ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第26章

 

 

その時ルイズは、ぼんやりと夢の中を彷徨っていた。

 

故郷のラ・ヴァリエールの領地の夢である。

 

忘れ去れた中庭の地。そこに浮かぶ小舟の上で、ルイズは寝ころんでいた。辛い事があるとルイズはいつもここで隠れて寝ていたのであった。

 

自分の世界。

 

誰にも邪魔されない、秘密の場所。

 

ちくり、とルイズの心が痛む。

 

もう、ワルドはここへはやってこない。

 

優しい子爵。憧れの貴族。幼い頃、父同士が交わした結婚の約束·······

 

幼いルイズをそっと抱え上げ、この秘密の場所から連れ出してくれたワルドはもういない。

 

いるのは、薄汚い裏切者。勇気溢れる皇太子を殺害し、この自分をも手にかけようとした残忍な殺人者。

 

ルイズは小船の上で泣いた。

 

そうしていると、急に自分の周りの空気が変わったような、気がした。

 

 

「·······何?」

 

 

ルイズが顔を上げると、辺りの風景が一変していた。

 

自分の知らない素材で作られた建築物。訪れた事も無い場所。唯一夜空だけが、自分の知っているものと瓜二つの姿で自分を照らしている。

 

 

「ここは·······前に夢で見た·······」

 

 

前見た景色に似ていたが、どこか違う。

 

まず、自分がいるのは屋内だ。

 

城、の中なのだろう。

 

しかし、明かりは灯ってなく、薄暗く、天井にも穴が空いている。ちょっとした部屋ぐらいの幅のある廊下、踏むのではなく眺めるためにあるような絨毯、あっちこっちにかけられた絵画とか彫刻とかが目に入る。

 

ルイズは興味深く探索する。

 

しかし、人の気配がひとつもない。まるで廃墟だ。見捨てられた城の中を震える体で歩き続ける。

 

と、そんな時のことだった。

 

ルイズはいつの間にか巨大な扉の前に立っていた。

 

 

「·······?」

 

 

ルイズはその先に何があるのか気になったのだろう、ルイズは悪いとは思いつつも巨大な扉のノブに触れる。

 

その先にあったのは、『王の間』といっても言い作りをした部屋だった。

 

階段状の壇上にでかい『玉座』があった。

 

ただっ広いだけの空間は、謁見の間としての大部屋にも見えた。

 

しかし、部屋の左側、ルイズから見て左側の壁がひどく壊されており、風穴が空いている。瓦礫が崩れ、階段上にまで流れ込んでいる。

 

そして右の空間。

 

そっちの方は無傷で階段も傷一つなく問題なく登れそうだった。

 

そしてそこを、()()()()()()()()()()()()()()

 

黒い、黒い、黒いスーツを着た男性。

 

彼は疲れたような足取りで一段、また一段とゆっくりと登っていっていた。

 

 

「あ、あの!!」

 

 

ルイズが声をかけても、男性は返事をしない。まるでルイズがそこに存在しないかのように男性は無視している。いや、実際に見えてないのかもしれない。

 

男性は階段状の壇上にあるでかい『玉座』にまでたどり着くと、右手を撫でるように置いて低い声で言った。

 

 

『はぁ、帰ったよ』

 

 

その声には疲れが見えていた。

 

 

『ちゃんと胸張ってさ』

 

 

誰に対してでもなく、玉座の上にいる誰かに話しかけるように男性は言葉を紡ぐ。

 

 

『遅くなったけど、強くなった』

 

 

そう言って、彼は玉座に静かに座る。

 

そしてゆっくりと深呼吸をして、目を瞑り、鼻から息をいっぱい吸って口から吐いて、

 

 

『·······ありがとな、ルーナ、みんな』

 

 

その時。

彼の右手の中指に嵌められている『黒い指輪』が白く輝き始める。

 

 

『·······親父·······』

 

 

玉座に座っている男声の隣に、うっすらと髭を生やした中年の男性が背を向けて立っていた。

 

