魔法少女まどか☆マギカ 続かない物語    作:FTR

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第2話

 私の仕事は人類という存在を観察して、入手した情報を情報統合思念体に報告すること。

 生み出されてから13年間、私はずっとそうやって過ごしてきた。

 情報統合思念体にとって銀河の辺境に位置するこの星系の第3惑星に特別な価値などなかった。でも現有生命体が地球と呼称するこの惑星で進化した二足歩行動物に知性と呼ばれる思索能力が芽生えたことにより、その重要度は増大した。もしかしたら自分たちが陥っている自律進化の閉塞状態を打開する可能性があるかも知れなかったから。宇宙に偏在する有機生命体に意識が生じるのはありふれた現象だったが、高次の知性や感情を持つまでに進化した例は地球人類が唯一だった。

 情報統合思念体の一部は、情報生命体である自分たちに自律進化の切っ掛けを与える存在として人類という存在の解析を行っている。情報生命体である彼らは有機生命体と直接的にコミュニケートできない。言語を持たないから。人間は言葉を抜きにして概念を伝達する術を持たない。だから私のような人間用のインターフェースを作った。情報統合思念体は私を通して人間とコンタクト出来る。

 情報統合思念体は注意深くかつ綿密に観測を続けた。そして約16万年前。惑星表面で他では類を見ない異常な位相エネルギーフレアを観測した。アフリカ大陸と呼称される一地域から噴出した位相エネルギー爆発は瞬く間に惑星全土を覆った。以後、あらゆる角度からこの現象と人類と言う存在に対し調査がなされた。

 しかし、調査を開始して間もなく、深刻かつ無視出来ないイレギュラー因子が確認された。それが、貴女が『キュゥべえ』と呼称する存在。

 彼らは宇宙に広く存在する意識体のエネルギー回収端末、通俗的に『インキュベーター』と呼称される機能体。

 インキュベーターは孵卵器。この星にあるエネルギーの卵を孵化させエネルギーとして回収するために飛来し、その任務を忠実に遂行する一種の機械生命と言うべき存在。

 同種の存在としては珪素系生命体が有機系回収機械を他の星系に送り込んで資源を回収することが確認されているが、それがより大規模になったものと考えてよい。

 彼らの目的は、熱力学第二法則に基づくこの宇宙の熱的な死を回避するための閉鎖系外エネルギーの確保。そのシステムによりこの閉鎖宇宙において増大するエントロピーに計画的に対応するための活動を続けている。

 そのシステムにおけるエネルギーの卵とは、貴女たち魔法少女と呼ばれる指向存在。

 そのような指向存在をエネルギーに変換することで彼らはエネルギー回収を行う。

 情報統合思念体はこのシステムが自らの自律進化に対し悪影響を与えると判断し、その作業を妨害することを決定している。

 

 それが私がここにいる理由。

 貴女がここにいる理由。

 

 

 

 

 マミさんと言えば中二病。

 それは天地開闢以来連綿と受け継がれてきたこの宇宙の真理のひとつ、とまでは言わないが割と有名な話だ。

 何人もいる魔法少女の中で最初に切り崩すべきはキーパーソンである彼女、ということは私なりの結論だが、その方法論がもっとも容易に思いつけたのも彼女だった。

 中二病は中二病をもって制す。

 設定の出典については言うまでもないだろう。これでもかつては貴腐人の端くれ、そこにいろいろ混ぜ込んででっち上げるのは簡単な仕事だ。

 嘘をつくには少しだけ真実を混ぜるという鉄則があり、その意味では半分は本当であるこの話は、知る人が聞けば大いに信憑性があるものだと思う。だが、初めて聞く人の身になってみれば突飛な話だというのは否めない。

 案の定、マミさんの柳眉が逆立っていた。怖ええ。

 

「……面白いお話ね。もう終わり?」

 

 冷え冷えとした声は中学生とは思えない迫力だ。

 あと十年もすれば映画『極道の妻たち』で主役を張れるだろう。

 

