ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第20章

 

 

ラ・ロシェールで最も上等な宿、『女神の杵』亭に泊まることにした一行は、一階の酒場でくつろいでいた。

 

いや、一日中馬に乗りっぱなしだったので、ギーシュとノクトはくたくたになってテーブルの上に横たわっていた。

 

そこに桟橋へ交渉に行っていたワルドとルイズが帰ってきた。ワルドは席に着くと、困ったように言った。

 

 

「残念なお知らせだ。アルビオンへの船は、明後日にならないと出ないそうだ」

 

「急ぎの任務なのに·······」

 

 

ワルドの報告を聞いてルイズは落胆の表情を浮かべた。

 

 

「そう言えばここら辺は山岳地帯みてぇだけど、もしかして船って『飛行船』のことなのか?」

 

 

ノクトが疑問を口にするとルイズが口を開いた。

 

 

「そうよ、アルビオンは空に浮かんでいる大陸なのよ。当たり前でしょ」

 

「そして明日の夜は月が重なるだろう、『スヴェル』の月夜だ。その翌日の朝、アルビオンは最も、ラ・ロシェールへ近づく」

 

「近づく·······?」

 

 

ルイズの返答にワルドが補足した。

 

しかし、二つある月が重なると言うことはわかったが、近づくとはどういう意味だろう? 疲れ切った頭でノクトがそう考えていると、ワルドは鍵束を机の上に置いた。

 

 

「さて、君達も疲れているだろう、今日はもう休もう。部屋はもう取った。キュルケとタバサ、そしてノクトとギーシュで相部屋だ」

 

「ワルド、私は?」

 

「君は僕と同室だよ、ルイズ」

 

 

ワルドはハハッと笑ってルイズを見つめた。

 

 

「婚約者だからな、当然じゃないか」

 

「そんな! だめよ! 私達、まだ結婚してるわけじゃないじゃない!」

 

 

ルイズは困ったように横目でチラッとノクトを見る。その視線に気が付いたノクトは首を傾げる。

 

 

「なんだよルイズ?」

 

「バッ、バカっ! なんでもないわよ! た、ただ·······だ、男女で部屋を分けた方がいいって思っただけよ!」

 

 

ルイズは顔を真っ赤にして反論する。

 

 

「·······ルイズもこう言ってるし、部屋割をもう一度考え直さね?」

 

 

理不尽に怒られたノクトは、はぁとため息をつきワルドに提案する。

 

しかしワルドは首を横に振った。

 

 

「使い魔である君には悪いが、僕はルイズに大事な話があるんだ。二人きりで話がしたい。いいね? ルイズ」

 

「ッ!!」

 

 

ワルドの真剣な表情に、ルイズは言葉を詰まらせ黙った。それぞれが部屋へと向かう途中、ノクトはルイズに耳打ちで語りかける。

 

 

「·······ルイズ、本当に大丈夫か? 嫌なら嫌ってハッキリ言えよ」

 

「えっ? う、うん! だ、大丈夫よ! 何も起こるわけないじゃないッ!!」

 

(何が大丈夫なのか、本当にわかってんのか? なんか不安だな·······)

 

 

ルイズは顔を赤らめ、戸惑いの表情を浮かべたままであったが、その場にいた者たちは各々の部屋へ向かった。

 

 

『どうしたんでぇい、相棒? さっきから怖ぇ顔してよ。やっぱり娘っ子が心配かね?』

 

 

部屋へと向かっている途中鞘から抜き出たデルフが話しかけてきた。

 

 

「心配といえば心配だな。まさか国境を超える前に襲撃されるなんて思わなかったし·······なんか嫌な予感がすんだよな」

 

「確かに、彼らは貴族派を名乗る男と女に雇われたんだったね·······アルビオン貴族の暗躍だったりするのかな?」

 

「·······」

 

「? ノクティス?」

 

「·······うん?」

 

「どうしたんだいぼーっとして? 君らしくもない」

 

「いや、その、な」

 

 

するとノクトはポケットに入れておいた、奴らから奪った新金貨を一枚取り出し何かを考え始める。

 

 

「·······なぁギーシュ、この金はどこの国でも使えるのか?」

 

「もちろん、どこでも使えるよ。アルビオンでもね」

 

「鋳造は? 各国で差異が出たりはするのか?」

 

 

ギーシュに持っていた金貨を見せる。

 

ピカピカに光る、見るからに真新しい鋳造されたばかりの金貨であった。

 