 

『一緒に過ごせて·······幸せだった』

 

 

そして彼は目を瞑り、どんどん光が膨れ上がってくるのを悟って、みんなに聞こえるような声で言う。

 

 

『ルシスの王よ·······』

 

 

うっすらと浮かんでいた男性は消え、白く陽炎のように浮かんでいた鎧達が一ヶ所に集結するように彼はこう命令する。

 

 

『集え!!』

 

 

右手に『父王の剣』を召喚し、地面へと突き刺すと、階段上に十二本の武器達が突き刺さった。そこから、幽霊のように鎧を纏った者達が現れそれぞれが自分の武器を取る。

 

 

「な、なに? いったい何をする気なの·······あの人」

 

 

ルイズは先程から見ていた光景を頭の中で処理しきれなかった。目の前で起きていることを理解できなかった。ただ脳がこんなことが起きているとしか認識してくれない。

 

すると、

 

一つの剣を持った鎧が宙を舞い、まるで今から男性を突き刺そうとするかのような体勢を取ると、本当に男性目掛けて突き刺した。

 

 

『ぐあッ!?』

 

 

突き刺さったものの、胸に穴は空いてはいない。攻撃は全て、男声の中指に嵌められている指輪に吸収されている。

 

男性は堪えるように父王の剣を握り締める。

 

そして、どんどんと鎧達は男性を突き刺そうと攻め込んでくる。

 

 

『ぐあッ!? ぐぅッ!! ガッアッ!!』

 

 

掴んでいた剣から手を離しそうになるほどの激痛に耐え、しかし一瞬その右手が剣から離れてしまう。

 

 

「──────ッ!!」

 

 

ルイズその時、懸命に男の名を叫んだ。

 

 

(·······え? 私今、何て言ったの?)

 

 

自分で声を出したにも関わらず、その声はかき消された。喉の調子を確かめるように喉に手を当てて擦るも、声は出る。

 

しかし、

 

 

「───────ッ!!」

 

 

男の名を口にしようとすると何故かかき消されてしまう。そうしている間にも男性は鎧達に貫かれている。

 

そして、

 

 

『が·······アァッ!!』

 

 

俯くように力が入らなくなった男性は、剣を杖代わりにして、何とか正気を取り戻す。右手から左手に持ち変えた父王の剣の背後にうっすらと人影が浮かんでいる。

 

 

『親父·······後は任せろ』

 

 

その瞬間、彼の手の中にあった剣が消え、また白い幽霊のような鎧が現れ、その手に彼が今まで掴んでいた剣が掲げられる。

 

そして、

 

 

ザシュ!!

 

 

と、彼の胸に父王の剣が突き刺さった。

 

そして、男性は力尽きたように眠ってしまった。

 

それを見たルイズは叫ぶ。

 

 

()()()()()()!!」

 

 

ルイズは目を見開いた。

 

しかし、それに驚く暇も無く、ルイズの目の前の光が大きくなっていく。

 

やがてルイズはその光に呑み込まれ、意識を失った。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「·······んぅ」

 

 

ルイズが目を覚ますと、そこはシルフィードの背中の上だった。ルイズが体を起こすと、それに気づいたギーシュが声をかけた。

 

 

「おや、ルイズ。目が覚めたかい。良かった·······」

 

 

安心したかのように、ギーシュが安堵の息をつく。そしてキュルケ達もルイズが目を覚ましたことに気づいたのか、それぞれルイズに言う。

 

 

「あら、おはようルイズ。よく眠れた?」

 

「·······」

 

 

唯一無言なのは、分かると思うがタバサである。彼女は起きたルイズをちらりと横目で見た後、手元の本に視線を戻した。自分を見る一同を見渡してから、ルイズは今の状況を理解する。

 

自分は、助かったのだ。

 

あの裏切り者の、ワルドに殺されそうになった時、ノクトが飛び込んできてくれた。それから自分はしばらく意識を失っていたが、

 

 

「ノクトは? ノクトはどこ!?」

 

