「失礼します」
ルイズは学園長室の扉をこんこんと叩いた。
次の日、いつも通り授業を受けていたら、オスマン氏に呼ばれたルイズはハラハラどきどきしていた。
なにせ学園のトップからご指名を受けたのだ。なにかよくない事が起こしたのでは? と嫌でも思ってしまう。
「鍵はかかっておらぬ。入ってきなさい」
威厳ある声に、ルイズの心臓が飛び上がる程激しく動く。本当は可愛い秘書を雇わないとなー、とルイズが聞いたらブチ切れてもおかしくない事を思っていたりするオスマン氏。
スーハー、と体を落ち着かせる為深呼吸を数回した。
よし、大丈夫。イケる。
扉をノブをゆっくり回して、そのまま押す。
ギィィィと悲鳴をあげながら、オスマン氏のシエルエットがはっきりと現れた。
ルイズは落ち着いていた鼓動が再び激しくなってしまった。なんというか、やるだけ無駄であったのだ。
ルイズは一歩二歩と踏み込み、扉を閉める。
「わたくしをお呼びと聞いたものですから·······」
若干怖がっていたので、言葉に自信がなかった。
そんなルイズの心情を察したのか、オスマン氏は両手を大の字に広げて、立ち上がる。
歓迎の意を体全体を使って表したのだ。
「おお、ミス・ヴァリエール。旅の疲れは癒せたかな? 思い返すだけで辛かろう。だがしかし、おぬし達の活躍で同盟が無事締結され、トリステインの危機は去ったのだ」
優しい声で言われて、ルイズの気持ちは幾分か落ち着いた。では悪い事でなければ一体何なのであろうか?
「そして、来月にはゲルマニアで無事王女と、ゲルマニア皇帝との結婚式が執り行われることが決定した。君達のおかげじゃ。胸を張りなさい」
「·······」
しかし、その言葉に対しては、胸を張れなかった。
アンリエッタとウェールズが愛し合っていたのだと知っている今、姫が望まない結婚はやはり喜べない。
たとえ同盟の為であろうとも、幼馴染みである姫が政治の道具として扱われるのは悲しかった。
一昨日彼女が見せた哀しい笑みが思い出される。
そんな風に思いながら、ルイズは黙って頭を下げた。
オスマン氏はしばらく黙りこんだ。
思わずルイズが、
「あ、あの·······」
と不安になって声をかける程黙っていた。
すると、オスマン氏は何か思い出すように手に握っていた小さな本をルイズに差し出した。
「これは·······?」
「始祖の祈祷書じゃ」
「始祖の祈祷書? これが·······ですか?」
名前ならルイズも聞いた事がある。王室に伝わる、伝説の書物。
一冊しかないはずだが、国宝という事もあり、沢山の偽物が存在していると。
おそらく、これが本物であるようたが·······
「トリステイン王室の伝統で、王族の結婚式の際には貴族より選ばれし巫女を用意せねばらなんのじゃ。選ばれた巫女は、この『始祖の祈祷書』を手に、式の詔を詠みあげる習わしになっておる」
「は、はぁ」
適当な相槌を打つ。あまり宮中の作法に詳しくないからだ。
「そして姫は、その巫女にミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ」
「姫様が!?」
オスマン氏が頷く。
「その通りじゃ。巫女は式の前より、この『始祖の祈祷書』を肌身離さず持ち歩き、詠みあげる詔を考えねばならぬ」
「ええ!? わ、私が詔を考えるのですか?」
「そうじゃ。もちろん、草案は宮中の連中が推敲するじゃろうが·······伝統はちとめんどくさいもんじゃのう。だがな、姫はミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ。これは大変に名誉なことじゃぞ。王族の式に立ち会い、詔を詠みあげるなど、一生に一度あるかないかじゃからな」
「·······」
ルイズは昨日の夜、ノクトに言われた事を思い出す。
『だからルイズ。お前はゼロなんかじゃねぇよ。確かにお前は魔法が使えないかもしれない。だけど、誰かを思いやる心、誰かを護ろうとする気高い心を持っている。例え他の誰かが否定したとしても、俺はこう言い切る。お前は、俺が出会ってきた中で最高のメイジだって』
自分はゼロなんかじゃない、無能などではない、ノクトは何度も自分にそう言い聞かせてきた。最高のメイジだと言ってくれたノクトのためにも、この任は受けなくてはならない、ルイズは静かにそう思った。
「わかりました。謹んで拝命いたします」
