ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第21章

 

 

一方で。

ノクトに見事に叩きのめされたワルドはというと、

 

 

(くそ·······ッ!!)

 

 

痛む体を起こしながら、ワルドは拳を強く握りしめていた。

 

ここでルイズとノクトに自分の実力を見せつけるつもりだったのに、蓋を開けてみれば自分の完敗という結果に終わった。

 

正直言って、平民のノクトを侮っていたのは事実である。ガンダールヴと言うだけあって確かにそれなりの実力は持っているようだが、スクウェアクラスのメイジである自分が本気になれば簡単に勝てると思っていた。

 

だが、それは大きな間違いだった。あの青年は、自分が本気でかかっても簡単に倒してしまうほどの力を持っている。

 

ギリッ!! と怒りで奥歯を噛み締めながら、先ほどのノクトの笑い姿を思い出す。

 

 

(まぁ良い。今の手合わせは僕の負けだが、この旅の()()()()()を達する事ができれば、僕の勝ちだ。精々いい気になっていると良い、ガンダールヴ·······!)

 

 

そしてワルドは、誰にも見られないように顔を伏せたまま、歪んだ笑みを浮かべた。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

そんなこんなで決闘は終わった。

 

ワルドとの決闘に勝利した夜、ノクトは一人宿屋近くの展望台に立っていた。

 

ギーシュ達は酒場で酒を飲んで騒ぎまくっている。明日はいよいよアルビオンに渡る日だという事で盛り上がっているらしい。キュルケが一度誘いに来てくれたが、決闘の疲れもあってか食欲もなく食べる気になれなかった。

 

夜風を浴びたかったノクトは夜空を見て、二つの月明かりに照らされながら、彼はふと考える。

 

貴族派からの宣戦布告。これ以上懸念が存在しない非常事態たが、蓋を開けてみれば起きたのは傭兵達に襲われたぐらい。それ以上のことは今のところ起きていない。

 

 

(ただのブラフだった? いや、そう判断するのはまだ早いか)

 

 

うーんと悩むノクトの隣に、何だか香水をつけたような良い匂いがするルイズが近付いてきた。

 

顔を覗いてみると、何故か沈んだ表情をしていた。

 

 

「どうしたルイズ? ギーシュ達と一緒に飲んでたんじゃねぇのか?」

 

「·······騒ぎたい気分じゃないのよ。隣、良い?」

 

「?」

 

 

ノクトは疑念を抱きながらもコクリと頷くと、ルイズは無言のまま彼の隣に立った。

 

そのまましばらく無言の状態が続き、やや気まずい雰囲気が漂ってきたのでノクトはポリポリと頬を掻いた。

 

すると、ルイズが唐突に口を開く。

 

 

「·······ねぇノクト」

 

「んぅ?」

 

「ごめんね·······私なんかが、アンタを召喚しちゃって」

 

「·······は?」

 

 

突然のルイズの言葉に、ノクトは思わず目を丸くする。今の彼女の発言が、いつもプライドが高いルイズが放ったものとは思えなかったからだ。

 

いつものルイズならば、『貴族の私に召喚されたんだから、感謝しなさいよね!』ぐらいは言いそうである。

 

ノクトは戸惑いながらも、ルイズに尋ねた。

 

 

「いきなりどうしたんだよルイズ? お前らしくもない」

 

「·······決闘の時アンタ、ワルドを簡単にやっつけちゃったじゃない? あの時私はアンタの事を本当に凄いと思ったけど·······同時にこうも思ったの。どうして、アンタみたいな凄い奴が私の使い魔になったのかなって」

 

「いや、簡単にって·······俺も結構ギリギリだったぞ?」

 

「謙遜しなくていいわ。実際アンタはスクウェアのメイジに勝っちゃうほどの力を持っている。それに比べて、私は魔法の一つすら成功できない無能(ゼロ)。こんなに釣り合わないメイジと使い魔もそういないわよね」

 

 

そう言うと、ルイズの涙腺の奥からボロボロと涙が溢れ出した。突然のルイズの涙にノクトは慌てながらも、フォローの言葉を口にする。

 

 

「そんな事ねぇよ。前にも言ったろ? お前はちゃんと俺を召喚した。俺がここに立っていることが、お前が魔法をきちんと使えたっていう証拠になる」

 

 

そう、ノクトはルイズが召喚の魔法に成功したからこの場にいるのだ。

 

