ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第2章

 

 

目を覚ましたら知らない天井でした。

 

 

『·····················は!?』

 

 

クリアで一切の二酸化炭素が排出されていない草原の空気と、テネブラエというかオルティシエのような古くさくも神秘性のある伝統的な部屋の空気がノクトの目を覚まさせる。

 

そして、自分の状況をよく見てみよう。

 

木製の地面に乱暴に敷かれた藁の上で、自分は寝ていた。隣にはとても立派で寝転べば体が沈みこみ即夢の世界へと連れていってくれそうな高級ベッドがあった。家具なんかを見ると高級ブランドのようなデザインをしたものが立ち並び、何より塵一つ落ちていない中で、場違いな藁の上に自分は寝ていた。

 

そこまでのことを観察し終えて、見慣れてはいるものの自分の国ではあまり馴染みのない作りの部屋を見て、なぜ自分がここにいるのか、その理由に心当たりがなかった。

 

 

(········あれ? 俺はたしか、玉座の上で歴代の王達の武器に貫かれて、そんで死者の国に行って“あいつ”の魂を消し去って、そのまま俺も·················それから、どうしたっけ?)

 

 

闇を広げていた元凶の“自分のご先祖様”の魂を、自分も死ぬことで死者の国まで行き、歴代の王の力と十年という長い月日をかけて蓄えた『クリスタル』の力を解き放って、あいつの魂を解放し、そのまま自分も王の力で燃え尽きたところまでは覚えているのだ。

 

体がボロボロと崩れていくなかで、最愛の友人達との思い出を走馬灯のように思い返して、来るはずのない明日を願ってそのまま眠ったというのも覚えているのだ。

が、その後はどうしたのだったか。

 

というか、違和感がある。

 

 

『なんで俺···············まだ生きてんだ?』

 

 

自分の体を見返す。

服装は、旅をし始めたときから常に着用していた特注品の戦闘服だった。だが、これだけは覚えている。自分が死ぬその直前まで着ていたものは王族用の礼服であったはず。だが今着ているものは全くの別物。

 

何より、何故自分は若返っているのだろう?

 

顎を触るもジョリっとした感触はないし、髪を触るもまだツンツンとしながらも柔らかい毛質が跳ね上がっている。一気に年を取る経験ならしたことはあるが、一気に若返るなんて自然の摂理に反していて全く理解できない。これまでの出来事が意味不明な状況のせいで記憶は埋もれてしまっている気分だった。何故自分がここにいるのか思い返そうとしても、当時は朦朧としていたこともあって、そもそも正常に記憶されていなかったのかもしれない。

 

しかし、徐々に状況の異様さが追い付いてくる。

 

やや違和感のある空気と一緒に、その違和感が肌の奥にまで突き刺さって潜り込んでくるような感覚で、一つの考えに至った。

 

 

誰かが、この部屋まで運んできた。

 

 

と判断するのが妥当だろう。だが一方で、それはあり得ないとも思う。

 

何故ならば、自分は死んだからだ。

 

死んだものをどうやって運ぶ? 遺体なら運べるが、そもそも自分は確かに呼吸もしているし、手足の感触もちゃんとある。なんなら肌もピチピチだ。

 

なにより、ここが何処なのかわからない。

 

テネブラエやオルティシエのような作りではあるものの、少なくともノクトには見覚えがなかった。自分は先ほどまでルシス王国の都市、インソムニアの城の玉座にて命を捧げていたはずだ。そんな自分が生きたまま、しかも若返ってこんなところにいるのはあり得ない。意味不明だった、運命に振り回されたわけありの青年をこんなところに連れてくるなんて、相当な無理がある。

 

命を落とした自分をだ。それを実際にやったものがいる。

死んだはずの自分を、こんなところに連れてきた何者かが。

 

 

「やっと目を覚ましたようね」

 

『!?』

 

 

