ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第38章

 

 

「なんでまたこんなことに·······ッ!!」 

 

 

こちらの世界で三度目の鬼ごっこである。いい加減慣れるだろ、と言われるかもしれないが、それは間違いである。

 

なにせ、今回は以前とは少し違うのだから。

 

ちらりと後ろを見るが、背後から迫ってくる様子はない。今のうちに作戦を立てるべきだと、ノクトは軽快に動かしていた足を止める。

 

闇雲に逃げ回っていたらすぐに捕まってしまう。相手は闇の力を授かったような強さを誇るのだ。正直、ノクトのようにワープとかしてしまいそうな勢いを持っている。

 

最悪の展開、正面衝突だけは避けたい。

 

ファントムソードだけでは、あの魔王を止める事はできない。

 

 

(ただ逃げてたら廊下でバッタリ! って可能性があるよな·······となると誰かの部屋に匿ってもらうべきか?)

 

 

ノクトは自分を匿ってくれそうな人物を思い浮かべる。

 

キュルケ·······はダメだ。確かタバサと一緒に帰郷しているので部屋には鍵がかかっているはず。

 

ギーシュ·······もダメだ。彼の部屋がわからない以上、どうしようもない。というか、あんな奴に頼りたくない。

 

 

(·······となると)

 

 

残された相手は一人。

 

できる事ならあまりこういうのに関わらせたくない相手だが、やはり命より大事なものはない。

 

ノクトは僅かに費やした思考の後、再び走り始めた。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

青年は向かう、少女の元へ。

 

その選択が最善でありながら、最悪の選択である事も気付かずに。

 

ただ、走る。

 

その姿はまるで、主人公がヒロインを守りにいくかのようであった。

 

 

「なるほどね~、そういうことがあったのね·······」

 

「ノクティス様には悪いことをしたね」

 

「もう·······ちゃんと謝ってくださいね」

 

 

シエスタは、帰ってきた二人にノクトとの関係を勘違いさせないように説明をした。すでにある程度の予測を立てていた二人だが、やはり酷い事をしてしまったなと、再び実感するかのように落ち込む。

 

ほんわかとしたシエスタの説教を終え、今度ノクトに会ったら謝るという約束をした。

 

となると、話が終わった今、話題を変えるには絶好の機会である。

 

具体的に言うならば、

 

 

「そういえば、私たちがいない間、ノクティス様となにやってたの?」

 

 

シエスタとノクトとの時間である。

 

ビクッ、とシエスタの体が反応する。彼女は冷や汗を流し、焦りながらも答えた。

 

 

「え、えっと·······ふ、二人で世間話をしましたよー」

 

「「·······」」

 

 

この二人の洞察力は高い。先の出来事を説明したらシエスタの顔はきっと赤くなる。

 

ただプレゼントを贈られただけなのに、顔を赤くするのはおかしい。そこに二人が違和感を感じるのは明らかだ。

 

だから、言わない。自分がそのようにはしたないことを考えるような子だと思われたくないから。

 

しかし、 

 

洞察力が優れているのならば、シエスタが嘘をついているのを見破るのもまた当然の事である。金髪の子が話しかけた瞬間、体を震わす時点で疑いをかけたのだ。

 

 

「アンタ、嘘ついてるわよね?」 

 

「な、なんのことですかー·······?」

 

 

マニュアル通りのような対応の仕方に、二人はますます疑いの眼差しを向ける。

 

敢えて言わないという事は、

 

何か裏があるに違いない。

 

 

「シエスタ、アンタ本当のこと言わないとわかってるでしょうね?」

 

「へ? な、なんのことですか?」

 

「とぼけても無駄よ! アンタが何かしたなんてバレバレなんだから!!」

 

 

グイッと、金髪の子がシエスタの顔にと迫る。二人の吐息が、互いの皮膚へと直接感じるその距離に、思わず彼女は後ずさる。

 

 