もしもルイズの魔法が成功していなかったら、自分はそのまま燃え尽きて命を失うはずだった。だがルイズはその可能性を否定するかのようにふるふると首を横に振った。

 

 

「あんなの、どうせまぐれよ·······あれから何回か魔法を唱えても、何にも変わらない。出るのは爆発ばっかり·······コモンマジックすら成功しやしない。結局、私はアンタを召喚できてもゼロのまんまなんだわ·······」

 

 

それを突かれると、さすがのノクトも何も言う事が出来なかった。

 

確かにルイズはサモン・サーヴァントに成功してノクトを召喚したが、それ以外の魔法は相変わらず爆発ばっかりだ。このままではノクトの言う事全て説得力が無くなってしまう。

 

ルイズは涙を流しながら、さらに続ける。

 

 

「だから私、思うの。アンタは本当はもっと有能なメイジに召喚されるはずだったのに、それを私が横取りしたんじゃないかって。アンタはもっと私より立派なふさわしいメイジに出会えたかもしれないし、アンタを待ち望んでいたメイジだっているかもしれなかったのに·······それを私が邪魔したんじゃないかって·······ッ!!」

 

「·······」

 

 

ルイズから溢れ出てくる弱音にノクトは口を固く閉ざしてしまう。

 

ルイズの説を否定できるほど、自分はまだこの世界や魔法についての知識が豊富ではない。

 

何よりもサモン・サーヴァントという魔法はこの世界の住人であるルイズ達にとっても、まだまだ謎が多い魔法なのだ。

 

自分と同じ属性の使い魔が召喚されるという事だが、その使い魔を呼び出す基準など解き明かされていない部分も多々ある。そうでなければ、王族である自分が呼び出された原理も解明されているはずなのだ。貴族と王族とでは身分が違う。何より世界観が違う。全く異なる世界からやって来たノクトとルイズのどこに同じ要素があるというのか。

 

だから、本来ならばすぐに論破できるかもしれないルイズの説も、ノクトはすぐに否定する事ができなかった。

 

 

「けどさ·······」

 

「ッ!?」

 

 

ノクトが呟くと、ルイズは黙ってノクトの顔を見た。

 

まるで知らない街に取り残された子供のような瞳をしたルイズを、ノクトは見ていられなかった。

 

 

「お前が召喚呪文を唱えなければ、俺はここにはいなかった。そもそも俺はここに来る前、()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「·······え?」

 

 

今までずっと隠してきたこと。

 

それを言うことがこんなにも勇気のいることだとは思わなかった。

 

ルイズは衝撃的な事実を述べたノクトを見てどういうことなのか尋ねる。

 

 

「死にかけてたって·······どういうこと?」

 

「言葉通りだよ。俺、前いたところでさ·······“ある強い奴”と激しい戦闘をして、勝ったには勝ったけど、もうボロボロの状態で歩くことすら難しかったんだ」

 

 

そして、とノクトは一言置くと、

 

 

「俺はそのまま力尽きて死ぬ直前だったんだ。そんな時に、ルイズに召喚されたんだ。だからルイズは、俺にとっては命の恩人なんだぜ?」

 

 

嘘は言っていない。

本当は自死をして命尽きたのだが、それでも死者の世界から生者達のいる異世界へと導いてくれたルイズには感謝しかない。

 

 

「お前はそれでも、自分が無能だって言うのか?」

 

 

ノクトの言葉に、ルイズは息を呑んだ。

 

そんな彼女の顔を見て、ノクトは小さく笑いかけた。

 

 

「だからお前は誇るべきなんだよ。死にかけていた俺を呼び出し、明日を見せてくれた。死ぬ直前だった奴を助けたんだぜ。それでも自分が無能だって言うんだったら、俺が何度でも言ってやる·······お前は凄い。凄い魔法使いだ。死にかけてた奴を救った、偉大な魔法使いだ」

 

「ッ!!」

 

 

ルイズはその言葉に涙をこぼして彼の胸へと飛び込み、ノクトはそれを受け止める。ルイズは震える腕でノクトの背中に手を回して、彼の体を抱き締めた。

 

感情が深くて涙がまた出そうになる瞬間、ふと空から降り注ぐ月明かりが陰った。

 

 

「·······何だ?」

 

 

