ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第14章

 

 

支度を終わらせ、それぞれ装備を整えた四人は、ミス・ロングビルを案内役とし、馬車に乗り込んで魔法学校を後にした。

 

貴族を乗せるには少々貧寒とした馬車。それ相応の身分として屋根付きで金や白で装飾された四輪馬車で迎えてくれるはずが、予算の都合かそれとも怪しまれないようにするためか、村人達がよく使う荷車のような馬車を走らせている。

 

御者台にいるロングビルが申すには、『襲われた時にすぐに外に飛び出せる方が良い』という事で、屋根のない馬車にしたのだそうだ。

 

 

「「「「········」」」」

 

 

しかし、それにしても少々退屈そうだ。

 

それもそうだ。馬で四時間もかかる距離なのだから。

 

ノクトに到っては昔からの癖なのか、馬車に乗った途端に夢の世界への旅立ってしまった。乗り物に乗って静かな自然の音が子守唄となったのか、こてん、と首を横にして静かな寝息を立てている。

 

素直に呆れる。

 

主人であるルイズは緊張感のないノクトにムッとして、わなわなと震えながらも立ち上がって彼に近づき起きるように膝を叩く。

 

 

「ノクティス!!」

 

「······んあ?」

 

「もう! ちゃんと起きてて!! 私達がこれから行くのは戦場なのよ。それに、使い魔として主人を守るためにも常に周囲を警戒しときなさいッ!!」

 

「わかったわかった、さっさとやる!」

 

 

耳を掴んで引っ張られて至近距離で叫ばれたノクトは、刺激された鼓膜がキーンとしながらも、無礼を働いたことを反省し主人に謝罪する。

 

叩き起こされたノクトは目を擦りながら、しかしまだ目を細めたままウトウトとなりながら周囲の警戒を怠らない。

 

そんな中、一同が目的地に向かっている途中、退屈さに飽きたのかキュルケが黙々と手綱を握って前だけを向いているロングビルに話しかけた。

 

 

「ミス・ロングビル······手綱なんて付き人にやらせれば良いじゃないですか」

 

「良いのです。わたくしは『貴族の名を無くした者』ですから」

 

 

それを聞いて、キュルケは思わずきょとんとした表情を浮かべた。

 

 

「だって、あなたはオールド・オスマンの秘書なのでしょ?」

 

「ええ。でも、オスマン氏は貴族や平民だという事に、あまり拘らないお方です」

 

「·····差支えなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」

 

 

好奇心を抑えられないキュルケは話の続きを聞こうとする。

 

 

「······」

 

 

だが、ロングビルはただ優しい微笑みを浮かべたまま視線を元の位置に戻してしまう。

 

彼女の心理状態から察するに、恐らく言いたくないのだろう。

 

 

「良いじゃないの。教えてくださいな」

 

 

それでもなおキュルケは聞こうとするのをやめない。むしろ、さらに好奇心を刺激することになってしまったようだ。

 

何てことのないような日常会話でロングビルの秘密を聞こうとしているが、唐突にキュルケの肩に軽い衝撃が伝わってくる。

 

振り返ってみると、そこにあったのはルイズの手。

 

伸ばされた手を追って彼女の顔色を伺うと、こちらを睨むように目を鋭くさせている。

 

 

「なによ、ヴァリエール」

 

「よしなさいよ。昔の事を根掘り葉掘り聞くなんて」

 

 

貴族としての礼儀マナーがなってないキュルケにそう言うと、キュルケは下らなそうに鼻を鳴らし、荷台の柵に寄りかかって頭の後ろで腕を組んで呟く。

 

 

「暇だからお喋りしようと思っただけじゃないの。ノクティスだって退屈すぎて寝てしまったくらいだし」

 

「あんたのお国じゃどうか知りませんけど、聞かれたくない事を無理矢理聞き出そうとするのはトリステインじゃ恥ずべき事なのよ。それに、ノクティスも」

 

「?」

 

「さっきも言ったけど、あんたは一応私の使い魔であり護衛騎士なんだから、どれだけ退屈であろうと常に周囲を見張ってなさい。わかったわね!?」

 

「わかったって······」

 

 

もう耳にタコが出来るほど同じことを言われたノクトは完全に目を覚まさせ、周囲に敵意がないかどうか神経を集中させる。

 

と。

 

そんなノクトにキュルケは黙って足を組むと、質問の矛先を変えたようにまた平然と聞いてくる。

 

 

「ねえ、ダーリン」

 

「ダ、ダーリン·······?」

 

 

その呼び方にノクトが困惑していると、キュルケは色気たっぷりに流し目を送りながら聞いた。

 

