憶断のオーバーロード   作:wash I/O

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最終話 憶断のオーバーロード

「支配者と被支配者を隔てるものは何だと思うね?」

 

「……命令する者と従う者?」

 

「表面的にはその通りだが、本質的には決める(もの)と決めてもらう(もの)だ。」

 

 スレイン法国(ほうこく)神都(しんと)大神殿の地下には、かつて六大神としてこの地に君臨した<プレイヤー>たちのギルド拠点がそのまま埋まって遺されている。

 

 現在ここに立ち入ることが出来るのは、法的にも物理的にも漆黒聖典番外席次絶死絶命改めシロクロだけだが、ナザリック地下大墳墓より不定期派遣される非常勤政治顧問デミウルゴスの来訪に際しては、余人(よじん)の介入を防ぎ得るこの場所が二人の密会の場になっていた。

 

「いいかね。人は(みな)、自分のことは自分で決めていると考えたがるが、実のところ本当はそんなことは出来ていない。何故ならば、我が至高の(あるじ)を例外として、あらゆる者にとっては何事もやってみなければその正否は事前にはわからないからだ。」

 

 デミウルゴスの至高の主、というのはあの偉そうな骸骨であることをシロクロは正しく理解しているが、そんなにあの骸骨は凄い(かた)なのかしら、と疑問に思わないでもない。

 

「ゆえに、人は(みな)自ら決めることを躊躇う。自分で決めた結果が裏目に出て自身の全能感が否定されることを恐れるからだ。だから誰もが意識的にも無意識的にも自分に代わって決めてくれる者を渇望する。こうして決めてくれる者を渇望する者が被支配者であり、自ら決めることを躊躇わない者が支配者たり得るのだよ。」

 

 対するデミウルゴスは、自身の至高の主への称賛も兼ねつつそう言った。

 

 アインズが、自ら決めることを躊躇わない者であること、ナザリック地下大墳墓の主人として意識してかくあろうとしていること、は疑いようもない事実ではあるが、実のところ彼自身は常にそこから逃げ出したい衝動を覚えており、にもかかわらず彼に決断者であり続けることを強いているのは他ならぬ自分たち無茶振りの下僕(しもべ)である、ということには、狡知の悪魔デミウルゴスと言えども思い及ばないらしい。

 

 一方のシロクロは、デミウルゴスの言葉をあくまでもこれからの自分のあるべき振る舞いの問題として捉えている。

 

「私にそんなことが出来るとは思えないわ。たとえば木っ端役人に、この予算配分はいかがいたしましょう、なんて聞かれても私には答えようがないもの。」

 

 法国の新しい支配者である覚悟こそは決めたが、具体的にどうしていけばいいのかについてはわからないことだらけだ。

 

「ふふふ、そんなものは簡単なことだ。」

 

 だが、デミウルゴスはシロクロの懸念を鼻で笑う。

 

「質問者には必ず是か非かで答え得る質問のみを提出させればいい。そうすればキミは是か非かを答えるだけで済む。

 もちろん下々の者に対し、私は是か非かしか答えられないからそうして頂戴、なんてことを言ってはならない。そんなことをすれば当然キミは侮られ、支配力を失うだろう。」

 

「ではどうすれば?」

 

「キミは何のためにご立派な戦鎌(ウォーサイス)なんぞを肌身離さず持ち歩いているのかね?

 私はどうすればいいですか?などとキミに尋ねる間抜けがいれば、片っ端から()にしてやりたまえ。首級が百も並ぶ頃には、どんな馬鹿でもどうすればいいか気づくだろうし、気づけない馬鹿は国から逃げ出すさ。」

 

 シロクロは、楽しげにそう語るデミウルゴスをうっとりと眺めている。

 

 この男にかかれば複雑怪奇に見える世の全てが単純明快な命題へと還元されてしまう。今教えられたことも、教えられればなるほどと心に落ちるのに、自分では思いつくどころか想像すらしなかったし、こんなことを教えてくれる者は今まで誰一人としていなかった。

 

 思えば自分自身、かつて絶死絶命と呼ばれていた彼女自身も何一つ自分で決めることが出来ず、神官長らに決めてもらうことを求め続けていた被支配者だった。だが今は違う。この男の導きさえあれば、自分は決める者、支配者であることが出来るだろう。

 

「是非を決めかねる場合は?」

 

「それも簡単なことだ……いいかね?

 ほとんどの場合、質問者は既に熟考の上で結論を出している。キミの前に立って決済を求めるのはそれなりに覚悟がいるからね。そしてそうであるかどうかはそいつの顔を見ればわかることだ。そういう場合、是非も同じで話を聞けばすぐにわかる。つまりキミはそれを追認さえしてやればいい。

 一部のものは、是非以前にそもそも設問が間違っている。これも顔を見ればわかることだ。こういう手合は大抵視線を泳がせている。そんな連中は、仮に正しい答えを用意していたとしても結局は時間を無駄に浪費するだけだから首にしてしまいたまえ。」

 

 ああ素敵、すべてが単純化されていく!

 

「そして極稀に、本当に是非がわからない上に真摯に検討すべき問いというものがある。」

 

 おや?急に少し難しくなってきたわ。

 

「が、これも実は簡単なのだよ。」

 

 あら、助かるわ!

 

「そもそも答えは是非の二択なのだから出鱈目に答えても勝率は半分だ。重要なのは、どうせ考えてもわからないのだから迅速に決めてやることだ。質問者の目前で(さいころ)を振るのは論外としても、たとえば質問者の服の皺を数えて奇数であれば是、偶数であれば否、でも一向に構わない。それだけで質問者は愚かにも感謝の涙すら流すのだろうね。」

 

 あくまでも……実際彼は紛うことなき()()なのであるが……デミウルゴスは一貫して楽しげだ。ひょっとするとアインズも実はそうなのかも知れない、と考えたことはないのだろうか?

 

「そして、万が一……というか実際には二分の一なのだが、()()()を引いたときは……」

 

 無論、彼一流の演出ではあるのだが、不意に言葉が切られてシロクロは不安になる。

 どうするのかしら?

 

「引いた方の答えが正しかったことになるよう得意の戦鎌(ウォーサイス)を振るえばよいのさ。」

 

 あぁ……!