 

「うん、今持っているそれはトリステインで鋳造されたエキューだね、新金貨だ」

 

「新金貨?」

 

「そう、最近流通し始めたばかりのものだよ。旧金貨とは違って、三枚で二エキューになる」

 

「なるほど·······アルビオンの物とは違うっつーことか」

 

 

ノクトは少し考えるようにその金貨をじっと見つめた。

 

その様子を首を傾げながら見ていたギーシュは特に何とも思わず、部屋の鍵を開けた。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

『女神の杵』亭で一番上等な部屋だけあって、ワルドとルイズの部屋はかなり立派な作りをしていた。

 

誰の趣味なのか、ベッドは天蓋付きの大きなものだったし、高そうなレースの飾りまでついている。テーブルに座ると、ワルドはワインの栓を開けて杯についでから、それを一気に飲み干す。

 

 

「君も腰かけて、一杯やらないか? ルイズ」

 

「·······うん」

 

 

ルイズは言われたままに、テーブルについた。ワルドがルイズの杯にワインを満たしていく。自分の杯にもついで、ワルドはそれを掲げた。

 

 

「二人に」

 

 

ルイズは少し俯いて、杯を合わせた。かちん、と陶器のグラスが触れ合う。

 

 

「姫殿下から預かった手紙は、きちんと持っているかい?」

 

 

ルイズはポケットの上から、アンリエッタから預かった封筒を抑えた。 一体どんな内容なのだろう。

そして、ウェールズから返してほしい手紙とはどういうものだろう。

 

それはなんとなく予想が付いた。おそらくは───

 

俯きながら考えていた自分の顔を、ワルドが興味深そうに覗き込んでいることに気が付いた。

 

考え事をしている自分を、興味深そうにワルドが覗き込んでいる。ルイズはワルドの問いに頷いた。

 

 

「·······ええ」

 

「心配なのかい? 無事に皇太子から、姫殿下の手紙を取り戻せるかどうか」

 

「·······そうね、心配だわ」

 

 

ルイズは可愛らしい眉を、への字に曲げて言った。

 

 

「大丈夫だよ。きっとうまくいく。なにせ、僕がついているんだから」

 

「·······そうね、あなたがいればきっと大丈夫よね。あなたは昔から、とても頼もしかったもの·······で、大事な話って?」

 

 

ワルドは遠くを見る目をしながら、話し始めた。

 

 

「覚えているかい? あの日の約束·······ほら、君のお屋敷の中庭で·······」

 

「あの、池に浮かんだ小舟?」

 

 

ワルドは頷いた。

 

 

「君はいつもご両親に叱られた後、あそこでいじけていたな。まるで捨てられた子猫のように、丸くなって·······」

 

「もう、本当に変なことばかり覚えてるのね·······」

 

「そりゃ覚えてるさ」

 

 

ワルドは楽しそうな口調で言った。

 

 

「君はいつもお姉さん達と魔法の才能を比べられて、出来が悪いなんて言われていたな」

 

 

ルイズは恥ずかしそうに頬を赤くして、俯いた。

 

 

「でも僕は、それはずっと間違いだと思ってた。確かに、君は不器用で失敗ばかりしていたけれど·······」

 

「意地悪ね」

 

 

あまりの言いように、ルイズは頬を膨らませた。

 

ワルドはそんなルイズの様子に苦笑しながら、首を横に振る。

 

 

「違うんだルイズ。君は失敗ばかりしていたけれど、誰にもないオーラを放っていた。魅力と言っても良い。それは君が、他人にはない特別な力を持っているからさ。僕だって並のメイジじゃない。だからそれが分かる」

 

「まさか」

 

「まさかじゃない。例えばそう、君の『使い魔』·······」

 

 

それを聞いて、ルイズの目が意外そうに見開かれた。

 

 

「ノクトのこと?」

 

「そうだ、彼だってただ者じゃない。ここに着く前に傭兵の一団に襲われただろう?」

 

「えぇ、それであなたがノクトを助けに行ったけど·······それが?」

 

「·······僕は彼を助けてはいないよ」

 

「え?」

 

「僕が崖の上に着く頃には、傭兵達の死体が十数人分、転がっていた·······全員殺したそうだ」

 

「うそ·······」

 

 

信じられない、と言った様子でルイズが呟く。

 

だがワルドは首を振った。

 

 

「知っての通り、僕は魔法衛士隊の隊長だ、僕だって、あれくらいの数の傭兵達など、物の数ではないよ」

 

