『秘蔵の【破壊の水晶】、たしかに領収いたしました────“土くれのフーケ”』
と、ふざけた犯行声明サインが丁寧に残された宝物庫に、学院中の教師が集まっていた。
召集を受けた老若男女は普段の学園の賑やかさを引き裂く勢いで、縦横に行き交い様々な情報のやり取りを行い、今回の事件について話し合う。
怒号が飛び交うように。
「土くれのフーケ!? 貴族達の財宝を荒らしまわっているという盗賊か!? 魔法学院にまで手を出しおってッ!! 随分とナメられたもんじゃないかッ!?」
「衛兵はいったい何をしていたんだね!?」
「衛兵などあてにならん!! 所詮は平民ではないか!! それより当直の貴族は誰だったんだねッ!?」
その声に、とある女性が震え上がった。
教師陣は、ビクッと肩を震わせて硬直したのを見逃さなかった。
昨晩の当直は、ミセス・シュヴルーズである。
本来ならば、彼女は夜通し門の詰め所に警備として待機しておかねばならない立場であった。
なのに。
まさか、魔法使いだらけの学園に盗賊が現れるなんて夢にも思ってなかったからか、彼女は当直をサボり、自室で眠ってしまっていた。
教師の一人が当直リストに目を通して、彼女で間違いないと判断した途端、全ての罪を擦り付けるように詰問する。
「ミセス・シュヴルーズ!! 当直はあなたではありませんかッ!?」
「ッ!!」
追及されて言葉も出ない。
何故こんなにも強気な態度で問い詰めてくるのか、校長や主任など偉い教師がやってくる前に、責任を全て彼女に押し付けて事を終わらせたいのだろう。
声を荒げられて、シュヴルーズの目尻から涙が溢れだしてしまう。
「も、申し訳ありません········ッ!!」
「泣いてもお宝は戻ってこないのですぞ!? それともあなた、『破壊の水晶』を弁償できるのですかなッ!?」
「わ、私、家を建てたばかりで······」
何としてでも責任を押し付けたいという狙いが見え見えで、周囲の教師陣はフォローする隙もない。そもそもする気もないのだろう。
自分達も、実は彼女と同じような気持ちで盗人なんてこんなところに入るわけないという軽い気持ちから真面目に当直にあたってない。
だから、庇ったりなんかしたらどんな飛び火が飛んでくるかわからない。
「うぅ······ッ!!」
精神的に追い込まれた彼女は、頭が混乱し、涙を流しても許してもらえない現実に身体が拒否反応を起こし、目が眩んで倒れそうになる。
そんな彼女を支えてくれたものがいた。
オールド・オスマンその人である。
「大丈夫かの?」
「オ、オールド・オスマン······!」
「泣かんでよろしい、今回の件は君だけのせいではない。全く、君も女性を苛めるものではない·······遅れて済まんな諸君、老人に階段は堪えるのでの」
「し、しかしですなオールド・オスマン!? ミセス・シュヴルーズは当直にも関わらず、呑気に自室で寝ていたのですぞ!? 責任は彼女にありますッ!!」
この学園トップの者がそう言っても曲げない教師は、何としてでもやはり彼女の責任にしたくてたまらないらしい。
そんなにも彼女に恨みがあるのかと思うくらいの口調で、唾まで飛んでくる始末。
オールド・オスマンは自慢の長い白い口髭を撫でながら、そう言ってきた者の名前を思い出そうと首を傾げる。
「ミスター·········なんだっけ?」
「ギトーです!! お忘れですかッ!?」
「そうそう、ギトー君·······君は怒りっぽくていかん」
名を思い出したオールド・オスマンは咥えていたパイプタバコを離すと、
「さて、この中でまともに当直をしたことのある教師は何人おられるのかな?」
白い息と共に、冷酷な質問を全体に投げ掛けると、皆凍結したように固まった。顔は動かさず、目だけ動かして左右隣にいる教師の顔色を窺ったが、誰も彼もが名乗り出しそうな雰囲気ではなかった。
呆れたことに、つまりは誰も当直をしていなかったという事実がここで発覚したわけだ。
「さて、これが現実じゃ。責任があるとするなら、我々全員じゃ。この中の誰もが·······もちろん私も含めてじゃが、まさかこの魔法学院が賊に襲われるなど夢にも思っていなかった」
「「「「「······」」」」」
「何せ、ここにいるのはほとんどがメイジじゃからな。誰が好き好んで、虎穴に入るのかっちゅうわけじゃ。しかし、それは間違いじゃった」