 

「ダーリンって、召喚されて学院に来たんでしょ? ご両親は心配してない? 大変よね、ゼロのルイズなんかにいきなり召喚されて·······」

 

 

どうやら彼女はなにか話題がないと落ち着かない性格らしい。隣にいるタバサは我関せずと、相変わらず読書にふけっている。本に夢中になることで、暇を潰しているらしい。

 

ノクトはキュルケの話にどう答えようか悩んだ挙げ句、特になんともなさそうな声で言う。

 

しかしどこか、寂しそうな声をして。

 

 

「······別に、特にそんな心配してねぇわ」

 

「あら、どうして?」

 

「······」

 

 

唐突に、ノクトは口を固く閉ざした。

馬車の中が長い沈黙に包まれると、ルイズはおろか、今まで黙って本を読んでいたタバサもノクトの顔をじっと見つめている。

 

彼のその顔を見た者達全員が、表情を凍らせた。

 

今にも消えてしまいそうなほど、疲れきった青年の素顔。普段活発に見えたノクトだからこそ、その表情は余計に痛々しく見えた。

 

歯を食い縛り、両手を掴んでいる手に汗をかく。

 

だからこそ、ルイズは声をかけるかどうか少しだけ迷った。

 

だけど声をかけないわけにはいかなかった。

 

使い魔の体調を心配するのは主人としての役目、ルイズは恐る恐る、ノクトに声をかける。

 

 

「······どうしたの? ノクティス?」

 

 

声に、ノクトはルイズを見た。

 

そこにいるノクトは、いつも通りの活発で、生意気で、そしていつもの優しげなノクティスだった。

 

 

「別になんでもねぇよ、ちょっと考え事してただけだから」

 

「······そう」

 

 

ノクトは訝しげな『いつもの』態度で返した。

 

だが、何故かその表情を見たルイズの胸はズキンと痛んだ。おそらく、踏み入れてはならない何かに踏み入れようとしていたのかもしれないと自覚する。

 

それでも、キュルケは諦めず話を聞こうとした。

 

その瞬間だった。

 

 

『オイ! いつまで俺をここに閉じ込めておく気だッ!? いい加減ここから出しやがれッ!!』

 

「ッ!?」

 

 

ズキンッ!! と。

 

ノクトの頭脳が激しく揺れた。いや、響いたという方が正しいか。

 

聞き覚えのある声だった。忘れることの出来ない声だった。

 

音源はどこか、どこを探そうにも頭が重くて動かせない。頭を抱えるように両手で抑える。

 

 

「ノクティス!?」

 

「どうしたのダーリンッ!?」

 

 

心配してくれる声が聞こえてくるが、ノクトはただ大丈夫とだけ言って柵に寄りかかると、

 

 

『何だ、こんなにも武器だらけの空間に俺を飛ばしやがって! 俺はこいつらとは違って特別なんだよ! 貯蔵庫みてえな所に俺を放り込みやがって、俺はお前にとっては在庫みたいなもんかもしれねぇけどな、俺はれっきとした『特殊な剣』なんだよ。俺はこんなおまけ程度に武器が漂っている空間より、お前さんの背中に背負われてた方が何倍もマシだってんだッ!!』

 

「う、うるさい······ッ!!」

 

『はあ!? うるせぇだぁ!? そもそもお前が────』

 

「わかったわかったッ!! 今出すからッ!!」

 

 

独り言のように叫ぶノクトに皆が目を向けているが、ノクトは苦しげに右手を伸ばして物体を具現化させる。

 

錆びれた剣。

 

デルフリンガーだ。

 

 

『はぁ~、ようやく外に出られた。おいお前! もっと俺のことを大切に扱えよなッ!! 俺はお前の持つ武器達とは違って特別なんだからよッ!!』

 

 

鞘から勝手に抜き出たデルフリンガーは、ノクトに猛抗議する。頭が痛くてそれどころではないノクトであったが、その特別とはなんなのか、怒り混じりに問い詰めた。

 

 

「特別って······何が特別なんだよ。 話せることか?」

 

『違ぇよ。俺は─────』

 

 

と、そこでデルフリンガーは声を止めた。

 

ガチャガチャと錆びた金属音を停止させ、その場の空間が静寂に包まれる。

 

何かを言い出そうとして、言葉を探しているみたいだが、数秒間何も言わずにボーッとしたまま動かなくなった。

 

 

「······なんだよ」

 

『悪い、忘れた』

 

 

ルイズ含め、全員がズコォと前倒しになる。

 

あれだけ期待させておいて忘れたの一言で片付けたデルフリンガーにノクトはお怒りモードだ。

 