「それはそうでしょう、あなたは強いもの」

 

「あぁ。しかし彼は僕も知らない『未知の魔法』を使って、たった一人であの場にいた手練の傭兵全員を皆殺しにしてみせた·······正直、返り血を拭っている彼の姿を見た時は背筋が凍ったよ。顔色一つ変えずに、彼はあの場に立っていた」

 

「ノクトが·······」

 

「話が逸れてしまったね。その時なんだが、彼の左手に浮かび上がっていたルーン·······あれを見て、ただの使い魔のルーンじゃないことに気が付いたんだ。あれはまさしく、『()()()使()()()()()』だ」

 

「『伝説の使い魔の印』?」

 

「そうさ。あれは『ガンダールヴ』の印だ、始祖ブリミルが用いたと言う、伝説の使い魔さ」

 

 

ワルドの目が光った。まるで探し求めていた宝物でも見つけたかのように。

 

 

「ガンダールヴ?」

 

 

ルイズが怪訝そうに尋ねた。

 

 

「誰もが持てる使い魔じゃない。そして彼自身も。君はそれだけの力を持ったメイジなんだよ」

 

「信じられないわ」

 

 

ルイズは首を振った。ワルドは冗談を言っているのだと。確かにノクトは、今まで見たこともなかった魔法を使ってメイジであるギーシュを倒した。

 

しかし、彼が『伝説の使い魔』だなんて信じられない。

 

もし仮にそうだったとしても、何かの間違いだと思った。自分は『ゼロのルイズ』だ。

 

落ちこぼれ。

 

どう考えたって、ワルドが言うような力が自分にあるとは思えない。

 

·······だがそれよりも。

 

 

(あのノクトが、傭兵達を·······)

 

 

あの陽気で明るい笑顔も見せてくれるノクトが、敵とはいえ顔色一つ変えずに傭兵達を殺した。その『殺した』という事実が一番信じられなかった。

 

 

「君は偉大なメイジになるだろう。そう、始祖ブリミルのように、歴史に名を残すような、素晴らしいメイジになるに違いない。そう僕は確信している」

 

「たまたまよ。人間の使い魔なんて聞いたことないし。人間が使い魔になると、多分そんなルーンが浮かぶんだわ」

 

「そうだろうか。僕にはあれが、君が秘められた力を持っている証だと思っているよ」

 

 

その情熱的と言えるワルドの言葉がルイズの体に流れ込んでくるようで、ルイズは顔を上げた。口を引き締め、眼に自分が映りこむほどのワルドが、ルイズを見つめていた。

 

 

「この任務が終わったら、僕と結婚してくれないか。ルイズ」

 

「·······えっ!?」

 

 

そのプロポーズを受け取ったルイズは、胸の奥が重く、冷たいものが押し込まれたような錯覚を感じた。

 

 

「僕は魔法衛士隊の隊長で終わるつもりはない。いずれはこの国を·······このハルケギニアを動かすような貴族になりたいと思っている」

 

「で、でも·······」

 

「でも、何だい?」

 

「わ、私·······まだ·······」

 

「君はもう子供じゃない。君は十六だ。自分の事は自分で決められる年齢だし、父上だって許してくださってる。確かに───」

 

 

ワルドはそこで言葉を切ると、再び顔を上げてルイズに顔を近づけた。

 

 

「確かに、ずっとほったらかしだった事は謝るよ。婚約者だなんて、言えた義理じゃない事も分かってる。でもルイズ、僕には君が必要なんだ」

 

「·······ワルドは·······」

 

 

ルイズは考えた。

 

何故か、ノクトの事が頭に浮かぶ。

 

ワルドと結婚しても、自分はノクトを使い魔としてそばに置いておくのだろうか?

 

何故か、それはできないような気がした。これがカラスやフクロウだったら、こんなに悩まなくても済んだに違いない。

 

もし、あの青年をほっぽりだしたら、どうなるのだろう。

 

キュルケか、それともノクトとやけに仲が良いあのメイドとかが世話を焼くかもしれない。

 

 

(そんなの·······やだッ!!)

