ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第24章

 

 

「はっ、はっ·······ッ!!」

 

 

荒い息を漏らしながら、気が付けば少女は走り出していた。

 

青年に背を向けて、まるで現実逃避するかのように。暫く走り続け、青年の目すら届かない場所までやって来た時、ルイズの頬にぬるい線が引かれた。

 

それは少女が溢した涙だった。

 

 

「ッ!?」

 

 

ルイズの表情が、止まった。

 

 

(なんで·······)

 

 

少女はその場で踞る。

 

そうこうしている間にも、時間は進む。

 

ルイズが悩んでいる間にも、ノクティス・ルシス・チェラムという男は遠くへ行ってしまう。

 

踞って、混乱する頭を抑え込むために深呼吸を繰り返していた。

 

だけどダメだ。

 

効果なんて一ミリも感じられない。

 

そもそも深い呼吸を維持できない。浅い浅い、野良犬のような呼吸音が自分の口から溢れるのが精一杯。

 

理由は自分がゼロのルイズだから、というのもあるだろう。しかし、それ以上に自分が召喚した存在に心が押し潰されそうになっていた。

 

 

(王族の使い魔とゼロのご主人様·······)

 

 

おそらく、比較対象が大きすぎたのだ。そんなことはわかっている。馬鹿でもわからなければいけないはずだ。

 

だが、納得できない。

 

どうしてもできない。

 

 

(私は·······アイツの·······ッ!!)

 

 

やがて少女は二つの掌で自分の顔を覆う。隠した顔で、己の唇を噛み締める。

 

押し殺したように、そして明確に、こう絞り出していた。

 

 

「アイツが·······遠いッ!!」

 

 

しかし、同時に。

 

彼女の心を最も引き裂き、深い爪痕を残したのは、

 

 

(なのに、なんなの·······この気持ちは!?)

 

 

言葉では言い表せない、『何か』が心を締め付ける。それは熱く熱く、胸に手を当てようものなら振動で手が震えるほどだった。

 

以前、ワルドに求婚をされた時、陽炎のようで曖昧な形をした『何か』が見えた気がしたが、今になってようやく、それは形を明確にしていく。

 

それはそれは黒く、黒く、黒い青年だった。

 

剣を掲げ、自分の前に守るように立ち、優しい笑みを見せてくれる影が見えた気がした。

 

 

(·······そう、なんだ)

 

 

ルイズという一人の少女は気付いた。

 

それが例え遠い存在だとしても、論理や理性や体面や世間体や恥や外聞までもが関係ない、ただただ自分自身を中心に据え置いた一つの意見こそが、まさしくルイズという人間の核なのだと。ゼロで惨めで醜くわがままで駄々をこね─────それでいてどこまでも素直な存在なのだと。

 

今抱いている感情は、ルイズにはわからない。

 

名前すら知らない。

 

けど。

 

それでも。

 

ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールという貴族の少女は知る。

 

自分の内側には、こんなにも軽々と体裁を打ち破るほどの、莫大な感情が眠っていることを。

 

 

「·······ッ!!」

 

 

知らず知らずの内に、彼女は踞りながらも自分の胸に手を当てていた。

 

もう、気付いてしまった。

 

ルイズは、その気付いてしまった感情の片鱗に胸を圧迫され、いつの間にか流れ出る涙も止まっていた。

 

そんな時だった。

 

 

「ルイズ」

 

 

彼女の背後から一人の男が近付いてきた。

 

 

「ワルド·······」

 

 

幼少期の頃から知っている男性、顔も整っていて一目見て惚れてしまう女も少なくないだろう。

 

しかし。

 

ルイズが手を当てている胸の振動が弱まった気がした。

 

彼を見て、落ち着いた。彼女はそう判断した。

 

踞っていたルイズは立ち上がり、ワルドと向かい合う。そして歩み寄って彼の顔を覗く。

 

だが、そこからなにも生まれない。

 

彼女の中で、何か変化らしいものも起きない。

 

そんな彼女を見てもワルドは気が変わらず、片膝をつきこう言い出した。

 

 

「僕は君をずっとほったらかしにしていた酷い男だが、それでも、君の横に立って並べる男になれるようにこれからも精進する」

 

