魔法少女まどか☆マギカ 続かない物語    作:FTR

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第5話

 よくない夢を見ることは誰にでもあると思う。

 それはやたらピンポイントで人の弱いところをついて来るような性質の悪いものであることが多いのだが、更に困ったことに目が覚めると内容をさっぱり覚えていないということがほとんどだったりする。

 この日の朝の私の夢見も、多分そんな悪い夢だったのだろう。

 寝間着代わりに愛用している作務衣が汗で重くなるくらいの悪夢を見たはずなのに、飛び起きた時にはもうその夢は私の脳から飛び去っていた。

 時計を見たら午前6時2分前。

 寝られたはずのあと2分が、黄金より貴重に思えた。

 

 

 

「お仕事はどう?」

 

 大盛りのお茶碗を差し出しながら、ニュース記事を読んでいた父に訊いてみる。朝食前の父の基本モードは耳はニュースで目はタブレット。大人と言うのは忙しいものだと思う。それでも食べる時はそれらは休んでご飯に集中してくれるからこちらとしては素直に嬉しい。作り手への思いやりをよく判ってくれて人だと思うが、こういう気遣いをしてくれるから作り手として次はもっと美味しく作ろうというモチベーションが上がる好循環が実現できるのだ。

 

「もうちょっと山があるかな。まあ、夏には落ち着くだろうから、お盆はお墓参りに行こう」

 

 当家の菩提寺は今も神戸にあるのだが、月命日には参っていた母のお墓参りも近頃はご無沙汰している。距離が距離だけにお盆の送り迎えも難しそうだ。

 ともあれ、父との旅行も久しぶりだ。

 中学生になると女子は男親との距離感が微妙に難しくなるというが、私の場合はそれなりに上手くやっていると思う。私の精神年齢が少々アレなこともあるが、やはり母がいないが故にお互い助け合わねばならんと言う暗黙の了解が成立しているから上手く距離感が保てているのだろう。

 

 律儀にいただきますと手を合わせて一緒に箸を取る。

 

「お、いい鮭だな。これは美味い」

 

 鮭の粕漬けをほぐして口に運びつつ、父は嬉しそうに朝食を頬張りだした。白眉は程よく焼けた皮だからしっかり堪能して欲しい。

 そんなことを思いながら、壁のカレンダーに目を向ける。

 お盆は8月。

 夏はまだまだ先だ。

 だが、その夏を迎えるために越えねばならないハードルは、決して低くはない。

 

 

 

 

「実地訓練?」

 

 昼休み、マミさんとほむらを屋上に呼び出し、私はこれからのプランについて提案をした。

 切り出した単語がよほど予想外だったのか、マミさんもほむらも意外そうな顔をしていた。

 

「間もなく、魔女が出現する可能性がある。それを相手に連携を確認して欲しい」

 

「私は構わないけど……」

 

 言葉を濁しながら視線をほむらに向けるマミさん。

 いつも通りにむすっとしているほむらは、恐らく私の意図を計っているのだろう。

 

「言っておくけど、私はまだ貴女達と手を組むかどうか決めていないわ」

 

 確かに彼女の言質は取っていない。かつては逆上したマミさんが杏子を撃ち殺すことも体験しているだけに、ほむらの性格を考えてもそう易々とこっち側に与してくれるとは思えない。

 

「構わない。最終的にワルプルギスの夜との戦闘までに結論を出してくれればいい。でも、その判断材料としてチームを組む可能性がある魔法少女の実力を理解しておくことを提言する。それには現場で確認をするのが一番確実」

 

 淡々と返す私の言葉に、ほむらが機嫌の傾斜を深めていくのが判る。

 

「状況によるわね。どういう魔女が出るのか、貴女は知っているの?」

 

 仏頂面をしたままほむらが訊いて来たが、そう来ると思ってちゃんと準備はしてある。

 

「『お菓子の魔女』シャルロッテ。性質は執着。予想出現地点は中央病院周辺。魔女の外見はこんな感じ」

 

 そう説明し、美術の時間に使う画用紙に描いたシャルロッテの姿を見せた。昨夜寝る時間を削って描いた制作時間1時間の大作。マミさんには特によく理解してもらいたい魔女だ。

 だが、それを開示するや、図を見る2人の表情がやけに微妙なものに変じた。

 

「う~ん、ちょっと判らないかな……」

 

