ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第10章

 

 

ノクトは意外と適応力が高い。

 

初めてのことだろうと、慣れればすぐ身につける。

 

元の世界で旅をしていた頃の話だが、歴代の王の墓所を回っていた頃、ある時移動手段にしていた車を敵国に奪われて強制的に歩かなければならなくなった時期があったのだが、車の代わりにある動物を使ってよく移動していた。

 

一言で言えば、でっかい鳥。

 

といっても、長距離を飛ぶことはできずに主に陸地を歩く平胸類に分類される鳥類だ。

 

ノクトの世界ではその鳥を『チョコボ』と呼んでおり、その動物があの世界での一つの移動手段であった。

 

ノクトはそういったものとは関わりのない都会で過ごしていたため、触れ合える機会がほとんどなかったのだが、初めてにも関わらずにノクトは完璧に乗りこなしていた。チョコボ自体は温厚な動物であるため、優しくすれば素直に従ってくれるのだが、それでも初心者が動物を操るのは難しい。

 

しかし、ノクトはそれを勘でやってのけた。

 

王族のため王室に閉じ込められるという堅っ苦しい生活を続けていたせいで外の世界をあまり知らなかったというのに、彼は平然とやってのけた。まあ、外の世界を知らないからこそ彼は図鑑や教科書などを見て勉強したというのもあるが、それでも実際にやるとなると難しいと思う。知識だけで本番に臨むのは無謀だと思うのだが、それでも彼は乗り慣れているかのように平然とチョコボを乗りこなしていた。

 

つまり何が言いたいのかと言うと、彼にとって馬を乗りこなすなど朝飯前であった。

 

筋骨隆々とした馬には手綱や装具の一部が取り付けられていて、ノクトはその上で平然とまたがり、パカパカというちょっと呑気な蹄の音を右から左へと流しながら走っている。

 

一応言っておくと、ノクトは乗馬の経験なんてない。

 

チョコボで培った騎乗スキルを活かしているだけである。

 

馬自体は元の世界にも存在した。しかし、あの世界ではチョコボが主に動物での移動手段であったために乗馬をする機会こそなかった。実際、かつてあった戦争でもチョコボにまたがって戦地に赴いたという記録があの世界では残されている。馬に乗るという文化はノクトの世界では薄いものであった。

 

 

「あんた、乗馬もできるのね」

 

「初めてだけどな」

 

 

それに比べて、この世界では馬を移動手段にするのは普通のことだった。

 

馬と言えば原始的に聞こえるかもしれないが、固い石造りでできた地面であった場合、走行用に特殊なゴム性の蹄鉄を噛ませたらバイクに匹敵する機動力を誇る。ましてやここはファンタジーな世界。普段から移動手段として乗り回されている愛馬の育成にしたって相当手を加えられているに違いない。

 

故に、貴族であるルイズは幼い頃から乗馬の知識を叩き込まれている。そんなルイズが感心するほど、ノクトの乗馬の腕は大したものであった。

 

 

「初めてにしては乗り慣れているように見えるけど?」

 

「ま、種類は違うけどこういう動物に乗るのは初めてじゃねぇからな。どうすればうまく乗れるかなんとなくわかるんだ」

 

 

とは言いつつも、ノクトは初めての乗馬に感動していた。

 

パカパカという足音は心地がよく、新鮮味があった。しかしそんな平和な音とは裏腹に、オープンカーで高速道路を突っ走るような感覚で突風が吹き荒れ、左右の景色が流動形に流れていく。

 

そんな感覚がどこか懐かしく、ノクトは久々にその空気を味わっていた。

 

 

「ま、初めてにしては上出来ね。それじゃ、前を走るからちゃんとついてきなさいよ」

 

「はいよ」

 

 

パカラパカラッ! と体勢が入れ替わる振動が二人の体を揺らす。ノクトは初めての乗馬で肩凝りを気にするように、片手を手綱から離してもう片方の肩を軽くさすると、

 

 