 

「質問者の首を飛ばすもよし、すべての邪魔者を排除するもよし、失敗の目撃者を皆殺しにするもよし。いずれもキミには容易なことだろう?」

 

 駄目……今のでわたし少しイッてしまったわ……

 

「これを……そうだね、私の粗見積もりでは半年も続ければ、現在の上層部でふんぞり返っている老害どもは自然と一掃されて、その様子を伺っていた若手の中からキミに認められたい一心で粉骨砕身努力する者が現れることだろう。

 そこまで行けば国などというものは(あと)は勝手に動き出して、キミが悩まねばならないことなどほとんどなくなってしまう。そしてキミに対しては、憶断の上帝(オーバーロード)の勇名が捧げられるというわけさ。」

 

 デミウルゴスは左右に両手を大きく広げる得意の身振り(ポーズ)でそう断言する。

 心強く感じたシロクロは、

 

「わかったわ!」

 

と即座に応じたが、どうしたことか、それまで笑っていたデミウルゴスが不意に真顔になる。

 

「いや、それはいただけないね。」

 

「……いただけませんか?」

 

「いいかね。」

 

と、デミウルゴスは人差し指をシロクロに差し向ける。

 

「我が至高の主ですら、我ら下僕(しもべ)の目の届かぬところでは億劫(おくごう)の辛労を尽くして考えに考え読みに読み尽くして決断なさっておられるのだ。ゆえに我が(あるじ)のお決めになることはまるですべて事前にお見通しであったかの(ごと)く成就する。その足元にも及ばぬキミ(ごと)きが、安易にわかったなどと口にするのは感心しないね。」

 

 ぞくぞくとした悪寒にも似た感覚が背筋を走り、シロクロは再び自身の秘所が潤いつつあるのを覚える。

 

 嗚呼、この男は単純明快にするだけの存在ではない。

 私をさらなる深淵へと導くものだ。

 

「キミはキミが支配する者に対してはすべてお見通しだという態度で臨み、それに少しでも異を唱えるものがあれば躊躇なく首にせねばならない。が、私の前にいるときだけは、自分はまだ何もわからない途上の者だ、との気持ちを忘れてはならない。

 歴史上、数多の支配者たちがこの一点を踏み間違え、分不相応にも自身を全能者だと思い込んだ末に自滅していったのだ。キミがその轍を踏まぬことを切に願うよ。」

 

 わたしはこの男に、国も、心も、そして我が身もすべて捧げよう!

 

「確かに承り……」

 

 得心を伝えようとしたシロクロは、不意に言葉をつまらせた。

 

「どうしたね?」

 

 デミウルゴスの口調は変わらず事務的だ

 

 まだ何か説明が必要かね?

 喜んで同語反復(トートロジー)を続けよう!

 

とでも言いたげに。

 

 シロクロは彼のそのような真意を知ってか知らずか、女の声でこう尋ねる。

 

「あなた様のことを何とお呼びしたらよいか……」

 

 無論、デミウルゴスの名は既に知っている。が、彼が自身の(あるじ)の真名を口に出すことを執拗に避けていることは明らかで、その彼を、真名で呼ぶことは彼女には憚られた。

 

「そんなことかね、くだらない。」

 

 対するデミウルゴスは徹頭徹尾冷淡(クール)だ。

 

「名前などというものは我が至高の主の御尊名(ごそんめい)を除けば、すべては便宜上の記号に過ぎないのだよ。」

 

「でも……やはり困ってしまいます。」

 

「それは一理あるね。」

 

 デミウルゴスは、自身の言葉の過不足のなさに確信を(いだ)いている……ゆえに、しばしばそれでアインズをとことん困らせるのである……が、だからといって相手の知性がその含意を十二分に(かい)さないときはさらに言葉を継ぐことを惜しまない。

 

 言葉(呪い)によって相手を縛ること、こそが悪魔である彼の本質であり、喜びの源泉なのだから。

 

「ではこうしよう。私は()もなき非常勤政治顧(モン)。これを縮めてナモン、とでもしようか。」

 

 ……ナモン様!

 

「おっと、敬称はよしてくれたまえよ!

 言葉というものは呪いであり己を縛るものでもある。私を敬称付きで呼ぶことに慣れてしまえば、自ずとキミはキミの上位にさらに何者かがあることを周囲に気取(けど)られることになるだろう。そんな愚かなことはすべきではない。キミはこの国の支配者なのだからね。」

 

 シロクロは、自分だけのための彼の名前……しかも敬称抜きに呼び捨てることさえ許されたそれ……を手に入れ、うっとりとそれを口にする。再び女の体が否応なく反応してしまっていることを覚えながら。

 

「確かに承りました、ナモン。」

 

「それでよろしい。では今日のところはこのくらいにしよう。私が去った後は、私が話したことを思い出して書き留めておくことをお勧めする。日記というものはいいものだ。見たもの、聞いたこと、を改めて自分の言葉で書き留めることにより、今一度そこに隠れた意味を再発見できるし、振り返って自身の思考がどのように変遷していったのかを辿ることができ、何か過ちを犯した場合も原因に遡って対処が可能となる。いいね?」

 

「はい……ナモン。」

 

 あぁ、なんて素敵な!

 

「よろしい、では……」

 

「あの!」

 

 立ち去ろうとするデミウルゴスをシロクロは今一度呼び留めた。

 最早、溢れ出そうなこの思いを伝えずにいることは出来ない。

 

「何かね?」

 

「私から……一つよろしいですか?」

 

「構わないよ、何かね?」

 

 一瞬躊躇ってからシロクロは話し始める。

 

「私は……後継者を用意しておくべきだと思います。」

 

「ほう?

 続けてみたまえ。」

 

 デミウルゴスは、正直なところまったく予期していなかった話の流れに興味を惹かれる。自身の思考に絶対の自信を有しつつ、同時に決して過信しない彼は、自身の認識の外からやって来た情報に対しては、まずは先入観を捨てて虚心坦懐に受け入れることを旨としていた。

 

「私は半分森妖精(エルフ)の血を引いているので長命ですが、それでも寿命はあります。ですので、支配者として後継者を準備しておく必要があります。」

 

「うむ、それは正しい考えだね。」

 

「ついては……その……」

 

「どうした、言ってみたまえ。」

 

 ……思い切って言ってしまおう。

 

「私に……私にナモンの子を産ませていただけませんか!

