ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第42章

 

 

「ふう、できたわよ! しっかし疲れたわぁ·······」

 

 

モンモランシーは額の汗を拭き、椅子の背もたれに体を預けた。もう動く事さえも嫌なようである。

 

トリステイン魔法学院の女子棟の一室で今、解除薬が完成された。テーブルの上にはそれが入ってる壺が置いてある。

 

 

「おーお疲れ様。んじゃあ、こいつをルイズに飲ませればいいんだな?」

 

「ええ、そうよ」

 

「あー、それなんだが·······アンタに頼んでいいか?」

 

「えー、なんで? いやよ。もう私疲れたわ·······」

 

 

モンモランシーはめんどくさそうに否定する。もう自分の役目は終えた、そう言いたいようだ。

 

そんなモンモランシーにノクトは後生の頼みを行う。

 

 

「頼むって! つか俺があの部屋に入ると、その瞬間にルイズにボコボコにされちまうんだ!」

 

「·······」

 

 

両手を前に合わせて、これでもかと言うぐらい頭を下げる。

 

ここまで言われると、断る事は逆にできない。モンモランシーは深いため息を吐き、重たそうな体を仕方なく立ち上げた。

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

「んあっ········んちゅっ·······」

 

「んふぅ·······むちゅ·······ぷは! あの、ミス・ヴァリエール、もうこれ以上は·······んんっ!!」

 

「はむっ·······れろっ·······んちゅ·······ぷはぁ·······いいじゃない。別に減るもんじゃないし·······それに私、あなたのことを愛してるのよ」

 

「はぁ·······はぁ·······だからってこういうのは······んんんっ!!」

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

「ねぇ········あそこに入れっていうの?」

 

「········まあ」

 

 

モンモランシーはこっそり開いた扉の隙間から二人の様子を眺め、冷や汗を垂らしながら恐る恐るノクトに聞いてみる。ただノクトもまた、これにはどう答えればいいかわからない。

 

一日中シエスタはルイズにずっと襲われ続けて、もはや限界を超えていた。

 

ここまで来ると、ある意味恐怖が感じる。異次元の空間とリンクしているような錯覚を覚えた。

 

しかし、何とかしなければならないのもまた事実。むしろ、より義務感が重くのしかかってきたようだ。

 

 

「いやでも入らなきゃダメ·······だろ。つか、こうなったのはお前が原因なんだから最後まで責任とってくれよ!」

 

「そ、そりゃ私だってそう思ったけど·······あそこに入るのはちょっと·······無理、だわ·······」

 

「いやまあわかるけど。確かにあんなR-15みたいなことしてたら入りにくいのはわかるけど·······」

 

 

モンモランシーが嫌がる理由もわかる。誰だってあそこに突入する勇者(バカ)はいない。

 

何か方法はないだろうか? と考えるノクトにいいアイディアが思いついた。

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

「し、失礼するわよ」

 

 

二人だけの空間に、第三者の声が侵入してくる。ルイズとシエスタは何事かと思い、扉の方に視線を向けた。

 

そこには、ワインと二つのグラスを乗せてあるお椀を持ったモンモランシーの姿であった。

 

 

「なによ?」

 

 

ルイズが不機嫌そうに訊ねる。もとよりこの二人の仲はあまりよろしくない。大方邪魔しにきたのだろうと判断したのだ。

 

 

「え、えぇと。お二人のためにワインを持ってきたんだけど。よかったら、一回お休みするために一杯いかが?」

 

「はぁ·······はぁ·······ありがとう·······ございます」

 

 

シエスタが息を乱しながらベッドに仰向けに倒れる。もう限界だったらしい、これ以上やっていたら、シエスタは二度と戻ってこれない世界へと足を踏み入れるところだったに違いない。

 

 

「·······」

 

 

対してルイズは鋭い目付きでモンモランシーを見つめている。

 

怪しい。

 

あのモンモランシーが素直に自分達にワインを献上するなんて、みんなが虚無の系統を扱えるようになるぐらい怪しい。

 

 

「ふん! モンモランシーの持ってきたワインなんか飲みたくないわ!」

 

「で、でもラ・ヴァリエール嬢。せっかく持ってきて頂いたのだから貰いましょうよ!」

 

 

二人の事情を知らないシエスタは、やはりと言うべきかモンモランシー側につく。自分達のためにワインを持ってきてくれた人を追い返すのは、普通失礼であるからだ。

 

ルイズはうっ·······と言葉に詰まらせる。愛しているシエスタにそう言われてしまったら、反論の言葉も出なくなる。

 

 

「わ、わかったわよ! 早く渡しなさい!」

 

 

モンモランシーはニッコリと笑みを浮かべると、慣れた手つきでグラスにワインを注ぎ、ルイズとシエスタに渡す。

 

 

「シエスタ」

 

「は、はい·······ッ!!」

 

「二人の愛に、乾杯」

 

 

