「離しなさいよメイド!」
「ミス・ヴァリエールこそ、ノクトさんを離して下さい!」
互いに文句を言いながら、二人はぐいぐいとノクトの手を引っ張っている。二人からそれぞれ別の手を引っ張られているので、ノクトは大の字となって悲鳴をあげていた。
「おい待てって!! このままだと俺の腕捥げる、捥げるからぁぁぁあッ!!!??」
ギャァァアッ!! と、悲痛の叫びを上げるノクトに、二人の怒りの矛先が変更された。
「ノクトは黙ってて!!」
「ノクトさんはちょっと黙ってください!!」
「·······はい」
と情けない声を出すノクト。
とてもじゃないが、先の戦いの勝利の起点となった青年とは思えない。
逆らったら殺される。
ノクトは二人から発っせられる尋常ではない殺気を感じ、言われた通りにするしかなかった。
バチバチッ! とノクトの目の前で火花が激しく散っているような程、二人は睨み合っている。『なによ!』『そっちこそなんですか!』 と、口は開いていないが、目はそう訴えているように見えた。
アルビオンと、トリステインとの戦いが終わった夜とは思えない程平和であった。
△▼△▼△▼△
時間を少し戻してみよう。
夕方となり、ノクトとルイズはシエスタの家で一泊する事になった。
シエスタの家はほとんど無事で、幸いにも戦火には巻き込まれていないようだった。よくて窓ガラスが割れている程度である。
ここまでは良い、なんとかなっている。
しかし、問題もあった。
それは、シエスタの弟達が事の原因の発端であった。ノクトとルイズは、シエスタが村中にその戦果を言い広めたのか、二人は英雄扱いを受ける事になった。
なので、夕飯は村人全員参加の大宴会となったのだ。皆がワイワイガヤガヤとして、何人もがノクトやルイズに話しかけたり、お礼を申し上げたりした。
そんな中、シエスタの兄弟達が総出でノクトにこんな質問をした。
「ねぇねぇノクトさん。ノクトさんはお姉ちゃんとルイズさん、どっちが好きなの?」
ピキリ、と場の空気が固まった。
いや、実際はルイズとシエスタだけなのだが、彼女らが持つ領域範囲が馬鹿でかく広いのだ。
村人全員シーンと黙る。
え? なにこの状況? と事の状況に理解出来ていないノクト。すると、その空気を粉砕するかのようにシエスタの口が開いた。
ノクトの腕を、胸を押し当てて優しく握った。
「もちろん私ですよね? ノクトさん?」
何故だろう。
顔は笑っているのに目は笑っているようには見えない。そんな積極的なシエスタに周りのギャラリー達のテンションが上がる。『ウオォォォォオッ!!』と騒ぎ声を上げている。
「·······」
一方のルイズはちらりと自分の平面な胸を見る。どう考えても、これに関して勝ち目はゼロに等しい。
だからといって諦めるわけではない。
カーッと赤くなり、こちらも負けじと逆側の手を握る。
「な、なによ! ノクトは、
私だけのって·······いろいろとマズイ表現として捉えられるだろうが。
というか痛い。
腕を握る力が凄くてとても痛いッ!!
