ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第9章

 

 

わかってはいた。

 

この世界はどうも古くさい匂いがするから。

 

天から降り注ぐ数多の星空の光とコオロギのさえずりの中、ノクティスは一面緑景色の中で呆然と立ち尽くしていた。

 

彼の眼前にあるのは、見事に溜まった洗濯物達だ。

 

 

「··············はぁぁぁぁぁ」

 

 

膝から崩れ落ちた。

 

その際、手に持っていた木製の洗い桶を落としてしまう。水が入っていて中身が全部溢れてしまったのだが、もはやそれすらも意識に入ってこない。

 

溜まりに溜まりまくったルイズの洗濯物、それら全てをノクトに預けると『今までサボった分、今日中に終わらせること』とかなんとか言って、着物だけでなく分厚い掛け布団までも太巻きにして投げ渡された。

 

大量に出された洗濯物を見て、ノクトは目を白くしてしまっていた。

 

夕食が終わって約一時間後、この世界でもその時間は比較的遅い時間と言える。そんな夜遅くに何の前触れもなく言い渡された命令にノクトのこめかみがブチッと嫌な音を立てた。

 

なんで自分がこんな大量の洗濯物を洗わなくちゃなんねぇんだなんてことは思わなかった。それが使い魔の仕事なら仕方ないで片付けられるからだ。

 

ただ、量が多すぎる。

 

その上時間も遅い。

 

出すんなら早く出してくれ、乾かすのに一番最適な時間帯は柔らかい陽射しと小鳥のさえずりが聞こえてくる朝なんだからって言いたかった。こっちはまだこの世界に来てからいろんなことがありすぎてさんざん頭を悩ませているのに、この期に及んで急に僕としてのお仕事ですか。

 

 

「くそ··············」

 

 

普通なら洗濯機という最新鋭の技術を詰め込んだ機械を使いたいところだが、この世界に機械はない。

 

様々な偉業を成し遂げた機械に頼りきっていたノクトからすれば、洗濯機という機械もまたなくてはならない存在。

 

しかし、この世界は教えがいいのか機械という言葉すらない。

 

その事実はノクトを絶望させた。

 

目の前にある洗濯物を見た瞬間、ノクトの全身から力が抜け、思わず涙を流してしまった。

 

怒りという感情が、猛烈な悲しみへと切り替わっていく。

 

キャンプの最中は洗濯どころか身体すら洗えなかったので、近くのホテルなんかで洗うしかなかった。そして、ホテルに泊まる際に溜まった洗濯物は全部、家事担当のイグニスに任せっきりだった。翌日には汚れもシミもない状態で戻ってきたことが当たり前となっていた日常が懐かしい。あの当たり前のようだった日常に感謝すら覚える。

 

しかし、ここではそうはいかない。

 

到底洗えるはずもない量の洗濯物を、これから素手で洗わなくてはならない。

 

使い魔として生きるということを決めたノクトであったが、

 

 

「··············やっぱ辛ぇわ」

 

 

かつての言葉が情けなく聞こえる。

 

そしてノクトが馬鹿げた事を考えて逃避している間に数分という時間が過ぎてしまった。夜の風がノクトの髪を静かに揺らす。

 

なんか慰められてる気分だった。

 

だが、それと同時になんかの罰みたいだった。

 

最新鋭の機械に頼りきり、全ての事を家臣に任せっきりだった人間の末路。普段の生活に甘えすぎた結果、王族という称号にすら愛想を尽かされるとか、いよいよ第二の人生には希望がない。

 

途方に暮れた。

 

でもって、ノクトは黙々と無意識に何の考えも持たずただひたすらに溜まった洗濯物を無心で洗い続けた。

 

結果、翌日超寝不足になった上にルイズから全部やりきれなかった罰として爆裂魔法を喰らったのは言うまでもない。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

ノクティスは王族だ。

 

しかし、どう見ても彼は不幸な日常を送っている。

 

この数日を振り返ってみるだけでもそれはわかる。誰でも不幸だと思う。ここに来てからまともな対応を受けた覚えはない。

 

