ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第18章

 

 

それから数時間後。

 

魔法学院の正門をくぐって、王女の一行が現れると整列した生徒達は一斉に杖を掲げた。

 

しゃん! と小気味よく杖の音が重なった。

 

正門をくぐった先に、本塔の玄関があった。そこに立ち、王女の一行を迎えるのは学院長のオスマンだ。

 

馬車が止まると、召使い達が駆け寄り、馬車の扉まで緋毛氈(ひもうせん)のじゅうたんを敷き詰めた。呼び出しの衛士が緊張した声で、王女の登場を告げる。

 

 

「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下の、おなーりー!!」

 

 

しかし、がちゃりと扉が開いて現れたのは枢機卿の“マザリーニ”だった。

 

生徒達は一斉に鼻を鳴らしたが、マザリーニは意に介した風もなく馬車の横に立つと、続いて降りてくる王女の手を取った。

 

 

「「「「「「「「ワァァァァァァアアアアッ!!!!!」」」」」」」」

 

 

生徒の間から歓声が上がる。

 

王女はその歓声に応えるようににっこりと薔薇のような微笑みを浮かべると、優雅に手を振った。

 

 

「あれがトリステインの王女? ふん、あたしの方が美人じゃない」

 

 

キュルケがつまらなさそうな口調で言った。いかにも自信に満ちたゲルマニアの娘らしく、髪をかきあげて鼻で笑って見せたキュルケ。

 

 

「ねえ、ダーリンはどっちが綺麗だと思う?」

 

「またダーリンって·······いや、比較対象が王族だからなぁ、なんとも········」

 

 

ノクトは苦笑しながら、笑顔で手を振っている王女に視線を向ける。

 

王女を観察しながらノクトは呟く。

 

 

「つーか、国王と女王はここに来てないのか?」

 

 

ノクトのその言葉に答えたのは、彼の横で本を読んでいるタバサだった。本に書かれている文字を目で追いながら呟くタバサはとても器用に語り出す。

 

 

「トリステインの国王は、すでに崩御している」

 

「崩御·······」

 

 

崩御(ほうぎょ)とは、天皇や皇后、皇太后、太皇太后、国王、皇帝などの君主が亡くなったことを意味する最上級の尊敬表現のことを指す。

 

 

「じゃあ········今はアイツの母親が女王なのか?」

 

 

するとタバサはふるふると首を横に振った。

 

 

「彼女は王妃としての立場。だから女王には即位していない」

 

「え、じゃあ誰がトリステインの政治とかを取り仕切ってるんだ?」

 

 

ノクトが尋ねると、タバサは本から目を離してすっとマザリーニを指差した。

 

 

「アイツが······」

 

「··········だから、街で小唄が流行ってる」

 

「小唄?」

 

 

ノクトが再び聞くと、タバサは唐突にその小唄を歌い始めた。

 

 

「トリステインの王家には、美貌はあっても杖が無い。杖を握るは枢機卿。灰色帽子の鳥の骨·······」

 

 

それは、王家を仕切っているのはあの枢機卿だという事を暗に示唆している歌だった。自分のいた世界とは違ってこの国の王家って大変だな。とノクトは内心思いながら、ふと横にいるルイズの方を見た。

 

彼女は真面目な顔をして王女を見つめていたが、突然その顔がはっとした顔になった。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

(?)

 

 

その変化が気になったノクトはルイズの視線の先を確かめる。

 

馬車の周りに待機している護衛たちに目を向けた。数騎の見慣れぬ動物にまたがり、それでいて規律による制御を纏った男の中に、一際立派に目立つ男を見つける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ノクトの記憶が正しければ、あの幻獣はノクトの世界にもいた『グリフォン』だ。サイズはノクトのいた世界の奴より小さく、どちらかというとチョコボに近いサイズだが、羽帽子を被った貴族は優雅にグリフォンにまたがったいた。

 

 

(······アイツのことを見てんのか?)