 

彼はルイズの顔を覗き込み、

 

 

「どんなに険しい道でも一緒に歩いていこう」

 

 

そして最後に左手をルイズの前に突き出してこう言った。

 

 

「君が好きだルイズ。僕と結婚してください」

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

─────翌朝。

 

鍾乳洞に作られた港の中、ニューカッスルから疎開する人々に混じって、ノクトはイーグル号に乗り込むために列に並んでいた。

 

先日拿捕したマリー・ガラント号にも脱出する人々が乗り込んでいる。

 

 

「·······」

 

『これからどうするんだ? 相棒』

 

 

沈んだ表情を浮かべているノクトに、デルフが声をかけた。

 

 

「正直、俺もわからない。俺は王子っていう肩書きを持ってるけど、この世界じゃなんの役にも立たない、ただの一般人だ。仕事も、バイト程度のことしかやったことねぇし、雇ってくれる所すらあるかどうかもわからない。つまりはまぁ───」

 

『要するに、まだ何も考えていないってことだな』

 

「·······ああ」

 

 

デルフが自分の代わりに代弁してくれた。

 

しかしそれも無理のない事だろう。昨日まではまさかこんな事になるとは微塵も思っていなかったのである。

 

この世界のことなどまだ一ミリもわかっていない。生きる術は心得ているものの、政府状況やらなにやら全く理解していない。

 

そんなノクトにこの広いハルケギニアで生きていけというのは無理な話だ。

 

ノクトが出来ることは限られてるし、現在無職となってしまった彼は遠い目で景色を眺めていた。

 

すると、デルフがこんなことを言ってきた。

 

 

『だったら、傭兵でもやりゃあいいんじゃねぇ?』

 

「傭兵?」

 

『そうさ。剣一本、肩に担いで今日はこっちの戦場、明日はあっちの戦場と諸国を渡り歩くのさ。実入りも悪くねえし、暴れるのは楽しいぜ?』

 

「·······」

 

『俺は悪くないと思うぜ? スクウェアクラスのメイジを圧倒しちまうくらいの力を持った相棒ならどんな奴にだって負けやしない。賞金稼ぎのための大会に出るっていうのもありなんじゃねぇか!?』

 

「·······」

 

 

金具を鳴らして愉快気に笑うデルフだが、ノクトの表情は笑っていない。

 

ただ先ほどよりもさらに元気が無くなっているような気がする。それを悟ったデルフは笑うのをやめると、深刻そうな口調でノクトに言った。

 

 

『·······やっぱり、娘っ子のことが気になるのかね』

 

「·······まあな」

 

 

自分が王子だということを明かした途端、主人であるルイズの態度が変わり、まさか解雇されるとは思わなかったノクトはどこか上の空。

 

脳裏にあるのは、もちろん自分のご主人様だったルイズのことだ。

 

 

(王族と貴族との身分の違いに気付いて申し訳ないとか思ったのか? いや、あのルイズがそんなことを気にするはずねぇし·······今更そんなこと考えても仕方ねぇか)

 

 

それに、アイツは今日結婚式を挙げるんだ。そこに自分がいたって邪魔なだけ。

 

そう考えたノクトはため息をつきながら地面を見て転がっていた石ころを蹴飛ばすように足を動かした。

 

 

『ところで相棒、この前ちょっと思い出した事なんだが·······』

 

 

と、唐突にデルフが鞘から抜き出てきて金具を鳴らし話しかけてくる。

 

 

「何?」

 

『相棒確か、【ガンダールヴ】とか呼ばれてたよな?』

 

「ああ、伝説の使い魔とかなんとか·······それが?」

 

『ああ、その名前なんだが·······どうもこの前から頭の隅に引っかかってるんだ。何か思い出せそうな気もするんだが、随分昔の事なんでな·······中々思い出せねぇ。なんだったっけ相棒?』

 

「いや、別世界から来た俺に聞くなよ」

 

 

そんな事をしている内に、艦に乗り込む順番がようやくノクトに回ってきた。

 

タラップを登ると、そこはさすが難民船でだけあってぎゅうぎゅうに人が詰め込まれていた。これでは甲板に座り込む事もできないだろう。

 