 

 

とルイズは思った。

 

少女のワガママさと独占欲で、ルイズはそう思った。ノクトは見た目はイケメンだし、明るく、誰にでも優しく接してくれる、他の誰でもない自分だけの使い魔なのだ。

 

ルイズは顔を上げた。

 

 

「でも、でも·······」

 

「でも?」

 

「あの、その、私まだ、あなたに釣り合うような立派なメイジじゃないし·······もっともっと修行して·······」

 

 

ルイズは俯きながら、自分の想いを言葉にして紡ぐ。

 

 

「あのねワルド。小さい頃、私思ったの。いつか、皆に認めてもらいたいって。立派な魔法使いになって、父上と母上に褒めてもらうんだって。でもまだ、私、それができてない」

 

「··············どうやら、君の心の中に誰かが住み始めたみたいだね」

 

「そんな事ないの! そんな事·······ないのよ」

 

 

ルイズは慌てて否定した。

 

しかしどこか歯切れが悪い。

 

 

「良いさ、僕には分かる·······分かった、取り消そう。今返事をくれとは言わないよ。でも、この旅が終わったら、君の気持ちは僕に傾くはずさ」

 

「·······」

 

 

ルイズは頷いた。

 

 

「それじゃあもう寝ようか。疲れただろう」

 

 

そう言うとワルドはルイズに近づき、唇を合わせようとした。

 

ルイズの体が一瞬強張る。

 

それから、すっとワルドを押し戻した。

 

 

「ルイズ?」

 

「ごめん、でも、なんか、その·······」

 

 

ルイズはもじもじとして、ワルドを見つめた。察してくれたのだろう、ワルドは彼女のその様子を見て苦笑いを浮かべて首を振る。

 

 

「急がないよ、僕は·······」 

 

 

ルイズは再び俯いた。

 

どうしてワルドはこんなに優しくて、凛々しいのに。

 

憧れていたのに。

 

結婚してくれと言われて。

 

嬉しくないわけではないのに。

 

でも、『何か』が心に引っかかる。引っかかったそれが、ルイズの心を前に歩かせないのだ。何だか陽炎のようで微妙な形だが、ルイズの心の中に『誰か』が住み着いているような気がしたのだった。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

その頃、ギーシュとの相部屋でノクトはベッドに腰かけ、先ほど傭兵達から奪った金貨を手に、何やら考え込んでいた。

 

ギーシュはよほど疲れていたのか、隣のベッドでぐーすかと寝息を立てて眠っている。

 

 

『どうしたね相棒、さっきから深刻な顔してよ』

 

「え? ああ·······」

 

 

そんなノクトに壁に立てかけてあったデルフリンガーが声をかけた。ノクトは顔を上げると、暫しの沈黙の後、口を開いた。

 

 

「いや、少し考え事をな」

 

『お? もしかして娘っ子のことか?』

 

「いや、それもあるけどそっちじゃない」

 

 

ノクトはおどけたように言うと、小さく息を吐きすぐに真顔に戻る。

 

 

「やっぱりおかしいと思わないか? あの傭兵共は、貴族派からの雇われたって言っていた·······それで思ったんだ。国内に裏切り者がいるんじゃねぇかってな。奴らを差し向けたのは、おそらくその裏切り者だ」

 

『へぇ、なんでそう言えるんだ?』

 

「これだ」

 

 

ノクトは持っていた金貨を指で弾いて見せた。

 

 

「あの傭兵たちが前金として受け取っていた金貨だ。奴らが持っていた貨幣の多くがトリステインで鋳造された新金貨だったんだ」

 

『ははぁ·······なるほどな。つまり、あの傭兵達はアルビオンの貴族達が相棒達を妨害するためにトリステイン側で雇った連中だって言いたいわけだな』

 

「しかも、だ。どう考えても手際が良すぎる。ちょうどあの時俺達が通る事なんて、アルビオンの貴族達も予測できるはずがない。何よりもこの任務は極秘のはずだろ? けどあの傭兵達は、まるで俺達が通るのを知っていたかのように襲撃してきた·······だから、俺達の身近な人間の誰かが·······」

 

『内通者ってわけか』

 

 

ノクトはデルフの言葉に頷いて、ややあって沈黙するも、しばらくしたらもう一度口を開いた。

 

 

「·······俺は最初、裏切り者はあのワルドなんじゃないかと疑った。この任務はアンリエッタ姫が昨晩のうちに思いつき、ルイズに打ち明けて依頼した極秘の任務だ。それを知っているのは、ルイズと俺、ギーシュ·······そして、ワルドだけの筈だ。けど、今まで俺達と一緒にいたワルドにそんなこと出来るわけがない·······だから、()()()()()()()()()()()()

 

『·······そいつは?』

 

