ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第25章

 

 

ルイズに対するワルドの剣幕を見かねたウェールズが、間に入ってとりなそうとした。

 

 

「子爵·······君はフラれたのだ。潔く───」

 

 

だが、ワルドはその手を撥ね退けた。

 

 

「黙っておれ!」

 

 

ウェールズはワルドの言葉に驚き、立ち尽くした。ワルドはルイズの手を強く握った。その瞬間ルイズは、まるで自分の手が蛇に絡みつかれたように感じた。

 

 

「ルイズ !君の才能が僕には必要なんだ!」

 

「私は、そんな、才能のあるメイジじゃないわ」

 

「だから何度も言っている! 自分で気づいていないだけなんだよルイズ!」

 

 

ルイズはワルドの手を振りほどこうとしたが、ものすごい力で握られているために振りほどく事ができない。苦痛に顔を歪めながら、ルイズはワルドを睨み付ける。

 

 

「そんな結婚、死んでも嫌よ。あなた、私をちっとも愛してないじゃないッ!!」

 

 

ルイズはようやく気が付いた。

 

ワルドがいったい何を求めているのかを。

 

 

「分かったわ、あなたが愛しているのは、あなたが私にあるという、『ありもしない魔法の才能だけ』。ひどいわ。そんな理由で結婚しようだなんて。こんな侮辱はないわッ!!」

 

 

ルイズは暴れた。

 

 

「子爵、君はもう─────」

 

「黙っていろと言っているッ!!」

 

 

ウェールズがワルドの肩に手を置いて引き離そうとすると、今度はワルドに突き飛ばされた。突き飛ばされたウェールズの顔に、赤みが走る。そしてすぐさま立ち上がると、杖を引き抜いた。

 

 

「うぬ、なんたる無礼! なんたる侮辱! 子爵、今すぐにラ・ヴァリエール嬢から手を離したまえ! さもなくば、我が魔法の刃が君を切り裂くぞ!」

 

 

ワルドはそこでようやくルイズから手を離した。どこまでも優しい笑みを浮かべる。しかし、その笑みは嘘に塗り固められているものだった。

 

 

「こうまで僕が言ってもダメかい? ルイズ。僕のルイズ」

 

 

ルイズは怒りで震えながら言い返した。

 

 

「嫌よ、誰があなたと結婚なんかするもんですか」

 

 

ワルドは天を仰いだが、そこにルイズに結婚を拒否されたという悲壮感は全く見受けられない。

 

ワルドがため息をつく。

 

そしてルイズに背を向けて語りだす。

 

 

「この旅で、君の気持を掴むために随分努力したんだが·······」

 

 

両手を広げて、ワルドは首を振った。

 

 

「こうなっては仕方ない。ならば目的の一つは諦めよう」

 

「目的?」

 

 

ルイズは思わず首を傾げた。どういうつもりだと思ったのだ。

 

ワルドは唇の端を吊り上げると、禍々しい笑みを浮かべた。

 

 

「そうだ。この旅における僕の目的は三つあった。その二つが達成できただけでも、良しとしなければな」

 

「達成? 二つ? どういう事?」

 

 

ルイズは不安におののきながら、尋ねた。心の中で、考えたくない想像が急激に膨れ上がっていくのを感じる。ワルドは右手を掲げると、人差し指を立ててみせた。

 

 

「まず一つは君だ、ルイズ。君を手に入れる事だ。しかし、これは果たせないようだ」

 

「当たり前じゃないの!」

 

 

次にワルドは、中指を立てた。

 

 

「二つ目の目的は、ルイズ。君のポケットに入っている、アンリエッタの手紙だ」

 

 

ルイズはその言葉で、何かに気づいたようにはっとした表情を浮かべた。

 

 

「ワルド、あなた·······」

 

「そして、三つめ·······」

 

「「!?」」

 

 

ワルドの『アンリエッタの手紙』という言葉で、ようやく全てを察したウェールズが杖を構えて詠唱を開始する。

 

しかし、ワルドは二つ名の閃光のように素早く杖を引き抜くと、瞬時に呪文の詠唱を完成させる。ワルドは風のように身を翻らせ、ウェールズの胸を青白く光るその杖で貫いた。

 

 

「き、貴様·······『レコン・キスタ』·······ッ!!」

 

 

ウェールズの口から、どっと鮮血が溢れ出る。それを見てルイズは悲鳴を上げた。

 

ワルドはウェールズの胸を光る杖で深々と抉りながら呟いた。

 

 

「三つ目·······貴様の命だ。ウェールズ」

 