 なんて……お断りですよね?」

 

「なるほど、名案だね。今度試してみよう。」

 

「……え?」

 

 あまりの即答に、シロクロは自分で言い出しておいて困惑する。

 

「支配者の後継者に必ずしも血縁者を据える必要はないのだよ。特にキミは女性で産み育てる性であるからには、どうしても育児出産に際しては隙が生じる弱味がある。だが、血縁者ならではの利点も当然あるし、身籠ったとてキミであれば自身の身くらいは守れるだろう。」

 

「あの、いえ……そういうことではなくて……」

 

「私は最上位悪魔(アーチデヴィル)でキミは人間と森妖精(エルフ)混血(ハーフ)だ。ナザリックに戻って過去の記録からそのような交配の成功例があるかについては確認してみるつもりでいるが、当然のことながら交配の成否は授かりものと言うくらいだから試してみないことにはわからない。」

 

「はぁ……」

 

「私以外の可能性も探ってみる必要があると思うが、まず私で試みるのも悪くはないだろう。他には……」

 

 一瞬、デミウルゴスの脳裏を闇妖精(ダークエルフ)双子(ツインズ)の片割れが(よぎ)るがすぐに打ち消された。自分が言えた義理ではないが、アレはナザリック外の存在にあまりに容赦がない。せっかく得た愉快な()()()()をあっと言う間に壊されてしまうのは必定だし、それ以前にアレはデミウルゴスの見るところ重度の姉好き(シスコン)だ。

 

「……そうだな。スレイン法国が無意味な戦争を続けていた森妖精(エルフ)の国があったろう。あそこの王は私から見ればカスのようなものだがそれなりの強者ではあるように見えた。彼ならば森妖精(エルフ)でもあるから交配の成功率も高かろう。」

 

「……そいつは父です。」

 

「この際、近親相姦(インセスト・タブー)であっても一向に構わないと私は思うがね。」

 

 マーレを煽ってアウラに子を産ませるのも面白いかも……。

 

 デミウルゴスがそんなことを並行して考えているなどとは思いも及ばないシロクロは、ただただドン()きする。

 

「いや、流石にそれは……」

 

 対するデミウルゴスに、それを気にする様子は一切ない。

 

「まぁ、そこは好きにするといい。重要なのは後継者を得るという目的に対し、ひとつの可能性のみに(こだわ)るのは合理的ではない、という点だよ。話はそれだけかね?」

 

「……はい。」

 

「では、今度来たときに試してみよう。これにて失敬するよ。」

 

 パリン、とデミウルゴスが<お助け玉(レスキューボール)>を割ると、ややあって背後に<転移門(ゲート)>が開き、彼はそのまま姿を消した。見送るシロクロは胸の高鳴(たかな)りを抑えることが出来ない。

 

 いささか思っていたのとは違う展開ではあるものの、叶うはずもなかろうと諦めかけていた積年の願い……自分よりも強い者と交わって子を得たい……がよもや、かくも容易に成就の兆しを見せようとは!

 

 ともかく今は、ナモンに言われた通り日記に彼の教えを書き記そう。

 あとは……首を百ほど刈るんだったっけ?

 

 

                    *

 

 

「金貨九百九十五枚?」

 

 キーノは素っ頓狂な声を挙げた。

 

 エ・レエブルの<(あけ)薔薇(ばら)>の定宿にロフーレ商会から使いが来て、リキウスとギンがバハルス帝国から届いた報酬……実際には金貨が届いたわけではなく、為替上のやり取りがなされたわけだが……を受け取って戻ったからだが、その額面に驚いてのことである。

 

「しかし……なんで中途半端なんだ?

 あと五枚加えて、丁度千枚でもよさそうなものなのに。」

 

 元々約されていた五百枚の報酬に加えそれがほぼ倍増されたのは、帝国が<朱の薔薇>の仕事とその結果に十二分に満足したことを示しているのだろう、とは思うが。それにしても五枚足りないのが()せない。

 

「まぁ、最後の最後に嫌味をやらかしたからな。」

 

今後(こんご)余計(よけい)真似(まね)ヲスレバ容赦(ようしゃ)ハセン、トイウ警告(けいこく)デハナイカ?」

 

 リキウスとギンは愉快げにそう応じた。

 だが、いざこの儲けを分配しようという段になってギンの表情が曇る。

 

「……フフ、ソウイウ(こと)カ。」

 

「どうしたい、ギンさん?」

 

一人頭(ひとりあたま)何枚(なんまい)ニナル?」

 

「そりゃぁ……クゥイア、クゥイナ、幾らだ?」

 

「百九十九枚。」

 指を一本、九本、九本。

 

「いや待て!私はこの仕事に最初から加わっていたわけではないのだから、分け前などもらう筋合いはないぞ!」

 

とキーノが割って入るが、ギンは微笑むでもなく真剣な表情を崩さない。

 

(ちが)ウンダ、キーノ()……ゲフッ。

 ツマリ、五人(ごにん)()ッテ丁度(ちょうど)報酬(ほうしゅう)(とど)イタ、トイウコトハ……」

 

 ここに至ってリキウスもこの謎掛けに思いが至る。

 

「千里眼!

 ……どこからかはともかく、連中も覗いていやがったのか!」

 

 今ひとつ頭の巡りがよろしくないキーノは首を傾げたままだ。

 

「マァ、倍額(ばいがく)(とど)ケテ()タトイウコトハ、帝国ガ我々ガ用意シタ()トシ(どころ)ニ不満ガナイノハ事実ナノダロウ。ガ、四人(よにん)デアッタ我々ガ五人(ごにん)(もど)ッテ()タコトニ気付(きづ)イテイル、ト(しめ)スコトデ、今後(こんご)ノコノ(けん)ヘノ介入(かいにゅう)(いまし)メタモノ、ト(かい)スルノガ妥当(だとう)デハナイカナ。」

 

 ようやくキーノにも話の筋が見えてきて背筋が冷える。

 

 自身とアインズの関係が帝国に露見するなどというのは考えるだけでも空恐ろしい話……主に帝国の平穏の観点で……だが、一方でナザリックの連中の、シャルティアの(おお)ボケを除けば鉄壁の防諜体制のことを思えば、そんなことは起こるまい、とも思わなくもない。いずれにせよ、今後も言動には慎重であるべきだろう、と意を新たにする。

 

「あ、そうだ。」

 

 とキーノが、預かっていた荷物をゴソゴソと取り出した。

 

「ガガーリンに……」

 

()、ダ!」

 

 ギンは、どうしても妖巨人(トロール)風の()()()で呼ばれることにこだわりがあるらしく、キーノの発言を制して訂正を求めた。

 

「……言いにくいんだよ、おまえらの種族の一音名(いちおんめい)は!