 

 

帽子の影から輪郭に沿って揃え切られた顎鬚が見える。

 

 

(王族の護衛なんだから、相当に腕は立つんだろうな)

 

 

一剣士として興味はあったが、さて、何ゆえルイズの視線を集めているのかは想像できない。

 

むしろノクトは、今オスマンから礼を受けて一言二言交わしているアンリエッタとマザリーニに興味を移す。

 

それは勿論、ここに並ぶ貴族らのそれとは、二色三色と意味を変えたものだ。

 

 

(あれがこの国の宰相と、王女か)

 

 

ノクトの目に、トリステインの屋台骨を支える枢機卿は、あだ名とされる『鳥の骨』よろしく、肉体から力が絞り尽きかけているかのように見える。対照的に、手をオスマンに取られたアンリエッタは、血と育ちが作る高貴を惜しみなく振りまいていた。

 

しかし、

 

 

(王女に政をする人間が持つ『鋭さ』がない······宰相の負担も相当なんだろうな。王女も政治に興味があるというわけじゃないのかもしれないな)

 

 

と思いつつ自分も政治のことなんてほとんど考えてなかったことを思い出す。

 

 

(つっても、俺も学生の頃は政治とかに興味はなかったな······王子としてそれはどうかと思うけど、イグニスの国政レポートがなかったら現状の政治とか理解できていなかったし)

 

 

と、考えているうちに唐突に肩を叩かれる。

 

キュルケだ。

 

 

「ねぇ~、どっちよダーリン~?」

 

「·········勘弁してくれ」

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

その日の夜、厨房で食事を済ませたノクトはルイズの部屋へ走って帰っていた。

 

二つの月の光が差し込む廊下を走りながら、ノクトは一人呟く。

 

 

「やべぇ、すっかり遅くなっちまった」

 

 

そしてようやくノクトはルイズの部屋の前にたどり着くと、そろーりと部屋の扉を開けた。前に厨房から帰って来た時は、『戻るのが遅すぎる!』とルイズに叱られたのだ。

 

だが、

 

 

「··········」

 

「ル、ルイズ··········?」

 

 

ルイズはぼんやりとした表情で枕を抱いて、ベッドに腰掛けていた。ノクトが『ただいま』と声をかけるも、まったくの無反応だった。ノクトは首を傾げながらも、眠るために部屋の片隅にある藁束の上に座り込んだ。

 

あの状態のルイズに何を言っても恐らく聞いてないだろうし、無理矢理喋らせるような真似をしても彼女の逆鱗に触れる可能性が高い。

 

ならば、こうして静かに過ごしていた方がまだマシである。

 

ノクトが寝転んで眠りに入ろうとすると、

 

コンコン、と。

 

突然ドアがノックされた。

 

誰だろう、とノクトは思う。こんな時間に誰かが尋ねてくるのは、今までなかったからだ。

 

ノックは規則正しく叩かれた。初めに長く二回、それから短く三回。

 

 

「ッ!!」

 

 

ルイズの顔がはっとした表情になった。急いで立ち上がると、ドアに駆け寄って開く。

 

そこに立っていたのは、『真っ黒な頭巾をすっぽりと被った少女』だった。

 

少女は辺りを窺うように首を回すと、そそくさと部屋に入ってきて後ろ手に扉を閉める。

 

 

「········あ、あなたは?」

 

 

ルイズは驚いたような声を上げた。

 

頭巾を被った少女はしっと言わんばかりに口元に指を立てた。それから頭巾と同じ漆黒のマントの隙間から魔法の杖を取り出すと、軽く振った。同時に短くルーンを呟くと、光の粉が部屋に舞う。

 

 

「··········ディティクトマジック?」

 

 

ルイズが尋ねると、頭巾の少女は首を縦に振った。

 

 

「どこに耳が、目が光っているか分かりませんからね」

 

 

