ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第17章

 

 

食堂にたどり着いてからお祈りを済ませ、ようやくノクトは食事を始めることが出来た。

 

しかし、相も変わらずノクトの食事は貧しいもので、黒くて硬いパンに白湯みたいなスープ。少し変わったことがあるとすれば、スープに肉がわずかに追加されたくらいだ。

 

ルイズ達は貴族らしくナイフやフォークを使って朝食をいただいている。

 

朝から肉料理とは胃もたれしそうだが、彼女達は気にせずに食べている。綺麗に切り分けて口に運ぶ様子は高貴な貴族らしく、作法もしっかりとしている。

 

そんな食事風景を床から目にしているノクトはつい腹の虫を鳴らしてしまった。

 

だからだろうか、側にいたルイズがギロリとこちらを睨んできて、思わず硬直してしまった。

 

はしたないことをするのはやめなさいとでも思っているのだろうか、眼光を鋭くし、ナイフで肉を乱暴に切り分けている。

 

やはり、このご主人様は使い魔に対して厳しいんだな······と思った瞬間だった。

 

 

「······はい、ノクト」

 

「え?」

 

 

唐突に。

ルイズは切り分けたステーキをノクトのスープ皿に置いた。

 

そこでノクトは驚愕した。

 

あの使い魔に対して冷酷な扱いをしているルイズが、高級ステーキの一切れを譲ってくれたのだ。一体何を企んでいるのか疑い深いノクトはルイズにどういうつもりなのか訊ねる。

 

 

「え、え? ちょ、これ───」

 

「何うろたえてんのよ。たかがステーキ一切れくらい譲ってあげるわよ」

 

「いや違う、そうじゃなくて。いきなりなんでステーキを渡すんだ?」

 

「は? 何よ、アンタがそれだけじゃ足りないかなと思ったから譲ってあげたんじゃない。それとも何? わたしのステーキは食べられないって言うの?」

 

 

まるでパワハラ上司みたいな台詞を吐くルイズに、ノクトは何も言えなかった。ルイズにジト目で答えられて、貧乏王子様ノクトは乾いた笑みを浮かべた。

 

なんのかんの言ったところで、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールはやっぱり高貴な貴族の出で本物のお嬢様なのだ。

 

庶民に施しを与えるほどの慈悲は持ち合わせているようである。

 

ひとまずノクトはルイズに『ありがとう』と感謝をし、手渡されたステーキを口の中へと運ぶ。

 

悔しいが美味しかった。

 

今まで貧しい食事ばっかりだったから、こんなにも肉汁たっぷりのステーキが染みる、染みる!

 

美味しすぎて思わず口角を上げてしまい、にやける表情となってしまった。それを見たルイズはつい引いてしまう。周りの貴族は自分達の食事に集中しているから見られてないのがせめてもの救いだ。

 

やはり、高貴な王族として育てられたとしても、美味しいものを食べると表情を歪めてしまうらしい。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

朝食を終えたルイズとノクトは一時間目に行われる授業の教室へと足を運んでいた。

 

教室へと入りルイズの後ろについていって隣に座ると、ノクトが彼女に訊ねる。

 

 

「次の授業は何だ?」

 

「ミスタ・ギトーの授業よ。これから火や風といった魔法の系統について学ぶの」

 

 

そんなやり取りをしながら教室で座っていると、扉が開かれ、ルイズが言っていたミスタ・ギトーが現れた。

 

ミスタ・ギトー。

 

たしかアイツはフーケの一件の際に当直をほっぽり出して寝ていたミセス・シュヴルーズを責め、オスマンに『君は怒りっぽくていかん』と言われた教師だったはずだ。

 

あんな性格だ。校内での人気も薄いだろう。

 

その証拠に、長い黒髪に漆黒のマントを身に纏ったその姿は、言っては悪いが不気味である。まだ若いのにその不気味さと冷たい雰囲気からか、生徒達の顔から表情が消えている。

 

皆真顔のまま、入ってきたミスタ・ギトーに注目する。

 

 

「では授業を始める。知ってのとおり、私の二つ名は『疾風』。『疾風のギトー』だ」

 

 

どこか自慢気に名乗った瞬間、教室中がしーんとした雰囲気に包まれる。その様子を見て彼は口角を僅かに上げている。自分の偉大さに皆が感銘を受けているとでも思っているのだろうか。最初に『知ってのとおり』なんて大前提を先に付け足して名乗ってる時点で、かなりのナルシストだと思われる。

 

だが、本人はそんなことにも気付かぬまま満足気に席に座る皆を見つめると、ギトーは言葉を続けた。

 

 

「最強の系統は知っているかね? ミス・ツェルプストー」

 

 

周りを見渡し、一番前に座っていたキュルケと目があったから名指しで声をかける。キュルケは椅子から立ち上がり、

 

 

「虚無じゃないんですか?」

 