本当の恋人だと思ってしまう台詞を吐いて、二人は一気に飲み干した。

 

『さて、どうなるかしらね·······』と呟くモンモランシーの目の前で、ひっくとルイズは一つしゃっくりをした。

 

そして。

 

··················································································································································································································。

 

 

「········ほえ?」

 

 

取り憑いていた悪魔がルイズから去ったように、いつもの普通な表情へと変わる。

 

そして。

 

そして。

 

なにかを思い出すようにギギギと人形のように首だけゆっくりと回して、シエスタを見る。

 

首を傾げるシエスタに、ルイズは顔を真っ赤に爆発した。

 

 

「~~~ッッッ!!!!!」

 

 

ルイズはもう一度ギギギと首だけ動かしてモンモランシーの方を見る。

 

否、その先で小さな隙間からこちらを覗いている人物──────もといノクティス・ルシス・チェラムであった。

 

その姿を捉えた瞬間、ご主人様のその口の端が、にへら、と不気味に笑って、

 

 

「·······ノクトォ?」

 

 

ビクッ、とノクトの体が震える。

 

おかしい、どんなに注意深く監視したとしても目しか見られないはず。なんで自分だとわかる事ができるのだろうか?

 

と、ルイズが何やら口を動かしている。

 

しかし、声は聞こえてこない。おそらく口パクか小声なのだろう。読唇術は専門外だが、ノクトは何回も繰り返すルイズの口パクを必死に読み取ろうとする。

 

 

(えっと·······『ぶ・ち・こ・ろ・す・わ・よ』·······?)

 

 

瞬間、ノクトはシフトを全力で駆使して逃げた。

 

 

「ああ! クソッ!! わかってた、わかってたよこうなることぐらい!! けどなんで俺が殺されなきゃいけねぇんだよッ!!」

 

「さあ? 自分の胸に聞いてみれば?」

 

 

背後からありえない速度で迫ってきて、既にノクトの隣にいたルイズが低い声で囁いた。

 

数秒後、ノクトの絶叫がこの女子棟に響き渡った。

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

もはやお馴染みとなったヴェストリの広場のベンチに、殺人未遂のルイズとその被害者であるノクトがいた。

 

パッと見たら、重傷人だと勘違いされるかもしれないほどぐったりと、ノクトは横たわっていた。

 

その隣には、暴れ回って疲れたのか落ち着いたのかはわからないが、ルイズがちょこんと座り、未だに頬を染めて口を尖らせていた。

 

二つの月の光が彼らを照らす。

 

長い長い沈黙を破ったのはルイズであった。

 

 

「あ、あれは薬のせいなんだからねッ! そ、そそそ、そりゃメイドの事は嫌いじゃないけど·······あ、あああ、ああいう好きじゃないんだからッ!」

 

「·······いや、もうわかってるから·······」

 

 

と青年は静かに答える。

 

 

「だ、大体! 何で早く治そうとしないのよ! おかげでメイドとあ、あ、あんな──────ッ!!」

 

「解除薬の材料が足りなかったんだよ。だからちょっくら出かけてきたんだ」

 

 

思い出させる前に、青年は少女の質問に答えた。

 

へ·······? と少女は首を傾げる。

 

しかし、青年は特に気にする事なく続けた。

 

 

「ラグドリアンつったかな? そこにいる『水の精霊の涙』が必要だったから、ちょっくら行って貰いに行ってたんだ」

 

「み、水の精霊に会ってきたの!? それで『水の精霊の涙』まで手に入れたの!?」

 

「まぁモンモランシーのおかげだけどな。つかタバサとキュルケのおかげでもあるけどな」

 

 

そんな事があったとも知らず、ボコボコにしてしまった行為に少女は顔を俯かせる。

 

と、気付く。

 

青年がボロボロの姿に成れ果てているのを。

 

今までも、何回か同じような事はあったが、これだけ傷つけたのは初めてだ。罪悪感が少女の背中に伸し掛る。

 

 

「そ、そうだったの·······そ、その、だ、大丈夫·······?」

 

「ああ·······もう慣れたわ」

 

「そ、そう? ならいいわ」

 

 

まただ。なんで一言ごめんなさいと言えないのだろう?

 

不思議だった。なぜかはわからないが、今の自分の気持ちを外に出したくないのだ。『それ』を青年に、知られるだけで考えるだけで顔が赤くなっていく。

 

 

(うぅ、なにやってるの私ぃ!)