 ……その顔を知っているぞ、巴マミ。それはまどかの黒歴史ノートを見た時の顔だ。

 失敬だ。確かに私には絵心はないが、特徴は充分に捉えているはずだぞ、これ。

 

「判らない?」

 

「判るわけないでしょ」

 

 問うた私を冷静に叱りつけ、ほむらは画用紙を私の手からひったくった。一生懸命描いた絵だけにちびっと傷ついたけど泣かない。

 そんなほむらはベンチの上に画用紙を裏返して置き、どこから取り出したのか判らぬシャーペンをすらすらと走らせて見る見るうちにやけにリアルなシャルロッテを描いていく。おお、上手いもんだなあ。違う時間軸で薄い本でも作っていたのだろうか……ではなく、違う時間軸にもいたのか、シャルロッテ。ちなみに目はシャルロッテよりべべの方が表情が豊かで私は好きだ。べべと言えばチーズ、そこからナポレオンの寝言を連想するのは私だけだろうか。

 それはさておき。

 あっという間に紙の上に再現されたシャルロッテの姿。モビルスーツのプラモデルについてる解説書のように正面図のみならず背面図も完璧だ。完成度高けーなオイ。

 

「何だか、ぬいぐるみみたいね」

 

 描き出されたシャルロッテの姿にマミさんは可愛いものを見るような目で小首を傾げた。なるほど、あの敗北にはビジュアルに騙された部分もあったわけか。

 

「……説明を続けて欲しいのだけど?」

 

 あまりの画力に呆気にとられていた私に、当の暁美画伯がマゾが喜びそうな氷点下の視線を容赦なく浴びせかけてくる。そうそう、あれを言っておかないと。

 

「この姿は仮のものと思っていい。本体はこの部分」

 

「これ?」

 

 背面の人を食ったデザインのアップリケにマミさんが首を傾げた。

 

「ぬいぐるみ状の形態の時に拘束されると、全体が裏返るようにこの本体が活動を始めて襲って来る。発現後の本体はこんな感じになる」

 

 そう言って制作時間45分の巨大ウナギの絵を取り出すとほむらが無言でひったくり、裏にまたすらすらと変形後のシャルロッテ本体を描きあげていく。

 やはり、私はこの子に嫌われているのだろうか。

 そりゃ確かに私は絵が得意ではない。でもこの対応は優しさが足りないと思うがどうだろう。

 

 私の事情はさておいて、2人で共同で魔女狩りをしてもらうことには2つの意味がある。

 一つは連携の確認。魔法少女同士というのは、本来利害が対立するので仲があまりよろしくない。劇中で誰ぞが言ってたと思ったが、グリーフシードを巡ってガチの殺し合いを始めることも本当にあるらしい。

 そんな殺伐とした業界の中で見滝原のような良漁場をシマにしているマミさんは魔法少女の中でやはり相応の実力者なわけだが、そのマミさんも魔法少女が手を組むというのは滅多にあることではないと言っていた。かつて杏子と組んでいたことやまどかと組んでいたことは、恐らくは寂しがり屋のマミさんの個性によるものなのだろう。

 でも、ワルプルギスの夜はそれくらいの事をしなければ追いつかない。

 当然互いの手の内や戦いのリズムが判らないとサポートし合えないであろうから、事前に演習をしてもらうことには大いに意義があると思う。私も彼女らの能力は知っていても戦術の指南はできないから、細かいところは実地で詰めてもらうしかない。お互い手の内をきちんと見せ合ってくれるかどうかは私が間に入ってディスカッションで埋めようと思っている。

 もう一つの狙いはグリーフシードの確保だ。ワルプルギスの夜を相手に一戦やらかすとなれば、魔力は幾らあっても足りないだろう。ソウルジェムも汚れ放題となると充分な補給を考えておく必要がある。グリーフシードはあればあるほどいい。

 それに加え、相性の良くないマミさんとシャルロッテの対峙において、ほむらの援護があればまず不覚を取ることはないと思う。マミさんの悲劇のフラグはこれで回避できるだろう。ほむらもツンツンしてはいるけど、マミさんを見殺しにするようなことはしないだろうし。

 後は直近ではハコの魔女と影の魔女か。芸術家の魔女や委員長の魔女、鳥かごの魔女あたりはほむら情報にすがるとしよう。

 

