ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第3章

 

 

「································おい」

 

「何よ、あんたが悪いんでしょ。主人の元から逃げるなんて、普通なら死刑よ死刑」

 

「脱走兵じゃねぇんだから罪もっと軽くしろよ。ついでにこれも······················ていうか、俺に対してこんなことをしていることの方が罪が重いわ」

 

「? なんか言った?」

 

「別に···········んなことよりこれ、外してくれよ」

 

 

ノクトに素敵なアクセサリーがつけられております。

南京錠付きのとても丈夫な革製のペット用チョーカーには、それ以上に頑丈な鎖が近くの柱に繋がれております。その首輪はグリフォンだろうが、ドラゴンだろうが幻獣神獣全部含めて簡単に引きちぎることは不可能です。愛するペットのためにつくられた特注品のようです。ペットが近くにいる、もう逃がさないぞというペット想いの強さが伝わってきますね。ご主人に仕える者がちゃんと目の前にいる、ただそれだけで安心感を覚える。そんな気がしませんか?

 

貴族のルイズがもう逃げられないようにとつけられた首輪は、王族であるノクトを不満にさせる。

 

自分の国だったら絶対ルイズの方が悪いってことになるが、あいにくここは別世界。自分の常識やルールは一切通用しないことがわかって、かつてあった怒りはもうすでに消え去っていた。

 

 

「ダメ。それ外したらまたあんた逃げ出すでしょ」

 

「もう逃げねぇよ······················どこ行ったって帰れねぇってことわかったし」

 

「? 何それ、どういうこと?」

 

「······················」

 

 

ノクトはその声に応答せず、ただ空に浮かぶ二つの月をじっと見つめていた。そんなノクトを、夜食のパンを握りつつ怪訝な目をしながらルイズがこちらを見ている。

 

二人はテーブルを挟んだ椅子に腰掛けている(一方は絶賛鎖首輪で拘束中)。

 

だが今のノクトにはそんなのどうでも良かった。夜空に浮かぶ月、鼻孔をくすぐる草原とアンティークな部屋の香り。どれもこれもノクトには縁もないものだった。自分は鉄筋機構が埋め込まれた都会の中で育った。さっきあの気障な野郎に空中に浮かばされた時、ほんのちょっとだけ壁の向こうが見えた。壁の向こうにあったのはビルでもなくコンクリートで出来た道路でもなく、どこまで行っても果てしない草原が広がっていた。

 

その事実が、さっきまであった希望を粉々に打ち砕いた。ノクトは二つの月を見ながら絶望的な事実を思う。

 

 

(·········これから俺、どうすりゃ良いんだ···········)

 

 

彼は一度死んだこともあり、ただ死人のようにぐったりしながら、空に浮かぶ月を眺めている。

 

もう、帰る場所は無い。

 

帰ろうにもここは異世界だ。それはこの城と、空に浮かぶ二つの月が証明している。

 

 

何より自分は、死んでいる。

 

 

死んだ人間が元の世界に帰れば大混乱になる。闇を祓うために命を捧げた王子が生き返って戻ってきたなんてことになったら民の皆はどう思うのだろうか。喜ばれるか、もしくは怖がれるか。自分の世界には『シガイ』と呼ばれる化物がいる。『シガイ』は夜のうちしか行動できず、洞窟内とか常に太陽光が当たらない場所で生息している。

 

そしてその正体は、『人間』。原因は、『寄生虫』。

 

寄生虫が人間に寄生した結果、耐えられなくなった人間は死に、寄生虫に体を奪われて怪物の姿へと変貌する。言うなれば、死んだ人間の成れの果て。ノクトはそうでないかもしれないが、死んだ人間が姿を現せばシガイと思われる可能性は高い。そんな自分に帰る資格があるのか、そもそもみんなは受け入れてくれるのか。

 

というか、だ。

 

帰る場所もなければ、その手段もないし手がかりもない。まさに八方塞がりの状態の中だ。ここで笑う事ができれば少しは気が紛れるのだろうが、生憎今はそんな気分ではなかった。戦いの最中、そのまま玉座へと向かったノクトはそこでそのまま命を捧げた。それでどういうわけか、ルイズという自称貴族の少女にここに召喚されたので、今のノクトには何もない。

 

 

························いや、正確にはあった。

 

 

「·······································」

 

 

ノクトは無言で胸に手を置く。

確かにそこにはある。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。前にルイズは自分がここに呼び出された時、ノクトの体から数本の剣が生えたと言っていた。しかも瞳の色を真っ赤にして、だ。