両手に花とはこの事か、とノクトは現実逃避をする。
一方のギャラリーはルイズの発言にさらなるテンションを上げる。
「羨ましいぞノクトさん!」
「俺·······シエスタのこと好きだったのにぃぃぃいッ!!」
「村長大変です! 一人辛い現実に耐え切れなくて村を飛び出していきました!!」
「心配するな時間が経てばどうせ戻ってくる! それよりこんな面白い展開はそう見られんぞッ!?」
イエッサー、と村長に敬礼して飛び出していった少年を見捨てる村民。
さすがタルブの村。連携はばっちしである。
しかし、ただ一人だけは違った。
「·······ほほーう、そうかそうか。ついに始まったか棚ボタ状況が。ほほーうなるほどねぇ」
「いや、ちょっ。シエスタの親父さん?」
「ノクト君、やはり君は俺の可愛い娘を奪おうとしているんだね·······ふふ、ふふふ·······」
割と絶対零度な感じになっちゃったシエスタのお父さんの矛先が、ノクトへと危うく移りかける。
しかしそれ以上の修羅場が目の前で繰り広げている。
「それじゃあノクトさんがラ・ヴァリエールの使い魔じゃなくなればいいんですね!! それに前ラ・ヴァリエールはノクトさんを一回クビにしたんですもんね!! ノクトさん!! 早く使い魔としての役割なんて捨てて私と一緒にやっていきましょうッ!!」
「い、いや、それはでき───────ッ!!」
「うぉぉぉぉおおおお!? ついにシエスタが行ったぞぉぉぉおおおお!?」
出来ないって、って言う前に、村人全員が一丸となって喜ぶその大音量には、ありと象の差ぐらいある。
そこまで言われたら、ルイズも黙っちゃいない。
「ふ、ふんだ! そんなこと許されないわよ! ノクトはちゃんと私の使い魔として、もう一回! 正式に! 私と契約を結んだんだから! ノクトは誰のものでもないわ!! 私だけの使い魔よッ!!」
今にも拳が飛んできそうな勢いで、ルイズはノクトの腕に自分の腕を無理矢理ねじ込む。しかし、シエスタは負けじとノクトのもう片方の腕を掴んで引っ張る。
「いいえ、ラ・ヴァリエール。あなたには悪いですがノクトさんは私を選ぶに決まってますッ!!」
「な、なな·······ふ、ふん。どのみちノクトは私を選ぶんだからなんの問題はないわッ!!」
「ッ!!」
「ッ!!」
「「ノクト(さん)! どっちッ!?」」
そう二人が眼前に迫ってきてそう言う。もちろん腕を掴んだまま。
「·······」
ノクトは答えない。
ただ目を瞑って精神をまるで集中させているかのようだ。いがみ合うシエスタとルイズを仲裁するように、ノクトは無言のまま、
シュン!
という空気が通り抜けるような音がしたと思ったら、ノクトの姿が虚空へと消えた。
消える寸前、腕を掴んでいた二人はノクトの腕から離れてしまったために、『『うわ!?』』と体勢を崩して互いの額がゴッチン! とぶつかり合う。
そして。
当のノクトは。
「「ああ! ノクト(さん)ッ!?」」
得体のしれない二人から、ノクトは村の中へと逃げていく。そう気付いたルイズにシエスタは迅速に脱走したノクトを捕獲するべく走り出す。
△▼△▼△▼△
(つ、疲れた·······)
究極の選択を迫られた一歩直前、なんとか脱出に成功したノクトは、村中を逃げ回った。
あるときは他人の家の中に隠れ、あるときは草むらに隠れ、またあるときは屋根の上に隠れて時間が経つのを待っていた。
指名手配された犯人の気分を満喫したノクトの体は、休みたいと悲鳴をあげている。
時刻は既に深夜、二つの月が照らす人影はノクトしかいない。虫の鳴き声が、気分を心地よくさせる。先ほどまでの騒音問題はいつの間に解決したのだろうか?
ふぁ~あ、と小さい欠伸をかき、今にも落ちそうな瞼を必死に堪える。
早く帰って寝よ、そう思いシエスタの家に着き、扉を開くと、
「お帰りなさいノクト君·······」
父親が鬼のような形相でこちらを待ち構えていた。
(まだ根に持ってんのかよあん時のこと!?)