「信じて」

 

「無理ね」

 

 ぴしゃりとマミさんはダメ出しをしてきた。

 

「どこで私の話を聞いたのかは知らないけど、夢見る女の子の妄想を現実と混同してはいけないわ」

 

 よりによってマミさんに言われるとは思わなかった台詞に私は内心で崩れ落ちた。

 その屈辱が、言いづらいことを口にするだけの起爆剤になったとしても誰が私を責められよう。

 

「今は仮定として検討するだけでいい。しかし今現在、魔法少女と呼称される指向存在のうちで最も危険な状態に置かれているのは巴マミ。危機が迫るとしたらまず、貴女」

 

 危機と言う言葉に、流石にマミさんは目に敵意を宿した。敵意とは興味の一側面。それは釣り針に付けた餌に対する興味と同義。柔道で言う『崩し』のきっかけとしてはそれで充分だ。

 

「魔法少女と言う指向存在をエネルギー化するには、その個体の精神状態を『絶望』という精神状態に置くことが必須とされる。その結果、貴女たちが『ソウルジェム』と呼称している物質が変質してエネルギーを発生するのが基本プロセス。なお、『ソウルジェム』が変質した後の物質の事を……」

 

 さすがにこれを言うのは抵抗があった。引き返せるとしたらここが分水嶺。

 でも、ここを踏み越えなければ先には進めない。

 意を決して、私は告げた。

 

「『グリーフシード』と貴女たちは呼称している」

 

 マミさんの表情が凍りついた。

 

 

「『ソウルジェム』の本質は、通俗的に『魂魄』と言われる霊的なエネルギー体とされている。つまり『魂魄』を固形化したものが『ソウルジェム』という物質。本来、そのエネルギー体の存在は当該次元とは異なる位相でのみ観測可能。ただし、科学的でなく霊能的手法においては人類の文化においても『第三魔法』と呼ばれる技術体系として魂魄を物質化する概念は存在している。イレギュラー因子は魔法少女と交渉し、因果に干渉して歪みを生じさせる。その歪みを徐々に拡大して『ソウルジェム』の劣化を促進し、最終的にエネルギー化することでイレギュラー因子はエネルギー回収を行う。多くの場合、それは貴女たち魔法少女に対し『願い』と対極する形で徐々に訪れる。貴女が魔法少女になった時、貴女は己の救命を願った。それは、同じように事故に遭った家族、他者の救済を切り捨てたもの。その結果の因果は、今の貴女に徐々に蓄積されている。学校、私生活、いずれにおいても貴女の周囲には人がおらず、寂寥、孤独と言う負の感覚が徐々に大きくなってきていると推測される。また、この傾向は今後も悪化することが予想され、最終的に貴女の心がその負荷に耐え切れなくなるまで続くものと予想される。それが貴女が背負っている因果。イレギュラー因子が貴女を絶望まで追い詰め」

 

「もういい!」

 

 憤怒の表情を浮かべたマミさんが、中身の減ったカップを手にわなわなと震えていた。

 

「どこで調べたのか知らないけど、黙って聞いていれば知ったようなことを言ってくれるわね」

 

 まあ、普通はそう来るだろうなあ。

 

「魔法少女のなれの果てが魔女? 妄想もいい加減にしてよ!」

 

「今の私に証明する手段はない。しかし、貴女が『キュゥべえ』と呼ぶイレギュラー因子に確認をすれば、あの存在はそれを必ず説明する」

 

「馬鹿なこと言わないで、そんな大事なことなら最初から言うでしょ」

 

「あの存在は貴女たち魔法少女をエネルギー体、人類の感覚で言えば家畜や地下資源と同程度のものと考えている。不都合なことを積極的に説明することはない」

 

「貴女の戯言はもうたくさんよ!」

 

 私の言葉をマミさんが大声で遮った。

 

