ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第27章

 

 

レコン・キスタ。

 

本部の大聖堂に足音が響く。

 

歩幅はあくまでも一定だった。ゆっくりと、ゆったりと足音の主の精神を表しているように、そのリズムにはゆとりがある。

 

その足音が、不意にピタリと止まった。

 

足音の主の前に、人影が現れたからだ。

 

 

「アーデンッ!!」

 

「ああ、これはこれはワルド子爵。お元気そうで何より」

 

 

足音の主、アーデン・イズニア·······正式名、『アーデン・ルシス・チェラム』。

 

彼は目の前に現れた片腕を失ったワルド子爵をジロリと睨み付けて短く言った。頭の中で考えことをしていて、会話のために中断することが億劫だ、という感じだ。

 

 

「その様子だと、随分と手こずったようだねぇ」

 

「ああ·······」

 

 

アーデンの言葉を、ワルドは簡単に認めた。

 

 

「やっぱり、そうなると思ってたよはじめから」

 

「貴様の名前はたしか、『ルシス・チェラム』だったな」

 

「うん? そうだけど?」

 

 

アーデンはうっすらと微笑みながら言う。

 

 

「あのガンダールヴ·······名前をノクティス・ルシス・チェラムと名乗った。貴様、アイツの親戚か何かか」

 

「ノーコメント」

 

 

ワルドは少しだけ黙っていた。

 

しかしやがて彼は口を開く。

 

 

「奴は一体何者だ? ガンダールヴ以外の力があるだなんて聞いてないぞ」

 

「そりゃ尋ねられてないからねぇ。聞きたいならそう言えばいいのに」

 

 

アーデンの顔から余裕が消えていない。

 

そんなアーデンを、ワルドはそこで、今まで無感情だった声に感情がこもる。

 

それは、明確な敵意と怒りだった。

 

自分が前に対峙したあのガンダールヴの青年は、確かに普通の青年には無いものを感じたが、王とは一体どういうことなのだろうか。

 

 

「説明しろアーデン。貴様·······何を隠している?」

 

「これはこれは、険しい顔を浮かべていらっしゃる」

 

 

アーデンはワルド子爵の顔を見て、がっかりしたような顔になった。

 

 

「魔法衛士隊の指導者の資質は窮地にこそ露になるっていうのに、いけないねぇ、そういう反応は。まるで没落貴族のように見えてしまう」

 

「質問に答えろアーデン、顔を吹き飛ばされたいのか?」

 

 

ワルドは残った右手から杖を抜き出し、アーデンに突きつける。

 

そんなことも気にせずアーデンは質問をし返す。

 

 

「そんなことやってていいの~? フーケの方はニューカッスルの戦場跡でお宝を漁ってるけど·······例の手紙とやらも探してる頃なんじゃないの~?」

 

「今はそんなことはどうでもいい! 僕は·······私は今すぐにでもあの忌々しいガンダールヴを殺したくて仕方ないのだッ!!」

 

「·······」

 

 

ワルド子爵の声色は暗く熱い。そこまでしてまで知りたいのか、ワルドはアーデンを睨み付け、魔法をいつでも唱えられるように唇を濡らしておく。

 

が、そんなワルド子爵の思惑とは裏腹に、アーデンは軽い調子でこう言った。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、もう”あの人“は動いてるよワルド殿?」

 

「ッ!!」

 

「はぁ、レコン・キスタ総司令官でさえも現地に向かってるっていうのに。君はこんなところでなにやってるんだか、よっぽど復讐心でいっぱいなんだねぇ」

 

「さっさと教えろ平民風情が! さもなくば貴様の首を吹き飛ばすッ!!」

 

「やる気かな?」

 

 

ワルド子爵の顔を見て、アーデンは緩やかに首を横に振った。

 

 

「『王』であるこの俺に?」

 

「ッ!! やっぱり·······貴様ら『チェラム家』はッ!!」

 

