ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第34章

 

 

上下左右と激しく動くシルフィードの体の上で、ルイズは腰をあげた。

 

 

「ととっ」

 

「なッ!? お、おいルイズ?」

 

 

両手を広げて、バランスを取りながら、ノクトの横を通り過ぎる。そしてノクトの開いた足の間にある小さな空間にちょこっと座り込んだ。

 

驚くノクトに対して、ルイズは半信半疑のような口調で応えた。

 

 

「あのね·······もしかしたら私、神様に選ばれちゃったかもしれない。多分、だけど」

 

「·······は?」

 

「いいから、あの巨大戦艦に私を近づけて。このまま何もしないよりは試した方がマシだし、他にあの戦艦をやっつける方法はなさそうだし·······ま、やるしかないのよね。うん、わかった。とりあえずやってみるわ。やってやろうじゃないのッ!!」

 

 

ルイズの独り言のような口調に、ノクトは唖然としていた。

 

しかし、わかった事はある。

 

ルイズにはこの戦いを終わらせる方法を持っているのだと。

 

 

「なんつーかよくわかんねぇけど、とりあえず近づければいいんだな!?」

 

「そうよ!! ほら、早くやるッ!!」

 

「ああ!!」

 

 

ノクトは一度攻撃するのをやめてシルフィードの操縦に集中する。左手でシルフィードの頭を撫で、左手に刻まれたルーンが輝きだす。シルフィードはわかったと言うかのようにきゅい! と鳴き声を上げ、巨大戦艦『レキシントン』号へと近付いていく。

 

といっても·······

 

砲撃。

 

砲撃の嵐であった。

 

ある一定の距離以上に近づいたら、鉛の弾が襲いかかってくる。

 

左舷ではラ・ロシェールへと砲撃が行われている。よって左から攻めても無理。

 

そしてノクトの視界には、艦の真下にすら大砲が装備されていた。

 

つまり下からも無理である。

 

 

「つっても·······隙がないぞ!?」

 

「それをなんとかするのがアンタの仕事!! アンタは私の使い魔でしょう!?」

 

 

んな無茶な!? と泣きたくなるが、なんとかしなきゃ始まらないのだ。

 

 

(左もダメ、下もダメ、右もダメ·······ならッ!!)

 

 

残すは上しかない。

 

ノクトはシルフィードに命じて、高度をさらに上げた。

 

『レキシントン』号の甲板が見える。そしてそこには先程散々苦しめられた大砲が一つもなかった。

 

おそらく、ここならば安全に事を運べる場所であろう。

 

ルイズは立ち上がる。主役の登場と言わんばかりのように。

 

 

「私が合図するまで、ここを回ってて」

 

 

ルイズは目を閉じ、最後の祈りを込めた。大きく息を吸い込んでゆっくりと吐き出す。再び目を開き、始祖の祈祷書にかかれた文字を詠み始める。

 

ゆっくりだが、確実に間違いのないように紡がれる。

 

これでなんとかなるか? とノクトが安心したその時。

 

ゾクリ、と背中を悪寒が駆け抜ける。

 

バッ、と振り返る。

 

そこには、烈風のように迫り来る『黒い肉塊と化したワルド』らしき姿があった。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「ッ!?」

 

 

ノクトはワルドが乗っていたと思われるグリフォンの足に鷲掴みされると、シルフィードから引き離される。

 

 

「ノクトッ!?」

 

 

ルイズが詠唱を唱えている間、自分の大切な使い魔が連れ去られたのを見て詠唱を止めてしまう。

 

それを見たノクトは一言。

 

 

「俺のことは気にするなッ!! お前はお前の役目を果たすんだルイズッ!!」

 

「ッ!!」

 

 

そう言われルイズは奥歯を噛み締めながらも、シルフィードに跨がり詠唱を唱え始める。

 

そして、

 

連れ去られたノクトはデルフを背中から抜き取り、肩を鷲掴みにしているグリフォンの足を切断する。

 

 

「ピギャァァァアッ!!」

 

 

それは悲鳴だった。

ワルドが乗っていたグリフォンの片足が切断されると、ノクトは真下へと落下する。

 

 

「やばっ!?」

 

 

地面に激突する直前、ノクトはデルフを地面へと突き刺し、そこへシフトして落下の勢いを殺す。そして、ワルドのグリフォンはと言うと、足が切断されたことにより地面へと落下し、乗っていたワルドごと地面に墜落する。

 

砂煙が舞う。

 

目に入りそうになったので腕で目を覆い隠すノクトの目の前からこんな声が聞こえてきた。

 

 

グオォォォォオアアアッ!!

