ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第19章

 

 

アンリエッタが訪れた夜が明けて、早朝。

 

朝の澄んだ空気の中に旅支度をしたルイズとノクトとギーシュが、厩番に駅逓乗り換えが効く馬をもらい、学院正門前で馬具を着けていた。

 

ルイズは普段の制服だが、スカートの下にブラウンのスパッツを着け乗馬用のブーツを履いている。踵に生えた角のような棒拍が朝露に濡れている。

 

一方ノクトは普段と同じようにデルフを背中に背負って黒いジャケットに黒いブーツを履いている。

 

馬具の具合を確かめながらルイズは言った。

 

 

「いい? ノクト。私達はアンリエッタ殿下からある任務を賜ったわ。その為にまず、国を出てアルビオンに行くのよ」

 

 

シンとする朝の空気にルイズの声が響く。そこには使命感に燃える瞳があった。

 

 

「で、そのアルビオンってところまでどれだけかかるんだ?」

 

「ここから大体北西に四◯◯リーグくらいにあるラ・ロシェールという町に行くわ。そこからアルビオンへの定期船が出ているの」

 

「ふーん」

 

 

要はそこまで行けばあとは船に乗ればいいだけのことか、とノクトは軽く思った。そんな風に出発の準備をしていると、ギーシュが困ったような口調で言う。

 

 

「お願いがあるんだが·······」

 

「なんだよ?」

 

 

ノクトは馬の鞍に荷物をくくりつけながらギーシュに尋ねた。

 

 

「僕の使い魔を連れて行きたいんだ」

 

「使い魔? 俺は別に構わないと思うけど·······どこにいるんだ?」

 

「ここ」

 

 

ギーシュが地面を指差した。

 

 

「いないじゃないの」

 

 

ルイズが乗馬鞭を片手にすました顔で言うと、ギーシュはにやっと笑って足で地面を叩いた。

 

するとモコモコと地面が盛り上がり、茶色の大きな生き物がそこから顔を出す。ギーシュはすさっ! と膝をつくと、地面から出てきたその生き物を抱きしめた。

 

 

「ヴェルダンテ! ああ! 僕の可愛いヴェルダンテ!」

 

 

ノクトは突然現れた巨大な生き物に目を丸くしながらもギーシュに言う。

 

 

「モ、モグラ?」

 

「ただのモグラじゃないぞ、僕の可愛い使い魔のヴェルダンデだ」

 

「あんたの使い魔ってジャイアントモールだったの?」

 

 

ギーシュの使い魔は、巨大なモグラだった。大きさは小さいクマほどもある。

 

 

「そうだ。ああ、ヴェルダンデ、君はいつ見ても可愛いね。困ってしまうね。どばどばミミズはいっぱい食べてきたかい?」

 

 

モグモグモグ、とギーシュの言葉に答えるように、ヴェルダンデは嬉しそうに鼻をひくつかせた。

 

 

「そうか! そりゃ良かった!」

 

 

ギーシュはヴェルダンデに頬を擦り寄せた。その様子をノクトが呆れた目で見ていると、唐突にルイズが言った。

 

 

「ねえ、ギーシュ。ダメよ。その生き物、地面の中を進んで行くんでしょう?」

 

「そうだ。ヴェルダンデはなにせ、モグラだからな」

 

「そんなの連れていけないわよ。私達、馬で行くのよ」

 

 

ルイズは困ったように言ったが、ギーシュはそれがどうしたと言うような態度で、

 

 

「結構、地面を掘って進むの早いんだぜ? なあ、ヴェルダンデ」

 

 

ヴェルダンデは、うんうんと頷いた。

 

 

「私達はこれから空に浮かぶアルビオンに行くのよ。地面を掘って進む生き物を連れていくなんてダメよ」

 

 

ルイズがそう言うと、ギーシュは地面に膝をついた。まるで燃え尽きた蝋燭のように。

 

 

「そんな·······お別れなんて、辛い、辛すぎるよ·······ヴェルダンデ·······」

 

 

その時、巨大モグラが鼻をひくつかせた。くんかくんか、とルイズに擦り寄る。

 

 

「な、何よこのモグラ!」

 

 

ルイズが思わず叫んだ直後、ヴェルダンデは何故かルイズを押し倒し、鼻で体をまさぐり始めた。

 

 

「や! ちょっとどこ触ってるのよ!」

 

 

ルイズは体をヴェルダンデの鼻でつつきまわされ、地面をのたうち回った。スカートが乱れ、派手にパンツをさらけ出しながら、ルイズは暴れ続ける。

 

 

「おいギーシュッ!! 何とかしろよ主人だろ!?」

 

 

ノクトがどうにかしろとギーシュに言うも、ヴェルダンデは止まらずルイズの右手の薬指に光るルビーに鼻を擦りよせた。

 

 

「この! 無礼なモグラね! 姫様に頂いた指輪に鼻をくっつけないで!」

 

 

すると、ギーシュが頷きながら呟いた。

 

 

「なるほど、指輪か。ヴェルダンデは宝石が大好きだからね」

 

「はぁ? なんで?」

 

「ヴェルダンデは貴重な鉱石や宝石を僕のために見つけてきてくれるんだ。『土』系統のメイジの僕にとって、この上ない素敵な協力者さ」

 

 

どうやら、このヴェルダンデという使い魔は見かけによらずギーシュにとって結構有能な使い魔のようだ。

 

