爽やかな青色の空に、ドォン!! という轟音が鳴り響いた。
その爆発の音源は、トリステイン魔法学院。長い歴史を誇る魔法学園であり、魔法を始めとした様々な教育を貴族の子供達に行う学び舎だ。
この世界では、魔法を扱うものは『貴族』として扱われる。自分たちが当たり前のように街中を闊歩しているのと同じように、この世界では魔法使いと呼ばれる人種が行き交うように存在している。そいつらはこう呼ばれている。
『メイジ』と。
それを使えないものを『平民』と分けられる、格差社会のような世界観だ。
それは置いといて、現在行われているのは春の使い魔召喚の儀式である。生徒達はこの儀式を行う事で自分の属性に合う使い魔を召喚し、自分の魔法属性と専門課程を決めるのだ。この使い魔は呼び出した人間の属性によって異なり、モグラやカエルなどを召喚した人間もいれば、サラマンダーやウィンドドラゴンの幼生など非常に珍しい生き物を召喚した者もいる。
しかしその中に、
桃色がかったブロンドの髪に透き通るような白い肌、それに鳶色の目がくりくりと踊っている。黒いマントの下には白いブラウス、そしてグレーのプリーツスカートを身に纏っている。顔はかなりと言って良いほど整っているが、今その顔は苛立ちと焦りの表情で彩られていた。
悔しそうに奥歯を噛み締める少女に、あちこちから罵詈雑言が投げかけられる。
「さすが“ゼロのルイズ”だな! 召喚もまともにできないなんて!」
「おいルイズ、どうでも良いけど早くしてくれよ!」
「さっきから爆発ばっかりじゃないか! もう諦めた方が良いんじゃないか!」
それに少女、“ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール”は観衆達にうるさい黙れと言いたくなったが、どうにかその言葉を呑み込んで歯を食いしばる。
彼女は一応魔法使いで貴族ではあるものの、ここではその称号はあまり意味は成していない。
彼女は所謂、落ちこぼれ。
魔法使いなんてものも、貴族やメイジなんて肩書きも、ここではほとんどなんの力にもなってくれない。
才能による差異、力による上下関係、魔法の資質と威厳、それらが全て重要視されたこの世界では彼女はただの不良品として扱われる。
「ミス・ヴァリエール」
自分の名前を呼ぶ声に振り返ると、そこには一人の中年の男性が立っていた。
黒いローブを着用しており顔には眼鏡、頭は見事に禿げてしまっている。
使い魔召喚の監督を行っている教師、『炎蛇』のコルベールだ。
「だいぶ時間が押してしまっていますし、続きは明日にしましょう」
「お、お願いします! あと一回だけ召喚させてください!!」
叫びながら、ルイズはコルベールに向かって頭を下げた。
さっきから何回もやっても爆発ばっかりで、一向に成功する兆しが無い。もしかしたらこれ以後も爆発するだけかもしれないが、このまま諦めて明日に回すのはルイズのプライドが許さない。
私、召喚魔法、『サモンサーヴァント』だけは自信があるの!! などと召喚の儀式をする前に自分は啖呵切ってしまったのだ。惨めな格好だけは見せないという彼女なりの強がりであったが、そんなことを言ってしまった以上引くことは許されない。
何よりもそれでは周りの諦めろという声に負けたようで悔しかったからだ。
するとルイズの気持ちを察したのか、コルベールは少し考え込んだ後優しい声音でルイズに言う。
「········分かった。じゃああと一回だけですよ。これでだめだったら、明日にします」
「·········っ! ありがとうございます!」
ルイズは再びぺこりと頭を下げると、深呼吸した後に息をついて心を落ち着かせる。
「何だよ、またやるのかよ!」
「もう無駄だってのに··················」
「悪いこと言わねぇからやめとけよ」
うるさい黙れ、とルイズは心の中で言い返してから杖を握る。
多数の同級生どもに見守られながら、今度こそと言わんばかりに思いっきり叫んだ。
「
はぁ?
