ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第43章

 

 

「えぇ!? 姫様が拐われた!?」

 

「あくまで可能性だけど、クソッ、状況があまりにも悪すぎるぞ!」

  

 

王宮に出来るだけ早く行く為に、シルフィードに乗ったノクトはその間、同じく乗っているルイズ達に自分が考えている事を説明した。

 

クロムウェルがウェールズに偽りの命を与えたという事を。

 

ノクトの話を聞いたルイズは、顔色を変えてまだ目的地につかないかとタバサに迫る。

 

 

「ねぇタバサ! 王宮まではまだなの!?」 

 

「もうすぐ·······」

 

 

一分にも十時間にも感じられた空の旅は、タバサの一言で終わりを告げた。王宮にたどり着いた一行は、以前と同じように中庭に降り立った。

 

ノクトの予想通りと言わんばかりに辺りは騒然としている。しかし、それでも本来の職務を忘れてはいない。彼らは素早く立ち入り禁止区域に侵入してきた人間を取り囲んだ。  

 

 

「何奴!」

 

「姫さ·······いえ、女王陛下はご無事ですか!?」

 

「ええいッ!! またお前達か!? 貴様らに話すことはなにもない。早く立ち去れッ!!」

 

 

ルイズはシルフィードから飛び降りると、一番偉そうな人間に訊ねる。それは、以前も同じような会話をしたマンティコア隊の隊長であった。

 

しかし、隊長はこっちと会話をする気はないようだ。周りの貴族やら兵士やらが、灯りの魔法や松明を使って何やら探している。その慌てぶりから相当まずいようだ。

 

隊長も、周りを囲んでいる隊員も早く他の人と同じような事をしたいのだろう。ルイズ達を一蹴する。

 

その態度に、ルイズはついにピキリとこめかみを動かす。溢れる怒りをなんとか押さえながらも、ポケットから一つの証を取り出した。

 

 

「私は女王陛下直属の女官です! これは陛下直筆の許可証よ! 私には陛下の権利を行使する権利があります! 直ちに事情の説明を求めるわ!」

 

「な、なにを馬鹿な·······」

 

 

と呟きながらもとりあえずルイズが差し出した紙を手にやる。しかし、それはルイズの言葉の通りであった。

 

 

『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。右の者にこれを提示された公的機関の者は、あらゆる要求に応えること』

 

「ッ!?」

 

 

何故このような少女が·······と目を見開く。一体この少女と女王陛下はどんな結びつきがあるのだろうか?

 

しかし、悩んでいる暇はない。

 

彼とてマンティコア隊の隊長、自分より上の立場の命令は素早く応えるべきだ。隊長は直立すると、今までの出来事を手短に報告した。

 

 

「今から二時間ほど前、女王陛下が何者かによって拐かされたのです。警備の者を蹴散らし、馬で駆け去りました。現在ヒポグリフ隊がその行方を追っています。我々は何か証拠がないかと、この辺りを捜索しておりました」

 

「やっぱりか·······クソッ!!」

 

 

最悪な事に、ノクトの予感は見事的中した。ルイズは落ち着かせようと深呼吸をするが、顔色みるみるうちに悪くなっていく。

 

 

「それで·······どっちに向かったの?」

 

「賊は街道を南下しております。どうやらラ・ロシェールの方面に向かっているようなのでアルビオンの手のものと見てまず間違いありません。直ちに近隣の警戒と港を封鎖する命令を出しましたが·······先の戦で竜騎士隊が全滅してるゆえ、ヒポグリフと馬の足で賊に追いつけるかどうか·······」

 

 

隊長の話を、ルイズは途中で切った。場所がわかれば一秒も早くそちらへ向かうべきだ。

 

幸い、タバサのシルフィードはヒポグリフよりも早い。追いつける可能性は十分にある。

 

 

「急いで! ラ・ロシェールに向かっているわ! 逃がしちゃダメ!」

 

 

皆が頷き、タバサがシルフィードに命令する。バサッと、羽を動かし再び闇へと飛び上がった。

 

そこでルイズはある事に気付き、タバサに伝える。

 

 

「低く飛んでッ! 敵は馬に跨がっているわ!」

 

 

轟ッ! とシルフィードの速度が上がっていく。いつの間にか城下町を抜けて、低空飛行へと切り替える。

 