どうやら少女は部屋に聞き耳を立てる魔法の耳や、どこかに通じる覗き穴が無いか調べていたらしい。それらが無い事を確かめ終えると、少女は頭巾を取った。

 

 

現れたのは、

 

 

()殿()()ッ!?」

 

 

なんとアンリエッタ王女だった。予想外の人物の顔が現れた事に、ノクトも思わず目を丸くして王女の顔を凝視する。

 

ルイズが慌てて膝をつく。

 

 

「ノクト! あんたも!!」

 

「お、おう!」

 

 

ノクトもそれに倣うように床に膝をついた。

 

アンリエッタは二人を見て、心地よい声で言った。

 

 

「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ」

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

ルイズの部屋に現れたアンリエッタ王女は、感極まった表情を浮かべて膝をついてルイズを抱きしめた。

 

 

「ああ、ルイズ、ルイズ! 懐かしいルイズ!」

 

「姫殿下、いけません。こんな下賤な場所へ、お越しになられるなんて·······」

 

 

抱きしめられたルイズは、かしこまった声でそう言った。

 

 

「ああ! ルイズ! ルイズ・フランソワーズ! そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい! あなたとわたくしはおともだち!おともだちじゃないの!」

 

「もったいないお言葉でございます。姫殿下」

 

 

ルイズが硬い緊張した声を返す。ノクトはと言うと、二人の少女が抱き合う様を見て軽く困惑していた。

 

それはそうだろう。

 

片や自分の主人、片やこの国の王女なのである。

 

これで困惑するなと言う方が無理があるだろう。

 

 

「やめて! ここには枢機卿も、母上も、あの友達面をしてよってくる欲の皮の突っ張った宮廷貴族達もいないのですよ! ああ、もう、わたくしには心を許せるおともだちはいないのかしら。昔馴染みの懐かしいルイズ・フランソワーズ、あなたにまで、そんなよそよそしい態度を取られたら、わたくし死んでしまうわ!」

 

「姫殿下·······ッ」

 

 

悲しげな声を出すアンリエッタに、ルイズは顔を持ち上げた。

 

 

「幼い頃、一緒になって宮廷の中庭で蝶を追いかけたじゃないの! 泥だらけになって!」

 

 

幼少期の頃を思い出したのか、はにかんだ表情を浮かべながらルイズは応えた。

 

 

「·······ええ、お召し物を汚してしまって、侍従のラ・ポルト様に叱られました」

 

「そうよ! そうよルイズ! ふわふわのクリーム菓子を取り合って、掴み合いになった事もあるわ! ああ、喧嘩になるといつもわたくしが負かされたわね。あなたに髪の毛を掴まれて、よく泣いたものよ」

 

「いえ、姫様が勝利をお収めになった事も、一度ならずございました」

 

 

ルイズが懐かしそうに言った。

 

 

「思い出したわ! わたくし達がほら、アミアンの包囲戦と呼んでいるあの一線よ!」

 

「姫様の寝室で、ドレスを奪い合った時ですね」

 

「そうよ、『宮廷ごっこ』の最中、どっちがお姫様をやるかで揉めて取っ組み合いになったわね! わたくしの一発が上手い具合にルイズ・フランソワーズ、あなたのお腹に決まって」

 

「姫様の御前でわたし、気絶いたしました」

 

 

それから二人はあははは、と顔を見合わせて笑った。

 

ノクトは思わずルイズと話しているアンリエッタ王女の顔をじっと見つめる。

 

おしとやかに見えるが、どうやら中身はとんだお転婆娘であるらしい。ノクトの中の王族設定がガラガラと崩れていく音がした。

 

 

「その調子よ、ルイズ。ああいやだ、懐かしくて、わたくし涙が出てしまうわ」

 

 

すっかり蚊帳の外に置かれたデルフとノクト。

 

ノクトの背中に背負わされているデルフはカタリと鞘から出てきて金具を鳴らして訊ねた。

 