 

「お、お前なぁッ!!」

 

『ま、いいや。そのうち思い出すさ。それよりも! 今度俺をあんな武器だらけの空間に放り込んでみろ。今度は脳内で暴れまわるくらい大声で叫んでやるからな』

 

「わかったわかった」

 

 

あんな思いをするのは二度とごめんだ。

 

あんな、“六神”の時のように人間には理解できない言葉を聞いて、頭痛を引き起こすような現象だけはもう勘弁して欲しい。

 

ノクトは慣れないながらも鞘に収まったデルフリンガーを背中に背負うと、ずっしりとした重みに肩ががくんと揺れる。

 

 

「おわっとッ!!」

 

『なんでい、やっぱお前さん剣を一度も背負ったことなかったのか? それでよくいろんな武器を使いこなせてたな』

 

「ッ!!」

 

 

デルフリンガーのその皮肉な一言にムカッとするノクトだったが、奥歯を噛み締めるだけで静まった。武器を召喚することが出きる魔法に頼りすぎてて腰や背中に剣を背負ったことなどなかったので、デルフリンガーの剣の重さに体重が後ろに持っていかれる。

 

そのやり取りを近くで見ていたご主人様達は呆れというか心配というか、この先思いやられそうだと感じながら首を横に振る。

 

 

「······」

 

 

手綱を取っているロングビルもそのやり取りが可笑しかったのか手を僅かに震わせて堪えている。

 

こうして馬車は再び沈黙を取り戻すと、さらに先へと突き進んで行った。やがて馬車は深い森に入って、鬱蒼とした森が恐怖を煽る。

 

昼間だというのに薄暗く、気味が悪い。今にも何か出そうな雰囲気である。

 

と、ここで御者台にいたロングビルが馬を止めて腰を上げると、地面に足をつける。

 

 

「皆さん、ここから先は徒歩で行きましょう。ここから先は馬では通れません」

 

 

確かに、彼女の言う通りだ。

 

木々がいくつも並んでおり、森を通る道から小道が続いている。この先になにかあるっぽいが、これほどまでに狭くては馬車で移動するのは不可能だ。

 

なにより地面も柔らかく、車輪が土に埋まって上手く回らない可能性だってある。

 

四人は彼女に言われた通り荷台から降りて、その小道からさらに先へと歩いて行った。

 

自然と沈黙。

 

風の波に乗って枝が揺れ光があまり届かない森の中をより不気味にさせる。

 

すると、一行は開けた場所に出た。

 

森の中の空き地といった風情で、広さはおよそ魔法学院の中庭ぐらいの広さだ。

 

真ん中には確かに廃屋がある。こんなところにポツンと一軒家があるのは不自然にも思えるが、この廃屋は元々木こり部屋だったのかもしれない。

 

廃屋の隣には、朽ち果てた炭焼き用と思われる窯と、壁板が外れた物置が並んでいる。長く使われていないのが見てわかる。廃屋の近くの地面を見ても雑草が多く生えており、人の気配すらない

 

そのことをすでに察知していたノクトは疑惑の目で廃屋を見つめている。

 

 

(······人の気配がない、罠か?)

 

 

もしあそこにフーケが潜んでいるのだとしたら、気配がないのはおかしい。一同は小屋の中から見えないように、森の茂みに身を隠したまま廃屋を見つめる。

 

中から物音もしない。

 

完全に無人であるとノクトは確信する。

 

 

「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいるという話です」

 

 

しかし、ミス・ロングビルが廃屋を指差してそう言った。何の迷いもなく、自信たっぷりにそう告げた。

 

 

「······」

 

 

ノクトはそんな彼女を横目に目が細くなる。

 

彼女は朝早くから学院内が大騒ぎであるからということを認識し、いち早く状況の把握を行った。

 

そして、彼女はこう言っていた。

 

 

『はい。近所の農民に聞き込んだところ、近くの森の廃屋に入っていった【黒ずくめのローブの“男”】を見たそうです。恐らく彼はフーケで、廃屋はフーケの隠れ家ではないかと』

 

 

情報収集をするために手早く動いたのには感心したが、だとしてもおかしな部分がある。

 

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朝起きて状況を把握するのは当然であるが、大騒ぎしている中で冷静でいたのも気になる。

 

何より。

 

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そこがどうも引っ掛かる。

 

もしそうなら、()()()()()()()()()()()()()()()

 

だって、つまりは彼女は────

 

 

「ノクティスッ!!」

 

「······ん?」

 

「ちゃんと聞いてるの!? これからどうやってフーケを捕まえるのかちゃんと話し合わないと」

 