 じゃぁ、リキウスに倣ってギンにするが、おまえらが商会に顔を出してる間にギン宛てに荷物が届いたぞ。」

 

私宛(わたしあ)テニ?」

 

 見れば、それは油紙(あぶらがみ)に包まれて薄い長方形をしている。

 

「リ・エスティーゼから仕事で来ている冒険者があっちで預かって来たらしい。」

 

 ギンが、ともかく見てみよう、と包みを開くと、中身は良からず悪からずの皮で装丁された薄い冊子(リーフレット)で、著プッシュグラム・アインザック『神隠しの真相と帝国の陰謀、購入者特典追補版』と題されている。既に同書に目を通しているリキウスも、興味深げに覗き込んだ。

 

「何だいそりゃ?」

 

(なに)(あたら)シイ知見(ちけん)()タノデ、訂正(ていせい)追補(ついほ)(とど)ケル……トアルナ。随分(ずいぶん)生真面目(きまじめ)御仁(ごじん)ダ。」

 

 冊子の最初の頁にざっと目を通したギンがそう言うと、リキウスはなお興味をそそられたようで、

 

「まぁ、より真相に近い俺たちからすれば出鱈目ではあるんだろうが面白そうだ。先に目を通させてもらっていいかい、ギンさん?」

 

(かま)ワンヨ。」

 

「では、遠慮なく。」

 

と、冊子を受け取ったリキウスは、酒場のいつものCの字席に陣取ってそれを流し読み始めた。

 

 曰く……

 

 

 

 親愛なる読者諸兄に驚愕の新情報と若干のお詫びをお届けしたい。

 実は著者である私プッシュグラム・アインザックは過日より、一人の身寄りのない女性を保護している。本人が言うには追われる身とのことでここで名を明かすことは出来ないが、近日大きな政変のあった某国の裏の事情に通じた者、とだけ言っておこう。

 彼女は見たところ三十路にかかるかかからぬか、といったところだが、驚くべきことに生まれてからこのかた経過した歳月は既に百数十余年を超えている。そして、彼女の証言によれば、死都エ・ランテル事件は拙著『神隠しの真相と帝国の陰謀』にて明らかにしたような三重魔法詠唱者(トライアッド)フールーダ・パラダインと鮮血帝初代ジルクニフ・エル・ニクスの共謀によるものではなく、百年前の大陸で名を知られた秘密結社ズーラーノーンの仕業であり、他ならぬ彼女自身が、心ならずもそこに加わらざるを得なかった共犯者であると言うのだ。

 そして、百年前にそれをおこなった彼女が今こうして私の前に立っているのは、三年ほど前に骸骨の姿をしたフールーダの常識の範疇を逸脱した神秘の蘇生魔術によって現世に呼び戻されたからだ、と言うのである。

 もちろん私としても、あまりに突飛な彼女の話すべてを俄に信じることはできない。が、今なお不死者(アンデッド)に身を()としたフールーダが大陸の闇を彷徨って謀略を続けている傍証の一つとして賢明なる読者諸兄の判断を仰ぐべく、こうして筆を取った次第である。

 旧王国市民諸君。今こそ真実へ目を開き、変わらず続く帝国の陰謀に立ち向かわねば……

 

 

 そこでリキウスは読むのを()めた。

 

「……(なんー)じゃこりゃ?」

 

 隣で茶を飲みながら戦槌(ウォーハンマー)の手入れを始めていたギンが、リキウスの様子に気づいて声をかける。

 

面白(おもしろ)イコトガ()イテアッタカ?」

 

「うーん、これは……いわゆる()()()()()()(たぐい)じゃないのか。」

 

「……(なん)ダ、ソレハ?」

 

「いや、存外人気者だ、とか、そういうやつ。」

 

「……(なん)ノコトダカワカラン。ソノウチ()ムカラ()イトイテクレ。」

 

 結局ギンは冊子に目を通さなかった。

 

 

 

 <朱の薔薇>の()の四人は、定宿で一つの大部屋を借り切って雑居している。

 

 キーノは、紅一点ということもあって新たに小さな個室を充てがわれた。キーノとしては、見た目こそ少女とは言え何をいまさら男女の過ちを考える歳でもないのに、と遠慮したが、どうしても、と勧められて断れなかった。

 

 実のところリキウスとギンには、無論キーノのことは信用はしているものの、夜中(よなか)にまかり間違って寝ぼけた吸血鬼に血を吸われては敵わん……キーノの日常の言動を見るにつけ、そんなことは決して起こらない、とはとても言えない……という思いがなかったと言うと嘘になるが、そんなことはキーノの思い及ぶところではない。

 

 その自室で、キーノはにまにましながら分け前の金貨百九十九枚を改めて数えていた。

 

 さして金銭に執着関心があるわけではないが、さりとて先立つものは必要だ。特に、竜王国から着の身着のままでナザリックに拉致されて、その時点での持ち物、蓄えていた金銭の類は当時の定宿にすべて置き去ったままだ。新たに仲間となった四人にいきなり(かね)を借りる羽目になるのもみっともない、と考えていなかったわけではないので、この思わぬ収入は有難かった。

 

 ちなみに、キーノは<転移>の魔法も使えるが、これはシャルティアが操る最上位のそれのような、座標さえ特定できれば任意地点に好き勝手の瞬間移動が叶う便利なものではない。ある時点で一か所に(アンカー)を打ち込みその一地点に対してのみ<転移門(ゲート)>を開くもので、事実上緊急脱出にしか使えない。そして、ラナーの一件以来自暴自棄になっていた彼女はいつからか錨の更新を怠っており、今どこに投錨しているか自分でもわからなくなっている。竜王国に荷物を取りに行けない理由がこれだ。

 

「キーノ。」

 

 ん?