「·······そこ、寝てる」

 

 

タバサが指差してノクトがいる場所を教える。

 

ノクトはシルフィードの背びれに体を預けたまま眠っていた。

 

·······ここに彼がいるところを見ると、ノクトは勝ったのだろう。

 

自分達は助かったが、きっと王軍は負けたのだろう。

 

ウェールズも死んでしまったのだろう。

 

助かった喜びと、悲しみが入り交じり、ルイズは泣きそうになった。

 

だがそれをこらえるかのように、ルイズは目をつむってからノクトに向き直る。

 

ノクトは疲れが溜まっているのか起きる気配はない。そんなノクトにルイズは顔を近づけてこう言った。

 

 

「ありがとう、ノクト」

 

 

そうしてルイズはノクトの頬にキスをする。誰もが見ている前で、恥ずかし気もなく、堂々と、主人と使い魔としての褒美を与えられた。

 

そんな時、

 

 

「·······んぅ?」

 

 

ノクトは目を覚ました。

 

そして、すぐ気付くことになる。超至近距離で覗き込むようにルイズがノクトのことを見ていたからだ。

 

 

「なにしてんだルイズ?」

 

 

そこで思わず、うっ、と声を上げそうになった。

 

ルイズは思い切り俯いていて、顔どころか耳まで真っ赤に染まっていた。肩は小刻みに震えていて、その小さな唇が何かを言おうとして踏み止まっている。

 

 

「ひっ·········え、えっと·······」

 

 

ルイズはパチパチと瞬きをした後、ルイズは慌てて暴れ始めた。

 

 

「顔が赤ぇぞ? 大丈夫か?」

 

「え、ええい!赤くなってない赤くなってない!! べ、べべべ、別になんでもないわよこのバカ犬!!」

 

「お、おいバカ落ち着けってルイズ!! ここ空の上! 空の上なんだから!?」

 

 

いつもの調子に戻ったご主人様を宥めるべく、ゼロの王子様は必死で暴れまくるご主人様を押さえつける。

 

そんな暴れまわるルイズとなんとか宥めようとしているノクトと、三人と一本を乗せた風竜は、疾風のような速度を保ったままトリステインへと向かうのだった。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

トリステインの王宮は、ブルドンネ街の突き当たりにあった。

 

王宮の門の前には、当直の魔法衛士隊の隊員達が、幻獣に跨り闊歩している。戦争が近いという噂が、二、三日前から街に流れ始めていたためだ。

 

隣国アルビオンを制圧した結果貴族派『レコン・キスタ』が、トリステインに進行してくるという噂だった。

 

よって、周りを守る衛士隊の空気は、ピリピリしたものになっている。

 

王宮の上空は、幻獣、船を問わず飛行禁止令が出され、門をくぐる人物のチェックも激しかった。

 

いつもならなんなく通される仕立て屋や、出入りの菓子屋の主人までもが門の前で呼び止められ、身体検査を受け、ディティクトマジックでメイジが化けていないか、『魅了』の魔法等で何者かに操られていないか、など厳重な検査を受けていた。

 

そんな時だったから、王宮の上に一匹の風竜が現れた時、警備の魔法衛士隊の隊員達は色めきたった。

 

魔法衛士隊はマンティコア隊、ヒポグリフ隊、グリフォン隊の三隊からなっている。

 

三隊はローテンションを組んで、王宮の警護を司る。一隊が詰めている日は、他の隊は非番か訓練を行っているのだ。

 

今日の警護はマンティコア隊であった。マンティコアに騎乗したメイジ達は、王宮の上空に現れた風竜めがけて一斉に飛び上がる。

 

風竜の上には五人の人影があった。しかも風竜は、巨大なモグラをくわえているというおかしな状態だった。

 

魔法衛士隊の隊員達は、ここが現在飛行禁止である事を大声で告げたが、警告を無視して風竜は王宮の中庭へと着陸した。

 