いつも以上に闇が深い。このようなスピードで大丈夫なのだろうか? と思う。しかし、シルフィードは鼻先で空気の流れを掴むと、障害物がないルートをうまく見つけ飛び続けた。

 

敵との距離は確実に縮まっていった。

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

「うぅ·······ここ、は·······?」

 

 

アンリエッタは目を覚ますと、そこは草むらのベッドに倒れ込んでいた。まだぼんやりとする視界、うまく働かない思考、とりあえず今どこにいるかを知ろうとするため辺りを見回した。

 

瞬間、

 

ウェールズがヒポグリフ隊の隊長を殺す光景を目に入れてしまった。

 

 

「·······えッ?」

 

 

竜巻の魔法に、隊長の手足が切断される。一瞬で絶命したのだろう、倒れたまま起き上がってこない。

 

あまりの展開ぶりに目を見開き、小さく開いた口はしかし、決して閉じる事がない。彼女の光景は一定の方向しか向いていないが、それでも他の死体であろうヒポグリフ隊の面子が何人も転がっていた。

 

すると、ウェールズがこちらへと近づいて来た。

 

まるで何事もなかったかのように尻餅をついているアンリエッタに手を差し出す。

 

 

「う、ウェールズ様。あなた·······いったいなんてことを·······ッ!!」

 

「驚かせてすまなかったね」

 

 

平然過ぎる態度に、アンリエッタは腰に下げた杖をウェールズへと突きつけた。

 

キラリ、と杖の先端にある水晶が光る。

 

 

「あなた·······誰なの?」

 

「何を言っているんだい? 見ての通り、僕はウェールズだよ」

 

「嘘ッ! よくも魔法衛士隊の隊員を·······ッ!!」

 

「仇をとりたいのかい? いいとも。僕を君の魔法で抉ってくれたまえ。君の魔法でこの胸を貫かれるなら本望だ」

 

 

そういうと、両手を水平に広げた。敵意も戦意もない、本当に死んでもいいかのような態勢である。

 

あ、う·······とアンリエッタは戸惑い、杖を持つ手が震え出した。この人はウェールズじゃない。ウェールズであったとしても、大切な魔法衛士隊の人達を殺したのだ。

 

それは許されるべきではない。

 

なのに、

 

手の震えが止まらない。

 

かたかた、と杖の照準がぶれる。慌てて両手で杖を持ち直すが状況は変わらない。

 

たとえ目の前の人間が魔法衛士隊の人達を殺したとしても、彼女には、ウェールズに向かって魔法が放てない。

 

わからなかった。

 

自分がどうするべきなのか、自分が何を信じるべきなのか。

 

今の彼女は、女王陛下でもなんでもない。己の歩く道をわからぬ、ただの女の子であった。

 

カラン、と杖を落とし、少女は小さな鳴咽の言葉を吐いた。

 

 

「なんで·······こんなことをしてしまったの?」

 

「·······僕を信じてくれるね、アンリエッタ」

 

「でも·······こんな·······ッ!!」

 

「わけはあとで全部話す。お願いだ。今は黙って僕についてくればいい」

 

「わからない·······わからないわ、あなたのすることも、考えてることも·······」

 

 

すると、ウェールズはそんなアンリエッタを抱きしめた。優しく、全てを包みこんでくれるような感覚を少女は覚えた。

 

 

「わからなくても構わないよ。ただ、君はあの誓いの言葉通り行動してほしいんだ。覚えているかい? あのラグドリアンの湖畔で、君が口にした誓約の言葉。水の精霊の前で、君が口にした言葉」

 

「忘れるわけがありませんわ。それだけを頼りに、今まで生きて参りましたもの」 

 

「お願いだ。言ってくれないか?」

 

 

忘れる事のないあの言葉。

たとえ十年経とうと二十年経とうと、一字一句間違える事なく正確に言う自信があった。

 

 

「トリステイン王国王女アンリエッタは水の精霊の身許で誓約いたします。ウェールズ様を、永久に愛することを」

 

「その言葉の中で変わったものといえば女王になっただけさ。あとは変わらないだろう? いや、変わるわけがないだろう?」

 

 

少女は小さな子供のように小さく頷いた。今の彼女ならば、人の言うことならなんでも聞くであろう。それほどまでに、彼女一人じゃ事の状況を理解できなかった。

 

誰かが、彼女の歩く道を教える必要があった。

 

そして、それが今まで愛していた人であったら?