 

 自分しかいない部屋で、不意にか細い高い声で名を呼ばれ、キーノは辺りを見回した。アインズからの<伝言(メッセージ)>かとも思うが、たしかに面倒見のよい骸骨ではあったと今では感謝しているものの、自分(ごと)きを殊更に気遣うほど暇でもあるまいし……いや、暇ではあるのだが……そもそも声色が随分と違う。

 

「ここです、キーノ。」

 

 その声は、さきほどまで金貨を積み上げていた(テーブル)の上から聞こえるような気がする。まさか金貨が喋るか、さてはフールーダなりアルシェなりの意趣返しか、とそちらへ目を向けてキーノは固まった。

 

「え?」

 

 そこには、器用に一番後ろの足で立ち上がり、一番前の足で小さな白旗を振る……ゴキブリが居た。

 

「ひぃー!」

 

 キーノは飛び退いて殺虫魔法を放とうとするが、引き続きゴキブリは、

 

「キーノ、落ち着いて、キーノ!

 私はキョーフ公の使いで参った者です!」

 

と白旗を振りながら訴える。

 

「キョーフ公……って、ナザリックのキョーフ公?」

 

「そうです。キョーフ公よりキーノへの言伝を預かって参りました。」

 

 あの心優しい紳士、キョーフ公の使いがゴキブリとは……。

 

「あぁ、わかった!承ろう!

 承るから……どうか近づかないでくれ!

 私としてもキョーフ公の使いの(かた)を殺虫魔法の餌食にはしたくないからな。」

 

 部屋の隅に背中をつけて招かれざる客との距離を取りながら、キーノは話の続きを促した。

 

「されば。

 キョーフ公はキーノが本来あるべき場所へと旅立つ日を迎えたことを(こと)(ほか)お喜びで、前途に(さち)あらんことを祈る由に御座いました。」

 

 ゴキブリから聞かされている……という一点さえ除けば、何とも有難い言伝だ。

 思えば、ナザリックの地下玄室で繰り返しキーノに声をかけてくれたキョーフ公の励ましや導きがあったからこそ今の自分がある、と彼女は深く感謝しているのだから。

 

 しかし……なんでよりによってゴキブリなんだ?

 

「使いの(かた)。不躾な質問で悪いんだが、キョーフ公の眷属は(みな)あなたのような感じなのか?」

 

「私のような感じ……とは?」

 

「有り体に言えば……ゴキブリなのか?という意味だが。」

 

「当然です!」

 

と使いのゴキブリは胸を()……ってるつもりなんだよな、この何とも形容し難い姿勢(ポーズ)は。

 

 思えば、アインズは「今や世界はキョーフ公の眷属で満ち溢れている」と言っていたが、キョーフ公はトブの大森林でしばしば一緒に仕事をしたエントマ同様の蟲使(むしつか)い……それもゴキブリ専門の……ということなのだろうか?

 

「キョーフ公は蟲使(むしつか)いなのか?」

 

「私たちを使役なさる、という意味では蟲使(むしつか)いですが、どちらかと言うと(むし)です。」

 

「……はっ?」

 

「正しく言うと、キョーフ公は私にとっては(あるじ)であると同時に、二千三百飛んで五代前の始祖でもあります。」

 

「……え?」

 

「もっとも、キョーフ公は貴族であらせられますので、その末裔に過ぎぬ私からいたしますと雲の上の御方ではありますが。」

 

 いや、貴族だろうがその末裔だろうがどっちも……ゴキブリってことだよな。

 キョーフって……そういう意味かよ!

 

「キーノには既に承知と思いますが、この世界は恐怖公の眷属で満ち溢れております。」

 

 ……だろーね。

 

「恐怖公におかれてはキーノに大変目をかけておいでで、もし今後キーノがお困りの際にお求めあれば、たちまちにシルバーを駆って馳せ参じる、とのかたじけなくも勿体ない仰せで御座いました。」

 

()()()って……恐怖公は馬に乗れるの?」

 

「まさか!

 シルバーは銀色に輝くゴキブリ・ゴーレムで御座います。」

 

 訊くんじゃなかった!

 

「あぁ……ありがとう。

 恐怖公にはキーノがとても感謝していたと……いつでも助けに駆け付けるとの仰せは大変ありがたいながら、これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいかないのでご遠慮申し上げると……くれぐれもよろしく伝えてもらえるかな。」

 

「確かに承りました。」

 

「……」

 

「……」

 

「……?」

 

「……?」

 

「帰らないの?」

 

「はい?」

 

「いや、恐怖公のところに帰らないの?」

 

「私たちの情報網(ネットワーク)は近接する仲間を通してたちどころに情報を(あるじ)のところまで届けますので、もう間もなくさきほど承った言葉は恐怖公に届くものと心得ます。」

 

「……そういう意味じゃなくて。」

 

「はい?」

 

「あなたは帰らないの、ナザリックに?」

 

「私はキーノの専属ですので。」

 

「……はぁ?」

 

「あ、もちろん普段はお邪魔にならぬよう隠れておりますし、自分の食い扶持を自分でどうにかする程度の甲斐性は持ち合わせておりますのでどうぞお気遣いのなきよう。時折何かの食べこぼしを床に落としていただけますと幸いです。」

 

 誰がゴキブリに気を遣うかー!

 

「あ、私といたしましては、キーノ得意の殺虫魔法の使用はなるべく遠慮してもらえるとありがたいです。」

 

「効くのか?」

 

「はい?」

 

「私の<蟲殺し(ヴァーミンベイン)>はおまえに効くのか?」

 

「あははは、面白い冗談だ!」

 

「……冗談に聞こえたか?」

 

「恐怖公の眷属と……全面戦争をなさるおつもりで?」

 

 ゴキブリに脅されているのか、私は!

 

「では、ほんの二週間ほどのお付き合いになりますが、よろしくお願いします。」

 

「は?

 二週間で帰るのか!」

 

「いえ、寿命です。」

 

「……え?」

 

「私に寿命がきて、後任と交代になります。引継ぎは万全におこないますし、万が一にもお側から眷属がまったくいなくなることは決してありませんので、その点はご安心を。」

 

 安心できるかー!