 

『オイオイお嬢ちゃん。お姫さんとはどんな知り合いなわけよ?』

 

「口を慎みなさいボロ剣! ·······ご幼少の頃、恐れ多くも遊び相手を務めさせて頂いていたのよ。でも、その頃の事など、もうお忘れになられていたと思っていました」

 

「忘れたりしませんとも。あの頃は毎日が楽しかったもの」

 

 

アンリエッタとルイズはベッドに腰掛け、更なる思い出話や巷に溢れている他愛もない噂について語り合い始める。その様は年頃の町娘とそれほど違いはない。

 

アンリエッタは次第に日々の愚痴を零していく。

 

宰相と母マリアンヌ女王の間を行き来するように扱われていること。そんな日々に鬱憤を貯めたあげく、今日は旧友と会うために抜け出してきた事も。

 

 

「·······御政務を耐えるご心痛、察しいたします、殿下」

 

「ふふ·······貴方がうらやましいわ、ルイズ」

 

 

ふっ、と無意識に自嘲の笑みが出る。魔法も使えぬ私を羨んでくれるなど、お優しい。

 

 

「何をおっしゃいます。殿下は唯一無二のトリステイン王女じゃないですか」

 

「王国の姫なんて自由もない、籠の鳥よ? 声一つで、何処にでも行かされるのだから·······」

 

 

声の調子が落ちて、アンリエッタの視線が遠く窓を見ている。二つの月はいつの夜も明るく高い。

 

アンリエッタは窓の外の月を眺めて、寂しそうに言う。それからルイズの手を取ると、にっこりと笑いながら言った。

 

 

「·······結婚するのよ·······わたくし」

 

「·······おめでとうございます」

 

 

アンリエッタの声の調子に、何か悲しいものを感じたルイズは沈んだ声で言う。そこでアンリエッタは、自分達を見つめているノクトの存在に気付いた。

 

 

「あら、ごめんなさい。もしかして、お邪魔だったかしら」

 

「お邪魔? どうして?」

 

「だって、そこの彼、あなたの恋人なのでしょう? いやだわ、わたくしったら。つい懐かしさにかまけて、とんだ粗相をいたしてしまったみたいね」

 

「·······はい? 恋人? こいつとですか?」

 

 

その言葉にルイズは目を大きく見開くと、首を横にぶんぶんと振って否定した。

 

 

「姫様! あれはただの使い魔です! 恋人だなんて冗談ではありません!!」

 

(·······そこまで言うか·······)

 

 

するとアンリエッタはきょとんとした表情で、ノクトの顔をじっと見つめる。

 

 

「使い魔·······ですか? 人にしか見えませんが·······」

 

「まぁ、一応·······」

 

 

ノクトは頬をぽりぽりと掻きながら、曖昧な笑みを浮かべて言った。本当は自分も王族なのだが、当然そんな事をこの場で言うわけにもいかない。

 

 

「そうよね·······はぁ、ルイズ・フランソワーズ、あなたって昔からどこか変わっていたけれど、相変わらずね」

 

「好きであれを使い魔にしたわけじゃありません」

 

「でも、メイジと使い魔は不可分の関係といいますから」

 

「それは、そうなんですけど·······」

 

 

自分の部屋なのに妙に居心地の悪さを感じるルイズであった。しかしアンリエッタは、そんなルイズと、ノクトを交互に見てから、静かにため息を吐いた。

 

 

「いかがなさいました?」

 

「何でもありませんわ·······嫌ね、わたくし。こんな事話せることじゃないのに」

 

「何の事かは存じませんが、お悩みならお聞かせくださいませ!!」

 

「いいえ、話せませんわ! 忘れてくださいな!!」

 

「いけません! 先ほど言ってくださったではありませんか! 友人と呼んでくれたではありませんか。友人と思ってくださるなら、悩みのお一つもお聞かせくださいませ!!」

 