唐突に。

見覚えのない寝室に、新しい声が滑り込んできた。

ノクトがビクリと肩を震わせてそちらへ振り返ってみれば、腕を組み、木製ながらもセキュリティはバッチリなデザインをしたドアの前に、一人の少女が立っていた。

 

黒マントをかけて、自分の国では見かけないような桃色のブロンドヘアをした少女。

 

それを見て、ノクトは徐々に意識がはっきりとしてきた。そして、徐々に忘れかけていた記憶が蘇ってきた。

 

 

『···················ッ!!』

 

 

無言で自分の唇に指をやった。

 

感触は、まだ残留している。気絶してしまったことで忘れかけていた記憶の中にある甘くもトラウマな記憶。どうも、あれは理解が追い付かないことで記憶が混乱した頭が見せた幻、または夢、というわけではないらしい。未だにどう受け止めていいのかわからないが、一つだけ確かなことがある。

 

青年の初めてを奪い、それでいてトラウマ並みの激痛を与えた張本人が目の前にいる。

 

 

『お、お前ッ!!』

 

「胃が痛くなるほど悩んだけど、諦めてあなたを【使い魔】にすることにしたわ。光栄に思いなさい」

 

『おいッ!! 無視すんなッ!! そしてなに言ってんのかわかんねんだよッ!!』

 

 

戸惑いながらも怒り続けるノクトをよそに容赦なく自分の言い分を述べて前を通りすぎていく少女。

そんな少女に対して、ノクトはさらに怒りを募らせる。

 

だって、おかしいのだ。

 

いきなり自分は知らないところに放り出されたと思ったら、初対面にも関わらず自分の口にキスをしてきて、なおかつ激しい痛みを味わわせたのだから。

何より、年下の女の子に初めてを奪われることになるなんて思いもよらなかった。

 

初めては年上ながらもずっと思いを寄せてきた『自分の許嫁』のために取っておいたというのに、それが誰かもわからない、しかも年下というちょっと危なそうな奴に奪われてしまった。

 

じゃああれか。初めてのキスの味は··············少女の味だったと。

 

それを思い出した瞬間、ノクトの口はわなわなと震えていた。

 

だが黙っているわけにはいかない。こいつには聞きたいことが山ほどあるんだ。ノクトは半分痙攣したような喉で、それでも必死になって言葉を絞り出す。

 

 

『一体俺は何処に拉致されちまったんだっ!? なんで俺はまだ生きてんだっ!? 俺は確かに死者の国でそのまま命を落としたはずなのに、なんで俺はこんなわけもわかんねぇとこにいんだよっ!? というかお前誰だっ!? なんでいきなり俺に迫ってきやがったんだっ!? わけもわかんねぇ相手に初めてを奪われるってどういうことだっ!? 説明し························ろ?』

 

 

と、そこで言葉は途切れた。

 

何故ならば、

 

 

『·········って、なんで脱いでんだお前はっ!?』

 

 

急だった。

少女がいきなり自分の服を脱ぎ出した。ブラウスのボタンに手をかける。一個ずつ、ボタンを外していく。ノクトは思わず自分の目で視界を塞いだ。

いきなりの行動に頭がパンクしそうになりながらも、少女は構わず着替え始める。

 

そして、だ。

 

 

『うわぶっ!?』

 

「それ、洗濯しといて」

 

『おいっ!? さっきからなんなんだよお前はっ!?』

 

「言葉はわからなくても使い魔なんだからそれくらいわかるでしょ?」

 

『何なんだよっ!? マジなに言ってんのかわかんねぇし、あんた一体何様のつもりだっ!? つか、何自分の服他人に預けてんだッ!! あんたの発育がまだなってないもの見たって全然嬉しくねぇんだよッ!! って、そんなことはいいからさっさと服着てくれっ! 目のやり場に困んだよっ!?』

 

「主人の命令もわかんないの? 命令すら通じないなんて·········犬以下だわ」

 

『何いきなり落ち込んでんだよっ!? さっきからわけのわかんねぇことばかりしやがって············いい加減にしろッ!!』

 

