック地下大墳墓に事実上幽閉され、殺虫剤代わりに酷使されていた時分(じぶん)は何て傲慢な骸骨とその眷属なんだ!と腹立たしく思っていたが、このド・クロサマー王国という摩訶不思議な共同体(コミューン)が形成されるきっかけを作り、旧リ・エスティーゼ王国の悪党どもを一掃し、それでいて改心の余地のあったデイバーノックを見逃したのも、同じ骸骨、アインズ・ウール・ゴウンなのだ。

 

 実際のところ、デイバーノックが百年前に消滅を免れたのは、ただただアインズにとっては不死者(アンデッド)は屠っても気持ちよくも何ともないので眼中になかっただけ、なのだがそれはキーノの知るところではない。

 

 しかし、エラくご機嫌だな。

 

(偽髑髏(どくろ)様の処置は拝見した。おまえにしてはいい判断だ。)

 

 覗いていたか、悪趣味な骸骨め。

 

 だが、あれで納得してくれたのは素直に喜ばしい。デイバーノックにやり直しの機会がないのであれば、自分にだってそんなものは巡っては来ないだろう。

 

(シロクロのことは片付いた。おまえは気になどしちゃいなかっただろうが……アレは面白いことになる、ふふふ。)

 

 ……おいおい、何か不安を煽ることを言ってくれるな、この骸骨は!

 

(で、おまえはどうする?)

 

「……はっ?」

 

(まだしばらくナザリックに居たいのなら迎えを寄越すし、そうでないなら好きにすればいい。)

 

「え!」

 

(……何かオレがおかしなことでも言ったか?)

 

「いや……あまりにあっけなく解放されるもんだな、と。」

 

 はぁー、と<伝言>越しに溜息らしきものが聞こえてきた。

 

(納得がいかんのなら、卒業試験でもするか?)

 

「卒業試験?」

 

(そうだ。この世界が吸血鬼(ヴァンパイア)に満ち溢れないのは何故だ?答えてみろ。)

 

 それは、ツアーの居城でアインズと初めて対面したとき、問われたことだ。

 

 あのときは「そんな(おぞ)ましいことを」と、まるで人間が言うような答えを返してアインズに呆れられた。今ならば、もう少しましなことが答えられるかも知れない。

 

「……まともな真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)であれば眷属にするものは厳選するし、最後までその面倒を見るし、不都合があれば自ら始末する。仮にそれを怠る吸血鬼がいれば、遅かれ早かれ心得のある他の吸血鬼に始末される。」

 

(なんだ、わかってんじゃねーか。)

 

 どうしてあのとき、自分はこんな当たり前のことを答えられなかったのだろう、とキーノは思うが、それは結局のところ、自分で自分の責任を取る覚悟がなかったからだ、と思い至る。

 

 思えば自分はずっと、呪われた生まれの自分を少しでもマシな方向へと導いてくれる誰かを求め続けて来た。ときにそれは十三英雄のリーダーであったり、ツアーであったり、リグリットであったり、ラキュースであったり、そして、認めたくはないがアインズであったりしたのだろう。

 

 だが、この世界にあって並外れた力を与えられた自分のあり(よう)としては、それはあまりに無責任というものだ。私は私の責任において、正しいと信じることを選び進む以外に道はないし、間違うことがあったとしても、その間違いを認めてやり直す以外に、結局のところ道はない。

 

(というわけで卒業試験は合格だ。あとは勝手にしろ。)

 

「私はナザリックのことをいろいろ知ってしまっているのに……構わないのか?」

 

 口封じを恐れて、というよりは、むしろ今後自分の軽率な言動が結果的にアインズたちに迷惑をかけることがあるかも知れない、という思いからキーノはそう問うた。が、返された返事は身も蓋もないものだ。

 

(思い上がるな。)

 

「はぁ?」

 

(おまえが垣間見たナザリック地下大墳墓などほんの一部の一部に過ぎん。おまえなんぞ指先で捻り潰すシャルティアはオレの下僕(しもべ)の中では最もおつむの足りん部類だ。そもそも、自力でナザリックにたどり着けないおまえに何が出来る?)