桃色がかったブロンドの美少女に、燃える赤毛の長身の女、そして金髪の少年、眼鏡をかけた小さな少女、そして黒髪の青年だった。

 

青年は身長ほどもある長剣を背負っている。

 

マンティコアに跨った隊員達は、着陸した風竜を取り囲んだ。

 

腰からレイピアのような形状をした杖を引き抜き、一斉に掲げる。いつでも呪文が詠唱できるような態勢を取ると、ごつい体にいかめしい髭面の隊長が大声で怪しい侵入者達に命令する。

 

 

「杖と武器を捨てろ!」 

 

 

一瞬、侵入者達は不満そうな表情を浮かべたが、彼らに対して青い髪の小柄な少女が首を振って言う。

 

 

「宮廷」

 

 

一行は仕方ないと言うばかりにその言葉に頷き、命令された通りに杖と剣を地面に捨てた。

 

 

「今現在、王宮の上空は飛行禁止だ。それを知らんのか?」

 

 

一人の、桃色がかったブロンドの髪の少女が、とんっと軽やかに竜の上から飛び降りて、毅然とした声で名乗る。

 

 

「私はラ・ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズです。怪しいものじゃありません。姫殿下に取り次ぎ願いたいわ」

 

 

隊長は口髭を捻って、目の前の少女を見つめる。ラ・ヴァリエール公爵夫妻なら知っている。貴族の中でも有数の、高名な一家だ。

 

隊長は掲げた杖を下した。

 

 

「ラ・ヴァリエール公爵様の三女とな」

 

「いかにも」

 

 

ルイズは胸を張って隊長の目をまっすぐ見つめた。

 

 

「なるほど、見れば目元が母君そっくりだ。して、要件を伺おうか?」

 

「それは言えません。密命なのです」

 

「では殿下に取り次ぐわけにはいかぬ。用件も尋ねずに取り次いだ日にはこちらの首が飛ぶからな」

 

 

困った声で隊長が言った。そんな隊長に、話を聞いていた黒髪の青年、ノクトが口を開いた。

 

 

「そっちの事情も察するけど、俺達も密命で行動しているわけで。どうにか姫殿下に取り次ぐわけにはいかねぇか?」

 

 

隊長は、口を挟んできたノクトの容姿を見て、苦い顔つきになった。見た事もない服装だし、鼻は高く、肌も白い。

 

どこの国の人間だかは分からぬが、貴族ではない事は確かであった。

 

 

「無礼な平民だな。従者風情が貴族に話しかけるという法は無い。黙っていろ」

 

「·······」

 

 

俺本当は王族なんだけど、っていう目付きをしても隊長は態度を変えない。

 

それを聞いて、ノクトは困ったような表情を浮かべて頬を掻いた。平民だからという理由で話も聞かないとは、貴族とはいえ、自分達を神様か何かと勘違いしているのではないだろうか。

 

ここまで来ると、怒りを通り越して呆れてしまう。

 

どうするか、と一同が悩みかけた時、宮殿の入り口から鮮やかな紫のマントとローブを羽織った人物がひょっこりと顔を出した。

 

中庭の真ん中で魔法衛士隊に囲まれたルイズの姿を見て、慌てて駆け寄ってくる。

 

 

「ルイズ!」

 

 

駆け寄ってくるアンリエッタの姿を見て、ルイズの顔が薔薇をまき散らしたようにぱあっと輝いた。

 

 

「姫様!」

 

 

二人は一行と魔法衛士隊が見守る中、旧知の仲のように抱き合った。

 

 

「ああ、無事に帰ってきたのね。嬉しいわ。ルイズ、ルイズ・フランソワーズ·······」

 

「姫様·······」

 

 

ルイズの目から、ぽろりと涙がこぼれた。

 

 

「件の手紙は、無事、この通りでございます」

 

 

ルイズはシャツの胸ポケットから、そっと手紙を見せた。アンリエッタは大きく頷くと、ルイズの手を固く握りしめる。

 

 

「やはり、あなたはわたくしの一番のお友達ですわ」

 

