フーケを捕まえた後、ノクト達は学院に戻りオスマンに報告をした。
「ふむ······ミス・ロングビルが土くれのフーケじゃったとはな······美人だったので、なんの疑いもせず秘書に採用してしまった」
「一体、どこで採用されたんですか?」
隣に控えたコルベールが尋ねた。
「街の居酒屋じゃ。私は客で、彼女は給仕をしておったのだが、ついついこの手がお尻を撫でてしまってな」
「で?」
コルベールが促すと、オスマンは照れたように告白した。
「おほん。それでも怒らないので、秘書にならないかと言ってしまった」
「何で?」
コルベールが本当に理解できないという口調で尋ねる。
「カァーッ!」
すると、オスマンは目をむいて怒鳴った。なぜ理解できない!? と言った顔で叫ぶが、できればこんな所で発揮してほしくないほどだ。
それからオスマンはこほんと咳をして、真顔になった。
「おまけに魔法も使えるというもんでな」
「死んだ方が良いのでは?」
ぼそりと本音を思わず呟いたコルベールをよそに、さも自分は悪くないというようなで口でオスマンはまくし立て始める。
「今思えば、あれも魔法学院に潜り込むためのフーケの手じゃったに違いない。だって居酒屋でくつろぐ私の前に何度もやってきて、愛想良く酒を勧めてくるし? 魔法学院学院長は男前で痺れます、などと何度も媚を売り売り言いおって······終いにゃ尻を撫でても怒らない。惚れてる? とか思うじゃろ? なあ? ねえ?」
「要は、アンタがしっかりしてさえしてればこうはならなかった······ってことなんじゃ?」
「「ッッッ!!」」
ぐうの音すら出させないノクトの言葉が、オスマンの胸にぐさっと深々と刺さった。コルベールも、どういうわけかどこか申し訳なさそうに顔を赤くした。おそらく、彼も共犯者なのだろう。人のことを言えない立場なのに言ってはならぬことを言ってしまった。それ故に反省し、彼も口を固く閉じてしまった。
いつもなら口を慎みなさいノクティス! と言うべきであろうルイズも、今回ばかりは完全にノクトの言うことに同意で、キュルケと共に首を縦にウンウンと二回頷いた。
あ、もう弁解の余地は与えてくれんだろうな、と思ったオスマンは、仕切り直しとばかりに話題を変えた。
「ま、まあそれは置いといて······君たちはよくぞフーケを捕まえて『破壊の水晶』────」
とオスマンが言った時、一同はバツの悪そうな顔をして俯いた。あの水晶、『フレア』が詰められていたマジックボトルは、ゴーレムを倒すためにに思いっきり叩きつけて跡形もなく吹き飛ばしたからだ。
ルイズは学園長でもあるオスマンの表情を見て、嫌な予感を覚えた。
叱られる。
そう思ったルイズやキュルケは力強く目を瞑って腰を曲げて謝ろうとした時、
「───を使用し、見事に彼女のゴーレムを撃退してくれた。何よりノクティス、君には礼を言いたい。フーケを捕まえるだけでなく、我が校の生徒を命がけで守ってくれたことに感謝する。ありがとう」
「は、はぇ!?」
そう言うと、オスマンはルイズ達の頭を撫でさらにこう告げた。
「君達に『シュヴァリエ』の爵位申請を、宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう。ミス・タバサには、精霊勲章の授与も申請しよう」
「ちょ、ちょっと待ってくださいッ!?」
そう言うとルイズはオスマンの撫でてくれた手を取りそっと降ろすと、目を見開いて驚愕したような表情のまま彼に訊ねる。
「いいんですか!? 確かにフーケは捕まえましたが、結局『破壊の水晶』は取り戻すばかりか勝手に使用してしまったんですよ!?」
「慌てるでない」
「!?」
「あれは、
「·····ッ!!」
その寛大なオスマンの心に感謝したルイズはありがとうございますと頭を下げた。キュルケ達もそれに倣ってお辞儀をし、感謝の意思を見せる。
ノクトも失礼なことを言っておいて、むしろ感謝されたことに焦り、腰を九十度曲げて礼をする。
オスマンがそう言うのを聞いてから、ルイズは横のノクトをちらりと見てオスマンに尋ねる。
「オールド・オスマン。ノクティスには、何もないんですか?」
「うむ。残念ながら、彼は貴族ではない。すまんのノクティス」
「ですが······」