「べ、別になにもないですから!」

 

 

頬がいつの間にか赤くなっていた。何度もしつこく尋ねられたので、無理矢理思い出されたのだ。

 

 

「嘘おっしゃい! 吐け! 吐かないといろいろ──────」

 

 

瞬間、

 

バアンッ!! と。

 

鍵を開けていた扉は勢いよく開かれた。ノックなどする暇なく、青年がなだれこんだ。

 

 

「ノ、ノクトさん!?」

 

「悪いシエスタ!! ちょっと匿ってくれないか!?」

 

 

同意を貰う暇もなく、ノクトはベッドの下にある僅かの隙間に隠れる。様子からして、緊急事態が起こっているのは誰にでも判断できる。

 

問題は何故なのか、だ。

 

 

「ノ、ノクトさん? 別に大丈夫ですけど、一体なんで·······?」

 

「俺も何故だかよくわかんねぇんだけど、ルイズがめちゃめちゃキレて追われてるんだッ!!」

 

 

ノクトの言葉に、ドキッと金髪の子が反応する。

 

もちろん、シエスタがその瞬間を見逃すわけがない。

 

攻守交代である。

 

 

「あれ~? 何かご存知なんですか~?」

 

「い、いやーなんでもない。つかなにもないから安心してシエスタッ!!」

 

 

シエスタが、本日二度目のお怒りモードに突入したので金髪の子が慌てて両手を左右に振り、否定の言葉を並べる。

 

そんな彼女に、シエスタはキッと睨んで叫ぼうとする。

 

 

「嘘─────ッ!!」

 

 

瞬間、バタンという音が出入口から鳴り響く。

 

 

「シエスタはここにいるかしら? いえいいわ、何も言わなくても、私の視界にちゃんと入ってるから」

 

 

しかし、その攻守も一度リセットされる。新たなお客が迎えた事で、そのような論争をする暇がなくなったからだ。

 

役者は揃った。

 

構成も設定も決まっていない、ただ配役だけが決まっているお芝居が、

 

今、始まる。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「ラ·······ラ・ヴァリエール嬢。ど、どうされたのですか?」

 

 

あまりの殺気の大きさに、シエスタ含めて三人のメイドは一歩だけ後退した。

 

それでもシエスタはノクトを庇うように立ち、魔王のようなオーラを纏ったルイズから彼を隠そうとしている。ノクトがここにいないとわかれば、きっと向こうも退いてくれるはず。

 

そう信じてシエスタが訊ねたのだが、

 

 

「安心してシエスタ、まずアンタを八回殴って、その後に十二回殴って、そして二十回殴って、そこに二十八回殴った後更に三十二回殴るだけだから」

 

「私目当て!? しかも合計百回ですか!?」

 

 

さらりと、理不尽な事をまるで挨拶を交わすかのように言った。

 

何故そこで自分の名が出たのかわからないシエスタは、ルイズに確認を取る。

 

 

「な、なんで私が殴られないといけないんですか!?」

 

「アンタもノクトと同罪。一緒に償ってもらうわよ。女の子だからって許されると思ったら大間違いよ」

 

「いえ·······ですからなんでそんなことに·······ッ!?」

 

「·······私より胸が大きくて、それをノクトに見せびらかした罪·········」

 

「そんな理不尽なッ!!」

 

 

と突っ込む少女に、もう話す事を終えたのか、ルイズは杖を取り出す。

 

ノクトはまずいと思う。

 

このまま隠れ通せば大丈夫かと思ったのだが、標的をシエスタに変えられた。ノクト自身、ある程度耐性を持っている為死ぬ事はないと思う。

 

しかし、シエスタは違う。

 

闘う事も何もできない女の子なのだ。そんな子が目の前の貴族に怯む事なく自分の前に立ち塞がっている。

 

ノクトさえ安全ならそれでいいかのように。

 

ギリッと奥歯を噛み締める。

 

そう、そこは本来ノクトが立つ位置なのだ。たとえそうじゃなくとも、シエスタの身を守るのはノクトなのだ。

 

それなのに自分はなんだ?

