ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第23章

 

 

突然の皇太子の出現に、ルイズは口をあんぐりと開け、ノクトも目を大きく見開いている。ワルドは興味深そうに、皇太子を見つめていた。

 

ウェールズはにっこりと魅力的な笑みを浮かべると、ルイズ達に席を勧めた。

 

 

「アルビオン王国へようこそ。大使殿。さて、御用の向きをうかがおうか」

 

「·······ッ!?」

 

 

あまりの事態に、ルイズ達は口が聞けなかった。ただぼけっと、馬鹿みたいにその場に突っ立っている事しかできない。

 

 

「ハハッ、どうして空賊風情に身をやつしているのだ? といった顔しているね。いや、金持ちの反乱軍には続々と補給物質が送り込まれる。敵の補給路を絶つのは戦の基本。しかしながら、堂々と王軍の軍艦旗を掲げたのでは、あっという間に反乱軍の船に囲まれてしまう。まあ、空賊を装うのも致し方ない」

 

 

ウェールズはイタズラっぽく笑いながら言った。

 

 

「いや、大使殿にはまことに失礼を致した。しかしながら、君達が王党派という事が中々信じられなくてね。外国に我々の味方の貴族がいるなどとは、夢にも思わなかった。君達を驚かせるような真似をして済まない」 

 

 

そこまで言っても、ルイズは口をぽかんと開けたままだった。いきなり目的の王子に出会ってしまったので、心の準備ができていないのだろう。

 

一方、ルイズより先に我を取り戻したノクトは間が抜けた声でウェールズに尋ねる。

 

 

「えっと·······取り込み中の所すげー悪ぃんだけど、アンタがウェールズ皇太子なのか?」

 

 

その質問の仕方にワルドとルイズは驚いた表情を浮かべるが、当の本人であるウェールズは特に気分を害した様子もなく、穏やかな表情でノクトの質問に答える。

 

 

「まぁ、先ほどまでの顔を見れば無理もない。僕はウェールズだよ。正真正銘の皇太子さ。なんなら証拠をお見せしよう」

 

 

ウェールズはルイズの指に光る『水のルビー』を見つめた。自分の薬指に光る指輪を外すと、未だ呆然としているルイズに尋ねる。

 

 

「君のその指輪を貸してもらっても良いかな?」

 

 

ルイズは少しの間迷っているような表情を浮かべていたが、やがてゆっくりと頷くと、ウェールズに恭しく近づく。

 

それを確認するとウェールズはルイズの手を取り、『水のルビー』に近づけた。

 

二つの宝石は共鳴しあい、虹色の光を振りまく。

 

 

「この指輪は、アルビオン王家に伝わる『風のルビー』だ。君が嵌めているのは、アンリエッタが嵌めていた『水のルビー』だ。そうだね?」

 

「は、はい!!」

 

 

その質問に、ルイズは頷いた。

 

 

「『水』と『風』の属性は虹を作る。王家の間にかかる虹さ。この事は、ごく限られた人間しか知らないが、これで信じてもらえたかい使い魔殿?」

 

「えっと、はい·······失礼、しました」

 

「いや、気にすることは無い。全てこちらに非があるからな」

 

 

謝罪の言葉を告げながら、ノクトは頭を下げた。

 

万が一目の前のウェールズが偽物で、あの指輪が本物のウェールズ皇太子から奪い取ったものだとしても、今ルイズが持っている『水のルビー』をアンリエッタが持っていた事や、指輪の間にかかる虹の事までは知らないはずだ。

 

何故ならそれは、トリステイン王家とそれに関わる者達しか知らない情報なのだから。

 

その情報を目の前の男性が答えたという事は、この人物が本物ののウェールズ皇太子だという事を意味している。

 

 

「そう言えば、名前を聞いていなかったね。君の名前は?」

 

 

すると、ウェールズは頭を下げたノクトを見ながら穏やかな声で尋ねる。

 

 

「俺の名前はノクティス・ルシス・チェラムと言います」

 

「珍しい名前だな·······そうか、ノクティスというのだね」

 

「親しい者達からはノクトと呼ばれております、殿下」

 

「そうか、では僕もそう呼んでも構わないかな? ノクト殿?」

 

「はい、もちろんでこざいます、殿下」

 

 

ウェールズはしばらくノクトを観察するように見てから、どこか悲しげな笑みを浮かべた。

 

 

「先ほどの動き、というか魔法は見事なものだったよ。あんな魔法は見たことがない。君のような人間が僕の軍にもいてくれたら、このようなみじめな今日を迎える事もなかったろうに。大使殿、君は良き使い魔に恵まれたね」

 

「も、勿体無きお言葉です殿下!」

 

 

ウェールズの賛辞に、ルイズは思わず顔を赤くした。それからノクトは膝をつき、ウェールズの顔を見ながら自分達の旅の目的を説明する。

 

慣れない敬語を使いながら、

 

 

「で、言うのが遅れちゃいましたけど、俺達がアルビオンに向かおうとしていたのは、アンタ·······あなたにアンリエッタ姫殿下から預かった密書を届けるためだったんです」

 

「密書?」

 

「はい」

 

 

そう言いながらノクトはルイズに視線を向けた。ルイズは胸のポケットからアンリエッタの手紙を取り出すと、一礼してウェールズに手渡す。

 

ウェールズは愛しそうにその手紙を見つめると、花押に接吻した。

 

そして慎重に、封を開き、中の便箋を取り出して読み始める。真剣な顔で手紙を読んでいたが、そのうちに顔を上げた。

 