 

ドン、という音を立ててウェールズは床に崩れ落ちた。

 

 

「貴族派! あなた、アルビオンの貴族派だったのね! ワルド!」

 

 

ルイズはわななきながら怒鳴った。しかしワルドはルイズのその怒鳴り声に動揺する素振りも見せず、ただ冷たい声でルイズに言った。

 

 

「そうとも。いかにも僕はアルビオンの貴族派、『レコン・キスタ』の一員さ」

 

「どうして! トリステインの貴族であるあなたがどうして!?」

 

「我々はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟さ。我々に国境はない」

 

 

そう言うと、ワルドは再び杖を掲げた。

 

 

「ハルケギニアは我々の手で一つになり、始祖ブリミルの光臨せし『聖地』を取り戻すのだ」

 

「昔は、昔はそんな風じゃなかったわ。何があなたを変えたの!? ワルド────ッ!!」

 

「月日と、数奇な運命の巡り合わせだ。それが君の知る僕を変えたが、今ここで語る気にはならぬ。話せば長くなるからな」

 

 

ルイズは思い出したように杖を握ると、ワルドめがけて振ろうとした。

 

 

「遅い!」

 

「ああ·······ッ!?」

 

 

しかしワルドに難なく弾き飛ばされ、床に転がる。さらに杖を弾き飛ばされたルイズにワルドは容赦なく風の魔法『ウィンド・ブレイク』を放つ。

 

魔法を喰らい、ルイズは紙切れのように吹き飛ばされた。

 

 

「く·······っうッ!?」

 

 

全身に走る激痛に耐えながら、ルイズは立ち上がろうとしながらワルドを睨み付ける。それを見てワルドはふん、と鼻を鳴らした。

 

 

「気に入らぬ目だ」

 

 

そしてワルドはさらにルイズに魔法を放つ。

 

 

「デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ·······」

 

 

空気の槌を放つ魔法『エア・ハンマー』だ。空気で形成された槌を腹にもろに喰らい、ルイズの体がくの字に曲がる。

 

 

「ごは·······ッ!!」

 

 

しゃがみこむと同時に、口から胃液が床に吐き出される。ワルドはさらに追い打ちのように魔法を放つ。

 

 

「言う事を聞かぬ小鳥は、首を捻るしかないだろう? なぁ、ルイズ」

 

 

壁に叩きつけられ、床に転がり、ルイズは呻きを上げた。その両目から、涙がこぼれる。

 

そこで初めて、ここにはいない使い魔に助けを求めた。

 

 

「助けて·······お願い」

 

 

本当に、情けないと思う。昨日自分から勝手に主人と使い魔の契約を切っておいて、ここに来て助けに来てほしいと願うなんて。あまりにも、虫が良すぎる話だ。

 

だがそれでも、ルイズは呪文のように繰り返す。楽しそうに、ワルドは呪文を詠唱した。

 

それは·······電撃の魔法、『ライトニング・クラウド』だ。

 

体中が痛い、ショックで息がとまりそうだ。ルイズは子供のように怯えて、涙を流した。

 

 

「残念だよ·······この手で、君の命を奪わねばならないとは·······」

 

 

電撃を放つ、風の魔法の中でも上位に存在する魔法。それをまともに受ければ間違いなく命はないだろう。

 

 

「ノクト!! 助けてッ!!」

 

 

ルイズは絶叫した。呪文が完成し、ワルドがルイズに向かって杖を振り下ろそうとした瞬間。

 

ドッパァァァッ!! という凄まじい衝撃が礼拝堂に響き渡った。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールという少女は、自分の身に起きたことが理解できなかった。

 

先ほどまで地面にへたり込んでいたはずの自分の体が、宙に浮いている。

 

いや、違う。

 

()()()()()()()()()()()。片腕でルイズの体を抱える細身ながらも鍛え抜かれた体を持つその男は、もう片方に、錆びれた剣を握っていた。

 

ルイズの記憶が正しければ、それはインテリジェンスソードだった。

 

ルイズは知っている。

 

その剣を持つ青年の名を知っている。

 

 

「無事か、我が主人」

 

 

最低限の礼節だけを弁えた、短い言葉だった。敬語を語ることを好まぬ黒髪の青年の言葉だった。その端的な言葉を受けて、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールはようやく事態を把握した。 

 

この暖かい腕の持ち主は、ルイズのために立ち上がってくれた。

 

例え使い魔としての任を解かれても、見捨てられても。

 

彼だけは駆けつけてくれた。

 

 

