ゼロの王子様   作:織姫ミグル

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第44章

 

 

「「フーケ!?」」

 

「·······アーデンッ!!」

 

 

ルイズとキュルケが同時に声を出す。

 

その返事として、フーケは杖を振るった。そしてノクトにはいくつもの剣が、ルイズ達には土で出来た矢が襲いかかる。

 

 

「くそッ!」

 

「·······ッ!!」

 

 

ノクトはデルフを突き出していくつもの武器を弾き返し、タバサは空気の壁を作り、これを迎撃する。

 

それは新たな敵の登場であった。

 

あまり歓迎されない、敵である。

 

 

「ここで·······なにしてんだよ·······アーデンッ!!」

 

 

ノクトは叫んだ。

中折れ帽子を被った赤髪の男の名を。

 

彼はピエロのように体をふらふらさせながら告げる。

 

 

「何って·······そりゃ」

 

 

アーデンの視線が僅かに動く。

 

その先にあるのは·······『ルイズ』だった。

 

 

「“あれ”、弱いんだって?」

 

「ッ!?」

 

「ひゃはッ!!」

 

 

アーデンはルイズに向かって剣を投げつける。ノクトと似た能力で、ノクトとは違って赤い残像を残し、ルイズのすぐ側まで接近すると、短剣を召喚して、ルイズの鳩尾目掛けて突き刺そうとする。

 

 

「ルイズッ!!」

 

 

ノクトもすぐにデルフを投げ込んでルイズの前にシフトすると、空いていた左の手でアーデンの短剣を防いだ。

 

ノクトの左手に風穴ができる。ズシュッ!! という音と共に、ノクトの左手から血が溢れてくる。

 

 

「ノクトッ!?」

 

「安心しろルイズ。お前だけは絶対守ってやるッ!!」

 

「け、けど手が··············ッ!!」

 

「どうってことねぇよ、主人を守るためならこれくらい平気だ」

 

「おやおやノクトォ、外見だけでなくなんか雰囲気も変わったねぇ。やっぱり、三十歳にまでなると大人っぽくなるのかなぁ」

 

「「「!?」」」

 

 

それを聞いたルイズ、キュルケ、タバサが驚愕する。ノクトの年齢についてだ。赤髪の男はノクトのことを三十歳と呼んだ。自分よりも遥かに歳上であったことに驚いたルイズ達であったが、今はそんなことはどうでもよろしい。

 

ノクトは瞳の色を真っ赤にし、アーデンを睨み付ける。

 

 

「一体、何が望みなんだよ·······アーデンッ!!」

 

「だから決まってるでしょ、()()()()()()()()()()()()

 

「え?」

 

 

ルイズは思わず声を漏らした。見たこともない男に狙われる覚えなんてない。しかし、ノクトはまるでこの男のことを知っているかのような感じだ。

 

ノクトはアーデンが突き刺した短剣を握り締め、所有権を強奪するかのように、青い光が刃を覆い、パシィッ!! という音と共にアーデンの持っていた短剣はノクトの武器貯蔵庫空間へと消えていった。

 

 

「へぇ~、俺の武器を強奪するとか。相変わらず欲張りだねぇノクトォ」

 

「アンタもいつまで生きてんだよ。俺は確かにお前の魂を滅ぼしたはずだぞ」

 

 

アーデンはその言葉に無精髭をジョリジョリと触り、首を傾げてこう言った。

 

 

「俺もさぁ、それが知りたいんだよね。もう目覚めることがないと思ったら何故かここにいてさ、で、今は『レコン・キスタ』の幹部になってるわけ」

 

「!?」

 

「ま、俺の話はまた別の機会にして、命が惜しかったらその娘こっちに渡しなよ」

 

「ッ!!」

 

 

ルイズは恐怖で怖がるようにノクトの背中の後ろに隠れた。不安で怖がってるのか、ルイズの震えがノクトにまで伝わってくる。

 

 

「ノ、ノクト·······!!」

 

 

ルイズが不安げな表情で覗き込んだのに対して、ノクトは笑みを浮かべて頭を撫でる。

 