掃除洗濯、主人の着替え、質素な食事に藁の上での睡眠。どう考えても王様が送る生活ではない。ついには貴族に決闘を挑まれて圧勝したが、その後大変ご不満なご主人様から乗馬用の鞭で叩かれるという有様だった。その後にしたってまともでなかった。相変わらず魔法には失敗して教室を真っ黒な空間に埋め尽くしたり、ご主人と共に後片付けをやらされたりと、何だかもう色々とボロボロなのだった。

 

前世でも苦しい思いをして来たのに、またこの世界でも彼は王としてあるまじき生活を送っている。

 

もう一度言っておこう、彼は王族である。

 

なのに不幸な生活を送っている。

 

環境がそうさせているのだとしたら、早々に改善すべきだ。

 

しかし、ご主人様があれなので望みは薄い。

 

食事も以前と変わらずにパン一個に白湯みたいなスープ一皿。食事を用意してくれるだけでもマシなのかもしれないが、あの性格であるからには使い魔の意見を聞くことなど絶対にあり得ない。

 

使い魔に気を使うことなど、あり得はしない。

 

 

「ノクティス! 今日はあんたに『剣』を買ってあげるわ!!」

 

「···········ハ?」

 

 

ある日の朝、ルイズが出し抜けにそう言った。寝起きで一番にそう言われ、支度どころか思考回路すらもままならない状態でそう言われて頭の中がボーッとしていたせいでそんな簡単な言葉しか返せなかった。

 

早いもので、ここに召喚されてからもうそれなりの時間が経っていた。

 

使い魔の仕事にも大体慣れて安定した時間を過ごしていたノクトは、これを聞いて今日もそうはいかないだろうなぁと心中そう思っていた。

 

別にルイズが突飛なことを言うのは珍しいことじゃない。言ってることがコロコロ変わったり、論破されると真っ赤になって怒ったりと、それに比べればまだ優しい方だ。ただ、こうも情緒不安定だと彼女は何か病気を抱えているのではないかと心配になってしまう。

 

そんなご主人の口から使い魔である自分のために買い物をすると言って来た。

 

彼女の声を聞きながら、むしろ肩を落とし呆然とした様子で反応したノクトはちょっと人間不信になっているのかもしれない。彼の黒くてクセっ毛が個性的な髪が窓から入ってくる風を受けて間抜けに揺れる。

 

 

「···········いきなりどうしたんだ?」

 

「だから早く支度なさい。せっかくのお休みをあんたのために使うんだから」

 

「···········どういう風の吹き回しだ?」

 

「言葉通り、あんたに剣を買ってあげるのよ。その意味もわからないぐらいまだ寝ぼけてるの? だったら早く顔を洗って来なさい」

 

「······················」

 

 

腕組んでなんかドヤ顔しながら言ってきたが、この期に及んでノクトはこの降って湧いた事態に、とんでもない落とし穴がないかと勘繰っていた。

 

ノクトはルイズと同じく両手を組むと、うーんと首を斜めに傾けて、

 

 

「剣って、あの剣か?」

 

「質問の意味がわかんないんだけど」

 

「刃物がついた武器のことだよな?」

 

「ねぇ、早く支度して欲しんだけど」

 

「それを俺に買ってくれる、と?」

 

「だからそう言ってるじゃない、しつこいわね」

 

「あのルイズが俺なんかのために剣を買いに行くと。それも無償で、何の対価もなく?」

 

「······················なんか失礼な意味が含まれている気がするけど、そういうことよ」

 

 

呆れたというより、むしろ冷たく見られてしまった。どうも彼女にはノクトがまだ理解できない部分があるようだ。どういうつもりなのかはわからないが、その意味についてようやく理解したノクトは立ち上がって、

 

 

「········買ってくれるのは嬉しいけど、剣なら俺もう大量に持ってるし、無理して買わなくても別にいいぞ? 間に合ってるし」

 

「なによ? 剣が欲しくないの?」

 

「いや、別にそうは言わねぇけど··············金とかさ」

 

「心配ないわ。使い魔に剣の一つも買ってあげられないくらい貧乏じゃないから」

 

「いや、でも··············」

 

「それ以上反抗的な意見を言ったら無礼を働いたと判断して食事抜きにするわよ?」

 

 

もはや脅迫じゃないかそれ?