「あ、ああ······悪い」

 

 

茂みに隠れて息を潜めて考え事をしていたところ、隣にいたルイズが小声で話しかけてきた。

 

ノクト達はゆっくりと相談を始めた。

 

とにかく、あの中にいるのなら奇襲が一番だ。

 

寝ていてくれたら尚更である。

 

すると、王室から認められた『シュヴァリエの称号』を持つタバサが地面にちょこんと正座をすると、全員に自分の立てた作戦を説明するために杖を使って地面に絵を描き始めた。

 

人と接するのが苦手なのか、少々小声で、

 

 

「まず、偵察兼囮が小屋のそばに向かって、中の様子を観察する」

 

「「「「······」」」」

 

「そして、中にフーケがいたとしたらこれを挑発して、外に出す。小屋の中にゴーレムを造り出すほどの土は無いと思うから、外に出ない限り、得意の土ゴーレムは使えない」

 

 

そして最後に、フーケが外に出た所を魔法で一気に攻撃する。土ゴーレムを造り出す暇を与えずに、集中砲火でフーケを沈めるというわけだ。

 

 

「でもその偵察兼囮は誰がやるの?」

 

 

ルイズが尋ねると、タバサは短く簡潔に言った。

 

 

「瞬間移動」

 

 

その言葉に、全員が一斉にノクトを見つめた。確かに、離れたところにシフトできる能力を持つノクトであれば、敵に気付かれても即抜け出せる。

 

 

「任せろ」

 

 

ノクトも了承するかのように首を縦に振った。

 

剣を手に、できるだけ物音を立てぬように廃屋の近くの地面に剣を投げ、素早く小屋の傍まで近づいた。

 

トスッとした音だけが鳴り、ノクトの体は廃屋の近くまで一気に飛ばされる。

 

ノクトは廃屋に背をつけ窓に近づき、慎重に中を覗きこむ。小屋の中は、一部屋しかないようだった。部屋の真ん中に埃の積もったテーブルと、転がった椅子が見えた。

 

そして薪の隣には、木でできた『大きな箱』がある。

 

中には人の気配は無いし、どこにも人が隠れるような場所は見えない。

 

 

(······やっぱり罠か?)

 

 

ノクトは一瞬、家の中の現状を見て違和感を感じたが、それでもやはり人の気配はない。

 

隠れていた全員が、恐る恐る近寄ってきた。

 

ノクトはしばらく考え込んだ後、ルイズ達を呼ぶ事にした。罠があるにせよフーケが隠れているにせよ、同じメイジの彼女達ならば何か分かるかもしれない。

 

ノクトが頭の上で腕を交差させる。誰もいなかった時のサインである。その合図にルイズ達は隠れていた茂みから出てきて、全員が恐る恐る近寄ってきた。

 

 

「人の気配がない、罠とかありそうか?」

 

 

ノクトが言うと、タバサがドアに向かって杖を振るう。数瞬後、彼女は首をふるふると横に振った。どうやら罠も無いらしい。

 

 

(······考えすぎだったか?)

 

 

少しだけ慎重になりすぎていたようだ。

 

それからタバサとキュルケとルイズはドアを開けて、中に入った。ノクトは外で見張りをすると言って後に残る。

 

主達を守るのが使い魔の務め。

 

周囲の警戒を怠ってはならない。

 

 

「ノクティスさん」

 

「ん?」

 

「わたくしは辺りを偵察してきます。ここを任せてもよろしいですか?」

 

「······」

 

 

このタイミングで自分達から離れるなんて、一体何を考えているんだ。オールド・オスマンから自分達を手伝えと言われており、この中でも最年長であるのだから、生徒の安全を気にして近くにいないといけないのでは? と思う。

 

が、

 

ノクトは特に表情も変えず、わかったとだけ伝えると、彼女は足早に森の中に消えていった。

 

小屋に入ったタバサとキュルケ、そしてルイズは何か手掛かりがないかを調べ始めた。

 

そしてタバサがチェストの中から、なんと『破壊の水晶』を見つけ出した。

 

 

「破壊の水晶」

 

 

タバサが無造作にそれを持ち上げてみんなに見せると、キュルケが叫んだ。

 

 

「あっけないわね!」

 

 

キュルケが叫んだ。

 

タバサは窓を開け顔を出すと空へ向け、ピィーっと口笛を吹いた。その音はノクトの耳にも聞こえ、奪われたものを取り返した、という合図だと気付いた。

 

 

『なんでい、もう終わりかよ』

 

「無事終わったんだからそれでいいじゃねぇか」

 

 

