一方のノクトは、部屋の掃除をしていた。
もうここに来てから長く、掃除をするのも大分慣れた。ノクトは慣れた手つきでテキパキと綺麗にしていく。前日の夜に至っては、ルイズは洗濯をすらしていた為、ノクトの仕事が少なくなってきたのである。
さらに、ルイズの部屋には元々物があまり置かれていない。なので、掃除はあっという間に終わってしまった。
「さてと、こんなもんかな·······って、うぉぉぉおおおッ!?」
神々に選ばれて、死ぬ運命まで背負わされた王子様が、平和に過ごせるわけがない。
ドシーン! と本棚が何の予告もなしに倒れてきた。バサバサッ、と本が無造作に散らばる。
「·······だぁッ!! くそッ!! いいとこだったのにッ!!」
なにもない部屋ではあるが、本棚にはぎっしり積められているので、その量は半端ない。それでも、本棚に押し潰されないのは不幸中の幸いだろうか?
「っていうかアイツ·······一体どんな本を読んでるんだ?」
ノクトは散らばっている本の一つのを取り上げるとそれをパラパラッとめくるが、ルシス語しかできないノクトになんて、もちろん読めるわけがない。
「ま、読めるわけないよな·······いやでも」
確かここに来る前、ノクトはルイズ達が発している言語を理解できていなかった。ルイズが謎の呪文をノクトにぶつけた結果意志疎通が出来るようになったわけだが、じゃあ自分は一体今何語を話しているのだろう、と疑問を抱いた。
この本に書かれている文字は理解できない、けど、ルイズ達の言葉は理解できる。
なんだか終わりのない思考を繰り返しているみたいで、頭が混乱する。
と思っていると、コンコンとドアを叩く音が耳に入った。
「? はい?」
ドアを叩くということはルイズではない。こんな所にわざわざ来るのはキュルケか誰かかな、などと思っていると、
「し、失礼しま~す」
扉からシエスタがひょっこりと現れた。
ドキッとノクトの心臓が激しく鼓動する。昨日の事を思いだしたからだ。
「シ、シエスタ·······?」
「こんにちわノクトさん·······って、うわっ! ど、どうしたんですかこれ!?」
この悲惨な惨状に、シエスタは驚きの声をあげた。部屋中本だらけになってしまった現状を見て、シエスタは思わず口に手を当てる。
「まあ、つまりは事故ってことで·······」
「はい? ·······あ、お手伝いしましょうか?」
「ホントか? 助かるわ!」
「はい!」
と満面の笑みを浮かべてシエスタは頷いた。
「ホントはご飯を食べて貰おうと思ったのですが·······」
「え!? マジで!? うお、サンドイッチじゃん! それなら片付けのついでに飯も食えるじゃん!! ありがとなシエスタ!!」
シエスタが手に持っていた銀のお盆の上には、沢山のサンドイッチがずらりと並んでいた。ノクトはひょいとそのうちの一つをとると、口に放り込んでみる。
しっかり噛み締め、味を確かめる。
「うお、旨いッ!! これ旨ぇよシエスタッ!!」
「ほんとですか!?」
「何入れてんだこれ!? すっげえ美味しいわ!!」
ノクトの喜び様に、シエスタの顔がパーッと輝く。
彼らは会話を楽しみながら、散らばっている本を整頓し始めた。ノクトも慌てて作業に取り掛かった。
主人が帰って来る前に片付けしておかないと、また叱られる。『何よこの惨状は!?』なんて言われた日にゃご飯抜きアンド鞭打ちの刑にされるに違いない。
「そ、そういえばノクトさん!」
「ん?」
「昨日はお話ありがとうございました! とっても楽しめました」
「ん、ああ·······」
適当な返事を返すが、実は緊張しているノクトである。
(やっぱりあれ、聞き間違いじゃなかったんだよな?)