「にしても、意外と時間がかかりそうだな」

 

 

学院から出て一時間。

 

さすがのノクトも初めての乗馬で疲れが見え始める。

 

乗馬は意外と体力を使うのである。まず、平行的に動いて大した揺れを感じさせぬ車とは違って、馬は全体の筋肉を使って走るために上下左右に揺れる。よって、長時間乗っていれば尻も痛くなるし、揺らされることもあって気分も悪くなる。

 

馬に乗るならペースを乱されないようにうまく呼吸を合わせなければならない。そこが乗馬の難しいところである。乗りこなすにしても並みのバイクを越える結構な速度を出して進み、それに加えて不安定な揺れを体全体に感じさせるため、体調を崩さないように気を付けなければならない。

 

疲れが見え始めたノクトに、ルイズは声色を優しくしながら話しかける。

 

 

「なんなら、ちょっと休む?」

 

「いや、いいよ。まだ大丈夫だわ」

 

「いいの? あと二時間はかかる距離だけど」

 

「··············ああ、大丈夫」

 

「そう、ならいいけど」

 

 

ルイズはノクトがそう言うならと前を向き直す。

 

しかし、ノクトは内心マジかと思っていた。結構かかる距離だなぁ、とノクトは自分の体調を気にしつつ正面を睨む。

 

車と同じで長時間と長距離の移動は体力勝負となる。

 

少しでも体力を温存するように、前を向いて遠くの景色を見つつ馬を走らせる。

 

と、少し進むと分かれ道になっている所までやって来た。その手前には木製の看板が立っており、この世界の文字で書かれているためにノクトはなんて書いてあるのか読み取ることは出来なかった。

 

ルイズが先導してくれているためどっちに行けばいいのかすぐにわかるのだが、その看板にはこの世界の言葉と矢印の簡単な図面でこんなことが表記されていた。

 

───直進、トリステインの城下町まで六十キロ。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

トリステイン。

 

学院から三時間はかかる場所にある街。

 

その中心部となる市街地には全長四キロ程度の城壁に囲まれていて、限られた土地の中にたくさんの店や家を詰め込んであった。城下町ということもあり、この世界屈指の観光名所及び商業場所として機能している。

 

 

「馬で三時間もかかるとか、さすがにきっついわ」

 

「慣れてないとそうかもね」

 

 

当初の予定通り剣を買いに来た二人は、一緒に巨大な石の城壁に備え付けられたアーチ状の城門をくぐり抜け、壁に囲まれたトリステインの街に入る。

 

馬を街の門の側にある駅に預けているので、帰りもまた三時間ほど馬にまたがらなければならないが、今はそんなことは気にしない。

 

街中はだいぶ賑わっており、道端で声を張り上げて果物や肉、籠などを売る商人たちの姿が目に入ってくる。こうした光景だけ見ると、まるでおとぎ話の中にいるかのような気分になる。のんびり歩いたり、忙しなく歩いている人間がいたりと、老若男女取り混ぜて歩いている。

 

その辺は元の世界とあまり変わらなかったが、鉄筋コンクリートで作られた元の世界とは違って、土の地面に石造りの街並みはテネブラエを連想させて懐かしい気持ちになる。

 

広場らしき所に出ると、噴水のようなものが見えた。三六◯度、噴水を囲むように建物が建てられており、脇に置いてあるお店の看板にはこの世界の言語が並べて表記されている。しかし、ノクトからすればその文字は理解のできない落書きにしか見えないため、結局はなんの店なのかわからなかった。店頭に並べられている品々で判断するしかない。

 

ルイズはノクトを連れて、広場から離れるように細い道へと入っていく。

 

すると、ここが穴場とでも言うかのようにひっそりと剣の形をした看板が下げられており、見るからに武器屋だとわかりやすい外見をしている店を見つけた。

 

 

「ここか?」

 

「そうよ」

 

 

一応確認してみるも、本人はあっさりと認めた。

 

ルイズが先導して店の出入口の羽扉を開けて中に入っていくも、ノクトは少し気になることがあった。

 