 

 

咆哮を上げたのはワルドだった。

 

空中を舞っていた砂煙が晴れると、そこには化物がいた。

 

右半分はワルドの面影はあったのだが、左半身は化物だった。真っ黒な液状なものを垂らし、黒い心臓が飛び出ていてドクンドクンッ!! とゆっくりと不気味に鼓動している。そして頭には角が生えており、まるでゾンビのような姿だった。

 

子爵と呼ぶには相応しくない姿へと変貌したワルドを見て、ノクトは目を見開く。

 

 

「ワルド·······なのか?」

 

 

ノクトの質問に、ワルドは答えない。その代わりにこんなことを言ってきた。

 

 

殺してくれ、私をッ!!

 

「ッ!!」

 

 

ノクトはその姿に見覚えがあった。

 

しかし、だとしてもおかしすぎる。

 

だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()。ノクトの前世で真夜中になると現れる『シガイ』というモンスター。

 

主に夜間に活動する魔物達の総称。

 

人間や動物など、目についたものに容赦なく襲いかかる狂暴な性質。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

にも拘らず、ワルドはそこにいる。

 

確かに今は曇りで陽の光が射していないとはいえ、まだ夜というには早すぎる時間帯に現れたワルドは苦しみの声を上げている。

 

 

熱い、熱いぃぃぃいッ!!

 

 

今にも倒れそうな足取りでやってくるワルドは、僅かに意識があるのを見ると、完全に『シガイ』と化していないようであった。

 

しかし。

 

雲の間から僅かに射し込む太陽の光に当てられたワルドの体から煙のようなものが上がっている。このまま放っておいても、ワルドは太陽の光を浴びて力尽きるだろう。

 

だかしかし。

 

ノクトは敵とはいえ、苦しんでいるワルドを見逃したくはなかった。

 

故に、ノクトはこう言った。

 

 

「·······冗談、じゃ済まされねぇみたいだな。完全にシガイじゃないか」

 

あう、あぁぁあッ!!

 

「アンタが何でそんな姿になったのか、俺にはわかんねぇけど·······」

 

 

デルフを前に構え、左手のルーンが黒手袋から輝きだす。

 

 

「けどせめて、安らかに眠らせてやるよ」

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

明らかに死んでいるのだが、相手は生きている人間のように動く。中に針金のような金属芯が入っていて、電子制御で操っているんですと言われた方がまだしも納得できる異形。

 

これまで幾度となく『シガイ』と戦ってきたノクトだったが、これだけは言える。

 

 

(趣味が悪すぎだろッ!!)

 

 

ノクトは怒気を強めてデルフを握る手まで強くする。そのままデルフを握り潰してしまいそうなほどの握力が加わる。

 

草原に佇むワルドはゆっくりとのらりくらりとノクトに向かって歩いてくる。

 

まるで助けを求めるように。

 

 

苦しい、苦しいぃぃぃいッ!!

 

 

尚も苦しみの声を上げるワルド。

 

 

「くそっ!!」

 

 

ノクトはゆっくりと近付いてくるワルドから一旦距離を取るように一歩下がる。

 

そして一度試しにデルフを槍投げのようにして投げて露出している心臓に突き刺してみる。突き刺し、シフトブレイクしたノクトであったが、ワルドは倒れもしなかった。

 

するとデルフがこんなことを言い出す。

 

 

『相棒やべぇッ!! 刃が溶けそうだッ!!』

 

「なに!?」

 

 

そう言われてデルフを引き抜くと、ブオン!! という轟音が鳴った。人間の体から出る音とは思えない唸りだった。ワルドはその圧倒的な速度をもってレイピア型の杖をノクトに振り下ろす。

 

 

「ッ!!」

 

 

ガキンッ! と。

 