「·······遅い、のよ·······」

 

 

その事実を前に、ルイズの瞳から、ボロッと涙が溢れた。

 

これまでのものとは明らかに違った。

 

涙の理由は変わっていた。

 

こんなにも流したい涙があったのかと、驚いてしまうほどだった。

 

彼女は自分の中から込み上げてくるものに逆らわず、ボロボロと大粒の涙をこぼしながら、ありったけの力を込めてこう叫んだ。

 

 

「遅いのよ·······ッ!! このバカ使い魔·······ッ!!」

 

 

青い光を身に纏い、『王の力』を解放している青年。

 

彼の名は、ノクティス・ルシス・チェラムという。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「貴様·······ッ!!」

 

 

ワルドが呟く。

 

壁をぶち破り、間一髪飛び込んできたノクトがワルドの手からルイズを救いだしたのだ。

 

 

「·······」

 

 

ワルドに対して、ノクトは何も言わない。ただ、強烈な殺意が込められた瞳を、ワルドに向けている。

 

ワルドはそこから後ろに飛び跳ねて距離を空けると、杖をノクトに向ける。

 

ノクトがルイズを横目で見てみると、彼女は失神したのかだらりとぶら下がり、ピクリとも動かない。ノクトは一度宙に舞う自分の体を床へと足をつけると、身に纏っていた青い光が消える。

 

そんなノクトに向かって、残忍な笑みを浮かべたワルドが言った。

 

 

「何故にここが分かった? ガンダールヴ」

 

「名前くらい覚えろよもじゃ髭野郎·······ルイズの視界が、見えた。だからここに来た」

 

 

いつもよりも低い、怒りと殺気が込められた声。しかしそれに動じる事も無く、ワルドがさらに続ける。

 

 

「そうか、なるほど、主人の危機が目に映ったか·······だが一足遅かったな、僕はもう目的を一つだけだが達成している」

 

「·······」

 

 

そう言われてノクトは床に崩れ落ちたウェールズを見る。彼はピクリとも動かない。物言わぬ死体となって、勇敢な死を遂げたのだ。

 

ノクトはこめかみに青筋を浮かべながら、

 

 

「·······アンタは、ルイズを騙してたのか。いや、ルイズだけじゃねぇ。アンリエッタ姫も、ウェールズも、アンタを信頼していた人達を、全員」

 

「目的のためには、手段を選んでおれぬのでな」

 

「ルイズはアンタを信じていた。婚約者のアンタを·······幼い頃の憧れだったアンタを·······それでもアンタは、この状況を見て何も感じねぇのか?」

 

「別に何も感じないが?」

 

 

それを聞いて、ノクトはデルフの柄を強く握りしめた。

 

 

「そうかよ·······なら、アンタを倒すだけだ」

 

「ふん、できるのか? 女神の杵亭では君に後れを取ったが、あの時は僕も本気ではなかった。本気になった僕に、君が勝てるとでも?」

 

「ああ、余裕で勝てるわ。俺を相手にするんだったら、腕一本くらいは覚悟しとけよ」

 

 

その言葉にワルドがふっと笑みを浮かべた直後、その体が素早く動いた。ウィンド・ブレイクをノクトに放つが、ノクトは上空に高くシフトして魔法をかわす。

 

チッとワルドは舌打ちしてさらに魔法を放つが、ノクトは体を捻って魔法をかわすと地面に着地する。

 

その時、ノクトが手にしているデルフが叫んだ。

 

 

『思い出した!』

 

「なんだよいきなり!?」

 

『そうか·······ガンダールヴか! すっかり忘れてたぜ。何せ、今から六千年も昔の話だからな』

 

「こんな時に急に何を言ってんだお前はッ!?」

 

 

戦闘中だというのに話し出すデルフはそんなノクトのことを気にせず語りだす。会話をし続けている間にもワルドからウィンド・ブレイクが放たれる。

 

それをシフトしてかわすと、デルフがさらに声を上げる。

 

 

『懐かしいねえ。泣けるねえ。そうかぁ、いやぁ、なんか懐かしい気がしてたが、そうか。相棒、昔俺を握っていた、あのガンダールヴか!』

 

「は? 昔お前を握ってたって·······どういう事だよ?」

 

『嬉しいねえ! そうこなくっちゃいけねえ! 俺もこんな格好してる場合じゃねえ!』

 

 

叫ぶなり、デルフの刀身が突然輝き出した。

 

ノクトは思わず戦場にいるという事を一瞬忘れて、デルフを見つめる。

 

 

「デルフ?」

 