今まで告白をされた事のないノクトにとって、先の出来事は冗談だと信じたかった。それでも、体は素直であるといっていい程ガチガチに震えてはいるが。
「はい、特にあれがよかったです! 車に飛行機!!」
「車? 飛行機?」
「そうです! 馬を使わなくてもそれ以上の早さで走れるだなんて、しかも魔法ができなくても空が飛べるって素晴らしいわ! つまり、私達平民でも鳥みたいに自由に空を飛べるってことでしょう? 平民の私達からしたら凄く夢のある乗り物じゃないですか!」
「つってもあれ、人の手で作られたからここでも作ろうと思えば作れると思うけど?」
「ここには魔法がありますから·······」
そういうと、手をもじもじし始めた。顔をちょっとずつ赤くなっていき、はずがしがっている。どうやら口にするべきか悩んでいるようだ。
しかし、小さな手を胸にあて、一回深呼吸をすると、シエスタは身を乗り出してきた。
「あ、あのね? 私の故郷も素晴らしいんです。タルブの村っていうんです。ここから、馬で三日くらいかな。ラ・ロシェールの向こうです」
「?」
「なにもない、辺鄙な村ですけど·······とっても広くて綺麗な草原があるんです。春になると春の花が咲いて、夏には夏の花が·······今頃きっと綺麗だと思います」
シエスタは遠くを見るような目で、頭上を見た。そして、ノクトの方をちらりと見ると、手をもじもじさして頬を赤くする。
「あ、あの·······ノクトさん?」
まるで恋する乙女のような顔をしながらノクトのことを見つめるシエスタ。そんなシエスタに気付くこともなく、ノクトは平然と返事をする。
「どした?」
「その·······良かったら私の村に来ませんか?」
「シエスタの、村?」
正直言ってしまえば、興味はある。旅をしてきたノクトにとって、世界を見て回るのは楽しいからだ。とっても広くて綺麗な草原がある、そんな幻想的な景色見てみたい気もする。
△▼△▼△▼△
ちなみに、
なんでシエスタがそんな提案をノクトにしだしたかというと、
「今頃大丈夫かなーシエスタ」
「大丈夫、大丈夫。私たちが全ての事態を想定して叩き込んだんだから!」
やっぱり犯人はお友だちのお二人であったりする。
△▼△▼△▼△
「あの、ですね。今度お姫さまが結婚なさるでしょう? それで特別に私達にお休みが出ることになったんです。でもって、久しぶりに帰郷するんですけど·······よかったら遊びに来てください。ノクトさんに見せたいんです。あの草原、とっても綺麗な草原」
「うーん、そりゃ俺も行ってみたいけどさ·······」
でも俺使い魔だからいけないなー、と言う前に、シエスタはこちらに近づこうとした。しかし、一冊の本に躓いてそのままノクトの体に倒れ込む。
「わっわっ!?」
「えっ? わ、ちょっ!?」
突然の事態に、ノクトもそのままベッドに押し倒される。シエスタの息が地肌に感じる距離まで接近した。
意識をしていなくても、二人の顔が赤く染まり、視線を逸らす。
ノクトはシエスタが立ち上がるのを待とうとしたが、
バーン!! と。
最高で最悪のタイミングでルイズが部屋に戻ってきた。
固まる三人。
沈黙が場を支配しているのだが、なぜかピキリという音が聞こえた感じがした。
「·······なに·······してんのよ·······アンタ達」
ルイズの声と体が震えていた。表情が無表情だから余計に怖い。せめて目を明るくしてほしいと願うノクトだったが、
「いや、ルイズ。話せばわかる·······これはだな」
「人のベッドの上でなにをしようとしたの?」
「なにもしようとしておりませんご主人様」
「そりゃあこれからやる予定だもんね」
「だから違うって!! 誤解だって!! 別にそんな疚しいことなんか考えて───」
「あ、あら? そうですか?」
ここにきて、シエスタが会話に参加してきた。
あ、やばい。これ話をややこしくしちゃうやつだ、と泣きたくなるノクト。何と言うか、ルイズの背後に真っ黒なオーラが漂っている。
そしてついにシエスタは言ってはいけない一言を口にする。
決定的に、ご主人様を爆発させる一言を。
「私は別に構わなかったですけど·······」
ビキィ! とルイズのこめかみからよろしくない音が響いた。
そして。
そして。
わなわなと、ルイズのその綺麗な髪がゆらゆらと揺れ始める。
(許せない。私がノクトの為と思って色々頑張っていたのに、その間にメイドといちゃいちゃしようとするなんて·······ッ!!)