ルイズは言葉に詰まった。フーケを捕まえたのは他ならぬ彼である。正直、自分達は何か活躍したわけではない。
しかし、ノクトは言った。
「ああ、別にいいよ。そんな名誉とか報酬欲しさについていったわけじゃないし」
「で、でも·····」
「俺はルイズの使い魔だ。ルイズ達を危険な目に遭わせないようにするのが使い魔の仕事、だろ?」
「······」
ノクトもノクトの方針で特に気にしない様子を見せてそう言った。その言葉に少し不服そうに、しかしどこかノクトらしいその表情を見て嬉しそうな顔をしたルイズだったが、ここでオスマンがパンパンと手を叩いた。
「さてと、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。『破壊の水晶』は残念ながら戻って来なかったが、フーケを捕まえた実績は大きい。予定通り執り行うことにする」
それを聞いて、キュルケの顔がぱっと輝いた。
「そうでしたわ! フーケの騒ぎで忘れておりました!」
「今日の舞踏会の主役は君達じゃ。用意をしてきたまえ。精々、着飾るのじゃぞ」
「わかりました! 行くわよタバサ!!」
「······」
キュルケはそう言ってタバサを連れ出すと、オスマンに礼をしてその場を後にした。ルイズも続くように礼をしてドアに向かったが、ノクトだけは何故かその場から動かない。
「ノクティス?」
ルイズがノクトをちらりと見つめると、彼は笑みを彼女に向けながら言った。
「悪い、先に行っててくれ。ちょっと聞きたいことがある」
その言葉を聞いてもルイズは心配そうにノクトを見つめたまま動かなかったが、やがてこくりと頷くと扉を開けて部屋を出て行った。
ルイズが出て行くの確認すると、ノクトの意図を知っているかのようにオスマンはコルベールに二人だけにしてほしいと頼んで、部屋から下がらせると口を開いた。
「何か、私に聞きたい事がおありのようじゃな」
「······ああ」
ノクトは訝しげに頷いた。
「言ってごらんなさい。できるだけ力になろう。君に爵位を授ける事は出来んが、せめてものお礼じゃ」
オスマンとの会話が許されたことを確認すると、ノクトはオスマンを真っ直ぐ見据えて尋ねた。
「あの『破壊の水晶』·····ってのは、この世界の物じゃない。『俺の世界』にあったものだ」
俺の世界、という言葉を聞いた瞬間、オスマンの目が光る。
「ふむ。君の世界、とは?」
「······俺は、この世界の人間じゃない」
「本当かね?」
「ああ。俺はルイズの召喚で、違う世界からこの世界に呼び出された······らしい」
「らしい······とは?」
「······」
それを聞かれてノクトは言葉を詰まらせて俯いてしまう。ノクトは答えるべきか迷っている。自分が何者なのか、一体何処から来たのか。
すると、何かを察したのかオスマンはその話は一旦置いておこうとして、ノクトに提案する。
「言いたくなければ良いのじゃよ。無理に詮索するのは貴族として恥ずべき行為じゃ」
「いや、そんなんじゃ······ッ!!」
「じゃが、さすがに別の世界からやって来たと聞かされてしまってはこちらとしても黙っておくことはできん。君のためにも、少しだけでも良いから聞かせてくれんかね? そうしないと、別の世界からやってきたと他の者が知った時、君を狙わんとするものが現れるやもしれんからな。そうなった時、守ることができるのは我らだけじゃ。心配せんでも、第三者に情報を流したりするなんて愚かな真似はせん。個人情報は必ず守る。だから、君のタイミングで良いから、話せるところまで話してはくれんかね?」
「······」
オスマンはそう呟きながら、目を細めた。その目を見てノクトはふと表情を曇らせた。
この世界にやってきて、一つだけ解消しきれなかったことがあったのだ。
「······悪い」
それはどういう意味で謝ったのか、彼の声色からすぐに察せれた。
誰かに話してしまうことで、誰かを傷つけてしまうと思っていたからだ。だが、今ならようやく話すことができる。そう確信したノクトはオスマンの目を見て語る。
「まず、あの『破壊の水晶』っていうのは正式な名前じゃない。俺の世界では、『魔法を封じ込めておく武器』として扱っていた」
「なるほど、そうじゃったか」