と、そんなことはどうでもよろしい。

 

とにかくご主人様を助けなければ、こっちが叱られる。

 

 

「ほら、離れろ」

 

 

ノクトはやれやれといった感じでヴェルダンデを持ち上げて引き離した。

 

地面に倒れているルイズにノクトは声をかける。

 

 

「大丈夫かルイズ?」

 

「大丈夫に見えるのかしらこのバカ使い魔!!」

 

 

折角助けてやったのに暴言を吐かれたノクトは聞き流す。いつも通りのご主人様だ程度に思っていると、ルイズは立ち上がって服に着いた土埃を祓う。

 

 

「全くもう! こんなんじゃ先が思いやられるわ!!」

 

()()()()()()調()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

不意に聞こえてきたのはこの場の二人以外の、若い男の声だ。

 

 

「誰だ!?」

 

 

警戒しデルフに手をかけるノクトだが、声の主は上空から屈強な『グリフォン』に乗って降りてきた。馬が慄くなか、グリフォンは行儀よく地面に着地する。

 

 

「いや、驚かせてしまってすまない。僕は君達を護衛する為にアンリエッタ殿下に依頼された、“魔法衛士大隊のワルド”だ。よろしく」

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

“ワルド”と名乗った男はグリフォンの背から颯爽と降りると、呆然としていたルイズに近寄り、その腕ですっと胸に抱き上げた。

 

 

「久しぶりだ、()()()()()()()()!」

 

「ワ、ワルド様!?」

 

 

突然の抱擁にルイズは顔を真っ赤にして固まった。

 

 

「陛下のご依頼に感謝しなければならないな。婚約者と再会できる機会を与えてくれたのだから」

 

「そ、そんな·······昔の話ですわ」

 

 

目を伏せ気味に答えるルイズにワルドは大仰に答えた。

 

 

「そんなことを言ってくれるなよルイズ! 暫く会えなかったが、僕は君の事を片時も忘れた事はなかった」

 

 

あまりに熱っぽい言葉にルイズはますます頬を染めてしまう。ワルドはそんなルイズをそっと地面におろし、二人のやり取りをぼんやりと見ていたノクトに話しかけてきた。

 

 

「君がルイズの使い魔かい? 聞いてはいたけど本当に人だとは思わなかったな」

 

 

ワルドは気さくな感じでノクトに近寄った。

 

 

「僕の婚約者がお世話になっているよ」

 

「あ、はい」

 

 

ノクトは上から下までワルドを観察するように見つめた。彼もギーシュと同じように美少年だが、正直言ってレベルが違う。

 

目つきは鋭く鷹のように光り、形の良い口鬚が男らしさを強調している。

 

 

(こいつ·······たしかあの時ルイズが見てた)

 

 

と、ここでノクトは思い出す。

 

たしかこの人は、昨日の王女来日の日の警備兵の中で一際目立っていた男性だ。ルイズがずっと視線を離さずに見つめていたため、記憶に残っている。

 

近くでこうして見ていると、全身の体つきは逞しく、筋肉がしっかりとついている事が分かる。

 

彼のその体格が、ただ魔法を使うだけのメイジではない事をノクトに悟らせていた。並大抵の剣士やメイジでは、彼には決して勝てないだろう。

 

それからノクトがルイズに目を向けると、彼女はワルドが現れた途端に落ち着きを無くし、何やらそわそわしていた。

 

どうやら突然の婚約者の登場に照れているらしい。

 

ワルドはそんなルイズに今回の任務について聞かせる。

 

 

「今回の任務で殿下から預かっているものがある。任務を進めるために必要なものだそうだ。君が持っているといい」

 

 

ワルドは懐を探って何かを手に取ると、ルイズの両手を取って握らせた。

 

それはうっすらと桜色をした便箋に、古めかしい様式で装飾された薄蒼の石の填められた指輪だった。

 

便箋の方には、赤い蝋に王女の紋章の印で封がされている。

 

 

「では、時間も惜しいので出発しよう。使い魔君は早馬を飛ばしたまえ。僕が上空で先行するから見失わないように」

 

 

言うとワルドはおもむろにルイズを抱き上げてグリフォンに乗せると、手綱を引いてグリフォンを空へと導いた。

 

あまりの手際に声も上げなかったルイズだが、立ち呆けているノクトに急いで声をかける。

 

 

「あ、ああ~! ノクト!! 遅れないようについてきなさいよぉ~ッ!!」

 

 

ノクトの耳にルイズの声が空へと遠くなっていく。

 

つむじ風のように引っ掻き回していったワルドに唖然とするしかないノクトの背中で、デルフがかちゃかちゃと何か言い出した。

 

 

『なんだかすっげーなあの男。おまけにお嬢ちゃんの婚約者だとさ』

 

「·······まぁ、貴族の娘ならそんなこともあんだろ。さて、あいつらが見えなくなる前に出発するぞ。準備はいいかギーシュ?」

 

「もちろんだとも!」

 

 

馬が余ってしまうのだが、仕方が無いと一頭を門に繋いだまま、ノクトは急いで馬を走らせ、上空のグリフォンの進行方向へ進んでいくのだった。

 

ラ・ロシェールへ向けて。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

アンリエッタは出発する一行を学院長室の窓から見つめていた。

 

目を閉じて、手を組んで祈る。

 

 

「彼女達に加護をお与えください、始祖ブリミルよ·······」

 