 

「姫は結婚するのか? あの、愛らしいアンリエッタが、私の可愛い·······従妹は」

 

 

ワルドは無言で頭を下げて、肯定の意を表した。再びウェールズは手紙に視線を落とすと、最後の一行まで読んでから微笑んだ。

 

 

「了解した。姫は、あの手紙を返してほしいとこの私に告げている。何より大切な、姫からもらった手紙だが、姫の望みは私の望みだ。そのようにしよう」

 

 

それを聞いて、ルイズの顔が輝いた。

 

 

「しかしながら、今手元にはない。ニューカッスルの城にあるんだ。姫の手紙を、空賊船に連れて来るわけにはいかぬのでね」

 

 

ウェールズは笑いながら言葉を続けた。

 

 

「多少面倒だが、『ニューカッスル』まで足労願いたい」

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

ノクト達を乗せた軍艦、『イーグル』号は浮遊大陸アルビオンのジグザグした海岸線を、雲に隠れるようにして航海した。

 

三時間ほど進むと、大陸から突き出た岬が見えた。

 

岬の突端には、高い城がそびえている。

 

ウェールズは後甲板に立ったノクト達に、あれがニューカッスルの城だと説明した。

 

しかしイーグル号はまっすぐにニューカッスルに向かわずに、大陸の下側に潜り込むような進路を取った。

 

 

「何で下に潜るんだ?」

 

 

ウェールズは黙って城の遥か上空を指差した。遠く離れた岬の突端の上から巨大な船が、降下してくる途中だった。

 

慎重に雲中を航海してきたので、向こうにはイーグル号は雲に隠れて見えないようだった。

 

 

「あれは·······もしかして、貴族派の?」

 

 

ノクトの問いに、ウェールズはああ、と肯定の言葉を発する。

 

本当に巨大、としか形容できないまがまがしい巨艦だった。長さはイーグル号の優に二倍はある。

 

帆を何枚もはためかせ、ゆるゆると降下したかと思うと、ニューカッスルの城めがけて並んだ砲門を一斉に開いた。

 

その際の振動が、イーグル号にまで伝わってくる。砲弾は城に着弾し、城壁を砕いて小さな火災を発生させた。

 

 

「かつての本国艦隊旗艦、『ロイヤル・ソヴリン』号だ。叛徒らが手中に収めてからは、『レキシントン』号と名前を変えている。奴らが初めて我々から勝利をもぎ取った戦地の名だ。よほど名誉に感じているらしいな」

 

 

ウェールズは微笑を浮かべながら言った。

 

 

「あの忌々しい艦は、空からニューカッスルを封鎖しているのだ。あのように、たまに嫌がらせのように城に大砲ぶっ放していく」

 

 

ノクトは雲の切れ目に遠く覗く、巨大戦艦を見つめた。無数の大砲が舷側から突き出て、艦上にはドラゴンが舞っている。

 

 

「備砲は両舷合わせ、百八門。おまけに竜騎兵まで積んでいる。あの艦の反乱から、全てが始まった。因縁の艦さ。さて、我々のフネはあんな化け物を相手にできるわけもないので、雲中を通り、大陸の下からニューカッスルに近づく。そこに我々しか知らない秘密の港があるのだ」

 

 

雲中を通って大陸の下を通ると、辺りは真っ暗になった。大陸が頭上にあるために、日が差さないのだ。

 

おまけに雲の中であるので、視界がゼロに等しく、簡単に頭上の大陸に座礁する危険があるため、反乱軍の軍艦は大陸の下には決して近づかないのだ、とウェールズはノクト達に説明した。

 

ひんやりとした湿気を含んだ冷たい空気が、ノクト達の頬をなぶる。

 

 

「地形図を頼りに、測量と魔法の明かりだけで航海する事は王立空軍の航海士にとっては、なに、造作もない事なのだが」

 

 

貴族派、あいつらは所詮空を知らぬ無粋者さとウェールズは笑った。

 

しばらく航行すると、頭上に黒々と穴が開いている部分に出た。マストに灯した魔法の明かりの中、直径三百メイルほどの穴が、ぽっかりと開いている様は壮観だった。

 

 

「一時停止」

 

「一時停止、アイ・サー」

 

 

掌帆手が命令を復唱する。ウェールズの命令でイーグル号は裏帆を打つと、しかるのちに暗闇の中でもきびきびした動作を失わない水兵達によって帆をたたみ、ぴたりと穴の真下で停船した。

 

 

「微速上昇」

 

「微速上昇、アイ・サー」

 

 

ゆるゆるとイーグル号は穴に向かって上昇していく。イーグル号の航海士が乗り込んだマリー・ガラント号が後に続く。

 

その光景を見て、ワルドが頷いた。

 

 

「まるで空賊ですな。殿下」

 

「まさに空賊なのだよ。子爵」

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

穴に沿って上昇すると、頭上に明かりが見えた。そこに吸い込まれるように、イーグル号が上がっていく。

 

眩いばかりの光にさらされたかと思うと、艦はニューカッスルの秘密の港に到着していた。そこは真っ白い発光性のコケに覆われた、巨大な鍾乳洞の中だった。

 

岸壁の上に、大勢の人が待ち構えている。イーグル号が鍾乳洞の岸壁に近づくと、一斉にもやいの縄が飛んだ。

 

水兵達はその縄をイーグル号にゆわえつける。艦は岸壁に引き寄せられ、車輪のついた木のタラップががらごろと近づいてきて、艦にぴったりと取り付けられた。

 