 

こうやって抱かれる日をずっと夢見て生きていた自分がいたら?

 

きっとその道を信じて歩くのであろう。

 

 

「どんなことがあろうとも、水の精霊の前でなされた誓約が(たが)えられることはない。君は己のその言葉だけを信じていればいいのさ。あとは全部僕に任せておくれ」

 

「·······」

 

 

少女は頷く。それが正しいのだと、子供のように何度も言い聞かせる。

 

ウェールズはそんな少女を見て、小さく笑った。

 

 

「いたわッ!!」

 

 

キュルケが指差し、シルフィードに跨がったノクト達は一斉に目をやった。

 

そこには、無残にも人の死体が無造作に転がっていた。シルフィードは飛ぶのをやめ、地面へと降りる。それぞれが彼らに近寄るが、タバサだけが周りに注意しながら見張った。

 

 

「くそ·······ったれがッ!!」

 

 

叫ばずにはいられなかった。

敵とは戦争をしている。自分達もまた、生と死の境目に立っている事も頭の中ではわかっている。

 

だけど、そうだとしても黙っていなければならない理由にはならなかった。

 

ノクトは生存者がいないか確認する為、走る。

 

焼け焦げた死体、手足がバラバラにされた死体、心臓の所にぽっかり穴が開いている死体がたくさん転がっている。彼らの近くには馬やヒポグリフも同じように絶命していた。おそらく先に追っていたヒポグリフ隊なのであろう。

 

 

「·······ッ!!」

 

 

ギリッとノクトは奥歯を噛み締める。彼にはこのような経験はいくつもある。大切な許嫁を殺された時ぐらいの怒りが心の奥底から沸き上がってくる。

 

だから許せない。理解しようともしない。

 

ただ、このような事をした奴を絶対に許さないと誓うのみだけだ。

 

 

「生きてる人がいるわ!」

 

 

キュルケの声が、ノクトとルイズを駆けつけさせる。腕に酷い怪我を負っていたが、他に怪我は見当たらない。おそらくたった一人の生存者なのだろう。

 

 

「大丈夫?」

 

 

このメンバーの中で、水の魔法を使える者はいない。故に彼の傷を治す事は不可能だ。

 

 

「だ、大丈夫だ·······アンタ達は味方か?」

 

「えぇ、同じように女王陛下を誘拐した一味を追ってきたのよ。いったいここでなにがあったの?」

 

 

途端、兵士は震え出した。傷のない手の方で頭を抱え、怯えながらも話す。

 

 

「あいつら、致命傷を負わせたはずなのに·······」

 

「それって、どういうこと?」

 

 

しかし、続きは沈黙であった。その恐怖にうち負けたのか、気絶してしまったようだ。

   

三人は目を合わす。

 

どういう事なのだろうか? と思っていると、

 

瞬間、四方八方から魔法の攻撃が四人めがけて襲いかかった。

 

周囲を警戒していたタバサが誰よりも早く反応すると、頭上に空気の壁を作り上げた。バチィ! という音と共に跳ね返される。

 

すると、草むらからゆらりとなにかが現れる。

 

それは、『アンドバリの指輪』によって再び生を得たであろう人物がいた。

 

草むらから現れた影の中に、忘れる事のない人影がいた。

 

 

「ウェールズ!」

 

 

ノクトの予想は的中した。

 

クロムウェルの策のもと、死んだウェールズを蘇らせ、アンリエッタを拐ったのだ。許すわけにはいかない。そう思ったノクトは、奥歯を噛み締めるとウェールズに怒鳴り散らした。

 

 

「もうアンタは死んでるんだ·······だからもう潔く眠って、アンリエッタ姫を返してくれッ!!」

 

 

いつ手が飛び出てもおかしくない勢いだが、対するウェールズは微笑を浮かべ、落ち着いたままである。

 

 

「おかしなことを言うね。返せも何も彼女は彼女の意思で僕に付き従っているのだよ?」

 

「アンタの冗談を聞いてる暇はねぇんだよ、さっさとアンリエッタ姫を返せッ!!」

 

「·······仕方ないな」

 

 

と呟くと、ウェールズは自分の体を一人分横にずらした。そこには、ガウン姿のアンリエッタが現れた。

 