目の前の光景に、ノクトは思わず戸惑いの声を上げた。それにルイズもつられたのか、目を赤くしながら空を見上げる。

 

何かが、おかしい。

 

上空に浮かんでいるはずの、一つに重なった月が見えないのだ。

 

いや、違う。

 

正確には月が巨大な何かに隠れて見えなくなっているのだ。月明りをバックに、巨大な影の輪郭が動く。

 

ノクトが目を凝らしてよく見てみると、その巨大な影は岩でできた巨大なゴーレムだった。こんな巨大をゴーレムを操れる人間は、ノクトとルイズの知る限り一人しかいない。

 

巨大なゴーレムの肩に、『誰か』が座っている。

 

その人物は長い髪を、風にたなびかせていた。

 

 

「「()()()!?」」

 

 

二人は同時にその人物に叫んでいた。ゴーレムの肩に座った人物─────『土くれのフーケ』は嬉しそうな声で言った。

 

 

「感激だわ。覚えててくれたのね」

 

「ここで何してんだよ!? お前は牢屋に入れられたはずだろッ!?」

 

 

ルイズを後ろにかばいながら、ノクトがフーケを鋭く睨んで尋ねる。

 

 

「親切な人がいてね。私みたいな美人はもっと世の中のために役に立たなくてはいけないと言って、出してくれたのよ」

 

 

よく見てみると、フーケの隣には黒フードを被った貴族が立っていた。恐らくその貴族がフーケを脱獄させたのだろう。黒フードの貴族は喋るのをフーケに任せ、だんまりを決め込んでいる。

 

目深く被っているので顔が分からないが、体格からして男性のようだ。

 

しかし、風に流されて黒フードが一瞬だけなびいた時、あるものが見えた。

 

()()()()()』だ。

 

 

「ッ!?」

 

 

ノクトは動揺を隠せず思わず目を見開く。だがまだ顔が見えていないので断定できない。ノクトは静かに心を落ち着かせながら話し出す。

 

 

「·······そうかよ。で、こんなところで何してんだテメェは!?」

 

 

ノクトが語気を強めながら尋ねると、フーケの目が吊り上がり狂的な笑みが浮かんだ。

 

 

「素敵なバカンスをありがとうって、お礼を言いに来たんじゃないの!!」

 

 

フーケの巨大ゴーレムの拳が唸り、硬い岩でできた展望台の手すりを粉々に破壊した。どうやら岩で構成されたゴーレムの破壊力は、以前より強くなっているようだった。

 

 

「ここらは岩しかないからね。土がないからって、安心しちゃだめよ!」

 

「一旦退くぞルイズ! ギーシュ達と合流する!!」

 

「え、えぇッ!!」

 

「逃がさないよ!!」

 

 

フーケの声を聞きながら、ノクトはルイズの手を掴んで駆け出すと、展望台を駆け下りて宿屋の扉を開ける。

 

が。

 

 

「ノクティス、ルイズ!!」

 

「ギーシュ!?」

 

 

たどり着いた宿屋の先も修羅場になっていた。

 

いきなり現れた傭兵の一隊が、一階の酒場で飲んでいたギーシュ達を襲撃してきたらしい。

 

ギーシュ、キュルケ、タバサにワルドが魔法で応戦しているが、多勢に無勢。

 

どうやら、ラ・ロシェール中の傭兵が束になってかかってきているらしく、手に負えないようだ。

 

キュルケ達は床と一体化したテーブルの脚を折り、それを立てて盾の代わりにして傭兵達に応戦していた。歴戦の傭兵達はメイジとの戦いに慣れており、緒戦でキュルケ達の魔法の射程を見極めると、まず魔法の射程外から矢を射かけてきた。暗闇を背にした傭兵達に地の利があり、屋内の一行は分が悪い。

 

魔法を唱えようと立ち上がろうものなら、矢が雨のように飛んで来る。

 

ノクトはテーブルを背にしたキュルケ達の下に剣を投げてシフトして素早く駆け寄ると、

 

 

「こっちもやべぇことになってる。フーケの奴が脱獄していやがったッ!!」

 

「フーケが!?」

 

 

宿屋の上にフーケがいる事を伝えた。

 

しかし巨大ゴーレムの足が吹きさらしの向こうに見えており、わざわざ伝える必要はなかったようである。

 

他の貴族の客達はカウンターの下で震えている。でっぷりと太った店の主人が必死に傭兵達に何事かを訴えかけていたが、矢を腕に食らって床をのたうち回った。

 