 

 カサコソ、カサコソ。

 

 最早聞きなれた音を発して恐怖公の使いは姿を晦ました。今ほどキーノは、自分が睡眠を必要としない体であることに感謝したことはない。

 

 しかし、彼女の中で少しだけ……本当にほんの少しだけ、ではあるが、ゴキブリに対して親しみが湧いたのは事実だ。ナザリックにあって、本当に恐怖公の言葉には支えられたし、今思えば、キーノがこういう反応を返すであろうことがわかっていたからこそ、恐怖公はその姿を晒すことが決してなかったのだ、と思えば、なんとも有難く心憎いまでの気遣いではなかったか。それを、今になってゴキブリだからあーだこーだと不満を漏らすのはお門違いというものだろう。

 

 それに。

 

 今回の旅で訪れた村、ド・クロサマー王国と呼ばれるあの村で垣間見た、人間、小鬼(ゴブリン)妖巨人(トロール)、さらには不死者(アンデッド)であるデイバーノックまでもが分け隔てなく暮らす様を思えば、そこにゴキブリが加わったとて……いや、まだ完全には忌避感を拭い去れはしないものの、それはある種の理想社会ですらあるのかも知れない。

 

 これらの出会いの順序が異なっていれば、自分は今感じているこの認識に至れなかったかも知れず、結果的にそれを演出し、そもそもかの村の現出するきっかけを生じせしめた比類なき骸骨、アインズ・ウール・ゴウンに対する評価が彼女の中で、決して認めたくはないものの、否応なく高まっていくことを感じざるを得ない。

 

 だが、これでいいのだ、と彼女は思う。

 

 思えばこの百年、何が正しいのか、自分はどうすべきなのか、意を決することが出来ず迷いに迷い続けてきた。どこかに自分が意を決するに足る何かがあって、それがまだ見つかっていないから私にはそれが出来ないのだと思い込み、大陸を西に東にと彷徨い歩く日々だった。

 

 が、それは間違っていたのだ。

 

 意はいつでも決することが出来る。私はただただ意を決することに怯んでいただけなのであって、正体を知らなかったとは言え恐怖公に敬意を感じることも、デイバーノックに救いの手を差し伸べることも出来たし、可能であれば打ち倒してやりたいとすら願っていたあのアインズ・ウール・ゴウンに対し感謝を捧げることも今では出来る。

 

 それらが正しいことであったか、今後もあるのか、は正直言って今以てわからない。

 

 が、今この瞬間はそのように意を決したのだからそれでいいではないか。もしこれらの判断が間違いであったと気づく日がやって来たときは、また改めて考えなおせばいいのであって、それは決心を先延ばしにする理由にはならない。

 

 倦むことなき憶断の積み重ね(オーバーロード)

 

 それを繰り返す限り、私は永遠に前進していくことが出来る、と固く決意しつつ、今しばらくは恐怖公の眷属の気配に怯えるキーノであった。

 

 

                    *

 

 

「何の真似だ?」

 

「はっ?」

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。

 

 デミウルゴスと約して落ち合ってみれば、自身の片腕と頼む参謀は玉座の前に、貴石(きせき)が敷き詰められた冷たい床に直に正座をして(あるじ)がやって来るのを待ち受けていた。

 

「いや、だから何なんだ、その正座は?」

 

「お説教……をいただけるものと期待しております!」

 

 意味がわからない……。

 

 偽アインズ・ウール・ゴウン(あらわ)る、の一報から始まった一連の事件を振り返って、アインズには一つだけわからないことがあった。結果的に関わる者たちすべてが一堂に会した結果、紆余曲折ありつつも然るべき落としどころに至ったのは否めないが、そもそも何故彼らは一堂に会し得たのか?

 

 キーノの様子を途中から覗き見した中で、彼らが(みな)髑髏(どくろ)様再臨の()」に踊らされたことはアインズも承知している。が、あの村の連中が故意にその噂を流して周辺諸国を牽制するなどとは俄に考え難く、さりとて外部との人の往来も少ない村から噂が漏れ出る経路はありそうもないし、そもそもアリンス・ウール・ゴーンを騙った死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は事実上の幽閉状態で閉じ籠っており、村人たちですら大半はその存在を知らなかったはずだ。

 

 であれば、そもそも「噂」はどこから生じたのか。

 

 それを論じたくなってデミウルゴスに<伝言(メッセージ)>を送ったところ、玉座の間で語り合いたいので人払いをお願いしたい、と返された。拒む理由もないので言われるがままに受け入れてみれば、待っていたのは石の床に正座したデミウルゴスだ。

 

 何なんだ、いったい?

 

「お説教、とはどういうことだ?」

 

「またまた、アインズ様もお人が悪い。」

 

 ……またこのパターンだ。

 どうしてこいつは(かたく)なにオレが何でもお見通しだと思いたがるのだろう。

 

 とまれ、この問答を続けると互いに無駄な「え?」の応酬が続くであろうことは火を見るより明らかなので、軽く乗っていなすことにする。

 

「そ、その通り。オレは何でもお見通しだ。

 さぁ、デミウルゴスよ。己の罪を洗いざらい白状するがいい!」

 

 なんか自分で言ってて情けなくなる台詞。

 どこの世界に裁く相手に罪状を自己申告させる大魔王がいるかよ!

 

「アインズ様におかれては、今回の一件の発端となった髑髏様再臨の噂の出所にご不審をお持ちのご様子。そしてその火元は、定期的にド・クロサマー王国へ配下の者を調査に出向かせ、いち早く件の不死者(アンデッド)の存在に気づいたここに控えますデミウルゴスに御座(ござ)いますれば、お詫び申し上げるべくこうして正座しておる次第です。」

 

 はぁ?

 

「ゴホンッ……も、もちろん、おまえが噂の火元であるのはわかっていた。わかっていたとも!」

 

「恐れ入ります、アインズ様。」

 

「だが……現地人との接触を禁じた掟をおまえが忘れるはずはない。とすれば、噂を広めた手段は……アレだな!」

 

「左様です!」

 

「アレだな!」

 

「ご推察の通りで御座います!」

 

 どれだよ!

 

「……そ、その手法は、今後も利用価値が高いだろう。つ、ついてはだ。この手法に命名することをおまえに許す。さぁ、名をつけよ!」

 

 名前を聞けば、手口がわかるはず!

 

無意識下(サブリミナル)宣伝(プロパガンダ)とでも名付けましょうか。」

 

 わかるかー!

 

「……貢献のあったものに褒美をやらねばなるまい。誰の貢献がもっとも(だい)であると考えるか?」

 

「無論、恐怖公とその眷属で御座います。」

 

 ……あぁ、どんどんややこしいところへ迷い込んでるぞオレ。

 何か起死回生の一手は……そうだ!