ウェールズはルイズ達を促して、タラップを降りた。

 

すると背の高い、年老いた老メイジが近寄ってきて、ウェールズの労をねぎらった。

 

 

「ほほ、これはまた、大した戦果ですな。殿下」

 

 

老メイジはイーグル号に続いてぽっこりと鍾乳洞の中に現れたマリー・ガラント号を見て、顔をほこらばせた。

 

 

「喜べ、パリー。硫黄だ、硫黄!」

 

 

ウェールズがそう叫ぶと、集まった兵隊から歓声が上がった。

 

 

「おお! 硫黄ですと! 火の秘薬ではござらぬか! これで我々の名誉も、守られるというものですな!」

 

 

老メイジは、そう言うとおいおいと泣き始めた。

 

 

「先の陛下よりお仕えして六十年·······こんな嬉しい日はありませぬぞ、殿下。反乱が起こってからは、苦汁を舐めっぱなしでありましたが、なに、これだけの硫黄があれば·······」

 

 

にっこりとウェールズは笑った。

 

 

「王家の誇りと名誉を、叛徒共に示しつつ、敗北する事ができるだろう」

 

「栄光ある敗北ですな! この老骨、武者震いがいたしますぞ。して、ご報告なのですが、叛徒共は明日の正午に、攻城を開始するとの旨、伝えて参りました。まったく、殿下が間に合って良かったですわい」

 

「してみると間一髪とはこの事! 戦に間に合わぬは、これ武人の恥だからな!」

 

 

ウェールズ達は、心底楽しそうに笑いあっている。ルイズは、敗北という言葉に顔色を変えた。つまり、死ぬという事だ。この人達は、それが怖くないのだろうか。

 

 

「して、その方達は?」

 

 

パリーと呼ばれた老メイジが、ルイズ達を見てウェールズに尋ねた。

 

 

「トリステインからの大使殿だ。重要な要件で、王国に参られたのだ」

 

 

パリーは一瞬、滅び行く王政府に大使が一体何の用なのだ? と言いたそうな顔つきになったが、すぐに表情を改めるとルイズ達に微笑んだ。

 

 

「これはこれは大使殿。殿下の侍従を仰せつかっておりまする、パリーでございます。遠路はるばるようこそこのアルビオン王国へいらっしゃった。たいしたもてなしはできませぬが、今夜はささやかな祝宴が催されます。ぜひとも出席くださいませ」

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

ルイズ達はウェールズに付き従い、城内の彼の居室へと向かった。

 

城の一番高い天守の一角にあるウェールズの居室は、王子の部屋とは思えないほど質素だった。木でできた粗末なベッドに、イスとテーブルが一組。壁には戦の様子を描いたタペストリーが飾られている。

 

ウェールズが椅子に腰かけて机の引き出しを開くと、そこには宝石がちりばめられた小箱が入っていた。さらにウェールズは先に小さな鍵のついたネックレスを外すと、小箱の鍵穴に鍵を差し込んで箱を開けた。

 

蓋の内側には、アンリエッタの肖像が描かれている。

 

ルイズ達がその箱を覗き込んでいる事に気づいたウェールズは、はにかみながら言った。

 

 

「宝箱でね」

 

 

中には一通の手紙が入っていた。

 

どうやらそれが王女のものであるらしい。

 

ウェールズはそれを取り出して、愛しそうに口づけると開いてゆっくりと読み始めた。何度もそうやって読まれたらしい手紙は、すでにボロボロの状態になっていた。

 

読み返すと、ウェールズは再びその手紙を丁寧にたたみ、封筒に入れるとルイズに手渡した。

 

 

「これが姫から頂いた手紙だ。この通り、確かに返却したぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 

ルイズは深々と頭を下げると、その手紙を受け取った。

 

 

「明日の朝、非戦闘員を乗せたイーグル号が、ここを出港する。それに乗って、トリステインに帰りなさい」

 

 

ウェールズがそう言うが、ルイズからの返事はない。彼女はその手紙をじっと見つめた後、決心したように口を開いた。

 

 

「あの、殿下·······先ほど、栄光ある敗北とおっしゃっていましたが、王軍に勝ち目はないのですか?」

 

 

ルイズが躊躇うように尋ねると、アルビオンの皇太子はあっさりと答えた。

 

 

「ないよ。我が軍は三百。敵軍は五万。万に一つの可能性もあり得ない。我々にできる事は、はてさて、勇敢な死にざまを連中に見せる事だけだ」

 

 

それを聞いて、ルイズは俯いてしまった。

 

 

「殿下の、討ち死になさる様も、その中には含まれるのですか?」

 

「当然だ。私は真っ先に死ぬつもりだよ」

 

 

彼のその様子には、動揺した素振りがまったく無い。それが今のこの場を、まるで芝居の中の出来事のように見せる。だが芝居の中の出来事と決定的に違うのは、人が本当に死ぬという事だ。

 

ルイズは深々と頭を垂れて、ウェールズに一礼した。今の彼女にはウェールズに、どうしても言いたい事があったのだ。

 

 

「殿下·······失礼をお許しください。恐れながら、申し上げたい事がございます」

 

「なんなりと、申してみよ」

 

「この、ただいまお預かりした手紙の内容、これは·······」

 

「ルイズ」

 

 

ノクトがルイズの肩に手を置き、小さく首を振る。

 

しかしルイズは、その手を振り払うと、きっと顔をあげ、ウェールズに訊ねた。

 