鞘から勝手に抜けて錆び付いた声で不服の声を上げるデルフリンガーにノクトは聞き流す。

 

と、

 

不自然ながら何もかもが順調に上手くいきそうになっていたその時だった。

 

 

「?」

 

 

ノクトが不思議そうに声を溢すと、足元の石ころがカタカタと揺れていることに気がついた。それに気づいたときには、今度は整備された道の脇にあるいくつもの樹の葉が風もないのにカサカサと音を立て始める。

 

刻みに揺れ始めた自然。

 

地震、という感じではない。まるでどこか遠くで怪獣でも歩いているかのような、奇妙な振動。

 

 

「!? ルイズ!!」

 

「え?」

 

 

ルイズが首をかしげてノクトを見るが、ふと気づいた。ノクトが鋭利な物を構え、こちらに向かって投げてきたことに。

 

 

「!?」

 

 

ルイズ達は条件反射でとっさに後方へと飛ぼうとした瞬間、ノクトが放った剣はもう目前まで迫ってきていた。

 

しかし、届くことはなかった。

 

シュン! と、風を切る音が聞こえてきた瞬間に剣の刃はルイズの鼻先で固定されて、ノクトの姿がすぐ側まで近付いてきていた。

 

彼は片手で三人を引き寄せると、もう片方の手に剣を出し大声で叫ぶ。

 

 

「捕まってろ!!」

 

「「「!?」」」

 

 

そう言った瞬間、彼女達は奇妙な体験をした。景色が歪み、次の瞬間には体が失われ、そしていつの間にか自分達は外の景色へと移されていた。

 

そして。

 

ルイズ達がとっさに避難した廃屋は、跡形もなく爆発した。爆心地からは、石を固めて作ったような化け物の腕が伸びていた。その高さだけでも二メートル近く。

 

腕を創造するための石が地面から吸い込まれていき、一部噛み合わなかった破片が空に舞い飛ぶ。

 

ガキゴキと型に合わない石同士が強引に噛みつきあい、大地の破片の豪雨がぶつかり合う音が不気味に響く。

 

 

「下がってろ!!」

 

「「「!!」」」

 

 

ノクトはただ後ろにいる少女達にそう言って、不本意ながら背中に納めていた錆びだらけのデルフリンガーを解き放つ。

 

ノクトは後ろなど振り返らない、ただ前を見る。

 

そこにはまるで亡者のような姿勢で佇んでいる巨大な石像が、ノクト達を叩き潰そうと睥睨していた。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「······」

 

 

ノクトの目が、音もなく細まる。

 

土で出来たゴーレム。この前学園で自分達を襲ってきた奴と同じ個体と見ていいだろう。所々コケや雑草が混ざっているが、モデルが同じなのでまず間違いない。

 

自然に出来たとは考えにくい。このタイミングで、この展開で、偶然なんてことはあり得ない。

 

おそらく、自分達が追っている盗人の手先だろう。

 

だが術者らしき人は見当たらない。遠隔操作が可能なのかもしれない。

 

と、そんなことを考えていると、

 

考え事をしているノクトに向かって、巨大な石像は容赦なくその腕を振り上げる。

 

 

「ノクティス !危ないッ!!」

 

 

轟ッ!! と、空気どころか空間すら押し潰そうとする一撃が襲いかかってくる。

 

前に。

 

少年は小さく息を呑み、

 

 

「オラァッ!!」

 

 

ガキン!! と。

 

瞬間、ゴーレムが真っ直ぐ放ったはずの拳が、突然蛇のように左へ逸れた。やったことは単純だ、拳を剣で受け止めて横に受け流しただけだ。

 

かなり重かったが、前世での神様である巨神様の拳に比べたら全然軽い。

 

 

『おい相棒ッ!! 折れるかと思ったぞッ!?』

 

 

しかし、ノクトはそのデルフの言葉に反応をしなかった。何もない空間を薙ぎ払う石像を尻目に、ノクトは一歩だけ進み、ゴーレムの隣に立つ。

 

ゴーレムは振り向き様に横殴りの拳を振るう。

 

 

「遅っせえッ!!」

 

 

だがその一撃もやはり弾き返されて、起動を曲げられた腕はノクトの上を通りすぎる。続けてゴーレムが更なる拳を放とうとしたところで、

 

 

「終わりッ!!」

 

 

ノクトの姿は虚空に消えると。

 

瞬間、すでにノクトはゴーレムの目と鼻の先にいた。

 

 

ザシュ! と。

 

 

突きを繰り出したことによってゴーレムの顔面は内側にへこみ、バランスを崩して、拳を振り上げた所で重心を失ったゴーレムはそのまま勢いよく後ろに倒れてしまう。

 

