ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第36章

 

 

それはとある日の出来事であった。

 

 

「あの、これ·······ノクトさんにと思って·······ッ!!」

 

「え?」

 

 

シエスタが顔を伏せながらも勢いよく、手に持っている包みを前に出す。

 

ここはあまり人が来ないヴェストリの広場。ノクト達はあれから無事魔法学院へと戻ったきたのだ。と言っても、学院は至って普通であった。戦争など無縁と言わんばかりの雰囲気を持っていて、帰ってきたノクトらを驚かせた。

 

ハルケギニアの貴族にとって、戦争は年中行事と言っていい程多々起きている。

 

なので、戦況が落ち着いた今は別に騒ぐ必要がないらしい。

 

そんな次の日、シエスタにこの広場のベンチに呼ばれたノクトは、こうしてプレゼントを貰う事になったのだ。

 

彼自身、あまりそういった物をあまり貰った事がないので嬉しい。

 

嬉しいが、だ。

 

やはり別世界から来た人間としては、ちょっと後ろめたさが残る。

 

彼女が送る笑みは、本当に自分に向けて良いものなのだろうか? 

 

本当は、この世界のどこか別の所にいる人間に向けられるべきものではないのだろうか?

 

しかし、思ったとしても今は仕方がない。せっかくシエスタが渡してくれたものを、いらないと断ってしまうのは失礼だ。

 

ノクトは素直な笑みを浮かべながら、包みをシエスタから貰う。

 

 

「ああえっと、ありがとなシエスタ·······今開けていいか?」

 

「はい! 是非!!」

 

 

シエスタは、にっこり笑顔を浮かべて頷いてくる。ノクトはそんなシエスタに、内心笑みを浮かべながらも包みを開いた。ガサゴソっと、中に入っている物を取り上げて中身を確認する。

 

見ると、それは『マフラー』であった。

 

しかも見た感じなのだが、どうやらお手製の物のようであった。

 

 

「おお、凄ぇなこれ!!」

 

 

まさか手作りのプレゼントをしてくれるという行為に対して、ノクトも純粋に喜ぶ事ができた。

 

シエスタの表情が明るくなって、頬を朱に染め、恥ずかしがるように答えた。

 

 

「タルブ村での·······せめてものお礼です。えと、ほら·······竜に乗るとき、寒い、ですよね?」

 

「ま、確かにな。つってもあまり竜に乗ることはねぇんだけど·······けど嬉しいわ。ありがとなシエスタ」

 

「いえ、そんな·······ッ!!」

 

 

雪みたいに、柔らかいイメージを与える真っ白なマフラー。シエスタのイメージがそのまま反映しているようだ。

 

しかし、今は初夏。

 

どちらかというと温度は上がっている。しかし、高度二千メートルともなれば話は別だ。黒のジャケットが胴体を温めるが、半袖なので腕周りと首周りは冷える。

 

なので、こういった防寒具の一つや二つくれるだけで本当に色々と嬉しい。

 

ノクトは早速マフラーを拡げてみた。

 

予想外に大きかったのか、一人両手を広げても長さが余ってしまう。そんな中、真っ白なマフラーに、模様が施されているのに目に入った。

 

 

「えーと·······なんて書いてあるんだ?」

 

 

多分文字だとノクトは思うのだが、この世界の文字が読めない彼にはマフラーになんて書かれているかはわからない。

 

シエスタはちょっと教える立場になったのが嬉しいのか、エヘヘと笑みを浮かべながら言う。

 

 

「えーと、ですね。これはこっちの文字で『ノクト』と書くんですよ」

 

「へ? 俺の名前?」

 

 

そう感心しながらも、もう一度目をやる。なるほど、これが自分の名前なのか。

 

 

「んじゃまあ、早速着させてもらうわ」

 

「はい!」

 

 

と満面の笑みを浮かべてくれるので、遠慮なくそれを首に巻く。

 

と、気付く。

 

どう考えてもこれは少し長すぎなのではないか?

 

後一人分の量が残っている。丁寧に作られているので考えにくいが、単純に間違えたのだろうか?