「もったいないお言葉です。姫様」

 

 

しかし、一行の中にウェールズの姿が見えない事に気づいたアンリエッタは、顔を曇らせる。

 

 

「·······ウェールズ様は、やはり父王に殉じたのですね」

 

 

ルイズは目を瞑って、神妙に頷いた。

 

 

「·······して、ワルド子爵は? 姿が見えませんが。別行動をとっているのかしら? それとも·······まさか、敵の手にかかって? そんな、あの子爵に限って、そんなはず!!」

 

「ッ!!」

 

 

ルイズの表情が曇る。彼女に代わって、ノクトが言いにくそうな表情でアンリエッタに言った。

 

 

「アイツは貴族派のメイジだった」

 

「何ですって!?」

 

 

それを聞いたアンリエッタの顔が、蒼白になった。そして興味深そうにそんな自分達を、魔法衛士隊の面々が見つめている事に気づき、アンリエッタは説明した。

 

 

「彼らはわたくしの客人ですわ、隊長殿」

 

「左様ですか」

 

 

アンリエッタの言葉で隊長は納得するとあっけなく杖をおさめ、隊員達を促して持ち場へと去って行く。

 

アンリエッタは再びルイズに向き直った。

 

 

「道中、何があったのですか? とにかく、わたくしの部屋でお話ししましょう。他の方々は別室を用意します。そこでお休みになってください」

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

キュルケとタバサ、そしてギーシュを謁見待合室に残し、アンリエッタはノクトとルイズを自分の居室に入れた。

 

小さいながらも、精巧なレリーフがかたどられた椅子に座り、アンリエッタは机に肘をついた。

 

ルイズはアンリエッタに事の次第を説明した。

 

道中、キュルケ達が合流した事。

 

アルビオンへと向かう船に乗ったら、空賊に襲われた事。

 

その空賊が、ウェールズ皇太子だった事。

 

ウェールズ皇太子に亡命を勧めたが、断られた事。

 

そして。

 

ワルドと結婚式を挙げるために脱出船に乗らなかった事。

 

結婚式の最中、ワルドが豹変し·······ウェールズを殺害し、ルイズが預かった手紙を奪い取ろうとした事。

 

しかし、この通り手紙は取り戻してきた。

 

レコン・キスタの野望·······ハルケギニアを統一し、エルフから聖地を取り戻すという大それた野望は躓いたのだ。

 

しかし、無事トリステインの命綱であるゲルマニアとの同盟が守られたというのに、アンリエッタは悲嘆にくれた。

 

 

「あの子爵が裏切者だったなんて·······まさか、魔法衛士隊に裏切者がいるなんて·······」

 

 

アンリエッタは、かつて自分がウェールズにしたためた手紙を見つめながら、ポロポロと涙をこぼした。

 

 

「姫様·······」

 

 

ルイズが、そっとアンリエッタの手を握った。

 

 

「わたくしが、ウェールズ様のお命を奪ったようなものだわ。裏切り者を、使者に選ぶなんて、わたくしはなんという事を·······」

 

「それは違ぇよ、姫様」

 

「え?」

 

「·······ウェールズ皇太子は、元からあの国に残るつもりだったんだ。アンタのせいじゃない」

 

 

自分を責めるアンリエッタを、ノクトはそう言ってフォローする。彼女の事は正直言ってあまり好きではないが、愛する人を失って悲しむ彼女に鞭打つような事をするほど、ノクトは非情な人間ではない。

 

むしろ、彼は理解者だ。

 

王族として失うものの大きさを知り尽くしているノクトだからこそ、彼女に同情した。

 

 

「·······あの方は、私の手紙をきちんと最後まで読んでくれたのかしら? ねえ、ルイズ」

 

 

ルイズはアンリエッタの言葉に頷くと、

 

 

「はい、姫様。ウェールズ皇太子は、姫殿下の手紙をお読みになりました」

 

「ならば、ウェールズ様はわたくしを愛しておられなかったのね」

 

 