と、皆が呆れた目でルイズを見た。
明らかに神聖とはかけ離れたおかしな呪文に、皆が目を点にする。そんな呪文で成功するとは思えない。こちらを見る生徒たちは誰もが驚きやら呆れと言った眼差しを向けてくる。貴族と呼ばれるような気品溢れる雰囲気があんまり感じない。
だがそんなやつらに構っている余裕はない。
自分のありったけの力を込めて、ルイズは叫ぶ。ここまで失敗したのだ。もうドラゴンやグリフォンなどといった伝説的な神獣が来て欲しいなんて贅沢は言わない。
せめて。
せめて。
犬や猫、最悪自分の大嫌いなカエルでも構わない。
(お願い··········お願いだから、成功して!!)
礼儀作法だとか神聖な儀式だとかそういうのは今は忘れさせて欲しい。
気持ちを強く込めたことでやや語気を強くして、ルイズは呪文を続ける。
「
そして杖を振り下ろすと、今日一番の爆発が起こった。
ドガァァァァァァアアアアアアアアンッ!!
校内に爆風が吹き渡り、激しい一撃で地面が揺さぶられていた。あちこちで建物が揺れる。余波だけでかなりの被害が出ている中で、校内の庭には灰色の粉塵が吹き散らされる。
「おい! また爆発したぞ!!」
「もう勘弁してくれよ、ゼロのルイズ!」
周りの観客たちのブーイングがうるさいが、ルイズは耳を貸さずにただ黙っていた。
「················」
嫌な考えが頭を過る。
思いはしたが、口に出すのは憚れた。思えば思うほど、その考えは現実になると思ったからだ。失敗、という自分の中で一番大嫌いな言葉が脳裏を過る。
そして、しばしの時間が経った後、煙は徐々に晴れていく。
「!?」
と、そこであることに気がついた。
ルイズの目の前に、
粉塵の中で見えた一つの影。徐々に粉塵が晴れていくにつれ、その影が明確に現れていく。
(嘘っ! 成功した!?)
自分でも不可解な魔法に頭を悩まされていたが、ようやく彼女は魔法を成功させたんだと自覚した。
今もなお皆がルイズのことをバカにしてきているが、ルイズの顔には笑顔しかなかった。
前方に自分が召喚した使い魔がいる。それだけで彼女を笑顔で満たすには十分だった。
しかも見えた影の大きさからして、少なくても自分よりは大きいサイズだった。犬や猫など小型でもいいとは思っていたが、それ以上のものを召喚したんだと思うと居ても立っても居られずに煙が完全に晴れる前にルイズは粉塵が舞う中へと突っ込んでいく。
そして、そこにいたのは、
「えっ·········?」
ルイズはそれを見て唖然としていた。
そこにいたのは、確かに生き物だった。が、それは犬や猫でもなければ、カエルですらなかった。やや緊張感が欠けた表情になりながらも、ルイズは自分の召喚したであろう使い魔の姿を観察する。
黒を基調とした上着に脛辺りまでの長さのズボンで、黒いブーツを履いて黒一色に揃えた服装。前髪がやや目にかかってよく見えないが、整った顔つき。
「こ、これが、神聖で、美しく、そして強力な··················?」
呆然と呟くルイズ。
彼女の召喚したものは、変わった格好に身を包んでいるがそれはどこからどう見ても、『ごく普通の人間』だった。
△▼△▼△▼△
『んぅ···············』
鼻孔に入ってくる風と草の匂いに、ノクトは目を覚ました。
それからゆっくりと起き上がると、彼に向かってどこか不機嫌そうな声が投げかけられた。
「あんた誰?」
『···················は?』
その声にノクトは目の前を見ると、桃色がかったブロンドの髪の毛の少女がノクトの顔をまじまじと覗き込んでいる。
ノクトが彼女から視線を外して周囲を見渡してみると、彼女が身に着けているのと同じ黒いマントを身に着けて自分を物珍しそうに見ている人間がたくさんいるのが見えた。さらに豊かな草原が広がっており、遠くにはテネブラエにあるような石造りの巨大な城まである。
『は··········はぁ!?』
どう判断していいのかわからないのだろう。ノクトはただ口調をふらふらとさせている。
空を見る。とても青い。
地面を見る。緑が広がっている。
前を見る。自分の国では見かけないような桃色がかったブロンドの女の子がいる。
(··············え?)