「アイツらの言っていた、()()()()()()()()()()()()()()·······俺はどうしてもそいつのことが気になる」

 

 

ノクトは奥歯をギリッと噛み締め、拳も固く握り締める。その特徴に心当たりがあったのだ。ただの偶然かもしれないが、前世でよく似た奴に散々コケにされた。

 

ノクトはその特徴を聞いて思い出の奥深くに封じ込めていた『とある中年男性』を思い出す。

 

奴がこの世界にいるとは思えない。

 

けど、もしかしたらと思うと·······。

 

 

「どうにも、不安が拭えねぇんだよなぁ」

 

『はぁ、相棒は心配性だねぇ、いくらなんでも考えすぎだぜ』

 

「·······まぁ、確かに。今考えても仕方がない。あの場にいた傭兵は全員倒したし、今のところここは安全地帯だろうな」

 

 

そう言うと、ノクトは腰かけていたベッドに仰向けになって倒れ込んだ。そう言えばベッドで眠るのは随分久しぶりだ。藁束でずっと寝ていたノクトは久々のベッドに大いに喜ぶ。

 

ラ・ロシェールで最も上等な宿だけあって、寝心地はとてもよさそうである。

 

長旅の疲れも手伝い、眠気が襲ってくる。ノクトは大きくあくびをした。まどろむ意識の中、ノクトは静かに寝息を立て始めた。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

────翌日。

 

窓から差し込む朝日にノクトは目を覚ます。隣のベッドではギーシュが未だにぐーすかと幸せそうに寝息を立てている。

 

 

「ふぁ~あ、やべ、寝過ぎたか?」

 

 

よほど疲れていたのか、それとも久方ぶりのベッドの寝心地の良さのせいか。ノクトが目を覚ます頃には日中に差しかかろうとしていた。

 

ノクトは小さく呟くと、ベッドに別れを告げ、すぐに装備を整え始める。

 

黒いジャケットを羽織り、黒いブーツを履き、背中にデルフリンガーを背負った。

 

ギーシュを起こさぬよう、慎重に足を運んでドアを開けようとしたその時、不意に扉がノックされた。急なノック音にびっくりするノクトだが、すぐに落ち着いて扉を開ける。

 

すると、羽帽子を被ったワルドがノクトを見つめていた。

 

 

「おはよう、使い魔君」

 

「ああ、えっと·······おはようございます?」

 

 

突然訪問者に驚きながらも、ノクトはとりあえず言葉を返す。装備を整えたノクトの姿を見て、ワルドは首を傾げる。

 

 

「おや? どこかに出かけるのかね?」

 

「まあ·······一日空いてたから、少し街を見て回ろうかと」

 

「ハハッ、呑気なものだな。こんな時なのに」

 

「えっと、なんか、すいません」

 

 

観光に行くと受け取られたのだろう、呆れたように言うワルドにノクトは微笑しながら頭をかく。

 

 

「まぁいい、今日は君に話があるんだ」

 

「話? 俺に?」

 

「ちょっとついてきたまえ」

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

『女神の杵』の裏につれてこられたノクト。

 

そこは昔、王軍がこのラ・ロシェールに拠点を持っていた時に作られた練兵場だった。

 

最も、今は宿屋の人間達によって物置きなどに使われていて、昔の面影はあまりない。木々や崩れかけた壁などがあって、侘しさを見るものに与える。

 

そんな時、唐突にワルドからこんなことを言われた。

 

 

「君は、『ガンダールヴ』だ。そうだろう」

 

「·······は?」

 

 

ノクトは少し驚いたようにワルドを見た。

どこで知った? この事はオスマンとコルベールしか知らず、まだルイズにも教えていない事なのに。

 

 

「·······さぁ、一体なんのことだ?」

 

 

湧き上がる疑念を隠す様に、ノクトはおどけるように肩を竦めた。

 

しかしワルドはノクト左手の甲を指差し言った。

 

 

「君の左手のルーンは伝説の使い魔のものだ。僕はこう見えて歴史や学術に興味があってね。古い文献で同じ物を見たことがある」

 

 

自慢げに語るワルドの目はこちらを見下ろすようで、実はそれを精一杯ワルド自身は隠しているつもりなのだが────じわじわと神経を逆撫でる。

 

 

「·······それで?」

 

「さて、そこで僕は疑問に思うのだよ。僕の愛しい婚約者の使い魔は果たして、伝説の名にふさわしき力を持っているのかと、その力はルイズを守れるほどなのかと、非常に興味が有るわけだ」

 

 

腕を広げて大仰に空に向かって叫ぶようなワルドの様に、イライラがむしろ削がれてしまう。

 

 

(ギーシュといい·······こっちの貴族っていうのは皆こんな感じなのか?)