 

ノクトがこうも躊躇うのには理由がある。あのルイズが自分のために剣を買ってくれるなんておかしいのだ。

 

だからどうせなんか見落としがあるんだ、とノクトはそう思っていた。そしてその見落としがあるせいで後に無理難題な面倒ごとを命令してきたりといった計画を立てているに違いないのだ、と考えていた。

 

 

「はぁ··············あんたがわたしにどんな印象を持っているのか大体わかるけど、今回は真面目にあんたのために買いに行くの。いつものお礼としてね」

 

「!」

 

「使い魔に褒美を与えないほど冷酷じゃないわよ。あんたにはいつも助けられてるし、だからあんたに剣を買ってあげようと思っただけ!」

 

 

感謝しなさいよね! と付け足しながらルイズはエヘンと平坦な胸を張る。

 

口ではそう言ってはいるが、これには実はちゃんとした狙いがあった。

 

ルイズはキュルケとノクトとの、あの夜の邂逅があって以降、ちゃんと自分がご主人様であることをどうやって示せばいいかずっと考えていた。どういう理由があろうと、宿敵であるツェルプストー家に自分の使い魔を取られたとあっては、ただでさえヴァリエール家に塗りたくっている泥を、さらに上塗りしてしまう。

 

これ以上生き恥は晒せない。そこでどうやってのくとに関心を持ってもらうか、結局行き着いたのは『何かを買い与える』という手段だった。

 

しかし、ノクトは何を欲しがっているのかさっぱり分らない。聞き出すのも面倒だ。そんな矢先にノクトは剣を扱えるということを思い出したため、じゃあ剣にしようという風になったのだ。

 

半分は褒美、半分は周りの目を気にしてといった感じか。

 

どちらにしても、ノクトのことをちゃんと思ってはいるのだろう。

 

 

「だからホラ、ちゃっちゃと仕度しなさい。早く行くわよ」

 

「··············」

 

 

あれ? とノクトはそこで目を点にするように細めてしまう。

 

ルイズの親切心に、ノクトは何も違和感を感じなかった。

 

このまま出かけても、何も問題が起きない気がする。

 

ノクトはここに来てから不幸な目にしか遭ってなかったはずなのに。

 

こういった事からはこの世界に来てからというもの一番縁がなかったはずなのに。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

そんなルイズ達から所変わって。

 

キュルケは昼前に目覚めた。

 

今日は虚無の曜日である。

 

窓を眺めるとあったはずの窓ガラスはなくなり、代わりに大きな穴があいている。

 

だがしかし、窓のことなどまったく気にも留めずに起き上がり、すぐさま化粧を始めた。自分の美貌をさらに目立たせるために、美しさのレベルを一つ、また一つと上げていく。その間、今日はどうやって彼を口説こうか、考えるだけで身体の芯から疼いてくる。

 

今回の獲物、ノクトは今までの男どものような誘えば寄ってくるような容易い相手ではない。昨夜、まさか自分があそこまでノクトのことを求めるだなんて思ってもいなかった。そこらの男と同様、すぐさま飽きてしまうかと思ったが、彼は自分に対して一切の興味も示さなかった。

 

それが悔しいというよりかは、逆にそれが彼女の心に情熱的な炎を灯してしまったらしい。

 

恋の狩人であるキュルケだからこそわかる、彼はそこらの男とは違う。

 

だからこそ、彼をモノにしたい。自分だけのモノにしたい。彼の事を想う度に胸が熱くなる。彼を考えるたびに胸が苦しくなる。今まで感じたことのない気持ちが彼女の胸の中で暴れまわる。

 

その人のことが頭から離れないのであれば、それはきっと恋でしょう。という言葉を聞いたことがある。

 

ではこれはきっと恋だろう、とそう結論づけた。

 

そうだとわかったらもう黙ってはいられない。化粧を終え、着替え終えると共に部屋から出て、ルイズの部屋の扉をノックした。

 

その後、キュルケは顎に手を置いて、考える。

 

そう、ノクトを堕とすための作戦だ。

 

ノクトが出てきたら抱きついてキスをする、まずは先制攻撃だ。

 

でももしルイズが出てきたら·········どうしようかしら? 