まだピンチではないかのように、

 

ルイズに不安を与えないかのように、それはそれは優しかった。

 

 

「大丈夫、お前は絶対俺が守る」

 

「!!」

 

 

うん、と小さくルイズは頷く。

そしてルイズは杖を掲げ、いつでも対戦できるように体勢を整えておく。

 

そんなルイズにノクトは言った。

 

 

「こいつは俺に任せて、お前はキュルケ達の援護を頼む」

 

「わ、わかったわ」

 

「そう簡単に逃がすと思う?」

 

 

そう言って後ろから遠ざかっていくルイズに向けて槍投げのように武器を放り投げたアーデンに対し、ノクトはデルフでその剣を弾き返して軌道を強引に変え、アーデンのシフトは明後日の方向へと吹き飛ばされた。

 

 

「全く邪魔だねぇ、いつもいつも思うけど」

 

「主人を守るのは当然のことだ」

 

「フッ、飼い犬になったおかげで牙が抜け落ちた感じ? 笑えるねぇノクト」

 

「ッ!!」

 

 

ノクトは意識を戦闘モードに切り替え、アーデンの視線を正面から受け止めた。既に知覚の加速が始まってるのか、周囲の色彩すら微妙に変わった気がする。

 

アーデンはノクトから視線を外すと、彼から十メートルほどの距離まで下がり、剣を具現化させた。

 

全身の血流が高まっていく。戦闘に求める衝動に掛けた手綱をいっぱいに引き絞る。ノクトはデルフを持っている反対側の手に父王の剣を召喚した。最初から全力で当たらねば、とても敵う相手ではないことだけは確かだ。

 

アーデンも剣を構えいつでも殺れる準備を整えている。

 

二人とも、一瞬たりとも視線を外さなかった。

 

そして。

 

地を蹴って駆け出したのはほぼ同時だった。

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

「あなた、たちは·······?」

 

「心配しなくていいよ。あたしたちはウェールズの味方。つまりはアンタの味方よ」

 

「あぁ、彼らとは途中で合流する予定だったのさ」

 

 

対するフーケは、アンリエッタとウェールズから離れようとはしなかった。第三者の介入に、アンリエッタは不安を覚えたが、ウェールズの言葉もあってか信じる事にしたようだ。

 

もっとも、援軍など聞かされていないウェールズも本当は驚きたいのだが、そんな事をしている暇はない。

 

三人は無言で頷きあい、視線を一点に集中させる。

 

その視線の先は·······ルイズ達であった。今から戦うべき相手、今から倒すべき相手を目の前にして、決意をより強固にした。

 

 

「まさかフーケがくるなんて·······」

 

「ダーリンとあのわけのわかんないおっさんと戦わせるのは不利だわ。さっさと倒してこっちが援護しないと」

 

 

相手は少なくともスクエアクラスの能力を持っていると思って間違いない。どちらが優位な立場であるかは考えるまでもない。

 

ならば、自分達が倒さなければこの戦いにはおそらく勝てないだろう。

 

先手必勝と言わんばかしに、キュルケは魔法を放った。

 

轟ッ! と炎の球が周囲の空気を歪ませながら三人に迫ってくる。

 

だが、アンリエッタの放つ水の盾にそれは阻まれる。

 

水VS炎。

 

あっという間に勢いは衰えていき、ジュッという音とともに消え去る。

 

直後、

 

地面から槍がズドンッ!! と射出されるのと、タバサが空気中の水を凝結させて作った氷の矢を飛ばしたのは、同時であった。

 

ガキィン! と二つの魔法はぶつかり合い相殺される。

 

 

「へぇ、やっぱりアンタは反応できるんだ·······」

 

 

フーケが感心する隣で、ウェールズが風でできた槌を放つ。

 

タバサは返事をせず、無言のままだ。

 

 

「まぁアンタ達とやるのはこれで三度目なんだし」

 

 

慌ててルイズが目の前の空間を爆発させて、それを吹き飛ばす。

 