デルフの刃とワルドの杖がぶつかり合う。押し合いになって勝ったのはノクトだった。やはり『シガイ』と化しているため知性が弱まっているのか力加減が出来ていないみたいだった。

 

身体中から黒い液体を噴き出しながら、ワルドはノクトを睨み付ける。

 

しかし、デルフリンガーの刃じゃシガイには勝てないことがわかったノクトはデルフを鞘に納め、右手に『父王の剣』と左手に『アルテマブレード』を召喚させる。

 

 

(さて、どこまでやれるか)

 

 

『真の王』としての力を有しているノクトでも、シガイ、ましてやワルド相手にどこまで通用するのかわからなかった。

 

ファントムソードであれば、シガイに対して有効なはず。

 

 

「はあッ!!」

 

 

ノクトは父王の剣を放り投げシフトブレイクを仕掛ける。心臓に突き刺さったものの、手応えが全くない。

 

ワルドは近付いてきたノクトにまたレイピア型の杖を振り下ろす。しかしノクトはすぐに剣を引き抜いて上へと放り投げると、上空へとシフトし、一回転しながらワルドの後ろへと着地した。

 

死角となったワルドに向かって左手に持つアルテマブレードで斬りかかるも、傷はあっという間に癒え、そして杖を振り下ろしてくる。

 

ノクトは剣を虚空へと消滅させると、短剣を召喚して後ろへと投げて回避する。

 

ここまで戦って、わかったことがある。

 

 

(アイツ·······()()()使()()()()()())

 

 

散々苦しめられてきた、風の魔法を唱えられないとわかったノクトはそれだけでもこちらに勝機はあると見た。

 

よって余裕が生まれたノクトは再び父王の剣とアルテマブレードを両手に召喚する。するとその左手に刻まれたルーンが閃き、呼応するように二つの剣が青い光に包まれる。

 

いや、青じゃない、白だ。

 

青白い光が刃に纏われたと思ったら、ノクトはドバッ!! という轟音を炸裂させる。

 

ノクティス・ルシス・チェラムの体が風のように前へと突き進む。直後、両手の剣が霞むほどの速度で次々と撃ち出された。左のアルテマブレードで滑らかに斬り払う。そのモーションと完全に連動して右手の父王の剣が突き出される。

 

それを引き戻しつつ、再びアルテマブレードが左下から飛ぶ。

 

同じ軌道を戻る刃に引かれるように、父王の剣の重攻撃が叩き込まれる。二つの剣光が融け合い、その連続攻撃はまるで夜空にいくつもの流星が飛ぶが如くだった。一体、あのような速度で二刀を操れるようになるまでにどれほどの訓練が必要なのか、想像も出来ない。

 

ワルドはのらりくらりとした足取りで後退しつつも杖を使って反撃しようとするが、連続での透過は出来ないらしく、二段構えの受け流しに次々と弾き返される。

 

二刀流による『ラストソード』。

 

それらを受けたワルドの体はようやく効果を発揮し、ダメージが入った感覚が手元に伝わってくる。

 

白魔力の刃は、ワルドの右肩口を深々と切り裂き、そのまま胴を斜めに断ち割り、左脇腹から抜けた。そこには露出していた心臓があったのだが、それもまたノクトの持つアルテマブレードと父王の剣によって半ばから切断され、鮮やかな白の閃光を放って爆発した。

 

分断された体と、引きちぎられたマント、そして炎の弧が雲の間から射す太陽の光の中をゆっくりと舞う。

 

長い、長い飛翔もやがて終わり。

 

どどうっ、と重たい音を順に放って、ワルドの上半身と下半身は少し離れた場所に落下した。

 

僅かに遅れて、二つの体の中央に細長いレイピアのような杖が突き刺さった。

 

 

「はぁ、はぁ·······ッ!!」

 

 

すぐ傍に、がくりと膝を突いたノクトの耳が、ごくわずかな囁き声を捉えた。

 

 

母、上

 

 

分断された体から炎が燃え上がり、ワルドの体を焼き付くしていく。上を見れば晴れた空があった。

 

太陽の光に当てられたワルドはその天空に還るように、塵となって消えていった。

 

 