 

その隙をつくように、再びワルドがウィンド・ブレイクを放つ。

 

猛る風がノクト目がけて吹きさすぶ。ノクトが魔法をかわそうとすると、右手のデルフが再び叫んだ。

 

 

『相棒! 俺をかざせ!』

 

「はあ!?」

 

 

それにノクトが戸惑った表情を浮かべるも、言われた通りに飛んで来る魔法にデルフをかざした。

 

 

「無駄だ! その剣では魔法を防ぐ事などできん!」

 

 

無駄な行為と思ったのかワルドが叫ぶ。しかし、次の瞬間驚くべき現象が起きた。ノクトを吹き飛ばすかのように思えた風が、デルフの刀身に吸い込まれたのだ。

 

さらに、今まで錆びていたはずのデルフの刀身が、まるで今研がれたかのように金色に光り輝いていた。

 

 

「な、なんだよ·······その姿!?」

 

『これがほんとの俺の姿さ! 相棒! いやぁ、てんで忘れてた! そういや、飽き飽きしてた時に、テメェの体を変えたんだった! なにせ、面白い事はありゃしねえし、つまらん連中ばっかだったからな!』

 

「·······そういうことはもっと早く思い出しとけよ·······」

 

『仕方がねえだろ。忘れてたんだから。でも安心しな、相棒。ちゃちな魔法は全部、俺が吸い込んでやるよ! このガンダールヴの左腕、デルフリンガー様がな!』

 

 

ノクトの疲れたようなため息と共に放たれた言葉にも、当のデルフはまったく気にしていなかった。そのデルフらしいと言えばデルフらしい態度に、ノクトは思わず苦笑を浮かべる。

 

一方、ワルドは興味深そうにノクトの握っている剣を見つめていた。

 

 

「なるほど·······ただの剣ではないというわけか。まぁ、魔法を吸い込むというのは少々厄介だが、それで私を倒せるかどうかは別問題だ」

 

「·······未だにそう思ってんなら、マジで魔法衛士隊の質を疑うわ·······いや、もうそもそも魔法衛士隊の隊長じゃねぇんだったな」

 

 

デルフの変化を見ても、ワルドは余裕の態度を失っていない。それどころか杖を構えて、薄く笑みすら浮かべている。どうやら自身の勝利をまったく疑っていないようだ。

 

 

「さて、ではこちらも本気を出そう。何故、風の魔法が最強と呼ばれるのか、その所以を教育いたそう」

 

「やらせねぇよッ!!」

 

 

させるかと言わんばかりにノクトが飛びかかり斬撃を振るうが、逃げに徹して呪文を唱えるワルドはその全ての攻撃をかわし続ける。

 

 

「チッ! ちょこまかとッ!!」

 

 

とノクトが舌打ちした直後、ワルドの呪文が完成した。

 

その時、呪文を完成したワルドの体がいきなり分身した。分身した数は、四つ。本体と合わせて、五人のワルドがノクトを取り囲んだ。

 

 

「分身·······?」

 

「ただの『分身』ではない。風の偏在『ユビキタス』·······風は偏在する。風の吹くところ、何処となく彷徨い現れ、その距離は意思の力に比例する」

 

「やっぱり裏切り者がいたのか。それがしかもアンタだったっつーわけか·······なるほど、情報が洩れるわけだわ」

 

 

フーケを脱獄させたのもおそらくワルドだろう。魔法衛士隊の隊長という身分からして、余裕で城の中に潜り込める。

 

 

「しかも一つ一つが意思と力を持っている。言ったろう? 『風』は偏在する!」

 

 

五人のワルドがノクトに躍りかかる。さらにワルドは呪文を唱え、杖を青白く光らせた。

 

『エア・ニードル』。

 

先ほど、ウェールズの胸を貫いた呪文だ。

 

 

「杖自体が魔法の渦の中心だ。その剣で吸い込む事はできぬ!」

 

 

杖が細かく振動している。回転する空気の渦が鋭利な切っ先となり、ノクトを襲う。ノクトはどうにかデルフで攻撃を受け流すが、数が多すぎる。まともに喰らえば、いくらシフトして虚空へと消えて躱せるノクトと言えど危ないだろう。

 

攻撃を受け流すノクトを見て、ワルドが楽しそうに笑った。

 

 

「手合わせの時も思ったが、平民にしてはやるではないか。流石は伝説の使い魔と言ったところか。しかし、やはりはただの骨董品であるようだな。風の偏在に手も足も出ぬようではな!」

 

「·······」

 

 