「そう睨まなくても、俺はさしずめ弾かれた王さ。玉座にもまともに座ったことすらないよ」

 

 

嘘は言っていない。

少なくともこの世界では、彼は王として扱われていない。

 

が、

 

ワルドにとってはどうでもいいらしく。

 

 

「チェラムの名を持つ者は、全員殺すッ!!」

 

「あれ? いいの? 君のお母さんの願いを捨ててまで」

 

「母の名を口に出すなッ!! この、平民風情がッ!!」

 

 

ドン! という爆音が炸裂した。特に何かが出現したわけではなく、顔の皮膚が風によって消失していく。風の圧力で髭剃りみたいなわずかな刃を無数に放ち、人の細胞を一つ一つ毟り取っていく。脂肪や筋肉が順番に消えていき、最後には脳みそもなくなり、骸骨となったアーデンがそこにはいた。

 

そのままアーデンは後ろへと倒れ物言わぬ死体となった。

 

 

「ふ、ふはは! チェラム家は、ノクティス・ルシス・チェラムは僕の手で!!」

 

「葬るって?」

 

「!?」

 

 

轟!! という凄まじい音と共に。

 

ワルド子爵の体が粉々に砕け散った。

 

アーデンがしたことは極めて単純だった。

 

鬼王の枉駕・変異型を、片手で振り回してワルド子爵の体を叩き潰した。ただそれだけの動作が、圧倒的な力と速度によって怒涛の暴風のように見えたのだ。

 

ぼとり、という音が聞こえた。

 

肉体のほとんどを失い、胸から右腕と頭部だけを残したワルド子爵だった。

 

 

「が·······あ·······」

 

「惜しかったねぇ·······けど、悪いんだけど死ねないんだよねぇ」

 

 

何が起きたかわからない、という表情で見上げてくるワルド子爵。

 

それをアーデンは蔑みの目で見下ろしていた。

 

ワルド子爵の思考はまだ生きている。

 

故に。

 

アーデンはこう提案したのだ。

 

 

「ノクト·······アイツに復讐したいなら少し手伝ってあげるよ」

 

「俺、はっ! 俺はっ·······聖地に、行かなく、てはならないんだ·······! それが、俺の、義務、なんだ! それがっ·······母を·······」

 

 

事切れる前にアーデンがワルド子爵の体を触り、『何か』おぞましい物を流し込む。

 

 

「ぐ、ァ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

肉の塊から鮮度が落ちるように生命反応が消え、正真正銘の『シガイ』となったワルドからアーデンは目を離す。

 

すると、列になって並んでいる柱の一本の陰から、新たな人影が現れた。

 

 

「これはこれは閣下。お戻りになられたのですね」

 

「ああ、今戻ったが·······これは一体どういう状況だ。説明したまえアーデン殿」

 

 

やってきた男は、年のころ三十代の半ば。丸い球帽をかぶり、緑色のローブとマントをその身に纏っている。

 

一見すると聖職者のような格好に見えた。だが物腰は軽く、まるで軍人のようだった。高い鷲鼻に、理知的な色をたたえた碧眼。そして帽子の裾からカールした金髪が覗いている。

 

 

「彼は閣下が欲しがっておられたアンリエッタの手紙を手に入れる任務に失敗いたしました。故に、代わりにわたくしめが罰を与えたのです」

 

「そうかそうか、それは結構。だが、優秀な人材を『シガイ化』させるのは控えていただきたいところだがな」

 

「誠に、申し訳ございません」

 

 

非難の言葉に、アーデンは頭を下げた。

 

 

「気にするな。彼は少なくとも確実にウェールズをしとめる事ができたのだ。それで許そう」

 

「うぅ·······あぁ·······っ」

 

 

アーデンの後ろにいるワルド子爵は左半分がまるで黒い肉塊のようになっており、呻き声だけを上げてその場に立ち尽くしている。

 

 

「理想は一歩ずつ、着実に進む事により達成される」

 