 

 マミさんとほむらの方はそれでよしとして、問題は私の方だ。

 ここ数日、続けて風見野に足を運んでいるが、釣果の方は丸坊主だ。ゲームセンターをうろついていればエンカウトできるかと思っていたのだが、そのゲーセンが結構数があり、土地感がないことも手伝って佐倉杏子の捜索は難航している。いかんせん相手はフーテンだ。住所不定なだけに古い刑事ドラマのように足だけを頼りに事に当たるしかない。魔力の痕跡を追いかける手もあるだろうけど、ほむらのような魔法少女が接触しても露骨な警戒を招くだけだろう。マミさんとなれば尚のこと警戒すると思われる。ここは私が動くのが最善手だろう。

 

 

「有季ちゃんは今日も?」

 

「うん。ごめん」

 

 放課後を告げるチャイムの後、帰り支度をしながらまどかが不満げな声を出した。

 私が何をしているかは『2週間ほど家の用があって』と言葉を濁して放課後の寄り道は遠慮させてもらうことを言ってある。

 

「毎日大変だね」

 

「必要なことだからしょうがない」

 

 まどかは同情するような顔をするけど、嘘をついているだけに胸が痛い。すまんがこれも方便と言うことで許して欲しい。

 

「じゃあ、また明日ね」

 

「早く用事片付けちゃってよ」

 

「ごきげんよう」

 

「また明日」

 

 いつもの交差点で手を振る3人に一言だけ答えて、皆と別れて私は家に向った。

 

 家路の途中にあるよくある形のバス停に向うと、折よくバスが走ってきた。

 小走りに乗り込むと、車内には数名の乗客が乗っているだけで席は結構空いていた。

 乗り込んだのは『風見野駅北口』行きの表示が出た『はとバス』風の2階建のボンネットバスであるが、見滝原から出られないおかしなバスではない。ちゃんと風見野の駅前に着くように運行されているバスだ。毎日の風見野詣となると小遣い生活者としては運賃の負担がいささか厳しいが、これも必要な出費だから仕方がない。

 そんなバスのシートに座り、車窓を流れる街並みを見ながら思考の海に潜る。

 

 神名あすみの出現以来、押えておかねばならない情報は格段に増加した。

 この時間軸だか時間平面だかが私が知る世界のそれと異なるというのであれば、既知の危険な因子は早期に対応しておく必要があるからだ。これも高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応するという当初の作戦方針の一環でもある。

 知っている範囲で最大の危険因子になり得るのが美国織莉子。こいつは予知能力による未来視の結果からまどかを付け狙っていたはずの厄介な女であり、確認次第遅滞なく排除する方向で考えねばならない存在なのだ。だが、ほむらをけしかけることを本気で考えながら彼女のことを調べ始めたら、嬉しいことにその殺意は豪快に空振りすることになった。

 忌まわしき妖怪バケツ女のパパンである美国久臣は作中では汚職の汚名を苦に自害していたはずなのだが、ネットで調べたら検索結果の一番上に彼のホームページがヒットした。活動内容を拝見してみれば政権与党に所属する議員として今日も元気に活動中。評判もまずまずで、小選挙区制で7人が立候補した激戦の選挙区で圧勝となかなかの手並み。裏でせっせと悪事を働いているのかも知れないが、バケツ女の魔法少女化のトリガーは彼の自殺だったはず。どこのお嬢様学校に通っているのか知らないために直接確認することは叶わないが、そのトリガーが不発となれば魔法少女化はしていないと考えても差し支えないと判断した。

 次はそのバケツ女のオプションである呉キリカだが、こいつは原作ではうちの中学の3年生だったはず。分類としてはあすみんと同様『できれば思い出したくない情報群』の1ファイルである彼女。貴奴のようなアレに刃物なバルログもどきを御することは私にはできないので冷や冷やしていたが、生徒名簿の範囲では幸いにも彼女はうちの学校には在籍していないことが確認できた。

 別の有名どころであるかずみに至っては、どこにいるのか見当もつかん。チーム戦を考えている私としては彼女らと接点を持つことに意義を感じるところではあるが、もれなく淫獣の亜種がついて来そうなところが何だか嫌だ。マミさんもほむらもかずみたちのことは知らないとのことなので手の打ちようがない。