 

つまりノクトには残されているのだ、『()()()()()()()()』が。

 

これだけが、自分が持っているただ一つの所有物だった。

 

 

「·················」

 

「な、何よ?」

 

 

ノクトはまたもや無言でルイズの顔を見つめる。

すると、彼女はどこか警戒したような声をノクトに返す。

 

彼女は自分を召喚した少女。

 

悪く言えば自分をこんな世界に召喚した元凶。面倒なことになってしまった上に、自分はご主人様だ、そしてあなたは私の僕なのだから黙っていうことを聞きなさいと言ってきている災厄。平民を使い魔にするなんて聞いたことがない、馬鹿げてるわなんて言っていたが、こちらからすれば王族が貴族に仕えるなんてことの方が聞いたこともないし馬鹿げてやがる。

 

だがよく言えば、彼女は命の恩人だった。視点を変えれば彼女は、命が尽きるノクトを別の世界に転生させて命を救ったのだ。死者の国であいつを倒した自分はあのまま消えるはずだった。もう見ることのない朝日を見ることができた。

 

つまり、結果はどうあれ自分の命は彼女に救われたのだ。

 

 

「··································」

 

 

今の自分をもう一度振り返ってみよう。

 

自分は死んでいる。死んだ身として扱われている。ルシス王国の次期国王は亡くなられた。そんな奴が元の世界に帰ったらどう見られるか。シガイとして見られるか、受け入れてくれるのか、それはわからない。何より帰る手段がない。帰り方もわからないまま、元の世界のことなど考えてもいい考えが出てこない。

 

そして、今自分が置かれている状況。

 

今自分は異世界に来ている。ここではノクトはただの一般人。悔しくも、自分のご先祖様の兄上様と同じ状況に陥っている。自分は確かに王だが、ここではその肩書きはなんの意味もなさない。城もない、家来もいない、忠誠を誓ってくれる民たちもいない。王権を剥奪されたわけではないが、なんの意味もなさない王権などただの一般人と変わらない。

 

果たして、死んだ王に自分は王子だという資格はあるのだろうか?

 

プライドだとか、そういう問題じゃない。現実的に、自分はもう王子ではないのだ。

 

 

「·································」

 

 

頭が回らない。

先程までの怒りが、全て冷めてしまった。自分はこの子よりも階級はない。

 

大きく重たいため息をつき、左手の甲を見る。そこには契約のときに刻まれたルーンがある。このルーンが使い魔の証。見方を変えれば足枷、別の視点で言えば恩人の烙印。

 

帰る場所もない、手段もない。故に居場所もない、何もない。

 

そう考えたノクトは、やがて諦めたように肩をすくめて、

 

 

「····························なぁ、ルイズ··············だっけ?」

 

「? 何よ?」

 

 

彼女の顔を見据える。

 

空気が変わってしまったノクトにルイズは少々引いてしまうが、ノクトは構わず続ける。

 

元凶に、恩人に、ノクトは言った。

 

 

 

「··························使い魔って、具体的に何すんだ?」

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「··········································!?」

 

 

するとその言葉がよほど予想外だったのか、ルイズは目を丸くして、

 

 

「ど、どうしたのよいきなり」

 

「いや、元の世··················元いた場所に帰れねぇってわかった以上、残ってるのはお前の言う使い魔ってのになるしかねぇなって思って」

 

「? どういうことよ?」

 

 

使い魔になってくれるという事実にホッとする反面、この局面でいきなり使い魔になると言い出して来たノクトにルイズは怪訝な顔になる。

 

 

「言った通りだよ。俺にはもう帰る場所すらねぇんだ」

 

「い、いきなりどうしたのよ!? さっきまであんたそんなキャラじゃなかったでしょう!?」

 

「じゃ、気が変わったって言えばいいか? お前が最初嫌だったように、諦めてお前の使い魔になるって言えば都合がいいのか?」

 

「!?」

 

「俺のことが嫌なら別に追い出しゃいい。でも一応、俺の意思だけは伝えとこうと思ってな················」

 

 

ルイズの表情が変わった。

つい先程までの青年の怒り狂った感情が一切なくなっていた。

 

彼にあるのは、無。

 

あるのはご先祖様のお守りのみ、ならば、彼女の使い魔になって彼女の世話をするのも悪くはない。この世界で死んだとしてもそれならそれで構わない。誰も悲しまないし、どうせすぐに忘れられる。ここでは後世に名を残すようなことをやったわけでもないし、シガイとか、世界が闇に覆われたわけでもない。自分はこの世界では何も持たない、役に立たない、ただの人間。死んだところで世界は変わらない。ノクトがこんなにも自分の命に無頓着に見えるのは、喪失感のせいというのが大きい。