ルイズが一切迷わず武器屋にたどり着くのを見ると、貴族でも剣や槍といったものを買いに来る機会があるんだろうか。あれだけ貴族達は魔法が絶対とでも言うかのように魔法に頼っていたのに、こういう物理攻撃に特化したものに頼ることがあるんだろうか、と。

 

魔法についての知識だけでなく、魔法が使えなくなった場合の対策として武器の使用が出来るように訓練とかあるんだろうか。もしそうなら意外だなと思うノクトであった。

 

 

「なにやってるの? 早く来なさい」

 

「ああ、悪い」

 

 

ルイズに呼ばれてノクトも店の中へと入っていく。

 

店の中は昼間だというのに薄暗く、ランプの灯りが灯っていた。壁や棚に、所狭しと剣や槍が乱雑に並べられ、立派な甲冑が飾られている。

 

店の奥でパイプを咥えていた五十絡みの親父が、入ってきたルイズを胡散臭げに見つめた。紐タイ留めに描かれた五芒星に気付き、パイプを離してドスの利いた声を出す。

 

 

「旦那。貴族の旦那。うちはまっとうな商売をしてまさあ。お上に目をつけられるようなことなんかこれぽっちもありませんや」

 

「客よ」

 

 

ルイズは腕を組んで告げた。

 

すると親父は目の色が変わって、即座に接客モードに切り替わるように背筋をピンと伸ばして、

 

 

「こりゃおったまげた! 貴族が剣を! おったまげた!」

 

 

そして意外そうな目付きをしながら驚きの声を上げた。

 

ノクトはその瞬間、やっぱり貴族が武器屋に訪れるなんて滅多にないことなんだなと思った。そんなノクトのことなど気にせずルイズはその店主の態度に疑問を抱き、どういう意味なのか質問する。

 

 

「どうして?」

 

「いえ、若奥様。坊主は聖具を振る。兵隊は剣を振る。貴族は杖を振る。そして陛下はバルコニーからお手をお振りになる、と相場は決まっておりますんで」

 

 

なるほど、ルイズが武器を扱うと勘違いしているご様子だ。ルイズは訂正するように、後ろにいるノクトに指を指して、

 

 

「使うのはわたしじゃないわ。使い魔よ」

 

「忘れておりました。昨今は貴族の使い魔も剣を振るようで」

 

 

主人は商売っ気たっぷりに愛想を言った。それからノクトをじろじろと見て、

 

 

「剣をお使いになるのは、このお方で?」

 

 

ルイズは頷きながら、店主に言った。

 

 

「わたしは剣の事なんか分からないから、適当に選んでちょうだい」

 

 

自分の知識の無さを自白。

 

それを聞いた主人はいそいそと奥の倉庫に消えると、ニヤリと口元を歪ませて聞こえないように小声で呟いた。

 

 

「············素人の貴族か。こりゃ、鴨だな」

 

 

悪い目をしながら奥に引っ込んで行った時、彼は一メイルほどの長さの細身の剣を持って現れた。随分と華奢な剣は片手で扱うものらしく、短めの柄にハンドガードが付いている。

 

ノクトの代わりにルイズが受け取ると、主人は思い出すように言った。

 

 

「そういや、昨今は宮廷の貴族の方々の間で下僕に剣を持たすのが流行っておりましてね。その際にお選びになるのが、このようなレイピアでさあ」

 

 

なるほど確かにきらびやかな模様がついていて、いかにも貴族好みしそうな綺麗な剣だった。

 

 

「貴族の間で、下僕に剣を持たすのが流行ってるの?」

 

 

ルイズが尋ねると、店主はもっともらしく頷いた。

 

 

「へえ、なんでも最近このトリステインの城下町を盗賊が荒らしておりまして··········」

 

「盗賊?」

 

「そうでさ。なんでも『土くれ』のフーケとかいう、メイジの盗賊が貴族のお宝を盗みまくってるって噂で。貴族の方々は恐れて、下僕にまで剣を持たせる始末で。へえ」

 