 

「この任務をわたくしに仰せつけられた際の姫様のご様子、尋常ではございませんでした」

 

 

ルイズは先日の姫様の深刻そうな表情をした顔を思い出しながら、

 

 

「そう、まるで、恋人を案じるような·······それに、先ほどの小箱の内蓋には、姫様の肖像が描かれておりました。手紙に接吻なさった際の殿下の物憂げなお顔といい、もしや、姫様とウェールズ皇太子は·······」

 

 

ルイズの指摘に、ウェールズはにっこりと微笑んだ。目の前の少女が何を言いたいのか察したのである。

 

 

「君は、従妹のアンリエッタと、この私が恋仲であったと言いたいのかね?」

 

「·······」

 

 

その言葉に、ルイズ黙って頷いた。

 

そして言葉を続ける。

 

 

「そう想像いたしました。とんだご無礼を、お許しください。してみると、この手紙の内容とやらは·······」 

 

 

ウェールズは額に手を当てて、言おうか言うまいか少し悩んだそぶりを見せた後に言った。

 

 

「恋文だよ。君が想像している通りのものさ。確かにアンリエッタが手紙で知らせたように、この恋文がゲルマニアの皇室に渡ってはまずい事になる。なにせ、彼女は始祖ブリミルの名において、永久の愛を私に誓っているのだからね」

 

 

彼はアンリエッタ姫のことを想いながら低い声で話し出す。

 

 

「知っての通り、始祖に誓う愛は、婚姻の際の誓いでなければならぬ。この手紙が白日の下にさらされたならば、彼女は重婚の罪を犯す事になってしまうであろう。そうなれば、なるほど同盟相成らず。トリステインは一国にて、あの恐るべき貴族派に立ち向かわねばなるまい」

 

「とにかく姫様は、殿下と恋仲であらせられたのですね?」

 

「昔の話だ」

 

 

ルイズは熱っぽい口調で、ウェールズに言った。

 

 

「殿下! 亡命なされませ! トリステインに亡命なされませ!」

 

「おいよせって!」

 

 

ノクトが厳しい表情を浮かべ、ルイズの肩に再び手を置き、制止する。

 

しかし、ルイズの剣幕はおさまらない。

 

 

「お願いでございます! 私達と共に、トリステインにいらしてくださいませ!」

 

「それはできんよ」

 

 

ウェールズは笑いながらそう答えた。

 

ルイズの言葉はそれでも止まらない。

 

 

「殿下、これはわたくしの願いではございませぬ! 姫様の願いでございます! 姫様の手紙には、そう書かれておりませんでしたか? わたくしは幼き頃、恐れ多くも姫様のお遊び相手を務めさせていただきました!」

 

 

幼少期の頃から遊び相手となっていたルイズにとっては、アンリエッタは親友以上の存在。いや、姫と貴族という身分からして親友というにはあまりにも無礼な表現かもしれない。

 

だがしかし。

 

友のように接していたルイズにとっては、アンリエッタ姫の幸せを誰よりも願っている。

 

負け戦で姫の愛する者が失われることがどれほど辛いものか、姫に代わって深く理解しているルイズはウェールズ殿下に生きていてほしいのだ。

 

 

「姫様の気性は大変良く存じております! あの姫様がご自分の愛した人を見捨てるわけがございません! おっしゃってくださいな、殿下! 姫様は、多分手紙の末尾であなたに亡命をお勧めになっているはずですわ!」

 

 

確かに、愛する者が負け戦で失われるのは姫にとってとても辛いことである。故にこちらへ来て欲しいと願っているはずだ。

 

しかしそれを否定するかのように、ウェールズは首を横に振った。

 

 

「そのような事は、一行も書かれていない」

 

「殿下!」

 

 

ルイズがウェールズに詰め寄った。

 

 

「私は王族だ。嘘はつかぬ。姫と私の名誉に誓って言うが、ただの一行たりとも私に亡命を勧めるような文句は書かれていない」

 

 

ウェールズは苦しそうな表情を浮かべながらルイズに言った。その口ぶりから、ルイズの指摘が当たっていたことがうかがえる。

 

 

「アンリエッタは王女だ。自分の都合を、国の大事に優先させるわけがない」

 

 

それを聞いて、ルイズはウェールズの意思が果てしなく固いのを感じ取った。ウェールズはアンリエッタを庇おうとしているのだ。

 

臣下のものに、アンリエッタが情に流された女だと思われるのが嫌なのだろう。それほどまでに、彼はアンリエッタの事を愛しているのだ。

 

ウェールズは、優しくルイズの肩を叩いた。

 

 

「君は正直な女の子だな、ラ・ヴァリエール嬢。正直で、真っ直ぐで、良い目をしている」

 

 

ルイズは、寂しそうに俯いた。

 

 

「忠告しよう。そのように正直では大使は務まらぬよ。しっかりしなさい」

 

 

ウェールズは微笑んだ。白い歯が見える、魅力的な笑みだった。

 

 

「しかしながら、亡国への大使としては適任かもしれぬ。明日に滅ぶ政府は、誰より正直だからね。何故なら、名誉以外に守るものが他に無いのだから」

 

 

それから机の上に置かれた、水が張られた盆の上に載った針を見つめた。形からして、どうやらそれが時計であるらしい。

 

 

「そろそろ、パーティの時間だ。君達は、我らが王国が迎える最後の客だ。是非とも出席してほしい」

 

 