 

「ゴーレムしか操れないと思ったら大間違いよ? アンタたちにはこれ以上負けられないのよ!」

 

 

本降りとなる前兆であるかのように、ぽつぽつと雨が降ってきた。

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

ノクトは沈み込んだ体勢から一気に飛び出し、地面を滑空するかのように突き進んだ。アーデンの直前でくるりと体を捻り、右手のデルフを左斜め下から叩きつける。

 

そしてアーデンは避けもしなかった。

 

そのままアーデンはノクトの攻撃を喰らい、一歩後ろに下がる。それを追いかけるように右にコンマ一秒で、左の剣がアーデンの右脇腹へと滑り込む。

 

だが、

 

左の一撃は、アーデンの脇腹に達する直前で羅刹の剣に阻まれ、虚しく弾けた。惜しいが、この一撃は戦闘開始の挨拶代わりだ。技の余勢で距離を取り、向き直す。

 

 

「ざ~んね~ん」

 

「ッ!!」

 

「今度はこっちの番ね!」

 

 

すると今度は、お返しのつもりかアーデンが慈王の盾・変異型を構えて突撃してきた。巨大な盾の陰に隠れて、奴の逆側の手がよく見えない。よって次の一手の先読みが出来ない。

 

 

「チィッ!!」

 

 

ノクトは舌打ちしながらダッシュ回避を試みた。盾の方向へと回り込めば、初期軌道が見えなくても攻撃に対処する余裕が生まれると思ったからだ。

 

ところが、アーデンは慈王の盾・変異型を水平に構えると、

 

 

「じゃじゃじゃ~ン!!」

 

 

軽い気合いと共に、尖った先端で突き攻撃を放ってきた。真っ赤な盾が残像を残しながら巨大な盾が迫る。

 

 

「あぶッ!!」

 

 

ノクトは咄嗟にデルフリンガーと父王の剣を交差してガードした。激しい衝撃が身を叩き、数メートルも吹き飛ばされる。デルフリンガーを地面に突き刺して吹き飛ばしの威力を殺し、転倒する前に空中で一回転して地面に着地する。

 

そしてアーデンはノクトが立ち直る余裕を与えまいと、再度影を纏ってダッシュしてきた。

 

シャドウムーブ。

 

アーデンはシガイを身に纏うことでその体を地形を自由自在に動くことができる。距離を詰めてきたアーデンは羅刹の剣以外の赤い剣を宙に何本も浮かばせ、閃光の如くの速度で突き込まれてくる。

 

アーデンのマシンガンのような剣の射出に、ノクトは二刀流をフルで使ってガードに徹した。

 

約三十本もの剣を弾き返したノクトは息切れを起こしながらも何とか立っている。そして、ノクトは間髪入れずに新たに召喚した左手のアルテマブレードを振るった。

 

 

「おらぁッ!!」

 

 

ジェットエンジンめいた金属音と共に、赤い残像を纏った羅刹の剣が衝突し、鍔競り合いになる。

 

ギシ、ギシギシギシギシギシギシギシギシッ!!

 

と、火花が散るほど二人は剣を押し合う。

 

 

「相も変わらずなよっちい剣じゃないか、ええノクトォォ?」

 

「ッ!!」

 

 

その一言を合図に、超高速で超音速な連続技の応酬が開始された。アーデンもノクトも、持てる剣全てを持って相殺しては攻撃し、防御にも徹している。ノクトの剣は奴の剣に阻まれ、奴の剣がノクトの剣を弾く。

 

二人の周囲では赭と蒼の色彩の光が連続的に飛び散り、衝撃音が夜の湖前で響き渡る。

 

時折互いの小攻撃がヒットし、双方の体力を削り取っていく。たとえ強攻撃が命中しなくても、アーデンに一撃でも与えれば隙が出来、その最中にウェールズへと攻撃できるチャンスが生まれる。

 

こっちに来て以降、味わってこなかった加速感。感覚が一段シフトアップしたと思う度、攻撃のギアも上げていく。

 