 

 またも一瞬イラッときたキーノだが、よくよく考えてこれが、実のところアインズなりの優しさなのではないかと思い至る。

 

(心配しなくても、今度何かやらかしたときはおまえの居る街ごと重力井戸(ブラックホール)に叩き込んで滅ぼしてやるから安心しろ。)

 

 ド・クロサマー王国を生み出したアインズがそんな無意味な殺戮などしようはずもないから、これは言葉通りの意味ではなく、そんなことが起こらない程度にはキーノのことは信用している、という意味なのだろう。

 

「……おっしゃる通りだ。」

 

(じゃぁ……)

 

「あ、ちょっと待って!」

 

(何だ、まだ何かあるのか?)

 

「あの……その……キョーフ公に……」

 

(……恐怖公?

 恐怖公に……何だ?)

 

「アインズ……様に言伝(ことづて)をお願いするなんておかしいのはわかっているが、キョーフ公に私が深く感謝していたとお伝えいただけるとありがたい。」

 

 いくら生意気で馬鹿とは言え腐っても女の子だと思っていたのに、変わった趣味もあったものだ、とアインズが首を(ひね)っているのはキーノには知る由もないことだ。

 

(わかった、伝えておく。だが、今や世界は恐怖公の眷属で満ち溢れている。恐怖公にその意思があれば、遅かれ早かれおまえはその訪問を受けるだろう。礼はそのときに改めて自分で言うんだな。)

 

 キーノはたちまちには意味がわからなかったが、アインズの言うことだからきっとそうなのだろう、と納得した。

 

(ツアーには適当に言っとくから、気が向いたら顔を出してやれ。)

 

「わかりました。お世話になりました、アインズ・ウール・ゴウン様!」

 

(……何だおまえ、最後の最後に気色(きしょく)(わる)い……まぁ、達者でな!)

 

 プツ、とそこで<伝言(メッセージ)>は切れた。

 

 キーノは、改めてふーっと息を吐き、次の行動に向けて心の準備を始める。

 

 

                    *

 

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。

 

 守護者統括アルベドと参謀デミウルゴスは、その現れ方に差こそあれども互いの能力が相互補完的であることから、三賢者会議(トリニティ)を例外としてナザリック内で顔を合わせることは(こと)(ほか)少ない。今は例外的に、シロクロによるナザリック急襲……本人にそんなつもりは毛頭なかったにせよ……を受け、アインズの(めい)に従ってこの事件の教訓をナザリックの警備体制(セキュリティ)還流(フィードバック)すべく、二人で反省会を開いている。

 

 もっとも、議論すべきことは少ない。シャルティアがナザリック内部の任意地点から外部に対して<転移門(ゲート)>を開く行為に潜在的な危険性があることは、予てから理解されていたものだ。今回の一件については、シャルティアが自身が何を運び込んだのかについての確認を怠ったことが真因であるのは明らかで、シャルティアがああいう存在である以上、それ自体には有効な対策はない。

 

 一方で、シロクロの侵入に対し恐怖公の眷属が善戦したことは高く評価された。シロクロ自身にそういった意図はなかったにせよ、もし侵入者にナザリックの設備を破壊する意図があったとすれば、アインズとアルベドが駆けつけるまでの数分であってもそれなりの被害は生じたであろう。だが、ニグレドの誘導(ナビゲート)でアインズたちがその目前に<転移>するまで、侵入者は逃げ惑うばかりで何も出来なかった。これはまさに、恐怖公の眷属が何もさせなかったからである。

 

 となれば、今回の教訓はただ一つ。シャルティアがナザリック内から外部に<転移門>を開くに際しては、常に恐怖公とその眷属が立ち会えば、シャルティアが開いた危機管理上の穴(セキュリティホール)を万が一敵に逆流されてもその初手を封じることが出来る、という点に尽きる。