そう言われ、ノクト達は部屋の外に出た。ワルドは残って、ウェールズに一礼した。

 

 

「まだ、何か御用がおありかな? 子爵殿」

 

「恐れながら、殿下にお願いしたい議がございます」

 

「なんなりとうかがおう」

 

 

ワルドはウェールズに、自分の願いを語って聞かせた。ワルドの願いを聞いて、ウェールズはにっこりと笑った。

 

 

「なんともめでたい話ではないか!! 喜んでそのお役目を引き受けよう!!」

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

パーティは、城のホールで行われた。簡易の玉座が置かれ、玉座にはアルビオンの王、年老いたジェームズ一世が腰かけ、集まった貴族や臣下を目を細めて見守っていた。

 

明日で自分達は滅びるというのに、随分と華やかなパーティだった。

 

王党派の貴族達はまるで園遊会のように着飾り、テーブルの上にはこの日のためにとっておかれた、様々なご馳走が並んでいる。

 

ノクト達は会場の隅に立ってこの華やかなパーティを見つめていたが、こんな時にやってきたトリステインからの客は珍しいらしく、王党派の貴族達が代わる代わるルイズ達の元へとやってきた。

 

貴族達は悲観にくれたような事は一切言わず、三人に明るく料理を勧め、酒を勧め、冗談を言ってくる。

 

そして最後には、アルビオン万歳! と叫んで去って行くのだった。

 

不意にノクトが横を見てみると、ルイズは滅亡を前にしながらも明るく振る舞うこの場の雰囲気に耐えられず、外に出て行ってしまった。

 

ノクトがしばらくその場に立っていると、座の真ん中で歓談していたウェールズが近寄ってきた。

 

 

「やぁ、ノクト。楽しんでいるかね?」

 

「·······いや、まあ、はい」

 

 

ノクトは苦笑いを浮かべながら肯定すると、一瞬迷ったような表情を浮かべてから、ウェールズに尋ねた。

 

 

「あの·······殿下?」

 

「敬語は外してもらっても構わないよ。先程から君の様子を見るに、敬語を使うのは慣れていないのだろう?」

 

「ありがとうございます殿下。じゃあ、一つ聞いていいか?」

 

「何だい?」

 

「アンタ達は、死ぬのが怖くないのか?」

 

 

ノクトがそう言うと、ウェールズは笑った。

 

 

「案じてくれてるのか! 私達を! 君は優しい青年だな」

 

「いいや·······正直言って、護りたいものを護るために、死ぬかもしれない場所に行く気持ちは俺にもわかる。俺も前に一度、同じような事をしたからな」

 

 

ノクトが言っているのは、ルシス奪還作戦のことだ。ニフルハイム帝国によってほぼ壊滅状態になっていた王都を取り戻すため、旅を続けて王の墓を訪れ、神々の加護を受け、そして十年もの間『クリスタル』の中に封印されていた。

 

そして、十年後。

 

ルシス奪還のためにルシス王国へと攻め込み、ニフルハイム帝国の宰相であり、ノクトにとって祖先でもある『アーデン・ルシス・チェラム』を倒し、ルシス王国を取り戻した。

 

 

「俺は奪われたものを取り返すために、多くの修羅場を潜り抜けてきた。戦ってきたと言い換えてもいい。だけど、アンタらは死ぬために戦場に向かおうとしている。戦いっていうのは生きるためにやるものだ。死ぬ気の奴なんかに未来はない。それでも戦いに行くっていうのか?」

 

 

仲間達と共にルシス奪還に向け、様々な場所を旅してきたノクトは、民を大事に思っているからこそ死ぬ気で頑張れた。

 

だからこそ。

 

覚悟を決めて。

 

玉座の上で、自ら命を絶ったのだ。

 

例えそれが辛い運命であっても、民達が幸せになるのなら死ぬのなんて怖くはなかった。

 

けど、

 

それでもやっぱり辛かった。

 

そんなノクトの言葉を聞くと、ウェールズは穏やかな笑みを浮かべたまま言った。

 

 

「そりゃあ、怖いさ。死ぬのが怖くない人間なんているわけがない。王族も、貴族も、平民も、それは同じだろう」

 

「じゃあなんで?」

 

「守るべきものがあるからだ。守るべきものの大きさが、死の恐怖を忘れさせてくれるのだ·······()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「ッ!!」

 

 

ノクトは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐにウェールズに尋ねる。

 

 

「アンタらは一体、何を守るっていうんだよ!? 名誉か? 誇りか? それは·······アンタの『大切な人の命』以上に、大切なものなのかよ!?」

 

 

珍しくノクトが語気を強めて言うと、ウェールズは遠くを見るような目で語り始めた。

 

 

「我々の敵である貴族派『レコン・キスタ』は、ハルケギニアを統一しようとしている。『聖地』を取り戻すという、理想を掲げてな。理想を掲げるのは良い。しかし、あやつらはそのために流されるであろう民草の血の事を考えぬ。荒廃するであろう、国土の事を考えぬ」

 

「『レコン・キスタ』·······それが敵の名前か?」

 

「ああ、そうだ」

 

 

ウェールズは、さらに話を続ける。

 

 

「そして我らは勝てずとも、せめて勇気と名誉の片鱗を貴族派に見せつけ、ハルケギニアの王家達は弱敵ではない事を示さねばならぬ。奴らがそれで『統一』と『聖地の回復』などという野望を捨てるとも思えぬが、それでも我らは勇気を示さねばならぬ」

 

「·······どうしてだよ?」

 