オスマンはフーケによって、大胆に開けられた大穴を見つめながら、
「この通り、賊は大胆にも忍び込み、『破壊の水晶』を奪っていきおった。つまり、我々は油断していたのじゃ。責任があるとするなら、我ら全員にあると言わねばなるまい」
オスマンは最後まで冷静に、それと同時に学園が抱えている問題点を指摘した。皆の甘さが招いた結果として受け止めて、誰も咎めずに場を納めた。
その言葉に教師陣は誰一人として言い返すことはできず、そのまま顔を伏せてしまっていた。
寛容な心持ちをしたオスマンに、シュヴルーズは泣くことはないと申し上げたのに泣きながら抱きついてきた。
「おお、オールド・オスマン! あなたの慈悲のお心に感謝致しますッ!! 私はあなたをこれから父と呼ぶ事にいたしますッ!!」
抱きつかれたことを良いことに、オスマンはそんなシュヴルーズを慰めるようにして、尻を撫でた。
「ええのじゃ。ええのよ。ミセス······」
「私のお尻でよかったら! そりゃもう! いくらでも! はいッ!!」
「······」
オスマン氏はごほん、と咳をして誤魔化した。
少し冗談のつもりで尻を撫でたのが間違いだった。場を和ませるつもりが、シュヴルーズの余計な発言で周囲の空気は一瞬凍り付き、静寂に包まれる。
そもそもセクハラを皆の前で堂々とする彼が悪いのだから、フォローする必要はない。
そんなオスマンは、冗談など通用しなかったことを全てなかったことにするかのように、真剣な目で今回の犯行現場を目撃した者はいないのか訊ねる。
「で、犯行の現場を見ていた者は誰かいるのかね?」
「この三人です」
少々頭が寂しいコルベールがさっと進み出て、自分の後ろに控える三人を指さした。
ルイズにキュルケにタバサの三人。
もちろんノクトも傍にいたが、彼は『使い魔』という立場なので人間としての権利は与えられず、数には入っていないようだった。
なのに、
「ほう······君か」
「?」
オスマンはそうは思ってないのか、ノクトの姿を見た瞬間に興味深そうに見つめてきた。ノクトはその目がどこか自分を観察しているように見えて、居心地悪い気分になった。
だが、
目が合ったから念のため一礼だけして挨拶しておく。
「あ、えっと······どうも」
「ノクティスッ!! アンタは下がってなさいッ!!」
ルイズはそんなノクトを叱りつけ下がらせようとした。やはり使い魔としての立場からあまりいい印象ではないのかもしれない。
しかしオスマン氏はそれを手で制し、柔和な笑みを浮かべると彼に話しかけた。
「おぉ、これはすまんのミス・ヴァリエール。少し彼のことが気になってな·······君、名は何と?」
「え、俺? えっと、ノクティス。名前はノクティス・ルシス・チェラム。どうぞよろしくお願いします」
「なに、そんなにかしこまらなくてもよいぞノクティス。君の噂は良く耳にしてたのでな、いずれ話をしてみたいと思っていた所だったんじゃよ」
「は、はぁ」
「········しかし、今はそのような場合ではない」
するとオスマンはルイズの方に向き直り、
「詳しく、説明してもらえるかの? ミス・ヴァリエール」
「は、はい!!」
オスマンに促されると、ルイズが進み出て見たままのことを説明し始めた。
「唐突でした。何の前触れもなく、土で出来た『大きなゴーレム』が現れて、私を鷲掴みにしたんです」
「なんと、怪我の方は大丈夫かの?」
「はい、もう痛みは引きました。それで、ノクティスの助けによって私はゴーレムの手から救いだされ、一度距離を取って様子を窺っていたんです」
そしたら、と一拍置いて、
「いつの間にか、肩に乗ってた『黒いローブを着たメイジ』がこの宝物庫から『何か』を盗み出していて。それを見たノクティスがゴーレムの後を追いかけて·······」
ルイズはその続きを言うようにノクトに視線を向ける。ルイズに促されたノクトは発言権を得られたと思って前に出て、一応気をつけの姿勢を取って目を下に向けながら慣れない敬語を使って説明する。
「野原のど真ん中で突然崩れて、後を追いましたが後には土の山しかなくて、黒のローブを着こんだ奴の姿形も捉えられず、残念ながら逃げられてしまいました」
「ふむ······」
ノクトの説明を聞いて、オスマンは困ったように目を細め髭を何度も撫でる。