 

テンションが噛み合っていない部屋の中で巻き起こる論争。

自分よりも年下の柔肌なんぞ享受している心の余裕はないのか、ノクトの怒りの叫びはやめられない、止まらない。

 

 

『結局のところお前一体誰だよっ!? 俺がなんでここにいるのかの理由も含めて分かりやすく説明しろッ!!』

 

「ああ~ッ!! もう、うるさいッ!! その口黙らせてやるわッ!!」

 

 

と、文句を言うノクトをよそに、少女は机においてあった一本の杖をノクトへと向けた。

 

 

『!? おい!! いきなりなんだよッ!?』

 

「ほんっとうにピーピーうるさいわね。去年習った【口封じ】の魔法でしばらくの間口を開けなくしてやるわ」

 

 

少女達の世界ではそれは銃口を向けられているに等しかった。

が、青年からすればただの木の棒を向けられただけにすぎないので、少女が何をしようとしているのか、その動作に何の意味があるのかわからなかった。

 

しかし、だ。

ノクトはもう少しだけ状況を深く観察すべきだったのかもしれない。杖を向けられているという文化がなかったので意味はわからなかったが、その動作に見覚えはあったはずだったのだ。おとぎ話に出てくる魔法使いがやるお決まりの動作。それをこの時理解しなかったことで、ノクトに更なる災難が降りかかることになる。

 

 

「ええっと········あんスール、ベル·······アム··············」

 

 

何かを思い出そうとして指を頭にやって何かを呟く少女。

そして、杖を上に掲げると、呪文を唱え出す。

 

 

「ただちに沈黙をもちて、我が要求に··············答えよッ!!」

 

『は?』

 

 

 

チュドオオオオオオオオンッ!!

 

 

 

という爆発音と共に、二人の視界は真っ黒に塗りつぶされた。

衝撃波と共に、爆音が部屋中に撒き散らされ、灰色の煙が吹き荒れた。少女も近距離でいたため、爆発の余波が頬を掠めたが、ノクトの方は顔面をもろに衝撃を受けた。

 

 

「·····················」

 

「が·········あ······っ!?」

 

「おかしいな~」

 

 

木製の床と口づけをしているノクトを見ながら、少女は頭を抱えながら自分の魔法が失敗したことを悔やむ。カエルのように足をヒクヒクとさせて床の上で潰されながらも、ノクトはまだ息があるようだ。

 

 

「な、なんだ·······今の·········?」

 

「·························え?」

 

 

絶賛床と合体しているノクトから聞こえてきた声が時間を止めた。

 

震源は青年の口。

確かに聞こえた。『何だ今の』と、聞き慣れた言語がいつも失敗ばかりする魔法使いの少女ルイズの鼓膜を震わせる。

 

 

(··············うそっ!?)

 

「ちょっとばかり年下だし相手が女だから遠慮してたけど、いつまでも調子にのりやがってッ!! 年下だろうが関係ねぇ、もう許さねぇぞッ!!」

 

「わかる、わかるわッ!!」

 

「···························え?」

 

 

と、怒り狂ってルイズに対して怒りの鉄槌を喰らわせようとしたノクトも動きを止めた。

 

 

「今······“わかるわ”って言ったか?」

 

「う、うん··············」

 

「····························」

 

「····························」

 

 

聞こえた。

互いに聞き慣れた言葉が聞こえてきた。二人の声が交錯した時、数秒の沈黙が空間を支配する。

 

 

「······················な」

 

「あ?」

 

「何か············言ってみなさい」

 

「············なんだよ、ルシス語話せんじゃねぇか!」

 

 

二人の間に言葉の壁がなくなった。

聞き慣れた言語にノクトは安堵を浮かべているものの、少女の方はなんか複雑な気分だった。

 

 

(どういうこと? 沈黙の呪文だったのに·············はぁ、また失敗か)

 

 