 

ノクトが尋ねると、ウェールズは毅然として告げた。

 

 

「何ゆえか? 簡単だ。それが我らの義務なのだ。『王家に生まれた者の義務なのだ』。内憂を払えなかった王家に、最後に課せられた義務なのだ」

 

「·······ッ!!」

 

 

そんな事を真剣に語るウェールズの姿を見て、ノクトは自分と比較してしまった。

 

ノクトも王族として生まれたが故に、『真の王』としての運命を背負わされた。『真の王』の運命、それは世界に危機が訪れた時、星を脅かす敵を打ち倒して世界を救うというものだった。

 

『真の王』として選ばれた者はクリスタルに取り込まれ、クリスタルの内部に魂として宿っている『剣神バハムート』の啓示を受けることになる。

 

そこから更に十年の歳月をかけて、光耀の指輪にクリスタルの力を蓄えることで初めて『真の王』としての力が完成する。

 

『真の王』は六神の力を超越した『全てを浄化する力』を使うことができ、寄生虫の影響で不老不死になった『アーデン』を唯一倒すことができる。

 

だが、この『浄化する力』を使うには自らの命を引き換えにする必要がある為、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

極端に言うと、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()』である。

 

この青年は、自分と同じく強い覚悟を胸にして戦場へと向かおうとしている。

 

その人間に何を言ったとしても、その行動を止める事など決してできない。かつて『真の王』として、命を懸けて闇を祓うと覚悟を決めたノクトだからこそ、ウェールズの気持ちが痛いほどによく分かった。

 

そしてノクトは、無駄だと知りながらもウェールズにこんなことを言う。

 

 

「·······アンリエッタ姫は、アンタを愛している。それは今も昔も変わらない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

すると、ウェールズは何かを思い出すように微笑みながら言った。

 

 

「愛するが故に、知らぬふりをせねばならぬ時がある、愛するが故に、身を引かねばならぬ時がある。戦で荒廃するトリステインを·······悲しみ苦しむ民草を、そしてアンリエッタを見るくらいなら、私は喜んで討ち死にしよう」

 

「·······」

 

「おっと、今言った事は、アンリエッタには告げないでくれたまえ。いらぬ心労は、美貌を害するからな。彼女は可憐な花のようだ。君もそう思うだろう?」

 

「·······ああ、わかってる」

 

 

ノクトはこくりと頷いた。

彼女には正直言ってあまり好感を持っていないが、彼女の容姿については確かに綺麗だと言える。それからウェールズは目を瞑って言った。

 

 

「ただ、こう伝えてくれたまえ。ウェールズは、勇敢に戦い、勇敢に死んでいったと。それで十分だ」

 

「ああ、必ず伝えるよ·······けど」

 

「けど、何だい?」

 

 

ノクトは玉座の上で歴代の王達の力を受け継ぎ、自死したことを思い出しながら、ウェールズに悲しげな口調で言った。

 

 

「アンタには、もっと生きていて欲しかった」

 

 

ノクトがそう告げるとウェールズは一瞬呆気に取られたような表情を見せるが、すぐに微笑んでぽんぽんとノクトの肩を叩いてから、座の中心へと戻っていった。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

ノクトは会場を後にし、あてがわれた部屋へ続く廊下を歩いていた。戦時中であるため、灯りは消されており、廊下は暗闇に包まれている。

 

廊下の途中に、窓が開いていて、月が見えた。

 

そんな月を見て、一人、涙ぐんでいる少女がいた。

 

長い、桃色がかかったブロンドの髪。

 

ついと、ルイズが振り向いた。暗闇の中、佇んでいるノクトに気づき、目頭をごしごしと拭った。

 

拭ったけど、ルイズの顔は再び、ふにゃっと崩れた。

 

 

「·······」

 

 

ノクトが無言で近づき、慰めるように指先でルイズの涙を拭いてやった。するとルイズは、力が抜けたように、ノクトの体にもたれかかった。

 

ルイズはノクトの胸に顔を押し当てると、ごしごしと顔を押し付けた。ぎゅっと、ノクトの体を抱きしめる。ノクトは優しく、子供をあやすようにルイズの頭をなでた。

 

泣きながら、ルイズは言った。

 

 

「嫌だわ·······あの人達。どうして、どうして死を選ぶの? わけわかんない。姫様が逃げてって言ってるのに·······恋人が逃げてって言ってるのに、どうしてウェールズ皇太子は死を選ぶの!?」

 

「·······」

 

 

ノクトは低い声で答える。

 

 

「·······大事なもんを守るためにだよ」

 

「何よそれ。愛する人より、大事なものがこの世にあるっていうの?」

 

「あるからこそ、皇太子もみんなも戦うんだ」

 

「·······私、説得する。もう一度説得してみるわ!」

 

「·······残念だけど、それは無理だと思う」

 

「どうしてよ」

 

「アイツらはもう止められない。それにお前の仕事は、手紙を姫さまに届ける事だろ? 仕事を投げ出して、私情を挟んだりしたらダメだ」

 

 

ルイズはぽつりと呟くように言った。涙がぽろりとルイズの頬を伝った。

 

 

「·······早く帰りたい。トリステインに帰りたいわ。この国嫌い。嫌な人達と、お馬鹿さんでいっぱい。誰も彼も、自分の事しか考えていない。あの王子様もそうよ。残される人達の事なんて、どうでも良いんだわ」

 

「それは違ぇよ、ルイズ」

 

 