「·······その様子だと、やっぱ知ってたんだな」
「まぁ、の。実は私はあれがどのようなものなのか初めから知っておった。何せ、
「ッ!?」
ルシス王国の軍隊が使う武器、マジックボトル。
各地にあるエレメントから魔法の源を吸収し、ボトルに詰めて手榴弾のようにして相手にダメージを与える兵器だ。
吸収したエレメントと魔物の素材を合わせることでより強力な魔法を生み出すことができるが、あの『破壊の水晶』と呼ばれていたものには『フレア』という炎属性最強の魔法が詰められていた。
ゴーレムを一瞬で粉砕させるほどの威力を持つ魔法。
それを持つ人間も、かなりの実力者だったに違いない。それが誰かを知るために、ノクトはオスマンに対して質問する。
「あれを持っていたのは誰なんだ? 少なくとも、そいつは俺と同じようにこの世界の人間じゃないはずだ」
「······」
それを聞くと、何故かオスマンはため息をついた。
まるで、悲しそうに。
「あれを私にくれたのは、私の命の恩人じゃ。三十年前、森を散策していた私はワイバーンに襲われた。そこを救ってくれたのがあの『破壊の水晶』の持ち主じゃ。彼は『破壊の水晶』を使ってワイバーンを吹き飛ばすと、
「!?」
「しかし、ワイバーンの皮膚は相当に固い。彼の持っていた武器では傷一つつけられんくてな、もう一回あの『破壊の水晶』を使用して撃退してくれた」
短剣を投げて別の場所にワープした。
その単語を聞いて、ノクトの目が驚愕に見開かれる。
ノクトはそいつが今何処にいるのか声を荒げて訊ねる。
「今そいつは!? そんな戦い方ができるのは俺の世界にしかいない! そいつの名前は? 一体どこにいるんだ!?」
「······死んでしまった。三十年前のワイバーンとの戦いでな」
「な·······ッ!?」
オスマンの口から放たれた事実に、ノクトは思わず目を見開いてそんな声を出す。驚愕しているノクトを見ながら、オスマンは悲しそうな表情を浮かべて語り出した。
「助けてくれたのはいいものの、彼は怪我を負っていての。しかも相当深い怪我をの。私は彼を学院に運び込み、手厚く看護した。しかし、看護の甲斐なく······」
「死んだ······のか」
一旦間を置いて息をつくと、オスマンはゆっくりと頷いて再び口を開いた。
「永遠とも思える瞬間じゃったが、決着は直ぐだった。一瞬の隙を付いて、彼は短剣を投げてその身を別の場所へ移すという見たこともなかった魔法を使用して死角に回ると、『破壊の水晶』でワイバーンの体を吹き飛ばしおった·····そして糸が切れたように、彼もその場に倒れ付した」
「······」
「どうやら彼は、戦う前から大きな怪我をしていたようでな、まるで全身に火傷を負ったような傷跡があった。ほとんどギリギリの中で私を助けてくれたらしい」
オスマンは言葉を伏せた。ノクトもその意味はわかる。だから何も聞かずに待った。
「私は彼を手厚く弔うと、使っていた折れた短剣と『破壊の水晶』はそれぞれ『秘宝』として、宝物庫に仕舞い込んだのじゃ。恩人の形見としてな······」
するとオスマンは机の引き出しを漁り始めた。しばらくすると、彼は机の中から何かを取り出した。
「あったぞ、ほれ。これもその恩人が持っていたものじゃ」
そういってオスマンが取り出したものを見て、今度はノクトが目を見開く。
「それは、名札?」
しかも、『王の剣』が身に付けておく名札だ。
ノクトは歩み寄り、手に取ってよく見る。かなり傷ついた名札だ。端のほうは擦り切れているし、微かに焼け焦げた跡がある。
名札には、個人を証明するための出身地とかつての持ち主の名前と顔写真が貼られていた。
「ガラード地方出身、“ニックス・ウリック”······聞いたことがないな」
頬や耳の後ろ、指先に至るまで細かいところにガラード特有のタトゥーが入っている。顔写真のため全身は見れなかったが、ニックスの戦闘服だけ角と毛皮が付いており、これはガラードに棲む獣をモチーフとした装飾であることがわかる。
『王の剣』は難民の中から優秀な人材を集めて組織されており、前線での戦闘や特殊任務を担当する。
国王であり父である“レギス”から魔法の力を貸与されており、国内に限り隊員は魔法やノクトと同じくシフトブレイクが使える。