全細胞が悲鳴を上げている。全能力を解放して剣を振るう法悦がノクトとアーデンの全身を包んでいた。

 

剣戟の応酬が白熱するにつれ、双方の体力が限界になったその時、

 

 

「ハ!」

 

「ッ!!」

 

 

アーデンが大振りな大剣を橫薙ぎに一閃振り払ってきた。

 

それをノクトは慈王の盾で防ぐと、左手に持ち変えたデルフリンガーをアーデンの後方へと放り投げ、アーデンの背後に回り込む。慈王の盾はそのままそこに突き刺したままで、背後に回ったノクトはデルフリンガーを振り下ろしてアーデンへ一撃叩き込むが、アーデンは振り返らず後ろに手を回して剣をそこに召喚して防いだ。

 

 

「ちょこまかと!!」

 

「·······ッ!!」

 

 

アーデンの左手による突きが迫ってくる。それを視界に入れたノクトは、先程突き刺していた慈王の盾へとシフトし、右手で持って大きく振りかざし、アーデンの足元を叩きつける。

 

 

「なん!?」

 

「·······ッ!!」

 

 

アーデンの足は地面から離れ、無防備になったその顔面に、ノクトは力の限り最大限の威力の右アッパーを叩き込む。

 

 

「お、おおお、おらぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!!」

 

 

その一撃を受けたアーデンは地面を一度、二度とバウンドし、遠くへと吹き飛ばされる。そしてノクトは右手にあったデルフリンガーを鞘に納め、父王の剣を召喚して、その白銀に輝く刀身をアーデンの左胸に突き刺した。

 

 

「ぐ·······あ·······」

 

「一度戦ったことがある相手だ·······攻略法くらいわかるぜ」

 

ノクトォォオオオオおオオオオッ!!

 

 

アーデンは叫び、目を黒くして瞳の色が黄色くなり、そこから黒い涙が溢れ落ちる。

 

そして。

 

その液体をヒポグリフ隊の死体へと投げつけ、傷口に浸透していく。すると、どういうわけだろうか。動かぬ死体となった兵士が陽炎のように起き上がり、遺体はあっさりとヒトの形を留められている臨界点を突破した。

 

死体の手足が常識では考えられない速度でしぼんだかと思うと、体を突き破るようにして、真っ黒な太い腕が飛び出す。

 

大剣を持った分厚い筋肉を持った腕、遅れて頭部の部分から、四対の角が生えた。腹部はシックスパッドのように硬い筋肉を持ち、口角からはアーデンと同じように黒い液体を吐き出していた。

 

黒い巨人。

 

『鉄巨人』

 

 

「今回は引くことにするよ。けど最後には、()()()()()()()()()()()

 

「なに!?」

 

「それじゃあねノクトォ。またねぇ~!」

 

「待てッ!!」

 

 

追いかけようとしても、鉄巨人が行く手を阻む。

 

アーデンは影を纏い、湖の水面を滑るように退却していった。

 

 

グオォォォオオオッ!!

 

「くそッ!!」

 

 

ノクトは逃げ出すでも悲鳴を上げることもなく、『シガイ』となったモンスターを相手に、虚空からアルテマブレードと父王の剣を抜き放った。

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

フーケとアンリエッタ、そしてウェールズのコンビネーションは完璧と言えた。

 

声をかけることなく、それぞれ最善の方法を互いに取り合う。アンリエッタが敵の魔法の迎撃に集中し、ウェールズの攻撃にフーケが援護をする形。

 

一見普通な戦術であるかもしれないが、シンプルがゆえに隙がない。攻撃、援護、防御、とバランスがよい属性であるからだ。

 

しかし、ルイズ達は違う。雨が降って来たせいもあり、キュルケの魔法の威力が半減した。

 

さらにはアンリエッタの盾が強化されたせいで、ルイズやタバサの魔法も突破する事ができない。

 

つまりは、苦戦をしいられたのだ。

 

 

「どーするの!? このままじゃ·······ッ!!」

 

 