え? とルイズは涙で濡れた瞳でノクトを見上げた。

 

ノクトはルイズの鳶色の瞳をまっすぐ見つめながら、静かに彼女に言葉を紡ぐ。

 

 

「残される人達がどうでも良いなんて誰も思ってない。きっとみんな、死にたくないと思ってるし、愛する人達とこれからも一緒に過ごしたいと思ってる·······でも、自分達の大切な王様が、大切な場所が滅ぼされるのを指を咥えて見ていたくない。そう思っているからこそ、アイツらは死ぬ事も覚悟して戦いに行くんだ」

 

「·······よく、わかるわね。あの人達と会ってから、そんなに経ってないのに」

 

「ああ、すげぇわかるよ。なにせ、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「·······え?」

 

 

ルイズは思わず驚いた表情を浮かべてノクトの顔を見つめた。

 

ノクトはルイズの体をそっと離すと、窓の近くまで歩み寄って夜空に浮かぶ月を見上げた。優しい光を放つ月を見ながら、ノクトはルイズにこの世界に来る前の事を語り始めた。

 

 

「前にも言ったけど、ルイズに召喚される前、俺は大切な場所と大切な人達を救うために命懸けの戦いに挑んだ」

 

「大切な場所?」

 

 

ルイズが尋ねると、ノクトはこくりと頷いて、

 

 

「俺の故郷、『ルシス』っつー王国なんだけど、敵対関係にあったもう一つの国、『ニフルハイム帝国』っていう所によって王都は陥落したんだ」

 

「陥落!?」

 

 

それを聞いて、ルイズの顔が強張った。ノクトの故郷が敵対国によって陥落したという事実を聞いて、ルイズは信じられないという顔をしていた。

 

ノクトは続ける。

 

 

「俺はその時ちょうど王都を離れていたから戦火に巻き込まれることはなかったけど、それでも大切な場所が失われたことには変わりない。だから仲間達と共にルシス王国を奪還しようと動いていたんだ。何人もの奴らと戦ったよ。生きるために殺して、大切な場所を奪い返すために殺して、殺して、殺して、殺しまくった」

 

 

ノクトは自分の手を見る。血に染まった手を見てギュッと握り締めた。

 

ルイズは震える声で尋ねる。

 

 

「そんな·······どうして戦ったの? アンタは、ただの平民のはずでしょ?」

 

 

するとノクトはふっと口元に笑みを浮かべた。見ているだけで胸が締め付けられるような、悲しい笑みだった。

 

簡単だよ、と言って、

 

 

「俺が、()()()()()()()()()()()

 

「·······え?」

 

 

ルイズは信じられないものを見るような目でノクトを見る。

 

 

「覚えてるか、ギーシュと戦ってた時のこと?」

 

「え、ええ。アンタ確かこう言ったわよね。『誰を敵に回したのかわかってんのかお前? 【王】である俺に働いた数々の狼藉······その生の全てを以て償え』、って」

 

 

ギーシュにトドメを指そうとした時に言った台詞を一言一句覚えていたルイズはノクトにそう言うと、ノクトはこくりと頷く。

 

しかしルイズはその言葉を否定する。

 

 

「け、けど·······アンタ言ってたじゃない。あれはただの冗談だって」

 

「·······」

 

「ま、まさか本当に·······ッ!?」

 

 

ノクトが無言のまま月明かりを見ていると、ルイズは何かを察したように口に手を当てて目を見開いていた。

 

 

「じゃあ、あなたは本当に·······ッ!?」

 

「ああ。想像しにくいだろうけど·······俺はその国の王子だった。そして敵国の宰相相手に、互いに命を奪い合って、本気で戦ったんだ·······そして────」

 

 

そこから先の言葉は紡がなかった。

 

ルイズもそんな様子のノクトを見て何となく察した。

 

ノクトは固く目を瞑り、さらに拳を強く握りしめながら、話を続ける。

 

 

「立場は違ぇけど、ここの奴らも、あん時の俺とほとんど同じ気持ちなんだよ。そんな強い覚悟を持った人達を止める事は絶対にできない。例えその相手が、自分の愛する人だとしても、な」

 

 

それを聞いて、ルイズはノクトを召喚した時の事を思い出した。

 

ノクトは自分がまったく知らない場所に召喚されたと知った時、まるで死んだ魚ような目をして使い魔とは何をするのかを聞いてきた。元いた場所に帰れないってわかった以上、残ってるのは自分の使い魔ってのになるしかないって思ってとも言っていた。

 

つまり彼は、()()()()()

 

命懸けの戦いに身を投じて、そこで命尽きたのだ。

 

だからルイズに召喚されたとき、命の恩人とも言ったのだ。

 

そして·······ノクトの話が本当ならば、ルシス王国の王子は崩御したということになる。その事実を知った時、ルイズは自分の指が震えているのを感じた。

 

 

「ルイズ?」

 

 

そのルイズに様子に気づいたノクトが声をかけて来るが、ルイズの頭の中は真っ白だった。悪意などまったくないノクトの話が、弱ったルイズの心を蝕んでいく。

 

 

(何がメイジよ。何が貴族よ。私がした事は、自分の都合でノクトをこの世界に召喚して、こいつから帰るべき場所を奪っただけじゃない。しかも、相手は『王族』、私以上の身分を持った奴なんて、吊り合わない。吊り合わなすぎる。魔法を使うどころか、そんな事しかできないなんて·······)

 

 

そんな事を考えながら、ルイズは自分の右手をきつく握る。

 

