ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第16章

 

 

その夜、ルイズは夢を見た。

 

ずっと昔、まだ家で貴族の教育を受けていた頃。夢の中の幼いルイズは屋敷の中庭を逃げ回っていた。迷宮のような植え込みの陰に隠れ、追っ手をやり過ごす。

 

良く出来た二人の姉に比べられるのが嫌で、いつも何か言われれば、逃げるようにどこかへ行き、今では嫌なことが起きると、自然とそこに足が向くようになった。

 

誰もいない心の拠り所。

 

そこへ行くために、彼女は涙を押し殺して進む。

 

 

『ルイズ、ルイズ。どこに行ったのルイズ!? まだお説教は終わっていませんよ!?』

 

 

屋敷を歩き回って騒いでいるのは、ルイズの母親だった。いつも出来の良い姉達と魔法の成績を比べられて、物覚えが悪いと叱られていた。

 

見つかるまいと、足音を殺して植え込みへと隠れた時、誰かの靴が植木の下から見えた。

 

 

『ルイズお嬢様は難儀だねえ』

 

『まったくだ。上の二人のお嬢様はあんなに魔法がおできになるっていうのに······』

 

『······ッ!!』

 

 

ルイズは悔しさと悲しさで歯噛みすると、嫌々と召使い達は植え込みの中をがさごそと捜し始めた。半分不服な仕事ではあるが、見つからねば即刻クビにさせられる。

 

それほど、ルイズの家庭は厳しかった。

 

そして、このままでは見つかると思ったルイズはそこから逃げ出した。上手いこと物陰に隠れて追手を躱し、彼女自身が『秘密の場所』と呼んでいる、心を休めるための唯一のオアシスに向かう。

 

そこは、中庭の池だった。

 

あまり人の寄り付かない、うらぶれた中庭だ。池の周りには季節の花々が咲き乱れ、小鳥が集う石のアーチとベンチがあった。池の真ん中には小さな島があり、そこには白い石で造られた東屋が建っている。

 

島のほとりに小船が一艘浮いていた。

 

しかし今、船遊びを楽しむ為の小船は、誰も使っていない。

 

姉達はそれぞれ成長して魔法の勉強で忙しかったし、軍務を退いた地方のお殿様である父は近隣の貴族との付き合いと狩猟意外に興味は無かった。

 

母はあの通り娘達の教育と、その嫁ぎ先以外目に入らない様子だった。

 

そんなわけで、忘れ去られた中庭の池とそこに浮かぶ小舟を気に留める者は、この屋敷にルイズ以外にいない。ルイズは叱られると、決まってこの中庭の池に浮かぶ小舟の中に逃げ込むのだった。

 

夢の中の幼いルイズは小舟の中に忍び込み、用意してあった毛布に潜り込む。

 

そんな風にしていると、

 

 

『泣いているのかい? ルイズ』

 

 

中庭の島にかかる霧の中から、一人のマントを羽織った立派な貴族が現れた。つばが広く、羽根つき帽子で隠れて顔がよく見えない。

 

だが、ルイズは自分の目の前にいるのが誰だかすぐに分かった。

 

子爵だ。

 

最近、近所の領地を相続した年上の貴族。夢の中のルイズはほんのりと胸を熱くした。憧れの子爵。晩餐会をよく共にした。

 

そして、父と彼との間で交わされた約束。

 

 

『子爵様、いらしてたの?』

 

 

幼いルイズは慌てて顔を隠した。みっともない所を憧れの人に見られてしまったので、恥ずかしかったのだ。

 

最近近所の領地にやってきた、自分にとって憧れの貴族。優しく、強そうで、尊敬にも似たような感情を持っていた。

 

故に、弱いところ何て見せたくなかったんだろう。彼女は彼と会うとつい顔を赤らめてしまう。

 

 

『今日は君のお父上に呼ばれたのさ。あのお話の事でね』

 

『まあ!』

 

 

あの時の自分は、まだ十にも満たない年だった。だから、その言葉の意味がよく分からずに、どう答えていいか分からなかった。

 

父が交わしたという、自分と彼との間の約束。幼き頃よりの誓い。

 

 

『いけない人ですわ。子爵様は······』

 

『ルイズ。ぼくの小さなルイズ。君はぼくの事が嫌いかい?』

 

『······』

 

 