 

 

ノクトはこめかみが痛い気がしてならない。

 

 

「そこでだ」

 

 

振り返ってワルドがこちらを見た。

 

 

「君に決闘を申し込む」

 

「·······!?」

 

 

唐突な提案に開いた口が塞がらないノクトは数秒間黙ってしまった。

 

 

「は? なんで?」

 

「何、命の奪い合いをするわけじゃない。君と僕、どちらかが一本取れれば終わりだ。君の力を見せてもらいたい」

 

 

一瞬、ノクトはワルドの纏う空気が変わるのを感じた。今までの道楽貴族のそれではなく、力を磨いた戦士としてのそれだ。

 

しかし、

 

 

(受けても受けなくても、こっちになんのメリットもねぇし)

 

 

断ろう、そう決めた時のことだった。

 

 

「さて、その決闘だが、立ち合いにはそれなりの作法がある。介添え人達がいなくてはね」

 

「介添え人?」

 

「安心したまえ、もう来ている」

 

 

ワルドはそう言うと、物陰からルイズ達が現れた。

 

ルイズ、キュルケ、タバサの三人が並ぶようにこちらを見つめている。

 

その姿を見てノクトは誰にも聞こえないように小さく呟いた。

 

 

「なるほど·······そういうことかよ」

 

 

ルイズは二人を見ると、はっとした顔になった。

 

 

「ワルド! 一体何をするつもりなの?」

 

「やぁルイズ。君の使い魔の力を、ちょっと試したくなってね」

 

「そんな·······馬鹿なことはやめて!」

 

「僕は大真面目だよ。君の使い魔が不甲斐ないものならば、僕は不安で夜も眠れない」

 

 

変わらずルイズに熱い言葉を投げかける姿を静かにノクトが見ていると、ルイズは振り向いて命令してくる。

 

 

「ノクト、やめなさい。これは命令よ?」

 

「だって、やめとかねぇか?」

 

「気にしないでくれたまえ。僕が許す。では、介添え人達も来たことだし、始めるか」

 

 

決闘に乗り気ではないノクトは、ワルドを見つめた。だがワルドは腰から杖を引き抜き、フェンシングの構えのように、それを前方に突き出した。

 

ノクトはその様子にため息をつき、背中からデルフ·······を抜かず、右手にアルテマブレードを出現させた。

 

 

『オイ相棒! 俺を使ってくれねぇのかよ!?』

 

 

そう背中から突っ込まれるが、ノクトはただ真っ正面を見つめてこう言った。

 

 

「やる以上、勝つから」

 

「フッ」

 

 

ノクトの意思を確認したワルドは嗤い、杖を構えてこう言う。

 

 

「では悪いが、全力で行かせてもらうぞ!」

 

 

そう叫んだ直後、ワルドは瞬時にノクトとの距離を詰めて彼の顔面に強烈な突きを放った。並大抵の人間ならば、間違いなく喰らってしまうほどの威力である。

 

 

「遅ぇッ!!」

 

 

しかしノクトは顔を横にずらしてかわすと、ワルドとの距離を取ろうとする。だがワルドはすぐに体勢を立て直すと、再びノクトとの距離を詰める。

 

 

「どうやら少しはやるようだね。だけど、それでは勝てない事を教えてあげよう!」

 

「泣き言いうなよ!!」

 

 

言いながら、鋭い突きを次々とノクトに放っていく。ノクトがその攻撃をかわしていく様をルイズ達がはらはらとした表情で見つめていると、キュルケが小さな声で言った。

 

 

「こうして見てると分かるけど、かなりの使い手ね、あの子爵。動作の一つ一つが洗練されてる·······傭兵どころか、それなりの腕を持ったメイジでも歯が立たないかもしれないわ」

 

「だからやめなさいって言ったのに! あのバカ使い魔!」

 

 

今のままでは、本当に大怪我を負ってしまうかもしれない。ルイズが戦いをやめさせるために駆け出そうとすると、その肩をタバサが掴んだ。

 

 

「何よ! 離しなさいよタバサ!」

 

「·······彼なら·······大丈夫」

 

 