 

ただ黙ってここに隠れているのか?

 

違う。ノクトは断言する。そんな事をしたら、一生後悔するであろう。

 

 

(人のピンチから目を背けるなッ!!)

 

 

考えるより前に足が動くとはこの事だろう。ノクトは、ベッドの下から再び身を乗り出し、シエスタの前に立ち塞がった。

 

 

「ノ、ノクトさん!?」

 

「悪ぃシエスタ、お前が関わっているなら別だ」

 

 

ビキビキビキィ! と魔王ルイズのこめかみからあまり穏やかではない音がする。

 

 

「そう、アンタはその子を守る為にここに来てたのね。素晴らしいわ。なんていいお話なのかしら?」

 

「だから待てってッ!? お前はなんでそんなに怒ってんだよッ!?」

 

「さあ? アンタの胸に聞いてみれば?」

 

 

あ、やはりダメだ。怒りは収まる所かむしろ増加している様子だ。

 

魔王ルイズが足に力を入れた瞬間、シエスタの仲間である二人がノクトの前に立った。感心したかのように、ルイズは不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「へぇ、仲間愛? 涙が出ちゃうわね」

 

 

もちろん魔王ルイズの瞳には何も写し出されていない。彼女の挑発に対抗すべく、金髪の子が口を開く。

 

 

「はっ、一人で挑んできたアンタには一生理解できないようね!」

 

「あ?」

 

 

ギリッと魔王ルイズは奥歯を噛み締める。彼女の中での目標が変更された。まずは最初に小うるさい仲間を倒してから本命の方がいろいろと好都合だろう。

 

 

「さあ、ノクティス様! シエスタを連れてここから逃げるんだ!」

 

「いや、でも·······ッ!!」

 

「でももヘチマもないッ! こういうパターンになったら黙って行くッ!!」

 

「·······ッ!!」

 

 

わかっている。

 

現在の魔王ルイズに立ち向かうわけにはいかない。

 

しかし、向こうは別である。二人の命が狙われている今、ノクト達は魔王ルイズが落ち着きを取り戻すまで逃げ続ける必要があるのだ。

 

そのためには逃げる時間が要る。

 

たとえ僅かであろうと、距離を再び開かせないと意味がない。

 

ならばと、二人がその役目を名乗り出てくれたのだ。しかし、それはかなり危険な行為でもある。あの爆裂魔王ルイズと相手をするのだ。無傷で帰っては来れない。

 

それだけ二人にとって、ノクトとシエスタは大事な存在なのだろうか? 

 

決まっている。

 

そうでなければこのような事をするわけがない。

 

 

「よし·······行くぞシエスタ」

 

「え? キャッ!?」

 

 

ノクトはシエスタの腕を引っ張り、扉へと向かう。

 

 

「逃がすと思ってるの、このバカ犬ッ!!」

 

「だからアンタの相手はこっちだっつーのッ!!」

 

「簡単にやられると思ったら大間違いですッ!!」

 

 

魔王ルイズが振り返る瞬間、二人のメイドが襲いかかった。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「とりあえず走るぞ!」

 

「え·······あ、はい!」

 

 

シエスタは想いを寄せている青年に腕を引っ張られ恥ずかしくなる。不安と喜びが混ざり合う中、少女は少年の背中を追い続ける。

 

 

「待ちなさい!!」

 

 

叫び声と共に、後ろから勢いよく魔王ルイズが迫ってきた。どうやら、足止めの時間は僅かであったようだ。二人のメイドがいた部屋から黒煙が漏れているのを見ると爆裂で撃退されたようである。

 

距離は二十メートルぐらいだろうか? 