ちなみに、事実だけを述べておくと宝物庫の壁をぶっ壊したのは実はルイズである。堂々と禁止されている貴族同士の決闘を行い、ノクトを使って勝負した結果、壁ごと破壊した。故に、それをフーケに利用されて脆くなった部分を自身の魔法で土くれにし、侵入したという感じだ。
ということを告げたら恐らく退学処分という恐ろしい処遇を下されそうなので、全てフーケが悪いということにしておこう、とルイズとキュルケは互いの目を見合って視線だけで会話した。
その事に気付いていたノクトは、やっぱりこいつら仲良いんじゃないかと疑っている。
そしてそんなことには気付いていないオスマンは、ため息混じりの声で呟く。
「後を追おうにも、手掛かりは無しというわけか·······」
「あ〜えっと······どうも、申し訳ございませんでした」
「いや良い。君も無事で良かった。メイジでない身でありながら、主人を救うためにゴーレムを退け、よくぞフーケを止めようとしてくれた。宝物庫の警備をちゃんとしていれば、こんなことにはならなかったろうに······教師陣を代表して礼と謝罪をさせて欲しい。ありがとう、そしてすまんかったの」
「はッ!? いや、そんな·······ッ!!」
ノクトにお辞儀をするオスマンに彼は戸惑いを見せ、気まずい雰囲気になった。すぐに顔を上げたので、やめてもらうように説得する必要はなかったが、オスマンは切り替えたように視線を固くする。
周囲を見渡し、何かしらの異変がないか探しているようにも見える。
と、オスマンは何かに気付いたのか周りにいる教師陣に尋ねる。
「時に、ミス・ロングビルはどうしたね?」
「それがその······朝から姿が見えませんで」
ミスタ・コルベールがオスマンの質問に答えるが、言われてみればオスマンの秘書である彼女の姿がどこにもない。
秘書ならば常にオスマンに付き添っていないといけないというのに、
「この非常時に、どこに行ったのじゃ」
「どこなんでしょう?」
と、二人がロングビルの話をしていると、噂をすればとばかりにロングビルの姿が部屋に現れた。
「ミス・ロングビル!? どこに行っていたんですか!? 大変ですぞ!! 事件ですぞッ!?」
急に姿を現したのを見て興奮したのか、コルベールが強い口調でまくしたてる。
しかしミス・ロングビルはそんな彼とは対照的に落ち着いた調子でオスマンに告げた。
「申し訳ありません。朝から、急いで調査をしておりましたので」
「ほう、調査?」
「はい。今朝方、起きたら大騒ぎじゃありませんか。そして、宝物庫はこの通り。すぐに壁のフーケのサインを見つけたので、これが国中の貴族を震え上がらせている大盗賊の仕業と知り、すぐに調査をいたしました」
「仕事が早いの。ミス・ロングビル」
秘書として当然です、と言わんばかりに微笑んで見せるロングビルだったが、とにかく答えが知りたいコルベールが額に汗を掻きながら結果はどうだったのか尋ねる。
「それで、結果は!?」
「はい、フーケの居所が分かりました」
「「「「「!?」」」」」
「な、何ですと!?」
あっさりとしたロングビルの報告を聞いて、コルベール一同は思わず目を見開いて愕然としていた。衝撃の事実を告げられたかのように、コルベールの頭のてっぺんに雷が落ちたような気がする。
そんな彼は置いといて、オスマンはその情報をどこで手に入れたのかを聞く。
「それは誰に聞いたんじゃね? ミス・ロングビル」
「はい。近所の農民に聞き込んだところ、近くの森の廃屋に入っていった『黒ずくめのローブの“男”』を見たそうです。恐らく彼はフーケで、廃屋はフーケの隠れ家ではないかと」
「······え?」
黒ずくめのローブという単語に、ノクトが反応した。
しかしその前にルイズが叫んだ。
「黒ずくめのローブ? それはフーケです! 間違いありません!」
証言者であるルイズの言葉に、オスマンは目を鋭くして、ロングビルに再び尋ねた。
「そこは近いのかね?」
「はい。徒歩で半日。馬で四時間と行った所でしょうか」
「······」
どうも怪しい。
ノクトは素直にそう思った。その情報の出所が何処なのかは知らないが、少し気になる部分がある。
朝方の騒ぎに気付いて、ロングビルはすぐに調査を開始して、聞き込み回ったところ、徒歩で半日程度の距離にフーケがいるという情報を掴んだ。
近所の農民に聞き込み回ったとしても、こんな短時間でそんなに詳しい情報が得られるか?