「帰ってちょうだい」

 

 言われるままに、私は席を立った。今日はこの辺が潮時だろう。

 

「ひとつだけ、伝えておきたい」

 

 私は敵愾心を剥き出しにして睨みつけてくるマミさんに言った。

 

「私という個体は、貴女の助けになりたいと思っている。何かあれば連絡を」

 

 そう告げて連絡先を書いたメモをテーブルに置く私に、マミさんは今一度声を荒げた。

 

「うるさい、出てって!」 

 

 

 

 街灯の下、夜道をとぼとぼと家路を歩く。

 楔は打ち込んだ。

 それがどう転ぶかはまだ判らない。

 近くに魔法少女がいたら即射殺と言う危険人物を生み出すことになる可能性もないでもないが、幸い今現在は近場に魔法少女はいない。程なく暁美ほむらが現れると思うが、彼女ならそうそう遅れは取らないだろう。杏子は今はまだお隣の風見野市。いきなりな惨劇は起こるまい。

 懸念としては、この流れの中で彼女が絶望に堕してしまう事だが、気休めの域を出ないレベルの保険として置いてきたメモが役に立つかどうか。藁にも劣る無力な私に何ができるというわけではないが、本格的に絶望する前に連絡をくれれば愚痴を聞くくらいはできる。

 何にせよ、気分は最悪だ。人を故意に傷つけるようなことを言うのは、やはり後味が良くない。

 とは言え、感情を別にすれば種蒔きとしては上首尾に終ったと思う。

 収穫期に成る実が、過度に苦いものでないことを祈るのみだ。

 

 

 

 

 

 一度動かし出した局面は止めることはできない。

 私としても、それだけの決意を持って事に臨んでいるつもりだ。

 期末テスト直前の授業中、そんなことを思いながらちらりと盗み見たのは友人の一人ののほほんとした顔だ。

 友人の名は志筑仁美。

 悪意がないまま主人公たちの足を引っ張る役回りを押し付けられた可哀想な女の子だ。

 この辺の視野の狭さについては所詮中学生と言えばそれまでだけど、安易に波風を立てるトラブルメーカーと言う属性は関係各位にとっては頭痛の種なのは確かだ。いや、悪い子じゃないんだよ、仁美も。おっとりしては見えるけど、ものの考え方がちょっとずれたところを除けばごく普通の女の子って感じだし。『有季さん、まどかさんとさやかさんは本当にお友達の枠から踏み出していないんでしょうか?』と真面目な顔で相談されたこともあったっけな。そう言う部分さえなければすごく付き合いやすい女の子だ。

 そんな良い子の仁美であるが、周囲に気取られていないだけでこの頃から既に上条君にホの字であったことは周知のとおり。

 だが、仁美には悪いけど上条君が仁美を選ぶのであれば、まず彼には通すべき筋は通してもらう。

 どっちに付くかと問われれば、正直私はさやか派だ。彼女がかけて来た時間とエネルギーには報いてあげたいというのが私の本音。監督さんだか脚本さんだかが『さやかと上条がくっつく世界はどこにもない』と言ってた気もするのでさやかの想いを成就させられるとまでは思わないが、やれるだけのことはやっておきたい。さやかもああいう子なだけに自助努力は期待できない。こちらはこちらで別個に対処する必要がある。

 魔法少女ではなく純粋な生身の人間として上条君への想いに白黒をつけることができれば、彼女が泡と消える運命を回避することはできるだろう。

 その結果がほろ苦いものであったとしても、なまくらより鋭利な刃物で切られた方が傷の治りは早いものだ。

 

 翌日、ちょっと気の利いた焼き菓子が手に入ったのでそれを見舞いの品にテスト前の一休みと称して昼休みにさやかを説き伏せ、皆で上条君の見舞いに行くことにした。仁美が習い事で都合がつかなかったところも計画通り。新世界の神のようにニヤリと笑ったつもりだったが、やはりうまく笑えなかった。