 

 そこまではアルベドとデミウルゴスは速やかに合意に至ったが、問題はどちらがそれをシャルティアに告げるかで、彼女がそれを喜ぼうはずもないからだ。

 

「まぁ、経緯が経緯だけにシャルティアが(かたく)なに拒絶できる、とも思えないがね。」

 

とデミウルゴスは愉快そうに(わら)った。

 

「本来、外征部隊中継支援の監督はアルベドの管轄かとは思うが、シャルティア同様に恐怖公を好ましく思わないアルベドから命じられるよりも、私から言われた方がシャルティアも若干なりとも拝受し易かろうから、その役目を引き受けるについては吝かではないよ。」

 

「確かにそうね。では、デミウルゴスにお願いしようかしら。」

 

「確かに請け負った。その代わり、と言ってはなんだが、アルベドには私のために知恵を貸すことを約束してもらいたい。」

 

貴方(あなた)のため?」

 

 アルベドはたちまちにデミウルゴスが言わんとすることがピンと来ずに首を傾げた。

 

「ふふ、おとぼけだね守護者統括殿(どの)。もちろん、シロクロの件だよ。」

 

 ん?とアルベドは金色の猫の目を見開いてデミウルゴスを見る。だが、その意図したところはデミウルゴスには誤解されたようだ。

 

「無論、本来政治の領域はアルベドが専門であることは承知しているが、私とて一家言ないわけではないし、そもそもシロクロの非常勤政治顧問に私を任じたのはアインズ様だ。よもやアルベドには異議などない、と思っているのだがね。」

 

 そりゃ異議なんてあるわけないわよ、あんな馬鹿のお()りなんてやってられないわ、とアルベドは思うのだが、どうにもデミウルゴスは彼女がその職責を羨望しているものと勘違いしているようだ。頭が良すぎるというのも考えものね、とアルベドは北叟笑む。

 

「もちろん、異論はないわ。」

 

「それを聞いて安心したよ。ついては、しばしば貴女(あなた)に助言を求めることもあろうかと思うので、それについてはよろしく頼むよ……どうしたのかね、アルベド。その顔は?」

 

 常ならばそんなことは決してしないものの、デミウルゴスのあまりの態度に、こいつの頭はどうにかしているんじゃないか、とアルベドは顔に出してしまった。それを見逃すデミウルゴスではないが、何故自分がそのような表情で応じられるのかはわからない様子。

 

「デミウルゴス……貴方(あなた)、本当に気づいていないの?」

 

「何をかね?」

 

 嗚呼、清々(すがすが)しいまでの朴念仁!

 

「シロクロよ。」

 

「あぁ、シロクロだね。それが?」

 

 マジかこいつ?

 

 アルベドは呆れを通り越して寒気すら覚えている。あのシャルティアでさえ気づいていたというのに、どうして私と張り合うだけの頭脳を備えているはずのこの男は、こんな簡単なことだけがわからないのだろう。

 しかし、それを私が指摘してもよいものだろうか。我らが至高の主ですら、敢えてそこには直言を避けていたようにも思われたが。

 

「私はね、アルベド。」

 

 デミウルゴスは問わず語りに饒舌になる。

 

「今回の拝命に心踊らせているのだよ。考えても見給え。すべての国民がアインズ様の御尊名(ごそんめい)はおろか存在すら知らないにも関わらず、結果的にすべてがアインズ様のために捧げられる国家。しかも、だ。それを差配する私も傀儡(くぐつ)(まわ)し。何人(なんびと)も真に誰の意図が国家を動かしているのかについては知る由もなく、仮に反旗を翻す者があったとしても、私が何をせずともあのシロクロが首刎(くびは)ねてすべての怨嗟は彼女に向かうという……こんな愉快な試みが、かつてあっただろうか!」

 

 両手を高々と振り上げて恍惚とした表情を浮かべるデミウルゴスに、アルベドは寒々しい視線を注ぐ。

 

 あー、お幸せそうで結構なことで御座いますこと。

 流石に(おな)(おんな)として、シロクロには同情を禁じ得ないわ。

 

「ふふ、代わってはあげないですよ。」

 

 誰が代わるか、朴念仁!