ルイズは、オスマン氏の手から『始祖の祈祷書』を受け取った。オスマン氏は笑みを浮かべて、ルイズを見つめた。
「快く引き受けてくれるか。よかったよかった。姫も喜ぶじゃろうて」
△▼△▼△▼△
「はあ~、生き返るわ~」
ノクトは上機嫌になっていた。パチパチと下で炎が燃え、水の温度がちょうど心地よい辺りに上昇していく。
一日の疲れを取る、数少ないノクトの楽しみであった。その日の夜、ノクトは自作のごえもん風呂に身を浸かっていた。
トリステイン魔法学院にも風呂はあるのだが、当然貴族にしか許されない場所である。
一応平民用の風呂もあるが、ルシス王国の王子には合わないサウナ風呂であった。
だから、ノクトは自分で作る事にした。コック長のマルトーさんに頼み、古く、使われていない大釜を一つもらった。
その下にくべた薪を燃やし、蓋を沈めて床板にして入るのである。
その風呂場をヴェストリ広場の隅っこにぽつりと置いたので、他の人に見られる事はなかった。
「まるでキャンプしてた時みてぇ、あん時は水風呂しかできなかったけど」
ノクトは前世でのキャンプを思い出す。野宿をする際、風呂がなかったため近くの水辺で体を洗うことしかできなかった。
本音を言えば、温かいお風呂に肩まで浸かって疲れを取りたかった。
しかし今、ノクトは自作の温泉を作って頭にタオルを乗せて、鼻歌を歌っている。
だが、隅っこに置かれてたとしても、その広場に人があまり出入りしなくても、見られてしまう事はあったりするのだ。
ノクトからは注意して見ないとわからない場所にて、この学院に仕えているメイド達がいた。
シエスタと、その友達二人である。
三人はノクトの存在を確認すると、喋り始めた。
「チャンスよチャンス! 今こそノクティス様と話すべきよ!」
金髪の子がシエスタを促す。
「で、でも·······なんか今は一人のんびりとしているようだし·······」
「何を言っているのシエスタ! これじゃあ何の為に後をついていったのかわからないじゃない!」
オレンジ色の髪を持った子がシエスタに迫る。
「で、でもやっぱり緊張するよ·······」
シエスタは顔を俯いてしまった。
ノクトに少なからず恋愛感情を抱いたシエスタは困っていた。好きになってしまったが、なにぶん出会う機会がほとんどないのだ。
たまに、偶然寮で会う程度である。そして追い討ちをかけるかのように、この数日学院を留守にしていたのだ。
ルイズ、キュルケ、タバサ、ギーシュといった貴族達といなくなっていた間、シエスタは仕事に集中できない程気になっていた。
その様子に気付いた二人は、シエスタに脅迫がまいの尋問をして、見事彼女の秘密を引き出したのだ。
「なに言ってるの! こうしている間にも他の子は好感度を上げているのよ!?」
シエスタの体がぴくっと反応する。それだけはやっぱり恋する女の子としてあって欲しくない事である。
「それにノクティス様って結構人気あるわよ?」
「へ? そ、そうなの?」
「私たちの中ではやっぱり好感触だし、ギーシュ様を倒してフーケも捕まえたし、貴族からはひそかに人気があったりするんじゃない?」
「それに見てよ、彼の顔つき! あれはどう見ても上等物でしょ!? 女の誰もがノクティス様のことを好きになるに違いないわ。実際、私もノクティス様の顔に惚れてしまったもの~」
「え、ええ!?」
「噂で聞いた話だけど、貴族の間ではもう彼のファンクラブが出来てるらしいわ。もう何人もの人達がノクティス様を狙ってるのよ!!」
シエスタは肩をがっくりと落とした。貴族が相手なら敵うはずがない、と思っているシエスタにとって今の言葉はショックである。
「私·······なんの取り柄もないし·······」
「何言ってんの! シエスタにはこの胸があるでしょうか!」
「ひゃい!?」
金髪の子に胸を突かれて、シエスタは悲鳴をあげる。オレンジ色の子がそれに続いた。
「そうです。男の子はやはり胸がある子の方が好きになると統計学的にも証明されてるのです!」
「どこの統計ですかぁぁぁぁあ!?」
もー、と牛の鳴き声のような声を漏らし、顔を赤くしながら一歩二歩と下がる。しかし、金髪の子が、代わりに一歩二歩と進んでくる。
そしてガシッ! と肩を掴む。
「大丈夫だって、結局最後に決まるのはどれだけ勇気を出したかによるんだから! アンタならやれるって!」
「勇気か·······うん。頑張ってみる!」
シエスタはようやく決心した。