そう考えると腹が立ってきた。ギュウッと強く編み物を握る。
「·······もういい」
ルイズはきっと睨みながら涙を浮かべた。
悲しさと悔しさ、それに怒りがその表情には込められている。
「アンタなんかクビよ!!」
「·······はあ!?」
ご主人様の唐突な解雇宣言にノクトは思わず驚愕する。ノクトは立ち上がり、ルイズの肩を叩いて誤解を解こうとする。
「ルイズ、これは本当に違────ッ!!」
「触らないでッ!!」
「いやだから────」
「クビよ! アンタなんか野垂れて死んじゃえばいいのよ!」
「だからなんでそうなるんだよルイズ!! まずは話を聞いて────」
「しつこいッ!! アンタを信じた私が馬鹿だったわッ!! どこにでも行っちゃえばいいのよッ!!」
「あら·······それなら私と一緒に来れますわねノクトさん」
「ちょっと黙っててくれるかシエスタッ!?」
シエスタはにっこりと笑い、ノクトの手を引っ張っていく。なんというか、この場においても冷静なシエスタも怖い。
実は二人にルイズの対策をちゃっかり聞いてたりしているのだが、そんなのはルイズにもノクトにもわからない。
「もう勝手にしなさいよ、このバカ犬ぅぅぅうッ!!」
「だから話を聞けってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえッ!?」
二人の絶叫が、寮内に響き渡った。
△▼△▼△▼△
一人、ルイズは部屋にいた。
ベッドに倒れ込み、腹いせに枕を力一杯叩き続ける。
「ノクトのバカ、バカ! バカァァァアッ!!」
ボフッ、ボフッ、といくら叩いても怒りは減らない。むしろ自分でもわかる程増えていっている。
ルイズはノクトの為に編んだセーターを思いきり壁に投げ付けた。
そして、叫ぶ。
「ノクトなんか嫌い! 大嫌いなんだからッ!!」
いつの間にか泣いていた。わからない。でもいつ泣いたかなんてどうでもいいのだ。なんでこんなに辛いのだろう? どうしてこんなに悔しいのだろう?
だって、自分で言ったではないか。野垂れ死んでしまえ! って。
そう望んだから言ったはずなのに、そう願ったから言ったはずなのに。
どうしてこんなにも後悔しているのだろう?
「ッ!!」
ルイズは唇を噛み締める。こんな事を考えちゃダメだ。
もっと違うこと·······そう、詔を考えなきゃ。ルイズは机に置いた始祖の祈祷書を取ろうとしたが、何も見えなかった。
止まる事の知らない涙は、ルイズの顔を、視界をぐしゃぐしゃにしてしまった。
「なんで涙が·······出るのよ! べ·······別に、かな·······悲しくなんてないのにッ!?」
答えてくれる使い魔はもういない。どれだけ叫ぼうと、どれだけ構ってもらおうと、この部屋には誰もいない。
また、一人になった。狭いはずの自分の部屋が突然広くなったような感触を覚える。
ここにはもう、青年がいない。
自分の事を認めてくれた青年が、
自分の事を命懸けで守ってくれる青年が、
自分の悩みに対して答えてくれた青年が、
ここにはいない。もう、いないのだ。
「·······」
ひっく、と少女の喉が鳴咽を漏らした。
今のルイズには、顔を枕で隠すしか出来なかった。
もういいや、今の自分には何も考えられない。
だから、泣こ? 今まで溜めてた分だけ流そう?
一人、ルイズは恥じらいとか何も考えずに、ただただ泣くのみだった。
△▼△▼△▼△
結局、ご主人様の誤解を解けなかったノクティス王子は使い魔を破門され、そのままタルブの村までシエスタと一緒について行く事になってしまった。
「んぅ·······着いたのか」
「はい、着きました」
シエスタが悪意なく笑ってくれるのに、なんとなく罪悪感を覚えてしまう。たどり着くまでの三日間、ノクトはシエスタの積極的なアタックの回避に精一杯で疲れきっていたのだ。
なにせ胸をこちらの体に当ててきたのだ。
困る。
いや嬉しいといえば嬉しいのだが、なんか困る。
他にもキスを迫ってくるとか、十八歳以上はお断りの展開とかもされてきたが、全て適当な理由をくっつけて断った。
そして、ノクトは最終手段、眠り王子を発動してシエスタに手を出させない環境を作り出した。
とまあ、ノクトにしては珍しく幾多のシエスタフラグを回避してきた。といっても、その分シエスタに色々と迫られたり勘違いされてきたが。
「ノクトさん、足元気をつけてくださいね」
「はいはい」
馬車から降り、地面に足をつけたノクトは空を見上げる。空気が澄んでいてとても気持ちがいい。ここでキャンプしたら間違いなく盛り上がるだろう。
「あ、こっちです」
それでも別に気にしなかったシエスタは、ノクトに見せたいといった草原に連れていった。手を握って引っ張られるノクトは、楽しそうにしているシエスタを見て小さく笑った。
そして視界が急速に開けると、
そこには絶景が広がっていた。
普段、レガリアで旅をしてきたノクトにとって、こんなにもだだっ広い草原は久しぶりだった。
所々に花があり、向こうの奥の方にある山までどれだけの距離があるのだろうか?