 

手をスリスリとこすりながら説明してくれる店主だったが、ルイズはそんな盗賊話には興味が無かったので、じろじろとレイピアを眺めた。

 

しかし、すぐに折れてしまいそうなほどに細い。ノクトは確かこの前もっと大きな剣を軽々と振っていた。

 

刀身は太く大きめに作られており、持ち手には奇妙なデザインが施されていた。理解不能な呻き声に似た音が鳴っていたのはともかく、あれに比べたら凄く脆そうであった。

 

 

「··············」

 

 

使い手になるノクトもその剣を見て不服そうな表情になっていた。

 

主に、デザインの方。これは所謂『ドレスソード』と呼ばれる類いの剣だ。

 

ノクトは王族という立場もあってか命が狙われることも多々あるため、幼少期から武器の訓練を受けている。武器の扱いには慣れているのもあり、あらゆる武器の知識に詳しい。

 

ルイズが今手にしている剣の知識を説明すると、見かけだけの武器である。貴族や将校という偉い立場の者がその階級に見合う用にデザインされた武器。その用途としては、戦闘ではなくもっぱら式典や舞踏会などの場で佩びる物として利用され、自分の権威を知らしめるための、言わばファッションの一種だ。

 

儀礼用に特化したタイプの非常に高価な剣で、ノクトも王族という立場からよく式典の際はそういう武器を手にして出たものだ。

 

しかし見た目はよくても肝心の攻撃性能としては極めて脆く、実用に値しない。

 

誰かと戦うことを想定して作られてはいない。

 

ノクトの持つ武器も一見すればそういう風に見えるが、あれはギリギリのデザインを攻めつつ攻撃性を重視した武器だ。ルシスの技術を取り入れて攻撃性を上げている。なにより、『王の力』という特殊な魔力が込められており、威力と耐久性は格段と上がる。

 

時には特殊な効果がつくものまである。ノクトの持つ『アルテマブレード』なんかは敵を倒した際に魔法を精製するためのエレメントを吸収する効果がある。

 

だが、この武器はまさにお飾りの剣。

 

というか、この店に置いてあるもののほとんどがそう。特殊な効果があるわけでもないし、何より全部見かけ倒しのものばかりだ。壁に飾られているものは店を立派に見せるためのものと見える。それを知らずに買わせるというのが狙いだろう。

 

だがしかしルイズは、とにかく強そうな武器が欲しいとしか考えていないようで、

 

 

「もっと大きくて太いのが良いわ」

 

「お言葉ですが、剣と人には相性ってもんがございます。見た所、若奥様の使い魔とやらには、この程度が無難なようで」

 

「大きくて太いのが良い、と言ったのよ」

 

 

ルイズが言うと、店主はぺこりと頭を下げて店の奥に消えた。その際に小さくケッ! 素人が! と毒づくのを忘れない。

 

今度は立派な剣を油布で拭きながら、主人は現れた。

 

 

「これなんかいかがです?」

 

 

それは見るも見事な剣だった。

 

一・五メイルはあろうかという大剣で、柄は両手で扱えるよう長く、立派な拵えである。ところどころに宝石が散りばめられ、鏡のように両刃の刀身が光っている。

 

一見すれば、頑丈そうで強そうな武器である。

 

 

「店一番の業物でさ。貴族のお供をさせるなら、このぐらいは腰から下げて欲しいものですな。と言っても、こいつを腰から下げるのは、よほどの大男でないと無理でさあ。やっこさんなら、背中にしょわんといかんですな」

 

「ノクティスこれよ! 店一番って言うし、これにしましょう!?」

 

 

と、ルイズは目を輝かせてノクトにこれにするように薦めるが、

 

 

「··········いや」

 

「え?」

 

 

が、ノクトはそんな剣には目もくれずに店の角に置いてある樽へと向かう。樽の中に入っているのはどれも中古品という感じで、その中からノクトは適当なのを選んで取り出す。

 