アンリエッタは、寂しげに首を振った。

 

 

「では、やはり·······皇太子に亡命をお勧めになったのですね?」

 

 

悲しげに手紙を見つめたまま、アンリエッタは頷いた。

 

ルイズは、ウェールズの言葉を思い出した。彼は頑なに『アンリエッタは私に亡命など勧めていない』と否定していた。やはりそれは、ルイズが思った通り彼の嘘だったのだ。

 

 

「ええ。死んで欲しくなかったんだもの。愛していたのよ、わたくし」

 

 

そうしてアンリエッタは、呆けた様子で呟いた。

 

 

「わたくしより、名誉の方が大事だったのかしら」

 

「それは違う! 姫様」

 

 

ノクトは語気を強くしてそう言った。

 

彼はそんなもののために、アルビオンに残ったわけではない。

 

彼はアンリエッタに迷惑をかけないために·······ハルケギニアの王家が、弱敵ではない事を反乱税に示すために、アルビオンに残ったのだ。

 

 

「皇太子は、アンタやこのトリステインを守るためにアルビオンに残ったんだ。俺はそう聞いた」

 

 

ぼんやりとした顔で、アンリエッタは金木の方を見た。

 

 

「わたくしに迷惑をかけないために?」

 

「自分が亡命したら、反乱勢が攻め入る格好の口実を与えるだけだってアイツは言っていた」

 

「ウェールズ様が亡命しようがしまいが、攻めて来る時は攻め寄せて来るでしょう。攻めぬ時には沈黙を保つでしょう。個人の存在だけで、戦は発生するものではありませんわ」

 

「それでも、護りたかったんだと思う。だからこそ皇太子は、アルビオンに残ったんだ。アンリエッタ姫、頼む。アイツが最後に残した言葉を、アンタだけは信じてやってくれ。アイツが誰よりも愛した、アンタだけはッ!!」

 

 

ノクトが悲痛な声で言うと、アンリエッタは悲し気な表情を浮かべて窓の外を見やった。ノクトは一度息を吐くと、アンリエッタを見て告げる。

 

 

「ウェールズ皇太子は、勇敢に戦い、勇敢に死んでいった。それだけは事実です、姫様」

 

 

ノクトのその言葉に、寂しそうにアンリエッタは微笑んだ。

 

薔薇のように綺麗な王女がそうしていると、空気まで沈鬱に澱むようだった。

 

アンリエッタは美しい彫刻が施された、大理石削り出しのテーブルに肘をついて、悲し気にノクトに問う。

 

 

「勇敢に戦い、勇敢に死んでいく。殿方の特権ですわね。残された女は、どうすれば良いのでしょうか」

 

「ッ!!」

 

 

それを聞いて、ノクトは唇を噛んだ。

 

かつて一緒に旅してきた仲間達を残して一人死者の世界へと向かったノクトにとっては、その言葉は耳に痛い事この上無い。

 

 

「姫様······私がもっと強く、ウェールズ皇太子を説得していれば·······」

 

  

アンリエッタは立ち上がり、申し訳なさそうに呟くルイズの手を握った。

 

 

「良いのよルイズ。あなたは立派にお役目通り、手紙を取り戻してきたのです。あなたが気にする必要はどこにも無いのよ。それにわたくしは、亡命を勧めてほしいなんて、あなたに言ったわけではないのですから」

 

 

それからアンリエッタは、にっこりと笑った。

 

 

「わたくしの婚姻を妨げようとする暗躍は未然に防がれたのです。我が国はゲルマニアと無事同盟を結ぶ事ができるでしょう。そうすれうば、簡単にアルビオンも攻めてくるわけにはいきません。危機は去ったのですよ、ルイズ・フランソワーズ」

 

 

アンリエッタは努めて明るい声を出した。

 

ルイズはポケットから、アンリエッタにもらった『水のルビー』を取り出した。

 

 

「姫様。これをお返しします」

 

 

しかし、アンリエッタは首を横に振った。

 

 