 

 

「なあシエスタ? これ、ちょっと長すぎねぇか?」

 

「うふふ」

 

 

待ってましたと、言わんばかりな表情を浮かべたシエスタは、マフラーの片端を持つ。

 

 

「これはですねぇ、こうするんですよ~」

 

 

そう言って、自分の首にもマフラーを巻いた。

 

なるほど、確かにこれならちょうどよい長さである·······って。

 

 

「え!? ちょっ!?」

 

「え、あ·······もしかして、ご迷惑·······でしたか?」

 

 

慌てるノクトにシエスタはしゅん、と落ち込む。

 

うなだれるシエスタに、ノクトは慌てて両手を振った。

 

 

「いやいや! 別にそういうんじゃねぇけど·······ってことは、もしかしてこっちに書かれてる文字は·······?」

 

 

ノクトは気付く。シエスタに巻かれた方に、何やらもう一つ単語が縫ってある。

 

もはや大体は予想できてしまっているが。

 

 

「はい! 私の文字も縫っちゃいました!!」

 

「そ、そう、か·······」

 

 

はにかんだような笑みを浮かべるシエスタに、ノクトは苦笑する。プレゼントはとても嬉しいが、内心困惑しながら作り笑いをしてしまう。

 

でも、と考える。

 

二人用というのならば、倍手間がかかるのではないだろうか?

 

 

「これ·······編むのに相当苦労したんじゃねぇの?」

 

「いいえ、そんなことないですよ?」

 

 

と、シエスタは小さく笑うと視線をノクトから外した。

 

 

「ノクトさんは、私達タルブ村の人達全員の命の恩人なんです·······それに、全然苦労しなかったですよ? むしろノクトさんが喜んでくれるかなー、って思ったらあっという間に終わっちゃいました」

 

 

テヘッと笑うシエスタに、不覚にもドキッとしてしまった。ここまで何の意図もなく素直に言われると、逆にこっちが照れてしまう。

 

そんな照れを隠すかのように、ノクトは話を進めた。

 

 

「あぁ、じゃあなんか代わりにお礼しなきゃな。何がいい?」

 

 

へ? と、シエスタはノクトの言葉がわからずきょとんとした目になった。

 

 

「お礼·······ですか?」

 

「ああ」

 

 

そう頷く青年。

 

凍り付いたシエスタの思考がゆっくりと溶かされていく。

 

しばらくの沈黙後、ボンッ! と爆発したかのように顔全体が真っ赤に変わった。慌てて否定の意を示すため、両手を左右に振る。

 

 

「そ、そそそ、そんな! ノ、ノクトさんからプレッ、プレゼントを、も、ももも、貰うなんて、だ、だだ、大丈夫ですよ?」

 

「いや、やっぱり貰っただけってのは悪いだろ? 何か欲しいものとか、プレゼントだけじゃなく何かやって欲しいこととかないのか?」

 

 

この青年もまた、素で言っている発言なのだから困ったりする。

 

シエスタは、う~んと困りながら視線が泳ぐ。言うべきか言わないべきか凄く悩んでいるようだ。

 

やがて、小さく小さく顔を俯かせて、ぽつりと呟いた。

 

 

「ノクトさんと·······またお散歩がしたいなぁ、なんて」

 

「散歩? ま、それくらいなら別に─────ブグッ!?」

 

 

ゴッス! と鈍い音が響いた。

 

キャッ!? と小さい悲鳴を上げ、シエスタは思わず目を瞑った。

 

辺り一帯を沈黙が場を支配する。

 

青年から何も言葉が発せられていない。どうしたんだろ、と思い恐る恐る目を開けると、

 

そこには、青年が後頭部にたんこぶを作って倒れて気絶していた。

 

 

「ノ、ノクトさんッ!?」

 

 

驚きながらもシエスタはノクトを抱き抱えるが、意識が戻るのにはしばらく時間がかかるようであった。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「何よ何よ何よ!! 何二人であんないい雰囲気を生み出してんのよッ!!」

 

 

何故ノクトにたんこぶが出来たのか。

 

それはルイズがノクトの投擲スキルに負けないくらいのコントロールを用いて、ノクトの頭に石をぶつけたからであった。

 

ここはノクト達がいる場所から、およそ後方十五メートル程離れた所にある地下。何故地下にいるかというと、ギーシュの使い魔であるヴェルダンデに穴を掘らせたからだ。

 

ルイズは自分の使い魔が気絶した事を確認すると、再び穴の中に隠れた。

 

 

「ノクトさん!? ノクトさんッ!!!??」

 

 

と聞こえてくるが、気にしない事にする。

 

そして思い出す。あのマフラーの出来の良さを。

 

正直勝てないとわかってはいるが、女の子として認めるわけにはいきたくない。

 

 

「何よ! 私よりちょっと上手いからって、調子に乗って·······ッ!!」

 

 

ポカポカと土の壁を叩くが、しばらくして虚しい事に気付いたルイズは、結局愚痴を吐くしかない。

 

 

「そ、それに!! 私より、む、むむむ、胸があるからって·······生意気よ!」

 

 

そう言って気付く。

 

自分はあのメイドと比べて何が勝っているのだろう?