 

「参ったね」

 

 

ワルドの言葉に、キュルケが頷いた。

 

 

「やっぱり、この前の連中は貴族派に雇われた奴らだったのね」

 

「あのフーケがいるって事は、アルビオン貴族が後ろにいるという事だな」

 

 

キュルケが杖をいじりながら呟いた。

 

 

「·······奴らはちびちびとこっちに魔法を使わせて、精神力が切れた所を見計らい、一斉に突撃してくるわよ。そしたらどうすんの?」

 

「ぼ、僕のゴーレムで防いでやる!」

 

 

ギーシュがちょっと青ざめながら言うが、それを淡々と戦力を分析していたキュルケが切り捨てる。

 

 

「ギーシュ、あんたのワルキューレじゃ一個小隊が関の山ね。相手は手練れの傭兵達よ?」

 

「やってみなくちゃ分からない!」

 

「あのねギーシュ。あたしは戦の事なら、あなたよりちょっとばっか専門家なの」

 

「僕はグラモン元帥の息子だぞ! 卑しき傭兵ごときに後れを取ってなるものか!!」

 

「ったく、トリステインの貴族は口だけは勇ましいんだから。だから戦に弱いのよ」

 

「み、見てろ、僕の力を!!」

 

 

ギーシュは立ち上がって呪文を唱えようとしたが、その前にノクトが彼のシャツの襟を力強く掴んで強引に床に引きずり倒す。

 

 

「な、何をするんだねノクティス!?」

 

「死にてぇのかお前は!?」

 

 

そうツッコミを入れて叱るノクト。

 

勇敢な行動だが、今回ばかりは無謀な行動だ。ノクトがギーシュを止めなかったら今頃蜂の巣にされていたことだろう。

 

 

「良いか諸君」

 

 

ワルドが低い声で言うと、ノクト達は黙ってワルドの声に頷いた。

 

 

「このような任務は、半数が目的に辿り着ければ、成功とされる」

 

 

こんな時でも優雅に本を広げていたタバサが本を閉じて、ワルドの方を向く。それから自分とキュルケとギーシュを杖で指して、『囮』と呟いた。

 

それからタバサはワルドとルイズとノクトを指して『桟橋へ』と続けて言う。そんなタバサに、ワルドが手短に尋ねた。

 

 

「時間は?」

 

「今すぐ」

 

「よし、聞いての通りだ。裏口に回るぞ」

 

「え? え? ええ!」

 

 

それを聞いてルイズが驚きの声を漏らすと、ワルドがルイズに向かって言った。

 

 

「今からここで彼女達が敵を引き付ける。精々派手に暴れて目立ってもらう。その隙に、僕らは裏口から出て桟橋に向かう。以上だ」

 

「で、でも·······」

 

 

ルイズがキュルケ達を見ると、キュルケは魅力的な赤髪をかきあげ、つまらなさそうに唇を尖らせながら言う。

 

 

「ま、仕方ないかなって。あたし達、あなた達が何しにアルビオンに行くのかすら知らないもんね」

 

「うむむ、ここで死ぬのかな。どうなのかな。死んだら、姫殿下とモンモランシーには会えなくなってしまうな·······」

 

 

それから、タバサはノクトに向かって頷いた。

 

 

「行って」

 

 

そんなタバサ達をノクトはしばらく黙って見つめていたが、やがて真剣な口調で三人に告げた。

 

 

「みんな、どうもな!!」

 

 

本当ならノクトもここに残って戦いたいが、この先ルイズに危険が絶対に及ばないとも限らない。

 

ルイズのそばにはワルドがいるが、もしも貴族派の追手が複数だったりした場合、彼だけでは不安である。襲撃の可能性がある以上、自分も行った方が良いだろうし、作戦の成功率も上がる。

 

ノクトが三人に告げると、キュルケは魅力的な笑みをノクトに向けながらこう返した。

 

 

「死んだりしないから、早く行きなさいな。帰ってきたら·······キスでもしてもらおうかしら?」

 

「本を一冊、買ってもらう」

 

 

ちゃっかり自分達の要求をするキュルケとタバサに、ノクトは今が襲撃されている最中だという事を一瞬忘れて苦笑を浮かべた。キュルケはルイズに向き直ると、

 

 