「それはあなたが持っていなさいな。せめてものお礼です」

 

「こんな高価な品をいただくわけにはいきませんわ」

 

「忠誠には、報いるところが無ければなりません。良いから、とっておきなさいな」

 

「·······はい」

 

 

ルイズは頷くと、それを自分の指に嵌めた。

 

その様子を見て、ノクトは王子の指から抜き取った指輪の事を思い出した。

 

ズボンのポケットに入った今やウェールズの遺品とも言えるそれを取り出すと、アンリエッタに手渡す。

 

 

「姫様、これを·······ウェールズ皇太子から預かった指輪です」

 

 

アンリエッタはその指輪を受け取ると、驚きのあまり目を大きく見開いた。

 

 

「これは、『風のルビー』ではありませんか。これを、皇太子から預かったと?」

 

「はい。ウェールズ皇太子は、最後にこれを俺に託し、アンタに渡してくれと·······」

 

 

実際には、『風のルビー』はウェールズの遺体の指から抜き取ったものだ。

 

だからそんな事をノクトに言い残せるはずもない。

 

しかし、ノクトはあえて嘘をついた。少しでもアンリエッタの心の慰めになればと考えた、ノクトなりの優しい嘘である。

 

例えそれがノクトのエゴだとしても構わない。大切な人を失った彼女にただ事実だけを伝えるのは、あまりにも残酷な話である。

 

アンリエッタは『風のルビー』を指に通した。

 

ウェールズが嵌めていたものなので、アンリエッタの指にはゆるゆるだったが、小さくアンリエッタが呪文を唱えると指輪のリングの部分がすぼまり、薬指にピタリと収まった。

 

アンリエッタは風のルビーを愛しそうに撫でると、ノクトの方を向いてはにかんだような笑みを浮かべる。

 

 

「ありがとうございます。優しい使い魔さん」

 

 

寂しく、悲しい笑みだったが、ノクトに対する感謝の念がこもった笑みだった。ノクトはその笑みに何も言う事ができず、唇を噛んで俯く。

 

 

「あの人は、勇敢に死んでいった、と。そう言われましたね」

 

 

その言葉に、ノクトはこくりと頷く。 

 

アンリエッタは指に光る風のルビーを見つめながら言た。

 

 

「ならば、わたくしは·······勇敢に生きてみようと思います。彼のために、残された民のためにも。わたくしはこの国を護ることを誓います」

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

王宮から魔法学院に向かう空の上、ルイズは黙りっぱなしだった。

 

キュルケが、一体ウェールズから取り返してきた手紙に何が書いてあったのか、ルイズとノクトから聞きだそうと、なんやかんや話しかけてきたが、二人は一言も喋らなかった。

 

 

「なぁに? あれだけ手伝わせて、どんな任務だったか教えてくれないの? おまけにあの子爵は裏切り者だって言うし、ワケ分かんないわ」

 

「いや、お前が勝手についてきたんだろ」

 

 

キュルケはそんなノクトを、熱っぽい視線で見つめた。

 

 

「そんなこと言わないでよ~、あたしだってダーリンの役に立ちたかったんだもの」

 

「いや頼んでねぇし」

 

「でも、ダーリンがやっつけたのよね? そのワルド子爵を」

 

 

ノクトは頷きながらも、険しい表情を浮かべてこう返した。

 

 

「ああ、けど逃げられた」

 

「それでもすごいわ! ねえ、一体どんな任務だったの?」

 

「しつけぇな」

 

 

彼女からそう言われても、ノクトは何も言わなかった。

 

ルイズが何も言わない以上自分も言うべきではないし、それ以前に任務の内容は誰にも話さない方が良いと分かっていたからだ。

 

キュルケは眉をひそめて、それからギーシュの方を向いた。

 

 

「ねえギーシュ」

 

「何だね?」

 

 

薔薇の造花をくわえて、ぼけっと物思いに耽っていたギーシュが振り向いた。

 

 

「あなた、アンリエッタ姫殿下があたし達に取り戻せと命じた手紙の内容を知ってるんでしょ?」

 