思わぬ副産物が生まれたことに不満を抱く。

 

黙らせるのを目的とした魔法を放ったはずなのに、逆に言葉の壁を破壊するという結果をもたらしてしまった。結果オーライとは思えるが、ルイズからすれば魔法が失敗した感覚で何とも言えない感じであった。

 

しかし、それよりもだ。

 

ようやくお互いの言葉が通じあったのだ。ならばやることは決まっている。

 

 

「あんた··············名前は?」

 

「は?」

 

「名前よ名前。自分の名前くらい言えるでしょ?」

 

「俺? 俺は、“ノクティス・ルシス・チェラム”だけど」

 

「ノクティス? ルシス? チェラム?」

 

 

舌噛みやすい名前だ。

しかし、青年の名前を聞いて正体がわかったルイズの瞼がパチパチと動く。名前が何というか、貴族のような名前だった。平民なら普通は何気なく特に何の意味もない言葉を使って名前を付けられる。

 

だが青年の名前には、意味が込められている気がした。

 

その名前の意味はわからないが、少々貴族っぽい名前にルイズは首をかしげる。が、どっからどう見ても貴族って感じには見えない。

 

THE普通のイケメン男性という印象しかない。

 

 

「って、そんなことより俺はなんでこんなところにいるんだよっ!? ようやく話せるようになったんだッ!! 質問に答えろッ!!」

 

「··············あんた、【貴族】に対してどの口聞いてんの? 身の程をわきまえなさい」

 

「は? 【貴族】?」

 

「そう。私の名前はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。ヴァリエール家の貴族の一人よ」

 

「··············名前なっが」

 

「別にいいでしょ。あんたはこれから私のことを【ご主人様】って呼ぶんだから」

 

「··········································はぁ?」

 

 

意味が、わからなかった。

時間をいくら経過させても、理解できない。なに言ってんだこいつ?

 

貴族? ヴァリエール家?

 

聞いたこともない。王族である自分でも知らない家名に頭を悩ませる。

 

とにかく。

この瞬間。

 

ノクトの頭の中で何かを理解した。

 

 

(そういや··············こいつにキスされたとき、何か左手に変なのが浮かび上がってたな)

 

 

それを思い出した瞬間、ノクトは左手につけていた黒手袋を取る。

 

そこには、理解できない文字が左手の甲に浮かび上がっていた。それを見たルイズが、意味をわかっていないノクトを理解させるように強気な口調で説明する。

 

 

「その左手の甲にあるのがその証。あんたは正式に私の僕、【使い魔】になったのよ」

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「···············使い魔?」

 

「そう」

 

「·····················僕?」

 

「そうよ、しつこいわね。あんたは私に召喚されたの。だからあなたはここにいるの。理解できたかしら?」

 

「···························」

 

 

なるほどつまり。

自分は死んだけれど、何かの手違いで彼女に召喚され、そして自分はこれから彼女に仕える言うなれば家来になったと。

 

そういうことでいいのか?

 

 

「·····················ッ!?」

 

 

ノクトの顔に嫌な汗が浮かぶ。

 

意味もわからずこんな小さな女の子の僕になる道理はない。例えそれが決定していたとしても、納得がいかない。というか、仕える理由もない。赤の他人に忠誠を誓う意味もない。

 

何より、王族である自分がその下の階級の貴族の使い魔になるなんて馬鹿げている。

確か絵本で読んだことがあるが、使い魔とは魔法使いが連れて歩く動物達のことだ。主人の目となり耳となり、時には主人をサポートする相棒的な役割のポジションにいるあれ。

 

····························納得できるわけない。

 

寝るための服装に着替えて怪訝な目を向けている彼女であったが、こちとらそれどころではない。

 

ふざけてる。王子で、しかも『真の王』である自分がこんなことになるなんて。なにより、王族としてのプライドと立位置の示しがつかない。

 

故に、だ。

 

疑問よりも先に、ノクトの目的は決まった。

 

 