ノクトは一先ず先程気になった箇所を指摘するように質問する。
「えっと、あのさ」
「はい、なんでしょう?」
「すげー取り込み中の所悪いんだけど、一つ聞いていいか?」
「? はい?」
「そのフーケって奴はさ、男なのか? あの時暗くて良くは見えなかったけど、声だけは聞こえてさ、
「······」
ノクトの質問にロングビルはただ彼の目を見つめたまま、離すこともなく、そのまま優雅に頷いて肯定する。
「ええ、間違いありませんわ。私が聞いた限りでは黒いローブを着こんだ者は男であったと、近所の農民達はそう証言しています」
「········そっか」
「フーケは神出鬼没、それだけでなく手口も様々で、治安維持の魔法衛士隊ですら手を焼くほどだと聞いています。その姿は未確認ですが、少なくとも私の聞いた情報では男だと言っていました」
「······なるほど」
納得したような素振りを見せるが、やはり辻褄が合わない。この胸騒ぎは何なのかわからないが、わからない以上、使い魔としての立場から勝手に動くことは許されない。
成り行きを見守ろうとしたところで、コルベールが叫ぶ。
「すぐに王室に報告しましょう! 王室衛士隊に頼んで、兵隊を差し向けてもらわなくては────ッ!!」
その提案を聞いたオスマンは首を振ると、目を剥くようにして怒鳴った。
「馬鹿者! 王室なんぞに知らせている間にフーケは逃げてしまうわ!! その上、身にかかる火の粉を己で払えぬようで何が貴族じゃ!? 魔法学院の宝が盗まれた······これは魔法学院の問題じゃッ!! 当然我らで解決するッ!!」
オスマンの言葉を聞いて、何故かロングビルは微笑んだ。
まるで、この答えを待っていたかのように。
「では、捜索隊を編成する。我と思う者は、杖を掲げよ」
オスマンは一度咳払いをすると、有志を募った。
しかし、誰も杖を掲げなかった。困ったように、顔を見合わすだけだ。
「おらんのか? おや、どうした!? フーケを捕まえて、名を上げようと思う貴族はおらんのかッ!?」
そうは言うものの、相手はあのフーケ。
魔法衛士隊ですら手を焼くほどの相手ともなると、トライアングルレベルの魔法使いがせめて三人は必要だ。
『土くれ』という土系統の魔法を得意とする者に勝てる自信がないのか、皆ただただ顔を俯かせている。
しかし。
しかし、だ。
やがてすっと杖を顔の前に掲げた者がいた。
その杖を掲げた有志は、
「ミス・ヴァリエール!?」
それを見てシュヴルーズが驚いた声を上げた。
「何をしているのです!? あなたは生徒ではありませんか!? ここは教師に任せて────」
「誰も掲げないじゃないですか!?」
叫ぶだけ叫ぶと、ルイズは正論を述べるとすぐに口を閉じた。
それに乗じるように、キュルケまで杖を取り出して掲げて見せた。
「ツェルプストー!? 君だって生徒じゃないか!?」
「ふん。ヴァリエールに負けてられませんわ」
動機がたったそれだけだが、共に戦ってくれる有志であることには変わりない。
その勇気ある二人に合わせるように、タバサも杖を掲げた。
「タバサ、あんたは良いのよ。関係ないんだから」
「心配」
ほとんど動機がないタバサでも、友人が死なれでもしたら悲しいのだろう。
短くそれだけを告げたタバサはキュルケを感動させた。
ルイズも同様。
二人の賛同に悔しながらも感謝の言葉を述べる。
「ありがとう······タバサ·······」
そんな三人の様子を見て、空気が凍った。
そしてまた皆顔を見合わせている。
三人が買って出たのは、フーケの討伐と盗まれた秘宝の奪還。生徒ごときが引き受けられる依頼じゃない。
だが、現状を見ると、まさにお手上げなんだろう。
みんなの反応から察するに、フーケのことを任せられるのはこの三人だけらしい。
その勇気ある三人の姿に、オスマンは笑った。
「そうか。では、頼むとしようか」
「オールド・オスマン! 私は反対です!! 生徒達をそんな危険にさらすわけには·······ッ!?」
「では、君が行くかね? ミセス・シュヴルーズ?」
そう言われると、彼女の先程までの威勢は何処へ行ったのか、威嚇されて萎縮した小動物のように小さくなる。
「い、いえ······わたしは体調が優れませんので······」