 

しかし、曲がり角が少ないこの直線の廊下、逃げ切れる距離ではない。それに、シエスタはお世辞に言っても運動神経がよいとは言えない。このまま近付かれるのも再び時間の問題となる。

 

廊下を曲がり、一階と二階を繋ぐ階段を一気に駆け上がった。襲いかかる足の疲労をもろともせず、再び直線の廊下を走る。

 

と、その時だ。

 

前方のとある部屋から声がした。

 

 

「ああ、モンモランシー。君はいつ見ても綺麗だねぇ」

 

 

知っている声、数少ないノクトの知り合いでもある。

 

 

(このままルイズを振り払える自信もない·······ッ!)

 

 

杭を足に刺すかのように急ブレーキをかけ、

 

 

(なら、第三者からの説得が必要だ。つか最悪シエスタだけ助かるようにしねぇと!)

 

 

ノクトは問答無用で声がした所の扉を開いた。

 

 

「悪ぃギーシュ! 頼みがあるんだッ!!」

 

 

ノクトとシエスタが室内に入ると、そこにはギーシュともう一人の女の子が立っていた。突然の事態に困惑している様子である。

 

 

「悪ぃけど隠れさせてもらうぞッ!!」

 

 

ノクトはシエスタを部屋の奥へと引っ張っていく。そこで、ようやく住人である二人の口が開いた。

 

 

「ノ、ノクティス!? い、一体何をやってるんだ君はッ!?」

 

「ちょっと! 何私の部屋に勝手に入ってきてるのよ!」

 

 

ノクトはそう言われるも、そんな文句を述べる二人に対応する暇がなかった。

 

三人目が文句を言う代わりに扉を盛大に蹴ったからである。

 

 

「もう逃げれないわよノクト!」

 

 

ルイズはノクトとシエスタの二人を見ると、ずかずかと部屋に入り込む。

 

 

「待てってッ!! 俺本当にお前に何した!? 怒られる原因が全くわかんねぇんだけどッ!?」

 

「この期に及んでまだシラを切るのね、往生際の悪いッ!!」

 

「ッ!! わかった、わかったよ!! 全部俺が悪かった! だから俺は構わねぇけどシエスタだけは許してやってくれ!」

 

「いまさら許して貰おうだなんて思ったら大間違いよッ!!」

 

 

と、ルイズは何かに気付いたのか、ノクト達とは違う場所に置いてあるテーブルへと向かう。

 

そこには、ワインとグラスが置かれていた。二つあるので、おそらくギーシュと女の子用なのだろう。

 

すると、ルイズはグラスの中身を一気に飲み干した。

 

すると女の子が

 

 

「あっ! ちょっとそれ·······ッ!!」

 

 

と叫んだが、誰も気がつかない。

 

 

「プハー、走ったら喉が渇くものね·······さて、どっちから罰を与えようかしら?」

 

 

手で口の汚れをを拭うと、ノクト達へと視線を向けると·······。

 

キュンッ、と胸が鳴った。

 

 

「あ·······れ·······?」

 

 

おかしい。

 

ちょっと前まで怒りで感情が支配したはずなのに、いつの間にか変わっている。

 

何故だろう、なんでこんなに好きという想いが強くなっていくのだ?

 

ルイズは思わずその人物の名を挙げた。

 

 

「シエ·······スタ·······」

 

 

顔が、真っ赤に染まっていた。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

次の日、ノクトは朝の日差しを浴びて、目が覚めた。昨晩の疲れがあったせいか、いつもより多く寝てしまったらしい。

 

上手く働かない思考が、『この状況はまずい』と判断する。寝坊してしまったら、主から罰を受けてしまうのだ。

 

慌てて毛布を跳ね飛ばし、ガバッと起き上がる。ルイズのベッドの方を見るが、毛布に体全体を覆いかぶさっているためか、顔が見えない。

 

ともかく、まだ主は起きていないらしい。ノクトは内心安堵しながらも、いつも通り起こそうとしたが·······そこには誰もいなかった。

 

 

「あれ·······?」

 