「はぁ··············なんで私の使い魔が平民なのよ。しかも、わけのわかんないことしでかしちゃうし。あんた一体何なのよ。目が急に真っ赤になったり、体から剣が生えてきたり、意味不明にも程があるわ。私はグリフォンとか、ドラゴンとか、そういうかっこいいのがよかったのにぃ~ッ!!」

 

 

好き放題言いやがってッ!! とノクトは心の中で毒づく。

 

めちゃくちゃ嫌そうにしているルイズは苛立ちのあまり力をいれた結果唇を噛み、目を細めてしまう。

 

そして、次に目を開けたときには、

 

 

「··············あれ?」

 

 

目の前にいるはずの青年の姿が忽然と消えていた。

 

 

「ノクティス··············?」

 

 

いきなりの出来事に絶句するルイズは青年の名を呼んでみる。

 

が、返答なし。

 

代わりにギィ、ギィ、という軋む音がふいに耳に入ってくる。そちらに目を向けると、またふいに冷たい風が肌に当たってくる感触がやってきた。

 

そして。

 

そして。

 

微妙に開かれた寝室に出入りするための唯一の扉が静かに悲鳴を上げ、その先からバタバタバタバタと、狭い廊下を思いっきり走っているような音が微かに聞こえてくる。

 

そこから導き出せる答え、それは、

 

 

「逃げたッ!? 使い魔が、嘘でしょっ!?」

 

 

突然の僕の行動に呆気に取られたルイズだった。

しかし、そんな余裕はない。それに気づいたルイズは迅速に逃げ出した使い魔を捕獲するべく、一度ノクトに脱ぎ捨てたこの学校の制服に着替え、急いで獲物の追跡を開始する。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「はぁ··············はぁ··············ッ!!」

 

 

得体のしれない建物内を転げ回るように逃げ、螺旋状に作られた石造りの階段を飛ぶように降りていく。今は夜の時間帯だからか誰ともすれ違わない。

 

好都合だ。

 

誰にも見られない今が好機。何処にいったのかとかあの少女が事情聴取をする心配がなくなったノクトは逃げるための足に力をいれて更に加速する。

 

 

「信仰宗教だか、ファンタジーマニアの団体だか知らねぇが、王族が貴族の僕なんかになってたまるかッ!」

 

 

ごもっともだ。

貴族よりも地位の高い自分が、何故こんな目に遭わなければならないのか。あんなところにいれば何させられるかわからない。

 

となると、あの少女に捕まえられないようにするのが大前提で、あとは出来るだけ遠くに行って、自分の故郷であるルシス王国に帰るのが最終目標だ。ならば早くここから立ち去るに限る。

 

複雑で狭い通路をあちこち走り回り、出口を探し求めていると、

 

 

「私、スフレを作るのが得意なんですのよ」

 

「それは是非とも食べてみたいな!」

 

「!?」

 

 

長い階段を降り終えた先に待っていたのは青春を謳歌している二人のカップル。

 

ノクトはそれを見た瞬間、すぐ近くの物陰に身を隠し、壁を背にして様子を窺う。

 

 

「本当ですかっ!?」

 

「もちろんだケティ。君の瞳に嘘はつかないよ」

 

「··············ギーシュ様///」

 

「君への想いに、裏表などありはしないんだ」

 

(························)

 

 

何やってんだこいつら。

と、ノクトは呆れたように目を細めていた。なんか二人の周り、というより女の子の方から妙にピンク色の雰囲気が出ている気がするが、きっと気のせいだ。

 

というか、相手の男の子もよく気障なセリフを吐くものだ。はっきり言ってあまり使いこなせているように見えない。なんというか覚えたての言葉を使っているような感じがあって、どことなく胡散臭さというか、嘘っぽいというか。

 

まだナンパ術を極めたグラディオの方が上手かったぞ、と評するまでである。

 

と、こんな奴に構っている暇はない。

こうしている間にも、あのめんどくさい少女が追ってきているかもしれないのだ。巻き込まれない内に退散するに限る。

 

ノクトは静かに、自然に、風景に溶け込むようにして視界から消えるように中腰になりながら突破しようとした時、

 

 

「ん? ルイズが呼び出した平民じゃないか?」

 

(やべっ!!)