 

「姫様!」

 

 

悲痛な思いでルイズは叫んだ。

 

 

「こちらにいらしてくださいな! そのウェールズ皇太子はウェールズではありません! クロムウェルの手によって『アンドバリの指輪』で蘇った皇太子の亡霊ですッ!!」

 

「·······ッ!!」

 

 

しかし、アンリエッタはこちらへと来ないどころか一歩も踏み出さない。ただ、唇を噛み締めているだけだ。

 

その様子にウェールズは満足したのか再び口を開く。

 

 

「理解してくれたかな? ·······それではさて、取引と行こうじゃないか」

 

「はッ?」

 

「そうだ。ここで君たちとやりあってもいいが、僕たちは馬を失ってしまった。朝までに馬を調達しなくてはいけないし、道中危険もあるだろう。魔法はなるべく温存したいしね」

 

 

だから、わかるかい? という返答として、いつも無言のタバサが呪文を唱えた。何本もの氷の矢がウェールズの体を貫く。

 

しかし、不思議な事に致命傷なはずのウェールズは倒れない。

 

それどころか、傷口があっという間に塞がっていく。

 

 

「無駄だよ。君たちの攻撃では僕を傷一つつけることはできない」

 

 

その不気味な光景がアンリエッタを一歩ウェールズから離れさせる。その隙をルイズは逃がさない。

 

 

「今のを見たでしょう! それはウェールズ皇太子様ではありません! 全く別の、私達の知らない別の何かなんです! 姫様ッ!!」

 

 

しかし、もう一歩離れる事はなかった。僅かに怯えながらも、その目は何かに決心している。アンリエッタは気持ちを落ち着かせるため深呼吸を取ると、ルイズに告げた。

 

 

「お願いルイズ。杖を納めてちょうだい。私達を·······行かせてちょうだい」

 

「ッ!?」

 

 

予想外の言葉に、ルイズは思わず自分の耳を疑った。

 

 

「姫、様? なにをおっしゃるのですか! それはウェールズ皇太子じゃないのですよ!? 姫さまは騙されているんですッ!!」

 

「そんなことは知ってるわ。私の居室で唇を合わせたときから、そんなことは百も承知·······でも、それでも私はかまわない。ルイズ、あなたは本気で人を好きになったことがないのね。本気で好きになったら、何もかもを捨ててもついて行きたいと思うものよ。嘘かもしれなくても、信じざるをえないものよ。私は誓ったのよルイズ。水の精霊の前で誓約の言葉を口にしたの。『ウェールズ様に変わらぬ愛を誓います』と。世のすべてに嘘をついても、自分の気持ちにだけは嘘はつけないわ。だから行かせてルイズ」

 

「姫様ッ!!」

 

「これは命令よ。ルイズ・フランソワーズ。私のあなたに対する、最後の命令よ·······道を、開けてちょうだい」

 

「ッ!!」

 

 

ギリッと奥歯を噛み締め、ルイズは構えていた杖を降ろした。

 

ダメであった。

 

ここまで説得しようとしたのに、彼女は彼についていくと宣言したのだ。ルイズにもアンリエッタの気持ちはわかる。もし、自分が同じような立場であったら、全てを捨ててついていきたいと思うかもしれない。

 

その可能性が、ルイズをもう一歩踏み込ませなかった。

 

ここまでウェールズを愛しているアンリエッタを止める事ができるのだろうか?

   

無理だ。

 

少なくとも、自分には。

 

ルイズに戦意がなくなったのを確認して、アンリエッタと死者の一行は先へと進もうとする。

 

しかし、

 

ただ一人、青年は彼らの前に立ち塞がった。

  

暗闇に呑み込まれる少女を救うため現れた一つの光のように、立ち塞がった。

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

「そこをどきなさい。ノクティス・ルシス・チェラム。これは命令よ」

 

 

言葉に迷いがない。もう何を言われても自分の意見を変える気はない、そんな想いを込めてアンリエッタは言った。

 

 

「·······ッ!」

 

 

ノクトは歯を食いしばる。

アンリエッタの気持ちはわからなくもない。誰よりも愛してた人が再び現れて、一緒に行こうと言われたら行くのかもしれない。

 