「ねえ、ヴァリエール。勘違いしないでね? アンタのために囮になるんじゃないんだからね。あくまでもダーリンのためだから!!」

 

「わ、分かってるわよ」

 

 

ルイズはそれでも、キュルケ達にぺこりと頭を下げた。

 

ノクト達は低い姿勢で歩き出した。矢がひゅんひゅんと飛んできたが、タバサが杖を振って風の防御壁を張ってくれたおかげで、矢はあらぬ方向に逸れて行った。

 

酒場から厨房に出てノクト達が通用口に辿り着くと、酒場の方から派手な爆発音が聞こえてきた。

 

 

「始まったみたいね」

 

 

爆発音を聞いたルイズが言った。一方のワルドはぴたりとドアに身を寄せると、向こうの様子を探る。

 

 

「誰もいないようだ」

 

 

ドアを開けて、三人は夜のラ・ロシェールの街へと躍り出た。

 

 

「桟橋はこっちだ」

 

 

ワルドが先頭を行き、それにルイズが続き、ノクトがしんがりを受け持つ形で三人は桟橋へと走っていく。月明りで道は明るい。とある建物の間の階段にワルドは駆け込むと、そこを登り始めた。

 

長い階段を上ると、丘の上に出た。現れた光景を見て、ノクトは思わず息をのんだ。

 

巨大な樹が、四方八方に枝を伸ばしている。

 

大きさは山ほどもある、巨大な樹だ。夜空に隠れて正確な高さは分からないが、それでも相当高いという事だけは分かった。

 

そして、目を凝らすと樹の枝にはそれぞれ大きな何かがぶら下がっていた。巨大な木の実にも見えるが、違う。

 

それはなんと船だった。飛行船のような形状をしており、枝にぶら下がっている。

 

 

「あれが飛行船か?」

 

 

ノクトが目を見開いて言うと、ルイズが怪訝な顔で聞き返した。

 

 

「そうよ。アンタ飛行船を見るのは初めて?」

 

「少なくとも、あんな形をしたやつは見たことがない」

 

 

目の前の光景に感嘆の声を漏らすが、こんな所で立ち止まっている暇はない。ノクト達はすぐに行動を再開した。

 

ワルドは樹の根元へと駆け寄った。樹の根元は巨大なビルの吹き抜けのホールのように空洞になっていた。枯れた大樹の幹を穿って造り上げたものらしい。

 

夜なので人影はなかった。各枝に通じる階段には、鉄でできたプレートが貼ってある。そこには何やら文字が躍っており、まるで駅のホームを知らせるプレートのようである。

 

ワルドは目当ての階段を見つけると、その階段を上り始めた。

 

木で出来た階段は一段ごとにしなる。手すりがついているものの、ボロくて心もとない。階段の隙間、闇夜の眼下にラ・ロシェールの街の明かりが見えた。

 

途中の踊り場で、後ろから追いすがる足音にノクトが気づく。

 

振り向くと、黒い影が自分達目がけて走ってきているのが見えた。

 

その影はさっと翻ってノクトの頭上を飛び越そうとしたが、それに気づいたノクトはデルフを背中から引き抜くと、影目掛けて放り投げる。

 

シフトブレイクの一撃を喰らわしてやった黒い影は、階段に強かに叩きつけられた。

 

ノクトは影の前に立つと、デルフリンガーを抜いて目の前の襲撃者を睨みつける。襲撃者はゆっくりと起き上がって、ノクトと向かい合った。

 

よくよく観察してみると、その襲撃者は先ほどフーケのゴーレムの肩に乗っていた、黒フードの男だった。フーケが一緒ではない所を見ると、どうやら彼女とは別行動を取っているらしい。

 

背格好はワルドと同じくらいだろうか。男は剣を構えているノクトを見ると、自らの腰から剣を引き抜いた。

 

赤塗りの、大剣である。

 

 

(やっぱり·······こいつッ!!)