下手な言い訳をするだけでなく、本当は止める覚悟もない。
そんな彼女より、三人の方がよっぽど勇敢だ。
なにより、
「彼女達は、敵を見ている。その上、ミス・タバサは若くして『シュヴァリエの称号』を持つ騎士だと聞いているが?」
『シュヴァリエ』
その称号は、王室から与えられる爵位としては最下級なのだが、タバサの年齢でそれを与えられていたという事自体が驚きだ。
タバサは返事もせずにぼけっとした表情で突っ立っている。そんな彼女とは対照的に、教師達は驚いたようにタバサを見つめていた。
「本当なの·······タバサ?」
彼女は頷きもしない。
ノクトはそのシュヴァリエとはなんなのかわからなかったが、なんとなく偉い称号なんだろうということだけは理解した。
補足を入れると、男爵や子爵の爵位ならば領地を買う事で手に入れる事も可能なのだが、『シュヴァリエ』は違う。
純粋に業績に対して与えられる爵位、実力の称号なのだ。
王に認められるほどの実力を持つタバサの件で宝物庫の中がざわめくと、オスマンは続いてキュルケを見つめた。
「それに、ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家系の出で、彼女自身の炎の魔法もかなり強力と聞いているが?」
「!」
それを聞いたキュルケは得意気に真っ赤な髪を靡かせて、ふふんと鼻を鳴らす。
キュルケの家系の話に周囲がまたざわめくが、今度はルイズの方を見つめたオスマンは困ったような顔をする。
それを見たルイズは、なんとなくだが察してしまった。
『ゼロのルイズ』
そんな失礼な二つ名をつけられていることは学園側も知っているのだろう。故に、何処を褒めたら良いのかわからなくなっている。
とりあえず、オスマンはルイズの家系から話し始める。
「ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール家の息女で·······その、うむ、なんだ······将来有望なメイジと聞いているが? しかもその使い魔は!!」
吃音気味に言葉を選んで話していたオスマンだったが、何故か最後にこちらの方に勢い良く視線を向けられて、ノクトの肩がビクッ!? と跳ねる。
彼のことを熱く語るように、オスマンの口が早口になる。
「平民でありながら、あのグラモン元帥の息子である、ギーシュ・ド・グラモンと決闘して勝ったという噂だが······確か彼は、誰も見たことがないような魔法を使い、何もない所から剣を召喚し、敵に投げつけてその身をその場へと移動させる能力を持つという」
自分の能力まで知れ渡っている事実に驚く暇もなく、オスマンは皆に見せつけるように彼に手を差し出しながら、
「なにより見よ、この男を。平民の身でありながら、この場にいる誰よりも勇敢さを持ち合わせていると思わんかね?」
オスマンは思った。
この青年が、本当に、伝説の使い魔『ガンダールヴ』ならば、『土くれのフーケ』ごときに、後れを取る事はないだろう、と。
しかも、彼には平民には扱えない······いや、この場にいるどの魔法使いにも扱えない魔法のような力を使える。
いくつもの武器を虚空から取り出して、投げつけてワープする能力。
その力を持ってすれば、土くれなんか簡単に捕らえて、秘宝も取り戻してくれるだろう。
「この四人に勝てるという者がいるのなら、前に一歩出たまえ」
ノクトも数に入れ、オスマンが教師達に名誉挽回のチャンスを再度与えるように言うが、結局前に出る者は一人もいなかった。
ならば、もう何も言うことはあるまい。
勇敢なる四人に全てを託すしかない。
「魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」
ルイズとタバサとキュルケは真顔になって直立をすると、
「「「杖にかけて!」」」
と自分達の持つ杖を胸の辺りに掲げて同時に唱和すると、スカートの裾をつまんで恭しく礼をする。
そんな彼女達に倣って、ノクトも一応オスマンに一礼だけしておく。
うむ、とオスマンは威厳のあるように頷くと、
「では、馬車を用意しよう。それで向かうのじゃ。魔法は目的地につくまで温存したまえ。ミス・ロングビル!」
「はい、オールド・オスマン」
「彼女達を手伝ってやってくれ」