自分でもそうするかもしれない。かつて、前世で結婚する予定だった許嫁が殺された時、どれだけその現実を疑ったことか。嘘だと思いたかった。それでも、目の前で殺されて死んでしまった事実は覆らない。死んだというその事実がノクトを前に進ませてくれなかった。

 

だから、アンリエッタ姫の気持ちは痛いほどわかる。

 

·······だけど

 

それがノクトをもう一歩踏み込ませない理由にはほど遠い。なぜなら、そんなものは幸せでもなんでもないのだから。

 

 

「どかない」

 

 

わかる。許嫁に恋をしていたノクトだからこそ、アンリエッタ姫の気持ちは誰よりも理解できる。自分だって死んだはずの人間が目の前に現れたら二度と離れないようにするだろう。

 

だが。

 

こんなのは間違っている。絶対に間違っている。

 

 

「え?」

 

 

アンリエッタは思わず聞き返してしまった。

ここまでして、まだ目の前の青年は説得しようとするのだろうか?

 

 

「わからないのか? ウェールズが死ぬ前にアンタのためにやったことを·······()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

アンリエッタが何かを言う前にノクトは続ける。

 

 

「生きようと思ったら生きることはできたはずだ。逃げようと思ったら逃げることはできたはずだ。けどな、アイツは死を選んだんだ。皇太子だからとか、軍人だからとか、メイジだからとか、んなちっぽけな理由なんかじゃない! アンタに幸せな時間を手にして欲しかったんだよ! 他の誰でもない、アンタのためにッ!!」

 

 

それは、結果的には意味がなかった。ウェールズがトリステインに亡命しなくても、貴族派は攻めてきてしまった。

 

だが、だからと言ってそれが無意味な行為とは、ノクトは死んでも言わせない。

 

 

「·······うる、さい·······」

 

「そこにどれだけの決心があったか! どれだけの覚悟があったか! アンタはその気持ちをわかっているのかよッ!?」

 

「うるさいうるさいうるさいッ!!」

 

 

初めて、アンリエッタはそこらにいる村娘の少女のように声を荒げた。

 

 

「あなたに·······あなたに何がわかるっていうんですか!! 愛する人間を失った気持ちがッ! 生きて会えるならなんでもすると願ったその覚悟を! 人の気持ちも知らないくせにわかった口を聞かな──────」

 

()()()()()()!!」

 

 

え·······? 、と。

アンリエッタは荒げていた声を止めた。するとノクトは拳を固く握り締めながら、隠していた自分の身分を全員に聞こえるほどの音量で聞かせる。

 

 

「俺は·······()()()()()()()()()()()()·······()()()

 

「「「「!?」」」」

 

 

ルイズ、キュルケ、タバサ、アンリエッタは驚愕の表情を浮かべてノクトのことを見ていた。ルイズは事前に聞かされていたものの、それを打ち明けるノクトの様子を見て絶句していた。

 

アンリエッタも、オスマンから異世界から来た人間だということは聞かされてはいた。だが、王族とまでは聞かされていない。ノクトは自分が異世界からやってきた王子だということを聞かされて、アンリエッタは口に手を当てて驚いた表情を見せている。

 

キュルケとタバサも同様。

 

ノクトのことを平民だと認識していたので、まさか王族だとは思わず、言葉を失っていた。

 

そんなノクトは、全員の凍りついた表情を溶かすかのように、声を荒げて言う。

 

 

「俺だって、王として民を守るために尽力を尽くしてきた。もちろん、俺は王子だったから許嫁もいた。けど、自分の目の前で死んだ。俺を助けようとした後だ·······打ちのめされたよ、誰も守れなかった自分に」

 

「·······」

 

「それだけじゃねぇ、俺の父親、国王だって敵国との戦争の最中に殺された。だからわかるんだよ、アンタみたいに、何かを失う悲しみがッ!!」

 

 

ノクトは知っている。その辛さを、その苦しみを押し付けてしまった事があるからこそ、答えられる。

 

そして、反論できる。

 

 

「だからこそこれだけは言える、アンタがそいつについていくのだけは間違っている。絶対にだッ!!」

 

 

それに、とノクトは更に今まで見てきた人達を思い出す。

 

 

「王宮にいた人たちはアンタの手がかりを捜すために一生懸命探してた。魔法衛士隊の人たちはアンタを助けだすために命を賭けた! 王宮前の大通りでアンタを祝ってみんなが幸せそうに賑わっていたッ!!」