 

確かに、先日気付いたばかりで実感は未だに湧かないが、『虚無』という魔法が使えても、それだけじゃノクトは振り向いてくれない。

 

負けてはならない。

 

負けてはならないのだ。

 

絶対にあのメイドだけには負けたくないと誓ったではないか。

 

しかし·······

 

どうすればいいんだろ?

 

 

「どうしたら·······ノクトを喜ばせれるんだろう?」

 

 

少女は自力では解けない問題に、ただ悩むしかなかった。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

朝を迎えて、アーデンは目を覚ました。

 

太陽の日差し、それは彼にとっては苦しいものだが、それを上回る『シガイ』による治癒力で太陽の陽の光を克服している。

 

アーデンは出来るだけ太陽の光を遮断するために素肌を露出しない服を着て、ベッドから起き上がる。

 

 

「あら、起きたみたいね」

 

「これはこれは、マチルダちゃん。おはよう」

 

「フーケって呼びな。その名はもう捨てたようなもんなんだから」

 

 

ノックもせずにずかずかと部屋に入ってきたのは、土くれのフーケである。

 

ここは、アルビオンにある『ロンディニウム』郊外の寺院。敗軍の将となったフーケは、トリステインの者に捕まることなく、なんとか戻る事ができたのだ。

 

フーケは、朝ごはん用のスープをアーデンに手渡すと、壁に寄り掛かった。

 

 

「しっかしまあワルドの奴、あの使い魔にまんまとやられたね」

 

「ま、彼ほとんど理性を失ってたからね。でも、良い実験台になってくれたよ、彼は·······それよりも」

 

 

アーデンはイレギュラーである、あの『小さな光り輝く太陽』を思い出す。

 

あの光、あれは間違いなく『あれ』だ。

 

自分が求めていた本物の『あれ』だ。

 

しかし、その事実に気付いていない仲間達に対してなのか、アーデンは深いため息をつく。

 

 

「はぁ、先が思いやられるよ」

 

「ほら·······スープが冷めちまうよ」

 

 

せっかく持ってきたフーケの身としては、スープを飲んでほしい。考え事をしているアーデンにそう促した。

 

アーデンは『ありがとう』と素直に礼を言い、少し間を置いた後手と口を動かし始めた。

 

 

「しっかし·······閣下の野望が初手から躓いたわけだけど、あの人はどうするつもりなんだろうねぇ?」

 

 

確実とも言える勝利を覆す力を、トリステインは何らかの形で手に入れたのだ。これから戦う際にも、重要視しなければならない問題である。

 

すると、フーケは何かを思い出したかのようにあっ、と呟いた。

 

スプーンを動かす手を止め、アーデンは視線を向けた。

 

 

「そういえばさっきクロムウェルの使者が来てね、どうやらアンリエッタ王女を狙うことになったらしいよ」

 

 

フーケはさらに続ける。

 

 

「んで、どうやらその役目にウェールズが抜擢されたらしいね。死んだ恋人を餌に残された恋人を釣り上げるなんてどうかと思うけどね·······ってちょっと」

 

 

アーデンは唐突に立ち上がった。スープを直接一気に飲み干して、いつでも出発できると言わんばかりの状態である。

 

フーケは言う。

 

 

「何をする気だい?」

 

「いやぁ、こう見えても実はじっとしていられない性格でねぇ。俺以外の力で蘇った死体に仕事を取られたんじゃあ、俺の存在意義がなくなってしまう」

 

 

不敵な笑みを浮かべて、彼は部屋を出た。

 

呆然と見ていたフーケは、はっ! となり、慌てて後を追いかけた。

 

 

「待ちな」

 

「何? 何か用?」

 

「さっき聞いただろ·······一体何をする気だい?」

 

 

フーケの声色は暗い。確かに実力差であればアーデンの方が圧倒的に強い。何せ、彼には『ノクト』とほぼ同じ力を持つだけでなく、生き物を『シガイ』化させる能力も持っている。

 

そんな奴を野放しにしちゃあレコン・キスタ総司令官であるオリヴァー・クロムウェルの野望が全て打ち砕かれる可能性がある。

 

フーケは、アーデンを信用していない。

 

さっきのスープにだって、自白剤を混ぜておいた。それでアーデンの目的がわかるのなら、なんだってする。

 

が、そんなフーケの思惑とは裏腹に、アーデンは軽い調子でこう言った。

 

 

「まずはノクトの主人を狙う」

 

 

は? と訝しむフーケをほとんど無視するように、アーデンは続けて言う。

 

 

「あれ、伝わんなかった? 現状、俺達のいるレコン・キスタはまだなんにも達成しちゃあいない。よくてウェールズの死体を動かしてアンリエッタ姫をこれから騙すっていうところだけ。けどね、それだけじゃあ足りないんだよ。ノクト·······アイツを苦しませるにはね」