 

毛布の中に、いるはずの人間がいない。ノクトを寝かせたまま、どこか外へ行くような少女ではない。

 

首を傾げてうーんと唸る。神隠しにあったりとか、宇宙人にさらわれたというオチはないと思う。となると、昨日の夜に何かあったはずだ。ノクトはまだ真新しいはずの記憶を掘り返す。

 

あ、と思わず口に出てしまった。

 

そうだ、確かあの日の夜は──────

 

 

『どしたルイズ、寝れないのか?』

 

『うん·······なんだか·······』

 

『お前、なんか様子がおかしくねぇか?』

 

『ううん、大丈夫。ねえ、ノクト?』

 

『ん?』

 

『私、今からシエスタの所へ行ってもいいかな?』

 

『へ·······? なんで?』 

 

『わからない。でも何故か行かなきゃ行けない気がするの。ね? お願い』

 

『はあ·······ま、まあいいんじゃねぇのか』 

 

『ありがと』

 

 

──────みたいな事があったはず。

 

シエスタの所へ行った事を思い出したノクトは、どうするべきか悩んだ。

 

 

(まあシエスタならなんとかしてくれるだろ)

 

 

しかし、思いの外早く結論にたどり着いた。

 

青年は全てをメイドに任せて、空かした腹を埋める為、食堂へと向かった。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「う·······んぅ」

 

 

ほぼ同時刻、同じように朝の日差しを浴びたシエスタは、意識を現実へと戻した。

 

しかし、昨日の疲労が拭いきれないのか目を開こうとはしない。趣味が昼寝の彼女は、時折そうやって寝過ごす日が多々あった。

 

後数分·······とお決まりの言葉を自分に言い聞かせ、再び夢の中に入り込もうと寝返る。

 

 

「·······すう·······」

 

 

その頬に、かすかな吐息がかかる。不思議な事に甘く、いい匂いであった。

 

 

「え? あ、れ?」

 

 

小さいが、ここは自分のベッドである。それならば誰かが紛れ込んだのだろうか?

 

誰だろ、と思いながら仕方なく目を開けてみると、ネグリジェ姿のルイズが隣に寝ていた。それも、吐息のかかるほどに近い場所で。

 

普段とは違う。

 

繊細可憐な、安らいだ寝顔がそこにはあった。

 

 

「へ·······?」

 

 

予想外の人物に、しばらく呆然と見つめた。疑問と驚きが彼女の思考を妨げる。

 

 

「う、んぅ·······」

 

 

すると、シエスタの視線に気付いたのか、目を覚ました。虚ろな瞳はしかし、何の迷いもなくシエスタを向いていた。

 

 

「「·······」」

 

 

エレベーターに二人っきりで閉じこめられたような気まずい雰囲気が場を支配する。

 

耐えきれなかったのか、シエスタが口を開いた。

 

 

「えっと·······おはよう、ございます?」

 

「おはよ」

 

 

寝た状態で、とりあえず挨拶をする。そんなシエスタにルイズも返事をしたが、なぜか顔を赤らめた。

 

また沈黙が支配されそうになったその時、ルイズは上半身だけ立ち上がる。乱れた髪がばさばさっとその肩に降りかかった。そして、恥ずかしがるように手をもじもじさせた。

 

つられて、シエスタも寝転んだ態勢から女の子座りへと変える。

 

 

「あのね」

 

「な、なんでしょうか?」

 

 

普段とは違う口調に、シエスタは僅かばかりの不安を抱いた。シエスタとルイズは敵対関係となっているのだ。なのに今は違う。どちらかというと、仲のいい親友みたいな感じのように、正反対のイメージが持たれる。

 

そんなシエスタの事はお構いなしに、ルイズは自分の内なる思いを伝えた。

 

 

「あのね·······私、夢を見たの·······」

 

「夢、ですか?」

 

 

コクリと頷いたルイズは続けた。

 

 