しかし、一方的にやられてるわけではない。相手の攻撃魔法がウェールズだけ、という事が幸いし何とか拮抗状態を保っている。

 

が、

 

それも時間の問題であるのも事実。常に攻められているという感覚が、重圧が彼女達にミスを与えるかもしれない。

 

 

「なにか·······なにかいい手はないの!?」

 

「·······ウェールズを倒すのが最優先·······」

 

 

ルイズの問いかけにタバサが簡潔に答える。まずは相手の攻撃手段を潰す。しかし、逆を言えばそれしか方法がないのだ。

 

だが、

 

 

「だけどあいつはゾンビなんでしょ!? 不死身な奴相手にどう戦えって言うの!?」

 

 

キュルケの言った通り、彼は不死身なのだ。こちらが放つ魔法を直撃させたとしても、相手は平然と立ち上がってくるだろう。

 

するとタバサは首を軽く橫に振りこう語りかける。

 

 

「なにも倒さなくていい。杖を吹き飛ばせばいいだけの話」

 

「そうするにはどうすればいいのよ!?」

 

「まだ·······わからない」

 

「じゃあどうするのよ!」

 

「難しい。あの布陣を崩す第三者、もしくは新たな魔法が必要となっていく」

 

 

すなわち、アンリエッタの盾を打ち破る何かか、人数差で一気に押すべきだという意味であろう。

 

 

「第三者って········ノクトは無理だし来るわけないじゃない! 新しい魔法だってそんなの無理に決まってるじゃない!」

 

「だから、難しい」

 

「なっ·······だったら他の方法を考えなさ────」

 

「ルイズ! 今は仲間割れしてる場合じゃないでしょ!」

 

 

タバサの異常なまでの冷静な態度に、もう少しで怒鳴り散らそうなルイズをキュルケが落ち着かせる。

 

瞬間、敵の攻撃が再開された。

 

ドゴッ! と、地面から勢いよく槍が射出される。タバサはそれを予知していたのだろうか、素早く冷気の壁を形成する。

 

ガァン! と土と氷がぶつかり合い、どちらも粉々に砕け散った。細かくなった残骸を吹き飛ばしながら、轟ッ! と烈風が吹き荒れる。

 

キュルケが負けじと炎の嵐を作り上げる。雨のせいで威力は下がるが、魔法のランクを上げればまだ優勢にもっていける。炎が風を巻き込みながらアンリエッタ達に襲いかかるが、水の壁の前には無力と化してしまう。

 

 

「ルイズ! あんたも援護しなさいよ!」

 

 

今の一連の流れで戦いに参加しなかったルイズに、キュルケが怒鳴る。

 

 

「ちょっと待って!」

 

 

するとルイズは、懐にしまっていた『始祖の祈祷書』を取り出した。

 

 

(何か·······何か方法があるはず·······ッ!!)

 

 

ルイズは『始祖の祈祷書』のページをめくり続けていた。最初の『エクスプロージョン』が書かれたページ以外、ずっと白紙が続いている。

 

しかし、

 

それがありえないのだ。

 

もし『エクスプロージョン』だけが虚無唯一の魔法であったらわざわざ本にすることはない。そうじゃなくても、こんなに厚い本にしなくても問題ない。

 

つまりは、この本にはまだ魔法が隠されている。それが流れを変えることのできる新しい魔法かはわからない。

 

しかし、それに賭けることは悪くないはずだ。

 

 

(ない·······ない·······ないッ!!)

 

 

めくってもめくっても白紙のまま。その間にもキュルケが叱ってくるが、気にかける余裕はない。

 

そして後少しで終わりそうになるその瞬間、

 

あった。

 

『エクスプロージョン』以外の、()()()()()()()()()()()()()

 

 

「『ディスペル・マジック』·······? 解除·······これならッ!!」

 

 

その魔法の意味と可能性を信じて、ルイズは二人に声をかける。

 

 

「ねえ!」

 

「何よ! 用が済んだら早く戦ってよ!」

 

 

キュルケが叫びながらも炎の熱で迫り来る土の矢を溶かす。

 