 

「言っている意味が、理解できないんだが」

 

 

フーケはアーデンの言葉をもう一度理解しようとして、そして諦めた。

 

素直に質問する。

 

 

「確かにまだウェールズを餌にしてアンリエッタ姫を捕えるつもりの段階に過ぎないが、そうすることによってレコン・キスタの野望は一歩近づく。それの何が不満なのさ」

 

「違うなぁ、そいつは違うんだよフーケちゃん」

 

 

しかしアーデンは簡単に遮った。

 

 

「閣下の野望なんて、俺的にはどうでもいいんだよ。成功しようか失敗しようが、ね」

 

 

今度こそ、フーケの息が止まった。

アーデンの言っていることが、部分的にではなく、単語の一つまでも理解できなくなった。

 

そんなフーケに、アーデンは続ける。

 

 

「あの光を見たでしょ? ノクトの主人·······ああ、名前は何て言ったっけ? ルイス? ルイーゼ? ま、なんでもいいや。とにかく、ノクトのご主人様には『あれ』があることがハッキリとわかった。『あれ』を手に入れるために、俺はただレコン・キスタに力を貸しているだけさ。レコン・キスタほど、強大な軍隊はいないだろうからねぇ」

 

「何を、言ってんだい、アンタ?」

 

「あれ? 質問に答えてるつもりなんだけどな。それに、あながち閣下の願いから外れた行動って訳でもないよ。『あれ』さえ手に入ってしまえば、俺は俺の目的を達成できる。ノクト·······君を捕まえた青年への復讐にさ」

 

「どういう、意味なんだい?」

 

 

フーケは理解できないまま、ただ質問する。

 

 

「『あれ』って、なんのことだい?」

 

「わからない?」

 

 

アーデンは簡単に口を開いた。

 

そこから出てきた言葉は、

 

 

「─────────!」

 

「ッ!?」

 

 

カラン、という音が聞こえた。持っていたスプーンが地面に落ちた音だ。

 

よろめいたフーケの背が、寺院の出入口の扉にぶつかる。

 

 

「ありえ、ない」

 

 

かろうじて、絞り出すようにフーケは告げる。

 

 

「じゃあ本当に、あの二人は伝説の────ッ!?」

 

「そ、そういうこと。んじゃ、俺は本部に先に戻っておくねぇ」

 

 

そう言って軽い足取りで寺院から離れていくアーデン。

 

その間にも、硬直しているフーケは信じられない事実を知ってしまって、しばらく動けなかった。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「·······で、今日の用はなんなんだ?」

 

「わからないわよ。ただ呼ばれただけなんだから」

 

 

とある日、ノクトとルイズはアンリエッタに王宮へと呼ばれた為、使者が乗り扱う馬車に運ばれていた。

 

ノクトは朝早く起こされたのか、ふあっと小さな欠伸をかいた。

 

そんなノクトをルイズは見る。

 

 

(·······ノクト、あなたの求めてるものはなんなの?)

 

 

まだ覚醒しきれていない頭を回転し始める。

 

一体どうすればノクトの気を引く事ができるのだろうか?

 

ルイズは最初、自分が告白する姿を思い浮かべた。しかし、『何故主が使い魔如きに告白しなければならないのだ』と却下する。

 

次に、デートに誘う姿を思い浮かべた。しかし、『何故こちらから、それも使い魔如きにデートなんか誘わなければならないのだ』と却下する。

 

う~んと、真剣に沢山のアイディアをズラリと並べてみるのだが、その全てにできない理由をくっつけた。

 

殆ど変わらないような理由を。

 

あれもダメ。

 

これもダメ。

 

と思わず小声でぶつぶつと呟いているルイズの姿を見て、ノクトは心配そうに声をかけた。

 

 

「どうしたんだルイズ? さっきからぶつぶつと呟いて」

 

「う、うるさいわね! 今考え事してんのよ!」

 

「あ、そ·······そりゃ悪かったな·······」

 

 

キッ、と睨みつけられたノクトに為す術はなかった。どうしようもないと感じたのか、仕方なく窓から景色を眺めこむ。

 

一回だけちらっとルイズを見るが、かなり真剣に自分の世界に閉じこもっているようだ。

 

一体何を考えてるのかと気になるが、次声をかけたら絶対にマズいと直感で判断した。

 

王宮まで、後もう少し時間がかかるようだ。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「はぁ·······」

 

 

女王へと位を上げたアンリエッタの感想は、疲れるの一言であった。国のトップは玉座に腰掛けて部下の報告を受けるイメージがあったが、どうやら変える必要性がある。

 

彼女の仕事は接客に始まって接客に終わると言っても過言ではない。むしろそれだけしかやっていない気がする。

 