空白の思考。
ノクトの視界に、ありとあらゆる色が飛び込んでくる。夜の闇で埋め尽くされた世界にいたノクトは久々に太陽が照らす風景を目にした。統一の取れた風景に若干の違和感を感じているものの、全体としてはやはり綺麗なものだった。
だが、一つ問題がある。
『·········なんだ、ここ?』
見慣れぬ景色に首を傾げ小さく呟く。
『どこだここ?』
「言葉が通じないの? どこの平民?」
聞き慣れぬ言語がノクトの耳に入ってくる。
わけがわからない事態にノクトは思わず目の前にいる女の子に対して警戒心を抱く。だが、一瞬身構えようとしたが、彼女たちから敵意は感じない。今向けられているのは疑惑でも、敵意でもない、純粋な好奇の目だけであった。
そこまで把握し終えた所で、ノクトは自分の体のある異変に気付いた。
(体が·······若返ってる!?)
着慣れた格好に身を包んでいることに関してはさほど驚かなかったが、それよりも自分の状態の方を見て愕然としていた。
“自分のご先祖様”と戦った傷もなく、歴代王の武器に貫かれた跡もない。全くの無傷の状態でいることにノクトはオロオロとしている。何より、自分の着ていた服まで変化しているし、さらには修復までされている。
自分の置かれた状況に戸惑っていると、ノクトに向かって少女が再び口を開いた。
「ねえ、あんた誰って聞いてるんだけど」
『何? なんだって?』
見てみると、少女の表情は先ほどよりも不機嫌そうである。
だが何言ってるのかわからない。聞いたこともない言語がノクトを余計に不安にさせる。するとノクトと少女を遠巻きに見つめている観衆の一人が目の前の少女に言った。
「ちょっとルイズ、サモン・サーヴァントで『平民』を呼び出してどうするの?」
その言葉と同時に、ノクトの顔を覗き込んでいた少女以外の全員が一斉に笑い始めた。
「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」
少女は名を呼ばれたんだろう。
呼ばれた少女が鈴の様によく通る声で言い返すが、周りは連鎖反応のようにして笑いが伝染していく。
「間違いって、ルイズはいつもそうじゃん」
「ははははは! こりゃ傑作だ!」
「言葉すらも話せないとか、どこの田舎者を召喚したんだよゼロルイズ!」
「おまけに何だよあの格好! 変わり者にもほどがある!!」
「さすがはゼロのルイズだな! 期待を裏切らない!!」
誰かが言うと、人垣がどっと再び爆笑する。
自分が置かれている状況が分からずにノクトが呆然としていると、
「ミスタ・コルベール!」
少女が誰かに向かって怒鳴った。
少女の声に反応するかのように、人垣が割れて中年の男性が現れる。
その姿を見て、ノクトは思わず目を丸くした。
何故なら彼が大きな木の杖を持ち、真っ黒なローブに身を包んでいたからだ。その姿は自分の故郷では見慣れない格好で、一言で表すと『魔法使い』のような見た目をしていたからだ。
あと、妙に頭の方へと目が行く。
「何だね。ミス・ヴァリエール」
「あの、もう一度召喚させてください!」
なんて?
と、ノクトは意味がわかっていないものの、そんなノクトはほっといて少女は禿げたおっさんへと話しかけている。おそらく何か交渉のような、頼み事のようなことを話しているんだろうが、少女に呼ばれた男性が首を振ったのが見えた。
「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」
「どうしてですか!」
「決まりだよ。二年生に進級する際、君達は『使い魔』を召喚する。今やっている通りだ」
··············何言ってんのかわかんない。
(話している言語といい、こいつらの格好といい、よくわかんねぇけど絶対やばいところに俺はいるのだけは間違いねぇ············ッ!!)