 

 見滝原の医療レベルは高い。

 先端医療の研究施設も多くあり、その臨床のための病院もまた同様だ。ここで治らんと言われれば絶望するのも判る。

 そんな病院に入院中の我が同級生。ちなみに個室だ。お金持ちなんだなあ。

 私たちを出迎えたのは美少年の営業スマイル。なるほど、モテるはずだ。

 事故る前に何度か話をしたけど、好みではないという補正プラス前世の知識と言う基本情報の影響もあってあまり好感を持ってない上条君。まあ、好みは人それぞれと言うことです。私としては中沢君の方がポイントは高い。

 治療の方はまだ神経の修復手術を繰り返しているそうで、さやかが言うにはその他にもリハビリだ何だでたまに見舞いに来てもベッドが空なことも多いらしい。今日は巡りが良かったのか、上条君はベッドで大人しく音楽を聴いていた。さやかが水を向けたせいでそれについていろいろ御高説賜ったが、クラシックの旋律とラリホーマの魔法の区別が曖昧な私には何を解説してくれているのかはよく判らない。

 

 歓談の前線に出るのは自然とさやかだ。

 いつものさやかを知っているだけに、ぎこちないさやかと言うのがやけに新鮮な気がする。この時点で普通は気づきそうなもんだが、やはり鈍い男だと気づけない物だろうか。まどかも気づいていないようだが、こういうところで鼻が利かないというのは女の鼎の軽重を問われると思う。仁美はちゃんと嗅ぎ分けていたぞ。話をしながらも必死に幼いころからの距離感を守ろうと無理してるさやかが、ちょっとだけ可愛そうな気がした。

 そんな感じに毒にも薬にもならない話をしていると、ナースが入って来てリハビリの時間だということを告げた。

 

「今日はありがとう」

 

 3人で押しかけた私たちに嫌な顔一つせず対応するあたり、こいつも性格悪くないのだろうと思うが、さやかのことに関しては気の毒だが容赦はできん。私はここに遊びに来たわけではないのだよ上条君。

 

 

「元気そうでよかったね」

 

 帰り道、私の邪心をよそにまどかはさやかににこやかに話しかけ、さやかも顔を赤らめて応じている。そんな二人の隣をいつも通りに表情の乏しいポーカーフェイスで歩きながら、私は事の顛末について考えていた。

 『手紙公方作戦』の第2弾は、例によって匿名で実行済みだ。

 状況を打破するための楔として、焼き菓子の紙袋の中に私は一通の封書を忍ばせておいた。お持たせで振る舞われたらちと困ったことになるところだったが、それは無事に回避できている。

 手紙の内容は青春っぽい体裁でまとめてみた。

 シンプルに言えば、

 

『君を見ている人がいる。ひっそりと想っている人がいる。近すぎて見えないかも知れないところにいる子だけど、できれば気づいてあげて欲しい、君も大変な時期だと思うけど、少しだけ彼女の気持ちについて考えてあげて欲しい。できれば彼女の気持ちを受け入れてあげて欲しいけど、でも、もしその気がなかったらきちんとフってあげて欲しい』

 

 という主旨の内容だ。

 文才はないが、その辺は前世の知識にある漫画あたりの知識を適当に流用した。

 唾棄すべき鈍感野郎を揺さぶる材料としてはこれくらいで充分だと思う。

 先にも言った通り、私はさやか派だ。上条君には打ちのめされているところを面倒事を押し付けるようだが、これは想いが届かず涙にくれた違う世界のさやかたちへの手向けでもある。TV版の第12話で、最後にまどかと一緒に消えていくさやかにはガチで泣いてしまったっけなあ。