「子爵を務め、裏切った男の成れの果てか·······それなりに志もあったろうによ」

 

 

残酷だ。

 

そう言って身を翻し、ノクトは満身創痍の体を引きずりながら、草原を東に歩き始めた。

 

何百歩、何百メートル進んだだろうか。やがて俯けた視界に小さなブーツの両足が入り、顔を上げる。

 

そこには、私服姿のシエスタの姿があった。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

呪文を詠唱する度、言葉を紡ぐ度、リズムがルイズの中を循環する。どこか懐かしく感じてしまうリズムだ。

 

それが長ければ長くなる程、強くうねっていく。自分の世界に閉じこもり、辺りの雑音は耳に入らない。

 

体の中で、何かが精製され、それが場所を求めて回転していく感じ。

 

誰かがそんな事を言っていた。

 

そうだ。自分の系統を唱える時に感じるであろうこれ。

 

だとしたら、この感覚がそうなのだろうか?

 

裏側の自分が表に出たような気分をルイズは覚えた。体の中に、波がどんどん大きくなってきて、外を求めて暴れだす。

 

ルイズが足でトン、とシルフィードを叩いた。

 

それが合図となり、『レキシントン』号目掛けて急降下を始める。

 

目をさらに大きく開いて、タイミングを間違えぬよう細心の注意を払う。

 

『虚無』と呼ばれる伝説の系統。

 

あの、かつてノクトが使った『破壊の水晶』から放たれたような威力を持っているのだろうか?

 

それは誰も知らないし、自分も知らない。

 

伝説の彼方にある魔法を現代へと持ち込んだのだから。

 

そして長い長い詠唱を終え、呪文が完成した。

 

その瞬間、全てを理解した。

 

このまま放てば、全ての人を巻き込む。間違いなくほとんどの人間が死ぬに違いない。

 

一瞬だけ悩んだ。

 

殺すべきか否か。

 

しかし、答えは決まっていた。自分の視界一面に広がっている戦艦『レキシントン』号。

 

この戦いを終わらせる為、ルイズは杖を振り下ろした。

 

同時、光の球があらわれた。太陽のような眩しさをもつ球は、膨れ上がる。

 

そして·······包んだ。

 

上空にある、全ての艦隊を包み込む。

 

それだけでは終わらない。さらに膨れ上がって、見るもの全ての視界を覆い尽くした。誰もが目を焼いてしまうと思い、瞑ってしまう程光り輝くそれ。

 

そして·······光が晴れた後、上空の艦隊全てが炎によって包まれていた。

 

ルイズは力尽きたのか、体をシルフィードに預けた。

 

下では、トリステイン軍がアルビオン軍に突撃をかましていた。上空からの支援を失ったアルビオン軍は、勢いに乗ったトリステイン軍には立ち向かえない様子であった。

 

そして、

 

ノクトとワルドの戦いも終わったようであった。

 

もう、ルイズ達のやるべき仕事は終わったんだ。

 

 

「今日は·······疲れたわ」

 

 

なにかをやり遂げたような、満足感が伴った感じだった。

 

 

「さあ、早く降りましょ、シルフィード」

 

 

ルイズの提案に、シルフィードは無言で返す。シルフィードがゆっくりと高度を下げていった。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

シエスタは、弟たちを連れて恐る恐る森から出た。

 

トリステイン軍が、アルビオン軍を撃退したという噂が森に避難していた村人の間に伝わったのだ。

 

確かに草原にはアルビオン兵の姿はない。あったとしても、それは投降してきた兵である。

 

先程まで続いていた轟音が嘘であるかのように静かだ。上からばっさばっさと羽を羽ばたかせる音が聞こえてきた。

 

思わず見上げる。

 

そこには、あの青年の主人がそこにはいた。

 

つまり、

 

自分にとって王子様のような青年が、ここに来ているということだ。

 

そして、

 

そして、

 

シエスタは前を見て、綺麗な草原の上に立っている黒い服を着た青年を見つけた。

 

 

「ノクトさんッ!!」

 

 

シエスタは嬉しさのあまり涙を零し、駆け寄った。

 

ようやく太陽が雲から現れ、そしてオレンジ色へと変わっていった。

 

 

 

 

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