 

そんなことを考えながらドアが開くのを待つ。

 

 

「··················」

 

 

しかしいくら待てどもノックの返事はなく、ドアが開くことはなかった。

 

試しに開けようと試みるも、案の定鍵がかかっていた。

 

 

「えい!」

 

 

それを確認したキュルケはなんの躊躇いもなく『アンロック』の呪文をかける。犯罪行為を躊躇なくしてしまうほどに、彼女はノクトに惹かれていた。愛のためならなんでもできる。愛こそが彼女の原動力なのだ。そして、鍵穴からガチャリとロックを解除した音が聞こえてきた。開けてみるとやはりというべきか、部屋はもぬけの殻だった。

 

二人ともいない。ただ静かな空気が部屋を包んでいるだけ。

 

キュルケは部屋を見回して何か手がかりがないか部屋中を探し始める。

 

 

「相変わらず色気のない部屋ね·········」

 

 

不法侵入しておいて無礼な台詞を吐き捨てるも、今ここには彼女しかいないので問題ない。

 

入ってみてすぐに気づいたことがあるとすれば、ルイズの鞄がない。

 

虚無の曜日なのに鞄がないということは、どこかに出かけたのだろうか。学校内であれば鞄をわざわざ持ち出さないはずだ。彼女は堂々と奥へと入っていき、窓を勝手に開けて外を見回した。不法侵入さえもものともしないところを見ると、彼女は本気らしい。

 

 

「!」

 

 

と、そこであるものに目が行った。

 

門から馬に乗って出ていく二人の影。よく目を凝らしてみると、それはノクトとルイズだった。

 

 

「なによー、出かけるの?」

 

 

キュルケはつまらなそうに呟いた。

 

だがしかし、彼女は諦めない。出かけるというのなら、その後を追いかければいいじゃない。

 

そうと決まったら、馬なんかよりも足が早い使い魔を持つ『親友』のところへレッツラゴー、ってな感じで彼女は不法侵入した扉を閉めることすらしないで出て行った。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

本はいい。

 

作品で取り扱っている分野の予備知識があればより深く作品を楽しむことが出来る。たった一文からでも様々な夢想にふけることが出来る。

 

集中すればするほど本の世界へと意識は入り込んでいき、自然と読み手の意識が作者の思考回路へと近づく。作者の考えている世界を一部分でも覗き込むことが出来る。それが出来ると、読み手側はより作品を深く味わうことが出来る。

 

本一冊だけでも出来ることが多すぎて退屈しない。

 

紡ぎ手の目線で物語の世界を自由に動き回ることを夢想すると、興奮で身震いまで覚える。

 

今日は虚無の曜日ということで、皆が遊びで街に繰り出したり、楽しいひと時を過ごしたりなど、自由な休日を味わっていた。

 

 

「··············」

 

 

自室で本を読む少女、タバサもその一人。

 

いつもいる騒がしい友人がこの日は来ないため、いつもよりは本の世界へと意識を向けることが出来るかもしれない、なんて思いながら静かにページをめくる。

 

本の世界に没頭している間だけは、自分が何者なのかも全て忘れられる。

 

そう、“辛い出来事”さえも。

 

辛く苦しい時に支えてくれたのは沢山の作品たちだった。作品の登場人物の思考を自分に当てはめて作品に入り込むと、その作品の登場人物になった気がして代わりに満足出来る。言わば擬似体験のようなものだ。

 

今日は誰にも邪魔をされず本を読むことが出来そうだ。いつものように、作品の主人公になった気持ちで本をゆっくりと読もう。

 

と、考えている最中で邪魔なノイズが入った。

 

ドタドタドタ、と走ってこちらに向かって来る音が聞こえてきた。

 

 

「··············」

 

 

タバサはその音を聞くなり、心なしか顔をしかめる。なんとなくこの後の展開を予想したのか、隣に置いてある身の丈以上もある杖を手に取り『サイレント』の呪文を唱えた。

 

それに遅れて、タバサの部屋のドアがノックもなしに開けられる。

 