「それで、こいつはどこから来たとかは······?」
「わからん。どうやって来たかとか、その謎は解明されぬままじゃった。しかし······やはりそうか、通りで君の動きは彼に似とると思っとったよ」
「?」
「実は君に聞きたいことがあってな」
オスマンがノクトの左手の手袋に手を触れると、勝手に取り外し、ルーンを食い入るように見始めた。
そういえば、確かにこれについても聞きたかった。時々力が湧いてくる現象は、このルーンのせいだということは、薄々感づいていた。
「これについて何か知ってるのか?」
「うむ、これは『ガンダールヴ』という伝説の使い魔の印じゃ」
「······伝説の使い魔?」
「そうじゃ。一説によれば、その伝説の使い魔はありとあらゆる『武器』を使いこなしたという噂じゃ」
ノクトは自分の左手に刻まれたルーンをじっと見つめながら、オスマンに聞く。
「どうしてそんな伝説の使い魔のルーンなんかが俺に?」
「わからん」
「······」
「すまんの。ただ、もしかしたらお主がこっちの世界にやって来た事と、そのガンダールヴの印は、何か関係しているのかもしれん」
「······そっか」
ノクトはオスマンの言葉を聞きながら、左手のルーンから視線を外し、彼の手から離れると左手に黒いグローブをはめ直した。
すると、オスマンがノクトの顔をまっすぐ見て言った。
「それで······話を戻すが実は私からも君に一つ聞きたい事があるんじゃが、構わないかの?」
「······ん?」
「君はギーシュ・ド・グラモンと戦った時、何もないところから剣を出現させてみせたじゃろう? そればかりか、武器を投げた瞬間に他の場所へと移動までした······正直言って、あんな魔法は我らでさえも使えない不可能な魔法じゃ。かつての命の恩人もその魔法を使っておったし、もしかしたら君には、ガンダールヴ以外に何か特別な力があるんじゃないのかね?」
「······ッ!!」
それを聞いて、ノクトはまたふと表情を曇らせた。今までそれをずっと隠してきたが、それは本当に正しかったのか、ということが頭を悩ませる。
なにせ、ここではノクトは一般人として扱われている。
たとえ真実を伝えたところで、今後彼らがどのような目で見てくるかわからない以上、こちらから話すことはなかった。
が。
ほんのわずかに俯いていたノクトは覚悟を決めたように、彼は自分の意思で顔を上げた。
「俺は」
告げる。
そのために口を開くことがこんなにも重く感じるのはこれが初めてだった。
彼は語る。
今までずっと隠してきたことを。
彼らよりも、もっと高貴な存在であることを。
「別の世界からやってきた、王族だ」
△▼△▼△▼△
「王族、じゃと?」
「ああ、格好や言動から想像しにくいだろうけど、俺は『イオス』っていう世界にある『ルシス王国の王子』であり『次期国王』だった」
「国王!?」
「恐らく、アンタを助けた人は俺達王族を守る人間······『王の剣』の一人だ。あの武器も、他の場所へワープする能力も、その力を持てるのは基本的に俺達王が認めた奴しかいねぇから」
「······」
話を聞いて、オスマンの目は限界まで開いていた。
大きな、それこそ貴族としての立ち位置を左右するほどの大きな揺らぎが見えた気がした。戸惑っているオスマンを見て、ノクトは続ける。
「と言っても、もうそんなことは関係ないけどな」
「関係ない?」
「ああ、俺はもう『王子』じゃねぇし。
「っ!?」
「らしい······ってさっき言ったのは、自分が死ぬ直前にこの世界に来たから覚えてないんだ。だから、どうやってここに来たのか、どうしてルイズに召喚された瞬間に負っていた傷まで治ったのか、全くわからない。何にしても、俺は元の世界じゃ死んでるってことになってるから、元の世界に仮に帰れたとしても王子は死んでるってことになってるだろうから、むしろ戻ったら市民から化物扱いされて怖がられるかもな」
「······」
「何より、ここでも王子だっていう称号さえ使い物にならねぇし、今まで通り一般人として扱ってくれても別に気にしねぇわ」
自分を悲観するように話すノクトを見て、オスマンの方も衝撃が走る。
死んでるから。
その単語の意味を理解できないほど、オスマンは馬鹿ではない。彼が冗談を言っているようにも見えないし、本当ののとだろう。