ノクトは仕方なく舷縁に乗り出すと、城へと続く通路へと視線を送った。

 

そう言えば、『イーグル』号の出航時間の関係で、ルイズに一言も告げる事も出来ずにここまで来てしまった。

 

今頃、ルイズは結婚式の最中なのだろう。祝福してあげる事ができないのが残念だ。

 

 

「·······幸せにな·······ルイズ」

 

 

ノクトは小さく呟くと、通路から視線を外し、眼を瞑った。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

その頃、始祖ブリミルの像が置かれた礼拝堂でウェールズ皇太子は新郎と新婦の登場を待っていた。

 

周りに他の人間は一人もいない。

 

皆、戦の準備で忙しいのであった。ウェールズも、すぐに式を終わらせて戦の準備に駆けつけるつもりである。ウェールズは皇太子の礼装に身を包んでいた。明るい紫のマントは王族の象徴、そしてかぶった帽子はアルビオン王家の象徴である七色の羽がついている。

 

扉が開き、ルイズとワルドが現れた。

 

ルイズは何故か呆然と突っ立っている。ワルドに促され、ウェールズの前に歩み寄った。

 

 

「·······」

 

 

ルイズは戸惑っていた。昨日の夜、いきなり求婚をされ、ルイズはつい『はい』と答えてしまった。

 

しかし、まさかここで、しかも朝一でやるとは思わなかった。

 

ワルドは『今から結婚式をするんだ』と言って、アルビオン王家から借り受けた新婦の冠をルイズの頭に乗せた。

 

新婦の冠は魔法の力で永久に枯れぬ花があしらわれ、なんとも美しく、清楚な作りをしていた。

 

そしてワルドはルイズの黒いマントを外し、やはりアルビオン王家から借り受けた純白のマントをまとわせた。新婦しか身に着ける事を許されない乙女のマントである。

 

だが、そのようにワルドの手によって着飾られても、ルイズはまったくの無反応だった。ワルドはそんなルイズの様子を、肯定の意思表示と受け取っていた。

 

始祖ブリミルの像の前に立ったウェールズの前で、ルイズと並んでワルドは一礼した。ワルドの格好は、いつもの魔法衛士隊の制服である。

 

 

「では、式を始める」

 

 

王子の声がルイズの耳に届く。

 

しかしどこか遠くで鳴り響く鐘のように、心もとない響きだった。ルイズの心には、未だに深い霧のような雲がかかったままである。

 

 

「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とする事を誓いますか」

 

 

ワルドは重々しく頷くと、杖を握った左手を胸の前に置いた。

 

 

「誓います」

 

 

ウェールズはにこりと笑って頷き、今度はルイズに視線を移す。

 

 

「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール·······」

 

 

朗々と、ウェールズが誓いのための詔を読み上げる。

 

 

「·······」

 

 

今が、結婚式の最中だという事に、ルイズはようやく気付いた。相手は憧れていた頼もしいワルド。二人の父が交わした、結婚の約束。幼い心の中、ぼんやりと想像していた未来。

 

ワルドの事は嫌いじゃない。恐らく、好いてもいるのだろう。

 

だが、それならばどうしてこんなに切ないのだろう。

 

何故、こんなに気持ちが沈むのだろう。

 

滅び行く王国を、目にしたから?

 

愛する者を捨て、望んで死に向かう王子を目の当たりにしたから?

 

違う。

 

悲しい出来事は、心を傷つけはするけれど、このような雲をかからせはしない。

 

 

(·······ノクトッ!!)

 

 

ルイズは不意に、昨日ノクトを使い魔から解放した時の事を思い出した。あの時のノクトの表情を思い出して、ルイズは胸が痛むのを感じた。

 

彼がトリステインに来た経緯を聞いて、自分との身分の違いに気付いたから恐れ多いと思って使い魔としての任を解いたが、それは間違いだったと心の中で思った。

 

もしかしてそれは、大きな力を持つ使い魔を自分がもうこれ以上見ないようにするためにした事ではないのだろうか?

 

それは、ノクトの意思を無視した自分のただの我がままではないのだろうか? 