状況が整理できていないが、自分は今とんでもないところに巻き込まれてしまっているのだと自覚する。
「それにより現れた使い魔で、今後の属性を固定し、それにより専門課程へと進むんだ。一度呼び出した使い魔は変更する事は出来ない。何故なら春の使い魔召喚は神聖な儀式だからだ。好むと好まざるにかかわらず、彼を使い魔にするしかない」
「そ、そんな··········っ!!」
互いの意見を突きつけている一瞬のタイミングを見逃さないよう、ノクトはゆっくりとこの馬鹿げた幻想から抜け出すように匍匐前進で包囲網を突破しようとする。
が、
『ぐおっ!?』
「でも! 平民を使い魔にするなんて聞いた事がありません!」
『おい何すんだ、離せよ!?』
「あんたは黙ってなさいッ!!」
急に首根っこを掴まれた。
ニゲルナヨと言外に宣告され、ノクトは蛇に睨まれたカエルのようにビクっと固まった。少女はノクトのジャケットの襟部分を持ったまま男性に抗議する。
平民を使い魔にするというこの世界ではパワーワードのような単語に、また周りが笑い出した。ルイズがその人垣を睨み付けるが、それでも笑いが止む事は無かった。
「これは伝統なんだ、ミス・ヴァリエール。例外は認められない。彼は················」
コルベールはノクトを指差しながら、
「ただの平民かもしれないが、呼び出された以上は君の使い魔にならなければならない。古今東西、人を使い魔にした例はないが、春の使い魔召喚の儀式のルールはあらゆるルールに優先する。彼には君の使い魔になってもらわなければ困る」
「えぇ···········これと········?」
それを聞いて、少女はがっかりと肩を落とした。
なんか知らんがとてつもなく好き勝手に自分のことをひどく言われて、そして今は逃すまいと首を掴まれて、さらにはなんか勝手に落ち込んでいるみたいだが、できればノクト抜きでやってもらいたい。
「さて、では儀式を続けなさい」
「え······あ、あの、こいつと?」
「そうだ。早く。次の授業が始まってしまうじゃないか。君は召喚にどれだけ時間をかけたと思ってるんだね? 何回も何回も失敗して、やっと呼び出せたんだ。良いから早く契約をしなさい」
男性に賛同するように、そうだそうだと周りにいた観衆からの野次が飛んでくる。
「···········わかりました」
重たい息を吐く。
少女は観念したように首根っこを掴んでいた手を緩めると、一次的にノクトを解放した。
そしてノクトの顔を困ったように見つめた後、怒りと羞恥でわなわなと肩を振るわせながら彼に言った。
「ねえ」
『な、何だよ!?』
「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんな事されるなんて、普通は一生ないんだから」
『そんな真剣な顔で見つめながら言われてもお前が何言ってんのかわかんねぇんだよッ!! 何しようってんだ!?』
ノクトは必死に少女に向かって文句を言うものの、そんなノクトのことなんて御構い無しに少女は諦めたように目を瞑った。
手に持った小さな杖を、ノクトの目の前で振る。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
朗々と呪文らしき言葉を唱え、杖をノクトの額に置いてから彼女はゆっくりと唇を近づけてきた。
『················は?』
唐突の行動に、頭が一瞬吹っ飛んだ。
それと同時に理解した。こいつが何をしようとしているのかを。
『ま、待て待て待て待てッ!!!???』
いきなり口を近づけてきた少女に困惑するも、ノクトは慌てて顔を赤くしながら止めようとするが、もう遅かった。
次の瞬間、ルイズの唇がノクトの唇と重ねられた。
『っ!?』
柔らかい唇の感触にノクトは目を見開くが、身動きもできない。
初々しく、ぎこちなさの残るキスだった。
永遠とも思える数秒の後、ようやくルイズが唇を離した。
「終わりました」