「······」
だがそれがどうした。
オスマンはかつて一度、本当に命を救われたことがある。それは、直接的にではないが、彼がいたから命の恩人である彼にも特別な技が備わった。
間接的にだが、オスマンはノクトに救われていた。
彼という存在がいなかったら、命の恩人である彼には魔法の力を与えられず、共倒れしていた可能性がある。
そんな彼を、今まで通りに一般人と貴族の関係性として見てよいのだろうか。彼自身がそう望むのならそうすべきだろうが、オスマン的にはそうはいかない。
「······ノクティス」
そこでオスマンは、ノクトの名前を呼んだ。
真っ直ぐに、真剣に、彼を見据えながら何の偽りもない言葉を紡ぎだす。
「それ以上自分を追いつめるような事を言うのはやめなさい。それは誰よりも、君自身に失礼じゃよ」
「え?」
「確かに、ここでは君のことを王子だと認識して貰えないかもしれん。しかし、だからといって我々は君を無下に扱ったりはせん。大切な客人·····いや、友人として迎え入れるつもりじゃ」
「······」
ノクトは呆然としていたが、目の前の老人の言葉に何も言い返せなかった。崩れ落ちそうでありながら、ノクトの目に少しだけ涙が流れる。
今までずっと孤独だった、王子だと認識されずに迫害された経験もあってか、初めてノクトをノクティス・ルシス・チェラムとして見てくれたことに対して、素直に嬉しかったのだ。
そんな彼を見て、オスマンは笑みを浮かべて優しく抱きしめた。
「よくぞ恩人の形見を取り戻し、そして我が校の生徒を守ってくれた。改めて礼を言うぞノクティス」
「······はい」
ノクトは小さな声で返事をした。
「お主がどういった経緯でここに来たかは私もできる限り調べようとも思う。でも分からなくても恨まんでくれよ。なぁに、住めば都じゃ。なんなら嫁さんも探してやるぞ」
「いや、それは遠慮願うわ」
ノクトは口元に笑みを浮かべ、即答する。
オスマン氏は満足そうに頷くと、ぽん、と手を叩いた。
「さて、先も申したが、今夜はフリッグの舞踏会じゃ、お主も楽しんでくるがよかろう」
「ああ、そうさせてもらうわ」
ノクトは一礼すると踵を返し、ドアへと向かう。
ノクトが出て行ったのを見送ってから、オスマンは学院長室の机に座ると、ふぅ~と長いため息を漏らした。
「王子、か······意外な存在だったようじゃな。それにしても、彼の秘密はそれだけではないような気がするがの」
△▼△▼△▼△
学院長室から退出したノクトは、フリッグの舞踏会が行われているであろう食堂へ向け、一人歩いていた。
窓から差し込む巨大な二つの月の光が、彼を照らし出す。
月明かりがノクトの目を揺らがせ、自分が路傍の礫のようなちっぽけな存在だと感じてしまう。
「異世界······か」
ノクトは小さく呟くと、気がつけば異様に強い力で腕を上に上げて背筋を伸ばしていた。
『なんでい、案外元気そうじゃねぇか。王子だって扱われなくて悲観してるのかと思ってたぜ』
「······」
ため息をつきながら、背中のデルフリンガーを手に取る。ノクトは鞘から少し引き抜くと、剣に話しかけた。
「お前、知ってたんだろ? 俺が別世界の王子だってこと」
『まあな。どういうわけか俺は、使い手がどういう人間なのかわかっちまう性質らしい』
ただ、とデルフは一言置くと、
『俺には、相棒がどんな人間なのかってのは、あまり関係ないからな、重要なのは俺を使ってくれるかどうかさ』
「·······そうか」
『ま、あの娘っ子に召喚されたのも何かの縁だ、今日はせいぜい楽しんだらいいんじゃないか?』
「······そうだな」
その言葉に、ノクトは我ながらつまらない事に悩んでるな、と思うと共にデルフリンガーを鞘に納める。
もうすぐ『アルヴィーズ』の食堂だ、辛気臭い表情のままパーティ会場に足を踏み入れるわけにはいかない。
今は不安を忘れ、楽しむのも悪くは無い。
△▼△▼△▼△
『オイオイ相棒ぉ、さっきから食い過ぎじゃねぇのか?』
「こんなにも旨いもんを大量に喰える機会なんて滅多になさそうだし、今日はせいぜい楽しめって言ったのそっちだろ? 別にいいいじゃねぇか」
ノクトは、大量の料理をバルコニーに運んで食べていた。