 

 

この国の人間じゃないノクトでもわかる。

 

この国の人間は本当にアンリエッタを快く思っている。兵士達だって、アンリエッタを本当に慕ってるからこそあそこまで必死に探している。

 

それだけ彼女は必要とされているのだ。

 

きっと彼女がいなくなったらどれだけみんなが悲しむかは想像できない。

 

 

「アンタがどうしようが、それで誰かが傷ついたり! 悲しんだり! 寂しがったりしたら、それはもう幸せでもなんでもねぇんだよッ!!」

 

「そんなことないッ! 私は·······ウェールズ様についていくことがなにより幸せなの!」

 

「ッ!!」

 

 

瞬間、ノクトの中で何かがキレた。

 

例えどんな理由があったとしても、誰かを犠牲にしてまで掴みたいものなどノクトにはいらない。

 

だから、告げる。

 

それが『真の王』として、『ノクティス・ルシス・チェラム』として生き続けた価値観であるから。

 

 

「ふざけんなよ!! なんかのために誰かを傷つけていい世界なんて存在しねぇんだよ! それにアンタは言ってたじゃねえか! 『勇敢に生きてみよう』って。その結果がこれか!? 偽物のウェールズについていくことが、一度失敗したからって他人に全てを任せることが、勇敢に生きることなのか!? 違うだろ!! 立ち上がって切り替えて乗り越えるのが、王族としての務めだろうがッ!!」

 

 

ノクトはすっ、と背中に納めているデルフを抜き放ち、

 

 

「それでもアンタがそいつについていくって言うなら───────」

 

 

ノクトは偽ウェールズへと切っ先を向ける。

 

その目に、その剣に、力が宿る。

 

意思という名の力が。

 

 

「──────全力で止めてやる。加減とかしねぇしできねぇし、覚悟しておけよアンリエッタ姫ッ!!」

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

真の王。

 

世界に危機が訪れた時、星を脅かす敵を打ち倒して世界を救う存在。ルシス王家の人間の中で、クリスタルの意志によって選ばれた者が『真の王』となる使命を帯びることになる。

 

『浄化する力』

 

それを手にして真の王へと目覚めたノクトは、偽りの命を消し去ることになんの躊躇いもなかった。

 

 

「·······ッ!!」

 

 

今回はアンリエッタを偽物ウェールズの手から救う事、つまりは敵を逃がしてはならない。

 

ノクトは駆ける。

 

この戦いに逃げは存在しない。相手の目的は逃亡、こちらが隙を見せればすぐに後ろを振り返り、逃げ出すだろう。

 

だからそれを防ぐ。

 

防ぐために、ノクトは裂帛とした叫びを以て、ウェールズに斬りかかる。

 

 

「ハァァァァァァァァァァァァァァァァァアッ!!」

 

 

それに、今回は一人ではない。

 

ルイズが、タバサがキュルケが味方となって戦っている。これほど頼りになるものはそうそうない。こちらにくる魔法をデルフで処理できないのは、事情を知っている三人がうまく迎撃をしてくれる。

 

故にノクトは安心して突っ込む事が、全速力で走る事ができるのだ。  

 

敵のメイジとの距離を零にした瞬間、己の剣の柄をさらに強く握り、全力の一撃が放たれる。

 

 

「フン」

 

「ッ!!」

 

 

ノクトの横から魔法が放たれた。目には見えない風の渦巻き。ウェールズがなんの系統を得意としているのかはノクトは知らないが、魔法を吸収させるためにデルフを構えるのには今からじゃ間に合わない。

 

ノクトは一度デルフを乱暴に空高く放り投げ、空中へとシフトして躱す。

 

その間、ウェールズは水、火、土、風。

 

全属性の系統の魔法をルイズ達に目掛けて放った。どういうことなのか、ルイズ達には理解できなかった。ウェールズが全ての属性を使えるなんて、聞いたこともない。

 

迫り来る豪火球に、水の渦巻き、土の砲弾、風の刃。

 

それらが三人を襲う。

 

 

「させねーよ!!」

 

 

まるで予測していたかのごとく、ノクトはデルフを横にして全ての魔法を吸収させる。数々の魔法とルイズ達の間に割って入った青年の剣が、そのほとんどを打ち消す。残った魔法を、何の焦りもなくタバサが迎撃した。