 

アンリエッタとルイズの会話が、徐々に熱を佩びていく。

 

傍目には明らかにアンリエッタが引き金になっているのを見てとれるノクトとデルフは、対照的に冷めた気分でそれを眺めていられる。

 

 

(痛いなぁ、嬢ちゃんたち)

 

(なんか芝居がかってんなぁ。無意識にやってるならとんでもない王女とご主人様だ·······)

 

 

するとアンリエッタは背筋を伸ばして姿勢を正すと目を鋭くしてルイズを見つめた。

 

 

「·······今から話す事は誰にも話してはいけません」

 

 

アンリエッタが話を始めようとドレスのすそを直していた。ルイズはノクトに視線を向ける。

 

 

「ノクト、席を外してくれる?」

 

「ん? ·······あぁ」

 

 

ご主人様が部屋を出ろという以上、ノクトはデルフを持って廊下に出た。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

『何の話してんだろーな~。あの二人』

 

 

廊下に出たものの、それなりに会話の内容は気になる。

 

 

「さぁな」

 

 

暇になったノクトはドアに背を押し付けて誰も入ってこないように見張りをする。特に頼まれたわけではないが、二人は大事な話があるとかなんとか言ってたので他の奴らに聞かれるのはまずいと考えたのだろう。

 

使い魔らしく、ご主人様の役に立つために静かにドアの前に立つ。

 

と、ドアの向こう側から微かに声が聞こえてきた。ノクトは駄目と思いながらもルイズの部屋から聞こえてくる二人の声に神経が注がれる。

 

 

『好きな相手と結婚できるなんて、始めから思ってないわ。そうでしょ? ルイズ』

 

『えぇ·······まぁ·······』

 

『アルビオンのおぞましき貴族達は、王家を堕落した存在と糾弾し、アルビオン統一の後のために他の王家の瑕を探しているのです』

 

『まさか。誇り高きトリステインの王家に、そのようなものがありましょうか!』

 

『·······そうであればどれ程良いのでしょうかね』

 

『·······ま、まさか·······』

 

『·······ええ、あります。一つだけ」

 

『それは一体·······』

 

『わたくしが以前、アルビオンにおわすウェールズ王太子にしたためた【一通の手紙】です』

 

『し、しかし恐れながら、手紙一つで大事になるのですか?』

 

『おそらくは。あれに書かれた内容は受け取り様によってはゲルマニア皇室との婚約が破棄されるようなことが書いてあるのです』

 

『そのような物が·······』

 

『まだ王軍が持ちこたえているうちは、問題ないでしょう·······しかし月を跨ぐ事無く王軍は壊滅するだろうと聞きます。そうなれば手紙が反乱軍の手で白日の下に晒されてしまう。そうなればこの国は終わりです·······』

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「·······」

 

 

床に崩れ落ちた音が聞こえてきた。まるで芝居がかった仕草である。

 

聞いてるだけなので分からないが、少なくとももしかしたらこの王女は、悲劇のヒロインという立場を演じたいだけなのかもしれない。と彼女以上の不幸を散々味わってきた王族のノクトは心の中で舌打ちをする。

 

 

『ああ、ルイズ! ルイズ・フランソワーズ! わたくしは、わたくしは一体どうしたら良いのでしょう!? 戦に乱れるアルビオンにある手紙を消し去るなど、わたくしには出来ません!』

 

 

再び聞こえてくる話し声。それは先ほどよりも激しい語調になっている。ルイズは息を呑んだ。ノクトもアンリエッタが彼女に何を頼みに来たのかと察して、奥歯をギリッと噛み締める。

 

 

『姫さま·······姫さま。このルイズ・フランソワーズめに一つの考案がございますわ』

 

『なんでしょう?』

 

『不肖このルイズ・フランソワーズ。アルビオンには幾らかの土地勘がございます。それにあと数日でアルビオンがハルケギニアに最も近づく【スヴェル】の日になります。ですから────ッ!!』