おそらくずっと待っていたのだろう。そう思うと、正直怖い。この最後の関門を突破しない限り、安眠という名のハッピーエンドを迎える事はできない。
「·······ノクト君」
「はい、なんでしょうか!?」
あまりの迫力に、逆らう事なく敬語で応えた。
レベルがたったの一で早速ボス戦を行うような気分。父親はちょんちょんとこちらの方に来いと指を動かした。その命令に背くことはせず、言われた通りノクトは入る事にした。
そして目の前で座る。もちろん正座でだ。
そんなノクトに、シエスタの父親は告げる
「·······君のおかげで村は救われた·······」
「·······え?」
「君はこの村にとって英雄であり、また勇者でもある」
「はあ·······そりゃ、どうも」
ノクトは父親が何を言いたいのかよくわからず、とりあえず頷いた。
「私はそんな君が大好きだ。だから娘を預けても構わないとさえ思った·······しかし─────」
父親は告げる。誰よりも娘を大事にしている父親だからこそ言える。
「娘を泣かせたら·······わかっているねノクト君?」
すらりと言った。
朝交わす挨拶みたいにごくごく自然に。
表情も柔らかく笑っている。ただし、それは口だけであった。
それじゃあお休み、と言い残し、父親は自分の部屋へと戻るために立ち去っていった。
「·······」
開いた口が塞がらず、ただ一人そこにぽつんと取り残されたノクト。
しばらく凍りついていたが、数分後、それが溶けたかのように口を開く。
「俺·······明日生きてるかな?」
己の運命に困るノクトであった。
△▼△▼△▼△
三日後。
トリステインの城下町のブルドンネ街では、先の戦勝記念のパレードが行われていた。
アンリエッタは、『聖獣ユニコーン』にひかれた馬車に乗って、手元に書かれた報告書に目をやった。
外では城下町の人々が歓声をあげている。しかし、アンリエッタはそれらの声を右から左へと流し続け、今回の勝利報告書を読み始めた。
「勝利報告、トリステインに攻めてきたアルビオン軍は我々王軍達の勇敢な活躍によって·······無事勝利致しました」
シンプルな報告、無機質な事実が、アンリエッタの胸には重く響いた。
その報告に人々はまた歓声をあげる。
ただ、姫はどこか上の空だった。パレードは無事に終了し、姫はユニコーンにひかれた馬車によって自分の城へと戻っていった。
△▼△▼△▼△
その日。
アンリエッタは自室で戦地報告書を読んでいた。ぴらっと紙をめくると、現地、『タルブ村』での報告が書かれてあった。
敵をほとんど倒したのは、アンリエッタと旧知の間柄である『ラ・ヴァリエール嬢』と、その『使い魔の青年』のどちらかであること。
そして·······あの敵艦隊を吹き飛ばしたのも、また同一人物だと予測を立てていた。
あの光は、どうやら彼らがいた付近で発生したらしい。
ならば、あの光を発生したのも二人の内どちらかではないのだろうか? という仮説を立てた。本来ならば、直ぐさま二人に接触して話を聞こうとしたのだが、あの艦隊を一人ないし二人で全滅にさせたのだ。スケールの大きさもあり、とりあえずアンリエッタ王女の判断を待つ、という形で終わっていた。
報告書を自分の隣の空いた席に置くと、窓から外を覗く。
観衆の声援が絶えず耳に入ってくる。
数で勝るアルビオン軍を破ったアンリエッタは、『聖女』と崇められるようになり、ますます人気を得た。
このパーティーが終わったら、アンリエッタには戴冠式が待っている。母である太后マリアンヌから、王冠を受け渡される運びであった。
トリステイン内ではそれに反対する者もなく、同盟国ゲルマニアも、悩みはしたが皇帝とアンリエッタの婚約解消を受け入れた。
一国だけでアルビオンの侵攻軍を打ち破ったのだ。とてもじゃないが強硬な態度を取れるわけがない。
アルビオンの脅威に怯えるゲルマニアにとってトリステインは必要不可欠な国へと変わったのだ。もっとも、アンリエッタ本人はあまり乗り気ではなかった。
母親は王座を空位のままにしたのに、自分が女王になるのはやはり心が痛む。
しかし、やらなければならないのだ。
この国のためにも、民のためにも。
ふと思い出されるあの光。
自分に勝利と自由を与えた光。
おそらく決して忘れることのない光。
それを放ったのが·······
「·······あなたなの·······ルイズ?」
誰にも聞こえないように、アンリエッタは自分の部屋で小さく呟いた。