錆の浮いた古い剣で、見るからに弱そうな剣であった。

 

しかし、ノクトはその剣を鞘から抜くと見入るように観察し始めた。少し古いが、手入れすればなんとかなりそうであった。目立つように店のあちこちに並べられている飾りの剣よりは実用性があり、それに比べたらまだマシであった。

 

なにより、ルイズには悪いが買ってもらっても使う機会が少ないと思う。使い慣れていない剣を下手に使うよりは手に馴染んだ武器を使用したい。そういう理由だった。

 

つまり、なんでもよかった。実用性があれば、一応持ってても困らない。

 

そう考えたノクトは手にしている剣を鞘にしまうと、

 

 

「これでいい。これと砥石を何個か買ってくれ」

 

「ちょ、ちょっと! 何言ってるのよ!? 別に良いじゃないこれで! 店一番だって言ってたし! なんでよりにもよってそんな安っぽい剣なのッ!?」

 

 

店一番の所が強調されていたのは、ルイズが剣よりもその言葉を気に入っていたからだろう。貴族はとにかく、なんでも一番でないと気が済まないのである。

 

一方でノクトは、そんなルイズを落ち着かせるように説明する。

 

 

「いや、その剣よりこっちの方が実用性がある。そっちは貴族や王族とかそういった奴らの権威を示す時に身に付けるだけのもので実戦向きじゃねぇから、一回使っただけで駄目になる。それにお前、そんなに金ねぇだろ?」

 

「ッ!?」

 

「見たところその剣は宝石とかめっちゃついてるし。金の心配はないとか言ってたけどその剣絶対お前の手持ちじゃ足りねぇだろ? 見栄張んのはいいけど、あまりやり過ぎると自分の首を絞めることになって、後々しんどいぞ」

 

「ぐっ·········!」

 

 

経験者は語る。

 

かつて旅をしてきてお金のやりくりをしなければならなくなった際、欲しくても買えない故にいろんな人から依頼を受けたりバイトしたりして生計を立てていた。ホテルに泊まろうにも金がなく、キャンプして寝過ごしたり、なんなら徹夜を三日連続でしたりした。

 

王族という立場から金銭感覚が鈍っていつも甘えてしまったが、旅をしたことによって金の大切さを学んだノクトは出来るだけ節約するということを覚えていた。

 

痛いところをつかれてルイズは思わずぐっと胸を締める。

 

しかし値段も聞かずにそう決めてしまうのは早計すぎる。念のため、その剣が一体いくらなのかノクトは聞いてみることにした。

 

 

「ちなみにさ、その剣っていくらだ?」

 

「へ、へぇ·········エキュー金貨で二千。新金貨でしたら三千ってとこですな」

 

「はっ!? に、にせっ、二千!? 嘘でしょ!?」

 

 

ノクトがその店一番だと言った剣がいくらか聞いたところ、目を見開いてルイズは思わず上擦った声で叫んだ。まだ貨幣の価値がいまいちピンとこないが、ルイズが声を上げるくらいの驚愕の値段ということだけは理解できた。

 

 

「立派な家と森付きの庭が買えるじゃないの··········」

 

 

それを聞いて、自分の考えの甘さに痛感する。

 

実際ルイズは現在手持ちが少ない。剣一本くらいなら買うお金はあるだろうが、それでも宝石なんかで装飾されたような高価な剣を買うお金があるかどうかも疑わしい。

 

店主の方も、ノクトが剣についての知識を語ったおかげで高値で売ってやろうという野望を打ち砕かれてしまって肩を落としている。

 

そんな店主を一々気にすることなくノクトは、

 

 

「で、こっちは?」

 

「あ、ああ、そちらの剣でしたら新金貨百枚で結構でさ」

 

「········いきなり安いわね」

 

「少し傷んでますが、手入れすればまともなものになりやすからね。金が足りないというのなら、そちらの剣をおすすめしやすぜ。砥石もセットで、安くしときやすぜ?」

 