 

『いけません! 友人をアルビオンに赴かせるなんて、そんな危険な事、とても頼めませんわ!』

 

『いいえ、行かせて下さいまし! このルイズ・フランソワーズ、姫さまの御命であれば地獄の釜の底でも、毒龍の肺腑の中でも行く所存。姫さまとトリステインの危機を見過ごすことなど出来ません!』

 

 

ルイズは膝をついて恭しく頭を下げた。

 

そんなルイズとは対照的に、聞き耳を立てているノクトは痛む頭を抑えるように額に手を当てながら、険しい表情を浮かべてため息をつく。

 

 

『わたくしのために、そこまで行ってくれるなんて·······嬉しいわ、ルイズ!わたくしは始祖から無二の友人を与えられて光栄ですわ』

 

『勿体無きお言葉です、姫さま·······』

 

「·········」

 

 

その会話を盗み聞きしていたノクトはついに本当に舌打ちをしてしまった。

 

王女に聞かれたら切腹ものだ。

 

しかし、ノクトは堪えられなかった。まず、仮に任務を受けるとして、ルイズが行こうとしているのは戦争中のアルビオンだ。

 

正直言って、危険すぎる。

 

それにルイズは魔法が満足に使えない。そんなアイツが武器を持った平民や強力な魔法を使うメイジ達がいる戦場に足を踏み入れたら、どうなると思う? 

 

死ぬ。

 

間違いなく。

 

しかも何の意味もない、ただの犬死だ。

 

それに、今回の任務の重要な鍵である『手紙』がどんな手紙かすらも分からない。はっきり言って話にならない。大切な物を手に入れて欲しいなら、その中身を相手に話すのが当然だ。それすら話さないでただ手紙を手に入れろって言うのは、少し強引すぎる。

 

そもそも一番引っかかるのは、その手紙を入手するのをルイズに頼んだ事だ。

 

ただ単純に手紙を手に入れるだけなら、事情の知らない兵士か誰かに入手させれば良い。なのに王女は友人のはずのルイズに事情も話さずにいる。

 

それは何故か。

 

·······恐らくその手紙は世間に公表されればトリステインとゲルマニアの同盟を崩すだけじゃなく、トリステイン内部をも揺るがしかねない物だからだ。

 

ノクトがここまでアンリエッタに対して敵対心を持っているのは、彼女が大切なお友達であるはずのルイズに手紙の内容の事は何も話さずに戦場に送り込もうとしているからだ。戦場に送り込むというのは言葉にすればそれだけだが、実際はそんなに単純なものではない。ルイズはメイジだが魔法を上手く使う事が出来ないし、何よりもまだ戦闘などロクに経験した事が無い“学生”である。

 

訓練された兵士ならばともかく、学生のみであるルイズを戦場に行かせるのはあまりに無謀すぎる。最悪、戦場で命を散らしてもまったくおかしくはない。

 

大切な友人であるはずのルイズを死なせに行くようなアンリエッタの言動が、ノクトにはどうしても我慢ならなかった。

 

と、そんなことを考えていた時だった。

 

 

「やあノクティス!」

 

 

廊下の向こう側から、以前ノクトと決闘をしたギーシュが歩いてきた。その手には相変わらず薔薇の造花が握られていた。

 

 

「どうしたんだい? こんな夜遅くに外にいるなんて?」

 

「お前こそなんでここにいんだよ。ここ女子棟だぞ?」

 

「い、いや·······ちょっと廊下を歩いてたら偶然薔薇のように見目麗しい女性を見つけてね。声をかけようと思って後を追ってみたらここに着いたわけさ」

 

「·······」

 

 

こいつまた、とノクトは思った。

 

あまり誉められる行為ではない。そう思いながらノクトはため息をついた。困ったことになったなと思っていると、今度はギーシュがノクトに尋ねてきた。

 