 

「まぁ……デミウルゴスが楽しそうなのは私としても嬉しいことだわ。

 そうね、現時点で一つ助言出来ることがあるとすれば、傀儡廻したる貴方(あなた)の傀儡が、傀儡廻しをどう思っているかには十分に注意を払うことね。」

 

と嫌味の一つも投げかけてみたが、わかってはいたがこの男には通じなかった。

 

「ああ、ご助言感謝するよアルベド。貴女(あなた)の協力が得られるのは心強い限りだ。」

 

 私は不安が最高潮よ!

 

 

                    *

 

 

「イビルアイさん、お休みにならなかったんですか?」

 

 ゲの天幕からリキウスが出てきたのは日の出から一時間以上経ってからのことで、背伸びをしようとぐっと体を反らして屋根の上に佇む少女……実年齢(じつねんれい)は彼の十倍以上だが……に気づいた。

 

「まぁ、こう見えて吸血鬼(ヴァンパイア)だからな。寝ずの番なんかにも最適だ。」

 

「……はぁ?

 それは大変ですね。」

 

(……あれ、響かないか。)

 

 続いてギンが天幕から出て来て、リキウスと同じようなことをして屋根(うえ)のキーノに気づく。

 

邪眼(イビルアイ)小母(おば)サン、オハヨウ御座(ござ)イマス!」

 

「おう、ガガーリン……その小母(おば)さん、はよしてくれ。

 で、昨夜(ゆうべ)の酒は抜けたか?おまえが使えないと()()不足だろう?」

 

「ソレハ問題ナイ。(ちち)()ノオ(かげ)小一時間(こいちじかん)(やす)メバ大丈夫(だいじょうぶ)ダ。」

 

(……あれ、これも響かないや。)

 

 続いて双子が天幕から出て来て、

 

小母(おば)さん。」とクゥイア。

 両手で自身の瞼を引っ張り吊り目を作るクゥイナ。

 

吊り目(イビルアイ)ってこと……なのだろうか?)

 

「どうだ双子。魔法で不可視化したい、とか思ったりしないか?」

「全然。」

 

「……え?」

 

 声がした方向に振り返ると、キーノの背後にさきほどまで天幕の上から見下ろしていたはずの双子がいて、クゥイナが手の平を左右にぺらぺらと振っている。

 

(……これも響かないのか。)

 

(なに)やってんですか、イビルアイさん?」

「うわ!」

 

 唐突に逆方向からリキウスに声をかけられて不意を突かれたキーノは、足元を滑らせてそのままころころと地面まで落ちた。

 

「大丈夫ですか……まぁ、イビルアイさんなら大丈夫でしょうけども。」

 

 慌てて天幕を一周してリキウスが駆けつける。

 

「何かご様子が変ですが、お困りのことでも?」

 

 うーん、妙な変化球でいくよりもやはり直球でお願いすべきだよな。

 

「リキウス・アインドラ!」

 

「はい?」

 

「私を……私を<(あけ)薔薇(ばら)>の一員(メンバー)に加えてくれないだろうか。」

 

「え?」

 

「……え?」

 

 何だ何だ、と反対側からギンが歩いて来た。いつの間にか双子がその両肩に収まっている。

 

「ドウシタ?」

 

「イビルアイさんが、<朱の薔薇>に入りたいって。」

 

「エッ?」

「謎発言。」

 意味不明のポーズ。

 

(……ガガーリンたちまでその返し(リアクション)なのか!)