ズシン!! と地面を響かせ、ゴーレムはピクリとも動かなくなった。

 

 

「ま、こんくらい楽勝だわ」

 

 

呆気なく終わってしまった。

 

その様子を見ていたルイズ達は唖然としていたが、既に危機は去ったとばかりにのんびりとノクトの元へと歩いてくる。

 

 

「すごい! やっぱりダーリンはすごいわッ!!」

 

「······」

 

「ノクティス、あんた一体······」

 

 

三人がノクトのことを見つめてくる。

 

どんなにプロのメイジでも手を焼く相手に、たった一人で勝ってしまった。それもボロボロの、あまり役に立たなそうな剣一本で。

 

巨体相手に怯みもせず、臆することなく立ち向かったこの青年は一体何者なのか。

 

皆がそう疑問に思っていたところ、

 

 

グゥォォォォォオオオオオオッ!!

 

「「「「!?」」」」

 

 

倒したはずの石像が雄叫びを吐き出しながら立ち上がった。助走をつけるようにノクト達との距離を詰め、その砲弾のような拳を放つ。

 

 

「ッ!!」

 

 

ガン!! と。

 

咄嗟にノクトは手に持っていたデルフリンガーを横にして押し留め、足に力をいれて食い止める。

 

 

「三人とも退却しろ!!」

 

「え、ええ! 行くわよタバサッ!!」

 

「······ッ!!」

 

 

キュルケとタバサは一目散に逃げ出し始める。

 

しかし、ルイズの姿が見えない。

 

どこ行った? と、ノクトが辺りを見回すと、すぐにルイズの姿が見つかった。

 

彼女はゴーレムの背後に立っていた。

 

ルイズはルーンを呟き、ゴーレムに杖を振りかざす。すると巨大なゴーレムの表面で、何かが弾けた。恐らくルイズの魔法だろう。その爆発でルイズに気付いたのか、押し留めていた拳は離されて標的を変えたとばかりにゴーレムが彼女の方に振り向いた。

 

危険な行動に出ているルイズに、ノクトは怒鳴る。

 

 

「なにやってんだルイズ!? 早く逃げろ!!」

 

 

ノクトがそう叫ぶも、ルイズは唇を噛み締めながら、

 

 

「嫌よ!! あいつを捕まえれば、誰ももうわたしをゼロのルイズなんて呼ばないでしょ!」

 

 

彼女の目は、真剣そのものだった。

 

ゴーレムは近くに立ったルイズを踏み潰すか、逃げ出したキュルケ達を追うか、攻撃してきたノクトを叩き潰すか迷っているように首を傾げて止まっていた。

 

 

「この期に及んでそんなこと言ってる場合か! 命の方が大事だろ!!」

 

「こんな所で逃げるわけにはいかないのよ!! わたしにだって、ささやかだけどプライドってもんがあるのよ。ここで逃げたら、ゼロのルイズだから逃げたって言われるわ! わたしは······わたしは貴族よ! 魔法が使える者を、貴族と呼ぶんじゃないわ────」

 

 

奥歯を噛み締め、力を込めるように持っている杖を握り直した。

 

 

「敵に後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ!」

 

「!」

 

 

おそらく、それが最大限の彼女なりの勇気だったろう。たとえ死んででも、決して背中を見せることなく勇敢に強敵へと立ち向かった。

 

ずっとゼロと呼ばれて何者にもなれなかった自分が英雄になる。彼女はそれになるために無謀でも戦う意思を選んだ。

 

それがルイズという人間。

 

ルイズは最後の最期まで、貴族として誇りを持っていたかったから、彼女は逃げなかった。

 

だがいくらやってもゴーレムが怯むことはない。火力不足なのだ。あれだけの爆裂を発生させても、部分部分しか当たらずましてや当たる精度も低い。よく狙いもせず魔法を放っている。

 

本心は怖いのだろう。

 

心の中では挑もうと考えているようだが、体は正直だ。

 

手元が震え、杖の照準が合っていなかった。

 

しかし、もう逃げることはできない。

 

ヴァリエール家の名にかけて、敵前逃亡などあってはならない。勇敢な死を遂げてこそ、貴族というもの。

 

 

「ぐう······ッ!!」

 

 

ルイズは歯を食い縛る。だったらこの身体を盾にしてでも、皆が逃げるだけの時間は稼いでみせる。

 

と、彼女は最後の決意を固める。

 

ゴーレムの腕が狙いを定めるように中空の一点でピタリと静止する。次の瞬間には確実に襲いかかってくる破滅を前に、ルイズは覚悟を決めるようにして目を閉じようとしたところで、