 

魔法のクラスを上げると、そのほとんどが単発の強力なタイプになる。つまり、点より面のタイプを得意とするノクトにとって、それは嬉しい誤算であった。

 

デルフの特性を知らない彼らにとって、その青年は脅威の一言である。未知なる武器を持った敵と戦うようなものであろう。

 

だが、引くわけにはいかなかった。

 

こちらには馬もなにもない。対する相手は全員を運べる竜を一頭所持している。故に、逃げ切る事など不可能であった。

 

引く事ができない戦い、相手を倒さなければならない戦い。

 

その重圧が判断を鈍くする。

  

それが、いつだって絶体絶命とも呼べる戦いに身を投じて、生き残る青年との、いつだって己の力を信じて、自分よりも圧倒的な強さを誇る敵に勝利してきた青年との差であった。

 

シュンッ! と再び自由の身となったノクトは虚空を渡る。

 

 

「おォ、うォおおおらあぁぁぁぁあ!!」

 

 

雄叫びをあげながら、ノクトは先と同じように剣を振り上げる。

 

今度こそ、ノクトの切っ先がウェールズを捉えた。振り下ろされ、偽物ウェールズに刀身が頭のてっぺんから一刀両断される·······はずだった。

 

 

「おやめなさいノクティスッ!!」  

 

「ッ!?」

 

 

瞬間、アンリエッタが突然ウェールズの前に立ち塞がった。それに気づいたノクトは慌ててデルフの切っ先の軌道を強引に変える。

 

危うくノクトの剣が姫に傷を与えるところだった。

 

全員が驚きの表情へと変える。

 

ルイズが大声を上げて姫様を説得する。

 

 

「姫様! いい加減に目を覚ましてくださいまし!! その方はウェールズ皇太子ではないのですよッ!?」

 

「私は諦めない! 絶対に私が愛した人だけは、絶対に、絶対に守ってみせるんだからッ!!」

 

「この·······駄駄っ子姫がッ!!」

 

 

ノクトがそう言うと彼女は魔法を唱えるための詠唱を行い、彼女の目の前から魔法が放たれる。

 

が、それは先程から何回も繰り返す行為であった。ノクトがデルフを突き出し吸収する。その間にも両者間の距離は縮まっていく。目測でもう十メートルはきっている。

 

 

「これで········終わりだッ!!」

 

 

後一秒足らずでノクトの射程圏内に入り、ウェールズの首を叩き斬って全てを終わらせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

轟ッ! と

 

鋭利な『赤く透き通った刃物』が真横からノクトに襲いかかった。

 

 

「な·······ッ!?」

 

 

奇襲がゆえ、当然の如くデルフだけでは対処できなかったノクトの体が血を噴き出して吹き飛ぶ。進行方向を強制的に真横へと変更され、その勢いは木にドゴッ! と強打する事で止まった。

 

 

「がっ·······ぐばぁッ!」

 

 

肺の中に貯めた酸素が、血と共に吐き出される。肩と太股、横腹に刃物が刺さったらしい。木に激突した衝撃で背中がびりびりッ、と麻痺したかのように痛みだす。

 

しかし、倒れはしない。

こんなのかすり傷だ。自分をこんなにした敵を、新たな敵を確認するためにノクトは刃物が飛んできた方向へと視線を向ける。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()·······()()()()()()()()()()()()

 

 

見えてくる二つの人影。

 

一人は見間違いじゃなければ『フーケ』だ。

 

そして。

 

そして。

 

そこに現れたもう一つの影には見覚えがあった。

 

 

「ッ!?」

 

 

ノクトはそいつを見た途端に目を見開き、跪ついて驚愕の表情を見せる。時間は数秒しか経っていなかったが、ノクトの脳内時間では一時間を越えていた。アイツにどれほど苦しませられたか。

 

忘れるはずもない。世界を賭けた壮絶な戦いを繰り広げた相手が、今ようやくノクトの前に現れた。

 

ノクトは口に溜まった血をペッと吐き出すと、信じられないという表情を浮かべながらも、()()()()()()()()()()()()()

 

 

「や、ノクトォ·······久しぶりだねぇ」

 

「····················“アーデン”ッ!!」

 

 

始まった。

 

全ての決着を着けるために集まった者達の闘いが。

 

今、始まった。

 

 

 

 

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