 

「それで、君は何故ルイズの部屋の前で突っ立っているんだい?」

 

「見張りだよ、王女とルイズの会話の」

 

「ッ!! やはりあの少女は王女様だったのか!? ああ、やっぱり僕の目に狂いはなかった!!」

 

「·······お前、王女相手に口説くつもりだったのか?」

 

「し、失礼なことを言うんじゃない。僕はただただ挨拶がしたかっただけさ!!」

 

「············」

 

 

ギーシュの言い訳は置いておいて、ルイズに頼まれた任務についてほとんど理解したノクトはこれからどうしたものかと考える。

 

すると、ルイズの部屋のドアが開き、ご主人様であるルイズが立っていた。

 

 

「ノクト、部屋に入りなさい」

 

「·······はいよ」

 

 

そしてノクトが部屋に入ろうとしたところ、

 

 

「待ってくれルイズ! 僕もいいだろうか!?」

 

「ギーシュ!? アンタなんでこんなところにいるのよ! ここ女子棟よ!?」

 

「すまない、失礼させてもらうよ!!」

 

 

有無を言わず入っていくギーシュは、王女アンリエッタを前にすると即座に膝を床につけた。

 

 

「初めまして姫殿下。私の名はギーシュ・ド・グラモン。グラモン家の者でございます」

 

 

と、そこでギーシュの家名を聞いたアンリエッタが彼に尋ねた。

 

 

「グラモン? あのグラモン元帥の?」

 

 

するとギーシュは仰々しく頷きながら言う。

 

 

「ハッ、息子でございます姫殿下」

 

 

それからアンリエッタに向かって恭しく一礼すると、アンリエッタが再びギーシュに質問をした。

 

 

「何故ここに?」

 

「あなたのお力になるためです姫殿下」

 

 

まだ内容も聞いてないのにそう回答するギーシュに、ルイズとノクトはため息をつく。

 

 

「あなたも、わたくしの力になってくれると言うの?」

 

「任務の一員に加えてくださるなら、これはもう望外の幸せにございます」

 

 

熱っぽいギーシュの口調に、アンリエッタは微笑みを浮かべた。

 

 

「ありがとう。お父様も立派で勇敢な貴族ですが、あなたもその血を受け継いでいるようね。ではお願いしますわ。この無力な姫をお助けください、ギーシュさん」

 

「姫殿下が僕の名前を呼んでくださった! 姫殿下が! トリステインの可憐な花、薔薇の微笑みの君がこの僕に微笑んでくださったッ!!」

 

 

ギーシュは感動のあまり、そんな事を叫んでから後ろに仰け反って失神した。倒れたギーシュを見下ろしながら、ノクトは呆れた表情を浮かべる。

 

とりあえずノクトも王女を前に膝をつき、ルイズはアンリエッタの隣に立って今回の任務の内容を説明する。

 

 

「明日朝一でアルビオンへと向かうわ。支度の準備をなさい」

 

「·······なんで?」

 

「質問は受け付けないわノクト。貴方は黙ってご主人様の言う通りにしてくれればいいの」

 

 

どうやら、こちらに拒否権はないらしい。

 

これでは先程の会話の内容の指摘をしても聞いてくださらないだろう。ノクトは諦めてただ静かに、

 

 

「·······はい」

 

 

と、告げた。

 

確認が取れたと判断したルイズは真剣な声でアンリエッタ王女に膝をついて告げた。

 

 

「では明日の朝、アルビオンに向かって出発するといたします」

 

「ウェールズ皇太子は、アルビオンのニューカッスル付近に陣を構えていると聞き及びます」

 

「了解しました。以前、姉達とアルビオンを旅した事がございますゆえ、地理には明るいかと存じます」

 

「旅は危険に満ちています。アルビオンの貴族達は、あなたがたの目的を知ったら、ありとあらゆる手を使って妨害しようとするでしょう」

 