 

「あるのよ! 新しい魔法が!」

 

 

新しい魔法という言葉にタバサが反応する。

 

 

「それはあの布陣を崩せるの?」

 

「わからない。けど可能性はあるわ! でも詠唱に時間がかかるの·······」

 

「なら問題ない。全ての精神力を防御にまわせば時間は稼げる」

 

 

サッと、自然な動きでタバサが二人の前に立つ。ルイズとキュルケはそれぞれやるべき事を見極め、詠唱を始める。

 

 

「あなたのその魔法を信じてみる」

 

 

自分より大きい杖を、タバサは強く握りしめた。

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

「ッ!!」

 

 

ノクトは暴風のような大剣を、寸前でシフトして回避した。鋭い大剣が地面を抉る衝撃を肌で感じながら、後方へと瞬間移動する。

 

ノクトはどうにか立ち上がる。

 

ちらり、とルイズ達の様子を窺うと、タバサが前に出てルイズとキュルケを守っていた。ルイズは『始祖の祈祷書』のページをめくり続けている。何か策を思い付いたのかもしれない。

 

だったらこっちも早く終わらせるだけだ。

 

 

「来いよシガイ!!」

 

 

注意を引き付けるため、敢えて大声で叫んでみる。シガイ相手にデルフリンガーは効かないことがわかっていたノクトは虚空からアルテマブレードと父王の剣を抜き放ち、二刀流で構える。

 

鉄巨人はまんまとその挑発に乗った。ゆっくりと反転しつつ、ノクトを睨み付ける。その瞬間を待っていた。

 

ノクトは鉄巨人の顔面までシフトし、両目を潰すかの如く、二つの目玉にそれぞれアルテマブレードと父王の剣を突き刺した。その効果は完璧に効果を発揮した。突然の攻撃に鉄巨人は乱暴に大きく剣を振りかぶって暴れまくる。

 

その機を逃さず、ノクトは頭を低くしながら鉄巨人の前足をかいくぐり、その横腹へと潜り込んでいた。

 

アルテマブレードの刃を手首で捻って、右足の付け根をえぐり込ませる。その刃が赤い光芒を放った気がした。会心の手応えに、思わず鉄巨人は持っていた大剣を落としてしまい、バランスも崩して転倒する。

 

前世で何度も戦ってきた鉄巨人だ。

 

今さらこの程度の敵たった一人でも倒せる。ノクトは鉄巨人が落とした大剣を体の重心を全て使って持ち上げると、それを振るうというよりかは落とすように鉄巨人の方に傾けて刃を抉り込ませる。

 

右肩から左脇腹まで斬り込んだ鉄巨人の大剣は、鉄巨人に大ダメージを与えるには充分すぎた。

 

 

「これで·······終わりだ!!」

 

 

にやりと笑って嘯くと、まるでノクトの言葉を理解したかのように鉄巨人の目が光った。そして右拳を振りかざしてノクトに迫ってくる。

 

そこに父王の剣を投げつけた。拳対剣の結果は引き分けで、鉄巨人の腕は後方へと吹き飛ばされる。父王の剣がノクトの元へと戻ると、ノクトはアルテマブレードを持って飛び込んできた。

 

 

「うおぉぉぉぉぉらぁぁぁあッ!!」

 

 

銀の光芒が一閃したかと思うと、鉄巨人は横倒しになっていた。すかさずノクトは父王の剣を鉄巨人目掛けて投擲すると、シフトブレイクを喰らわせる。

 

そのいずれもが鉄巨人の顔面に突き刺さると、ノクトはその顔面にシフトし押し倒すようにして刃をめり込ませる。巨体が倒れる音が静まると、夜の湖から全ての音が消失した。

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

「はっ、アンタが他の二人を守るほどそっちには余裕があるのかね!?」

 

 

フーケが愉しそうに笑い、魔法を放つ。タバサ達を中心点にするように、全方向から土の銃弾が射出される。

 

それに加え、ウェールズが雷の槍を放つ。全包囲型と一点集中型の合わせ技だ。

 