 

 

呆気なく気づかれた。

だがまだ諦めるのは早い。ステルスミッションは継続。すぐさま立ち上がり、何事もなかったかのように立ち去ろうとするノクトの耳に、二人のカップルの声が聞こえてくる。

 

 

「あ~、今日の儀式で。一年生の間でも話題でしたわ。確か、急に苦しみ出したかと思ったら体から剣が生えてきたとか」

 

「ああ、彼がいきなり気絶して動かなくなったものだから、僕らは大変だったんだ」

 

「まぁ··············!」

 

 

何か言ってきているが関係ない。

巻き込まれる前に早く抜け出さなくては。

 

 

「待ちたまえ」

 

「!?」

 

 

急に呼び止められたことで肩がビクンと上がる。

ノクトは面倒だなと思いながらも、気障な男の方へと振り向いた。

 

 

「何?」

 

「ふん、何だねその態度は。平民が貴族の手を煩わせておいて、礼の一つもないのか?」

 

「ああ?」

 

 

てめぇこそ誰に向かってもの言ってんだ?

と、睨むが面倒事になるのだけは避けたい。こんなところで足止めを喰らえば追跡者が追い付いてくるに違いない。

 

ノクトは不本意ながら頭を下げることにした。

 

 

「··············そりゃどうも」

 

 

と、吐き捨てるように言った。

ムカつく奴だ。やっぱりこいつはグラディオの下位互換だ。絶対将来女関係でひどい目に遭うに違いない。

 

 

タタタタタッ!!

 

 

「!?」

 

 

何てことを思ってるのも束の間、先ほど降りてきた階段の方から嫌な気配を感じた。更に続いて小柄な女性の足音まで響いてくる。

 

 

「やべっ!!」

 

 

ダッ!! と慌てたようにノクトは走り出す。

 

 

「全く、忙しない男だな」

 

 

なんて気障な野郎が肩をくいっと上げて呆れていると、先程ノクトが出てきた所から一人の少女が姿を現す。

 

 

「おや、ルイズ」

 

「はぁ·········はぁ·········はぁ」

 

「ルイズ、ついさっき君の使い魔が────」

 

「捕まえて」

 

「え?」

 

「··············逃げ出したのよッ!!」

 

 

息づかいが荒く肩で呼吸するのを見ると相当探し回っていたらしい。

目は鋭くしていて、捕まえられたらおそらく無事では済まなそうだ。そんなルイズにギーシュはまたもや肩をくいっと上げて、

 

 

「契約した使い魔がかい? さすが、ルイズの使い魔だけあって、常識外れだな」

 

「関心してないで手伝ってッ!!」

 

「仕方ない」

 

 

不本意ながら力をお貸ししましょうとばかりに気障に仕草する。

ルイズからすればそんなの何の効果もないが、隣にいた一つ下の生徒からは好評だったようだ。

 

仲間が増えるよやったねルイズ!

 

割りとまだ元気そうなルイズは新しくできた仲間と共に、捕獲対象の追跡を再開する。

 

傍目から見ればあはは、うふふ、待って待ってー! というちょっとしたドラマになりそうだが、近くから見れば復讐の女神に追いかけられる勇敢警察官のようだ。追い駆けっこは捕獲対象が逃げきるか、追跡者が捕獲するまで続く。

 

 

「あぁーもーちくしょう!!」

 

 

追跡者からやや離れた場所で叫ぶノクト。

なんでこんなことになるんだ。普通に生きてきただけなのになんてことを思いながら走る。面倒事に巻き込まれたことに頭を悩ませ、それでいて年下なんかに振り回される自分に悲しくなってくる。