したのだが·······
これほど大きな声をあげると、やっぱりとある青年に聞こえちゃったりする。
「おーい、さっきから話声が聞こえてるけど、誰かそこにいるのかー?」
ノクトの声が、自分らに向けたものだとわかって、シエスタはびくっ! と体が震え上がった。
「わわわ、どどどうしよ。ままま、まだ心の準備がががががッ!!」
「えぇい落ち着け! このお茶をノクティス様に渡すのでしょーが! もうちゃっちゃと行ってこーい!」
オレンジ色の子がティーポットとカップが乗っているお盆を渡し、金髪の子がシエスタの背中を思いきり押した。
「あれ? たしかお前、シエスタだっけ?」
月が照らしていない所であったので、ノクトには掠れた声と人影しか見えなかった。
しかし、人影がこちらに進んできて、形が明確になってきた為、その人物の名前をノクトは呼んだ。
(ええい、もう! こうなったら当たって砕けろー!! ·······かな?)
本当に砕けてもらっては困るが、その方針は支持しよう。彼女は目をバッチリ開けて背筋を正して真っ直ぐに歩いてくる。
「え、ええええと、ちょ、ちょっとノクトさんの姿が見えたのでお声をかけようかな? って思ったりしなかったり·······」
最初は震えたが、後半は一気に喋りきった。それでも、徐々に小さくはなっていったが。
「そうなのか? つか、他に誰か一緒にいなかったか?」
「ああ! はい! わ、私の友達です! なんか用事があるとか言って去っちゃいました、アハハ!」
「ふーん、そか」
シエスタの動揺に気付いていないノクトは、お盆に目を注ぐ。
「それ、持ってきたのか?」
指を指してくれたので、シエスタも何を聞いてきたのかすぐにわかった。
「あ、はい! ええと、あれです! 今日とても珍しい品が入ったんです! だからノクトさんにご馳走しようかなー思って持ってきたんです!」
会話に慣れてきたのか、シエスタに笑みが浮かぶ。
一方のノクトもちょっと興味が沸いたのか、詳しく聞いた。
「へぇー、どんなのなんだ?」
「えと·······東方、ロバ・アル・カリイエから運ばれた『お茶』というものです」
「お茶?」
って普通に売ってあるあの緑の緑茶の事だよな?
確かにここはルシス王国とは違ってテネブラエ感が凄かったし、こっちでは珍しいものなのかな? と勝手に納得した。
「はい! もし良ければ·······飲んで、くれますかね?」
お盆を隣の地面に置いて、手をもじもじしている。
ここまでわざわざ自分の為に持ってきてくれたのだ。断らない理由がない。
「おお、そりゃ是非飲んでみてぇな。ありがとな、シエスタ」
そう言うと、シエスタの顔がパーッと明るくなる。サッとカップにお茶を入れて、ノクトに渡そうとしたのだが、こういう展開にはお決まりの展開が待っているものだ。
お風呂とお茶、何も起きないはずもなく。
瞬間。
いきなり何の前触れもなくシエスタが盛大にぶっコケた。
「わっ、わっ、わぁぁぁあああッ!」
どぼーんと釜の中にシエスタが飛び込んでいった。
「さすがシエスタ、ドジッ娘巨乳メイドさんの称号を与えるわ」
「ドジッ娘ではない気が……」
と、遠くで眺めている二人の友人の感想。
「·······だ、大丈夫かシエスタ?」
あまりの出来事に開いた口が塞がらなかったノクトは一瞬反応が遅れてしまったが、すぐに大丈夫かどうか聞いてくる。
ぶくぶくぶくと泡ができた後、バシャッ! とシエスタの顔が出てきた。
「だ、大丈夫ですけど·······わーん、服がびしょびしょだぁ」
メイド服がずぶ濡れで悲惨な事になっている。ちなみに、お茶を入れたカップは見事ノクトがキャッチ·······しているわけがない。
取ろうとしたが、お茶は見事に宙を舞い、カップがノクトの頭に乗っかって温かいお茶のシャワーがノクトの髪を流す。
「す、すみませんノクトさん·······ってッ!!」
と、シエスタは気付く。ノクトが裸である事に。
ボン! と爆発したかのように真っ赤に染まるシエスタ。さすがのノクトにもこれには察した。
「あー、なんかすまん。俺の国ではお風呂に入るのにはこんな格好をしなくちゃいけないわけで」
「い、いえ。悪いの私ですし·······その、すみませんっ!」
謝りながらも、シエスタは風呂から出ようとはしない。
(なんでいつまでもお風呂に入ってんだシエスタは·······っていうかこの状況って俗に言う混浴ってやつになるんじゃね!?)