「伝説の話をしているわけではない。現実的な答えを聞いてるんだ」

 

 

おとぎ話を信じないような口振りでキュルケの一言を一蹴すると、彼女は少しカチンとして自分の最も得意とする系統が最強だと述べる。

 

 

「火に決まってますわ。ミスタ・ギトー」

 

 

キュルケが負けじと不敵な笑みを浮かべて言い放つが、ギトーはむしろ余裕そうにして再び尋ねる。

 

 

「ほほう、どうしてそう思うね?」

 

「全てを燃やし尽くせるのは、炎と情熱。そうじゃございません事?」

 

「残念ながらそうではない」

 

 

ギトーは右手を腰に回し、ベルトに差してあった杖を引き抜くとキュルケに杖先を向けて言い放つ。

 

決闘でも申し込むかのように。

 

 

「試しに、この私に君の得意な火の魔法をぶつけてきたまえ」

 

「!?」

 

 

唐突な指示。

授業だというのに、この教師は人に対して火をつけろと言ってきた。そのあまりにも人としてのルールを越えている提案にキュルケはギョッとした表情を浮かべている。

 

 

「どうしたね? 君は確か、火系統が得意ではなかったかな?」

 

 

彼にはそれだけの余裕があるのだろうか。キュルケに対して言ったその言葉の中に、少し挑発的な響きが込められていた。

 

キュルケは目を細めながら、

 

 

「··········火傷じゃすみませんわよ?」

 

「構わん、本気で来たまえ。その有名なツェルプストー家の赤毛が飾りではないのならね」

 

「···············ッ!!」

 

 

言葉と同時。

キュルケの顔からいつもの相手を小馬鹿にしたような笑みが消えた。胸の谷間から杖を引き抜くと炎のような色をした赤毛が熱したようにざわめき、逆立つ。

 

キュルケが杖を振るうと、目の前に差し出した杖先に小さな炎の玉が現れる。キュルケがさらに呪文を詠唱し続けると、その球は次第に膨れ上がり、直径一メイルほどの大きさになった。

 

それを見て、生徒達が慌てて机の下に隠れる。

 

悲鳴を上げるものもいた。やりすぎだと抗議するものもいた。

 

だがキュルケは止まらない。

 

キュルケは手首を回転させた後、右手を胸元に引きつけて炎の玉をギトーに向かって押し出した。ゴオッ!! という焦げ付くような唸りを上げて、炎の玉はオレンジ色に光る槍となって教室内を突き抜ける。

 

槍、というよりレーザー光線に近い。

 

自分目掛けて飛んでくるレーザーを避ける仕草すら見せずに、ギトーは手に持っていた自分の杖を剣のように振るって薙ぎ払う。

 

轟!! と音を立てて風の流れが渦を巻く。烈風が舞いあがり、一瞬にしてレーザーが掻き消え、教室内に漂っていた緊張感は全て無に帰した。

 

悠然として、ギトーは教室にいる全員に言い聞かせるように告げる。

 

 

「諸君、風が最強たる所以を教えよう。簡単だ。風は全てを薙ぎ払う。火も、水も、土も、風の前では立つ事すらできない。残念ながら試した事は無いが、虚無さえ吹き飛ばすだろう。それが風だ!!」

 

「······」

 

 

ここの奴らって誰もが自分の系統を最強だと自慢するよな、と素直にノクトは思った。

 

熱弁を振るうギトーだが、シュヴルーズも自分の土系統の事をやや自慢げに話していた。

 

キュルケも火が一番強いと言っていたし······。

 

そしてギトーという男性教師は、風の魔法を過信しすぎているような気がする。確かに、ギトーの風の威力はわかったが、もしそれが打ち破られるほどの威力だったらどうなるのだろうか。

 

たとえば、土系統の魔法で言えば『巨神タイタン』が投げつけてくるような山より大きな大岩を、果たして風だけで薙ぎ払えるのだろうか。

 

彼の腕だけで、それは可能なのだろうか。

 

たとえ、彼レベルの魔法使い達が何人もいてそれを試したとしても、多分無理なのではないかとノクトは思った。

 

しかし、確証もないしそんなノクトの心の声が伝わる事は未来永劫あり得ないわけで、ギトーはさらに自分の風系統の自慢を続ける。

 

 

「目に見えぬ風は見えずとも諸君らを護る盾となり、必要とあらば敵を吹き飛ばす矛となるだろう。そしてもう一つ、風が最強たる所以は······」

 

 

今からそれを見せてやると言わんばかりに、ギトーは杖を立てて詠唱を始める。

 

 

「ユビキタス・デル・ウィンデ────ッ」

 

 

集中し、固く目を閉じて杖を振るう。

 

しかしその時、

 

ガラッ!! と教室の扉が開き、緊張した顔のミスタ・コルベールが現れた。

 

 