 

だがしかし、ノクトが古びた剣を買おうとしているとわかった途端に店主は露骨に態度を変える。

 

主人は手をひらひらと振りながら言うのを見ると、おそらくルイズ達にはさっさと出ていって欲しいのだと見える。ルイズ自身も自分の知識の浅さもあってか恥ずかしさのあまり一刻も早くここから出たかった。

 

ルイズは顔を赤くして下を向いてしまう。

 

一番の剣をプレゼントしようと勢い込んでやってきたのに、これでは情けなさ過ぎる。それでも金貨が足りないのではどうしようもない。

 

 

「··········本当にそれでいいの?」

 

「ああ、俺は良いと思うぜ。なにより、せっかくご主人様がわざわざ俺なんかのために剣を買ってくれるって言うんだから、どんなものであろうと買ってくれるだけで俺は嬉しいけどな」

 

「··········」

 

 

ノクトの言葉に、ルイズは軽くため息をつく。

 

ルイズは財布を取り出すと、中身をカウンターの上に置いた。店主は慎重に枚数を数え、やがて頷いた。

 

 

「へい、毎度」

 

 

店主は代金が支払われたことをしっかりと確認してから剣を手に取り鞘に収めると、懇切丁寧に布で巻いてノクトに手渡した。それからノクトはカウンターに置かれた砥石を収納する。

 

布に巻かれた剣を両手で持つと出入口前で待機しているルイズのもとまで行き、店主に世話になったと軽く会釈をして外へと出る。

 

 

「ああ、言い忘れてた」

 

「? なによ?」

 

 

ノクトはそう言うと、ルイズの目を見据えて、

 

 

「ありがとな、ルイズ。俺のために剣を買ってくれて」

 

「·············」

 

 

ノクトは感謝を込めて礼をする。

 

ルイズはそれを見て、小さく笑った。

 

 

「うん、よろしい」

 

 

自分の不甲斐なさを補ってくれただけでなく、ちゃんと従者としてご主人様に感謝をするのを見てルイズも満足したようであった。とりあえず、当初の目的を果たす事が出来たルイズは、これでもうキュルケなんかに目がいかないでしょ、とか思いながらそのままノクトと共に帰路についた。

 

 

「はあ·········やれやれ、面倒な客だったなぁ」

 

 

一方で、店の中にいた店主は厄介な客の対応に疲れてカウンターに頬杖をついて本人達がいないところで悪態をついていた。

 

 

「あの兄ちゃん、見かけによらず相当剣について詳しいみたいだが·········まさかあの剣を買っていくとはねぇ。なまくらだって見抜かれた時はどうなることかと思ったが、ま、あの“小煩い奴”を買っていってくれただけでも儲けもんだ」

 

 

一人でなにかぶつくさと言いながら満足そうにしている。

 

ノクトがあの古びた剣を買っていってくれたのが相当嬉しかったようで、新金貨百枚のうちの一枚を机の上でクルクルと回して弄びながらにっこりと笑う。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あの兄ちゃんお目が高いねぇ、おかげでいい厄介払いが出来たわい」

 

 

椅子に座ったまま肩をすくめた、その時だった。

 

唐突に、店の出入口の羽扉が開かれる音が聞こえてきた。ギィ、という軋む音が聞こえてきた瞬間にすぐ背筋をピシッとして、即座に接客する姿勢になる。

 

二人の人影。

 

一人は誘惑の塊のような女性、もう一人は内気な読書家の少女。

 

読書をしている少女は店の中を見ることすらもせずに、文字をひたすら読み込んでいる。対して、目のやりどころに困る女性は店の中にある剣を舐め回すように見つめると、店主のいるカウンターの方へと歩いていく。

 

彼女はその重そうな胸をカウンターに押し付けるように置くと、

 

 

「この店で一番立派な剣をくださいな」

 

 

マニキュアでギラッギラになっている指を一本立てながら、甘い息を吹きかけるように店主に店一番の剣を要求してきた。

 

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