そんな願ってもない展開に頭を悩ませていると、
「うふふ」
途端、お風呂にメイド服で浸かったまま、シエスタは笑い出した。
「どした? シエスタ?」
大丈夫か? と思わず聞いてしまう。どこか頭をやられたのかもしれない。
「あ、いえ·······き、気持ちいいですね! これがノクトさんの国のお風呂なんですか?」
「まぁ、ちょっと違うけど似たようなもんだなー。まあ普通は服を着ながら入ったりはしないけど」
「あら? そうなんですか?」
シエスタはそこである言葉を思い出す。
『大丈夫だって、結局最後に決まるのはどれだけ勇気を出したかによるんだから! アンタならやれるって!』
(勇気·······うん、頑張らなきゃ!)
出す所が違う気がするのだが、間違えるのもまた一興である。
「そ、そうですよね。
·····························································································································································································。
「はえ?」
ノクトは目を丸くしてシエスタに尋ねた。
「シエスタ、今なんて言った?」
シエスタの顔は未だに茹卵のように湯気が出そうな程真っ赤にしているのだが、何か開き直ったらしい。唇をキュッと結ぶと、決心したようにノクトを見つめた。
「脱ぎます、と言いました」
「い、いやいやいやいやッ!! なんでそうなんだよ!? さすがに男と女が一緒に入るのはまずいってッ!!」
「ノ、ノクトさんなら·······べ、別に、そ、そんな、ハ、ハレンチな事は、しない、でしょ?」
そんな事を言った時だけ妙に声が小さかった。
「いやそういう問題じゃなく────ッ!!」
「ですよね。わ、私もこの『お風呂』にちゃんと入ってみたいんです。気持ちいいし」
言うや否や、行動に移すのは早かった。シエスタはお湯から出ると服を脱ぎ始めた。
ノクトは慌てて目を逸らす。
「マジで? いや、待って·······くれるわけないよなはい」
「だ、だって、びしょびしょだし·······こ、このまま帰ったら部屋長に怒られちゃいます。火で乾かせばすぐに乾くと思うし」
ノクトは観念したらしく黙ってしまった。背後を向き、シエスタの姿を捉えないように全力で目を逸らす。
「おぉ! シエスタが遂にアタックしたぞぉぉおおお!」
「なんと大胆な! やはり私たちの教育のおかげですな!」
こんな展開にした犯人である二人のテンションは上がっていった。
シエスタは脱いだメイド服や下着を、薪を使って火のそばに干した。それから、再びお湯の中に入ってきた。
「あー、気持ちいい! あの共同のサウナ風呂もいいけど、こうやってお湯につかるのも気持ちいいですね!」
恥ずかしい感情もあるシエスタだが、予想外に気持ちがよく、また勇気を出すんだという脳の命令がそれを上回った。
シエスタはいつまでたってもこちらに振り向かないノクトに、はにかんだ笑みを浮かべて言った。
「これじゃあなんだか寂しいです·······大丈夫です。む、胸は腕で隠していますし·······それに水の中は暗くて見えないから平気ですよ」
「いや無理·······無理だからッ!!」
ノクトは命を懸けた戦いは今まで多々やってきたが、実はラブコメ的な展開はほとんど体験したことがない。
だからこれに関しては健全なる未経験者の青年となってしまうのだ。
自分と一緒に女の子がお風呂に入っている。顔だってかなり可愛い部類に入る。そんな人と一緒に入るなんて経験、三十年生きてきたが一度もない。
ノクトは珍しく顔から火が出るほど真っ赤にし、シエスタに背を向けている。
そんな事は知らず、何か話題はないかな? と考えるシエスタは、とりあえず口を開いた。
「え、えっと、ノ、ノクトさんの国ってどんなところなんです?」
「え? 俺の国?」