国内国外問わず、様々な客と出会う機会が格段に増えた。

 

様々な客に出会うという事は、それこそ報告もあるが、訴え、要求、ご機嫌取り、外交、内容も充実である。

 

しかも、それらを朝から晩まで一日中働く必要がある程の量だ。

 

ただ話すだけであるならば、そこまで苦にはならない。しかし、彼女は女王なので、ある程度の威厳を見せなければならない。

 

これが疲れるに尽きる。

 

一応マザリーニが手伝ってはくれるが、受け答えには僅かな揺るぎを出してはならない。

 

何も知らないお姫様という昔の自分が、何年も前に感じてしまう。それだけ、彼女の精神と肉体は疲れきっているのだ。

 

しかし、次に自分の目の前に現れる客は違う。先のような対応をしなくてもいい上、その疲れも吹き飛ばしてくれそうな大事なお客さん。

 

まだかまだかと同じ場所を何度も往復しては、中々針が進まない時計に愚痴をつけたりする。

 

 

『ラ・ヴァリエール嬢とその使い魔が到着致しました!!』

 

 

と、部屋の外で待機している呼び出しの声が聞こえた。客がこの場に到着したのである。

 

アンリエッタは溢れる嬉しさを少しばかし我慢した。もう少しだけ女王の態度を取らなければ。

 

アンリエッタは右手を上げて入ることを許す。

 

すると、内側にいる兵士達が固く閉ざされた扉をゆっくりと開いた。

 

ルイズとその使い魔であるノクトが、アンリエッタの元に現れる。畏まるかのように、ルイズは頭を下げ、ノクトもそれに倣い頭を下げる。

 

中にいた兵士は一礼して部屋の外に出ると、扉がギィィィと、悲鳴を上げながら再び閉まる。

 

瞬間アンリエッタは女王から、昔の姫へと変わった。

 

ルイズへと駆け寄るや否や、ギュッと抱きしめる。

 

 

「ルイズ! あなたに会えて嬉しいわ!」

 

 

ルイズは頭を下げたまま、応える。

 

 

「姫様·······ではなく、陛下とお呼びせねばいけませんね」

 

 

ルイズの態度にアンリエッタはもう! と少し呆れながらルイズの顔を無理矢理上げた。

 

 

「そのような他人行儀を申したら承知しませんよ。ルイズ・フランソワーズ。あなたはわたくしから最愛のお友達をも取り上げてしまうつもりなの?」

 

「ならば、いつものように姫様とお呼び致しますわ」

 

「そうしてちょうだい。ねえルイズ、ホント女王になんてなるんじゃなかったわ。退屈は二倍。窮屈は三倍。そして気苦労は十倍よ」

 

 

はあ、と友達の前で出したくもないため息が吐き出される。

 

ここにいる存在価値があるかどうかわからないノクトは、とりあえず膝を床について顔を下に向けて、二人の会話を聞く。

 

一方のルイズは黙った。

 

このままアンリエッタが自分達を呼んだ理由について話すのかと思ったのか·······しかし、アンリエッタの口が開く様子はなく、ただじっと見つめている。こちらの様子を伺うかのように、ただ、じっと。

 

このままでは話が進まない。自分らと面会する時間も限りがある。

 

何か雑談はないかしらと、ルイズは自分の頭の中にある思い出を探り寄せる。やはり、ここで話す内容とすれば一つしかない。

 

 

「この度の戦勝のお祝いを、言上させてくださいまし」

 

 

特に当たり障りのない話題、これならば大丈夫だとルイズは思った。すると、アンリエッタは何を思ったのか、突然ルイズの手を握った。

 

まるで感謝をするかのように。

 

 

「あの勝利はあなたのおかげだものね、ルイズ」

 

「へ?」

 

 

と思わずルイズの口から変な声が出てしまった。

 

ノクトもポカンと口を開き驚いている。

 

二人とも何故それを知っているのか? と、そう表情が訴えていた。

 

アンリエッタはそんな二人に笑みが溢れる。

 

 

「わたくしに隠し事はしなくても結構よ。ルイズ」

 

「ええと、私にはなんのことだが·······」

 

 

とぼけるのはいいが、その言い方は決まり文句みたいなものだった。

 

アンリエッタは、そんなルイズに報告書を手渡した。以前、アンリエッタ自身が読んだあの報告書である。読み終えた感想として、ルイズは観念したかのようにため息を吐いた。

 

 

「ここまでお調べ済みなのですか?」

 

「あれだけ派手な戦果をあげたのよ? 隠し通せるわけがないじゃないの」

 

 

そう言われればそうだ。あんな奇跡とも言えるような事、奇跡で終わらせるわけがない。

 