 

その隣では、オスマンがパイプを吸っていた。アンリエッタは振り向くと、オスマンに向き直った。

 

 

「見送らないのですか? オールド・オスマン」

 

「ほほ、姫、見ての通りこの老いぼれはリラックスしておりますのでな」

 

 

そんな事を言うオスマンに、アンリエッタは首を振った。

 

その時、扉がどんどんと強く叩かれた。

 

入りなさいとオスマンが呟くと、慌てた様子のコルベールが部屋に飛び込んできた。

 

 

「い、いいい、一大事ですぞ! オールド・オスマン!」

 

「君はいつでも一大事ではないか。どうも君は慌てんぼでいかん」

 

「慌てますよ! 私だってたまには慌てます! 城からの知らせです! なんと! チェルノボーグの牢獄から、フーケが脱獄したそうです!」

 

「·······ふむ·······」

 

 

コルベールの報告に、オスマンは口鬚をひねりながら唸った。コルベールは続ける。

 

 

「門番達の話では、怪しい人物に鋭利な武器で警備兵が殺されていたそうです! 魔法衛士隊が王女のお供で出払っている隙に、何者かが手引きをしたのですぞ! つまり、城下に裏切者がいるという事です! これが大事でなくてなんなのですか!」

 

 

裏切者、という単語を聞いてアンリエッタの顔が青くなった。オスマンは手を振ると、コルベールに退室を促した。

 

 

「分かった分かった。その件については、あとで聞こうではないか」

 

「そ、それでは失礼致しますッ!!」

 

 

コルベールがいなくなると、アンリエッタは机に手をついて深いため息をついた。

 

 

「城下に裏切者が·······間違いありません、アルビオン貴族の暗躍ですわ」

 

「·······そうかもしれませんな」

 

 

オスマンはパイプを吹きながら呑気な口調で言った。学院長のその様子を、アンリエッタは呆れた表情で見つめていた。

 

 

「トリステインの未来がかかっているのですよ。何故、そのような余裕の態度でいられるのですか?」

 

「すでに杖は振られたのですぞ。我々にできる事は、待つ事だけ。違いますかな?」

 

「それは、そうですが·······」

 

 

なおも不安そうな表情を変えないアンリエッタに、オスマンは安心させるような声でさらに続ける。

 

 

「なあに、“彼”ならば道中どんな困難があろうとも、やってくれますでな」

 

「彼、とは? あのギーシュが? それとも、ワルド子爵が?」

 

 

二人の貴族の名を口にしても、オスマンは首を横に振った。そこでアンリエッタはオスマンの言う彼が誰であるかようやく気づき、信じられないように言う。

 

 

「ならば、あのルイズの使い魔の青年が!? まさか!? 彼はただの平民ではありませんかッ!?」

 

「·······姫は『始祖ブリミルの伝説』をご存知ですかな?」

 

「通り一遍の事なら知っていますが·······」

 

 

オスマンはそれを聞いてにっこりと笑った。

 

 

「では、『ガンダールヴ』のくだりはご存知か?」

 

「始祖ブリミルが用いた、最強の使い魔の事ですか? ·······まさか、彼が!?」

 

 

オスマンはそこで自分が喋り過ぎた事に気づいた。『ガンダールヴ』の事は自分の胸一つに収めている。アンリエッタが信用できないというわけではないが、まだ王室の人間に話すのはまずいと思っていた。

 

 

「えぇ、おほん·······とにかく彼は『ガンダールヴ』並に、もしかしたらそれ以上に使える人間ではないかと、そういう事ですな。ただ、彼は異世界から来た青年なのです」

 

「異世界?」

 

「そうですじゃ。ハルケギニアではない、どこか。『ここ』ではない、どこか。そこからやってきた彼ならばやってくれると、この老いぼれは信じておりますでな。余裕の態度もその所為なのですじゃ」

 

「そのような世界があるのですか·······」

 

 

アンリエッタはルイズの使い魔の青年の事を思い出す。

 

あの、どこからどう見てもただの顔が整った平民にしか見えない人間が伝説の使い魔。

 

話す機会は少なかったのでそんなにイメージが湧かないが確かに彼からは、『他の者とは違う何か』があるとアンリエッタの直感が告げていた。なにより、彼は忠誠心が高い

 

そんな彼ならば、ルイズ達の前に立ち塞がるどんな『悲劇』も切り裂いて前に進んでくれるかもしれない。

 

アンリエッタはそう思いながら、こう呟いた。

 

 

「ならば祈りましょう。異世界から吹く風に」

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

ノクト、ルイズ、ギーシュ。そして現れたワルドら四人がトリステイン魔法学院を出発したほぼ同時刻。

 

当座の目的地であるラ・ロシェールの町の一角に店を構える酒場、『金の酒樽亭』。二十年前に店を構えて以来、立地条件から常連客の多くは傭兵や盗賊あがりなどのアウトローばかりで喧嘩も絶えないが、酒の質と量が顧客の範囲を決めている節もある、そんな店である。

 

その日も朝から·······いや、前日の晩からどんちゃん騒ぎをしながら酒をかっくらっている一団が店に陣取り、強い酒やら肴やらを食い散らかしながら荒くれた男立ちが管を巻いている。

 

そんな店に、ふと見慣れない客が入ってきたな、と酒場の主人は出入り口からこちらに向かってくる者を見つめた。

 