「はい! 聞かせてくれますか?」
シエスタが身を乗り出して、無邪気に聞いてくる。
ちょっと待って、身を乗り出すな約束が違うってー、とノクトは内心パニックに陥っていた。
「え、えっと·······まあ簡単に言うと月は一つで、デカイ建物が沢山並んでて·······それで────」
ノクトがうまく説明できないでいると、シエスタはプクーと頬を膨らませた。
「いやだわ。月が一つだの、デカイ建物が沢山並んでいるだの、私をからかってるんでしょう。村娘だと思って、バカにしてるんですね、もう!」
「いや·······事実を言ってるだけなんだけども、まあ信じてくれねぇよな·······」
言いながらノクトは思った。ホントのことを言ったら混乱させるだけだ。何せ、ノクトが異世界からやってきたことを知っているのは僅かだけなのだから。
まあ混乱する以前に信じないと思うが。
「じゃあ、ちゃんとほんとのこと言ってくださいな」
シエスタの勇気は正直半端なかった。純粋が故に成せる技なのかもしれない。
シエシタはノクトの背中を鋭い目付きで見つめた。
他に喋ることがないノクトは、頭を悩ませながら何かシエスタにでも伝わる話題はないか考える。
「あー·······食生活がまず違うな」
ノクトは習慣や生活において話した。これなら異世界だと思わせる事はない。
シエスタは目を輝かせて、その話を聞き入った。ノクトにとって当たり前な分、一生懸命に聞くシエスタが新鮮であった。ノクト自身も、時間を忘れる程であった。
しばらく経つと、シエスタは胸を押さえて立ち上がった。
ビクッ! と体を震わせるノクト。
そんなノクトを気にせずに、シエスタは乾いた服を身につけ、ノクトにぺこりと礼をした。
「ありがとうございます。とても楽しかったです。このお風呂も素敵だし、ノクトさんの話も素敵でしたわ」
シエスタは思い返し、嬉しそうに言った。
「また聞かせてくれますか?」
ああ、こんなんでよかったらな、とノクトは頷く。
シエスタはそれから、頬を染めて俯くと、はにかんだように指をいじりながら言った。
今日のシエスタはとにかく突っ切るだけ突っ切ろうという気持ちである。
「え、ええと、お、お話も、お風呂も素敵でしたけど、一番素敵なのは·······」
「シエスタ?」
「あ、あああ·······
「·······は?」
そ、それでは! と言い残し、シエスタは駆けていった。
言ったぁぁあああ!! と叫び声がしたが、今のノクトには聞こえなかった。
ポカンと口を開けたまま、のぼせてしまった。
△▼△▼△▼△
────────翌日。
ルイズは魔法学院の東の広場にあるベンチに腰かけて、一生懸命何かを編んでいた。
時刻は昼休み、食事を終え、ぽかぽかの陽射しが降り注ぐ。ふわ~と小さいあくびが出てきて眠くなった。
休憩を兼ねて手を休ませ、『始祖の祈祷書』をパラパラっと眺める。最初は何か書かれているものだと思ったが、何も書かれていない。
おかしいぐらいに何も書かれていない。
一体どうやってこれから姫の式に相応しい詔を考えなければならないだろ? と思うとため息が吐き出される。
しばらくして、まあいっかと気持ちを切り替えて、自分の作品の出来栄えを見る。
そこには、よくわからない作品があった。いや、彼女自身はセーターを編んでいたつもりだったのだが、どこかで間違えてしまったようだ。と言い聞かせる。
そうは言っても現実は変わらない。失敗の作品は失敗である。
自分の不甲斐なさに、ショックを感じて再びため息が吐き出される。
周りの同級生達は魔法を使ってゲームをしていた。その楽しんでる姿を見て胸が苦しくなる。
(どうして私は何もできないんだろ·······)
ノクトに慰めの言葉を与えられても、不安は拭い切れない。
ルイズは、ノクトにご飯を与えていたメイドの顔が思い浮かんだ。ノクトは、ルイズにバレていないと思っていたようだが、彼女の目ははっきしとその光景を見ていた。
あの子はご飯が作れる。キュルケには美貌がある。
では、自分は一体何があるのだろう?