 

「·······」

 

 

しかし、タバサは臆することなくそれに対処する。

自分の背丈より大きい杖を存分に振るい、呪文を紡ぐ。一瞬とも呼べる間に魔法は完成する。

 

ルイズが魔法を完成するまで耐えればいいのだ。耐え切れば勝ち、耐え切れなかったら負け。わかりやすい勝敗である。

 

逆を言えば耐え切れば勝てるのだ。そこに精神力の節約という概念は存在しない。タバサ達を囲むように風の渦が小さく形成されたと思ったと同時、 轟ッ! とそれは一瞬にて巨大な竜巻へと成長した。

 

土の銃弾が一瞬にて巻き込まれ、雷の槍も一カ所に穴を開けただけで、すぐになかった事にされる。タバサが覚えている魔法の中で、攻撃そして防御にも使える最高クラスの物である。

 

後はこの竜巻が消えないよう精神力を与え続ければよい。残った不確定事項は、自分の精神力が尽きる前にルイズが先に詠唱を完成するかどうかだけ。

 

──────のはずだった。

 

竜巻、といっても魔法で創られた代物。内側にいるタバサ達はちゃんと外側の様子も見る事はできる。

 

そこには·······。

 

ウェールズとアンリエッタが同時に呪文を詠唱していた。

 

それも、別々にというわけではない。まるで、二人が一つの呪文を詠唱しているようだ。二人の周りに水でできた竜巻が徐々に大きくなっていく。

 

本来できるはずのない水と風の六乗。

 

王家の中でもほんの一握りしか使えない『ヘクサゴン・スペル』

 

詠唱が長くなるに従ってさらに大きくなっていく。地面には二人のトライアングルが六芒星となって現れている。

 

瞬く間にそれはタバサの竜巻よりも巨大に膨れ上がった。

 

おそらく、これを防ぐ術はないだろう。

 

 

「ちょ·······ちょっとどうするのよ! あんなの防ぎきれないわよ!」

 

「·······一時撤退·······ッ!!」

 

 

さすがにあれは防ぎようがない。理屈うんぬんよりもまず不可能だ。己の経験から得た結論は、迅速に行動へと起こす。

 

まずは竜巻よりも高い高度へと逃げ込むため、シルフィードを呼ぶ。それに加えて絶対的な防御を誇った竜巻をタバサは解除する。もちろん、警戒を怠るつもりはない。

 

風の勢いが止み、景色がはっきしと見えてくる。

 

瞬間、森の中から三体の等身大ゴーレムがタバサ達を、上空からドラゴンがシルフィードを襲いにかかった。

 

 

「·······ッ!!」

 

 

タバサとキュルケは素早く魔法を放ち二体撃破するが、続けて詠唱している間にゴーレムの拳がタバサを捉えていた。

 

ドゴッ! と、タバサの体が何メートルも先にある森の中へと吹っ飛ばされる。

 

 

「タバサ!?」

 

 

キュルケの放った魔法が三体目のゴーレムを粉砕し、慌ててタバサのもとへと近寄ろうとするが、

 

 

「させないよ!」

 

 

僅かな時間で精巧なゴーレムを作り上げたフーケがそれを制止させる。新たな土の槍がキュルケの足を止めさせた。

 

反撃と言わんばかりの炎球を放つが、先に張られたアンリエッタの水の壁が行く手を阻む。

 

上空のシルフィードも予想外の敵、ドラゴンに逃げるだけで、とてもじゃないがこちらを助ける余裕はない。

 

アンリエッタとウェールズによる『ヘクサゴン・スペル』である水の竜巻は、既に見上げる形になるほど大きくなっていく。

 

ルイズの詠唱はまだ終わらない。このままではルイズの呪文が完成する前にすべてがおしまいだ。

 

タバサも気絶したのだろうか姿を現してはくれない。そして自分自身はフーケの相手。しかも相手に防御魔法を敷かれている以上勝ち目はほとんどない。

 

そう、絶対絶命であった。

 

なぜその言葉が口から出たかキュルケにはわからなかった。

 

助けが欲しいから?