 他にも何人か有名どころがいたようだけど、私の記憶には彼女らの詳細はストックされていない。情報がないだけに対処法は判らないので、接点ができるようならその時はその時だ。クマ子やチベットちゃんとかなら是非お近づきになりたいが。そんな感じにシャフト公認だけでもそれだけにいるだけに、二次創作系の魔法少女までもが出てきたらお手上げだ。

 そういう意味ではあすみんは手の内が判っているだけに対処は考えやすくはあるのだが、ダークヒロインを地で行く彼女に干渉することはリスクが高すぎる。彼女の情報は当然だがほむらにも伝えてあるが、数多の世界を渡り歩いたほむらもあすみんのことは知らないそうだ。そこに私と言う更なるイレギュラーが加わったとなれば露骨に警戒されるのも判らんでもない。

 

 そんなことを考えていると、バスは無事に終点風見野駅に到着。

 下車した私は佐倉杏子捜索のために繁華街に足を踏み入れた。

 見滝原と違いごく普通の都市である風見野市においては、学生服を着た中学生が繁華街をうろつくにはある程度時間的な制約が生じる。あまり遅くまでウロウロしていたら補導されかねないから厳しい。

 限られた時間で巡回するのは当然ゲームセンターだ。私自身ゲーセンは金銭的な理由等からあまり行かないし、騒がしいのはあまり好きではない。行く時は大抵さやかのお供で行く時で、行ったとしてもまどかと一緒にクレーンゲームに興じるくらいだ。なお、我が家にはそのゲームで獲った単価3,000円の犬のぬいぐるみが置いてある。我ながら馬鹿だったと今でも思う。

 扉を開けると押し寄せてくる電子音の洪水。この環境はなかなか慣れないものですな。

 今日の一軒目は御客の入りは結構多いゲーセンだった。

 それにしても、いろいろなゲームがあるものだ。

 格闘ゲームやパズルゲーム、クイズゲームあたりはいいのだが、対戦型のロボットゲームのタイトルが『神攻電脳バルジャーノン』だったのは見なかったことにした。そっちの世界観まで面倒見切れんわい。

 そんなゲーセン行脚だが、狙いはもちろんダンスゲーム。タイトルは判らんが、この手の筐体は図体が大きいので数は限られている。その筐体を見た後に周囲のギャラリーを確認し、そこにポニテの女の子がいなければ次に向かうという流れでゲーセンを渡り歩く。

 ここ連日そうやって刑事の聞き込みのような事をして来たのだが、なかなか思惑通りにはいかないのが世の中と言うものらしい。

 この日もまたそんな時間を繰り返して夕暮れ、今日も釣果なしかと思いながら訪れた最後のエリアのことだった。

 

 そこは映画館も入った大きなビルの最上階にある、かなり規模の大きなゲームセンターだった。昨日までは独立店舗型のゲーセンだけを絨毯爆撃していたせいか見落としていた場所で、今一度端末検索していたら見つけた店舗だ。

 エリアに入り、入り口周辺のクレーンゲーム系の筐体が並んだあたりを素通りしようとした時、慎重な面持ちでボタンを操作している見慣れたリボン頭が見えた。

 

「まどか?」

 

 けたたましい音が響く中、それでも私の呟きが聞こえたのかまどかが驚いたように飛び跳ねた。

 

「ゆ、有季ちゃん……」

 

 振り返るまどかの顔に、悪戯がばれた子供のような気まずい表情が浮かんでいた。固まった彼女の背後で、空振りを知らせる残念ファンファーレが響いた。

 何故ここにまどかがいるのかという疑問が、まどかのその反応でほぼ一瞬で解消された。

 その推測を元に私の脳内で様々な思考が駆け巡るが、悲しいことにその多くがネガティブな色を持つものだ

 今のまどかの表情が物語ることは、彼女は私に知られたくない範囲で何かをやっていたということ。しかもここは風見野。結論として、私を尾行したと考えるのが自然だ。

 そんなことを思う私の顔を見るや、まどかの表情に不安の色が浮いた。それなりに付き合いが長いこともあってか、まどかは表情変化に乏しい私の形相から内心を読み取ってくれることが結構ある。この時もまた、私の表情をまどかは酌んでくれたらしい。

 

「え、えーとね……」

 

「説明して欲しい」

 

 戸惑うまどかに、私は端的に告げた。

 何故ここにいるのか、白状してもらわねばならない。

 