 事が露見すればきっとさやかは怒るだろう。下手すれば絶交されてしまうと思う。でも、それはそれでしょうがないと私としては納得できる。

 あの物語の中で、最も悲惨な境遇に陥ったのは間違いなくさやかだ。それを回避し、彼女が円環の理の彼方に消えていく未来を打ち消せるならその程度の怒りは敢えて買おうと思う。私のエゴとしか言いようがないが、この世から消え果るくらいなら踏ん切りをつけて次の恋を探して欲しいのだ。

 もともと拾って当たった宝くじのような友情。私が嫌われてさやかの未来が買えるなら安い買い物だ。

 

 

 

 

 

 打ち込んだ楔の一つがこの時間平面にひび割れを生んだのは、期末テストが終わって春休みに入って2日後の事だった。

 春休みを満喫するまどかたちに引きずり回されてへとへとになって帰宅した日の夜、時刻は8時くらいだっただろうか。自室で休暇中の宿題をこなしていたら、不意に携帯が鳴った。

 着信した番号に心当たりはないが、こういうことをしそうな人には心当たりがあった。

 受信ボタンを押して短く『はい』とだけ答える。

 耳を当てたスピーカーの向こうから聞こえるのは沈黙だけだった。

 一瞬はあはあ電話の類かとも思ったが、その少し後に鼻声で聞き覚えがある声が聞こえた。

 

『……香波さん?』

 

 水橋かおりのようなその声は、私の予想通りのものだ。

 

「そう」

 

 短く答えると、また沈黙。

 ややあって、意を決したようにマミさんが言った。

 

『今から会えないかしら』

 

 私は瞑目して告げた。

 

「どこに行けばいい?」

 

『貴女と待ち合わせた公園で』

 

「判った」

 

 

 夜の公園は、あの日と同じように静まり返っていた。

 遠くから聞こえるトラックの音が、やけに夜の闇を引き立てているようにも思える。

 そんな闇を切り取るような街灯の明かりの下で、マミさんは制服姿でベンチに座っていた。

 首を垂れ、肩も落ちた姿は、いつもの彼女と違い年相応の女の子のものに思えた。

 仕方がない。大体まだローティーンの女の子にこんな運命を背負わせて背筋を伸ばしていることを期待する方が間違っているのだ。

 そのまま歩みを進めてマミさんの前に立つと、気づいた彼女が顔を上げた。

 ひどく憔悴した顔だった。泣き腫らしたのか、目の周りは真っ赤だ。

 これも予想通りというあたり、少々自己嫌悪が捗る展開だった。

 視線を交わし、無言のままの数秒が過ぎる。

 

「キュゥべえに、訊いてみたの」

 

 挨拶もなく発したマミさんの言葉は、どこか告解のようにも感じられた。

 

「貴女から聞いたこと、そのままね。私はあの子が『そんなことあるわけないよ』と言ってくれると思ってた。でもね……」

 

 そこまで言って、マミさんは震えながら俯いた。

 

「全部……貴女の言うとおりだった。私たちを騙して……まるで電池みたいにしか考えていないんだって……『それの、どこがいけないんだい?』って」

 

 なるほど。

 どうやらこの世界の淫獣は、至って通常運転中らしい。

 むしろそのことに安堵を覚える部分もある。私が知る奴の思考パターンから逸脱された方が面倒になる可能性もないわけではないからだ。

 

「馬鹿みたいよね、私……」

 

 すべては予定通り。反吐が出そうなほど思惑通りに事が運んでしまった。

 それだけに、強烈な自己嫌悪が我が身の中で膨れ上がっていくのを感じた。

 私が描いた絵図面は、情報は与えるがそれを乗り越えられるかどうかはどうしたって彼女次第という外道なプランだ。場合によってはこの時点で彼女が絶望に堕ちて魔女になっていても不思議ではなかっただろう。それすら踏まえた上での情報開示だ。