 

 

「オラァァァァァアアアアッ!!」

 

 

聞き慣れた、青年の声が耳に届いた。

 

そして次に目を開けたときには、ゴーレムの腕はまた軌道を曲げられた。

 

 

「全く、世話のかかるご主人様だな」

 

『へ、全くだぜ』

 

「ノクティス!」

 

 

体当たり気味の振り下ろしを放ったノクトのデルフリンガーが彼と同じように呆れた声を出すが、青年は笑ってルイズの前に降り立った。

 

しかし、

 

危機を脱したとはいえ、まだ本体は形を保ったままだ。もっと威力のある、それこそルイズの爆裂以上の火力がいる。

 

と、ノクトはあるものに目が行った。

 

遠くの方でこちらの様子を見つめている、タバサとキュルケ。

 

そのうちの一人、タバサが持っているケース。確かあの中には、『破壊の水晶』と呼ばれるものが入っていたはずだ。

 

学院の宝を勝手に使うのは申し訳ないが、今は危機的状況。中身がどんなものなのかは知らないが、あれを使えばおそらくこいつを倒せるかもしれない。

 

 

「行くぞルイズ!!」

 

「へ?」

 

 

ご主人に声をかけるとノクトはルイズの手を取り、タバサ達がいる方向にデルフリンガーを投げて転移する。

 

一本の閃光がゴーレムの真横を通りすぎ、ルイズとノクトの身体は既になく、タバサ達の元に姿を現した。

 

そして、ノクトはルイズをキュルケに強引に預けると、

 

 

「ちょっとこれ借りてくぜ」

 

「え?」

 

「ちょっとノクティス!?」

 

「ダーリン!?」

 

 

有無を言わさずタバサからケースを奪うと、すぐにゴーレムの前まで近付いた。

 

宝物庫で厳重に保管されていた重要なケースを、ノクトは乱暴な手付きで開いてみせた。そして、その中にあったものを見て驚愕することになる。

 

 

「は!? これって!?」

 

 

『破壊の水晶』を目にした瞬間、思わず自分の呼吸が停止するのを感じた。自分の目に狂いが無ければ、これはノクトが何回も目にした事のある物だった。

 

それは、化け物を駆逐するために作られた“魔法が封じ込められた武器”。

 

形状はボール。

 

赤色の光をぼんやりと淡く光らせている玉。

 

手で触れるだけでは何も起きないが、モンスター相手にこれを当てれば驚異的な力を発揮する。ルシス王国の戦闘部隊にとっての最上の武器。

 

それをノクトは、使い慣れているような感じで放り投げた。

 

 

「ぶっ飛べッ!!」

 

 

考えるより先に右手が動いた。

 

その球体がゴーレムの身体に当たると、それは一瞬で紅蓮に輝く閃光と化す。

 

 

「「「!?」」」

 

 

ルイズ達は目を潰すような紅蓮の光の渦と猛烈な熱量によって思わず両手で自分の顔を庇った。

 

球体に封じ込められていたものが衝撃によって破裂し、辺り一面へ炎を撒き散らした。周囲の酸素は跡形もなく燃やされ、摂氏三◯◯◯度の業火がゴーレムの頑丈な鎧を一瞬で溶かす。

 

それと同時に肥大化したゴーレムの全身に亀裂が走り、そして灰まみれになった岩は脆くなってガラガラと崩れ去った。派手に灰色の粉塵が舞い上がり、炎は尚も野原を焼き付きし、皆の視界を奪っていく。

 

その圧倒的な威力に言葉を失っているルイズ達は、その炎の渦の中心地に立っているノクトに目を向ける。

 

そして、しばらくすると彼は彼女達の方へと向き直り、

 

 

「終わったぞ」

 

 

ノクトは、灰色のカーテンで仕切られた視界の中、一人孤独に笑った。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

『おでれーた······』

 

 

背中のデルフがそんな事を呟き、後ろのルイズ達もゴーレムだったものをぽかんと見つめている。あまりの高火力に言葉が出ない。

 

炎の系統のメイジでさえ、あそこまでの威力は出せない。いたとしても、数人だ。そんな炎が封じ込められていたあの水晶は一体なんなのか、皆が頭を悩ませていた。

 

だが、ノクトは知っている。

 

先ほど使った物の正体を。

 

かつて、前の世界でよく使っていた武器。各地にあるエレメントストーンから魔法の原材料となるものを吸収し、それをボトルに詰めて魔法を錬成していた。

 

今回使ったのは、炎系統の中でも最高級のもの。

 

 

フレア

 

 