その声を聞きながら、ノクトは偏在の攻撃を避ける。それからはぁ、とため息をつく。

 

 

(そろそろ、『真の王』としての力を解放するか)

 

 

心の中でそう思った直後に、ノクトは動きを止めてその場に立ち止まった。戦うのを諦めたかと思ったのか、五人のワルドが一斉にノクトを取り囲んで杖を向ける。 

 

 

「諦めて死を選ぶとは、拍子抜けだが賢明な判断だな! 所詮貴様は名前だけの大昔の骨董品に過ぎん! そんな人間が、僕達レコン・キスタに勝てるはずがない! 死ね、ガンダールヴゥゥゥゥヴ!!」

 

 

そして、ワルドの魔法がノクトに放たれると思われた刹那。

 

パキンッ!! という音を立てるとノクトの周りに武器が十三本展開される。    

 

賢王の剣、

 

修羅王の刃、

 

飛王の弓、

 

獅子王の双剣、

 

夜叉王の刀剣、

 

伏龍王の投剣、

 

覇王の大剣、

 

慈王の盾、

 

鬼王の枉駕、

 

聖王の杖、

 

神凪の逆鉾、

 

闘王の刀、

 

父王の剣、

 

それぞれ十三本のファントムソードが真の王であるノクトを守るように周囲を回転する。

 

そして、そのうちの四つが、四人のワルドの体を貫いた。

 

 

「·······はっ?」

 

 

予想外の光景を目の当たりにして、ワルドは思わず間抜けな声を出した。腹を何かで貫かれた偏在達は何が起こったのか分からないという表情を浮かべながら、この世から消滅する。

 

四人のワルドを貫いたそれは青白い武器のようなものだった。武器達はノクトを守るように周囲を回転している。そして、素早く回転させると、そのうちの一本、アルテマブレードを左手に掴む。

 

 

「な、何だ貴様のそれは·······!? 貴様は、一体·······!?」

 

「調子乗ってんなよ·······」

 

 

 

ノクトは右手にデルフリンガーを持ちながら左手にアルテマブレードを呼び出し、地面に突き刺す。同時に他のファントムソードを周りに出現させ、低い声でワルドに対しこう言った。

 

 

「我が名は·······ノクティス・ルシス・チェラム。ルシス王国の王子だ。恐れ入ったぞ下郎風情が、王たる俺に働いた数々の狼藉と蛮行·······その生の全てを以て償ってもらう」

 

「ッ!?」

 

 

慣れない言葉遣いに自分自身でさえ引いてしまうが、王子だという身分を象徴して、自分との格差を見せつける。

 

そして。

 

そして。

 

ノクトは右手にデルフリンガー、左手にアルテマブレードを装備して、展開させていた『ファントムソード』達をワルドの方に向けて、こう言った。

 

 

「ぶっ殺す」

 

 

鋭い呼気と共に吐き出しながら、全てのファントムソードを前方に向け、ターゲットを中心に、広範囲に相手に発射し、ノクトがデルフリンガーとアルテマレードで斬りかかる。

 

ノクトはそこで止まらなかった。

 

右手のデルフリンガーを素早く引き戻すや、尚も再度の攻撃体勢に入ろうとしているワルドに、左のアルテマブレードでワルドの目でも捉えられないほどの連続技を浴びせた。

 

ファントム・サクセション。

 

デルフリンガーとアルテマレードの二刀流による超強力な乱舞攻撃。

 

その後ノクトとファントムソードが高速で相手を斬りつけ、最後には地面に向けてファントムソードを撃つと同時に光を放つ。

 

そして。

 

 

「·······これで、終わりだッ!!」

 

 

そう言い放った直後、そこにアルテマブレードを叩き込み、爆発させた。

 

そのノクトの斬撃が、ワルドの左腕を切り飛ばした。

 

エンド・オブ・ワールド

 

ノクトは最後の一撃をワルドに喰らわせるとアルテマブレードを逆手に持ち、地面へと着地する。

 

ノクトによって斬り飛ばされたワルドの左腕はくるくると宙を舞い、ぼとりと音と共に床に落下した。 

 

 

「が·······アァッ!!」

 

 

一方で左腕を斬り飛ばされたワルドはと言うと、床に踞くまったまま出血している左肩の辺りを右手で押さえている。

 

 

「くそ·······この『閃光』が、よもや後れを取るとは·······」 

 

 

よろよろと立ち上がりながら、ワルドがノクトを忌々しそうに睨み付ける。

 