おどけた調子で子爵が言うと、夢の中の小さなルイズは首を振った。嬉しくないと言ったら、嘘になる。

 

だからルイズはこう答える。

 

 

『いえ、そんな事はありませんわ。でも······わたし、まだ小さいし、よく分かりませんわ』

 

 

ルイズははにかんで言った。帽子の下の顔が、にっこりと笑った。そして、手をそっと差し伸ばしてくる。

 

 

『子爵様······』

 

『ミ・レィディ。手を貸してあげよう。ほら、つかまって。もうじき晩餐会が始まるよ』

 

『でも······』

 

『また怒られたんだね? 安心しなさい。ぼくからお父上にとりなしてあげよう』

 

 

島の岸部から小舟に向かって手が差し伸べられる。大きな手。

 

憧れの手。

 

ルイズは頷いて立ち上がり、その手を握ろうとした。

 

その時、

 

ビュゥゥウッ!! と。

 

大きな風が吹いた。帽子が外れ、宙に浮く。

 

 

「え?」

 

 

ルイズは思わず戸惑いの声を上げた。

 

貴族の帽子が飛んだ直後、周りの景色ががらりと変わったのだ。さっきまでいた子爵の姿は消え、自分一人しかいない。しかも自分の姿は六歳の姿から、今の十六歳の姿に変わっていたのだ。

 

 

「あれ?」

 

 

優しい表情のまま、子爵のいた場所には漆黒がやってきた。そして、いつの間にかその夢の中の景色も、心の拠り所の池のほとりも小舟も、全てが闇へと消えた。

 

事態の把握が追い付かない。

 

急な出来事にルイズは戸惑っていると、一つの声が飛んできた。

 

 

『ノクティス王子』

 

「え?」

 

 

聞き慣れた名前だった。

 

つい最近、本人の希望でその名を呼ぶことをやめてしまっていたが、その名を忘れることはない。

 

そして気付く。

 

自分が今まで見た事も無い建築様式の建物に、来た事も無ければ見た事も無い風景の中にいたことを。

 

その中で、ルイズはまるで空気から浮かび上がるように、透き通る体でこの世界に降り立っている。重力なんて概念はなく、しかし自分で方向転換もできない。

 

そんな中でも声は続く。

 

 

『ノクティス王子』

 

『······』

 

『ノクティス王子!!』

 

(······王、子?)

 

 

声が聞こえる方へと目を向ける。するとそこには、使い魔であるノクトの姿があった。

 

しかし、そこにいたのは確かにノクトだったが、ルイズが知っている彼の姿とは少し違う点があった。

 

上品なスーツを着込んで、雰囲気もなんだかクールだ。いつも軽くオラオラ来る系の性格ではなく、どこか億劫そうな感じが全身から出ている。

 

 

『······ん?』

 

 

ここでようやく、ずっと眠って運転手の呼び掛けを無視していたノクトが目を覚ます。

 

そう。

 

今いる場所は見たこともない乗り物の中だったのだ。ルイズは無条件でその中へと押し込められ、ノクトの隣に座らされている。

 

一体どういうことなのか、わけのわからない展開がずっと続く中、ノクトの前にいる男性は後ろを見ずに首だけ振ってある方向を指しながら話しかける。

 

 

『あれ、迫力ですね!!』

 

『······んぅ?』

 

 

先のしつこい呼び掛けに少し苛立ちを感じながら、怪訝そうな顔で運転手の後頭部を見た後、窓の外へと視線をやる。

 

ルイズも引かれるようにそちらを向くと、驚くべき光景が広がっていた。

 

夕焼けにギラギラと光る縦に長い四角い建物。石造りや木製といった建築物は見当たらず、先から先まで天高く届くほどの建物がずらりと並んでいる。

 

そして、特に目が行くのはその建物の周辺に浮かんでいる『舟』。一体どういう原理で飛んでいるのか、ルイズには理解できない。

 

夕日に包まれていたその街の風景を見て、ノクトは眠そうな声でこう答えた。

 

 

『まるで·······占領されたみたいだな』

 

『······フフ』

 

 

運転手は振り返りもせずにノクトの発言を聞くと、ハンドルを握り直して、街に出入りするためのインターチェンジまで進み、自分達専用の門のところまで行くと、メーターの下にある操作盤を鼻唄を歌いながら押すと、目の前にあった通行止めのポールが連動して下へと沈んでいった。

 