それよりも、自分達を調べ上げたトリステインの人間に感心を覚えたノクトに、アンリエッタは視線を向けた。

 

 

「敵の竜騎士隊を全滅させたのはあなたですね? 厚く御礼を申し上げますわ」

 

「あー、えっと·······あれはほとんど俺の私情でやったようなものだから、お礼を言われる立場じゃありません」

 

「いえ、あなたは救国の英雄ですわ、ノクティス・ルシス・チェラム。それに、我が国の最大の裏切り者であるジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド元子爵も討ち取ったとか」

 

「ッ!?」

 

「正直に申します·······人の死を、これほど喜ばしく思う日が来ようとは、夢にも思いませんでした·······」

 

 

報告書でそのことを聞いていたアンリエッタは、切なげにため息をつくと、悲しげな、それでいて安心したかのような笑顔を浮かべた。

 

 

「ノクティス・ルシス・チェラム、ウェールズ様の仇を討って下さったことに、感謝の言葉もありません。よくぞ·······よくぞ討ち果たしてくれました」

 

「いえ、そんな·······恐れ入ります陛下」

 

「わたくし個人の意見を尊重するならば、あなたを貴族にして差し上げたいぐらいなのだけれど·······」

 

 

残念ながら無理なのです、とどこか寂しげな表情を浮かべた。

 

トリステインでは平民が貴族になれないと、そういえばルイズが昔言っていたのをふと思い出した。と言っても、ノクトにとって貴族になろうがならまいが気にする事ではない。

 

元王族として、ノクトはアンリエッタにこう提案する。

 

 

「それでしたら陛下、俺の功績を我が主人であるルイズに上乗せしてやってください」

 

「え?」

 

 

そう言うと、こちらに振り向いてきたルイズにノクトは黙って頷いた。

 

 

(ノクトが私に恩義を与えてくれるなんて·······ッ!!)

 

 

言葉には絶対言えないが、ジャンプするぐらい内心では喜んだ。わがままなど一言も言わずに、その分を自分にあててくれと言ってくれた事が。

 

しかし、すぐに気付く。

 

 

(でも·······ノクトが使い魔だからかもしれないわ)

 

 

どうやら、浮かれるにはまだ早いようだ。

 

 

「ええ、あなた達の戦果は、このトリステインはおろか、ハルケギニアの歴史の中でも類を見ないほどのものです。本来ならルイズ、あなたには領地どころか小国を与え、大公の位を与えても良いくらい」

 

「そ、そんな·······わ、私は何も·······ッ!!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。城下では奇跡の光だ、などと噂されておりますが、わたくしは奇跡など信じませぬ。あの光が膨れ上がった場所に、あなた達が乗っていたドラゴンが飛んでいた。あれはあなたなのでしょう?」

 

 

アンリエッタがぐいっ、とこちらに迫ってくる。その真剣な眼差しに、ルイズはこれ以上隠せないと思えた。

 

それに、最愛の友達であるからこそ、こうして騙しているのに心が痛んだ。

 

最初の出だしをなんと言うべきか悩み、うじうじしたが、やがて少し躊躇いながらも、

 

 

「え、えっと·······」

 

 

と切り出した。

 

それ以降は、自分が誰にも相談できなかった『始祖の祈祷書』について、一から語り始めた。

 

『水のルビー』を嵌めたら始祖の祈祷書のページに古代文字が浮かび上がった事。そこに記された文字を読んだら、あの光が現れた事の二点を主に。

 

 

「それで姫様、私は『虚無』の担い手なのでしょうか?」

 

 

一番気になる質問をアンリエッタにぶつけた。恐らくだが、彼女ならば答えるに違いない。

 

 

「·······恐らく·······」

 

 

アンリエッタは続けた。

 

 

「『水のルビー』と『始祖の祈祷書』は、始祖ブリミルがトリステインに遺した秘宝と指輪。それにラ・ヴァリエール公爵家の祖は王の庶子。始祖の力を受け継ぐものは王家にあらわれると言い伝えられてきたので」

 

「·······」

 

「実際に放ったことですし、そう考えるのが正しいようね」

 

 

と、アンリエッタは付け加えた。

 

ルイズは思わずため息をつく。次にアンリエッタが何を言うか理解出来たからだ。

 

 

「これで·······あなたに勲章や恩賞を授けることができなくなった理由はわかるわね? ルイズ」

 

「·······はい」

 

 

小さく頷くルイズ。

 

ノクトもそれを理解する

 

アンリエッタが恩賞を与えたら、ルイズの功績を世間の元に晒してしまうことになる。それはとても危険なことだ。

 

あの光は、一国でさえも持て余すほどの力なのだ。

 