ノクトは反撃に備えて剣を構えようとしたが、何故か急に体から力が抜けるような感覚がして足元がふらつく。

 

 

「何だ·······これ·······?」

 

『ああ、相棒。無茶をすればそれだけガンダールヴとして動ける時間は減るぜ。何せ、お前さんは主人の呪文詠唱を守るためだけに生み出された使い魔だからな』

 

「だからそういうのは先に言ってくれよ·······」

 

 

ノクトに襲い掛かってきた現象を、デルフが説明する。

 

先ほどノクトは決着をつけるために、真の王の力だけではなくガンダールヴのルーンの力も併せて使用していた。恐らくその反動のせいという事だろう。

 

ワルドは残った右腕で杖を振るって宙に浮かぶと、ノクトを見下ろしながら言う。

 

 

「くっ·······まあ、目的の一つが果たせただけで良しとしよう。どのみちここには、すぐに我が『レコン・キスタ』の大群が押し寄せる。ほら! 馬の蹄と竜の羽の音が聞こえるだろう!」

 

 

ワルドの言う通り、外から大砲の音や火の魔法が爆発する音が、遠く聞こえてきた。戦う貴族や兵士の怒号や断末魔の声がそれらの轟音に入り混じる。

 

 

「愚かな主人ともども灰になるが良い! ガンダールヴ!」

 

「待てッ!!」

 

 

捨て台詞を残して、ワルドは壁に開いた穴から飛び去った。

 

残されたノクトはその穴を少しの間睨み付けていたが、やがて視線を外すとふらついた足取りでルイズに駆け寄る。

 

 

「ルイズ!」

 

 

ノクトはルイズを抱え起こしてから、彼女の右手の手首に人差し指と中指と薬指を揃えて当てる。するとノクトの指にルイズの脈拍が伝わってきて、ノクトはほっと安堵の息をついた。

 

ルイズはボロボロだった。

 

マントは所々が破れ、膝と頬を擦りむいている。服の下は、打ち身だらけに違いない。

 

ルイズは胸の辺りで、手を固く握っている。その下の胸ポケットのボタンが外れて、中からアンリエッタの手紙が顔を覗かせていた。どうやら、ルイズは意識を失ってもこの手紙だけは守るつもりでいたようだ。

 

本当に、生きていてくれて良かったと思う。

 

だが、何故かそう思ったノクトの表情は曇っていた。ノクトは視線をルイズから、すでに事切れているウェールズに移す。

 

それから手を固く握ると、心の底から辛そうな声を出した。

 

 

「くそ、まただ。また俺は、間に合わなかった」

 

 

ルイズを助ける事は出来たのかもしれない。ワルドからアンリエッタの手紙を守る事は出来たのかもしれない。

 

だが、死ぬ事を覚悟していたとはいえ、大切な人がいるウェールズを助ける事ができなかった。

 

結局は、自分は何も変わっていない。

 

例えどれだけ力をつけたとしても、いつも間に合わない。  

 

自分の父親が王都を出てすぐに殺されたり、仲間のイグニスの目を負傷させたり·······自分の婚約者である、『ルナフレーナ』を救えなかったりと。

 

いつもいつも自分は救いたいという時に限って間に合わない。

 

 

『なぁ相棒。そんなに強く悔しがる事はないんじゃねえのか? 相棒は、娘っ子の命を助けたじゃねえか』

 

「けど俺は、ウェールズの命を助ける事ができなかった。もう少し俺がここに駆けつける事ができたら·······」

 

 

そんな事を言うノクトに、デルフはため息をついた。

 

 

『はぁ·······ったく、相棒。俺はただの剣だが、お前さんよりも長く生きてる。だからこれぐらいは言わせてもらうぜ。背負い込み過ぎだ』

 

「え?」

 

『ウェールズが死んだのはワルドのせいだろうが。それに例え相棒が間に合ったとしても、その後ウェールズは戦場に向かって死んでただろうよ。大体、相棒も昨日それを承知していただろうが。それでウェールズが戦場で死んだら、それも自分のせいだって背負い込むつもりか?』

 

「·······」

 

 

黙り込むノクトに、デルフが諭すように言う。

 

 

『なぁ相棒。失ったものばかりに目を向けんなよ。今娘っ子はちゃんと生きてお前さんの目の前にいる。お前が、娘っ子の命を救ったんだ。それは間違いなく、誇りに思って良い事だ』

 

「·······」

 

 

それを聞いてもノクトは黙ったままだったが、不意にルイズの手をゆっくりと掴む。

 

彼女の白く小さな手は、とても暖かい。

 