「シエスタと私が仲良く楽しく過ごしている夢」

 

 

そう言うと、ルイズは両手を使ってシエスタの手を握る。思わぬ不意打ちに、シエスタの顔も赤く染まる。

 

ドキッ、と心臓が跳ね上がった。

 

 

「え? え?」

 

「私、なんで自分の気持ちに気がつかなかったんだろう·······こんなにも近くにいたのに」

 

「あの·······ルイズさん?」

 

「手を握るだけでこんなにもドキドキするなんて·······私ったらバカね、大バカだわ」

 

 

言葉のやりとりがうまくいかないので、シエスタは困った。いつもと違う態度に、何事かと思ってしまう。

 

しかし、原因がわからない。

 

昨日の事件は、急にルイズの機嫌がよくなった為に終わったのだか、まさかそれが理由ではないはずだ。

 

と、突然ルイズがこちらに飛びかかってきた。腰に両手ががっちりと回されたので、そのまま押し倒される。

 

 

「へ? ·······へぇッ!?」

 

 

自分に覆いかぶさるルイズを見上げているシエスタは、カチコチに凍り付いている。

 

 

「えっと、あの·······ええッ!?」

 

 

何を言えばいいのかわからない。ルイズとシエスタの距離は、目と鼻の先であった。

 

 

「私·······()()()()()()()()()()()()()·······」

 

「な、何を言って」

 

 

ルイズがそう言うと、顔を近づける。

 

否、顔のもっと細かい場所。そう、『唇』である。

 

ハッと気付くシエスタ。逃げようとするが、なにせルイズが馬乗りとなっているのだ。どうしようもない。

 

 

「あ、あの。ルイズさん!? ちょ、ちょっと·······あ·······待って·······んあっ·······んちゅ·······」

 

 

シエスタの努力も空しく、二人は唇を重ねた。

 

そして、それ以上の事も。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「助けてくださいノクトさん!!」

 

「·······いきなりだな」

 

 

腰に抱きついてきたシエスタは涙を流しながら、ノクトに助けを求めてきた。

 

 

「ミス・ヴァリエールの様子がおかしんです! まだ唇と唇を重ねるだけなら許せますよ!? なのにあの人私の口を───────して、───────もして、挙げ句の果てには───────とかだったり、やたらと表現に困ることまでしてきたんですよッ!?」

 

「何? 今さっき何て言ったの?」

 

 

シエスタが涙目になりながら必死にノクトに訴えた。全てシエスタに任せてしまったノクトだからこそ、苦笑いを浮かべる。

 

時刻は昼間、ノクトとシエスタは再びヴェストリの広場にいた。

 

あの後、トイレと偽って脱出をはかったシエスタは、ノクトと再び出会う事ができた。そして今まで起こった状況を一から、わかりやすく説明をする。

 

最も、

 

 

「うぅ·······もうお嫁さんにいけない·······」

 

(·······何したんだルイズの奴)

 

 

どこまで何をやったのかはわからない。

 

しゅんとうなだれる。ここまで落ち込まれると、なんとかしなければならないと思えてくる。

 

 

「あー、えっと。ルイズがどうしておかしくなったか、だよな」

 

「それについてなんですけど·······一つ心当たりが」

 

 

シエスタは思い出すかのように応えた。

 

 

「心をどうにかしてしまう魔法の薬があるって聞いたことがあるんですけど、それじゃないんでしょうか?」

 

「魔法の薬·······ねえ」

 

 

典型的な漫画等のお決まりの展開を出されたノクトは、胡散臭そうな目つきでシエスタを見る。

 

 

「わ、私だって噂で聞いただけですし·······でも、あったとしてもミス・ヴァリエールがそんなの飲むわけがないし·······」

 

 

シエスタの顔がみるみる内に赤く染まっていく。まあここで疑いをかけても仕方ない。とりあえずノクトはそれがある物だとして昨日の一件を思い出す。

 