道が開いたことを確認すると、運転手はそこで警備をしている人に手を上げて挨拶をし、街の中へと入っていく。

 

 

『········ふぅ~』

 

 

ノクトはノクトで、なんだかめんどくさそうに窓の外を眺めるだけで何も言わない。

 

 

「ノクト、ここは一体どこなの? あと、王子ってどういうこと?」

 

『······』

 

 

ルイズが声をかけるも返事はない。無視してる、って感じじゃない。完全に聞こえてないようだ。

 

しかしそれでも諦めないのがルイズという少女なわけで。

 

 

「ちょっと! 聞いてるのノクト!!」

 

 

と、彼の肩に手を置いて強引にこちらを向けさせようとした時だった。

 

今度はどういうわけか、ルイズの手はノクトの体をすり抜け、少女の体が車の向こうへと躍り出る。

 

 

「うわ!?」

 

 

そのまま落下していくルイズは虚空へとダイブし、見えない何かに搦め捕られて引きずり込まれていく。

 

そして。

 

そして。

 

そこはまたしても別の世界だった。

 

 

「······あれ?」

 

 

風景は先程と一緒。

 

今度はただ、見たこともない天高く積み上げられた立派な城がルイズを見下ろしていた。その外観は一つの建物に四つの塔を建てたような形で、その中心から青白い閃光が空高く伸びている。

 

 

「·······なに、これ?」

 

 

不思議そうにして、その割には警戒もしていたルイズは無意識のうちに彼女の足が動き、その踵が床を蹴る。

 

ローブを着込んでいるなかで、人差し指だけがその建物により近くなる。彼女はその建物に触れようとした。そして中へと入り、一体この中はどうなってるのか確かめたかったのだ。

 

次に来たのは音だ。

 

ただし。

 

それはルイズが作り出した音ではない。

 

 

ドパラタタタタタタタタッッッ!!!!!

 

 

と。

唐突にルイズの背後から空気を引き裂くような乾いた音が何発も放たれ、入り口に入ろうとしていたルイズの体を狙って襲いかかってきたのだ。

 

 

「!?」

 

 

感覚としては、バリスタのような武器。

 

しかし矢を放つ弦もなければ、放つための矢もない。全長九◯◯ミリメートル、重量三・二キロという図体を持ち、五・五六ミリメートル口径もの弾丸を使用する小銃。

 

そんな、ルイズからしたら意味不明な武器を持つ、あの鎧を着込んだ連中に命が狙われているとわかると、あまりの恐怖に膝をついて耳を塞ぎ、目を瞑ってしまう。

 

が。

 

ガキン!! と。

 

何かが弾かれる音が聞こえてきた。

 

 

「え?」

 

 

ルイズは石造りの地面に腰が抜けて座り込みながら這って移動し、音が聞こえてきた方へと視線で追い駆けた。

 

この城の前にある、階段付近。

 

ほぼ入り口前の辺りに誰かが立っていた。

 

そこには、格好は違えど自分にとって下僕のような存在の男が立っていた。

 

 

ノクティス・ルシス・チェラム。

 

 

レインコートのように襟が立っているジャケットを着たノクトは周囲にいる兵士達を、その『赤い目』で睨み付ける。

 

ルイズは先程別れてからというもの突然現れて、どう扱っていいのかわからないという顔で見て、

 

 

「ノ、ノクト!!」

 

『······』

 

 

声をかけるも、やはり返答なし。ノクトは振り返りもせず、ただ階段を降りていく。

 

それが合図となる。

 

何百もいる兵士達の持つ銃口が一斉に火を噴き、ノクトの体を蜂の巣にしようとする。鼓膜を突き破るような銃声の嵐と共に、ノクトはそれでもなお突き進む。

 

ガキン!!

 

ガキン!!