自分がその手の温もりを守ったのだとノクトが気付いた時、目の奥が熱くなった。たった一つ、たった一つだけかもしれないが、自分は護りたいものを護る事ができたのだ。

 

ノクトがルイズの手を握ってそう思った直後、デルフが困った声を上げる。

 

 

『しかしよぅ、相棒·······これからどうする? イーグル号はとっくに出港しちまったし·······それにほら、外のわめきが聞こえるだろう? 皇太子のいねえ王軍は、あっという間に負けちまったみてえだぜ? すぐに敵はここまでやってくるだろうよ』

 

「·······ああ、わかってる」

 

 

デルフの言う通り、確かにそのようだった。怒号、爆発音はすでに城の内部にまで迫っていた。ここに敵が押し寄せるのも時間の問題だろう。

 

ノクトはルイズをそっと寝かせると、デルフを強く握りしめる。まるでルイズを護るかのように彼女の前に立ち塞がった。 

 

 

『一応聞くが·······何をする気だ?』

 

「ルイズを護る、それだけだ」

 

 

ノクトの言葉を聞いて、デルフはぴくぴくと震えた。

 

 

『ま、それよりほかにする事はあるめえな。相棒はガンダールヴで、この貴族の娘っ子は相棒の主人だしなあ。ま、短い付き合いだったが、楽しかったぜ。相棒』

 

「おいおい、何言ってんだ?」

 

『あん?』

 

「悪いけど、死ぬわけにはいかねぇんだよ。ルイズを護れなくなるからな」

 

『分が悪すぎると思うぜ。敵は五万だぞ?』

 

「は! たかだが五万の兵士ごときに俺が遅れをとるとでも思ってんのかよ? 俺は、『真の王』だぜ?」

 

 

ノクトはそれがどうしたと言わんばかりの表情を浮かべながらデルフに言った。

 

例え相手が五万だろうが、十万だろうが、簡単に勝てそうな気がした。

 

ノクトは再びファントムソードを召喚する。武器達は主を守るように周囲に展開される。

 

 

「武器の貯蔵は十分だ。これなら五万の敵相手に遅れをとることはない」

 

 

するとノクトの言葉を聞いたデルフの震えが、ますますひどくなった。

 

 

『は! 気に入ったぜ! そうこなくっちゃいけねえ!! そうだな、たかが五万だ。散歩に出かけるみてえなもんだッ!!』

 

 

そうして、ノクトはデルフを構えて礼拝堂の入り口を睨む。

 

いずれ現れる、敵を待ち構えて。

 

だが、その時だった。

 

ぼこっと、ルイズが横たわった隣の地面が突然盛り上がった。

 

 

「なんだ?」

 

 

ノクトが地面を睨み付け、剣を構えたその時、ぼこっという音と共に床石が割れて茶色の生き物が顔を出した。

 

予想外の事態に、ノクトはここが戦場である事を一瞬忘れて呆然とした表情を浮かべる。

 

一方、茶色の生き物は椅子の上に横たわったルイズを見つけると、モグモグと嬉しそうにその体をまさぐった。

 

 

「お前はッ!!」

 

 

記憶が正しければ、こいつは確かギーシュの使い魔のヴェルダンデだ。

 

すると、ヴェルダンデが出てきた穴からひょこっとギーシュが顔を出した。

 

 

「こら! ヴェルダンデ! どこまでお前は穴を掘る気なんだね! 別に良いけど·······って」

 

 

土にまみれたギーシュは、自分を見つめているノクトと、横たわっているルイズに気づいてとぼけた声で言った。

 

 

「おや! 君達! ここにいたのかね!」

 

「ギーシュ!?」

 

 

突然現れたギーシュの存在に、ノクトは目を丸くした。

 

 

「な、なんでお前がこんなところにいるんだよ!?」

 

「いやなに。土くれのフーケとの一戦に勝利した僕達は、寝る間も惜しんで君達の後を追いかけたのだ。何せこの任務には、姫殿下の名誉がかかっているからね」

 

「でもここは雲の上だぞ!? どうやって·······」

 

 

すると、ギーシュの傍らにキュルケが顔を出した。

 

 

「はぁ~いダーリン! 会いたかった?」

 

「キュルケまで!?」

 

「ここまで来た経緯だけど、タバサのシルフィードよ。シルフィードなら空中に浮かぶアルビオンまで問題なく飛べるわ」

 

「アルビオンについたは良いが、何せ勝手が分からぬ異国だからね。でも、このヴェルダンデがいきなり穴を掘り始めた。そしたら·······」

 