その時だった。

 

シエスタの背後で、ルイズが睨みつけていた。その目はまるで獲物を逃がさないようにぎらりと光り輝いている。

 

タチサラナイトコロスと言外に宣告され、ノクトは体を震わせる。

 

 

「あー、えっと。ちょっと用事思い出したから先に行くな。何かあったらまた相談に乗るからー」

 

「え? あ、はい、わかりました·······」

 

 

命の危険を感じた弱者は、強者の言うことを聞かなければならない。ノクトは成す術なくシエスタから離れた。

 

直後、シエスタの悲鳴が聞こえたような気がした。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「悪いシエスタ·······いつか絶対に救いだして見せるから」

 

 

ノクトは一人、見捨てたシエスタに対して謝った。彼女がここにいたならば、おそらく拳一つは飛んできそうだ。

 

 

「つっても、どうすっかな」

 

 

魔法薬であるならば、それを作った奴が確実にいる。おそらくあれは、洗脳的な要素があるので、それを解くための薬が必要だろう。

 

 

(つか、二人で何してんだろうなぁ·······)

 

 

青年は少しの間、現実から離れ、夢物語に没頭した。

 

果たしてどこまでやったのだろうか? R15指定のところまで行ってしまったのだろうか?

 

思えば思う程膨らむ想像力。しかし、突如シエスタが涙目となって訴える姿が頭に入る。シエスタもルイズも、本来求めてはいない姿なのだ。このままでは、やはりよくない。

 

何かあったら相談に乗る、と自分が言ったのだからなんとかする必要性がある。

 

 

(とりあえず、怪しいといえば昨日の『アレ』だよな·······)

 

 

昨日ルイズの態度が一変したのは、ギーシュ達がいる部屋に入ってからだ。

 

そして、さらに詳しい部分を言うならば、あの『ワイン』。

 

魔法薬と謂えばたいてい飲み物に入れる、というのはノクトの中での常識である。となると、ますます怪しくなっていくのが彼ら。

 

ノクトは真相を確かめるベく、ギーシュと一緒にいたその女の子を捜す事にした。

 

時刻は昼間。

 

まだ食堂にいるだろうと踏み、そこへと向かった。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

ノクトの予測は当たり、ギーシュ達がちょうど食堂から出たところを彼は発見した。

 

慌てて逃がすまいと思った手は、女の子の腕を握る。ぶっきらぼうに掴んだので、女の子はキャッ!? と小さい悲鳴を上げた。

 

 

「おい! ノクティス!! 僕の“モンモランシー”に何をするんだね!?」

 

 

ノクトの存在に気付いたギーシュは、女の子の身を案じて声を少し大きくする。

 

ノクトはそんなギーシュに、

 

 

「ああ、こいつモンモランシーって言うのか」

 

 

と納得した様子で返事をした。

 

 

「何を言っているんだね君は! 早くモンモランシーから手を離したまえ!!」

 

「わーってるよ」

 

 

目的を果たしたその手は、モンモランシーの腕から離れる。

 

しかし、モンモランシーは顔を蒼白して黙り込んでいる。まるで、指名手配犯が警察に職務質問された時のような顔だ。

 

 

「それで、だ。アンタに聞きたいことがある」

 

「な·······何よ?」

 

「ルイズが昨日の一件で豹変しちまったんだが、何か心当たりはないか?」

 

 

そう言うと、ギーシュが会話に介入してきた。

 

 

「ルイズが? 一体どうしたんだ?」

 

「まあ簡単に言えばシエスタに惚れちまったんだ。明らかにおかしいだろ?」

 

「シエスタって、君が仲良くしているあのメイドかい? 確かにそれはルイズらしくないような·······」

 

 

ふむ、とギーシュは考え込む。

 

 

「·······モンモランシーだっけか? アンタなら何か知ってるんじゃねぇのか?」

 

 

今までの会話に参加していないのに不思議に思い、ノクトは声をかけてみた。

 