 

 

ノクトは王の力を発揮して、シフトして一気に男との距離を詰めるとその顔面に切っ先を放つ。

 

まともに喰らえば、頭が貫通するほどの威力だが、男はそれをかわすとノクトとの距離を取ろうとする。

 

だが、ノクトの身体能力にガンダールヴの力が加わった彼から逃げられるはずもない。ノクトは瞬時に距離を詰めなおすと、デルフリンガーで男の剣を強引に弾き飛ばす。

 

さらに腹に強烈な膝蹴りを喰らわすと、男の体は階段の手すりにぶつかった。一瞬手すりがへし折れるのではないかと思ったが、運よく手すりは男の体を支えてくれた。

 

ノクトは男の前まで歩み寄ると、デルフリンガーの切っ先を男の顔面に突き付けた。

 

 

「お前は·······誰だ?」

 

「·······フフッ」

 

 

ノクトが冷たい声音で言うと、男はふらつきながらも立ち上がった。

 

小さく笑い、男は手を広げてこう言った。

 

 

()()()()()()()()()

 

「ッ!?」

 

 

その一言にノクトは思わず硬直した。

 

そしてその直後、その隙を見逃さなかった男は階段の手すりを掴んで手すりを飛び越えると、そのまま地面へと落下していった。

 

 

「ッ!? 待てッ!!」

 

 

それに驚いたノクトが地面へと目を向けるが、すでに男の姿はどこにも無かった。

 

 

「ちくしょう! 逃げられた!!」

 

 

苛立ちの声を漏らしながら、ノクトは左手の拳を階段の手すりに勢いよく叩きつけた。貴族派に所属していると思われるあの男を逃がした事は、明らかに痛烈なミスである。

 

ノクトが奥歯を噛み締めながらデルフを鞘に納めると、そこにワルドとルイズが駆けつけてきた。

 

 

「ノクト!! 大丈夫!?」

 

 

心配そうな表情を浮かべたルイズが言うと、ノクトは悔しさが滲んだ口調で答えた。

 

 

「ああ·······だがアイツを取り逃がした·······クソッ!!」

 

「そうか·······だがいつまでも過ぎた事を後悔しても仕方ない。今は一刻も早くアルビオンへと向かおう」

 

 

ワルドの言葉にノクトとルイズは頷き、三人は再び階段を上り始めた。

 

階段を駆け上った先は、一本の枝が伸びていた。

 

その枝に沿って、一艘の船が停泊していた。帆船のような形状だが、空中で浮かぶためか舷側に羽が突き出ている。上からロープが何本も伸び、上に伸びた枝に吊るされていた。ノクト達が乗った枝からタラップが甲板に伸びている。

 

ワルド達が船上に現れると、甲板で寝込んでいた船員が起き上がった。

 

 

「な、なんでぇ? おめぇら!?」

 

「船長はいるか?」

 

「寝てるぜ。用があるなら、明日の朝改めて来るんだな」

 

 

男はラム酒の壜をラッパ飲みしながら、酔って濁った眼で答えた。

 

ワルドが答えずに、すらりと杖を引き抜く。

 

 

「貴族に二度同じ事を言わせる気か? 僕は船長を呼べと言ったんだ」

 

「き、貴族!?」

 

 

それで酔いが一気に覚めたらしく、男は素早く立ち上がると船長室にすっ飛んで行った。

 

しばらくして、寝ぼけ眼の初老の男を連れて戻ってきた。どうやら帽子を被ったその男が、この船の船長らしい。

 

 

「何の御用ですかな?」

 

 

船長が胡散臭げな視線をワルドに向けながら尋ねた。

 

 

「女王陛下の魔法衛士隊隊長、ワルド子爵だ」

 

 

船長の目が丸くなる。相手が身分の高い貴族と知って、急に言葉遣いが丁寧になった。

 

 

「こ、これはこれはッ!! して、当船へどういったご用向きで·······?」

 

「アルビオンへ今すぐ出向してもらいたい」

 

「そんなッ!! 無茶をッ!!」

 

「勅命だ。まさかと思うが、王室に逆らうつもりか?」

 

「あなた方が何しにアルビオンに行くのかこっちは知ったこっちゃありませんが、朝にならないと出港できませんよ!?」

 

「どうしてだ?」

 

「アルビオンが最もここ、ラ・ロシェールの街に近づくのは朝です! その前に出港したんでは、風石が足りませんや!」

 

「風石?」

 

 

話を聞いていたノクトがそう呟くと、船長はそんな事も知らないのか? と言いたそうな目つきで答えた。

 

 

「風の魔法力を備えた石の事さ。それでこの船は宙に浮かぶんだ」

 

「なるほど·······今船に積んでいる風石だけじゃ、アルビオンまでたどり着けねぇってことか?」

 

 

ノクトの鋭い分析に船長は首を縦に振る。

 