ロングビルはそれを聞いて、頭を下げる。
「元よりそのつもりですわ」
△▼△▼△▼△
腑に落ちない。
どこかに見落としがある、とノクトは思っていた。
あらゆる高難易度ダンジョンを攻略してきたせいで人並み外れた洞察力が身に付き、人との関わりで猜疑心が強くなったのもあってか、先程のあの秘書の説明には何かしらの欠点がある気がしてならない。
「ノクティス、早くしなさい!」
ルイズは自室で叫んだ。
それを聞いたノクトが主人の命令のもと、出発の準備を整えながらルイズを見た。腰まである長いピンクの髪に魔法学院の制服を着こんだ少女だが、これから戦場となるかもしれないということで服の下に気休め程度の防護服を着込んでいる。
といっても、よくて衝撃を和らげるための皮で出来た鎧だ。それにファッションを合わせるように外見からはわからないような薄い盾だ。
「早くしないとミス・ロングビルが馬車を用意してしまうじゃない! 一番乗りだけは譲れないわッ!!」
どこまでいっても主人はぶれない。こんな時にまでキュルケとの下らないプライド争いか。
これから命を懸けて調査しに行くというのに。
そこを気にしていてしまっては、命の危険性に対しては疎かになっていると思われる。ノクトは一応これから行く場所の確認も含めて、命の重要性を訴えてみる。
「わかってっけど、俺達がこれから行くのは危険な場所だぞ? 万が一のこともあるから最低限の装備は用意しとかないと」
「そんなの、魔法でなんとかなるでしょ。こちらはメイジが四人、ドットクラスとはいえ貴族との決闘で勝った私の自慢の使い魔が一人、それで相手はトライアングルクラスとはいえ一人。戦力差から見ても大丈夫よ。心配性なのね、ノクティスって」
なんか自慢気にない胸を張ってふふんと鼻を鳴らしてるが、甘い戦略だ。なんかちゃっかり自分のことを褒めてくれた気がしたが、今の雰囲気的に何も響いてこない。
彼女はもしものことを考えてない。
というか、具体的な戦闘方法を考えてない。
当たって砕けろ的な考えでいるのかもしれない。その方針はノクト的にも支持するが、しかし本当に砕けてもらっては困る。
ノクトの力だって万能じゃない。シフトブレイクする時は自身の魔力を使うし、回復するにはどこか遠くの方へワープして休まないといけない。
その隙を突かれて再起不能にされられでもしたらどうなるか。その後、ルイズ達だけで対処できるのか。
戦は将棋なんかとは違うということをわかって欲しい。
単なるボードゲーム戦略なんかで勝てるわけがない。ルイズはそういったものを経験してないからこそ、そんなことしか考えられないんだろう。
彼女達の魔法だってそうだ。
得意系統の魔法でキュルケは炎、タバサは確か風。ルイズは何も使えず爆発を引き起こす。
そして、相手は土系統。
勝てる見込みがあるかと言われれば、ある。
が、
相手がプロの怪盗である以上、そう簡単に倒せるとは思えない。盗人らしく、姑息な手を使ってこちらを混乱させてくるはずだ。
ギーシュも土系統だったが、奴は数で攻めてきた。
どいつもこいつも簡単に斬れる雑魚だったが、もし今回の相手がギーシュみたいに数で攻めてきたらどうする? それも、あの馬鹿でかいゴーレムを何匹と作り出されたら。
ロングビルの得意とする系統も知らないから更に不安だ。
情報があやふやすぎてて、整理しきれない。
なにより、さっきから胸騒ぎがしてならない。
それのせいでノクトは真剣な表情を崩さず、眉間に皺を寄せて考え込んでしまっている。
だからだろうか。
準備する手を止めてしまっていた。
「ノクティスッ!! 手が止まってるわよ!!」
「え? あ、ああ悪い」
「もう! 早くしなさい!! 集合予定時刻を過ぎちゃうでしょッ!?」
「悪かったって!!」
どうもツアープランを重視するルイズは何としても一番乗りをしたいらしい。というか、貴族という身分から、ちゃんとしなければならないということを教えられているのだろうか。
声を荒げられて怒鳴られるノクトは一度考えるのをやめて、一応主人のご機嫌を損ねたから謝っておく。
ノクトは言われた通り持っていく物を皮袋に入れ、ルイズと共に部屋を後にする。
しかし、何をやってもこの不安は拭えない。
どうか、自分の勘違いであることを祈るばかりだ。