モンモランシーは突然話を振られた為か、肩をびくっと震わせた。

 

 

「えっと·······その·······」

 

「アンタの部屋に置いてあったワインを飲んでから、うちの主人はおかしくなったんだが·······」

 

「あれは僕が持ってきたワインだ! 怪しいものは何にも入れていないぞッ!!」

 

 

モンモランシーに疑いをかけているのに気付いたのか、ギーシュが間に割って入る。ノクトは、彼の言葉は真実であると確信を得た。

 

しかし、確信を得たからといって、モンモランシーの疑いが晴れるという事はない。

 

 

「いや、けどさ、ギーシュが持ってきたワインに細工することぐらいはできんだろ? 例えばそう、『魔法の薬』とかで」

 

「何を言ってるんだい! モンモランシーがそんなことをするわけがないだろう!?」

 

 

なあ! と威勢よくモンモランシーに同意の言葉を求めた。

 

 

「·······」

 

 

しかし、モンモランシーは唇を噛み、居心地が悪いかのように冷や汗を額から垂らしている。

 

これは明らかに·······。

 

 

「モ、モンモランシー? ま、まさか·······ッ!?」

 

「わ、私は関係ないわ! あの子が勝手に飲んだのよ!」

 

 

二人の視線に耐え切れず、モンモランシーは声を荒げた。

 

 

「だ、大体ッ!! アンタが悪いのよッ!!」

 

 

そう言いギーシュを指差す。ただ差すだけでは物足りないのか、彼の頬をぐいぐいと押し付ける。

 

一言でいうなら、それは逆ギレ。

 

ノクトは呆然と二人のやりとりを見つめた。

 

 

「アンタがいっつも浮気するからッ!! しょーがないでしょッ!!」

 

「な、何を言ってるんだいモンモランシー、僕は君以外の女性には目に入らないよ!」

 

「あら? 裸のお姫さまが飛んでる」

 

「え? どこ!? どこどこ!? ·······あ」

 

「やっぱりッ!! この嘘つき! 何度言えばわかるのよぉぉぉぉぉおッ!!」

 

 

こめかみに血管を浮かばせて、ギーシュの首を力強く絞める。

 

ぐ、死ぬ·······と、本当にあの世へ逝きそうになるので、ノクトはそこでようやくモンモランシーを止めた。

 

 

「落ち着けって。つか、話を戻さしてくれ」

 

「何よ! 邪魔しないでッ!!」

 

 

不満げな表情でキッと睨みつける。なんだかこちらが悪いように感じてしまい、困ったように頬をポリポリと搔いた。

 

 

「いやまあ、もうギーシュが悪いのはわかったからさ、一体あのワインに何を入れたんだ?」

 

 

ここまでくれば、並大抵の人間なら何を入れたかはわかるだろう。魔法漫画なら必ずといっていい程出てくるキーアイテム。

 

モンモランシーはちらっとギーシュの方を見ると頬を赤く染める。どうやら彼の前で言うべきなのかどうか悩んでいる様子だ。

 

そんな複雑な乙女心など全く理解していないギーシュとノクトは、ただただ見つめている。

 

二人の視線に再び耐えきれず、モンモランシーは顔を少しだけ伏せて小さく答えた。

 

 

「ほ·······()()()()

 

「·······やっぱり」

 

 

と、額に手を当てて呆れているノクトを他所に、ギーシュは驚きの声で復唱した。

 

 

「ほ、惚れ薬ぃ!?」

 

「シッ、声が大きいわッ!!」

 

 

慌ててギーシュの口を塞ぎ、周りをキョロキョロと見渡す。

 

幸いな事に、誰もいない。

 

ほっ、と安堵の息を吐き出すと手をギーシュの口から離してこう言った。

 

 

「アレ一応『禁則の品』なんだから·······」

 

「そんな物を学院に持ち込むなよッ!?」

 

 

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