ローブを身に着けて、フードで陰になり顔は窺えないが、その両足には中々の装飾がされたブーツがきっちりと履かれている。

 

謎の客はカウンターの椅子に座ると、主人の前にとす、と小気味よい音を立てる皮袋を置いた。主人がその袋の口をあけてみると、中には新金貨がぎっしりと詰まっている。

 

 

「お客さん、一体何をお求めで?」

 

 

金回りのいい客は一見商売として旨みがあるが、荒くれ者を扱ってきた主人は一方で、なにやら危うい背景があるのではないかな、という勘繰りを持った。

 

客はカウンターに肘をついて答えた。その声は、女性。

 

 

「宿代も入ってるんだよ。部屋は空いてるかい?」

 

 

それも路地裏で立ちんぼしているようなうらぶれた女ではない。凛としたものが混じった、美女といえる類の声だ。主人がその女と宿代の周りで交渉していると、角で酒を飲んでいた傭兵くずれの一団が女を囲むように集まってきた。

 

 

「お姉さん、一人でこんな店に入っちゃいけねぇなぁ」

 

「ここは危ない連中が多いからなぁ。怖かったら守ってやるぜぇ·······ベッドの中までな! ギャハハハハ!」

 

 

酒臭い息を吐きながら、一団の一人が悪戯のようにフードを引っ張ると、その下から女の顔が覗く。

 

鼻筋の通った小顔、裏の世界を見てきた人間が持つ鋭い目をしている。髪は特徴的な、鮮やかな緑色。

 

女を知る者は彼女のことを『土くれのフーケ』と言う。

 

酒で調子づいている傭兵達は、それぞれに奇声を上げ口笛を吹いてフーケを見た。

 

 

「こいつぁべっぴんだ。見ろよこの綺麗な肌をよ」

 

 

品性の疑わしい声で一人がフーケの顎筋に手を伸ばすが、フーケは蝿を払うように手を振る。

 

 

「気安く触るんじゃないよ、蛆虫共」

 

 

鬱陶しげに席を立つと、羊を追い込む獣のように男達がフーケを取り囲もうと動く。

 

やがて一人が手を伸ばしながらフーケに迫る。

 

 

「へっへっへ、そんな怖がらなくても、悪いようにはグゲヘェッ!?」

 

 

フーケの肩に手を置こうとした男は、次の瞬間に何かに弾き飛ばされるように吹っ飛んでテーブルに頭から突っ込んだ。テーブルの上の瓶やグラスが床で砕ける。

 

驚いて一団が振り向くと、すっと長いフーケの足が、ちょうど吹っ飛んだ男の顎の高さまでピンと伸びていた。

 

フーケの足が男を蹴り飛ばしたのだった。

 

数拍して事態を把握した男達は、酒で濁りきった声でフーケに叫ぶ。

 

 

「こ、このアマ!」

 

 

同時に男達はフーケを捕まえるべく手を伸ばすが、フーケの足はしなる鞭のように男達を強かに蹴り飛ばした。

 

 

「ぐへぇ!」

 

「ごはっ!」

 

「あぎぃ!」

 

 

酒場はあっという間に竜巻が出入りしたかの如き惨状を呈した。

 

窓に首を突っ込んで伸びている者、椅子とテーブルの山に埋もれている者、ある者は店の柱に叩きつけられて海老反りで気絶している。酒場の主人はこの程度の喧嘩はいつものことさ、という風情で呑気にグラスを磨いていた。

 

まだ息のある一人にフーケが近づいていくと、男は子供のようにブルブルと震えて慄いた。

 

 

「ま、待ってくれ! 俺達はもう何もしねぇよぉ!」

 

 

震えた声で両手を上げる男に、フーケは足をドンと鳴らし、

 

 

「そんなに怖がることは無いだろう? 私はアンタ達を雇おうと思っただけさ」

 

 

冷ややかに笑うフーケの顔を怪訝な表情で男は見た。

 

 

「や、雇う?」

 

「そうさ·······金なら、ホラ」

 

 

フーケはテーブルの一つに、カウンターで主人に渡したように金貨の入った袋を置く。

 

 

「一人新金貨で百ずつ渡しとくよ。その代わり、後で私の命令に従ってもらうからね」

 

 

金の酒樽亭を後にしたフーケは、そのまま町の路地に入る。路地を進むと脱獄の時に姿を現した、『中折れ帽子』を被った赤髪の男が待っていた。

 

 

「·······お前さんの言った通り、傭兵は集めたよ。これからどうするんだい?」

 

 

フーケは脱獄後、このラ・ロシェールまでつれてこられてから、アルビオンからやってきた傭兵たちから情報を集めるように指示されていた。

 

しかし前日になって、『今日は傭兵たちを金で集めろ』と指示を受けたのだった。

 

中折れ帽子を被った赤髪の男は地図を渡して話す。

 

 

「この印の付いたところ、そこに傭兵の半分を待機させて、そこの道を通った子達を襲わせて」

 

「残りの半分は?」

 

「ん~、保険として暫くどこかに預けておくかなぁ~」

 

「ふぅん·······まぁいいさ。少なくとも、脱獄させてくれた分は働いてやるよ」

 

 

カツカツと地面を踏み鳴らしてフーケは答えた。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

ルイズ、ノクト、ギーシュ、ワルドの一行は一路ラ・ロシェールへの道をひた走っていた。

 