 

 

とポカポカポカーと自分の頭を叩く。なんでこういう時に素直になれないのだろう。はぁ、とやり切れない感を抱いたまま、ルイズは話を変える事にした。

 

 

「そ、それにしてもラグドリアン湖かぁ~。また行ってみたいなぁ」

 

「ん、行ったことあるのか?」

 

「えぇ、あそこはウェールズ皇太子と姫様が出会った場所なのよ。夜中に姫さまがよく散歩に行くからいつも身代わりをしてね。よくよく考えると二人はそのとき逢引をしてたのかもしれないわね」

 

 

ふーん、と適当に相槌をとり、少し寂しげな表情を浮かべているルイズを見つめた。

 

ノクトにとって、『恋愛』という言葉は自分から遠く離れた存在だと思っている。許嫁がいてその人のことが昔から好きだったノクトだったが、“ある奴”に奪われてしまって以降、ノクトは腑抜けたように落ち込み、もう二度とこの恋が叶うことはないと思っていた。

 

ルイズは話しかけにくいなー、と適当な言葉を探す為に頭を掻く。

  

すると、

 

 

「そうよ! 思い出したわ! そのウェールズ皇太子よッ!!」

 

「「ッ!?」」

 

 

背後からいきなりキュルケの大声が聞こえ、二人はビクッと体が震えた。

 

振り返ると、そこには今まで思い出せなかったもやもや感から解放されたのか、妙に喜んでいるキュルケと無表情のタバサが揃ってルイズとノクトを見ていた。

 

 

「な、なんだよいきなりッ!?」

 

「なによ! アンタ達立ち聞きしてたの!?」

 

 

二人が気がつかなかったのも仕方ない。キュルケとタバサは、以前ルイズがノクトとシエスタを見張る為に、ヴェルダンテに掘らせた穴へと隠れていたからだ。

 

 

「だって見たくなるじゃない。あんなに殴りつけた後の展開なんて、ウキウキするじゃないの!!」

 

「·······人の不幸を見て楽しむタイプかお前は·······」

 

 

ノクトは呆れているが、ルイズは何を感じたのか、途端に顔を赤く染めて顔を伏せる。

 

キュルケはそんな二人にお構いなしに、ずかずかと近づいてくる。

 

 

「そうそう。どっかで見た顔だわーって思っていたけど、ウェールズ皇太子様だったとはねー」

 

 

キュルケの頭に入っている記憶が一致した。ゲルマニアの皇帝就任式に出会った、高貴で魅力的な笑みを持つ青年、ウェールズ皇太子である。

 

満足したキュルケに、ノクトは一つの疑問が頭に浮かんだ。

 

 

「つか、どういう意味だ? ウェールズは死んだんだぞ? なんでいきなりウェールズの話題が出てくんだよ?」

 

 

そう、ウェールズ皇太子はノクト達の目の前で確かに死んだ。あれで生きていたのなら、役者顔負けの技量を持つ事になる。

 

 

「えぇ、敗戦で死んだって公布があったけど実際は生きていたのね」

 

「いや·······それはありえねぇはずだ。確かにウェールズは死んだ、それだけは間違いない·······人違いとか見間違いだったんじゃねぇの?」

 

「それはないわ。あたしがあんな色男を見間違えるはずがないわ」

 

「説得力ないんだけどそれだと」

 

 

しかし、キュルケが嘘をついてるようにも見えないし、見間違いというわけでもない。だとしたらキュルケが見たウェールズ皇太子は一体誰なんだ? と考える。

 

その時だった。

 

ノクトはある事に気付く。

 

 

「·······待てよ」

 

 

ノクトは意識せずに言葉が零れた。以前交わした水の精霊との会話が思い出される。

 

 

──────『【アンドバリの指輪】。我が共に、時を過ごした指輪』

 

──────『【水】系統の伝説のマジックアイテム。たしか、偽りの生命を死者に与えるという』

 

 

あり得なくもない。

 

可能性としてはかなり高い方だ。

 

 

──────『確か個体の一人が、こう呼ばれていた。【クロムウェル】と』

 

──────『聞き間違いじゃなければアルビオンの新皇帝の名前ね』

 

 

「·······まさか·······ッ!?」

 

 

ノクトは与えられた情報を繋ぎあわせる。ここまできたら小学生であっても理解できる問題だ。

 

ドクンッ! と心臓が跳ね上がり、ゾッと背筋が凍った。

 

 

「ノクト·······?」

 

「なぁ、キュルケ·······もし仮にお前の話が本当だったとして、お前がウェールズと会ったのはいつ、どこでだ?」

 

「えっと、あたし達とすれ違いだったから·······首都トリスタニアかしら?」

 

 

首都トリスタニア。

 

そこにウェールズ皇太子が向かう理由と言ったら、『一つ』しかない。

 

そう·······()()()()()()()

 

 

「マジかよ! クソ!! 冗談じゃねぇぞッ!!」

 

 

ノクトは絶叫し、駆け出した。事情を知らない三人は慌てる。

 

ルイズが代表者としてノクトに問う。

 

 

「いきなりどうしたのよノクトッ!」

 

「話は後だ! 今はアンリエッタ姫が危ない!」

 

「何!? どういうことそれッ!?」

 

 

そうしてる間にも距離はどんどん離されていく。ルイズ達は悩む前に、とりあえず事情を聞く為にノクトの後についていった。

 

 

 

 

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