「あ、あのね、有季ちゃん、多分マミさんの手伝いをしてるんじゃないかな、って……」

 

「……そうだとしたら?」

 

「うん、その、1人じゃ大変だろうから、私たちも何か手伝えないかな~、って。さやかちゃんも賛成してくれて。有季ちゃんと別れた後で追いかけたら、風見野行のバスに乗ったのが見えたから、その……でもこっち来ても見つからなかったから、ちょっとだけ遊んで、もう帰ろうかなってさやかちゃんと話して……」

 

 ばつが悪そうなまどかの様子に、私は自分のお腹の真ん中に重油のような黒いものがどんどん溜まっていく気持ち悪い感触を感じていた。

 理解したのは、自分の浅慮と馬鹿さ加減だ。

 肝心要のまどかの性格について、私はこれっぽっちも理解できていなかったのだ。

 

「有季ちゃん?」

 

 問うような視線を向けてきたまどかの両の頬を、私は両手で強めに挟んだ。張り手と言うほどではないが、音が出そうなほどの強さで。私の行動が意外だったのか、まどかは目を丸くして驚いていた。

 

「まどか、貴女は今、とても軽率なことをしている」

 

「え?」

 

「気持ちは嬉しい。でも、これは場合によっては命に係わること。この間みたいなことがあっても、マミさんは貴女たちまで守ることは約束できない。まどかにもしもの事があったら、ご両親とタっくんに私は何て言ったらいい?」

 

 意外そうなまどかの表情に、かつて聞いたほむらの叫び声が脳裏をよぎった。

 

『貴女を失えばそれを悲しむ人がいるって、どうしてそれに気づかないの!? 貴女を守ろうとしてた人はどうなるの!?』

 

 あの台詞を初めて聞いた時、私は説明もなくすべてを悟れとはずいぶん勝手な子だなあ、と思った覚えがある。だが、実際に体験してみれば、一連のほむらの対応は、まどかのこの性格故に取らねばならなかった苦肉の策だったのだと理解できる。

 まどかは、優しすぎるのだ。

 情が深いと言い換えてもいい。

 友達の痛みや苦労を己のものとして感じることができ、それを何とかしようという努力を惜しもうともしない。自己犠牲すら厭わぬほどに。

 

 「ごめんなさい……でも、有季ちゃんがあんな怖いのを何とかしようと頑張ってるのに、黙って見てられなくて……」

 

 懸命に説明するまどかに、私はかける言葉を見つけることができなかった。

 しょげる彼女に『それは余計なことなのだ』と言ったとしても、そのアプローチはほむらがやってきたまどかを魔法少女から遠ざける切り口と何ら変わらない。そして、マミさんと言う媒体を使ってまどかに魔法少女と言うものの本質を言い含めた行動もまた、そんなほむらのアプローチと変わらない程度の抑止力しかなかったのだと私は知った。

 既に魔法少女のおぞましいシステムを知っているはずであっても、この子は自分を取り巻く人たちに何かあった時、その力を行使することを躊躇わないだろう。地獄に落ちることすら、この子は必要とあれば笑って受け入れかねない。まして魔法少女のシステムの正体を知っているだけに、自分が宇宙の法則すら書き換えるほどの潜在能力や最悪の魔女に変じる可能性があることを理解してしまえば、苦悩の果てにきっと円環の理と言う概念を考え出してしまうだろう。

 そのまどかが対峙する敵は口八丁においては宇宙レベルの淫獣、追い込みのかけ方もえげつないことこの上ない輩なのだ。淫獣が演出しかねない最悪の状況に陥った時、私やほむらがいくら絶対に魔法少女になってはいけないと言って聞かせて約束をとりつけても、この子がそんな約束を守るはずがない。まどかは、そういう子なのだ。

 ここまで来て、ようやく私は暁美ほむらが抱えてきた苦悩の一端が理解できた気がした。そっけない態度を取るしかなかった理由も、今ならば判る。いくら泣いてすがってもまどかをこの忌まわしい騒動から遠ざけることができないと言うのであれば、冷徹な仮面を被ってそれがどれほどの不幸をもたらすかをこれでもかとばかりに見せつけるしかないのだろう。

 ほむらが挑み続けた難題の正体は、彼女が愛したこのまどかの頑固なまでに優しい性格がもたらした、斯くも難しいパズルだったのだ。

 