()()、といってもそれは馬に乗っているノクト達だけの話で、ワルドとルイズは悠々と空を飛んでいる。

 

駅逓で馬を変えるたびに疲労の度合いを濃くしていくノクトであるが、懸命に先行するグリフィンを追いかけていた。

 

ルイズはグリフィンの上から眼下を走る馬上のノクトを心配した。

 

 

「ねぇワルド。あんまり急ぐとバテテしまうわよ」

 

「僕とグリフォンなら大丈夫さ。これくらいの距離はなんでもない」

 

「そうじゃなくて、下でついてきてるノクト達のことよ」

 

「付いてこれないなら、置いていけばいいさ」

 

「彼は私の使い魔よ。置いていくなんて事はできないわ」

 

 

そんなルイズの言葉を聞いて、どこか悲しげな目でワルドは見た。

 

 

「どうやら君は、あの使い魔君に心奪われたらしいね」

 

「そ、そんなわけじゃないわ!」

 

「本当かい? まだ僕のことを婚約者として見ていてくれているかい?」

 

「それは·······その·······あの頃はまだ、小さかったし·······」

 

「僕は君のご実家の、ラ・ヴァリエールに見劣りしないものが欲しかった·······」

 

 

ふと、ワルドの視線がどこか遠くを見ている。

 

 

「父も母も亡くなってしまってから、軍に入って出世して、君のご実家にも指差されず会いにいけるくらいになりたかった。お陰で今は、近衛軍の精鋭の綱とりを任されている」

 

「出世したのね、ワルド·······でも、私はあの頃と同じ、魔法の使えない『ゼロのルイズ』よ」

 

 

そう答えたルイズを、ワルドは優しげに頭を撫でた。

 

 

「君は暫く会えなかったから、気分が落ち着かないだけさ。この旅はいい機会だ。ゆっくり、昔の気分を思い出すといいよ」

 

 

爽やかに笑いかけるワルドだが、ルイズはどこかそれを手離しで喜べない。再び眼下、懸命についてくるノクトを見るのだった。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

馬上で汗を流しながら、ノクトは懸命に馬を操って大地を進んでいた。

 

かろうじて街道らしき道筋を通っている事は判ったし、場所場所で立て札の類を見たり、上空のグリフィンの向いている方角を確認して進む。

 

黙々と手綱を引いていたノクトに、デルフが話しかけてくる。

 

 

『相棒、体力の方は大丈夫かい?』

 

「まだ馬に慣れきってねぇからな。でもま、何とかついていけてる」

 

 

若返ったとはいえ、彼の年齢は三十歳である。酷使すれば若者のようには行かない時もある。だが、前世でチョコボに乗り慣れていたこともあり、まだ充分に騎乗することができている。

 

しかし、

 

ギーシュの方はそうではないらしい。

 

 

「はぁ·······はぁ·······もう、半日以上走りっぱなしだ。どうなってるんだ。君と魔法衛士隊の連中は化け物か?」

 

 

ぐったりと馬に体を預けたギーシュが、隣のノクトに声をかけた。声をかけられたノクトはケロリとした表情で馬に跨りながら苦笑を浮かべている。

 

ノクトは体も鍛えているので、これぐらいの道のりは苦にならない。ノクトは前を飛ぶワルドのグリフォンを視界に収めながら呟いた。

 

 

「にしても·······ルイズの奴、婚約者がいたんだな·······」

 

「おや? もしかして、やきもちかい?」

 

 

にやにやといやらしい笑みを浮かべながらギーシュが言うと、ノクトはジト目で言い返す。

 

 

「違ぇよ。ただ突然だったから少し驚いただけだ。ところで、あのワルドって奴、魔法衛士隊の所属なんだよな? やっぱり、相当地位が高いのか?」

 

 

しかしノクト自身、この質問は愚問だと感じていた。昨日ワルドの所属している魔法衛士隊が王女の護衛を務めていたのを見るだけで、彼の地位がどれだけ高いのかすぐに分かる。

すると案の定、ギーシュからこんな言葉が返ってきた。

 

 

「そりゃそうさ。トリステインの魔法衛士隊と言ったら、王家と王城を守る親衛隊であり、全ての貴族の憧れだよ。男子ならばその黒マントを身に着ける事を誰もが憧れ、女子ならばその花嫁になる事を誰もが望む·······謂わば、トリステイン騎士の花形なのさ!」

 

 

ばっ、ばっと馬の上だというのに大げさに身振り手振りを交えながらノクトに教える。へぇと相槌を打ちながら、ワルド達の乗っているグリフォンを見て尋ねる。

 

 

「魔法衛士隊の奴らはみんなグリフォンに乗ってんのか?」

 

「いや。魔法衛士隊は彼らの操る幻獣にちなんで三つの隊に分かれているんだ。一つは『マンティコア隊』、もう一つは『ヒポグリフ隊』、最後がワルド子爵の『グリフォン隊』さ」

 

「ふーん、なるほどな」

 

 

そして場所場所の駅逓で馬を乗り換えること、三度。

 

時間も迫って夕暮れが近い。

 

それなのに四方は川もなく、むしろ丘陵を登っている事にノクトは疑問を抱いた。

 

 

「なんでこんな山間に入るんだ? 船に乗るんだろ?」

 

 