世間一般の常識を無視して入ってきたのは、あの歩くわいせつ物のキュルケだった。

 

礼儀も知らないキュルケが慌てた様子でタバサの目の前までやって来る。

 

 

「─────ッ!! ··············、───。 ··············ッ!!」

 

 

が、音を遮断しているのでタバサの耳には届かない。

 

キュルケはしばらく何事か自分に向かって話しかけていたが、タバサがこうも無視しているのを見ると、やがて自分の声が聞こえていないのだと察した。

 

困ったような様子で肩を思い切り揺さぶり始めた。

 

 

「··············」

 

 

それにタバサは鬱陶しそうに顔を上げる。

 

流石にこれでは読書どころではない。音を遮断しても隣で動いてるのを見ると気になって集中出来なくなる。

 

仕方なく『サイレント』を解くと、キュルケの大きな声が耳元で響いてきた。

 

 

「タバサ、今から出かけるわよ! 早く支度してちょうだい!」

 

「··············虚無の曜日」

 

 

鬱屈そうな様子を隠そうともせずタバサはそう言うと、再び本に視線を落とした。

 

キュルケはそんなタバサから本を取り上げると、頼んでもいないのに事の顛末を話し始めた。

 

 

「分かってる。あなたにとって虚無の曜日がどんな日なのか、あたしは痛いほどよく知ってるわよ。でも今はね、そんな事言ってられないの。恋なのよ! 恋!」

 

 

それで分かるでしょ? と言わんばかりのキュルケの態度だが、タバサは首を振った。

 

そもそもタバサに恋話をすること自体間違っている。

 

恋愛なんてそんなにするもんじゃない。男と関わることが全くと言ってもいいくらいないタバサに恋だとか言われてもなんも理解できない。

 

というか、キュルケがおかしいのだ。

 

何人もの男達を誘惑して引っかけるなんて、いつかギーシュのように痛い目を見るに違いない。感情に身を任せるようにして行動するなんて、危険でしかない。先が見えない道を何の考えもなしに歩くようなもの。石橋を叩かずに歩くなんて無謀すぎる。

 

キュルケは感情で動くが、タバサは理屈で動く。

 

どうにも対照的な二人である。

 

しかし、そんな二人でも何故か仲が良かった。

 

だから、キュルケは何がなんでもお願いを聞いてもらいたいらしい。

 

 

「そうね。あなたは説明しないと動かないのよね。ああもう! あたしね、恋をしたの! でね? その人が今日、あのにっくいヴァリエールと出かけたの! あたしはそれを追って二人がどこに行くのか突き止めなくちゃいけないの! 分かった?」

 

 

分かるわけない。

 

それは犯罪に値する。

 

理屈がめちゃくちゃすぎる上に、説得するための言葉までもが支離滅裂だ。そんな犯罪行為に手を貸せと言うのか。共犯にはなりたくないし、そんなくだらない理由で犯罪を犯したくない。

 

だが、タバサは会話の中である部分に反応していた。

 

ヴァリエールという単語。

 

ミス・ヴァリエールは女性。そしてキュルケが動く理由は大抵男。ヴァリエールの近くにいる男と言えば、一人しかいない。

 

それは、つい最近現れた平民。 

 

 

「··············」

 

 

簡単にまとめると、キュルケがまた新たに恋をした男が今度はミス・ヴァリエールの使い魔ということか。

 

それで、どうやって自分の情熱をアピールしようかと考えてた矢先、彼は主人と共に外出した。追いかけようにも、馬に乗っている以上徒歩では追い付かない。そこでタバサの使い魔でもある風竜『シルフィード』を借りたい、そう言いたいのだろう。

 

それを頭の中で整理すると、タバサはキュルケの目を見て尋ねる。

 

 

「··············その人というのは、彼女の使い魔?」

 

「ええ、そうよ」

 

 

するとタバサは珍しく何か考え込んでいるかのように顎に手を当ててから、言った。

 

 

「··············わかった」

 

「えっ、本当に!?」

 

 

頼んでおいてなんだが、実はキュルケはあまり期待していなかった。タバサの事だから望みは薄いだろうなと思っていたのだが、快く引き受けてくれたのでつい驚愕してしまった。