 

「お、おまえが……そう、おまえが何か他事(ほかごと)で手を取られているときに、類似の作戦を誰か他の者に命じねばならん場合もあり得るな、そうだよな、オレおかしなこと言ってないよな!

 そのときの為に、作戦の手法を簡潔に要約せよ。」

 

「はっ。就寝中にゴキブリに耳元で囁き続けられた話を、人はどこかで聞き及んだ噂と思い込みます。」

 

「な!」

 

 何という馬々鹿々しい真似を!

 

「……その効果は百発百中、というわけにもいくまい。ちなみに……参考までに聞くが今回の作戦に際し、いかほどの眷属(ゴキブリ)を動員したんだ?」

 

「帝国に三百万、帝国自由都市、スレイン法国に各百万の計五百万で御座います。」

 

 そりゃ噂にもなるわな。

 

「ですので、どうぞご遠慮なくお説教を!」

 

 そこがわからん。

 

「何の話だ?」

 

「いえ、ですから私めにお説教を!」

 

 うがーっ!

 

「やってられるかー!」

 

 無意識下宣伝作戦の聞き出しに神経を使い果たしたアインズはついに切れてしまった。

 

「ア、アインズ様?」

 

「おまえのその思わせぶりな物言いにはうんざりだ!

 何でオレがおまえの先読みをするなんて無茶振りに挑戦し続けねばならんのだ!

 やりたいこと、やって欲しいことがあるなら素直に言えー!」

 

「……なるほど、そういうことで御座いますね。」

 

 あー、どこまで前向き(ポジティブ)なんだこの悪魔は……。

 

(わたくし)が……」

 

「ん……うむ、続けよ。」

 

 ようやく素直に話してくれる気になったか。

 

「しばしば自室でとある魔法再生(ビデオ)(たの)し……もとい、向学のために聴取しておりますことは、アインズ様もご承知のことかと存じます。」

 

 あー、アレか、もう内容も思い出せんがオレがセバスを正座させて玉座(ここ)でガミガミ怒ってるやつか。

 

「あれを拝見しているうちに……うらやましくなりまして。」

 

「……はぁ?」

 

「私もセバスのように、こうしてアインズ様と二人きり、玉座の間にてお説教を承りたく思いまして……ひと騒ぎ起こせばお説教を頂戴できるものと、今回の(けん)を仕組んだ次第で御座います。さぁ、どうぞお説教を。」

 

 どこの世界にこの状況でお説教を始められる馬鹿がいるよ?

 

 しかも、デミウルゴスは件の噂を広めるに際し、恐怖公の眷属に間接的に情報を漏洩させることで現地人への直接接触を禁じた(ルール)違反を巧みに回避している。いったい何について説教垂れろというのだ!

 

「いや、おまえに説教など不要だ。」

 

「ア、アインズ様!」

 

 ここで捨てられそうな犬の表情を浮かべるおまえの感性が心底わからんよ、オレは!

 

「……故意に情報伝播を図った試みは現地人への直接の影響力行使を禁じた掟ギリギリの感がなきにしもあらずではあるが、明示的に禁じたものではないし、そもそも今回の一件は多くの利益と学びをナザリックにもたらした。おまえには称賛されるべき点はあっても、叱責されるべきことなど何もない!」

 

「嗚呼、もったいなき仰せ。恐悦至極に御座います。」

 

 深々と正座のまま伏礼を執るデミウルゴス。

 

 こういうマゾヒズムの拗らせ方ってどうなの?

 と、アインズは内心憤る。

 

 そちらがそう来るのであれば、もう少し先のお楽しみ、と思っていたがこちらもとっておきの切り札を切らせてもらおうじゃないか。

 

 遂に、デミウルゴスをやり込められる千載一遇の機会を得たのだから!

 

「ゴホンッ!

 ところでデミウルゴス。」

 

「はっ!」

 

「アレ、とはどうなっている?」

 

「アレ、と(おっしゃ)いますと?」

 

「とぼけるな。アレ、と言えば、シロクロだ。」

 

「あぁ、順調で御座います。スレイン()()は近々、()()()シロクロを軸に、紛うことなき悪夢の桃源郷となることで御座いましょう!」

 

 あいかわらず正座したまま、デミウルゴスは両手を胸の前で合わせ陶酔した表情でそう言った。

 

 シロクロは、王、皇帝、といった称号の代わりに、人の子、を用いている。六大神に対する誤った信仰から人の子たるシロクロが国民を解き放った、が(ゆえ)に国民はその恩に()いねばならない、という意味合いから、正式の国号もスレイン()国に改まった。

 

 この「人の子」の語用(ごよう)は宗教・神話に造形の深かったタブラ・スマラグディナの記憶を引き継ぐアインズとしてはいささかむず痒いところがなくもなかったが、よくよく考えてみれば一周回って原義に通じている感がなきにしもあらず。

 

「くだらない連中では御座いますが中にはどうして魅力的な人材も見つかって御座います。先だって解散させた陽光聖典のハチグン・ルーインなる男は、たかだか第四位階の魔法詠唱者(マジックキャスター)では御座いますがなかなか肝が据わっており、シロクロに媚びることなく、その一方で下々に対しては奸智のよく働く者で、シロクロの治世を(ささ)えんとする気概を見せておりますれば、将来的には然るべき秘密警察的組織の長に据えるがよかろう、とシロクロと議していたところで御座います。」

 

 楽しそうで結構。

 だが、オレが聞きたいのはそこじゃない!

 

「オレが聞きたいのは、おまえとシロクロの間柄、についてなのだが。」

 

 さぁ、デミウルゴスくん。オレの前で狼狽えて見せてくれたまえ!

 

「あぁ、アインズ様におかれてはすべてお見通しで御座いましたか。」

 

 無論だ。

 気づいていなかったのはおまえだけだ、とアルベドも呆れていたぞ!