中では着飾った生徒や教師達が豪華な料理が盛られたテーブルの周りで歓談している。ノクトは外に続くバルコニーから中を眺めて、シエスタが持ってきてくれた肉料理の皿とワインの瓶を貰い、次々と口へと放り込んでいく。
「ダーリーンっ!」
「······ゲッ!?」
食事の最中、近寄るなり胸に飛び込んできたキュルケを慌てて抱きとめ、ノクトは苦笑した。綺麗なドレスに身を包んだキュルケは甘えるようにノクトの胸に顔を埋める。
「どうしたのノクティス、パーティはもう始まっていてよ? たった一人なんて寂しくない?」
「ああ、俺はここでいいわ。ところで、ルイズは?」
ノクトは周囲を見渡すと、ルイズの姿を探した。いつもなら怒鳴りながら間に割ってくるはずなのに、それがないのを見ると安心するような、不安になるような。
するとキュルケは、つまらなそうに唇を尖らせた。
「んもう! ノクティスったらあの子のことばっかり!! ······まだ来てないわ、着替えに時間がかかってるんでしょうねぇ········だから、ねぇ? ルイズなんて放っておいて、一緒に踊ってくださらない? これから舞踏会が始まるの」
「·······せっかくの誘いは嬉しいけど、やめとくわ」
「どうして? 私と踊れる機会なんて滅多にないことよ。いつも多くの男子が私を誘ってくるし·····でも、今日はあなたと踊りたいの、どう?」
「ああ、だろうな。だからこそ、遠慮しとく」
「んもう! どうしてぇ~?」
「そりゃ、だって······」
ノクトはキュルケの真後ろへと視線を向ける。
タキシードを着飾った男子達が真っ黒なオーラを纏ってこちらを睨み付けていた。殺意の視線を一斉にノクトに向けて集中させる。
彼らの目は語る。またテメェか平民、と。
想定内と言えばあまりにも想定内な展開に、ノクトの思考が真っ白になる。
というわけで、ノクトはキュルケを離して、
「ま、そういうわけだから。またの機会にしてくれ」
「むぅ~!!」
膨れ顔になって見てきても、ノクトは動じない。しかし、ようやく諦めたのかキュルケはわかったわと一言告げると、また後でねダーリン! と手を口に当ててチュ! と投げキッスを投げ渡してきた。
ちょっと悪寒を感じたノクトだったが、そのタイミングでパーティーが本格的に始まった。
パーティが始まると中に入ってしまった彼女は今、ホールの中でたくさんの男に囲まれて笑っている。予想通り、あらゆる男達に声をかけられている。
だから関わらなくてよかったと、改めて実感させられる。
ちなみに黒いパーティドレスを着たタバサは、一生懸命にテーブルの上の料理と格闘している。ノクトといい勝負ができそうだ。野菜をアリにしたら、たぶん彼女の方が勝つだろうが。
それぞれ、パーティを満喫しているようだ。
と、ちょうどそんな時、門に控えた呼び出しの衛士がルイズの到着を告げた。
「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~り~!」
振り向くと、そこには綺麗なドレスに身を包み、高貴な上品さが漂う美しさを見せるルイズがいた。
現れたルイズは、長い桃色がかった髪をバレッタにまとめ、ホワイトのパーティドレスに身を包んでいた。肘までの白い手袋がルイズの高貴さをいやになるぐらい演出し、胸元の開いたドレスが作りの小さい顔を、宝石のように輝かせている。
主役が全員そろったことを確認した楽師達が、小さく流れるように音楽を奏で始めた。ダンスの開始を告げる合図。男と女はそれぞれパートナーを決め、曲に合わせるようにステップを踏む。
そして、そんな彼女に今まで馬鹿にしていた生徒達でさえすっかり見惚れてしまったのか、盛んに群がり我こそは、とダンスを申し込んでいた。
しかし·····というかやはり、ルイズはそんな男共には目もくれず、その足でバルコニーにいるノクトの所まで行った。
「······楽しんでるようね」
「まあ、な。いっつも貧しい食事ばっかりだったから、こういう肉料理が染みて、そんでワインもすっげぇ美味しいわ」
「ふ~んそう?」
少しにらみ目でこちらを見てくるルイズは、腕を組んでノクトを威嚇する。相変わらずだなと、もうこのやり取りに慣れたノクトは一気にグラスの中のワインを傾けると、テーブルに置いた。