 

と、衝撃と共に発射音すら食った弾丸は、その弾丸から爆竹なような安っぽい最小限の炸裂音と火花を散らかせる。

 

 

「な、何!? 一体何が起こってるの!?」

 

 

ルイズはノクトがなぜ無傷なのかわからなかった。

 

するとノクトは、右手を軽く振っただけで、頭上にいくつもの武器を展開させて見せた。

 

剣、斧、槍、両手剣、短剣、杖、ハンマー、盾。

 

あらゆる武器がノクトの周囲に浮かんでいる。

 

あれが弾丸を弾いていた盾の正体。宙に浮いている武器はノクトを中心として高速で回転し弾丸を寄せ付けず、そしてその中から一本の剣を手に取った。

 

記憶が正しければ、あれはギーシュのゴーレムを切り裂いた剣だ。

 

黒い青年は瞬きすらしない。ただ目を赤くし、その漆黒な姿に浮かぶのは、とてつもない殺意。

 

弾丸が飛び交う中へと飛び込んでいくノクトは自分の周囲に武器を展開して流れ弾に当たらぬように注意しながら敵陣の中で暴れまくる。

 

斬り、突き刺し、叩き潰し、敵から奪った武器を使って銃口から火を噴かせる。

 

そして、敵の一人頭に足を挟んでそのままそいつの首を折った。

 

 

「ノ、ノクト······?」

 

 

驚愕に凍る暇はない。青年は身を捻り、首を折った兵士から無事に着地すると、四方八方から放たれる弾丸の対処に当たる。

 

音と同時の速度で突き進む弾丸は、人の意識を永遠に奪う破壊力を秘めているはずだ。だったっていうのに。

 

よりにもよって、青年の周囲に展開されていた半透明な武器によって跳ね返って兵士達の急所を貫いた。

 

全ての攻撃が通らない。

 

そう感じた時には、兵士達の足は震え、構えていた銃口も定まっていなかった。

 

だがこれで終わりではない。

 

兵士に背を向け、興味をなくしたように城へと戻っていくノクトの背後に、

 

 

ドゴォ!! と。

 

 

直後、あらゆる音が吹き飛ばされた。

 

爆薬の粉末が撒き散らされた、半径一◯メートルもの空間そのものが、巨大な爆風に巻き込まれた。

 

 

「うわ!?」

 

 

熱い風がルイズの頬を叩きつける。爆風に押し負けたルイズは地面を転がり、爆風によって発生した黒い煙のせいでボロボロになった体を動かしてかろうじて起き上がる。

 

後ろを。

 

ノクトがいた場所へと振り返る。

 

 

「ノクトォォォオオオオッ!!!」

 

 

自分よりもさらに爆風の餌食になったノクトが心配になって彼の名を叫ぶも、返事はなかった。当然だ、やはり今の光景は夢のようなものであるらしく、何もできなかったルイズは悔しそうに奥歯を噛み締めた。

 

だが、

 

 

シュシュシュン!!

 

 

と、空間の中を縦横無尽に駆け回るような風切り音が聞こえてきたのと同時に、煙も晴れてくる。

 

音が飛んできた方向を見ると、そこには無傷のノクトが立っていた。

 

青白く半透明な武器達に守られ、なんの影響も浮けなかったノクトは兵士達を睨み、眼光だけで撤退させた。

 

 

「ノ、ノクト?」

 

『······』

 

 

ノクトはこちらのことなど気にしていない。

 

顔を向けてもない。

 

彼は言葉を一切発さず、ルイズなど視界にもいれないで城の中へと戻っていく。

 

ルイズはしばらく呆然としていたが、すぐに彼に視線を移し、急いで彼に駆け寄ろうとした。

 

瞬間、

 

彼女を凄まじい眠気が襲いかかってきた。思わず膝をつきながらも、自分の右手をノクトに必死に伸ばす。

 

 

「ノ······ク······ト」

 

 

使い魔の名前を口にして、ルイズは意識を失った。

 

残ったのは、数々の遺された死体と。

 

無口な王子、ノクティス・ルシス・チェラムただ一人となった。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「········うん?」

 

 

小さく声を漏らしながら、ルイズは自分の部屋のベッドの上で目を覚ました。窓を見てみると、すでに日が昇っている。

 

それから部屋の片隅を見てみると、相変わらず静かな寝息を立てながら寝ているノクトの姿が目に入った。

 

 

「··········ノクト、だったわよねあれ?」

 

 

今思い出してみても、とてもおかしな夢だった。冷や汗が全身から噴き出しているのがわかる。

 

彼女の胸を締め付けているのは、あの人の命を奪うことをなんとも思わないノクトの姿だ。

 

 

「······」

 

 

口に出そうとして、ルイズは声が出ないことに気が付いた。

 

震える手を動かして、なんとかベッドから起き上がって、先程まで見ていた夢の中での主役をしばらく眺めていた。体の震えが止まらないから収まるまでじっとしていようと思ったが、いつまで経っても収まる様子はない。