 

「ですが、こればかりは授かりものですので如何(いかん)とも。そのうち吉報をお届け出来れば、とは思っておりますが。」

 

「……は?」

 

「シズ、ソリュシャンの協力を得ておこなった最古図書館(アッシュールバニパル)の文献調査では、最上位悪魔(アーチデヴィル)混血森妖精(ハーフエルフ)の間での交配成功例の報告はみつかりませんでしたので。」

 

「いや、そういうことじゃなくて。」

 

「はっ?」

 

「……何の話してるの?」

 

 あまりの驚きにアインズは口調が子どもみたいになっている。

 

「ですから私とシロクロの。」

 

「何をしてるの?」

 

「交配、で御座いますが。」

 

「交配……って何?」

 

「ご冗談を!交配と言えば……」

 

「待て待て、(みな)まで言うな!」

 

「はっ!」

 

 アインズは、もし目玉があればシロクロの話だけにそれを白黒させていたことだろう。

 

 どこかで話が思っていたのと食い違っている。非モテ同盟の同志ウルベルト・アレイン・オードルの生まれ変わりである朴念仁、デミウルゴスは、シロクロから一方的に向けられた恋愛感情に七転八倒してオレを楽しませてくれる……はずではなかったか!

 

「……ヤっちゃったの?」

 

 本質的には語彙の乏しいアインズはつい直球を投げる。

 

「ええ、(まぐわ)っておりますが。」

 

 何それ?

 そんなところでもおまえだけ恰好つけるわけ!

 

「ほぉー!仕事にかこつけてお楽しみかね、デミウルゴス?」

 

 せめて何か味噌をつけてやらないと!

 

「特に楽しくは御座いません。シロクロは違うようですが、それは(わたくし)の関知するところでは御座いませんので。」

 

 な!

 何……何なのこの余裕の態度?

 

 アルベド相手にさんざんテンパったオレが馬鹿みたいじゃないか!

 

「し……しかしアレだな、デミウルゴス!

 童貞の身でシロクロを相手にするのも大変だっただろう?」

 

 なんか自分で言ってて情けない気分になってくるが、こうなれば意地でもデミウルゴスをヘコませてやらねば気が済まん!

 

「いえ、シロクロといたした時点では童貞では御座いませんでした。」

 

「……は?」

 

「シロクロはスレイン報国の名目上の王で替えが利きません。万が一、(まぐわ)った後に感情を拗らせて私の言うことに従わなくなると面倒と判断し、間違いのないようにとナーベラルと予行演習を。」

 

ふぁーーーーー!

 

 いそいそと懐から帳面を取り出すデミウルゴス。

 

「……アインズ様。前回と、ふぁー!の運用方法がいささか異なるように思いますが、願わくは愚かな(わたくし)めに真意をご教示いただけますと幸いです。」

 

「オレとしては何故この時宜(タイミング)でそこに関心がいくのか教示願いたいわー!」

 

「……はっ?」

 

「おまえ……よもやナーベラルへの事後配慮(アフターケア)を怠ってはいまいな!」

 

「不詳(わたくし)めにはアインズ様のお考えになる事後配慮(アフターケア)なるものが如何様なものか推し量ることが叶いませんが、少なくともナーベラル本人は随分と嬌声を上げて楽しんでいたようで御座いますし、流石に面倒なので以降は相手をしておりませんが、折ある都度に再戦を求められております。ここしばらくは意図して多めに複雑な助手作業を申し付けておりますれば、そのうち忘れるものかと。」

 

 アインズは天から自らに向けて差し込まれる一条(ひとすじ)の光を幻視(げんし)し、それを仰ぎ見て呟く。

 

 嗚呼、ウルベルトさん。ご覧になっておられますか?

 あなたの息子は……あなたの息子は実に立派な、悪魔の中の悪魔になりましたよ。

 

(アインズ様ぁ。)

 

「……ん、エントマか?」

 

(はいぃ。)

 

 エントマから<伝言(メッセージ)>が届き、アインズは救われた気分になった。このままデミウルゴスと対峙し続けていたら頭がどうにかなりそうだ。

 

(今、よろしぃでしょうかぁ?)

 

「構わん、続けよ。」

 

 そう応じつつ、アインズは片手を差し出し目前で正座したままのデミウルゴスを制した。

 

(アウラ、マーレと共に対処しておりました妖巨人(トロール)の一団の件ですぅ。)

 

「あぁ、果樹園を襲ったんだっけか。

 何か問題があったか?」

 

(いえ、それ自体は解決……どころかむしろ事態が好転いたしましたぁ。)

 

「ん?それはどういう……」

 

(妖巨人が欲したのは私たちの果樹ではなく、しばしばその果樹に被害を与えていた害虫、正しくはその巣におります幼虫を食料として、のようで御座いますぅ。)

 

「ほぅ。」

 

(妖巨人の方が優勢で、彼らをそのまま放置すれば果樹園の被害は漸減していくものかとぉ。)

 

「それは重畳だな。

 しかし……こうして<伝言>してきたということは、何か異変があったのではないのか?」

 

 アインズの言う通り、結果良好(オーライ)の話については帰投後にアルベドを通じて上がってくるのが通常の流れだ。エントマが現地からわざわざ<伝言>でアインズに直接連絡を取るのは、原則としては緊急の判断を要する事態と決まっている。

 

(それが……その妖巨人の頭目に少々問題がぁ。)

 

「妖巨人の頭目?

 捨て置けばいいのではないのか、勝手に害虫を食ってくれるのだろう?」

 

(いえ、その頭目が阿吽(ア・ウン)と名乗っておりましてぇ。)

 

「……?」

 

(どうやらそれが、恐れ多くもア・インズウールゴ・ウンの略らしいのですぅ。どう措置すべきかお伺いいたしたくぅ。)

 

ふぁーーーーー!

 

 斜め仰角四十五度へ向かって驚きとも呆れともとれぬ雄たけびを上げた後、アインズは足元にただならぬ気配を感じて視線を落とした。

 見ればデミウルゴスが正座したまま両手を地面につき、舌こそ出してはいないが、褒めて欲しげな、叱って欲しげな、つまるところ構って欲しげな犬の表情でアインズを楽しそうに見つめている。エントマとの会話は聞こえていようはずもないのに、既に内容は承知の様子。

 

 こ……これもこいつの仕業か!

 

 かように、至高の四十一人の記憶の上書き(オーバーロード)アインズ・ウール・ゴウンは、破天荒な下僕(しもべ)たちからの無茶振りに破れかぶれで応じ続ける、憶断の死の支配者(オーバーロード)としてナザリック地下大墳墓に君臨し続けるのである、とっぴんぱらりのぷぅ。

 

 

 

                    完

 

 

 

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