 

それを想像した時、ルイズは昨晩の自分の判断がやはり間違っていたかもしれないと初めて思った。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

一方·······

 

こちらは『イーグル』号の艦上。

 

舷縁に寄り掛かり、ぼんやりと出航を待っていた、ノクトの視界が一瞬、曇った。

 

 

「あれ?」

 

『む? どうした? 相棒?』

 

 

ノクトの視界がぼやけた。まるで真夏の陽炎のように、左眼の視界が揺らぐ。

 

 

「目が·······なんかおかしい。ぼやけて見える」

 

『疲れてんだろ?』

 

「かもな」

 

 

納得したようにノクトが呟いたその時だった。

 

がこん、と船が揺れる。

 

どうやら避難民の収容が完了し、タラップが取り外されたようだ。

 

 

『そろそろ出航か?』

 

「みてぇだな」

 

 

ノクトは左眼を擦りながら、ぼんやりと言った。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「新婦?」

 

 

ウェールズがこっちを見ている。ルイズは慌てて顔を上げた。

 

式は自分の与り知らぬ所で続いている。ルイズは戸惑った。どうすれば良いんだろうか。こんな時は、一体どうすれば良いのだろうか。誰も教えてくれない。自分の判断が間違っていたかを一緒に考えてくれそうな唯一の青年は、今まさにこの地を離れようとしている。

 

 

「緊張しているのかい? 仕方がない。初めての時は、ことがなんであれ、緊張するものだからね」

 

 

にっこりと笑って、ウェールズは続けた。

 

 

「まぁ、これは儀礼に過ぎぬが、儀礼にはそれをするだけの意味がある。では繰り返そう。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして夫と·······」

 

 

そこでようやくルイズは気づいた。誰もこの迷いの答えを、教えてはくれない。

 

自分で決めなければならないし、間違っていたならばノクトともう一度話さなくてはならない。

 

今からでは遅すぎるかもしれないし、あまりにも身勝手すぎるかもしれない。しかし、この迷いの答えは必ず出さなければならない。

 

そうでないと、あの青年に二度と顔向けできないし、何よりも自分が目指す真の貴族に二度となれないような気がしたからだ。

 

ルイズは深呼吸して、決心した。

 

ウェールズの言葉の途中、ルイズは首を横に振った。

 

 

「新婦?」

 

「ルイズ?」

 

 

二人が怪訝な顔で、ルイズの顔を覗き込む。ルイズは、ワルドに正面から向き直った。悲しい表情を浮かべて、再び首を横に振る。

 

 

「どうしたね、ルイズ。気分でも悪いのかい?」

 

「違うの。ごめんなさい·······」

 

「日が悪いなら、改めて·······」

 

「そうじゃない、そうじゃないの。ごめんなさい、ワルド。私、あなたとは結婚できない」

 

「ッ!?」

 

 

予想もしてなかった展開に、ウェールズは首を傾げた。

 

 

「新婦は、この結婚を望まぬのか?」

 

「その通りでございます。お二方には、大変失礼を致す事になりますが、わたくしはこの結婚を望みません」

 

 

ワルドの顔に、さっと朱が差した。ウェールズは困ったように、首を傾げると残念そうにワルドに告げた。

 

 

「子爵、誠にお気の毒だが、花嫁が望まぬ式をこれ以上続けるわけにはいかぬ」

 

 

だが、ワルドはウェールズに見向きもせずに、ルイズの手を取った。

 

 

「き、緊張しているんだ·······そうだろルイズ。君が、僕との結婚を拒むわけがない」

 

「ごめんなさい、ワルド。憧れだったのよ。もしかしたら、恋だったかもしれない。でも、今は違うわ」

 

 

するとワルドは、今度はルイズの肩を勢い良く掴んだ。その目が吊り上がる。表情がいつもの優しげなものではなく、どこか冷たい、トカゲか何かを連想させるものに変わった。

 

熱っぽい口調で、ワルドは叫んだ。

 

 

「世界だルイズ。僕は世界を手に入れる! そのために君が必要なんだッ!!」

 

 

豹変したワルドに怯えながらも、ルイズは再び首を横に振った。

 

 

「·······私、世界なんかいらないもの」

 

 

ワルドは両手を広げると、ルイズに詰め寄った。

 

 