 

ノクトが心に負った傷は深い。何もなくなったことによって引き起こされた自暴自棄というのもあるかもしれない。

 

そんな自分に唯一あるものは、彼女の僕になること。ただそれだけだ。選択肢が限られてしまっている以上、自分が選べるものはこれしかない

 

 

「········································」

 

 

一方ルイズは、しばらくの間ポカンと口を大きく開けて唖然としていたが、ノクトが自分から使い魔になると言い出したせいか、打って変わって無い胸を張りながらふんと鼻を鳴らした。

 

 

「じ、自分から言い出すとは殊勝な心がけね。良いわ、教えてあげる!」

 

 

やっと私のターン!!

歓喜に包まれたルイズは勢いよく立ち上がってノクトに説明をし始めた。

 

 

「まず使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ」

 

「····························そりゃつまり、俺が見ているものをお前も見る事ができるってわけか?」

 

「そういう事。でも、あんたじゃ無理みたいね。私、何にも見えないもん!」

 

「あっそう」

 

「それから、使い魔は主人の望む物を見つけてくるのよ。例えば秘薬とかね」

 

「秘薬って··············具体的にどんな?」

 

「特定の魔法を使う時に使用する触媒よ。硫黄とか、コケとか····························でもあんたじゃ無理そうね。秘薬の存在すら知らないのに」

 

「まぁ、見た目とか特徴がわかれば普通に取ってこれるぞ。つっても、大体のものは店とかで買えんじゃねぇの? 知らねぇけど」

 

「使い魔が見つけてこなきゃ意味がないの!! ま、そこは別に期待してなかったから気にしてないけどねっ!!」

 

 

ルイズは苛立たしそうに言葉を続けた。

 

 

「そしてこれが一番なんだけど····················使い魔は、主人を護る存在であるのよ! その能力で、主人を敵から護るのが一番の役目! でも、あんたじゃ無理そうね··········弱そうだし、そこらへんにいる小型の動物にも負けそう」

 

 

ここでルイズはノクトをまじまじと見つめた。

自分とそう変わらない年齢差に締まりのない表情、風貌からして見ても、ルイズの想像する『どんな苦境からも守ってくれそうな戦士』には到底見えなかった。

 

そんな失礼なことを考えているルイズに対してノクトは、

 

 

「いや、そうでもねぇぞ?」

 

「え?」

 

「これでも腕っ節には自信があるし、なんならこの学園にいるやつの中では俺が一番強いかもな」

 

「························あんた、頭大丈夫? 平民が貴族に勝てるわけないでしょう?」

 

 

つい先程この世界について聞いたが、どうやらここは魔法が発達した魔法国家のようであった。

全く事情が飲み込めなかったノクトに、ルイズは面倒臭そうに説明してくれた。魔法が使えるものは地位が高いものしかおらず、神からの授かりものということで使えるものは神に愛されたものとして扱われ、貴族としての地位を確立する。

 

魔法が使えないものはただの一般人、つまり平民として扱われる。

 

第三者から見れば、ノクトはただの一般人。故に、魔法が使える貴族を相手にすれば即死ぬだろう。

 

なんてことを思うが、ノクトは自信満々にフッと鼻で笑って、

 

 

「やってみねぇとわかんねぇぞ? まあ、決闘とか襲撃とかそんなことが起きない限り、『この力』に頼ることはなさそうだけどな」

 

 

そう言ってノクトは胸に手を当てる。

 

その動作になんの意味があるのかわからなかったルイズは平民の戯言だと思ってあ〜はいはいそうですかと聞き流した。平民がメイジにかなうはずない。幻獣とかなら並大抵の敵には負けないけど、こんな奴のどこにそんな力があるのかわからなかった。

 

だが実際、ノクトは相当強い。

 

何故なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()。戦い方次第ではグリフォンやドラゴンすらも超える存在なのだ。

 

しかし、そんな事をルイズが知っているはずが無く、

 

 

「ま、だからあんたにできそうな事をやらせてあげる。洗濯。掃除。その他雑用」

 

「は?」

 

「それくらいのことはできるでしょ? 使い魔なんだからご主人の命令は絶対!!」

 

「································まじで?」

 

「何よ! 不満でもあるっていうの!? 言っとくけど、もしできないとか抜かすんだったらご飯抜きだからね!!」

 