本当に吊り合わない、と思う。薄々気づいていた事だが、今ここでようやくはっきりした。自分とこの使い魔は、正直言って吊り合わない。

 

片や、スクウェアクラスの風のメイジすら圧倒するほどの戦闘能力を持つ王族の使い魔。

 

片や、魔法を唱えようとすれば爆発ばかり起こる、魔法の成功率ゼロのメイジ。

 

十人が目にすれば、十人が口をそろえて言うだろう。そんな主人に、この使い魔はもったいないと。その事にようやく気付いたルイズは、口元に虚ろな笑みを浮かべた。

 

それから自分を心配そうに見つめているノクトを見ると、その唇を開いた。

 

 

「ノクト」

 

「?」

 

「やっぱりごめんね、私なんかがアンタを召喚しちゃって·······」

 

「は?」

 

「ノクト·······いえ、()()()()()()()。あなたは明日、イーグル号に乗ってトリステインに帰りなさい」

 

「·······はあ!?」

 

 

言われた言葉の意味が分からず、ノクトは思わず間抜けな声を上げてからルイズに尋ねる。

 

 

「ど、どういうことだよそれ!?」

 

「そのままの意味よ。あなたと私はここでお別れよ。あなたの話を聞いて、よく分かったわ。あなたと私じゃ、吊り合わない。私じゃ、あなたの力にはなれない。ゼロの私じゃあ·······()()()()()()()()()()()()()()·······」

 

 

ルイズのその言葉は、ノクトに強い衝撃を与えていた。

 

この世界に召喚されてまだ日が浅いノクトではあるが、今ルイズの様子が明らかにおかしい事だけは分かった。

 

彼女は基本的に自尊心が強いので、自分を卑下するような事を言う事はまずない。だが今の彼女は明らかに自分を見下げるような事を言っている。

 

それは、通常の彼女を知るノクトからしてみれば十分に異常事態と言えた。

 

 

「ルイズ。でも、俺は────ッ!!」

 

「良いから早く行きなさいよ!! 私はもう、アンタの主人でもなんでもないんだから!!」

 

「ッ!?」

 

 

言葉を遮るように、ルイズは怒鳴った。そしてそのままルイズは走り去ってしまった。

 

 

「·······ルイズ」

 

 

そのまま見送ることしかできなかったノクトは、ただ一人そこに取り残されてしまった。

 

その時だった。

 

不意に背後に人の気配を感じ振り向いた。

 

そこには、ワルドが立って、じっとノクトを見つめている。

 

 

「何か用?」

 

「君に言っておかねばならぬことがある」

 

 

ワルドは冷たい声で言った。

 

 

「明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」

 

「·······はあ?」

 

 

ノクトはぴくりと体を震わせた。

 

今、結婚式と言ったか?

 

動揺を悟られぬように、声を押し殺し、冷静を装い訊ねる。

 

 

「こんな時にか? しかもここで?」

 

「是非とも、僕たちの婚姻の媒酌を、あの勇敢なウェールズ皇太子にお願いしたくなってね。皇太子も快く引き受けてくれた。決戦の前に、僕達は式を挙げる」

 

「·······」

 

 

ノクトは一瞬、ワルドの正気を疑った。ここにきて結婚式を挙げるとはあまりに急な話である。

 

ワルドとルイズは婚約者同士とはいえ、再会してまだ数日·······片手で数えられるほどの時間しか経っていないのだ。しかも、ここはすぐにでも戦場となる、そんなところで結婚とは無計画にもほどがある。

 

 

「ルイズはなんて?」

 

「彼女にはまだ伝えてはいない、追って伝えるつもりだ」

 

「だったら俺は反対だ、そんな事をしている暇は無い。すぐに脱出し、アンリエッタ姫に手紙を届けるべきだし、そもそもアイツの意思はどうなる? 第一、式を挙げていたら、脱出の手段がなくなる。明日の朝に『イーグル』号は出発すんだぞ? どうやって脱出する気だ?」

 

「使い魔君、君の意見など聞いていない。それに、既に殿下の了承を頂いている、今さら取り消すわけにはいかぬ」

 

 

ワルドはノクトの反論をにべもなくはねつける。

 

ノクトは心底呆れた表情でワルドを見つめた。この男は、こんな時に一体何を考えているのだ?

 

一瞬、殴りとばしたい気持ちに駆られたが、婚姻の媒酌を、勇敢なウェールズに頼みたいという気持ちも、まあ理解できたため、ぐっとこらえた。

 

ワルドはそんなノクトをよそに淡々と続けた。

 

 

「君にも式に出席してほしいが、君の言うとおり、船が出発する時間と重なってしまっている、君が式に出席してしまうと、『イーグル』号で脱出できなくなってしまうんだ。だから君は明日の朝、すぐに出発したまえ。私とルイズは式が済み次第、グリフォンで帰る」

 

「長い距離は飛べねぇんじゃなかったか?」

 

「滑空するだけなら問題なくトリステインにまで辿りつける」

 

「ああそうかよ、わかった。どうぞご自由に」

 

「君とは明日、一旦ここでお別れとなるな。ルイズには、君が先に『イーグル』号で帰還することを伝えておこう」

 

 

ワルドはそう言うと、立ちつくすノクトの横を通り、その場を後にする。

 

 

「·······ルイズ」

 

 

ご主人様の名前を呟き、窓から射し込む月明かりに照らされたノクトの瞳が、遠い過去を覗くように、茫洋と宙をさまよった。

 

 

 

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