船に乗るなら港に行くものだ。しかし山に入っていって港に出るというのはノクトには理解できない。薄暮の空に影を射し始めたグリフォンを見て、ため息をつく。

 

 

「付き添わせるならもう少し詳しい指示を事前に出しとけよ。ルイズ·······」

 

 

山間の道を辿って行くノクト。起伏が激しく、木々も茂る中を進んでいると、どこからか複数の松明がノクトの乗る馬の前に投げ込まれた。

 

 

「何だッ!?」

 

 

突然の襲撃に、ギーシュが怒鳴った。

 

いきなり松明の炎に戦の訓練を受けていない馬が驚き、前足を高々と上げたので、ノクトとギーシュは馬から放り出されたが、ノクトは空中から短剣を投げて地面に突き刺すと体勢を立て直して、無事に着地する。

 

そこを狙って、何本もの矢が夜風を裂いて飛んでくる。

 

 

「奇襲だ!」

 

 

ギーシュが喚くと同時、軽い音を立てて矢が地面に突き刺さった。

 

ひゅんひゅんと飛んで来る矢をノクトがシフトでかわしていくと、突如一陣の風が舞い起こり、ノクト達の前の空気が歪んで小型の竜巻が現れる。

 

竜巻は飛んできた矢を巻き込むと、明後日の方角に弾き飛ばした。

 

グリフォンに跨ったワルドが、杖を掲げている。

 

 

「大丈夫か!」

 

 

ワルドの声がノクトに飛ぶと、ノクトは頷いてからワルドに言った。

 

 

「ギーシュとルイズを頼む!!」

 

 

それからノクトは怪訝そうな表情を浮かべているワルドをよそにデルフを抜き、ガンダールヴの力を開放する。

 

左手のルーンが輝き、全身がまるで羽のように軽くなるのを確認すると、ノクトは全力で崖の上へデルフを放り投げた。

 

シュン! と。

 

ノクトの体が虚空に消える。

 

そして、崖の上に突き刺さったデルフからノクトの姿が現れる。

 

崖の上の光景を見てみると、そこには数人の男達が突然現れたノクトの姿を目を見開いて見つめていた。その手には弓矢が握られている。

 

 

「お前ら、何者だ?」

 

 

ノクトが尋ねても答えは返ってこない。

 

ならば、容赦なく斬り倒そう。

 

 

(ガンダールヴというのが身体能力を高めるのならば·······)

 

 

呼吸を整え、体から闘争心を引き出す。そして静かに眼を瞑った。

 

この時ノクトは単にそうするだけではなく、聞こえる音に神経を注いだ。ガンダールヴが武器を握って心を震わす時、体から引き出す力は筋力だけではないということにノクトは気付いていた。

 

肌に触れる風、聞こえる音、匂い、眼に入る光すらも平時よりも肉体は敏感に捉える事ができるのだった。

 

そしてノクトの聴覚にははっきりと聞こえたのだ。弓に張られた弦が空気を切る音、飛翔する矢羽の欠けが風を裂く音、木の幹に鏃が刺さるわずかな音も聞き漏らさなかった。

 

活目し、身を乗り出したノクト。

 

音が聞こえた場所を注視した。薄暮の空、目が捉える光が少ない時間において、ノクトの眼には陽光の下と大差なく、鮮明に夜盗の弓構える姿を写していた。

 

 

「そらよっ!」

 

 

アルテマブレードを出現させて左手で握るノクトの手の甲のルーンが光る。ノクトは引き出された身体能力を駆使してアルテマブレードを投げた。

 

手を離れたアルテマブレードは槍投げのように飛び、寸分の狂い無く夜盗の喉にその刃を滑り込ませた。

 

 

「·······ッが!?」

 

 

アルテマブレードが突き刺さった一人の夜盗が、喉を抑えるように呻いて倒れる。

 

ノクトはすぐまた遠くへとシフトして身を影に隠した。

 

 

『やるじゃねーか相棒』

 

 

背中に戻していたデルフが話す。

 

 

「ああ。けど、この人数相手に俺一人で切り抜けられるかわからねぇ」

 

 

反撃を受けると思わなかったのだろう。夜盗は矢掛けるのを止めたが、多勢を貨って再び矢を打ち込んでくる。今度は脂を含ませた火矢を混じらせて飛ばし、辺りの草木に突き刺さるとそこから徐々に燃え始める。

 

 

『ちょ、マジやべーぜ相棒! 辺りが燃え始めてるぜッ!!』

 

「けど今飛び出せば矢に当たるだけだ·······」

 

 

夜盗は一心不乱に矢掛けてくる。仲間がやられて焦っているのかもしれない。ノクトの周りを火矢の炎が広がって炙り始めようとしていた。

 

 

「ああくそっ、一か八かだッ!!」

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「なんだ? 先程の彼が使った魔法は見たことがない·······あの崖をあんなに早く登り切るなんて」

 

 

瞬間移動をして、襲撃者の待ち受ける崖上へ乗り込んでいったノクトを見てワルドが感心したように呟く。いかにエリートである魔法衛士隊の隊長であるワルドでさえ、杖もなしにあの崖を登りきることはできないようだ。

 

 

「ね、ねぇ、ノクトは大丈夫なの?」

 

「そ、そうです、子爵。敵の数も未知数です。いくら彼でも厳しいかと·······」

 

 

ルイズとギーシュが、心配そうにワルドを見る。ワルドは少し考えると、すぐにグリフォンに跨った。

 