よく見ると、彼女は顔を真っ赤にしていた。どうやら照れているらしい。
少女の報告を聞いて、男性が嬉しそうに何かを言った。
「サモン・サーヴァントは何回も失敗したが、コントラクト・サーヴァントはきちんとできたね」
危機は去ったと言わんばかりの晴れやかな顔で男性は言った。
この儀式の脅威をわかっていなかった少女以外の生徒たちは、何を大袈裟に言ってるんだかと呆れ顔で、再び少女にからかいの言葉を放つ。
「相手がただの平民だったから契約できたんだよ」
「そうそう、そいつが高位の幻獣だったら契約なんかできないって」
すると、ルイズがその生徒達を睨み付けながら叫んだ。
「馬鹿にしないで! わたしだってたまにはうまくいくわよ!」
「ほんとにたまによね。ゼロのルイズ」
見事な巻き毛とそばかすが特徴的な少女が嘲笑うように言うと、腹を立てた少女が別の少女を指差しながら男性に言う。
「ミスタ・コルベール! 『洪水』のモンモランシーがわたしを侮辱しました!」
「誰が『洪水』ですって? わたしは『香水』のモンモランシーよ!」
「あんた小さい頃、洪水みたいなおねしょしてたって話じゃない! 『洪水』の方がお似合いよ!」
「よくも言ってくれたわね! ゼロのルイズ! ゼロのくせに何よ!」
「こらこら。貴族はお互いを尊重し合うものだ」
男性が二人を諌めるように言う。
わけの分からない単語にノクトが困惑していると、
ジュワァァァァ、と。
体がだんだんと暑くなってくるのを感じた。
『え··········ちょ!? な、なんだよこれ!?』
痛みにはある程度慣れているノクトではあったが、それにしてもこの熱さは予想外だった。
体が焼けるように痛い。特に左手がめちゃくちゃ痛かった。まるで皮を剥ぎ取るような痛みに耐えきれず、ノクトは左手につけている手袋を取って確認する。
左手にまるで烙印を押されているかのように何かの痕が出来上がっているのを見て、思わず地面に膝をつく。
『や、やべぇ····················っ!!』
そんなノクトに、先ほどよりも若干落ち着いたルイズが声をかける。
「すぐ終わるわよ。待ってなさい、使い魔のルーンが刻まれるだけだか············ら」
直後だった。
少女の言葉は完全に紡がれることはなかった。
何故なら変化があったからだ。
パキンッ!! と。
何かガラス製のものが割れるような音と共に、ノクトの体から何かが吹き出したのだ。
『がっ、あああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!???』
ノクトは異様に苦しみだした。
信じられない痛みにまだ自分に何が起きているのか分析をすることすらできない。
だが周りは違った。
ノクトに起きていることを現在進行形で目の当たりにしている。
瞳の色が体内に流れる血の色よりも禍々しく赤く変色した瞬間、ドバッ!! とノクトの背中が弾けた。
そこからクリスタルのように透き通ったいくつもの剣が飛び出した。
全身が文字通り燃え盛り、複数の剣を生やしたノクトは苦しみを逃がすように倒れたまま、地面をつかむように伸ばされた手がべキリと地面を丸ごと掴み取った。
『が······························あ····················!?』
絶叫というよりは咆哮。
その間にも痛みは続いていた。
やがて、体の熱が無くなり平静を取り戻そうとした直後、ノクトは強烈な脱力感に襲われ、そのまま緑あふれる芝生の中へと沈んでいった。
「え··········えッ!?」
「「「「「「「··············ッ!?」」」」」」」
空気が凍った。
通常の人間には見られない現象を彼らは目の当たりにした。
血ではない。
肉や骨でもない。
もっと。
もっともっともっと。
禍々しくも神々しい何かに振り回されるように、ノクトは絶叫しながら苦しんでいた。さらにはわかりやすい形が青年の体から吹き出してきた。