 

ギーシュは目を瞑って言った。

 

 

「そこまでは僕も知らないよ。知ってるのはルイズだけだ」

 

「ゼロのルイズ! なんであたしには教えてくれないの! ねえタバサ! あなたどう思う? なんかとってもバカにされてる気がするわ!」

 

 

キュルケは本を読んでいる友人を揺さぶった。しかしタバサは何も言わずされるがまま、ガクガクと首を振るだけだった。

 

そんな風にキュルケが暴れたおかげで、バランスを崩した風竜はがくんと高度を落とした。

 

その時の揺れでバランスを崩し、ギーシュが風竜の背中から落下する。それを見てノクトがぎょっとした表情を浮かべて、周りにいる少女達に叫ぶ。

 

 

「ちょ、おい! ギーシュ落っことしたぞ!?」

 

「大丈夫よ、相手はギーシュなんだから」

 

「いいのかそれで!?」

 

 

ギーシュのあんまりな扱いにノクトが大声で叫ぶが、そんなノクトの服の裾をタバサがちょいちょいと引っ張る。

 

それにノクトがタバサの方を振り返ると、彼女は下の方を何故か指差していた。

 

眉をひそめながらノクトが下を見てみると、ギーシュがゆっくりとした速度で地上に向かっているのが見えた。 

 

どうやら途中で『レビテーション』の呪文を唱えて落下の速度を落としたらしい。

 

 

「なんだよアイツ·······心配させやがって」

 

 

それを見てノクトはほっと胸を撫で下ろしてから、ルイズに視線を戻す。

 

今の彼女は大分落ち着きを取り戻したように見えるが、内心はまだ分からない。

 

婚約者の裏切りに、ウェールズ皇太子の死と、今回の旅で彼女が失ったものはあまりにも多すぎる。そう考えると彼女の心の傷は、きっとまだ癒えていないのだろう。

 

ノクトは彼女の気持ちが痛いほどわかる。

 

自分も旅の途中で多くのものを失った。何より大切だった、『自分の婚約者』。ノクトとルイズは立場は違えど、同じ道を歩んで来ている。

 

それからノクトはルイズを裏切った婚約者、ワルドと彼の背後の組織『レコン・キスタ』に考えを巡らせる。

 

ワルドの口ぶりからして、レコン・キスタはトリステインのあちこちに根を張り巡らせているようだ。それは、アンリエッタを護る魔法衛士隊という組織にワルドという裏切り者を密かに潜り込ませていた点から分かる。

 

王女を護るという役目を持つ以上、そこに配属される隊員の素性などは厳しくチェックされるはずだ。

 

それなのにワルドが魔法衛士隊に潜り込む事ができたという事は、無論彼の実力もあるだろうがレコン・キスタという組織力も無関係ではないだろう。

 

 

(何よりあの、『中折れ帽子の男』)

 

 

アイツもレコン・キスタの一員に違いない。

 

アイツの言った一言が脳裏に焼き付けていて忘れられない。

 

 

『見ての通りの一般人』

 

 

それは、”アイツ“が初めて会ったときに言った台詞。

 

ということはやはり、

 

 

(いや、そう考えるのは早計すぎるか·······でも、アイツがもし生きていてこっちに来ているとしたら)

 

 

また倒すだけだ。

 

ノクトはそう思いながらトリステイン領土を見渡す。

 

これは自分の勝手な推測だが、レコン・キスタの活動にはトリステインでも有数の貴族が力を貸している可能性が大きい。

 

そう考えると、今から自分達が帰るトリステインにはレコン・キスタの息のかかった人間がまだ多くいるかもしれない。

 

ルイズとノクトがまだ生きている事が分かれば、追手が自分達の命を狙ってくる可能性だってある。

 

 

(けどそんなの関係ねぇ、俺達相手に襲いかかってくるってんなら·······)

 

 

冷たい表情をして、ノクトは血で染まった手を固く握り締めた。

 

 

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