 

そこでギーシュの言葉を引き継ぐように、キュルケのすぐ隣にタバサも顔を出した。 

 

 

「ここに出て、あなた達を見つける事ができた」

 

「タバサ·······」

 

 

どうやら三人とも、特に目立った怪我も無くここに辿り着いたらしい。その事に安堵して、ノクトは軽く息をつく。

 

ヴェルダンデはフガフガとルイズの指に光る水のルビーに鼻を押し付けている。ギーシュはそれを見て、うんうんと頷いた。

 

 

「なるほど。水のルビーの匂いを追いかけて、ここまで穴を掘ったのか。僕の可愛いヴェルダンデはなにせ、とびっきりの宝石が大好きだからね。ラ・ロシェールまで、穴を掘ってやってきたんだよ、彼は」

 

「へ、へぇ~·······」

 

 

まさかモグラに救われるとは思わなかったが、この使い魔のおかげでギーシュ達がここにやってこられたのは紛れもない事実だ。

 

ノクトがヴェルダンデの頭を撫でると、巨大なモグラは嬉しそうな鳴き声を上げた。

 

 

「ねえ聞いて? あたし、もうちょっとであのフーケを捕まえるとこだったんだけど、逃げられちゃった。あの女ってば、メイジのくせに終いにゃ走って逃げたわ。ところでダーリン、ここで何をしているの?」

 

 

キュルケが顔についた土をハンカチで拭い、さらにタバサの顔についている土も拭ってやりながら言った。

 

そこでようやく現在の状況を思い出し、焦った声で一同に言う。

 

 

「ちょうど良かった! 早くここから脱出するぞ! 敵がもうすぐそこまで来てるんだ! タバサ、シルフィードですぐここから離れられるか?」 

 

 

ノクトの問いに、タバサはこくりと頷くと、穴の中に潜って行った。

 

相変わらず状況判断が素早い少女である。一方で、ギーシュとキュルケはきょとんとした表情で、

 

 

「離れるって·······任務は? ワルド子爵は?」

 

「手紙は手に入れたし、アイツは裏切った! そんな事よりここから早く離れる方が先決だ! すぐに飛び立つぞッ!!」

 

「なぁんだ。よく分かんないけど、もう終わっちゃったの」

 

 

キュルケがつまらなそうに言うが、正直は今はそんな事を言っている場合ではない。

 

ルイズを抱えて穴に潜ろうとした時、ノクトはある事に気づいてルイズをギーシュに預けると礼拝堂に戻り、倒れているウェールズに近づく。

 

目が大きく開いたまま絶命しているウェールズを、ノクトは静かに目蓋を下ろす。

 

 

「おーい! 何をしてるんだね! 早くしたまえ!」

 

 

ギーシュがそんなノクトを呼んだ。

 

ノクトはウェールズの体を探った。せめてアンリエッタに渡す、何か形見の品は無いかと探し回った。

 

そして彼が指に嵌めた、大粒のルビーに気付く。

 

それはアルビオン王家に伝わる、『風のルビー』だ。ノクトは王子の指から指輪を外すと、ポケットに入れる。 

 

 

「ウェールズ·······アンタの勇敢な死を無駄にはしない。安らかに眠ってくれ」

 

 

ノクトは一礼してから、穴に急いで駆け戻る。

 

穴にもぐった瞬間、礼拝堂に王軍を打ち破った貴族派の兵士やメイジが飛び込んできた。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

ヴェルダンデが掘った穴は、アルビオン大陸の真下に通じていた。

 

ノクト達が穴から出ると、すでにそこは雲の中である。

 

 

「っておい、嘘だろぉぉぉぉおッ!?」

 

 

叫ぶノクトだったが、落下する四人とモグラを、シルフィードが受け止めた。

 

ヴェルダンデはシルフィードの口にくわえられたので、抗議の鳴き声を上げた。

 

 

「我慢しておくれ、可愛いヴェルダンデ。トリステインに降りるまでの辛抱だからね」 

 

 

シルフィードは緩やかに降下して雲を抜けると、魔法学院を目指して力強く羽ばたいた。

 

ノクトはルイズをゆっくりと風竜の背中に横たわらせてから、アルビオン大陸を見上げる。

 

雲と空の青の中、アルビオン大陸が遠ざかる。短い滞在だったが、様々なものをノクトに残した白の国が遠ざかる。

 

どっと疲れが襲い掛かってきたノクトは、シルフィードの背びれに体を預けたまま少し仮眠を取ることにした。

 

 

 

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