「はぁ、はぁ······ッ!!」

 

 

何やら慌てた様子であった。

そして彼は珍妙ななりをしていた。

 

頭にやたらデカイ金髪ロールのカツラを被せ、ゴテゴテとした派手な礼装をしている。普段の彼の『ある部分』を知るものから見れば、その姿は滑稽な出で立ちだった。

 

 

「ミスタ······授業中ですよ? 一体これはどういうおつもりで?」

 

「あややや、ミスタ・ギトー! 失礼しますぞ!」

 

 

コルベールを睨んでギトーは言うが、それを無視してコルベールが咳払いをする。

 

 

「おっほん、今日の授業は全て中止であります」

 

 

コルベールは重々しい調子で告げると、その途端教室から歓声が上がった。すると歓声を抑えるように両手を振りながら、コルベールが言葉を続ける。

 

 

「えー、皆さんにお知らせですぞ」

 

 

もったいぶった調子で、コルベールは仰け反った。その拍子に頭に乗せたカツラが取れて、床に落っこちる。ギトーのおかげで重苦しかった教室の雰囲気が、一気にほぐれた。

 

教室中がくすくす笑いに包まれる。

 

一番前に座ったタバサが、コルベールのつるつるに禿げ上がった頭を指差して、ぽつんと呟いた。

 

 

「··········滑りやすい··········」

 

 

滅多に口を開かない彼女の一言で、教室が爆笑に包まれた。彼女の言葉には、さすがの金木も少し口元に苦笑を浮かべている。キュルケが笑いながらタバサの肩をぽんぽんと叩く。

 

 

「あなた·····たまに口を開くと言うわね」

 

 

コルベールは顔を真っ赤にさせると、普段彼から聞いたことがないほどの怒鳴り声が響き渡った。

 

 

「黙りなさい! ええい! 黙りなさい小童共が! 大口を開けて下品に笑うとはまったく貴族にあるまじき行い! 貴族はおかしいときは下を向いてこっそり笑うものですぞ! これでは王宮に教育の成果が疑われる!!」

 

 

コルベールのその剣幕に、教室中がおとなしくなった。ようやく冷静になったコルベールは再び咳払いをしてから、

 

 

「皆さん、本日はトリステイン魔法学院にとって、良き日であります。始祖ブリミルの降臨祭に並ぶ、めでたい日であります」

 

 

コルベールは横を向くと、後ろ手に手を組んだ。

 

 

「恐れ多くも、先の陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、“アンリエッタ姫殿下”が、本日ゲルマニアご訪問からのお帰りに、この魔法学院に行幸なされます」

 

 

途端に、周囲がざわめき出す。

 

当然だ、『アンリエッタ姫』はトリステインの間では知らないものはいない程の有名な王家の一人だ。

 

ギーシュなどを始めとした貴族が、皆彼女のために命と杖を捧げる者が後を絶たない高嶺の花であり、人気者だ。

 

その彼女が、ここトリステイン魔法学院へと訪れるのだから、この反応は当然と言えた。

 

 

「姫さまが······来る·······ッ!?」

 

 

ノクトは、そう呟くルイズの横顔を見た。

キョトンとした顔で、何とも夢を見ているような、そんな惚けた表情をしていた。

 

コルベールは辺りを見回して、皆が静まり返るところを見計らうと最後にこう叫んで締めくくった。

 

 

「諸君が立派な貴族に成長した事を、姫殿下にお見せする絶好の機会ですぞ! 御覚えがよろしくなるように、しっかりと杖を磨いておきなさい! よろしいですかな!?」

 

 

生徒達は緊張した面持ちになると、一斉に頷いた。コルベールはうんうんと重々しげに頷くと、目を見張って教室を後にした。

 

 

(······王族、か)

 

 

正直、ノクトは複雑な気持ちだった。というのも、彼自身が王族だったというのもあるだろう。

 

しかし、彼は王族の堅苦しさを嫌い、周囲を呆れさせるほどの自由奔放な性格のせいで、自分が王子だという自覚が持てなかった。

 

そのため王族としての自覚や礼に欠ける面も少々見られる。口調もお世辞にも丁寧とはいいがたく、敬語で話をするような場面は殆どない。アコルド首相にして、議会代表を務める敏腕女性政治家を相手にする時でさえ、一国の長とは思えない口調で終始話し、態度も高圧的とさえとれる話し方だった。

 

だが、今のノクトはもう王族ではない。

 

故に、これからやってくる王族に対して少し興味が湧いていた。

 

本物の王族。

 

立ち振舞いに、佇まい。

 

今後の参考のためにも見ておきたいと思ったのだ。

 

 

「うう·······っ!」

 

 

と、ルイズがどこかちょっと緊張気味になってるのもお構いなしに、ノクトは少し興味深そうにしてこう思った。

 

 

(この国の王族はどんな奴なんだろうな)

 

 

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