 

「そう。船が積んだ風石は、アルビオンへの最短距離分しかねぇんだ。それ以上積んだら足が出ちまう。だから今は出港できねぇ。無理に出港すれば、地面に落っこちる事になる」

 

「風石が足りぬ分は、僕が補う。僕は風のスクウェアだ」

 

 

船長と船員は顔を見合わせた。それから船長がワルドの方を向いて頷く。

 

 

「ならば結構で。料金ははずんでもらいますよ」

 

「積荷はなんだ?」

 

「硫黄で。アルビオンでは、今や黄金並みの値段がつきますんで。新しい秩序を建設なさっている貴族の方々は、高値を付けてくださいます。秩序の建設には火薬と火の秘薬は必需品ですのでね」

 

「その運賃と同額を出そう」

 

 

船長は小ずるそうな笑みを浮かべて頷いた。商談が成立したので、船長は矢継ぎ早に命令を下した。

 

 

「出港だ! もやいを放て! 帆を打て!」

 

 

急な命令にぶつぶつと文句を言いながらも、よく訓練された船員達は船長の命令に従って船を枝に吊るしたもやい網を解き放ち、横静索によじ登り、帆を張った。

 

戒めが解かれた船は、一瞬空中に浮かんだが発動した風石の力で宙に浮かぶ。

 

帆と羽が風を受け、ぶわっと張り詰めた直後船が動き出す。

 

 

「アルビオンにはどれくらいでつく?」

 

「明日の昼過ぎにはスカボローの港に到着するさ」

 

 

船長の言葉を聞いてから、ノクトは地面を見た。

 

桟橋·······大樹の枝の隙間に見える、ラ・ロシェールの明かりがぐんぐん遠くなっていく。かなりのスピードのようだ。

 

ノクトがルイズが流れていく光景を眺めていると、ワルドが近寄ってきた。

 

 

「船長の話では、ニューカッスル付近に陣を配置した王軍は、攻囲されて苦戦中のようだ」

 

 

ワルドの言葉を聞いて、ルイズがはっとした表情を浮かべた。

 

 

「ウェールズ皇太子は?」

 

 

それにワルドは、首を横に振った。

 

 

「分からん。生きてはいるようだが……」

 

「おそらく、港町はすべて反乱軍に抑えられてるんだろ?」

 

「そうだね」

 

「どうやって、王党派と連絡を取ればいいのかしら?」

 

「陣中突破しかあるまいな。スカボローから、ニューカッスルまでは馬で一日だ」

 

「反乱軍の間をすり抜けて?」

 

「そうだ。それしかないだろう。まあ、反乱軍も公然とトリステインの貴族に手出しはできんだろう。隙を見て包囲戦を突破し、ニューカッスルの陣へと向かう。ただ、夜の闇には気を付けないといけないがな」

 

 

ルイズは緊張した頷くと、ワルドに尋ねた。

 

 

「そういえばワルド。あなたのグリフォンはどうしたの?」

 

 

ワルドは微笑むと、舷側から身を乗り出して口笛を吹く。すると下からグリフォンの羽音が聞こえてきた。

 

そのまま甲板に着陸し、船員達を驚かせた。

 

 

「アンタのグリフォンでアルビオンまで行けねぇのか?」

 

「竜じゃあるまいし、そんなに長い距離は飛べないわ」

 

 

ノクトの問いに、ワルドの代わりにルイズが答えた。

 

ノクトはそっか、と呟くと舷側に腰かけ、頭上に輝く巨大な月を見上げる。

 

その月を見上げ、ノクトは呟いた。

 

 

「月明かりが·······綺麗だな」

 

「·······そうね」

 

「·······」

 

「·······ねぇ、ノクト」

 

「ん?」

 

「さっきは·······ありがとね」

 

「え?」

 

 

そう言うとルイズはノクトの肩に寄りかかり寝息を立てて眠ってしまった。疲れが溜まっていたんだろう、寝にくそうなこんなところで眠りに入ってしまうなんて·······。

 

 

「·······フッ」

 

 

ご主人様が身を預けてくれている以上、自分は起きていないといけなくなったノクトは鼻で笑いながらもデルフリンガーを前に置いて夜空を見上げる。

 

瞬く星の海の中、赤い月が白い月の後ろに隠れ、一つだけになった月が青白く輝いていた。

 

 

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