 

「ふむ·······わかった、彼の援護に行く、ギーシュ、ここは任せられるかな?」

 

「はい! お任せを!」

 

「安心したまえ、ルイズ。すぐに戻ってくるよ」

 

「え、ええ!」

 

 

ワルドはルイズに優しく笑いかけると、グリフォンを駆り、崖の上へと飛び立って行った。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

ノクトはデルフを抜いて上へと放り投げると、ノクトの体は宙へと飛ぶ。そして、デルフを握り締め、また槍投げのように敵相手に放り投げる。

 

剣は敵の腹へ。

 

突き刺すと同時に自分の体を具現化させたノクトはバットを振るかのように思いっきり剣をぶん回す。

 

腹に突き刺さっていた敵はその遠心力で遠くへと投げ放たれる。

 

ノクトの見たことのない魔法に未だに呆然としている男達に対して、ノクトは手を止めずに攻撃を続ける。

 

一人の男が剣を振りかぶり、ノクトに斬りかかる。

 

ノクトは待ちかまえたかのように、振り下ろされた男の攻撃を受け止めると、即座に股間を蹴りあげる。

 

 

「うぐっ!?」

 

 

股間に走る激痛に思わず剣を握る手の力が緩む、その隙を逃がさずノクトは剣を奪い取る。

 

 

「ま、待って────ッ!!」

 

 

男の言葉を最後まで聞かず、ノクトは胴を袈裟掛けに薙ぎ、返す刃で剣を心臓に突き刺した。ノクトは突き刺さった剣を引き抜いて男の胸倉をつかむと、不意に一歩下がった。

 

その時、風を切る音と共に、一本の矢が男の頭に突き刺さる。

 

少し引っ張っただけで盾となってくれた男の死体を、矢が飛んできた方向へ突き飛ばした。

 

男の死体は、ネジ巻き人形のようによたよたとその方向へ歩き、やがてばたりと崩れ落ちた。

 

矢を放った傭兵が、慌てて二の矢を番えたその時、彼の頭に一本の剣が深々と突き刺さった。

 

デルフだ。

 

 

『ひゅう、やるねえ相棒。でももうちょっと大切に扱ってくれよな』

 

「·······」

 

 

崖の上ではたった二人を残し、襲撃者達を全滅させたノクトが最後の生き残りに尋問をしていた。

 

敵の頭に突き刺さっていたデルフを引き抜くとそのまま二人の内の一人の男の胸倉をつかみ、刃を喉に押し当てながら、ノクトは静かに口を開いた。

 

 

「お前らは何者だ、答えろ」

 

「お、俺達はただの物取りだ!」

 

 

男の一人が絞り出すように答える、ノクトはその男をじっと見つめると、やがて首を傾げる。

 

 

「こんな崖の上でか·······嘘をつくならもっとまともな嘘をつけよ」

 

「ほ、本当だって! 信じてくれよ!」

 

「そうか·······」

 

 

ノクトは小さく息を付くと、その男に突きつけていたデルフリンガーを背中へと戻す。

 

男がほっとしたように、安堵の表情を浮かべた、その時だった。

 

バゴッ!! と。

 

ノクトは殴って男を気絶させた。

 

そして、

 

 

「せめてもの慈悲だ」

 

 

ノクトは短剣を召喚するとそのまま喉を貫き、苦悶の呻き声を上げながら、男は絶命する。

 

それを横で見ていた男が、情けない悲鳴を上げた。

ノクトは、物言わぬ死体となり果てた男の目を閉ざすと、残った男に視線を送った。

 

その射抜くような鋭い目に、男が震えあがる。

 

そんな男に、ノクトは再び静かな口調で尋ねた。

 

 

「で、お前らは誰だ? 本当のことを言わねぇなら、お前もこうなるぞ」

 

「も、物取りだって言っただろ! し、信じろって!」

 

 

喚くように叫ぶ男に、ノクトは皮の袋を目の前に突きつけた。それは先ほど殺した男から奪っていた皮の財布であった。袋の中身は金貨でパンパンに膨らんでおり、ずっしりと重い。

 

 

「ならなんでこんなに金を持ってんだよ? これ以上人を襲う必要がないくらいあるじゃねぇか。こういうことをするのは好きじゃない、素直に答えろ」

 

「わ、わかった! 答える! や、雇われたんだ! き、貴族派を名乗る男と女の二人に! その金は前金として受け取ったんだ!」

 

「その二人の特徴は?」

 

「女は緑色の長い髪をしたメイジの女だった。へ、へへ、美人だったぜ·······」

 

 

その言葉にノクトの眉が動く。

 

緑色の髪をしたメイジの女·······フーケだろうか? 