その山の近くに太陽が落ちかけていた。鮮やかな夕日が自分達を輝かせる。感想の言葉などいらない。本当に綺麗な草原だった。
「どうですか? 綺麗でしょ?」
「ああ、こりゃすげえな。感動したわ」
風がふわっと気持ち良くさせる。このまま倒れ込んで、寝てもいいぐらいだ。
よかった、とにこやかに笑うと、シエスタは両手を広げてぐるぐる回った。
今のシエスタの服は、いつものメイド服と違う、茶色のスカートに、木の靴、そして草色の木綿のシャツ。夕日をバックにしたせいか、凄く可愛く感じた。
「私、ノクトさんとここに来れてよかったです!」
「·······そっか」
クルッとこちらに顔を向けてくる。純粋無垢な発言に、ノクトはただ微笑んだ。
それにしても。
「なんだか·······懐かしい」
旅をしてきたことを思い出すノクト。
イグニス、グラディオ、プロンプト。四人で世界を旅してきたことを思い出すノクトは少し感動して涙が溢れ落ちそうになった。
それほどまでに、この絶景はノクトの心に突き刺さった。
「ノクトさん?」
ひょっこりと、シエスタの顔が目の前に現れる。うおっ、と驚きながら重心を保てないまま尻餅をついてしまう。
「あ、ごめんなさい·······ノクトさんが全然反応しないから、つい」
「あ、ああ·······悪い」
つい過去を思い出して涙ぐんでしまったノクトは、目をごしごしと擦る。尻餅をついた彼を立たせるために差し出されたシエスタの手を握り締めて立ったノクティス王子は、シエスタに微笑みかける。
「あ、そうだ! もう一つ見せたいものがあるんですよ!」
立ち上がった瞬間、シエスタは空いた両手でパンと、胸に合わせて顔を輝かせた。
「なに?」
と尋ねるノクトに、シエスタは笑みを浮かべるだけであった。
「これです」
草原からそう離れていない場所に寺院が建っていた。どうやらその中に、シエスタのひいおじいちゃんが持ってきた道具が奉られているようである。
一体なんだろうなあ、と少し期待を持ちならがらもシエスタについていった。
ノクトは寺院の中に入る前からその形にどこか懐かしさを感じた。
丸木で作られた門の形。石ではなくて板と漆喰で作られた壁。木の柱に、白い紙と縄で作られた紐飾り。
ルシス王国にもあった寺院にそっくりだった。
(まさか·······ッ!!)
と思ったノクトの足が自然と早くなる。
いや、ありえないと頭の中で必死に否定してくる。
しかし、シエスタが指差した場所にあった物は、ノクトの予想していたものであった。
────即ち、自分のいた世界にある遺品であったのだ。
「ひいおじいちゃんはこれを使って空を飛んだらしいんですけど·······みんな信じなかったそうです」
シエスタの言葉を右から左へと流し、遺品を乗せてある台座に書かれた字を見る。
『ルシス王国王の剣“アルマ・マスキュリナム”、異界ニ眠ル』
「なッ!?」
この字を見てノクトはある事に気付く。
ルシス王国の王の剣。
難民の中から優秀な人材を集めて組織されており、前線での戦闘や特殊任務を担当する。同郷の隊員同士の絆は強く、自分の父親であるレギスから魔法の力を貸与されており、国内に限り隊員は魔法やシフトブレイクが使える。
そのため主な武装は投げやすいククリ刀とファイア・サンダー。
「これもひいおじいちゃんの遺品です」
そういってシエスタが指し示したものは、
それを見て、ノクトは気付く。
(まさか·······シエスタは!?)
ノクトはその驚愕の事実に、言葉を失った。
補足 : 「KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV」の29:29に「JAL」のマークがあるためルシス王国にも飛行機はあるということにしました。