と、また別の出口を見つける。今度こそ外に出られたらいいね。

 

 

「こうして、君と二人きりになれるなんて夢みたいだよ。“微熱のキュルケ”」

 

「ふふ··············今夜は微熱じゃ済まなそう」

 

 

なんかその前の噴水でまたもやカップルがイチャイチャしているが、そんなのもうどうでもいい。

それよりもだ。

 

 

「はぁ、はぁ··············ようやく、見つけたッ!!」

 

 

探し求めていたものが目の前に現れたことに歓喜する。

外の風景が見えることから、あそこが出口のようだ。こんなところに長居する道理はない。それに、追跡者も追ってきてるのだ。

 

ならば急いで外に出なくては。

 

こんなにも荒い息を吐かせた場所からはおさらばだと言わんばかりに、ゴールを目指して走り出す。

 

 

「ん? あいつ、確かゼロのルイズの··············」

 

「えぇ··············平民の使い魔だわ」

 

 

背景の声に応じている暇はない。

周りの景色を無視して、とにかく外を目指して走る。

 

 

「いた!! あそこよ!!」

 

「ああ!」

 

 

と。後ろから新しい声が滑り込んでくる。

 

 

「ねぇ、あんた達何やってんの?」

 

「いや、それが聞いてくれよ」

 

「急いでッ!! 逃げられるわッ!!」

 

「おおっと」

 

 

背後では甲高い声なんかが交差しているが、もう構う必要はない。

外から中に、中から外に出るための階段なんて使用せず、ノクトは飛んでその行動を省略させる。

 

 

「くそ、こんなわけのわかんねぇ場所、とっとと────ッ!!」

 

 

ようやく手に入れた自由、それを実感した。

 

そこで異変が起こった。

 

 

「は?」

 

 

気がつくと、足の裏の感覚がなかった。それどころか、一瞬内蔵すら浮いているような感覚がやってきた。

 

そこで気づいた。自分の体は浮いているのだと。

 

 

「はぁ!?」

 

 

ふざけた現象にノクトは腹を立てる。

あと一歩というところで、わけのわかんない出来事がノクトを襲う。

 

 

「な、なんだよこれ!?」

 

「勘弁してほしいな」

 

「!?」

 

「君を浮かべるのは、これで二度目だ」

 

 

ふざけた調子の声が下から聞こえてくる。

あの気障な野郎が、一本のバラを弄ぶようにして振るわれると、ノクトの体もそれに合わせるように揺らされる。

 

 

「ちょ、おいッ!! やめろッ!!」

 

 

夜空が照らす中で、ノクトの声が響き渡る。

 

 

「あははッ!! 主人から逃げ出す使い魔なんて··············おかしすぎッ!!」

 

「むッ!!」

 

 

ぎゃあぎゃあと騒がしい声が耳には入ってくる。

 

ルイズはそれに睨み目を向けるが、こっちはそれ以上に腹が立っている。

 

見た目は二十歳前後に見えるかもしれないが、少なくともあいつらよりは年上の自分が、年下どもからのからかわれるように弄ばれている現状にムカつきながら、下に入る気障野郎に怒鳴り声を上げようとしたその瞬間、

 

 

「···················は?」

 

 

と、ここまで来てようやくノクトは異変に気づいた。

 

思わずポカンとしてしまうノクトは苛立ちなど忘れてしまった。

 

その異変に気づいたのは、『夜空に浮かぶもの』。彼は明らかにあり得ないものを目にしてしまった。一瞬、自分自身の目を疑う。幻覚かとも思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故···································()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「········嘘っ!? マジかっ!?」

 

 

ノクトはわずかに思考し、そして結論を得る。ここまで来れば嫌でもノクトでも推測できる。

 

赤い月に青い月。

 

故郷ではありえない光景に、ノクトはとっさに理解した。事情を説明するまでもない、今の自分の状況に。

 

そう、この時をもってしてノクトは完全に理解したのだ。

 

 

 

 

 

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