ルイズの秘密を敵が知ったら、そいつらはなんとしてでも彼女を手に入れようと躍起になることだろう。

 

 

「敵の的になるのは·······わたくし一人だけで十分」

 

 

淡々と話すアンリエッタに、ノクトは少しだけ不快感を覚えた。自分だけがそうなるように、他人を助けるその思考が。

 

 

「敵は外部だけとは限りません。ワルド元子爵の件もあります。城の中にも·······あなたのその力を知ったら私利私欲のために利用しようとするものが必ず現れるでしょう」

 

「·······」

 

 

ルイズはいつも以上に緊張した顔で頷いた。

 

 

「だからルイズ、誰にもその力のことは話してはなりません。これは私と、あなたとの秘密よ」

 

 

元王族であるノクトだから、アンリエッタの言い分は凄く理解できる。

 

理解できるのだが、

 

助けを求めるという事は、助けを求めた他人を巻き込む事を意味している。

 

つまりはアンリエッタはルイズを巻き込ませたくない一心なのだ。

 

だけど、それは間違っている。

 

もし自分がルイズの立場だったら?

 

自分の知らない所で、アンリエッタが一人だけ何か事件に巻き込まれたら?

 

相談もされず、一人のうのうと平和の中にいた自分をどれだけ責めるだろうか、と。

 

絶対にそんな事はあってはならないのだ。それだけはやっぱり、最愛の友達だからこそやってはいけない。

 

すると、考え込んでいたルイズが、何か決心したかのようにアンリエッタを見つめた。

 

 

「恐れながら姫様に、私の『虚無』を捧げたいと思います」

 

「·······いえ、良いのです。あなたはその力のことを一刻も早く忘れなさい。二度と使ってはなりませぬ」

 

「神は·······姫様をお助けするために! この力を授けたはずなのですッ!!」

 

 

しかし、アンリエッタは首を振る。

 

 

「母が申しておしました。過ぎたる力は人を狂わせると。『虚無』の協力を手にしたわたくしがそうならぬと、誰が言いきれるのでしょうか?」

 

「ッ!!」

 

 

ルイズは諦めない。

二度も彼女は説得に失敗しているのだ。

 

絶対に良くない方向へいくと何故だか確信を得た。

 

だからこそ、ルイズは告げる。

 

 

「私は·······姫様と祖国のためにこの力と体を捧げなさいとしつけられ、信じて育って参りました。しかし、私の魔法は常に失敗して、付いた二つ名は『ゼロ』。嘲りと侮蔑の中、いつも口惜しさに体を震わせておりました」

 

 

ルイズは自分の想いが姫様に届いてくれ! と神に懇願しながら言葉にする。

 

 

「しかし、そんな私に神は力を与えてくださいました。私はようやく自分の信じるものに、この力を使えるのであります。それでも姫様がいらぬとおっしゃるなら、杖を姫様にお返しせねばなりませんッ!!」

 

「·······」

 

 

その言葉にアンリエッタは、断る理由が浮かばなかった。

 

 

「·······ルイズ」

 

 

そんなご主人様を、ノクトは珍しく悲しげな目で見つめていた。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

二人は用事を終え、王宮から出た。

 

とりあえず『始祖の祈祷書』がなければ『虚無』を発動できないため、そのまま授かる事になった。

 

最も、口外はおろか使用もできる限り避けるという約束が条件であるが。また、ルイズは仕事をする際の許可証を、ノクトは金貨を恩賞として貰う事になった。

 

街は戦勝祝いでワイワイガヤガヤと賑わっている。

 

酔っ払いの兵士が顔を真っ赤にして乾杯! と叫び、再び酒の補充にかかった。

 

 

「みんなテンション上がってんなぁ」

 

 

ノクトは目の前の騒ぎに率直な感想を述べる。先程の話は少し重たかったので、気分が変わるにはうってつけの光景だ。

 

 

「ほんとね·······」

 

 

ルイズの親は地方領主であったので、このような街は初めてだ。なので、周りに影響されてか、自分も楽しそうになってしまう。

 

 

「んじゃ、ちょっとだけ楽しんでいかねぇかルイズ?」

 

「·······ふふっ」

 

 

ノクトのその案に、否定する言葉はなかった。

 

ルイズは笑みを浮かべて『ええ!』と告げる。

 

二人はあまりの人の多さに、離れないように手を繋ぐ事になった。異性と手を握るという行為に対して、ノクトはなんともなかったが、ルイズの方は顔を赤くして黙々と歩き続けることになった。

 

端から見れば初々しいカップルのようだ。

 

 

「なんか、俺の故郷を思い出すわ」

 

「ノクトの故郷? って言ったら『ルシス王国』のこと?」

 