ノクトに言わせたら、『可愛い』とか『美少女』だと、きっと答えるに違いない。
どうしようかなぁ·······と物思いにふけっていたら、ルイズの肩を誰かが叩いてきた。振り返るとキュルケが立っていた。
ルイズは目を大きく開き、慌てて『作品』を始祖の祈祷書を使って隠す。
「ル~イズ、なにしてるの?」
ニヤニヤとキュルケは笑っている。どうやらバレているようだ。
しかし、ルイズはそんな事などわからずに嘘を突き通す。
「み、見ればわかるでしょ。読書よ、読書」
「でもその本何も書かれていないじゃないの」
「これは、『始祖の祈祷書』っていう国宝の本なのよ」
「なんでそんな国宝をあなたが持ってるの?」
ルイズは仕方なくキュルケに一から説明した。
アンリエッタの結婚式で自分が詔を詠みあげて、その際この『始祖の祈祷書』を用いる事を。
「へぇ~、まあアルビオン新政府は不可侵条約をもちかけたそうだし、これもあたしたちのおかげかしら?」
キュルケは何となく察していたようだ。自分達の任務が、今の情勢に影響を与えていた事を。
ルイズは少し面食らったように驚いたが、
「誰にも言っちゃダメなんだからね」
と言うだけであった。
言わないわよ、と答えると、キュルケは話題を変える。
「それで、話は変わるけど·······
「ッ!!」
ビクッとルイズの体が震える。どうやら本気で隠しきれると思っていたようだ。
「な、何も編んでないわ」
「編んでた。ほら、これ」
そう言って、キュルケは始祖の祈祷書の下からルイズの作品を取り上げた。
「ちょっ!? か、返しなさいよッ!!」
慌ててキュルケの手から取り返そうとしたが、片手一つで押さえられてしまった。
「こ、これなに?」
あまりの出来具合に、キュルケはポカンと口をあけてしまった。なんというか新しい時代を感じてしまう。
「セ、セーターよ」
ジタバタ手を動かすがキュルケに掠りもしない。
「セーター? ヒトデのぬいぐるみにしか見えないわ。それも新種の」
「そんなの編むわけないじゃないの!」
ルイズは必死にもがいて、なんとか編み物を取り返すと、恥ずかしそうに俯いた。
「あなた、そのセーターをどうするの?」
「ア、アンタには関係ないじゃない」
「じゃあ当ててみようか?」
キュルケは、再びルイズの肩に手を回すと、顔をすぐ目の前へと近づける。
「
「あ、あああ、編んでないわよ! バカねッ!!」
ルイズは、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「あなたってほんとにわかりやすいのね。どうして好きになっちゃったの? どうして?」
「す、好きなんかじゃないわ。好きなのはアンタでしょ!! あ、あんなバカのどこが、い、いいのかしらしんないけど·······ッ!!」
ツン、とそっぽを向く。ホントにわかりやす過ぎて、キュルケは内心笑ってしまった。
「知ってた? あなたって嘘をつくとき、耳たぶが震えるのよ?」
「え!?」
ルイズは、はっとして耳たぶをつまんだが、震えていなかった。すぐにキュルケの嘘に気付き、慌てて手を膝の上に戻す。
「と、とにかく、アンタなんかにあげないんだから。ノクトは私の使い魔なんだからッ!!」
「あら、あたし一言もノクトの名前を出してないわよ?」
「ッ!?」
キュルケは待ってましたと言わんばかりに、にやっと笑った。
「独占欲が強いのはいいけれど、あなたが今心配するのは、あたしじゃなくってよ?」
「どういう意味よ?」
「ほら·······なんだっけ。あの厨房のメイド」
ルイズの目が吊り上がった。
「あら? 心当たりがあるの?」
「べ、別に·······ッ!?」
そうは言っても視線が泳いでいる。キュルケは手をルイズの肩から離した。
「今、部屋に行ったら、面白いものが見られるかもよ?」
「!?」
言うや否や、ルイズはすくっと立ち上がった。
「好きでもなんでもないんじゃないの?」
楽しげな声でキュルケが言うと、
「わ、忘れ物取りに行くだけよ!」
ルイズは怒鳴って駆け出した。ノクトがいる部屋へと。