 

アンリエッタは机に座るとルイズの羽ペンと羊皮紙を使い、さらさらと手紙を書き始めた。王女はじっと自分が書いた手紙を見つめていたが、その内悲しげに首を振った。

 

 

「姫様? どうなさいました?」

 

 

アンリエッタの様子を怪訝に思ったルイズが声をかけた。

 

 

「な、なんでもありません」

 

 

アンリエッタは顔を赤らめると決心したように頷き、末尾に一行付け加えてから小さな声で呟く。

 

 

「始祖ブリミルよ·······この自分勝手な姫をお許しください。でも、国を憂いても、わたくしはやはりこの一文を書かざるを得ないのです·······自分の気持ちに、嘘をつく事は出来ないのです·······」

 

 

密書だというのに、まるで恋文でもしたためたようなアンリエッタの表情だ。ルイズはそれ以上何も言う事が出来ず、ただじっとアンリエッタを見つめる事しかできない。

 

アンリエッタは書いた手紙を巻くと、杖を振るう。するとどこから現れたのか、巻いた手紙に封蝋がなされ、花王が押された。その手紙をルイズに手渡しながら、

 

 

「ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙を渡してください。すぐに件の手紙を返してくれるでしょう」

 

 

それからアンリエッタは、右手の薬指から指輪を引き抜くと、ルイズに手渡す。

 

 

「母君から頂いた『水のルビー』です。せめてものお守りです。お金が心配なら、売り払って旅の資金にあててください」

 

 

アンリエッタの言葉にルイズが深々と頭を下げると、王女の視線がルイズからノクトに移った。彼女は微笑みを浮かべながら、口を開く。

 

 

「使い魔さん。私の大切なお友達を、よろしくお願いします」

 

「·······ハッ」

 

 

先程の会話をまだ忘れていないノクトは冷たい口調で返事をする。

 

アンリエッタはその場の全員を見渡すと、よく通るはっきりとした声で告げた。

 

 

「この任務にはトリステインの未来がかかっています。母君の指輪が、アルビオンに吹く猛き風からあなた方を護りますように」

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

王女が出ていったその後の深夜。

 

細かい話をするわけでもなく、ルイズはいそいそと寝支度を始め、さっさとベッドに入ってしまった。

 

灯りも消され、ノクトとデルフだけが暗い部屋にたち残される。明かりも消されてどうしようもない。ノクトはいつもの寝床に入り、デルフを立てかけると、デルフが鞘から飛び出て金具を鳴らして話しかける。

 

 

『なぁ、相棒』

 

「·······ん?」

 

『本当にアルビオンに行くのかね』

 

「·······行くしかねぇだろう。本人が行くって言うんだから」

 

『相棒は納得できるのかよ』

 

「できるわけねぇだろ」

 

『ま、そりゃそうだわな』

 

「でも、ま。この世界のことについてまだ知らないことだらけだからな。旅も嫌いじゃねぇし、外国に行くっつーのも悪くねぇかもな」

 

『オイオイ、随分と余裕だな相棒。アルビオンは内乱で荒んでるんだぜ? しかも死に掛けの王軍の中に飛び込まなくちゃいけないってこと、忘れるんじゃねぇぞ?』

 

「·······そうだな·······」

 

 

物思うノクト。

 

 

(ルイズももう少し賢明だと思ったんだがな·······王女の過分な期待に負けたのか)

 

 

戦争中の中へと飛び込もうとするルイズにノクトついため息をつく。

 

 

「·······まぁ、最悪ルイズが生きて帰ってこれればいいんだろう」

 

『おいおい·······たかが子守で死なれちゃ、【ガンダールヴ】も形無しだぜ』

 

「はは、だな。そんじゃ、明日に備えて寝るか」

 

 

やがてデルフも静かになり、ノクトの意識も、藁束の上で深い睡魔の中に沈んでいった。

 

 

 

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