 

それでも少しずつ硬直状態から脱してきたルイズは、両手でパンパンと頬を叩き、気持ちを切り替える。

 

あの夢は、早く忘れようと思った。それが、自分とノクトにとっても良いことだろうから。

 

とりあえず、まずやるべきことは一つ。

 

 

「バカノクト! ほら起きるッ!!」

 

「ぐおっ!?」

 

 

腹にいきなり入れられたハンマーパンチにて、今日も二人の優雅な学園生活が始まる。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

遠く離れたトリステインの城下町の一角にある『チェルノボーグ監獄』で、土くれのフーケはぼんやりとベッドに寝転んで壁を見つめていた。

 

彼女は先日『破壊の水晶』の一件でノクト達に捕まった後、魔法衛士隊に引き渡された。

 

重要参考人であり大罪人である彼女は、例え裁判が行わられたとしても、今まで散々貴族相手に盗みを働いてきたのだから軽い刑でおさまるとは思えない。

 

待っているのは吊るし首。

 

そんな感じで人生を終えるのも嫌なので脱獄を考えたが、フーケはすぐにあきらめた。得意の『錬金』の魔法で壁や鉄格子を土に変えようにも。強力な魔法の障壁が張られているため通用しないだろう。

 

それ以前の問題として、杖がなくなっているため魔法は使えない。監獄の中には、粗末なベッドと木の机だけ、これではなにもできないだろう。

 

 

「まったく、かよわい女一人を閉じ込めるのにこの物々しさはどうなのかしらね」

 

 

全てを諦めたかのようにして呟くフーケ。

 

もう何もかもどうでもよくなったフーケはとりあえず寝ようと思い、目を瞑ったが、

 

かつん、かつん。

 

というフーケが投獄された監獄が並んだ階の上から、誰かが降りてくる足音に、すぐにぱちりと開いた。

 

フーケがちらと廊下を見やると、ランプを手に持った人影が階段から降りてくるのが見えた。どうやら見回りらしい。

 

なんだ、とフーケはため息をつき、もう一度横になった。

 

その時。

 

 

ザシュ!! と。

 

 

見回りの胸から『剣』が生えてきた。

 

 

「があっ······!」

 

 

ランプを持った人影に、くぐもったうめき声と共に人が倒れる音が聞こえた。

 

ただ事ではない様子にフーケは驚いて身を起こす。

 

すると、鉄格子の向こうからは『長身の中折れ帽子』を被った人物が現れた。

 

目深に被った中折れ帽子に、左手につけている羽のようなマント。

 

フーケは鼻を鳴らした。

 

 

「おや。こんな夜更けにお客さんなんて、珍しいわね」

 

 

マントの人物は鉄格子の向こうに立ったまま、フーケをじっと見つめていた。

 

フーケはすぐに、おそらく自分を殺しに来た暗殺者であろうと当たりをつけた。これでもかなりの数のお宝を盗んできた。中には公になってはならない宝物を盗んだ事もある。

 

そんな貴族にとっては、来週ではなく今すぐに死んで欲しいと思っている者も少なくは無いはず。

 

つまり口封じというわけだ。

 

その時、中折れ帽子の男が口を開いた。軽い声で、からかうような口調で。

 

 

「どうも! こんにちは、ご機嫌いかがです? こりゃどうも!!『土くれのフーケ』さん?」

 

「······何? あんたは? 私を消しに来たのかい?」

 

「ハハッ! ざ~んね~ん!! ハズレだよ、“マチルダ・オブ・サウスゴータ”!!」

 

「!?」

 

「安心しなよぉ~。俺はただ、君を助けに来ただけだからさぁ?」

 

 

その名を口にされ、目を見開くフーケ。

 

その名を知っているものは少ない。とうの昔に捨てた名だ。

 

それを知ってる時点で怪しむのは当然だと思うが、フーケは動じず警戒しながら目の前の男が誰なのか訊ねる。

 

 

「あんた······何者だい?」

 

「おっと失礼、レディに名を名乗らないのは紳士としてあってはならないこと! では改めまして、私の自己紹介をお許しください」

 

 

そう言われると、中折れ帽子の男はさっきと変わらずからかうような気軽さでこう答えた。

 

 

「“アーデン・イズニア”······宮廷革命運動『レコン・キスタ』の幹部です。どうぞ、お見知りおきを」

 

 

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