 

自分が死にたくなかったから?

 

そんなのはわからない。

 

だけど、

 

自分じゃどうしようもないから、

 

自分じゃこの流れを変える事ができないから、

 

叫ぶ。

 

他の誰でもない。たった一人の青年の名前を。

 

 

「助けて! ノクトッ!!」

 

「はいよ!!」

 

 

 

△▼△▼△▼△ 

 

 

 

アンリエッタはもうわからなかった。

 

何が正しいのか、何が間違いなのか。

 

自分が今やっている事は一体なんなのであろうか?

 

己の国の魔法学院にいる生徒や、自分にとってかけがえのない親友にその使い魔。彼らに杖を向けて、魔法を放つまで欲しい未来とは果たしてどれだけのものだろうか。

 

もちろん、ウェールズと一緒になれる。自分がいつも抱いていた夢。これ以上の幸福は存在しないとも思う。

 

はずだった。

 

 

『アンタがどうしようが、それで誰かが傷ついたり! 悲しんだり! 寂しがったりしたら、それはもう幸せでもなんでもねぇんだよッ!!』

 

 

青年の言葉が何度も何度も頭の中で繰り返される。もしかしたら本当の幸福は別にあるのかもしれない。自分が愛しているウェールズと、一緒に暮らすよりも大事なものがあるのかもしれない。

 

それが、わからない。

 

答えが、見つからない。

 

自分の隣にはウェールズがいる。

 

一緒に詠唱しているウェールズがいる。

 

そして目の前には、ウェールズの味方である人と赤髪の子が戦っている。さらにその後方でルイズが詠唱していた。

 

だから、賭けてみる事にした。

 

勝った方が正しいのだと。

 

わかりやすい、至って単純な結論。

 

本当に、青年が自分の取り巻く幻想を打ち砕くと言うのならば、きっと彼は主人公(ヒーロー)のように現れてくるはずだ。

 

きっと、この状況を覆すはずだ。

 

ふと、隣を見る。それに気付いたウェールズがニコッと笑ってくれた。優しい笑み。まやかしであったとしても失いたくない。

 

青年の姿は見えない。この魔法を放てばおそらく自分の勝ちであろう。ウェールズと一緒に幸せを迎えることができる。

 

勝った方が正義。

 

だからこちらの方が正しいはず·······はずに違いないのだ。

 

しかし、

 

なぜか胸が締めつけられるような感覚を覚えた。

 

自分が正しいはずなのに。何度もそう言っているのに。

 

どうして躊躇われるのだろう。

 

どうして自分が悪いと思うのだろう。

 

おかしい。疑問に感じる自分が、おかしい。と、そんなアンリエッタの傍にウェールズが近寄った。心配してくれたのか、そっとアンリエッタの肩に手を置く。

 

後は一緒に最後のワンフレーズを口にするだけ。それだけで、この巨大な水の竜巻は敵を切り裂くであろう。

 

気持ちが幾分か楽になる。

 

彼女に纏わり付く疑問を振り払い、ウェールズに笑みを返す。

 

問題ないのだ。

 

これで終わらせばいいのだ。

 

気持ちでは否定してるが、アンリエッタの思い通りに口は動いてくれる。だから、最後のフレーズをウェールズと共に言い切れた。

 

轟ッ!! と音を立てながら、巨大な渦の塊が動き出す。城でさえ一撃で破壊できるであろう水流の渦は風を切りながら、この状況に気付かず、未だ詠唱を続けている少女のもとへと迫る。

 

が、

 

その時だった。

 

まるでこれでもかという絶妙なタイミングで、使い魔が主の背後から現れたのだ。

 

青年はその巨大な魔法に対して恐怖する様子はなかった。それは主を守る使い魔としての義務感か、大切な人を助けに行かなければならないという勇気からだと考えるのが普通だ。

 

だけど、

 

自分を救うための救世主。

 

アンリエッタには、ノクティス・ルシス・チェラムの行動がそう感じられた。

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