 

 

「··············」

 

 

キュルケほどではないが、実はタバサもノクトには興味を持ったクチだ。

 

正直言って、彼の事はこの前まで興味を持っていなかった。タバサのノクトへの印象が明らかに変化したのは、この前のギーシュとの決闘の時だ。

 

平民だと思っていた者が、魔法のような力を使った。

 

あんなものを見せられては嫌でも興味が湧く。

 

そしてあの無駄のない剣筋。魔法と剣技を合わせた戦闘はとても美しかった。

 

注意深く目を凝らしていたのに、結局あの魔法の正体がわからなかった。剣を投げた瞬間に視界から消え失せ、瞬く間にギーシュの生み出した兵隊達を打ち倒したあの動作は、驚きの歓声があがるまで思考を停止させてしまうほどだった。あの魔法を見た瞬間から、滅多に他人に対して興味を抱かないタバサはノクトという青年に強い興味を持っていた。

 

そういった意味では、未だ隠している彼の実力についてタバサにとっては大いに関心があったのだが、だからといって自分から特段どうこうするつもりはない。いつか彼の力の本質が見れたらいいなと思う程度だ。

 

まあ、そう考えれば彼の動向を探るのにいい理由が出来たし、読書だって飛行中でも充分読める。それに拒否すればキュルケが隣でずっと騒がしくしているだろうし、そう考えればこっちの方がずっと有意義か。

 

そうタバサは結論づけ、キュルケのお願いを聞くことにした。

 

 

「ありがとね、タバサ! やっぱり持つべきものは友人よね!」

 

 

都合のいい時だけそういうことを言う。

 

しかし、それは本心から出た言葉であることはタバサも理解している。

 

嬉々としてはしゃぐキュルケをよそに、タバサは窓を開けて口笛を吹くと、窓枠によじ登り外に向かって飛び降りた。

 

何も知らない人間が見たら、気が狂ったかとしか思えない行為。自決するにはまだ早いなんて説得を始める者がいたかもしれないが、その場にいたキュルケはまったく動じない。そんな彼女も少しの間タバサの様子について考え込んでいたが、やがて考えるだけ無駄だと思ったのかタバサの後に続いて飛び降りた。

 

一応言っておこう、タバサの部屋は五階にある。

 

普通であれば地面に叩きつけられてあっという間に現世とはおさらばするほどの高さ。

 

タバサは外出の際、扉から外へと出ていくことはない。こっちの方が早いからだ。

 

落下する二人を、その理由が受け止めた。

 

二人を受け止めたのは、タバサの使い魔である“シルフィード“だった。

 

 

「いつ見てもあなたのシルフィードは惚れ惚れするわね」

 

 

キュルケが突き出た背びれに掴まり、感嘆の声を上げる。

 

竜などといった幻獣を使い魔に出来ること自体かなり稀だ。普通は子犬だったりフクロウだったりとか、そういった小動物しか現れないのだが、時々タバサのシルフィードのような幻獣が現れることがある。

 

タバサから風の妖精の名前を与えられた風竜は、寮塔に当たって上空に抜ける上昇気流を器用に捕えて、一瞬で二百メイルも空を駆け上った。

 

 

「どっち?」

 

 

タバサが短くキュルケに尋ねる。

 

するとキュルケは、あっと声にならない声を上げた。

 

 

「分かんない··············慌ててたから」

 

 

『追いかける』、ということだけに焦点を当てすぎてどの方向へ行ったのか確かめることを忘れていた。

 

そんなキュルケにタバサは別に文句をつけるでもなく、シルフィードに命じた。

 

 

「馬二頭。食べちゃだめ」

 

 

シルフィードは短くきゅいと鳴いて了解の意を主人に伝えると、青い鱗を輝かせ、力強く翼を振り始めた。

 

何処へ行ったのかわからないなら、高空に上ってその視力で馬を見つければいい。

 

草原を走る馬を見つける事など、この風竜にとっては容易い事だった。

 

自分の忠実な使い魔が仕事を開始したという事を認めると、タバサは中断していた本をキュルケの手から取り返し、尖った風竜の背びれを背もたれにしてページをめくり始めた。

 

 

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