え? とタバサ以外の全員が、彼女の顔を見た。彼女の青色の目はまっすぐノクトとワルドの戦闘に向けられている。キュルケはタバサの顔を見て尋ねた。

 

 

「ねえタバサ、ノクトなら大丈夫ってどういう意味?」

 

「·······彼、さっきから一撃も子爵の攻撃をまともに受けてない」

 

 

そう言われてルイズ達二人はノクトとワルドの戦いを改めてよく観察してみる。

 

すると、ある事が分かった。

 

ワルドが必死に長い魔法の杖での攻撃をしているのに対し、ノクトの方はそれらの攻撃をまったく喰らわずにかわし続けている。もしくはアルテマブレードで弾き返している。

 

しかも息一つ切らしていない。それどころか、ノクトは笑っている。余裕綽々と言いたげに剣を最低限の動きでぶん回している。

 

その光景は、はっきり言って異常だった。

 

それに対して、ワルドの方は明らかに全力でノクトを倒しにかかっている。それなのに、ノクトには攻撃がまったく当たっていない。それがどういう意味なのかを察し、二人は目を大きく見開いた。

 

そして二人の考えを代弁するかのように、タバサが呟く。しかしその声には、言っている本人も信じられないという感情が込められていた。

 

 

「·······彼の実力は、子爵以上」

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

(くそ·······どうして攻撃が当たらない!?)

 

 

先ほどから攻撃をし続けているワルドは焦っていた。

 

先ほどからほぼ全力での攻撃を放ち続けているというのに、目の前のノクトにまったく当たらない。それどころか青年の表情には焦りの色などはまったく浮かんでおらず、これではまるで逆に自分が追い詰められているようだ。

 

 

(ならば·······!)

 

 

一定のリズムと動きを持つ突きを何度も繰り出しながら、ワルドは低く呪文を呟き出す。

 

 

「デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ·······」

 

 

そして呪文を唱え終わった時、空気の槌が横殴りにノクトに襲い掛かる。見えない巨大な空気のハンマーで相手を攻撃する魔法、『エア・ハンマー』だ。

 

勝った、とワルドは心の中でほくそ笑んだ。

 

相手は確かに中々の手練れのようだが、所詮は平民。攻撃を見る事が出来ない風の魔法で攻撃すれば勝負は決まると思っていたからだ。

 

だが、ワルドの予想は裏切られる事になる。

 

なんと、ノクトの姿がその場から消えたのだ。

 

シュン! と。

 

まるで攻撃位置が分かっていたかのように、ノクトがシフトして攻撃をかわしたからだ。

 

そのおかげで空気の槌は目標を逃し、何もない空間を通過する事になった。自分の攻撃を容易くかわされた事で、ワルドは信じられないと言うように目を大きく見開く。

 

 

(馬鹿なッ!? 奴には僕の魔法が見えているとでも言うのかッ!?)

 

「見えてねぇよ」

 

「ッ!?」

 

 

ワルドの思考を読み取ったかのようにノクトはそう言った。ノクトは笑いを崩さず、ワルドの目を指差しながらこう言った。

 

 

「さっきからアンタのその視線が俺の横を見てた。なら、そっからなにか来ることぐらい予想できるッ!!」

 

 

確かにかわす事は難しいかもしれないが、相手の目線、杖の動き、そして魔法が発動する時の風の音などを考慮すれば、攻撃をかわす事は決してできないことではない。

 

 

(これも、ガンダールヴの力ってやつか)

 

 

視覚、聴覚、嗅覚が並の人間以上に感覚が研ぎ澄まされる。ガンダールヴは身体能力を高める能力を持つ。それに加え、前世で死ぬほど訓練された実力もあってかノクトの体は素早く自由に動ける。

 

面白いように動揺しているワルドを眺めながら、ノクトは内心ため息をついた。

 

 

(強ぇ事には強ぇけど·······この程度か)

 

 

魔法衛士隊の隊長と言うだけあって、ワルドの動きは確かに素晴らしいものだった。しかし、ノクトを圧倒するには少し実力が足りなすぎる。

 

ノクトを倒すなら、せめて“アイツ”以上の力は必要だ。

 

忌々しい、あの『ジョリジョリ無精髭の赤髪中年男』くらいでないと。

 

 

(そろそろ終わらせるか)

 

「デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ────ッ!!」

 

「そらよッ!!」

 

 

そう決めると、ノクトはアルテマブレードを裏返しにして投げた。

 