「まぁな、一回だけ別の街で行われていた祭りに参加したことあったけど、故郷では俺は王子だったから祭りの際はこんな風に城下町を平然と出歩くことは許されなかったんだ。けど·······なんだろうな、今なら存分に楽しめる気がするわ!!」

 

「·······プッ!」

 

「? なんだよルイズ?」

 

「いいえなんでも。ただ、子供みたいにはしゃぐあなたが可笑しくって·······ッ!!」

 

「んな事、わざわざ口にしなくても·······」

 

「ごめんごめん。それより、そんなに楽しいならもっと楽しみましょ!!」

 

 

無意識の内にルイズはノクトの手を強く握る。

 

ノクトが自分の世界について話すとなんだか寂しい気持ちに変わる。ノクトが遠くに行ってしまいそうな気がしたからだ。

 

おめでたい時に、そんな思いはしたくなかった。

 

今ぐらいは、せめてこの時ぐらいは楽しみたい。

 

もっと自分を見て欲しい。そんな感情が自分の中で渦巻く。

 

でも、それをよしとしない自分もまたいる。

 

 

(私は·······()()()()()()()()()()?)

 

 

空いている方の手を胸に当て、心臓の鼓動を確認する。すると、鼓動が早まっていることに気付いた。

 

だからだろうか。

 

ルイズはそれは錯覚だと思いたかったのか首を横に振る。

 

 

(ううん、そんな事ない·······ただ、あのメイドに取られたくないだけなんだもん)

 

 

そう言い聞かせ、周りを見渡す。

 

何か、何かないだろうか、と期待しながら探したそれは、いとも簡単に見つかった。

 

 

「ねえ、ノクト」

 

「ん?」

 

「あれ」

 

 

ルイズに呼ばれ、ノクトは立ち止まる。ルイズが指差す方向に目をやると、どうやら宝石商がお目当てのようだ。

 

指輪やネックレスなどが並べてある。

 

 

「そんじゃあちょっと寄ってみるか」

 

 

そう言って、ルイズと一緒にそちらへと向かった。

 

二人が近づくと、商人が客だと判断し、声をかける。

 

 

「いらっしゃい! 見てください貴族のお嬢さん。珍しい石を取り揃えました。『錬金』で作られた紛い物じゃございませんよ」

 

 

ルイズはちょこんとしゃがむと、並べてある品物を物色する。しかし、あまり出来はよくないようだ。貴族が身につけるには少し派手で、あまりお勧めはできない。

 

それでも、ルイズは気にせず一つのペンダントを手に取った。

 

貝殻を彫って作られた真っ白なペンダント。周りには見映えをよくしたいのか、大きい宝石が沢山嵌め込まれている。

 

しかし、それもまた適当に作られてるイメージが残る。

 

宝石も、なんだか安物だと思ってしまう。

 

それでも、ルイズは気に入ってしまった。

 

こういったお祭りは初体験であったので、少しガードが緩くなったのである。

 

 

「それ欲しいのか?」

 

「·······うん」

 

 

ノクトの方に振り返らず静かに頷く。

 

となると、やる事は一つしかないとノクトは思うと、商人に話かけた。

 

 

「これ、いくらだ?」

 

「四エキューでございます」

 

 

ルイズが驚きの表情でこちらを見るが、気にせずポケットから先程貰った金貨を取り出す。

 

 

「悪い、四エキューってどれくらい金貨が必要なんだ?」

 

 

この世界の通貨がまだよくわかってないので、十枚ぐらい同じ金貨を商人に見せた。

 

 

「ええっと、ひぃ、ふぅ、みぃ·······はい、これで四エキューです」

 

 

一エキューである金貨を四枚、ノクトの手から取り上げると、商人は笑みを浮かべて『ありがとうございました』とお決まりの言葉を言った。

 

呆然と状況を理解するのに精一杯だったルイズの気持ちが、嬉しさで込み上がってくる。

 

ノクトが自分の為に買い物をしてくれたのだ。これを喜ばないで何を喜ぶ?

 

一気に気持ちが最高潮にまで上がり、手に持っていたネックレスを早速首に巻いた。お似合いですよ、という商人の言葉などもう耳には入らない。

 

 

「どう? 似合う、かな?」

 

「ああ、とっても似合ってるぞ」

 

 

そう言われて、耳まで赤く染めるルイズ。ノクトは普通に感想を述べただけなのだが、ルイズにはその言葉が胸に深く刻まれたらしい。

 

 

「まだまだ見たい店がたくさんあるからさ、もっと楽しんで行こうぜルイズ!!」

 

「·······ええ!!」

 

 

二人は手を繋いで祭りを楽しんでいく。

 

二人の表情は揃いも揃って、笑顔でいっぱいだった。

 

 

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