 

「やはり、こんな年増の吸血鬼では……駄目だろうか?」

 

 肩を落とすキーノを四人はしばし呆然と眺めていたが、

 

「すいません、イビルアイさん。どうにもよくわからないんですが。」

 

とリキウスが切り出す。キーノは半ば涙目でそちらに視線を向けたが、リキウスは真顔でこう言った。

 

「ひょっとしてご自身が<朱の薔薇>の一員ではない、とお考えなんですか?」

 

「……は?」

 

「いや、俺たちとしてはイビルアイさんはウチの魔法詠唱者(マジックキャスター)だと思ってるんですが、改めて入れてくれ、とおっしゃるので意味がわからないんですが。」

 

「……は……はは……ハハハハハッ!」

 

 ポロポロと大粒の涙をこぼしながらキーノは高笑いを続け、リキウスたちは、ご高齢の女性の情緒は難しいなぁ、といった顔でしばしその様子を眺めていた。

 

「……キーノ・インベルンだ。」

 

 キーノは改めて背筋を伸ばし、四人の仲間に相対して自身の真名を告げた。

 

「はい?」

 

 唐突なことにリキウスたちはそれが何であるかわからぬ様子。

 

「私の名前だ。イビルアイ、は<蒼の薔薇>で使っていた通り名、偽名だ。<朱の薔薇>に加わるに当たっては、何も隠すことなく本名を名乗りたいと思う……が、構わないかな?」

 

「インベルンさん。」

「インベルン小母(おば)サン。」

小母(おば)さん。」

 吊り目。

 

「いや、そこは家名(サーネーム)じゃなくて名前(ファーストネーム)で呼ぶとこだろう!」

 

「キーノさん。」

「キーノ小母(おば)サン。」

小母(おば)さん。」

 吊り目。

 

「……さん付けと……小母(おば)さんはやめてくれないか。」

 

「キーノ……先輩。」

「キーノ()……ムグッ……ムグッ……」

小母(おば)さん。」

 吊り目。

 

「……先輩も要らん。以下はワザとだな?」

 

「おばさん。」

小母(おば)サン。」

小母(おば)さん。」

 吊り目。

 

「ふふふ……私の能力証明に、第六位階魔法をぶっ(ぱな)してやっても構わないんだぞ。」

 

「いやぁ……それは一つご勘弁を。」

「スマン、ツイ(たの)シクテ。」

小母(おば)さん。」

 吊り目。

 

 次の瞬間、クゥイアとクゥイナ目掛けて……つまりギンの大きな顔の左右に、ということになるが……<二重化(ツインマジック)>された<雷撃(ライトニング)>が<無詠唱(サイレント)>で放たれたが、それはギンの耳の端を僅かに焦がしたのみで、双子の姿は既にそこになかった。

 

「グッ……勘弁(かんべん)シテクレ、キーノ()……ムグッ!」

 

 だが、既にキーノには笑顔はない。

 

 あの双子。もちろん殺すつもりはなかったが少々痛い目に遭わせてやれ、と本気で放った私の雷撃魔法を体術だけで回避するとは……幼く見えるがかつての<蒼の薔薇>のティア、ティナと同等の、いや、ひょっとするとそれ以上の手練れ、ということになるが、いったい何者だ?

 

 そこまで考えてキーノはハッと(われ)に返る。

 

 そんな詮索はよそう。

 仲間として信を得れば、そのうち双子自身が教えてくれるさ。

 

 私だってこいつらに話していないこと、話せないことがたくさんあるんだから。

 

 気を取り直したキーノはにっこりと微笑み、

 

「リキウス、ガガーリン、クゥイア、クゥイナ、よろしく頼む。」

 

と、ぺこりと頭を下げた。

 

 ただ一人ギンが、

 

「私ハ、()ダ!」

 

と噛みつかんかの勢いで抗議したが、

 

「悔しかったら私をキーノと呼んでみろ!」

 

と言い返されて沈黙した。

 

 

                    *

 

 

「と言うわけで、先方におかれては大商いは時期尚早との判断です。が、そちらの意向は承知いただけているので、あちらからの行商の品は漸次ご希望の品目に転じていくものと考えてください。無論、優先的にロフーレ商会と商談をおこなうよう手配しておきました。」

 