呪文を唱えようとしているワルドの喉に剣の柄の部分で鋭い突きを放つ。首に突きの一撃を食らったワルドは魔法の詠唱が阻害され、魔法を唱える事が出来なくなった。

 

その隙にノクトはシフトしてワルドに接近すると、顔面を殴り、さらにわき腹に右フック、最後に彼の腹に鋭い蹴りを放つ。

 

一連の攻撃の上に腹に強烈な一撃を食らったワルドが腹を抑えてうずくまった所ですくい上げるようにアルテマブレードの刃の腹の部分で彼の頭を上にはね上げると、最後に高く跳躍し、慈王の盾を召喚して体当たりした。

 

ノクトの体当たりで吹き飛ばされたワルドは積み上げた樽に激突し、樽がガラガラと崩れ落ちた。

 

ノクトは微笑んだまま倒れているワルドに歩み寄ると、吹き飛ばされた際に彼が取り落とした杖を蹴り飛ばし、アルテマブレードの切っ先をワルドの鼻先に突き付けた。

 

 

「勝負あり、だな」

 

「くッ!!」

 

 

ワルドは唇の端から血を流しながらノクトのことを睨んでいたが、少し悔しそうな表情を浮かべながらこくりと頷く。ノクトはアルテマブレードを虚空へと納めると、その場から歩き去っていた。

 

戦闘を今まで見ていたルイズ達は、ノクトの圧倒的勝利という結末に思わずぽかんと口を開けてしまっていた。

 

 

「ま、魔法衛士隊の隊長に勝つなんて·······」

 

「··············すごい·······」

 

 

ノクトが強い事は分かっていたが、まさかスクウェアクラスのメイジに勝つほどまでとはまったく思っていなかった。

 

そして、戦いを見ていたルイズは驚きながらも昨日のワルドの話を思い出していた。

 

伝説の使い魔、『ガンダールヴ』。

 

かつて始祖が用いたという、強力な力を持つ使い魔。最初は信じられなかったが、ノクトのあの強さからすると、もしかしたら本当なのかもしれないとルイズは思う。

 

だが、それと同時にルイズの胸にはある思いがあった。唇を噛み締めて俯きながら、ルイズは心の中で呟く。

 

 

(ノクトはあんなに強いのに···あんなにすごいのに···どうして私は、魔法が使えない無能なの?)

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

練兵場を去ったノクトがしばらく黙って歩いていると、背中に担いでいるデルフが唐突に口を開いた。

 

 

『なぁ相棒。一つ聞いていいか?』

 

「どうした?」

 

『相棒が俺を使わなかったのは、ワルド相手に怪我をさせないためか?』

 

 

デルフが放った一言に、ノクトはその場に立ち止まる。それからノクトがデルフを抜くと、彼はさらに言葉を紡いでくる。

 

 

『相棒のさっきの戦いを見てたが、俺には相棒がワルドに本気を見せないように戦ってたように見えたぜ? 俺を使わなかったのは、使()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

「·······よくわかったな」

 

 

ノクトは実は手を抜いていた。

 

ノクトはファントムソードを扱い慣れている。それこそ指先を動かすくらいに。故に、使い慣れている武器を使えば、多少の余裕が生まれる。

 

デルフを使っていたら、本気を出して唇の端から血を流すだけじゃ済まなかったかもしれない。もしかしたら右腕一本切り落としていたかもしれない。

 

 

『俺をあまり舐めんなよ。伊達に長く生きてねぇしな。で、どうしてあんな戦い方をしてたんだ?』

 

「特に理由はない」

 

 

あっさりと言ったノクトはそのままデルフを鞘に納めて歩きだす。しかし、デルフの口は止まらない。

 

 

『勿体振るなよ~、なんか理由があんだろ?』

 

「·······」

 

 

黙らないデルフにノクトため息をつき頭を掻いて正直に言う。

 

 

「·······アイツは信用ならない」

 

『は? それだけの理由で?』

 

「あまり疑いたくねぇけど、アイツには何か引っかかる。だから、できれば本気を出したくなかった」

 

 

それに、とノクトは一拍置くと、

 

 

「俺的に負けるなんて真似したくねぇし。俺、一応王子だし」

 

『ハハッ! そんな理由かよ!!』

 

 

周りに人がいないのを良いことに、ノクトは馬鹿正直に理由を打ち明ける。

 

例えノクトは異世界に転生したとしても、己の信念だけは貫き通すような男だ。

 

 

 

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