 でも、まどかとさやかを救うためには、そのきっかけを潰すためのシワ寄せをどこかに持って行かなければならない。

 それを引き受けてもらう人は、どうしてもマミさんしかいない。まどかとさやかを魔法少女の世界に導く役回りである彼女は、この物語のキューボールなのだから。申し訳ないけれど、起承転結の起を潰すにはマミさんに魔法少女と言う呪われた存在の真相を知ってもらうか、最悪、何らかの形でまどかたちとの接点を根絶するしかないのだ。そうしなければあの子たちが巻き込まれてしまう。

 その結果として生み出されたベンチで弱々しく背中を丸めたマミさんの座像は、他ならぬ私の作品だ。

 突きつけられるとさすがに重い。だが、視線を逸らしてはならない。

 私は嘘つきで、偽善者で、手の届く範囲のものしか守れない小さな人間だ。

 ひどい奴という謗りは甘んじて受けよう。

 そんな私にも譲れないものがあり、そのためにできることが限られているのなら、これくらいの事で折れる訳にはいかない。

 押しつぶされそうな自己嫌悪の重さに抗うように、私は背筋を伸ばした。

 

「私は、魔法少女としての貴女には謝ること以外何もできない。私には、何の力もないから」

 

 ごめんなさい。

 許して欲しいとはとても言えない。

 そんな感情を飲み込みながら、私は静かに告げた。

 

「でも、1人の女の子である貴女の傍にいることはできる」

 

 私にしては珍しいくらい、滑らかに口から言葉が生まれた。

 その言葉が、彼女の中でどのよう作用したのかは判らない。

 それでも、その虚言は確かに彼女に届いたらしい。

 顔を伏せ、肩を震わせながら、マミさんは静かに泣き始めた。

 

 

 マミさんが落ち着くまで半時ほどを要した。

 自販機で買ってきた紅茶を勧めて彼女の隣に座ると、マミさんは自然と自身の話をしてくれた。

 私も持てるボキャブラリーが枯渇するかと思うくらい、頑張って彼女と言葉を交わした。

 魔女化するだけが魔法少女の行く末ではない。絶望を越えていくやり方もないわけではないのだとことを必死に言葉を選んで説いた。

 それらのすべてが、彼女の心に空いた幾つもの罅割れに入り込んでいくのが判った。

 

『憧れるほどのものじゃないわよ。無理して格好つけてるだけで、怖くても辛くても、誰にも相談できないし、ひとりぼっちで泣いてばかり。良いものじゃないわよ 魔法少女なんて』

 

 彼女がただ一人、魔女と、そして孤独と闘ってきたことを私は知っている。

 今の彼女は、信じていたものが崩れてしまって途方に暮れていることも。

 そして、こうして誰かと隠し事なく語らうことが彼女にとってどういう意味を持つかも承知の上だ。

 弱みに付け込んでいる自覚はある。

 でも、それが彼女にとって多少の救いになることも理解しているつもりだ。

 仮初でも、寄る辺のない彼女が縋る藁として、善人の仮面を被ってでも彼女の傍らにいることは私の責任の範疇だと思う。我ながら最低だとは思う。多分、死んだら私の行先は天国でも円環の理の彼方でもないだろう。

 私がでっち上げた嘘っぱちな与太話を彼女はまだ信じているは問題ではあるが、その辺りはすべてが解決した時に打ち明けようと思う。私が知る、別の世界のマミさんの物語と合わせて。

 まどかの魔女化の阻止、そしてワルプルギスの夜の撃退という大目標が達成できた時、そんなことを正直に話せる未来が来てくれれればいいのだが。

 

「またね」

 

 自宅に向かう私に、そう言って手を振るマミさんは、少しだけはにかんだ笑みを浮かべていた。

 

 この日から、私は3日と空けずに彼女の部屋を訪れるようにした。

 彼女に言った約束とメンタルケアが目的ではあるが、私なりにマミさんには興味があったこともある。

 マミさんと言えばケーキ。

 私もまたその方面については少々腕に覚えがある。

 お菓子のレシピ交換ならば、会話が苦手な私でも多少は話題を紡ぐことができる。

 

 

 


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