「僕には君が必要なんだ! 君の能力が! 君の力がッ!!」

 

「ッ!?」

 

 

ワルドの剣幕に、ルイズは恐れをなした。優しかったワルドがこんな表情を浮かべて、叫ぶように話すなど、夢にも思わなかったのだ。ルイズは思わず後じさった。

 

 

「ルイズ、いつか言った事を忘れたか! 君は始祖ブリミルに劣らぬ、優秀なメイジに成長するだろう! 君は自分で気づいていないだけだ! その才能にッ!!」

 

「ワルド、あなた·······ッ!!」

 

 

ルイズの声が、恐怖で震えた。ルイズの知っているワルドではない。何が彼を、こんな物言いをする人物に変えてしまったのだろうか?

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「あぁ、くそっ、なんなんださっきから·······鬱陶しいッ!!」

 

 

避難民の収容を終え、下へ下へと降下しつつある『イーグル』号の艦上、ノクトは再び目を擦る。

 

 

『なんだ相棒、まだぼやけてるってのか?』

 

「ああ·······なんなんだこれ! 腹立つわ!!」

 

『目が大事なら、あんまり擦らない方がいいぜ』

 

 

ノクトはうんざりした様子で呟く。しかし左眼の視界は益々歪んでいく。

 

そうこうしているうちに、左眼は像を結んだ。

 

 

「はぁ·······ッ!?」

 

 

ノクトは驚いた様子で叫んだ。

 

果たしてそれは、誰かの視界であった。

 

左眼と右眼、それぞれが別々のものを見ているようにノクトは感じた。

 

 

「これは、ワルドか·······?」

 

『相棒? どうした?』

 

「わからねぇ、左眼がワルドを映しているみたい、なん、だが·······」

 

 

ノクトは思った。

 

いつか、ルイズが言っていた事を。

 

 

『使い魔は、主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ』

 

 

ノクトは左手を見た。手袋を着けているのにも関わらず、それを越えるほどの光が浮かび上がっている。左手に刻まれたルーンが、武器を握っているわけでもないのに、光り輝いている。

 

 

「まさかこれは·······ルイズの視界!?」

 

 

なるほど、これも能力だ。使い魔として備わった能力の一つに違いない。

 

ノクトはすぐに右眼を瞑った。開いた左眼に、目を吊り上げ、恐ろしい表情でルイズの肩を掴むワルドが視界に映り込んだ。

 

 

「アイツ·······ルイズになにしてんだ!?」

 

 

ただならぬ様子に、嫌な予感を感じ取ったノクトは、左眼に意識を集中させた。

 

そこから見えたものは·······

 

 

「ルイズッ!!」

 

 

瞬間。

ノクトは、ばっと顔を上げると、舷縁に足を駆け、その上に飛び乗った。

 

それを見ていた乗客の数人が何事かとざわつき始める。だがノクトは、そんな乗客たちなど最初から気にも留めていないとばかりに、舷縁から秘密の港につながる壁に向かい、力の限りデルフを投擲する。

 

岩壁に突き刺さったデルフの元にノクトの姿が現れ、引き抜くと同時に落下する。その前にまた槍投げのように投擲して更に上の岩壁へと突き刺す。

 

それを繰り返し、ノクトは必死に岩壁をよじ登っていく。

 

 

『お、おい! 相棒! さっきから何やってんだよ!』

 

「説明は後だ! くそ、このままじゃ·······ルイズッ!!」

 

 

ノクトは自分の迂闊さを呪った。

 

手掛かりはあったのだ、だが、あえて考えないように頭の隅へと追いやってしまっていた。

 

なぜ、もっと疑わなかった、なぜ、もっと警戒しなかった。ノクトの胸中で不安と後悔が渦を巻いた。

 

自分が想定していた中で、最も考えたくなかった、いや、考えないようにしていた、ルイズにとって最も残酷で、最悪の状況。

 

それが今、現実になろうとしている。

 

 

「ちくしょう、間に合ってくれよッ!!」

 

 

湧き上がる不安と焦燥、そして怒り。

 

ノクトは遥か上にある港を睨みつけると、一心不乱に壁へとデルフを突き刺してシフトしていく。

 

 

 

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