『剣』というこの世界ではごく一般的な道具が青年の体から現れた。
「お、おい··············なんだよ今の!?」
「こいつ··············今··············ッ!?」
「ひ··············っ!?」
膝から崩れ落ちたノクトに皆が恐怖を抱く。
よほど皆今の出来事に混乱してしまっているようで、ほとんどのものがカチカチと小刻みに震えていた。平民だと思っていた者に起きた現象は意味不明かつ恐怖の塊だった。
「····························っ!?」
召喚した本人まで顔を真っ青にしている。
自分の召喚したものに起きた謎の光景を目の当たりにすればそりゃ怖がって当然だ。
いくつもの見知った顔が少女の方を見る。
一体こいつは何を召喚したんだ? 化け物を召喚したのかと、誰もが一歩引きながら少女と倒れている青年の方を見ている。
「ミス・ヴァリエール!!」
「!?」
そんな混乱の渦が巻き起こっている中、あの禿げた中年男性が少女の元へと駆け寄ってくる。
「ミ、ミスタ・コルベール··············っ!!」
「ああ、わかっている。風を得意とする生徒は前に出てきてくれ、彼をミス・ヴァリエールの部屋へと運ぶのを手伝ってほしい。他の生徒は皆先に教室に戻っておいてくれ、本日の儀式は終了とする」
儀式を監督する教師の声で、皆が平常心を取り戻す。
少女の震えた声にも優しく対応し、凄まじかった混乱の渦が徐々に晴れていく。先生の言われたとおり、風を得意とするメイジ達が前に出る。その他の生徒たちも言われた通り先に教室へと戻る準備を始める。
何人かの生徒が戻っていくのを確認した教師の男性は、青年の左手の甲へと注目していた。
(··········このルーンはなんだ? 見たことがないな········)
冷静に分析する男性。
流石にこの先生な儀式を監督するだけあって、さっきに出来事を目にしても動じないようだ。
それよりもノクトのことだ。
ノクトの左手の甲に、謎の文字が刻まれていた。
刻まれたルーン文字はノクトからしても、この儀式のプロフェッショナルからしても理解不能であった。男性は後で青年の左手に宿ったルーンを調べるためにスケッチをする。
そんな中、途方もない魔法使い達は全員が納得いかなかった。
ゼロのルイズが喚んだものがまさか神獣とか亜人とかそういう類いの者なのかと、誰もが納得出来ずにいた。慟哭も悲鳴も絶叫も恐怖心も、皆正気を取り戻したことで忘れてしまっていた。
ゼロのルイズが呼び出したものはなんなのかだって?
『普通の人』にわかるはずがあるかそんなもん、落ちこぼれのゼロのルイズにお似合いだ。なんて思考の原型が留められなくなっている中でなんとか強引に納得した。
そんなことを考えながら、一部の生徒を残して、ほとんどの人達が召喚した使い魔を連れて先に校舎へと戻っていっていた。
「················」
残された劣等生はただ、膝から落ちて芝生に倒れてしまっている青年の側に駆け寄る。
(一体なんなのこいつ··············ただの平民じゃないの?)
疑問が疑問を呼ぶ中で、少女は抜け出せない思考回路を何度も往復する。
今日だけで意味がわからないことだらけだ。自分の呼び出したものがまさかの人間で、その人間が人間離れの芸をやってみせた。わけのわからない平民に頭を悩ませることになるとは思わなかった少女は唇を噛む。
少女は唇を噛んで。
そして、一人でこう結論付けた。
(なんであれ、誰がなんと言おうとあんたは正式に私の使い魔なんだからね··············ッ!!)
少女に明確な覚悟が灯る。
具体的に言葉にしたわけではない。むしろまだその素振りも見せていない。
だが、契約は完了した。
その事実は覆らない。
これよりここに、“ゼロ”と呼ばれた落ちこぼれの魔法使いと·············かつて、『真の王』と呼ばれた青年の奇妙で珍しい組み合わせのコンビが誕生した。