 

その言葉を聞いて、アーデンは薄く笑った。

 

 

「では、手に入れられたのですね。ウェールズ皇太子の死体を」

 

「ああ! 手に入れたとも!! 持ってまいれ!!」

 

 

そう指示すると、部下らしき人達が棺桶に入ったウェールズ皇太子を運んできた。

 

それをアーデンの前に置くと、何かを察したように言う。

 

 

「彼も、わたくしの力で?」

 

「いいや、君の力は素晴らしいものだが、今回ばかりは違う」

 

 

緑のローブの男はアーデンの前を歩きながら尋ねてくる。

 

 

「確かにトリステインとゲルマニアの同盟阻止は、余の願うところだ。しかし、それよりももっと大事な事がある。何だか分かるかね? アーデン」

 

「閣下の深い考えは、凡人の私にははかりかねます」

 

 

クロムウェルは、かっと目を見開いた。それから両手を振り上げると、大げさな身振りで演説を開始し始めた。

 

 

「『結束』だ! 鉄の『結束』だ! ハルケギニアは我々、選ばれた貴族達によって結束し、聖地をあの忌まわしきエルフ共から取り返す! それが始祖ブリミルより余に与えられし使命なのだ! 結束には、何より信用が第一だ。だからアーデン、君の力には感謝すらしている」

 

 

アーデンは深々と頭を下げた。

 

 

「その偉大なる使命のために、始祖ブリミルは余に力を授けたのだ」

 

「閣下、始祖が閣下にお与えになった力とはなんでございましょう? よければ、お聞かせ願えませんか?」

 

 

自分の演説に酔っているかのような口調で、クロムウェルは続けた。

 

 

「魔法の四大系統はご存知かね? ミスタ・アーデン?」

 

 

アーデンは頷いた。そんな事は、子供でも知っている。

 

火、風、水、土の四つだ。

 

 

「その四大系統に加え、魔法にはもう一つの系統が存在する。始祖ブリミルが用いし、零番目の系統だ。真実、根源、万物の祖となる系統だ」

 

「零番目の系統·······つまり虚無?」

 

 

アーデンは自分でその単語を呟いてから、首を傾げた。

 

それは、今では失われてしまった系統だ。どんな魔法だったのかすら、伝説の闇の向こうに消えている。この男は、その零番目の系統を知っているというのだろうか。

 

 

「余はその力を、始祖ブリミルより授かったのだ。だからこそ貴族議会の諸君は、余をハルケギニアの皇帝にする事を決めたのだ」

 

 

クロムウェルは、ウェールズの死体を指差した。

 

 

「アーデン君。ウェールズ皇太子を、是非とも余の友人に加えたいのだが。彼はなるほど、余の最大の敵であったが、だからこそ死して後は良き友人になれると思う。異存はあるかね?」

 

 

アーデンは首を振った。

 

 

「閣下の決定に異論が挟めようもございません」

 

 

クロムウェルは、にっこりと笑った。

 

 

「では、ミスタ・アーデン。君に、『虚無』の系統をお見せしよう」

 

 

その言葉に、アーデンは微笑んでクロムウェルの挙動を見つめた。

 

クロムウェルは腰に差した杖を引き抜くと、詠唱を始める。

 

低い、小さな詠唱がクロムウェルの口から漏れる。フーケがかつて聞いた事のない言葉だった。

 

詠唱が完成すると、クロムウェルは優しくウェールズの死体に杖を下した。

 

すると、次の瞬間驚愕すべき事が起こった。

 

冷たい躯であったウェールズの瞳が、ぱちりと開いたのだ。その光景に、フーケの背筋が凍り付く。

 

ウェールズはゆっくりと身を起こした。青白かった顔が、みるみるうちに生前の面影を取り戻していく。まるでしおれた花が水を吸うように、ウェールズの体に生気がみなぎっていく。

 

 

「おはよう、皇太子」

 