すると、テーブルに立てかけていたデルフリンガーがルイズに気付き、
『おお、馬子にも衣装じゃねぇか』
「うるさいわね」
ルイズは剣を睨むと、腕を組んだままノクトの方を向いて首を傾げた。
「踊らないの?」
「生憎、こういうのは慣れてなくてな。事情もあってダンスの輪に入ったこともない」
王子という立場から玉座を離れることを許されなかったノクトは、ダンスのレッスンは一応受けてはいたものの、披露する機会はほとんどなかった。故に、踊り方を忘れてしまった。
困ったような顔を見せるノクトに対し、ルイズはふーんと呟くと、そのまま何も言わず彼に向けて手を差し出した。
「だったら······どうやって楽しめばいいか、わたしが教えてあげるわ」
「え?」
そして、今度はドレスの裾をつまんで、恭しく礼をした。
「わたくしと一曲踊って下さいませんこと? ジェントルマン」
「······」
ノクトはどうするか考えた。ダンスなんて生まれてこの方やったことなんてない。
断ろうかとも考えたが、他の男と断ってまでせっかく誘ってくれているのに、それはあんまりにも無礼だろう。
悩んだ末、ノクトはふっと笑みを浮かべながらルイズの手を取った。
「喜んで、お相手させていただきます。ご主人様」
そう言うと二人は手を取って、ホールへと向かって行った。流れるような音楽の中、ノクトとルイズは踊っている。
実質上ダンス初心者のノクトは、最初はルイズに合わせてステップを踏んだ。
最初はどこかぎこちない動きだったが、徐々に思い出してきたのもあり、的確な読みと動きでルイズの行動を予測し、上手くリードしている。
「ねぇ、ノクティス」
ルイズは軽やかに優雅にステップを踏みながら、ノクトに呟く。
「何?」
「あんたは、元の故郷に帰りたいの?」
「······」
一瞬ルイズの掴む手が、ギュッと強くなった。まるで手放したくないように。
そんなルイズの心情を察してか、ノクトはぎこちないステップを踏みながら少しの間黙ってから、口を開いて小さな声で続けた。
「帰りたくない、って言ったら嘘になる。けど、今はそうでもないな」
「え?」
そう言われると、ノクトは苦笑して、
「確かに俺には帰るべき場所がある。だけど、まあ······事情があって帰るわけにはいかないんだ。向こうでは俺は········」
するとノクトは、口を固く閉じてしまった。
そんな彼を見たルイズは不思議そうな目で見ていた。なんで黙っているのか、全く理解していない顔。
他人に心配をかけさせるような事は全部内緒にしてるから、誰かに声をかけてもらう事なんて絶対にありえないと、何も言わなくても察してくれるなんて、そんなマイナスなものが込められた表情。
しかし。
ノクトはしばらく呆然としていたが、やがてゆっくりと唇を動かした。
それは笑みのようにも見えた。
「元の世界に帰るための手段は一応探す、けどそう簡単には見つからないだろうし、戻る気はないからな。だから、お前の使い魔でいることを誓うよルイズ」
「······そう」
ルイズは小さく呟くと、しばらく無言で踊り始めた。
それからルイズは少し頬を赤らめると、ノクトの目から目を逸らした。そして、思い切ったように口を開く。
「ありがとう」
「······え?」
ルイズが礼など言ったのでノクトは少しだけ驚いたような表情になった。
「な、何よその顔?」
「えっ、いや······まさか礼を言われるなんて思わなかったから」
「い、言う時は言うわよ!」
ちょっと怒った風に口をとがらせるルイズを見て、ノクトは笑いかける。
「ははっ、お前からそんな言葉が聴けるなんてな·······こっちこそありがとな」
「え?」
「俺に······
その言葉の意味を理解できなかったルイズだったが、ノクトは続けるようにこう言った。
「なあ、一つお願いしていいか?」
「? なに?」
「今度からはさ、“ノクティス”じゃなくて、“ノクト”って呼んでくれ。その······言いにくいだろ、ノクティスだと」
ノクトは優しい笑みを浮かべた。その笑顔に、ルイズも思わず微笑んでしまう。
「わかったわ、これからもよろしくね。ノクト」
「ああ、こちらこそよろしくな。ルイズ」
その言葉と共に音楽が鳴り止み、ダンスは終了を告げた。