 そういったことを思いながら、何とか感情を抑えつけて小さな声で私は告げた。   

 

「……さやかは?」

 

 

 

 まどかの案内に従って店の奥に進むと、ダンスゲームの筐体の上でさやかがステップを踏んでいた。運動神経がいいうえに放課後に割とやりこんでいるせいか、ノーミスで難曲をクリアしているように見える。

 だが、私が凍りついたのはそんなさやかの姿ではなく、さやかが踊る筐体の脇でポッキーを煙草のように咥えてさやかの軽快な足さばきを見ているポニテの女の子の存在故だった。

 ややきつい目つきの、見るからに運動神経が良さそうな女の子。

 

 佐倉杏子。

 

 やっと見つけた尋ね人は、両腕を頭の後ろに組んでそこに立っていた。

 

 程なく曲が終わり、ポーズまで決めたさやかのスコアが表示される。

 

「へえ、言うだけのことはあるじゃん」

 

「まあね~」

 

 杏子の言葉に得意げな顔で返しながら、さやかがランキング1位の所に自分の名前を入力している。既知の間柄ではないはずなのだがどういうことかと思ってたら、ランキング2位が『KYOKO』となっているところから、何となく状況は読めてきた。

 

「おっし、そんじゃ次は本気で行くよ」

 

「へへんだ、抜けるなら抜いてみなよ」

 

 軽く柔軟を済ませた杏子が、さやかと入れ違いに筐体に陣取った。おい、お前ら、何でそんなに馴染んでんだよ。初対面だろ。基本的にウマが合う2人だとは思っていたけど、魔法少女と言うフィルターがないと会ってすぐにマブダチになれるのかこの子たちは。

 そんなことを思いながら不機嫌なオーラをまき散らして筐体に近寄ると、さやかが私とまどかに気づいて顔色を変えた。

 

「あっちゃ~、ばれちゃったか」

 

 ばれちゃったかじゃないよ、このあかんたれ。

 

「さやか、私は怒っている」

 

 単刀直入に言うと、さやかは神妙な顔をして手を合わせて角度45度の最敬礼をして来た。

 

「ごめん、悪気はなかったんだよ。あと、後を尾けようって言ったのは私だから。まどかはやめようって言ってたから勘弁してあげて」

 

「ち、違うよ、私が行こうって言ったんだよ、さやかちゃんが悪いわけじゃないよ」

 

 私を挟んで互いを庇いあう2人の様子に、杏子が興が覚めた感じに声をかけてきた。

 

「何、もしかしてあんた保護者連れ?」

 

 さやかが振り返り、ぱたぱたと手を振った。

 

「違う違う、保護者じゃなくて友達。それより悪いけど、もう帰らなきゃいけないんだ」

 

「何だよ、勝ち逃げはずるくねえか?」

 

「また来るからさ。私、美樹さやか。あんたは?」

 

「ふん……佐倉杏子だ」

 

 何故そんなに和気藹々なんだよ。こいつら、私が知ってる範囲じゃ初対面の時は命のやり取りしてなかったっけ? 油断すると思考が『さや杏』とか『杏さや』といった単語に飛びそうになるぞ。

 

「そんじゃ悪いけど帰るわ。有季は機嫌直してよ、お詫びになんか奢るからさ」

 

 そう言って軽いノリのまま帰宅の体勢に入ったさやかに、私は隣にいたまどかを押し付けた。

 

「2人で先に帰って」

 

「……どうしたの?」

 

 首を傾げるまどかとさやかに、私は端的に答えた。

 

「用事が見つかった」

 

 

 怪訝な表情をする2人を追い帰し、私は次のプレイに入っていた杏子の背後で終わるのを待った。

 

「何か文句でもあんの? あいつとはここで会っただけだし、マジで今日が初対面だよ?」

 

 軽い足取りを乱しもせずに、杏子は背後の私に話しかけてきた。

 

「そうじゃない」

 

「なら、どっか行ってくんない? 気が散るからさ」

 

「貴女を探していた。佐倉杏子」

 

「あん?」

 

 私の言葉に、杏子が怪訝な顔で振り返った。

 その杏子の目を見ながら、お腹に力を入れて私は告げた。

 

 

「貴女をスカウトしに来た」

 

 

 

 


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