 エ・ランテルに戻ったリキウスとガ・ギンは再びロフーレ商会を訪れ、頭取ボルド・ロフーレと対面していた。流石に腕の立つ魔法詠唱者(マジックキャスター)や神官を多く抱える第二帝都に前触れもなく吸血鬼を連れ込むのは憚られたので、キーノは市外で双子忍者と時間を潰している。

 

 ボルドはリキウスの報告に十二分に満足した様子で謝礼にと金貨五十枚を差し出したが、リキウスは「本来あるべき血判を交わせていない以上は全額は受け取れない」と謝絶し、半分だけを受領した。今後の関係を考えればこれは互いにとって妥当なやり取りだ、と双方納得済みだ。

 

「で……もう一方の依頼についても、かの御方からは私が承っておくよう指示を受けておりますので伺いたく存じますが。」

 

とボルドは切り出す。報酬については、然るべき筋に報告が上がった後、エ・レエブルのロフーレ商会を通して受け取る手筈となっている。

 

「結論から申しますと、髑髏(どくろ)様は、髑髏様ではありませんでした。」

 

 ん?という表情をボルドが見せる。

 

「つまり、帝国が承知の髑髏様と、今般ド・クロサマー王国に現れた髑髏様はまったくの別人です。そして、王国側の意向で仔細は明かせませんが、その不死者(アンデッド)は既に無力化されました。ご疑念あれば、帝国の神官を派遣いただいての監査も受け入れるとのことです。」

 

「なるほど……ということは、王国には髑髏様の脅威はない、と考えてよろしいのですね?」

 

 ボルドが念を押すが、リキウスは表情を曇らせる。

 

「実は、そうは申せません。」

 

「と言われますと?」

 

「正直言って、我々も正確なところはわからないとしか言えないのですが、今回の調査の過程で我々は世に<神隠し>と呼ばれているもの、と思しき事象と出食わしました。」

 

「何と!」

 

 ボルドは大きく身を引いて驚きを隠さない。

 

 大規模な商いをしている者であれば、どれだけ善意の商売を心がけていようとも、立場の差や利害関係、ときに(ねた)みや(そね)みから悪徳商人の中傷を被らぬ者はいない。そういった人々にとって、正体はもちろんのこと被害者がどのような理屈で選ばれているのか皆目見当がつかない<神隠し>は常に潜在する危機(リスク)だ。

 取り得る手立ては、ともかく自分が善人であることを証明すべくひたすら日々善行を重ね続ける……それも、どこまでやれば必要十分であるかは誰にもわからないのである……か、開き直って<神隠し>など都市伝説、迷信に過ぎぬと割り切るかだが、リキウスの報告は後者の可能性を否定するものになる。

 

「その……本物ではない髑髏様が<神隠し>の(いか)りに触れた、ということなのですか?」

 

 うまく乗ってくれたな、とリキウスは内心北叟笑むも顔には出さない。

 

「それも、我々としては断言は出来ません。事実としては、今回の一件に関わった人物の一人が、突如中空に生じた黒い穴から伸びる白い手に引き込まれて消えるのを、こちらにおりますガ・ギンが目の前で目撃しました。結果的に不死者が無力化されるに至ったことを思えば、()髑髏様が<神隠し>たる本物の髑髏様の怒りに触れたから、というのは取り得る解釈の一つではあります。」

 

 うーむ、とボルドは唸って腕を組む。

 

「我々としては残念ながら、<神隠し>の正体が髑髏様であるか否かも含め、これ以上のことは何も言えません。一方で、トゥリア・エモット女王陛下より帝国へ宛てての言伝てを預かって参りました。」

 

「ほう?」

 

「女王におかれては、帝国が常日頃よりド・クロサマー王国を原則無視していること、でありながら、エ・ランテルにおける最小限の交易を認めていただけていることを(こと)(ほか)感謝しておいででした。加えて、王国は現在の領土で十二分に満足しており、帝国からの旅人の来往も歓迎するとのことです。」