 

クロムウェルが呟くと、蘇ったウェールズはクロムウェルに微笑み返した。

 

 

「久しぶりだね、大司教」

 

「失礼ながら、今では皇帝なのだ。親愛なる皇太子」

 

「そうだった。これは失礼した、閣下」

 

 

ウェールズは膝をつくと、臣下の礼を取った。

 

 

「君を余の親衛隊の一人に加えようと思うのだが。ウェールズ君」

 

「喜んで」

 

「なら、友人達に引き合わせてあげよう」

 

 

そう言って、クロムウェルは歩き出した。その後を、ウェールズが生前と変わらぬ仕草で歩いていく。

 

 

「·······こりゃすごい·······ッ!!」

 

「おや、ミス・サウスゴータ。戻ってたのかね?」

 

 

フーケは呆然として、その様子を見つめていた。クロムウェルが思い出したように立ち止まり、振り向いてアーデンに告げる。

 

 

「アーデン君、安心したまえ。同盟は結ばれても構わない。どのみちトリステインは裸だ。余の計画に変更はない」

 

 

アーデンは会釈した。

 

 

「外交には二種類あってな、杖とパンだ。とりあえずトリステインとゲルマニアには温かいパンをくれてやる」

 

「御意」

 

「トリステインは、なんとしてでも余の版図に加えねばならぬ。あの王室には『始祖の祈祷書』が眠っておるからな。聖地に赴く際には、是非とも携えたいものだ」

 

 

そう言って満足げに頷くと、レコン・キスタ総司令官を務めている、“オリヴァー・クロムウェル”は去って行った。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

クロムウェルとウェールズが視界の外に去った後、フーケは顔を青くしながらもやっとの思いで口を開いた。

 

 

「あれが、虚無·······? 死者が蘇った。そんな馬鹿な」

 

 

その呟きを聞いて、アーデンが言った。

 

 

「虚無は生命を操る系統·······閣下が言うには、そういう事らしい。ま、俺もそれに近い力を持ってるから別に驚きはしないけどね」

 

 

フーケは震える声で、アーデンに尋ねる。

 

 

「もしかして、アンタもさっきみたいに、虚無の魔法で動いているんじゃないだろうね?」

 

 

するとアーデンは、まさかと言うように笑った。

 

 

「俺が? 俺は違うよ。幸か不幸か、この命は生まれつきのものさ」

 

 

それから天を仰ぎながら、

 

 

「けど、人間ってのは脆くて弱いからねぇ~。死体になったらなったで使い道はいくらでもある。そう、例えばそこに突っ立ってるワルド子爵みたいにね」

 

 

アーデンが指差し、ワルド子爵だったものをフーケに見せつける。

 

フーケはぎょっとした顔になって、胸を押さえて自分の心臓の鼓動を確かめる。生きているという実感が、急に欲しくなったのだ。

 

 

「そんな顔をしなくてもいいよ。俺は死体にしか興味ないから」

 

 

ほっとフーケはため息をついた。それからアーデンを恨めしげに見つめると言った。

 

 

「驚かせないでよ」

 

「ま、君が死体になったとき、閣下か俺かに蘇生されるだろうねぇ·······君はどっちがいい?」

 

 

アーデンは見下すようにしてフーケに尋ねた。

 

その顔には恐怖が張り付いていた。フーケの全身を恐怖が包み込んでいた。

 

そんなフーケにアーデンはふはっと乾いた笑いを見せながら、

 

 

「冗談だよ冗談。君をあんな風にしたりしないってぇ·······俺も閣下も、ね」

 

 

手が震えるフーケを無視して、アーデンは背中を見せる。どうやら本拠地の奥へと向かうらしい。カツカツという足音を鳴らしてフーケのまえから去っていく。

 

声を出すこともできなかった。

 

正体不明の力を見せつけたアーデンが消えた後も、フーケはしばらく緊張で動けなかった。

 

 

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