「·······································はい」

 

「わかればよろしい··························ふぁ~あ、喋ったら眠くなっちゃったわ」

 

 

そう言ってルイズはあくびをした。

時間はもう深夜といったところ、夜風が窓から侵入し、外には満点の星空が広がっている。都会のルシスでは見れない光景に、ノクトは思わず見とれてしまう。

 

で、だ。

 

 

「俺はどこで寝りゃいいんだ?」

 

「もちろん、そこ」

 

 

ルイズは床を指差した。

 

先程ノクトが気絶した際に寝ていた藁の上で寝ろということらしい。

 

 

「··························ま、藁があるだけマシだな」

 

「?」

 

 

文句の一つでも飛んでくると思ったが、意外と素直にノクトは受け入れた。

 

まぁベッドは一つしかないからしょうがないかと諦めたのもあったし、何より、ずっと外で過ごしてきたこともあってかこういうのは慣れっこだ。寝袋で寝たとしても、テントの底にたまに石があって寝転ぶだけで痛かったのもあったし、柔らかい地面だけでもまだマシだった。

 

 

「でもせめて何かかけるものくらいくれよ。風邪ひくわ」

 

「まぁ、それくらいならくれてやるわ」

 

 

毛布を一枚投げてよこしてくれたので、さらにマシになりそうである。

それからルイズはブラウスのボタンに手を掛け、一個ずつボタンを外していく。

 

 

「!? お、お前、また!?」

 

「?」

 

 

すると下着が露わになったので、さすがのノクトも慌てて声を上げた。

 

一回だけでなく二度までも、なんなのこいつ。恥じらいもなく男がいる前で平然と脱ぐなんて、脱ぎ癖でもあんのか!?

 

しかし、きょとんとした声で、ルイズが言った。

 

 

「寝るから、着替えるのよ」

 

「い、いやそういう問題じゃねぇし! いくら何でも男の前で着替えるのはおかしいだろ!?」

 

「男? 誰が? あんたはただの使い魔でしょうが」

 

「はぁ?」

 

「使い魔に見られたって、何とも思わないわ」

 

「······················マジないわっ!」

 

 

どうやら本当に犬か猫扱いらしい。

男として認識していないどころか、人間扱いもされていないという事実は、ノクトのプライドを大きく傷つけた。王族であった自分のプライドがもはやゴミのように思えてきた。

 

そんなノクトの前に、ぱさぱさっと何かが飛んできて、何だと思いながらそれを取り上げる。

 

下着でした。

 

 

「じゃあこれ、明日になったら洗濯しといて。あとちゃんと朝になったら起こすのよ、いいわね」

 

「じゃあって····················いや、その前にこれ外せよ!!」

 

「ちゃんとやったら外してあげる」

 

 

レースの付いたキャミソールに、パンツだった。白く、精巧で緻密な作りをしている。女性の下着に顔を赤くするものの、ノクトはそれらを床に置いてこの首輪を外すように要求する。

 

しかし、聞き入れてくれなかった。

 

その後、ルイズがぱちんと指を弾くとランプの明かりが消えた。どうやらランプまで魔法らしい。

 

 

「····························はぁ、マジないわ」

 

 

負の感情が篭った息を重たく吐くも、ようやく平穏を取り戻した室内にノクトは渋々床に寝転がる。実のところ彼もまた疲労困憊していた、一日の間にあまりに多くのことが身に起きすぎたのだ。

 

魔法が発達した国、ハルケギニア大陸。トリステイン。魔法に使い魔。二つの月。

 

そして、転生。

 

 

「························································」

 

 

ルシス王国に戻れる日は来るのだろうか。

 

もし戻ったとして、みんなは受け入れてくれるのだろうか、そんな不安はあるが今は目の前の状況を打破しなくてはならないことは確かだ。

 

 

「国も帰る場所もねぇ王子が貴族の召使いになるとか··················ハッ、馬鹿げてるよな」

 

 

そう呟き静かに目を閉じる。同時に猛烈な睡魔が襲ってきた。

 

今頃、向こうは自分が死んだことで大騒ぎでもしているのだろうか、そして、無事に朝を取り戻すことはできたんだろうか。今もなお必死で国の復興の為に動いている彼等の姿が容易に想像出来るだけに、少し罪悪感に苛まれた。

 

 

(悪いな······················グラディオ、プロンプト、イグニス)

 

 

 

約束守れなくて───

 

 

 

そう口にして、そのまま睡魔に身を任せるように深い眠りに落ちて行った。

 

 

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