 

しかしアイツは今投獄されているはずだ。ただ似ているだけの奴かもしれない。

 

ノクトもう片方の男について問い詰める。

 

 

「男の方は? どんな奴だ?」

 

「お、男の方は中折れ帽子を被った赤髪の男だった。それだけだ! それしか知らねぇッ!!」

 

「·······()()()()()()()()()()·······?」

 

 

ノクトは呟くように言うと、小さく息をついた。

すると、男が震えるような声でノクトに尋ねる。

 

 

「へ、へへ·······す、素直に話したんだ。た、助けてくれるんだろ?」

 

「·······」

 

 

無言と共に、冷たい刃が男の鳩尾に埋まる。

 

腹からこみ上げる血と泡を口からこぼしながら、男が絞り出すように口を開く。

 

 

「ご、ぐ、グパアッ!? な、なん、でぇ·······?」

 

「悪いな」

 

 

ノクトは一言謝ってこう告げた。

 

 

「お前を逃がしたらその男と女に報告しに戻るだろ?」

 

 

ノクトは冷たく言い放ち、短剣を男の鳩尾から引き抜く。ふらふらと立ちつくす男の肩をノクトは優しく、とんっ、と押す。

 

するとバランスを失った男の身体は、直立不動のまま、ばたりと地面に横たわった。

 

 

『相棒·······お前、結構容赦ねぇな·······』

 

「·······生きるためだ」

 

 

一部始終を見ていたデルフリンガーが鞘から飛び出して呟く。ノクトは黙ったまま、簡単に返り血を拭き取る。

 

その時、ばっさばっさと何かが羽ばたく音が聞こえてきた。

 

ノクトがその方向へ視線を送ると、グリフォンに跨ったワルドが崖の上に降りたとうとしていた。

 

 

「これは·······ッ!!」

 

 

崖の上の惨状にワルドが思わず言葉を失う。

 

崖の上には十人ほど傭兵の死体が転がっており、そのいずれもが鋭い刃物で切り裂かれ、或いは貫かれている。

 

その中心にはルイズの使い魔の男が、血のついた錆びついた剣を片手に立ちつくしていたのだ。

 

 

「·······無事かね?」

 

「ああ、なんとかな」

 

 

ワルドは動揺を隠しつつ、地面に降り立ち、ノクトに尋ねる。

 

 

「·······全て君が?」

 

「ああ、目的もわかった。こいつら全員貴族派の連中に雇われたらしい」

 

「そうか·······どこからか情報が漏れているのか·······しかしどこから?」

 

 

するとその直後、上空からパチパチと拍手の音が聞こえた。

 

ノクトが振り返って見上げると、そこには青い鱗を持つ風竜がいた。それを見て、ノクトの目が見開かれる。

 

タバサの使い魔の、シルフィードだ。

 

 

「はあ!?」

 

 

どうしてこんな所に、と思った直後、風竜の背から赤い髪の少女が飛び出した。

 

 

「すごいわ、ダーリン! あの数の男達を一瞬で倒しちゃうなんて!」

 

「キュルケ!?」

 

 

感動したような声を出すその少女は、魔法学院にいるはずのキュルケだった。しかもキュルケの後ろには彼女の友人でもあるタバサまでいた。

 

何故かパジャマ姿の彼女はペチペチと小さく拍手をしている。

 

 

「なんでこんな所にいんだよ? タバサまで·······」

 

 

至極当然の質問がノクトの口から飛び出すが、キュルケはノクトの問いに答えず崖の下を指差しながら言った。

 

 

「その説明は下でしましょう。その方が手間が省けるでしょ?」

 

 

そう言うとキュルケはノクトをシルフィードに乗せて、崖の下に向かった。ワルドもグリフォンに乗って崖の下へと向かう。地面にシルフィードが降り立つと、キュルケは風竜からぴょんと飛び降りて髪をかき上げる。

 

 

「やっほールイズ」

 

 

すると、シルフィードの出現に驚いていたルイズがキュルケに怒鳴った。

 

 

「やっほー、じゃないわよ! 何しに来たのよ!?」

 

「助けに来てあげたんじゃないの。朝方、窓から見てたらあんた達が馬に乗って出掛けようしてるもんだから、急いでタバサを叩き起こして後をつけたのよ。ま、ダーリンがみんな倒しちゃったから私達の出番はなかったけどね」

 

 

そう言いながら、キュルケは風竜に乗ったままのタバサを指差した。どうやらタバサがパジャマ姿なのは、キュルケの言う通り寝ている所を叩き起こされたかららしい。

 

それでもタバサは気にした風もなく、どこからか取り出した本を読んでいる。

 

 

「ツェルプストー·······あのねえ、これはお忍びなのよ?」

 

「お忍び? だったら、そう言いなさいよ。言ってくれなきゃ分からないじゃない。でも、ノクトに会えて本当に嬉しいわ!!」

 

「おいやめろ」

 

 

キュルケはノクトの腕に抱きつく。

 

それを見たルイズは唇をかんだ後、怒鳴ろうとした。ツェルプストーの女に使い魔を取られるのは我慢ならない。

 

そっとワルドがそんなルイズに肩に手を置いた。

 

 

「ワルド·······」

 

 

ワルドはルイズを見て、にっこりと微笑むと、グリフォンに跨り、ルイズを抱きかかえた。

 

 

「では諸君、今日はラ・ロシェールに一泊し、明日の朝一番にアルビオンに渡ろう」

 

 

ワルドは一行にそう告げた。

 

キュルケはノクトの馬の後ろにまたがり、楽しそうにきゃあきゃあ騒いでいる。ギーシュも馬に跨り、風竜の上のタバサは相変わらず本を読んでいた。

 

ラ・ロシェールへ向け、馬を走らせようとしたノクトだったが、何かを思い出したのか、手綱を持つ手が緩む。

 

 

(中折れ帽子を被った赤髪の男)

 

 

小さく呟き、馬を走らせる。

 

道の向こうに、両脇を峡谷に挟まれた、ラ・ロシェールの街の灯りが怪しく輝いていた。

 

 

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