辺り一面を焼き付くし、敵を一網打尽にする最高魔法だ。

 

と、そんな時だった。

 

 

「終わった······ようですね」

 

 

木陰に隠れていたロングビルが駆け寄ってくるのが見えてくる。まるで、タイミングを見計らったかのように姿を現した。

 

そんなロングビルなどお構い無しに、キュルケがノクトに抱き着いてきた。

 

 

「ノクティス! すごいわ! やっぱり私のダーリンね!!」

 

「いや、もうそれいいから」

 

 

二人をよそに、ようやく我に返ったタバサが消し炭となったフーケのゴーレムを見つめながら呟く。

 

 

「フーケはどこ?」

 

「ミス・ロングビル! 先ほどフーケのゴーレムと対峙したんですが当の本人はどこにも見当たりません!!」

 

「そう、ですか。一体どこに────」

 

 

と、ロングビルが首を傾げた時だった。

 

シュン! と。

 

瞬間、すでにノクトはロングビルの鼻先に立っていた。

 

 

「!?」

 

 

驚くのも束の間、ノクトは手を伸ばしてほつれた彼女のローブを掴むと左足で彼女の足を蹴った。

 

直後、気が付けば彼女の身体は地面に倒されていた。痛みと衝撃でわけがわからない状況のロングビルは、いきなりなにをするのかと問い詰めようとして地を転がって起き上がろうとするが、

 

ザシュ! と。

 

デルフリンガーが彼女の肘部分の服を貫き、土の地面に縫い付けていた。

 

 

「ちょっ、ノクティス!?」

 

「動くなよ。自分が拘束される理由は、言わなくてもわかんだろ?」

 

 

ルイズが声をかけてくるも彼は振り返らない。そのまま、地面に倒したロングビルを睨み付ける。

 

 

「い、一体何のことで······!?」

 

「とぼけるなよ。俺達をここまで連れてくるのが目的だったんだろ? ミス・ロングビル······いや、『土くれのフーケ』」

 

 

ノクトの口から出た単語に、ルイズ達は驚愕で目を見開いた。それにロングビルが何か言おうとしたが、無駄だと悟ったのだろう。ロングビルは倒れながらもこう言った。

 

 

「な、何故わかった?」

 

 

それは、自分自身がフーケだと認めたものだった。

 

ノクトはデルフリンガー突き刺したまま口を動かす。

 

 

「ありえないからだよ、あんたがあそこにいるのは」

 

「なに?」

 

「あんた言ってたよな? ここに来るまでには、徒歩で半日。馬でも四時間はかかる。それで朝起きて調査を始めたって言ってたけど、それが本当ならあんたがあそこにいるのは不自然すぎる」

 

「「「!?」」」

 

 

それを聞いて、ルイズは思わずあっと声を上げた。

 

確かにノクトの言う通りだ。朝から調査を始めたならば、例えどんなに急いでも学院に戻ってくるのは昼近くになる。ロングビルの言う事を信じるならば、彼女があの場にいるはずがないのだ。

 

その矛盾にはフーケも気が付いたらしく、目を大きく開く。

 

ノクトはそんな目を気にせず続ける。

 

 

「あんたは宝物庫からあれを上手く盗めたのはよかったものの、そのあとが問題だった。恐らく、使い方が分からなかったんじゃないか? だから他の奴をここにおびき寄せてわざと見つけさせ、自分のゴーレムと対峙させて使い方を知ろうとした。そして使い方を知ったら連れてきた奴全員殺してそのまま去るつもりだった、そんな感じか?」

 

「ッ!!」

 

「といっても、生憎あれは一度きりの代物だ。たとえ使い方がわかったとしても、もう今は破片となってそこらの地面と混ざってる。あれだけ苦労して手に入れたのに残念だったな」

 

「グッ!!」

 

 

舌打ちをし、何もかもお見通しとわかったロングビルは降参するように両手を挙げた。

 

その様子を見たノクトは反対側の手にナイフを召喚し、喉元に押し当てて起き上がらせた。

 

 

「よっし、無事にフーケは捕まえたぞ。これで任務は終わりだよな?」

 

「え、ええ」

 

 

ノクトがそう言うと、ルイズはゆっくりと首を縦に振った。

 

危機は去った。

 

しかし、緊張感は拭えない。

 

戦争が終わったあとの兵器と同じく、こんな力を持った彼はこの魔法界にいるだけでイレギュラーな存在となってしまう。

 

ルイズは、連行しているノクトを見る。

 

顔が見れなくてよかったと、彼女は思った。

 

今彼がどんな顔を浮かべているか、ルイズには確かめる度胸もなかったから。

 

 

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