 

「つまり、それは?」

 

「これは我々の私見、ということになりますが、<神隠し>が髑髏様であるにせよ、そうでないにせよ、少なくともその力はド・クロサマー王国に帰属するものではありません。これは我々が直に拝謁を賜り見分した女王陛下の人となりからも明らかです。が、髑髏様を騙った騒ぎに<神隠し>が介入したのは事実で、その怒りの琴線が那辺(なへん)にあるかは、今もってはっきりとはわからないということです。」

 

 結局のところ落とし所は、ド・クロサマー王国がたちまちに帝国の脅威となることはあり得ないが、逆に帝国がド・クロサマー王国の脅威となった場合、髑髏様、あるいは<神隠し>が何をするかはわからない、という事実を帝国首脳陣に伝えその評価を委ねる、というのが、トゥリア・エモットを含めた関係者間で合意されたこと、になる。

 

 これまでと何も変わらない、と言ってしまえばそれまでだが、少なくとも王国側に帝国に対する敵意がなく、むしろ従来の扱いに対する謝意が明示的に伝わったことで、潜在していた緊張感が少しでも緩和されれば御の字だろう、ということになった。

 

「我々はこれらすべてを束ねて、触れ得ざるもの、と呼ぶことにしていますが、その点はご一考いただければ幸いです。」

 

「触れ得ざるもの……ですか。言い得て妙、ではありますな。」

 

「今お伝えした報告を書面にしたもの、また、女王陛下よりお預かりした信書がこちらにあります。これを以て我々からの依頼に対する回答とさせていただきたく。」

 

 リキウスは恭しく羊皮紙の巻物二巻をボルドに差し出した。

 

「なるほど、確かに頂戴しました。かの御方もきっと満足されることと思います。」

 

「では……アルシェ・フルト閣下によろしくお伝えください。これにて失礼。」

 

「……はっ?

 いや!ちょっとお待ちを!」

 

 リキウスとギンは、敢えて後ろから追いすがるボルドを無視しそのまま振り返らずに退出した。これくらいの嫌味の一つはやっても(ばち)は当たるまい、と二人で決めたことだ。公には知られていないフールーダの後継者であり依代(よりしろ)となっているアルシェの名は、キーノが過去百年の孤独な旅の中で聞き及んでいたものだ。

 

「いくらぐらいもらえるものかね?」

 

 最低報酬金貨五百枚に加えて出来高払い、というのが今回事前に提示された報酬だ。最低報酬の条件とされていた髑髏様の存否、真偽は明らかにはしたが、謎が謎を生む報告の(てい)を敢えて採ったことを先方がどう評価するかはわからない。<朱の薔薇>としては、むしろ、本当はわからないものをわかったつもりになって軽挙妄動されるよりはいくらかマシだろう、という思いもあってのことにはなる。

 

「サアナ。アノ嫌味(いやみ)ニゴ立腹(りっぷく)デ、()()()ラントモ(かぎ)ルマイ。」

 

 ギンはニヤリと歯を見せて(わら)ったが、リキウスは爽やかな笑顔でこう応じた。

 

「なーに、そのときは帝国が、二度と当代随一の冒険者(俺たち朱の薔薇)に仕事を頼めなくなるだけさ。」

 

 それに……最高の報酬は既に手に入れた。

 

 伝説の金剛(アダマンタイト)級冒険者、<蒼の薔薇>のイビルアイは、今や<朱の薔薇>のキーノ・インベルンとして、彼らと共にあるのだから。

 





<次回予告>

 遂に宿命の対決を迎えるアインズとデミウルゴス。

「おまえのその思わせぶりな物言いにはうんざりだ!」
「支配者の後継者に必ずしも血縁者を据える必要はないのだよ。」

 あの人気者までもが再登場、そしてキーノを思いもよらなかった真の恐怖が襲う!

 憶断のオーバーロード最終話『憶断のオーバーロード』

 涙なくして読めない最終回に腹を捩らせよ。


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